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For Seeds  作者: 卵黄
1/2

前篇

10年くらい前に筆者の書いた作品です。

少しでも皆様に読んで頂きたく、投稿いたしました。

楽しんでいただけましたら幸いです。

『For Seeds 前篇』



 けたたましく鳴り響くアラート。

 この耳障りな音は接敵を意味する警報である。

「っあぁああああああっ!!」

裂帛と共に、眼前の白い物体を両断。

 二つになった白は、到る所から紫電を発生させると、やがて爆発した。

 だがこれで安心してはいけない。

 連続で吐き出される轟音。敵のライフルによる射撃音だ。

 横跳びで緊急回避し、応射。

こちらのライフルから射出された銃弾は、また別の白を完膚なく蜂の巣にする。

 しかし警報は鳴りやまない。

 二重三重の音にまた新たなアラートが加わったことを逃さない。

 跳躍。

 さっきまでいた地点に幾重もの爆炎に飲み込まれた。

 ――ミサイル発射位置を特定。

「01から02! そこから爆撃型を狙えるかっ!? ポイントNE22305!」

 雑把かつ簡潔な問いに、返答は思っていたよりも早く返ってきた。

『――こちら02。対象を確認。速やかに排除します』

 澄んでいて、凛としている声の主は女性のものだ。別に不思議なことではない。今さら女性兵などどこにでもいるのだ。

 五秒と経たずに北東の敵機がいた地点は一瞬で吹き飛び、反応がロストとしたことを確認。

 ――流石だな。

 彼女の手腕には相変わらず感嘆せずにはいられない。だが今は油断して良い場面ではないのだ。

「前に出る! 03、04は俺に続け。02、05、06は後方で援護射撃!」

『了解!』

 弾切れのライフルを投げ捨て、後ろの二機を連れて全速で眼前にいる敵機へ接近する。

 正面レーダーに敵の機影を確認。全部で十八。

「フォワード散開! 各個、敵を撃破せよ。使用兵器自由! これでこの地域の敵は全部だ。一気に決めるぞ!」

 さらに加速。

前方には敵機、五!

 大刀を構え、真っ先に先頭の二機を、走り抜けるようにして胴体を真っ二つにする。

 間髪入れずに方向転換。再度全力噴射し、

「はぁあああっ!」

 残りの三機をその大刀で撃破した。

 またアラート。今日だけでもう何度聞いたか分からない。

「っ真後ろ!?」

 振り返ろうとしたが、遅い。敵はすでに、ナイフを振り下ろしていた。

 しかしそのナイフが、俺の機体に届くことはなかった。

 ナイフを持っていた敵機は遥か後方の狙撃により撃ち貫かれ、爆散したのだ。

 正面モニターのウィンドウが開く。

『01、しっかりしてください。貴方の戦い方は、些か背後が無防備になりがちです』

 ウィンドウに表示されているのは女性―――先ほど通信した02のパイロットだ。

「なに、お前たちが援護してくれるんだ。背後を取られたからって、死ぬとは思ってないさ」

『……「たち」?―――それは問題発言ですね。分かりました。追及は後ほど。ゆっくりと』

 それだけ言ってウィンドウが閉じられる―――最後に彼女が見せた口元は明らかに笑んでいた。それが何よりも恐ろしい。そりゃもう、敵よりも。自分は一体どこでやらかしたというのか。

「さぁて」

 彼女の追及も気になるが、今は敵の殲滅が最優先。しかし周囲を見回すと、とうに敵の姿はどこにもなかった。

「流石は自慢の部下たちだな」

 ――ピピピッ。

 通信音。コレは後方の司令車両からだ。

HQヘッドクォーターより054リーダーへ。145部隊が増援を要請しています。コンテナで補給した後、至急ポイントL113へと向ってください』

「054リーダー了解した。コンテナの位置は?」

『ポイントHS084。進行方向に沿って行けば視認出来るはずです』

「了解。至急増援に向う」

 通信終了。

 続いて隊中の通信チャンネルをオープンに。

「01より各機へ。これより補給地点へ向かい、急いで別部隊の支援に向う」




「こちら054リーダーよりHQへ。前方で行われている戦闘を確認した。あれが、その部隊か?」

肯定アフアーマティブ。現在、145部隊は後退しつつ応戦しています。戦況は敵軍のほうが圧倒的有利です』

「了解。これから145部隊を支援する」

『HQ了解。ご武運を』

 司令車両との交信を終えると同時に、データリンクで送られてきた戦況図を見て思案。敵はかなりの数だが、問題はない。瞬時に戦略を練る。

「これから作戦を説明するぞ。最初に02、05、06が距離800でミサイルを斉射。その後、01、03、04がアローヘッド隊形で突入する。フォーメーションはC!」

『02、了解』

『03、了解』

『04、了解』

『05、了解』

『06、了解』

「よし。では敵部隊にミサイル一斉射! 間違えて俺たちに当ててくれるなよ!」

 後衛の機体のミサイル発射を確認。――絶妙な地点に着弾する。

「前衛部隊、突撃するぞ。フィールド展開!」

 トップが俺。後方右翼に03。同じく左翼に04。

 レバーをフルスロットルに。機体の速度が全速に近づくと、やがて機体の前方に光が生じ始める。

「145リーダー聞こえるか? こちら054リーダーだ」

 数秒のノイズの末、ウィンドウが開く。表示されたのは一人の若者だった。

『こ、こちら145隊! 145リーダーは戦死なされました! し、至急支援を……っ』

 通信に混じって、エラーを表示する音と砲撃の音が多数聞こえる。戦況の悪さが窺える。

「落ち着け。ならお前がサブリーダーか?」

『ネガティブ(否定)! サブリーダーも戦死されました! 現在階級が一番高いのは自分であります!!』

 部隊長と副部隊長が同時に死んで、指揮系統が混乱したのか。リーダーシップを取れる人間が一瞬でいなった部隊など風の前の芥に等しい。何も出来ず壊滅する場合が殆どである。

