3-6 一見必要ない人もいるらしいけれど
‥‥‥朝日が差し込み部屋が明るくなる中で、ふと目を覚ましたハクロはググっと背伸びをした。
【‥‥キュ、あ、まただ】
そこで、自身の体に起きていることに気が付き、着ていたものを脱いでたたんでおく。
そしてまだアルスが寝ていることも確認しつつ、さっさと終わらせようと手足を動かし始めた。
びしぃっ‥‥‥びしっ
【んっ‥‥ぬっ‥‥‥】
背中の方から割けるように皮が割れ、そこから体をずるりと滑り出させる。
まだまだ成長しているせいなのか、脱皮の時が来るのはなんとなくわかり、手慣れた様子で脱皮をこなしていく。
とはいえ、普通の蜘蛛の脱皮とは異なり、人の体が蜘蛛の頭部と言うべき部分に腰かけているからこそ、ちょっと脱ぎにくい部分もあったりする。
それでもよいしょよいしょと丁寧に抜け殻を脱ぎ捨てつつ、自身の体の変化を確認した。
【んー…‥‥今回も、無い?】
最初のころの、蜘蛛の体だけだったのに人の体が生えた大きな変化。
同じようなことが待たないのかと思っているのだが、生憎そう多くは起きないようで、精々ちょっと体が大きくなる程度。
とはいえ、物凄く大きな変化は自分も戸惑うので、今のところはそこまで無くても良いかとも思っていた。
【キュルゥ‥‥‥あれ?】
そこでふと、彼女はある事に気が付いた。
なんとなくというか、直感的なものではあるが、何かできる気がする。
その何かとは何なのか、という部分が疑問だが…‥‥それでも、頭の中でイメージは出来た。
【‥‥‥後で試そうかな?】
わからないところもあるので室内でやらかすわけにもいかないし、寝ているアルスを傷つけるようなことにはなってほしくない。
なので、試すのであればもう少し広い場所に移ってからということにして、ひとまずは脱いだ衣服を着直していく。
「ん‥‥‥ふわぁ‥‥‥おはよう、ハクロ」
【おはよう、アルス♪】
そしてちょうど着替え終えたところでアルスがベッドから体を起こし、起床の挨拶を交えるのであった。
「‥‥‥何か、わからないけどやってみたいことがあるのか?」
【キュル。一応、ガルバンゾー先生にも、確認取ったほうが良いのかな?】
朝食時、寮の食堂で一緒に食事をしていると、ハクロが珍しく自分から話を切り出してきた。
いわく、今朝脱皮をしたときにとある変化を直感で感じ取り、それを試してみたいらしい。
その変化とは何か、というのは彼女自身もまだ今一つ理解できていないようだが、それでもやろうと思えばできるそうで、確認してほしいのだとか。
【私、まだよくわからない。でも、アルスに見せたほうが良い、というのは分かるよ】
もきゅもきゅとパンを食べつつ、彼女はそう口にする。
何か変化があったのか…‥‥そのあたりは気になるところだが、まぁ確かに見たほうが良いのかもしれないな。
彼女がこうやって自分から頼むのも珍しい気がするし、その何かに関しては分かっているようでわからないような不安があるのだろう。
そう考えると、一緒にいたほうが良いだろうし…‥‥うん、ガルバンゾー先生の都合も考えて、そろって見たほうが良いのかもしれない。
「それじゃ、放課後辺りに先生のところへ行って確認して見ようか。その何かについては、その時に見せてね」
【キュル】
僕の言葉に対して、こくりと頷くハクロ。
黙ってやらずにきちんと話してからやってくれるようなので、何かと心構えもできるからね。
しかし、何かが分からないけど何かができるって…‥‥今一つわかりにくい言い方だなぁ。あ、そう言えば脱皮した抜け殻は、研究所の方へ郵送予定である。あちらはあちらで、脱皮した皮も研究したいようだし、わざわざ皮の処分する手間も省けるから良いか。
そんなこんなで本日の授業もこなし、放課後。
きちんとガルバンゾー先生にも話を通しておいて、ハクロと一緒に確認するために、学園にある模擬戦用訓練場へ来ていた。
といっても、対人戦闘などをするのではなく、今回は的代わりのカカシを立てているのだが‥‥‥ハクロの要望で的が必要と言っていたけど、何をするのだろうか。
【キュル、これでいい】
「ハクロ、本当に何をするんだ?」
【うん、何かこう、何かわからないけど、何かみたいなものを出すためだよ。とりあえずアルス、先生、見ていて】
「うーん、色々と気になるが…‥‥とりあえず見ていたほうが良いだろう」
ガルバンゾー先生も予想が付かないようで、一旦僕と一緒にハクロの背後に立ち、何をするのかを見守る。
そしてハクロは僕らの位置が安全な場所であると確認して、的の方に目を向ける。
【キュルキュルキュル‥‥】
何かこう、ちょっと貯めているかのようなそぶりを見せつつ…‥‥その何か、とやらを放った。
【キュル!!】
ぼうっ!!
