3-13 ただし後片付けはしっかりしておかないと
‥‥‥休日、ハクロと共に肉を喰らうモンスターの討伐に出かけ、正体は生き別れのハクロの兄らしかったが、中身が色々と聞くに堪えないような存在だったそうで、亡き者になっても困ることは無かったらしい。
色々とツッコミどころがあるけれども、深く聞くことは無さそうだ。
なので、こうやって今、寮へ戻って来たのは良いのだけれども…‥‥
【キュルルル‥‥アルス、気持ちが良い‥‥‥♪】
「そう?でもこの辺とかだいぶやったけど、まだやりたい?」
【うん♪】
一応、魔力は回復済みではあるけど、精神的には疲れていそうなハクロ。
何しろ、詳しい話しは知らないし何かと最悪な兄だったらしいものではあったが、それを焼却処分したのは何かと思うことがあるのだろう。
少しばかり寂しかったような表情も見たので、元気を出させてあげようと思って、本日はブラッシングを行うことにした。
モフモフな蜘蛛部分の毛並みだが、それでも手入れをして置くに越したことは無い。
それに、ハクロにとってもこの毛並みを整えるブラッシングは心地が良い物らしく、撫であげられて甘える猫のごとく身を任せてくれているようである。
【キュルゥ♪アルスの手、結構良い♪モフモフ毛並み、喜ばせるけどもっとアルスも、喜ぶことになる♪】
にこにこと笑顔になりながら、撫でられるたびにふにゅぅっと脱力するハクロ。
なお、ブラッシングに使用しているのは普通ならばブラシだが…‥‥何かと正妃様との薬の取引で得た収入から帝都内の店を巡り、手袋と一体化したものを使用していたりする。
普通のブラシとは異なり、自身の手で直接触れるような形になるのだが、これが彼女によって一番心地が良いらしく、こうやってブラッシングをしてあげると喜んでくれるのだ。
とはいえ、注意する点としては彼女の毛の深さと言うべきか、それとも引き寄せる魔性の毛と言うべきか‥‥‥内心、コタツ以上の吸引力を誇っているのではないかと思っていたりするのであった。
「にしても、こうやってモフモフしていると毛が取れるけど…‥‥ハクロのこの毛並みってすごいよね。モフゥッとするというか、沈み込むようで反発するような感じだね」
羊毛や羽毛、綿花とも違うというか、安心させるようなふわふわ感。
こうやって撫であげている合間にも少し欲望に負けてくっ付いてしまうが、この毛は至高といっても過言ではない。
いやむしろ、他の毛を圧倒するようなハクロの毛と言うべきか…‥‥モンスターの毛には可能性が広がっているというのだろうか。
【キュルルゥ、気持ちが良い…‥‥アルス、上手♪】
ふにゃぁぁっと、ついに完全に脱力したのか、ぐでーんっと全身の力を抜くハクロ。
ブラッシングの魔力と言うべきか、ここまで彼女の気を許してしまうのかと思ってしまう。
‥‥‥それにしても、この様子ならば精神的疲労はだいぶ回復したと見て良いだろう。
リラックスしているし、こうやって喜ぶハクロは見ているこちらも嬉しくなる。
【んー、でも、私ばかり気持ち良くなるのも…‥‥ちょっと、申し訳ないかも】
「そう?でもハクロがこれで気持ちが良いなら、僕としてはこれで良いけどね」
【そうなの?けれど、アルスも良くなってほしいし…‥‥そうだ♪】
そう言いながら、ゴソゴソとどこからともなく取り出しのは、一冊の本。
どうやら図書室から借りてきたようだが、本のタイトルを見れば…‥‥『手中におさめよ マッサージの極意』と書かれていた。
【この本、人間の体、気持ちが良いマッサージの仕方がある。私には無理だけど、アルスには効くはずだよ】
「でも、本で読んだところで身に付くとは限らないよね?」
【大丈夫!素人の手だと不安あるのわかるから、これを使いつつ、ちょっと質問してきて、手ほどき受けたことがあるの!】
ん?手ほどき?