「落ち着け! 貴官の名前と階級は?」

『は、自分はルーウィッド・ボルフ少尉であります!』

「今から我々は敵部隊に突入する。少尉、俺たちを支援できるほどの弾薬は残っているか?」

『肯定であります!』

「なら俺たち054前衛隊が突入した後、054後衛隊と合流し射撃支援、弾薬が尽きたらすぐに下がれ。いいな?」

『はっ! 054チームの支援に感謝します!』

 ウィンドウを閉じる。

 敵の大群はもう目の前だ。

 こちら側のミサイルで一時的に混乱させていたが、すでに立て直しが終わろうとしている。

とはいえ既にこちらの射程圏。一直線に突っ込んでくる俺たちに向かってライフルで応戦しているが、残念なことにヤツらの弾丸は全て通用しない。

機体前方の光、フィールドが全て弾いているのだ。

 敵部隊突入まであと、三……二……一……。

「フォワード、隊形を維持しつつライフル射撃。よく狙う必要はない。撃って撃って撃ちまくれ。撃ち放題だ!」

 レーダーにはゆうに六十以上の赤い好転が点滅している。それらが、敵の数を表しているのだ。

 並の部隊ならばかなりの苦戦を強いられるだろうが、054小隊にとってこの程度の数などものの数ではない。

 前衛部隊のライフル斉射に加え、後衛・145部隊の援護射撃付き。レーダーの赤いマーカーが次々と消えていく。

 無謀にも正面から格闘戦を仕掛けようとする機体が迫るも、フィールドに当たった瞬間、粉々に分解された。

 撃ちに撃ち、轢きに轢いて、やがて前衛部隊は敵隊を突破。

「前衛反転! 次に散開ブレイク! 三方向から攻める!」

 まず後衛のミサイル射に混乱させ、その間に敵部隊に突入。突破後、散開して三方向に攻めることで、敵を完全に包囲することに成功したのだ。

 一方からは弾丸の雨。さらに後ろはフォワード陣が大暴れ。

 挟まれた連中にもうなす術はない。

 ――言っても射撃は苦手なんだがな!

撃ち尽くすだけ撃ち尽くし、ライフルを敵に投擲すると同時、そいつを大刀で思い切りぶった斬ってやった。

 ――やっぱコイツのほうがしっくりくる。

 斬る。

 斬る。

 ぶった斬る。

 白の敵機を斬りまくる。

 そして敵機マーカーも残り僅かになったとき、


 ビーッ!


「っ!?」

 横っ飛びに跳ぶと、深紅の衝撃波が地面に大穴を穿った。

「こんのぉおっ!!」

 大刀を横に振り、その手応えは深紅の何かを切断したことを伝える。

 それの正体は、『腕』だった。それも極太の腕。

 そしてその腕の持ち主を見極める。

大重装甲型グランドへヴィかっ!? 応答しろ、HQ―――ぐっ!?」

 シートが激しく揺れる。自分の機体より倍は大きい『大重装甲型』が、もう片方の腕を薙いだのだ。何とか刀で受け止めたものの、今の衝撃で、正面モニターに多数のエラー画面が表示された。幾つかのシステムと腕の駆動系が少しおかしくなったらしい。

『こちらHQ。こちらでも大重装甲型を確認しました』

「ああ。大重装甲型はあと何機いる!?」

 敵攻撃を回避しながら、サブキーボードで可能な限りエラーを修正していく。どうにもならないのはいい。無視する。これでようやくモニターはクリアに戻った。

『こちらHQ。現在054リーダーが交戦している大重装甲型を含め、五機確認しました。一機が054リーダーと、もう一機が03、04と、残り三機は、後衛部隊、145隊と交戦中です』

「分かった。あと、145隊に後退命令を出しておいてくれ。アイツらに大重装甲型は無理だ」

『HQ、了解』

 司令車両との通信を切り、全054隊機へと繋ぐ。

「残りはこの大重装甲型が五機いるだけだ。03、04は何とかその一機を破壊しろ。後衛部隊は俺がいくまで、時間を稼げ。出来ることなら集中砲火で最低一機は撃破しろ! 大重装甲型は俺たち054隊の獲物だ!」

『了解!』

 全員との通信を切る。

「まず、こいつを何とかしないとな……っ」

 深紅色の機体、『大重装甲型』。アレらは先ほどまで相手にしていた白い機体――『歩兵型』(ソルジャー)とは桁違いの手強さである。

 装甲の厚さの前では通常兵器などまるで歯が立たず、その重量を活かした格闘能力は一発でこちら側の機体を破砕してしまう。

 撃破するためには重火器で大量の一斉放火を浴びせるか、超重量を支える脚の関節部分をピンポイント攻撃するか、もしくはこの『大刀』でなければ駄目だ。

 そのためには、とにかく145隊は邪魔だった。ライフルだけの軽武装ではまるで役に立たないし、何より士気が下がりすぎている。あれでは時間稼ぎにすらならないだろう。無駄な犠牲は避けたいところであった。

「ちっ、反応が鈍いっ!」

 やはりさっきのエラーが原因か?

 だが相手は片手。攻撃力は半減している。

 大重装甲型の唯一の弱点はパワー・重装甲に突出させすぎたせいか、武装がほとんど搭載されていないことだ。

「俺を相手に、そんなんじゃあ」

 敵のパンチをブーストジャンプで躱す。太刀のを大上段に構え、狙いは相手の脳天。

「殺す事なんて夢のまた夢だぜ!」

 縦一閃。

 大刀によって二枚におろされた大重装甲型が爆散。消滅した。

「01より各機へ! 各機の状況を報告せよ!」

『こちら03! 未だに大重装甲型と交戦中。ですが、ここは04との二機でどうにかなりそうです』

『こちら02。集中砲火により、大重装甲型を一機撃破。しかし05・06を含め、残りの弾薬は僅かです。至急支援を要請します』

「状況は把握した。01はこれより、後衛部隊の支援へ向う。03と04は目の前のを仕留めろ。デカブツをぶっ壊したらすぐこっちに来いよ」

 俺は急いで、機体を02たちの方へ向けて全力噴射。

 機体の速度は最高速度となる。

「――フィールド展開!」

 先ほどと同じ青い光が機体の前面を覆う。

 そしてレーダーで捕捉。

 大重量型二機は未だに健在だ。

『こちら02より、01へ。全後衛機の弾があと数秒で弾切れです。格闘戦に切り替えます』

「こちら01。その必要はない。お前たちは下がれ」

『02、了解』

 目視で敵機を確認。二機あるうちの一つへと狙いを定める。

「うぅおおおおおおおおっっ!!」

 大刀の切っ先を敵、大重装甲型へと固定。フィールドの設定を変更。

 次に刃の切っ先へバリアを形成。最大速度で突っ込んだ。

 ヤツも後ろから来たことには反応できたようだが、そんな鈍重な図体では振り向くことなど出来やしない。

 無防備な背部に直撃。あまりのインパクトに耐え切れる訳がなく、大重装甲型は爆散。礫破する。

 大刀を降った遠心力と、バーニアで急速反転。

 しかしモニターには、敵機の豪腕がすぐ目の前にあった。

 俺は大刀を縦に構え、刃のほうで防御。

 すると、大重装甲型の腕は刀の刃を中心に、まるで水流のように左右に分かれていく。これでこの腕は使い物にならない。

 一気に畳みかける。

 刃は大重装甲型の腕をさらに広げ、やがて肩部まで到達すると、振り上げて根元から吹き飛ばす。

 そしてすぐさま刀身を返して袈裟斬り、続けて遠心力を利用して、胴を横一文字に両断。大重装甲型の下半身と泣き分かれた上半身が、ズシン、と地面に落ちた。

 周囲をチェック。今度こそこれで全部片付いたようだ。

「01より03。現状を報告せよ」

『こちら03。大重装甲型の撃破に成功。04ともに損傷は軽微』

「よくやった。すぐに俺たちと合流しろ」

『03、了解』

 アイツらの無事に安堵。

「01より他の各機へ。現状況を報告せよ」

『こちら02。損傷は軽微。問題ありません』

『こちら05。02と同じく問題なし』

『こちら06。私も問題ありません』

「………そうか」

 ――もしかして機体の調子おかしくしたの俺だけ?

「…054リーダーよりHQ。この空域の敵は排除した。次の指示を求む」

『こちらHQ。作戦は終了です。シャトル全機の離陸を確認。敵部隊も引き揚げていきます。054隊、帰還してください』

「054リーダー了解。全機、これより帰還する」



  ●



 〈022部隊・少尉 グリューウィン・テリグラードの日記〉



 第一地区の全シャトルは本作戦により、全機無事に離陸させることに成功した。しかし日によって激しさを増す敵軍に比例して、我が軍の被害は甚大である。

 これまでの『第一地区・惑星脱出計画』に於いて、第一地区・全250部隊中、167部隊が壊滅。大被害が33。中被害が41。小被害が9。他、第二・三・四・五・七地区の戦況も、第一区と似たような報告を受けている。

 どの地区も、戦闘において最も厄介なのは『大重装甲型』、通称グランドへヴィだ。我が軍の戦闘機方針『風の如き突破力における、高速・高機動戦闘』であり、あの機体は最上級に相性の悪い相手の一つだと言える。

 高機動型装備では、『大重装甲型』の装甲には何一つ傷をつけることが出来ない。グランドヘヴィの弱点は低機動であることと、それに専用の武装が無いことである。

 ピンポイントで比較的装甲部の少ない関節を狙うのがセオリーではあるが、そのためには周囲に必ずいる多数の『歩兵型』、通称ソルジャーを先に対処しなければならない。ソルジャーは我が軍の戦闘機には及ばないものの、高い機動性を備えている。質ではこちらのほうが遥かに上ではあるのだが、油断してはならない。

敵の一番恐ろしいのは、『量』だ。いくら性能で勝っていても、あの数は脅威としか言いようがない。それにソルジャーにばかり気を取られて迂闊に突っ込むと、グランドヘヴィの餌食になってしまう。

 あの装甲の厚さも脅威だが、パワーはさらに尋常ではない。我が軍の戦闘機など、一撃で粉砕されてしまうだろう。

 結局、あの機体を破壊するには重火器による集中砲火、もしくは敵の懐に飛び込み、関節を直接攻撃するしかない。

 だがそれ以上に、今作戦もっとも注意しなければならないのは、敵の飛行戦闘機、通称スカイフィッシュだ。

 この作戦の最優先事項は、シャトルを無事に打ち上げることにある。そのためには、スカイフィッシュの存在は非常に目障りとなる。

 なんとか、地対空装備でどうにかしているが、連中が大量に攻めて来たときは、十分に覚悟して望まなければならない。

 今回の作戦を持って、第二・三・五・七地区の『惑星脱出計画』は完了した。後は明後日12:00に行われる、『第一地区・惑星脱出計画』の最終日を残すのみとなった。

 最終日のシャトルには我が星の皇族たちが搭乗する、本計画内で最も重要な便となる。我々は、命を賭して最後のシャトルを守らなければならない。

その作戦は、これまでに類を見ないほどの激戦になると予想される。各地区の残存兵力は現在、この第一地区に集結中である。本作戦程度規模であれば、集結した我が軍の戦力で十分だ。だが、驕りは許されない。八日前に全滅した第六地区、それに五日前に全滅した第八地区の戦闘時、謎の敵兵器が確認されたという報告がある。詳細は一切不明だが、グランドヘヴィより恐ろしい存在であることは疑いようがない。きっと次の戦闘で送り込まれるだろう。細心の注意を払う必要がある。