話を聞くと、どうやら以前からこのマッサージの本は目にしており、気になっていたのだが、読んだだけではうまくいかないと思ったらしい。
素人がやってもある程度の効果は見込めるだろうが、それでもプロには劣るだろうし、できれば僕にとことん気持ち良くなってほしいという想いがある。
そこで、きちんと身に付けるためにも学ぶべきと思い…‥‥学園の授業の中にあった体術科目の一つに参加していたようだ。
へし折り顧問として活動してもいたが、授業に興味を持って参加もしてはいる。
なので、その参加の一つだというのであればおかしくもないが‥‥‥‥
【でも、なんか納得できなかった。アルスを気持ちよくさせるなら、もっと極めてたかった。だから、正妃様に習って来たの!】
「正妃様に?」
なんでここで正妃様の話が出るのかということに疑問を抱いたが…‥‥どうやら正妃様、国政を担って疲れている皇帝陛下を癒すために、一時期マッサージの腕を磨いたことがあったそうだ。
王城にも素早く動けるために、なおかつ僕にこの腕前を披露するまでは内緒にしたかったそうで、密かに特訓の手ほどきを受け‥‥‥今回、思いきって実践する気になったらしい。
【本で確認して、授業で実践して、正妃様に習って…‥‥色々と納得いく感じにはもうなっていたけど、披露する機会、なんかなかった。だからこそ、ここで今、ちょっとやってみる、キュル】
「それならお願いしようかな」
体の構造的にやりにくそうな気もするのだが…‥‥そこは考えていたのか、僕をベッドにうつぶせに寝かせると、天井に糸を射出してベッドを釣り上げ、高さを調節した。
どうやら彼女の手の届く高さまで引き上げ、腰を曲げずに楽な姿勢でやるらしい。
【それじゃ、やるよ♪アルス、身を任せてね】
「それじゃ、頼むよ】
素人の手腕とも言い難いほどになったらしい、ハクロのマッサージの手腕。
まぁ、体が凝っているわけでもないけど、血流や筋肉をほぐす目的であれば気持ちが良さそうではある。
そう思い、ゆったりと彼女に体を預け、マッサージを受け始めるのであった‥‥‥‥
‥‥‥ところ変わって、帝都内の王城内。
王城の執務室では今、一時的に休憩が取られており、今まさに皇帝が正妃にマッサージを施されていた。
「あああー‥‥相変わらず、良い腕だな‥‥‥‥」
「ふふふ、こだわっていますもの」
ぐでーんっと用意されたベッドに横になりながら、腰を揉まれている皇帝。
席に座りながら政務も行う分、何かと体が硬くなりがちなのだが、こうやってほぐされると気持ちが良い。
「この間ハクロちゃんにも教えてあげたのよねぇ」
「ハクロと言うと…‥‥ああ、あの少年の元にいるモンスターだったか。マッサージを習いに来たのか?」
「ええ、できる限り彼女の大事な人を、こうやって癒してあげたかったそうで…‥‥想いに心を打たれて、教えてあげたのよねぇ」
「そうかそうか、それはそれで良い話しだな」
マッサージを受けているからこそ、正妃の腕前が優れていることを皇帝は理解している。
なので、正妃直伝のマッサージを彼女が覚えたのであれば、その思惑通りに相手を癒せるのが分かるのだ。
「‥‥‥しかし、確か彼女は元々癒す力はあるだろう?マッサージをせずとも、いるだけで癒せるはずだが」
「そうなのよねぇ。それでも、自分の手でしっかりとやってあげたいと言っていたし‥‥‥それに最近、あの子が魔法に使えるようになったという話が合ったじゃない」
「そう言えばそうだな。研究所の方からも報告があったが…‥‥それがどうしたんだ?」
「どうもね、その癒しの力を魔法を扱うように、ある程度コントロールもできるようになったそうで、マッサージの手に集中させることができるようになったのよ」
もともと体を癒すようなマッサージだが、そこにさらに癒す力が加わる。
となると、癒しが二重にかかるわけであり…‥‥それがどれほど気持ちが良いのか、少し受ける立場であると思われるアルスが羨ましくなるような気がした。
けれども、やはり自分の愛する人に癒された方が良いかと思い、皇帝はのんびりと正妃のマッサージを受けて癒されていた…‥‥その時であった。
「失礼いたします陛下!!緊急の連絡です!!」
「どうした!!」
正妃との癒しの空間に、突然入ってきた臣下の者。
何事かと思い、慌てる様子から緊急性が非常に高いようで、その内容を皇帝は聞く。
「留学中の第1皇女様が、行方不明になられました!!」
「なんだと!?」
帝国の第1皇女、アリス・フォン・エルスタン。
彼女は今、別の国へ他の皇子たちと同様に留学しており、4年前にルガが呪いを受けて以降は特に今まで訃報などはなかったのだが‥‥‥‥何かが起きたらしい。
年齢的には16歳となっており、今年が帝国内で言う所の中等部最後の都市であり、そろそろ帝国へ一時帰郷もと考えている中で起きた出来事のようだ。
「報告によれば、皇女様は帝国への夏場での帰郷を考え、お土産を選ぼうと学友の皆様と共に、護衛の兵たちと共に店を巡っていたそうです。ですが‥‥‥‥」