  ●



「みんな、よくやってくれた。機体は整備班に任せ、パイロットは今から二時間の休憩。後に、整備班と一緒に最終調整を行ってくれ。解散!」

 機体から降りたパイロットたちが各々に散る。これから二時間はの隊員たちの貴重なプライベートタイムだ。

 そんな中、一人の女性が俺の顔をひょっこりと覗きこんだ。

「お疲れさま。どう? これから一緒に食事でも」

「ああ。これから司令室に報告があるから、その後でよければ」

「だったら私も一緒に行くよ」

「俺一人で十分だ。お前は休憩していてくれ。休憩時間は、貴重だぞ?」

 現状冗談ではなく、たった一秒ですら千金に値するのだ。

「私これでも副隊長なのだから、報告くらいなら一緒に行っても問題ないでしょう?」

 あくまでも付いてくるつもりらしい。一度言いだしたら聞かないのだ、彼女は。

「……分かった。じゃ、手早く済ませよう」




「なあ?」

「?」

「………いや何でもない」

「そう」

 首を傾げ、「どうかした?」と言わんばかりのリアクション。食事を楽しんでいるようだし、邪魔するのは悪い。やはり彼女はいつも通りのままだった。

 それにしても、彼女は気付いているだろうか? あまりにも重苦しくて、薄暗いこの食堂の雰囲気を。十分に照明が照らしているはずの食堂内が黒く霞んで見えるのは、果たして自分だけなのだろうか?

 仕方ないことだ、と俺―――ケミルフィル・フューリアは思う。

 理由は簡単。

 誰もが、明後日の作戦のことを考えているのだ。



『惑星脱出計画』。

 そう呼ばれている作戦名は文字通り、「この惑星を脱出する」という意味だ。

 そもそも、なぜこのような事態に陥ったのか?

 惑星の寿命が尽きそうだから? 否。

 数多の開発が原因で、惑星規模で異変が起きた? 否。

 治療法不明の病気が、この星の住人たちを蹂躙しているから? 否。

 否である。どれも違う。何もかもが違う。これらの理由ならばある意味仕方ない、と割り切れるかもしれない。

しかし原因はこれらとはまったくの別。前者たちの理由なら、戦争なんて起きはしない。なぜなら、


 この星は現在、他星の侵略を受けていからだ。


 今俺たちが立っている星。名前を『ルルイエ』と言う。

 五百年前、自然問題・枯渇しかけていた燃料問題を解決し、宇宙へと出て他の星との交流と貿易を盛んに行う皇国制・平和主義の惑星である。―――いや、もはや『いた』という方が正確な表現だろう。

 その中で、一番初めに同盟を結んだ星が、『アルデバラン』の《セラエノ帝国》だ。

 そこもルルイエと同じような体制で、皇帝を中心に纏まっている国家であり、盟友惑星としてどこよりも多く交流が盛んであった。

 そんな彼らがルルイエに牙を剥いたのが、今から五ヶ月前。

 いくら向こうの皇帝とコンタクトを取ろうとするも、全て拒否。とどのつまり戦争の原因は今の今まで不明のままであった。

 セラエノ帝国が強大な軍事力を有しているのは、他の同盟星でも周知の事実であり、故にセラエノ帝国が同盟の中心になっていた。

 その中心星であったアルデバランの突然の行動により、同盟内は完全に混乱。惑星間の交流ラインは完全に断絶、互いの状況はまるで分からなくなり、しかも近隣の同盟惑星はルルイエを含めて襲撃されているという。すでに六の惑星が、制圧されているという情報が入ってきたが、それが本当かどうかは依然不明である。これにより、ヒヤデス星系・惑星間同盟は完全に崩壊したと言っても過言ではなくなってしまった。

 セラエノ帝国に次ぐ軍事力を持っているのはここルルイエだが、軍事規模があまりに違いすぎた。

 セラエノ帝国軍最大の特徴は、『圧倒的物量』である。

 アルデバランはどの惑星よりも大きく、資源は他の惑星の追随を許さず、他同盟星を全て合わせてもまるで足りない。そのサイズ、ルルイエの約十二倍。

 これまで制圧されなかったのは、ルルイエ軍の兵器の質がセラエノ軍を上回っていたからだ。

 圧倒的な量には、圧倒的な質で抵抗しなければならない。

 ルルイエの質はセラエノには多少勝ってはいたものの、やはり敵の数はあまりにも違いすぎた。

 ここまで抵抗できたのは、軍隊の力だけではない。

 実はたった一機の機動兵器が、敵の侵攻を抑えていたからである。

 その詳細は一切不明。話によれば、それは皇族専用の機体であり、操縦者を選ぶと言われる超々々極秘機密。

 それが出陣する際は、戦場にいる全部隊に退却命令が下される。

 理由はやはり不明。後に、迫っていた大量の敵機は全て撃墜したという報告だけが、各部隊に通達されるだけであった。

 そんな噂の皇族専用機さえあれば、もしかしてルルイエはセラエノ帝国に勝てるのではないか、そういう話が軍中に囁かれていたのだが、その期待はあっさりと砕かれることとなる。

 専用機の操縦者が死んだらしいのだ。専用機のパイロット=皇族。普段ならば盛大な葬式が執り行われるのだが、この状況がそれを許さなかった。

 だが今までの戦闘は時間稼ぎであった。

 皇族は既にこの戦争は負け戦だと判断し、次の作戦――『惑星脱出計画』――の準備期間を少しでも多く獲得するために、一人の皇族がその役目を買って出、そして死んだのだ、と。

 これが基地司令から聞いた、おおよその内容である。

 詳しく話せないのは、その皇族専用機と皇族が極秘扱いとなっているから。司令自身も、話した部分に毛が生えたぐらいの情報しか聞いていないのだ。

 ようやく発動した『惑星脱出計画』とは、最低限の戦闘艦を残し、この星の軍艦、大型宇宙船の大部分を移民船へと改修し、ルルイエの人間を可能な限り乗せて、この星を脱出。そして移住可能な星を求めて、宇宙空間を飛び続ける。故郷の放棄――それこれがこの計画の全貌だ。

 だが惑星全ての人間を船に乗せるのはさすがに不可能。

 精一杯に時間を掛けに掛けたが、結局乗ることが出来るのは、総人口の約五割。戦死した者、戦闘に巻き込まれて行方不明になった者など、それらを考えれば、数字上では六割以上だと計算されてはいる。軍人・有志の戦闘員を除けば、民間人のほぼ全員を逃がすことが可能なはずだった。

 だが敵もやすやすと見逃してはくれない。

 セラエノ軍は我々を支配する気など端からありはしない。連中の目的は、ルルイエ人の完全殲滅。誰一人とて生かす気などないのだ。

 故に、地上軍は地上部隊が、宇宙空間では宇宙部隊が脱出を支援する。そして脱出した後は、各移民船が各自の判断で行動することとなる。

 この作戦で多くの軍人と民間人が犠牲になった。

五日前、俺たちが護衛する第一地区とほぼ同等の規模を誇る第八地区が壊滅したという報が入った。敵の圧倒的な攻撃により、打ち上げ準備中だった十隻の移民船と全護衛部隊は壊滅。生き残りは一人も確認できなかったという。

 このルルイエには、全部で八箇所のシャトルの発着場がある。現在、それらを番号順に第~地区と分類され、俺たちがいる第一地区は第一番ステーションと呼ばれ、移民船を同時に四隻ずつ打ち上げることが可能なほどの、惑星内最大の発着場だ。

 他に現存しているステーションは、第二、三、四、五、七の五箇所。第六は八日前に壊滅。第八は先の説明どおりである。

 しかしこれで工程の95%が完了した。残りの一割は明後日、最終作戦にて打ち上げられる。

 しかしその最後が、作戦内で最も重要なのだ。

 なぜなら、その最後の5%は皇族たちが搭乗する移民戦艦だからである。

 ルルイエに住む人間にとって、皇族は絶対的なシンボル。彼らが最後まで残っていたからこそ、これまでの圧倒的戦力差を目の当たりにしても、兵士たちが錯乱するようなことにはならなかった。皇族たちが、この軍人たちの士気の根元だと言っても過言ではない。

 だからこそ、我々は彼らが乗る最後の艦を絶対に護衛しなければならないのだ。

 ――だが、一番の心配事はそんなことではない。もっと別のことだ。



 彼女の食事する姿は相も変わらず無駄がなく、同時に優雅だ。

 それもそのはず。彼女は根本的な庶民である俺たちは違い、由緒ある家柄の出なのだ。

「だからどうしたの?……もしかして欲しいの?」

「いや、別にそういうワケじゃあ……」

「そういえば、さっきの戦闘で『たち』って言ったよね、ケルト?」

「あ」

 やばい。すっかり忘れていた。

 言葉を詰まらせたのは、食い物が喉に引っかかったせいだ。断じて童謡史からではない。断じて。

「言っておくけど、054隊で誰も貴方の背中は守ってくれないわよ。……その意味、解るわよね?」

「でもあの時は色々と……」

「ん?」

 にっこりと微笑む彼女。さっきの戦闘の時に見た時同じだ。口元は笑ってるけど、目が笑っていない。

「……はい。神様、皇王様、イリス様。二度とあのようなことは言いません。こんな汚れきった子羊の背中を護ってくださるのは、貴女様だけにございます」

「解ればよろしい」

 満足気に食事に戻る彼女。少しは機嫌を直してくれたということか。

 こんな彼女――イアリス・ディ・ハイネス。愛称イリスは、何を隠そうこの星の第二皇族、『ハイネス家』の長女。普通に考えたらこんな所にはいないはずの大人物。いわゆるVIPである。

 しかもそんな彼女はさら隠そう、自分の恋人だったりする。

「そろそろ時間ね。次、格納庫で機体の調整でしょ?」

「もうそんな時間か?」

「報告に時間をかけ過ぎなのよ。司令室を出たら、いきなり「先に行っててくれ」だもの」


 だからこそ。


「じゃ、私は先に行ってるから」

「ああ」


だからこそ。


「また後で」

「ああ、またな」


 だからこそ俺は、お前に言わなきゃいけないんだ。



  ●



 格納庫に行くとそこには、褐色の肌に、筋骨隆々の大男が待ち構えていた。

「おうケルト。重役出勤たぁ、オマエも偉くなったもんだ!」

「重役って、俺まだギリギリ休憩時間なんだが……」

「なぁに言ってんだい! オマエが一番最後なんだぞ? 似たようなもんじゃないか!」

「そういうもんか?」

「そういうもんよ!」

 がっはっはと背中をバシバシ叩く大男は、ガンズ・ザンバルド曹長。この基地の整備班長である。

 ――俺、一応大尉なんだけど。

 この人は軍隊に入った頃から俺の上司で、新兵のときからよくぶん殴られたものだ。そんな記憶が脳内に色濃く残っているため、階級が上になった今でも、この人にはどうしても逆らえない。この基地出身のパイロットであれば、誰もが俺と似たようなものだろう。

「ほれ、お姫様だってとっくに調整を始めてるぞ」

 ガンズが指差す先には、イリスが整備兵と何か話し合っていた。『戦闘機』以外の話題はありえないだろうが。

「ま、確かに重役出勤だな」

 なんせ、皇女様よりあとに来るんだからな。

「ほれ、他のメンバーもとっくに始めてる。とっとと、働けぃ! 馬車馬の如く!」

「……了解であります」

 しっかしこの人は、相手があのハイネス家の人間でもこの調子だからな。一体何者なんだろうね?