‥‥‥皇女がいたのは、その国内に出来上がったあるダンジョンを中心にして作られたダンジョン都市。
何かと色々と出てくるので、それなりに警備の目も厳しくあり、不審者などもそう容易くは入ってくることはないのだが‥‥‥外から入らずとも、内部から攻めて来た存在があったらしい。
「普段は定期的に国内の兵士が出向き、あふれ出る事はありませんでした。けれども、どういう訳か今回内部からモンスターがあふれ出し…‥‥学友の皆様と避難している際に、地下からさらに別のモンスターが出現し、その場で捕食は避けられましたが、それでも連れ去られてしまいました!!」
必死になって学友を守りつつも、自身の立場もしっかりとわきまえて避難していた矢先での奇襲。
流石に対応しきれずに奪われてしまい、後でゆっくりといただかれるためか、連れ去られてしまった。
「ダンジョン『ゲードルン』内部へ、皇女様は連れ去られ、すぐさま騎士たちも体制をたてなおし、奪還へ向かいました。ですが、『帰らずの穴底』へ落下が確認され…‥‥消息不明になりました」
そのダンジョン都市にあるダンジョンには名前が付けられていたが、ダンジョン「ゲードルン」は他のダンジョンに比べ、一つ特殊な特徴があった。
普通のダンジョンは何かと洞穴や塔といった見た目での構造があるのだが、ゲードルンは螺旋状に地下へ向かう形での階層構造となっており、その螺旋の中心には底が見えない「帰らずの穴底」と呼ばれる場所があったのだ。
帰らずの穴底は、調査が行われたのだが詳細は今一つ分からない事があり、調べて見ればダンジョン内の空間としては異質な場所。
色々と確認作業も行われ…‥‥出された結論としては、一種のワープトラップになっているらしいというものであった。
ただし、その行先は不明であり、かなりのランダム性がある。
どこかの国内などであればいいのだが、場所によっては砂漠のど真ん中や、記録を残す魔道具によって連絡されたが火口の中、海の中など、どこに行くのかがわからない。
落ちればどこへ向かうかがわからない、その穴底へ‥‥‥‥皇女が落ちたのだ。
その報告を聞き、皇帝と正妃は顔を青ざめさせる。
「い、急いで捜せ!」
「ですが、帰らずの穴底は、未だにどこへ向かうかが分かりません!!守りの魔道具でいざとなれば全身を覆って守れますが、本当にランダム性で‥‥‥‥」
‥‥‥一国の皇女が落下した事件。
これは直ちにどうにかしなければいけない事態であり、そもそもなぜダンジョンからモンスターが溢れてきたのかという謎などもあるのだが…‥‥そんな事よりも、皇女の安否が懸念される。
正妃の方は娘が行方不明と聞き、顔を青ざめさせたままショックで倒れ込み、皇帝は急きょ調査部隊などを派遣させるのであった。
そしてまた場所が移り変わり、王城の方でそんな騒ぎが起きていることも知らないアルスは今、びくびくと痙攣していた。
「‥‥‥は、ハクロ‥ちょっとやりすぎ‥‥‥」
【キュルゥ?やり過ぎちゃった?】
やり過ぎも何も、まさか一回のマッサージで腰を砕かれるとは思わなかった。
いや、物理的にというか、本当に骨を砕かれたとかではないのだが…‥‥これ、ちょっとアウトな類の快楽が出てきて、色々と不味い。
ハクロが元々持つ癒しの力が相乗効果を生んだのか、それとも単純にうますぎるだけなのか‥‥‥何にしても気持ち良くもあったのだが、これでは体に力が入らない。
「まぁ、どうせ明日から授業だけど今日はまだ横になれるし、困るこ、」
ヴォン
どっすぅぅぅん!!
「ぐえええええええええええええ!?」
【アルスゥゥゥ!?】
‥‥突然、妙な音が聞こえたかと思えば、何かがうつぶせになっていた僕の腰に落下してきた。
滅茶苦茶痛かったというか、潰されるかと思ったが‥‥‥素早く痛み止めの薬を精製して飲み干した。
【アルス、大丈夫!?】
「あ、あんまり大丈夫じゃないというか…‥‥何が起きた」
【上に何か、人のってる!!気絶しているけど、鎧の人で、とにもかくにもアルス苦しめちゃダメ!!】
あたふたとしながらも、のっていたらしい何者かを持ち上げ、その場にポイッと放り投げるハクロ。
何者かと首を動かしてみれば…‥‥そこには、鎧を着こんだ誰かが倒れていた。
「‥‥だれだ?」
兜をかぶっていて顔も見えず、何者かという疑問はあるが、今は腰の方が痛い。
ひとまずは謎の不審者が出てきたという事を教員の方へハクロに連絡しに向かってもらいつつ、ベッドに寝かせた重厚な騎士鎧を着こんだ人物が何者なのか考えこみつつ、腰を治す薬を精製して飲み干すのであった‥‥‥
もふもふのんびりと癒されていた中で、落ちてきた鎧の人。
一歩間違えれば死んでいたかもしれないが、九死に一生を得たかもしれない。
でも、もうちょっと落ちるならそれはそれで場所を考えて欲しかった…‥この歳で腰痛持ちになりたくないんだが。
次回に続く!!
‥‥‥下手すると骨まで達したかもしれないけど、落ちどころがまだ良かったのか。
でも、ぐえぇぇって潰れるような声は、出る時は出るんだなぁ‥‥‥‥