ああ、うちの隊の人間も殆どそうか。俺もそうだし。

「じゃあ俺も、とっととやること済ませますか」


 俺たちが一般的に『戦闘機』と呼ぶもの。

それらの正式名称は『陸上歩行人型戦車』と呼ばれ、ルルイエ軍の戦力の約八割を占めている。

 遥か昔は飛行機型と、陸上装甲車型の二種類が主だったようだが、今や飛行機は偵察や哨戒くらいにしか使われず、陸上装甲車にいたってはもう前線での出番などありはしない。

 現在では『陸上歩行人型戦車』を、普通に『戦闘機』と呼ぶ。というより、『陸上歩行人型戦車』なんて長ったらしい名前を律儀に使う人間のほうが稀である。訓練学校でも殆ど戦闘機と教えていたし、俺もガンズ曹長から聞くまで、そんな名前が付いているなんてまったく知らなかったのだから。

 これらを詳しく説明するとかなり長くなってしまうので、それらは全て割愛することにする。それ以上は技術屋の領分だ。

 まずは左肩に03・04・05・06とナンバリングが施されている、青色を中心塗られた機体は『RWTP-G2311』〈ペリシテ〉である。

 ルルイエの現主力機であり、最も多く配備されている陸上歩行人型戦車。そして我が隊の部下たちが搭乗している。これまでの戦闘機の中で最も汎用性と戦闘能力が高く、しかも操縦しやすいということで、この五年、兵士の間で最も人気のある機体だ。

 次に02とナンバリングされている白色の機体は『RWTH-G2401』、通称〈ハイドラ〉。副隊長用機であるこの戦闘機は、イリス専用である。

 彼女に合わせてカスタマイズされた〈ハイドラ〉最大の特徴は、二つの副腕――つまり腕が四本あるということだ。

 イリスは射撃による中~遠距離による支援戦闘をメインに担当し、同時に得意としている。四つある腕は格闘用ではなく、すべて射撃用に設計されていて、上腕部には内蔵型のガトリングガン。下腕部には同じく内蔵式レーザーガンが装備されている。他にも状況に合わせて、様々な射撃・支援兵器を装備することが可能。この基地では主に『ホワイトローズ』と呼称される。

 最後に01とナンバリングされている灰色の機体は『RWTO-G2501』〈オアンネス〉。〈ペリシテ〉、〈ハイドラ〉の流れを受け継ぎ、指揮官用機として開発された陸上歩行人型戦車である。

一番の最新機であり、一番配備数が少ないこの機体をカスタマイズして〈オアンネスカスタム〉、もしくは『ブラックナイト』と呼ばれている俺専用の機体だ。

イリスの『ホワイトローズ』とは対照的に、近接戦闘を主眼に置いた、完全前衛型であり、突撃戦法を重点に改造され、装備的には〈ペリシテ〉に近い部分がある。

 しかし最大の特徴と言えば、何と言ってもこの大刀だろう。

『ブラックナイト』の全長より少しだけ短いこの黒い大刀は、貴重金属『アレクサエルメタル』によって鍛造された極上の業物。皇族より戴いた、この星で最高峰の剣。最強部隊の証。惑星最高硬度の金属で作られたそれは、どんなものであろうとも、容易く断ち切ることが出来る。

これは以前、とある任務で功労の証として与えられたモノだ。

普段、戦闘機とは部隊に『支給』されるもの。故に、新品の戦闘機が与えられるということはそうそうあることではなく、とくに末端の部隊ともなると、壊れたままの未修理機が送られてくることがあることはざらではない。聞いた中で一番酷いケースは、胴体が半分吹っ飛んでいるのが搬入されたという話だが、噂話なので真実かどうかは定かではない。

 054部隊はとある特殊任務の褒美として、隊員の一人一人に戦闘機が一体ずつ与えられ、しかも自由に改造していいという許可を貰ったのだ。だからこそ、どの機体も自分たちが戦い易いようにカスタマイズを施し、各々の専用機として改修した。無論その分、任務に派遣される頻度は何倍にも増すこととなる。

 これまで誰一人として欠けることなく生き残れたのは、各機体を自分用にチューンアップしていた部分がかなり大きい。

 万全の準備を整える。自分も調整に参加し少しでも変な個所があれば必ず報告する。絶対に目を瞑ったりはしない。

「曹長。肘部分の動きにまだ若干の違和感がある。もう一度駆動系のチェックを頼む」

「あいよ!」

 もちろん、俺も死ぬ気なんてありはしない。

「……」

 目線は『ホワイトローズ』に向いていた。彼女は操縦席で細かいチェックを行っているので姿は見えない。

「よし、いっぺん動かしてみてくれ!」

「…………」

「おい、ケルト! 聞いてんのかぁ!?」

「…………」

「ケェルトォッッ!!!」

「っっ!?」

 耳元でガンズが叫んだ。太くよく通る声が、俺の意識を一気に引き戻し、さらに少し離れた。

「~~~~~っ!」

 耳がキンキンする。

「仕事中にボーっとするんじゃねぇ! 整備不良で死なれたなんて日にゃあ、そん時は幽霊のオマエを最低三十回は死なすぞ」

「………すんません」

 ふぅ、とガンズが嘆息する。

「どうせ、姫さんのことだろ?」

「…………」

 図星だ。さすがにここまで付き合いが長いとすぐに見抜かれてしまう。

「言いたことがあるなら早いほうがいいぞ。次の出撃は今までとはワケが違うんだからな」

「………分かってる」

 彼の言う通りだ。機体の調整が終われば、今日の054隊の活動は終わり。その時に彼女と話せばいいだろう。

「なあ、ケルト。ちょっと来てくれねぇか?」

点検もあらかた終え、操縦席で最終チェックをしている最中にガンズが話しかけてきた。

「なんすか?」

 胸部の操縦席から飛び降りて、地面に着地。軽い足の痺れが取れるのを待った後、モニターを凝視している彼のもとに近づいていく。

「コレを見てみろ」

 ガンズが場所を譲ると、彼が見ていたモニターが俺の目に入ってきた。どうやら、戦闘の映像記録のようだが。

「これは?」

「五日前の第八地区の映像だ」

「第八の情報が公開されたのかっ!?」

 八日前に壊滅した第六地区とともに依然解析中で、まだ一般兵に公開されていないのだ。

「いや、それは明日正式に発表するらしいが、調査部の連中がオレの意見を聞きてぇらしくてな。その時の映像が送られて来たってわけだ」

 そこに映っているのは、舞い上がる砂煙、そこから現れる無数のソルジャーと、グランドヘヴィ。そしてその最奥にいるのは……?

「どうもオレにも分からないところがあってな。そこで直接現場で指揮しているオマエの考えを聞きてぇのよ」

「でもこれ、情報部からの依頼だろ? 俺なんかに見せていいのかよ」

「いいんだよ。なんせ、オマエはあの054リーダーだからな。それに、お前の意見を俺からの意見として出しとけばなんら問題ない」

「なんかズルくないっすか?」

「気にすんな、気にすんな。とにかく見てくれや。今流れてるのが、五日前の第八。次に八日前の第六だ」

「……第六地区の映像もあるのか」

 しかしこれは願ったり叶ったりであった。戦争に必要なのは、情報。それも正確な情報だ。

作戦前に発表されるのと、その一日前に識る。たった数時間ではあるが決定的な違いを生む。しかも自分が見、考え、出した意見も明日のブリーフィングで使用されるかもしれない。

 俺は、食い入るように流される映像を見続けた。少しでも敵の情報を掴む為に。

 ――最後の映像が終わり、画面を一時停止させる。

「どうだ?」

「……これは思っていたより最悪だ」

 見せてもらった映像は、それこそ断片的だが、戦場の様子が十分すぎるほどに分かってしまった。むしろ知りたくなかった。

「情報部はどうしてる?」

「かなりピリピリしていたな」

「だろうな」

 情報部の連中の気持ちは痛いほどよく分かる。それどころか、可哀想に思えてならない。だいぶ前からあんな映像の解析をさせられているんだからな。

「連中には同情するぜ」

「まったくだ。酒でも飲んでないとやっとられんわ。……で、どう思う。お前の見解は?」

「そうだな……」

 画面を高速で巻き戻し、

「ここだ」

 画面を停止させた。最初のほうに見た第八地区の映像だ。まるで津波が迫ってくるような映像だが、これらは全て敵機である。

「その奥を見てくれ」

 映像の後ろ。砂煙の奥にチラリと見える影。

「ここをアップできるか?」

「おう」

 ケルトが指差したところが拡大される。だいぶ画面が粗くなったが、大した問題じゃない。

「……さっきの戦闘記録から見るに、コイツは長遠距離砲台だな」

 シルエットが微かに見える程度だが、これは明らかに砲台だ。

「そうだ。基地スタッフ、パイロットたちの音声記録を検証したところ、所々に砲台という単語があった。情報部の連中もそうではないかと言っていた」

「しかしこれだけだと、距離、威力を予測するまではできない」

「ああ。さすがの俺も、これだけじゃあ分からんなあ……」

「あとはこれか」

 また別のところで画面を停める。

「さっきのはすぐに分かったが、これは何だ? 人型に見えるが砲台型のような特殊性は見られない」

 そこに映っているのは、人型兵器である。色は黒より深い漆黒。大きさは、おそらく俺たちの戦闘機より二回り高いくらいだ。

「……第六・第八の両戦闘に出てきているな」

「ヴォイスレコーダや他の記録を調べたが、どうやら複数機じゃない。ありゃ単機だ」

「指揮官機でもないってことか?」

「そこまでは分からないが、俺は向こうのワンオフ機だと思っている。情報部も結論はほぼ一緒だ」

「しかしこれはどう見ても……」

 化け物だ。

 そうとしか思えない。

 ほんの少ししかない断片的な記録でありながら、この漆黒の機体は俺の予測を遥かに凌駕していた。

 一つ。グランドヘヴィを破壊するほどの砲火を浴びながら、損傷どころか傷一つ付かない絶対的な装甲。

 一つ。戦闘機たちを追随させない、圧倒的な速度。

 一つ。バーストフィールドを展開しながら突撃する戦闘機を、腕の一振りで粉砕させてしまう絶望的な腕力。

 全てが俺の背筋を凍らせた。

 これほどまでに一方的に、まるで虫でも追い払っているかのような。まるで俺たちなど眼中にないと言っているようにしか見えない。

 例えソルジャーが、グランドヘヴィが何百・何千と攻めてくるより、あの漆黒一機のほうがずっと恐ろしい。

 そうだ。俺はたった一機の敵に恐怖しているのだ。

 認めよう。

 俺はアレに怯えている。

 叶うのならば、戦場で絶対に相見えたくない相手だ。

「……この映像は、そのまま明日のブリーフィングに?」

「いや、基本静止画で流すそうだ」

 賢明な判断だ。

 ただでさえ絶望的な状況だというのに、こんな映像を見せられたら全体の士気が大暴落するのは明らかだ。

「その方がいい。他にこれを見たのは?」

「知ってるのはオレとオマエだけだ」

「そうか。これは絶対に、他のヤツらには見せない方がいい」

「分かった」

「それにコイツに関しては、悪いが化け物としか言いようがないな。……役に立たなくて済まない」

「かまわん。どうせ、オレからも特に言えることはない。あっちも大してアテにしているわけじゃないだろうさ」

 それでも、やはり役に立たないのは悔しいのだ。

「とにかく、戦場でアイツに会わないよう祈るしかないなあ」

「……そうだな。アイツにだけは勝てる気がしない」

 それでももし相見えるというのならば、自分は文字通り命をかけてあれを止めなければならないのだ。


「054隊集合!」

 ケルトの号令に、054隊の全メンバーが、イリスを始点に横一列に並んだ。

「これで今日の我らの任務は終了だ。明日は、07:03より全基地員ブリーフィングを行う」

 全員、ただ無言で聞き続ける。今までずっと一緒に戦ってきた戦友たち。

「その後の予定は翌日に伝えられる。連絡事項は以上だ。……あと、イリスは少し残ってくれ」

「了解」

「今日はこれまで。全員、解散!」

『はっ!』

 全員が敬礼すると、各々にイリス以外の全員が散っていった。

 残った整備スタッフたちがいないことを確認する。

「で、話ってなに?」

「悪い。大事な話なんだ。少し場所を変えないか?」



  ●



「なあ。お前、ここを覚えてるか?」

 格納庫から少し離れたそこは、ただの林である。すでに時刻は深夜であり、消灯時間まであと数分といったところである。

 そこには光がない。

 空に浮かぶ月の光だけが、唯一の光源。夜間戦闘訓練を受けた二人にとっては、大して暗すぎない場所。むしろ、この明るさは丁度いいと言えた。

「……ええ。本当に懐かしい。ここへ来るのはすごく久しぶり」

「そうか。忘れてなかったか」

 イリスがプッと吹き出した。

「何言っているの? ここは私たちの始まりの場所。そしてここで私たちは……」

「……ああ、ここで恋人同士になった」

 ただ何もない、植物だらけの場所。

「今でも忘れられないよ。お前に出会って早々、いきなり投げ飛ばされたんだからな」

「昔の貴方は、ずいぶんと荒れていたわね」

「お前こそ、昔に比べてよく笑うようになった」

「お互い、若かったのね」

「本当、今の俺らとは大違いだ」

 あれから五年も経った。

「あの時はこんな事になるなんて、思っても見なかったな」

 目の前の出来ごとをこなすだけで精一杯だった。

「なあ、イリス」

「……何?」

 言葉に真剣さを感じたのだろう。彼女も真面目に俺の顔を見つめ返してくれた。でも微笑みは変わらない。女神のごとき微笑。

「明後日は大事な任務だ」

「そうね」

「絶対に失敗は許されない」

「ええ。絶対に成功させないとね」

「きっと激戦になる」

「それはもう覚悟の上」

 そう言うだろうと思ってた。お前なら絶対に。

「お前は明日、実家に帰れ」

「………え?」

 今の俺の一言が信じられなかったのだろう。故に彼女は聞き返した。

「ねえ、今のって冗談……よね?」

 彼女も分かっているはずだ。俺はこの手の冗談は絶対に言わない、ということを。

「……うそ」

「イリス」

「うそっ! 嫌よ、私! 絶対に家には戻らない! そう決めたもの! 私はっ」

「イリス!」

 彼女の両肩を掴む。掴まれたイリスは俯いたまま、顔を上げようとはしない。

「……ごめんなさい。私ったら、いきなり取り乱しちゃって……」

 顔を上げようとはしない。

「聞いてくれ。明日は最後の作戦だ。そして同時に、ここは激戦区になるだろう」

「……………」

 顔を上げようとはしない。

「お前も解っているだろ? ――『シャトルはこれ以上出ない』」

「……………」

 上げようとはしない。

「全シャトルが飛び立ったとき、俺たち軍人はこの星に残り、セラエノ軍と徹底抗戦に移る」

「……………」

 上げようとはしない。

「俺たちは負ける。この絶望的な戦力差は、もうどうすることも出来ない」

「……………」

 動かない。

「この星に残る俺たちはみんな死ぬ。例外はない。お前だってそうだ。だから……」

 ケルトは、ポケットから硬質のカードを取り出し、彼女に手渡した。

「お前の退役許可証だ」

「ッ!?」

 イリスの身体ビクッと震えた。

「……これ、どうしたの?」

「さっき、司令官から受け取った」

「……だから私を先に戻したのね」

「お前はもう皇族に戻れ。そして明日の最終便で、この星から脱出してくれ。……お前だけは生き残っていてほしい」

 彼女はそれきり黙ってしまった。

 あれからどれくらい黙っていただろう。

 おそらくほんの数秒だったと思う。しかし俺にとっては、それが永遠とも思えるほど引き伸ばされているような錯覚に陥っていた。

 そしてようやく、イリスの口が開く。

「…………それは、命令?」

 あまりにもか細い声。ここのような静かな場所でなければ聞こえなかったかもしれない。

 これは個人的なお願い……違う、俺の我侭だ。彼女に死んでほしくないために、色々な人に頼みに頼み込んで、その結果が、ようやく受け取ったこのたった一枚のカード。

 どう説得しても彼女は絶対に俺の言うことを聞いてくれないだろう。

 だから俺は――。

「……そうだ。これは命令だ。イリアス・ディ・ハイネス少尉。貴官は本日付をもって、054隊、並びに軍を強制退役。これは隊長権限だけでなく、司令権限も適応されている。お前に拒否権は一切ない」

「………」

「少尉」

「……了解。私、イリアス・ディ・ハイネス少尉は、本日付をもってこの軍を退役します」

 そう言って、イリスは林から出て行った。最後まで、顔を見せてはくれなかった。

 だが、それでいい。

「それで、いいんだ」


 ただ、彼女が生き残ってさえいてくれれば。

 ただ、彼女が無事でいてくれれば。


 例え最悪の別れだったとしても、

 例え悲しい別れだったとしても、


「せめてお前はだけは……」


 ここは始まりの場所。

 そして。


「どうかお前だけは生き残ってくれ」


 同時に二人の終わりの場所となったのだ。



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