「「!?」」
手をかざし、彼女の言葉と共に出てきたのは、燃え盛る火の玉。
ぼうっと赤い炎を揺らめかしたと思えば、真っ直ぐに飛んでいき…‥‥的に直撃した。
ぼうううっ!!
直撃し、燃える的。
しかし、そこで終わるわけではなかった。
【キュル、キュル!!】
びしゅっ!!どむっ!!
消火する気だったのか、次に出てきたのは水の玉、土の玉。
それらが次々と燃え盛る的へ直撃し、的の火が消火された。
【キュル‥‥‥なんかできた!勘に従ったら、色々できたよ!】
何かが分からなかったのでやってみて、その何かができたのが嬉しかったのか、僕の方に駆け寄ってそう口にするハクロ。
「‥‥って、今の何?なんかこう、色々出ていたんだけど‥‥‥」
「‥‥‥ふむ、信じられんが…‥‥これは魔法だな。いや、蜘蛛のモンスター自体が魔法を使うこともあるが‥‥‥攻撃用の魔法とは、これまた恐れ入ったな」
脱帽するかのようにガルバンゾー先生はそう告げたが…‥‥どうやら今のは、ハクロの魔法らしい。
魔法がある世界だけど、今までハクロはそう言うのを使うことは無かったのだが、どうやら今朝の脱皮によって急に魔法が使えるようになったらしく、色々なものをイメージして打ち出せるようになったようだ。
【魔法?コレ、魔法?なんかできた、結構嬉し‥ぃ‥】
「ハクロ!?」
っと、先生の言葉に対して、この何かが魔法だということが判明して喜ぼうとした彼女ではあったが、急に足元がふらつく。
次の瞬間にはどさっと倒れ込み、そのまま彼女は気を失ってしまった。
「ハクロ、どうしたのハクロ!?先生、これは一体!?」
「むぅ、魔法を使ったことによる魔力不足での気絶‥‥‥に近いが、あの程度で倒れるようなものでは‥いや、違うな」
ガルバンゾー先生は冷静に、着弾して壊れた的も見ながらそうつぶやいた。
「‥‥‥なるほど、調節ミスか」
「どういうことですか?」
「単純な魔法を使えるようになったこと自体が驚きだとは思うが、初めて使うがゆえに、放出する量を間違えたのだろう」
‥‥‥魔法とは、この世界の生物がもつ魔力を元にして行使される事象であり、火や水を作り出すことができる。
とはいえ、万人が扱えるようなものでもなく、できたとしても大半は着火やドライヤーのような送風に扱う程度しかできない。
それでも鍛錬によって鍛え上げれば、よくあるファイヤーボールだとか、攻撃系の魔法にまで発展させることができるだろう。
だがしかし、魔法には魔力を使用するので、使う量に応じて自身の魔力が使用され、使いすぎて枯渇した場合、気絶するそうなのだ。
「そして今回は、彼女はいきなり攻撃用にまで発展させた魔法を使ったわけだが‥‥‥例えるのであれば、通常はコップ一杯程度の魔力で済む消費を、慣れてなかったが故か無駄を多く出してバケツ一杯で出したようだ。最大魔力量やもう少し詳しい魔法に関しての話は、専門外なので詳しい教員の方に説明してもらう方が良いのだが…‥‥無駄に消費しすぎたせいで、枯渇したのだろう」
「ということは?」
「盛大に消費したが故の、魔力枯渇での気絶をしただけだ。魔力は枯渇しても、湧き水のように回復するから、安静にして置けばすぐに目を覚ますだろう」
とはいえ、そもそもモンスターと人間では扱える魔法に関して違う点や消費量があるだろうし、不明な事も多い。
そのため、まずはこの場で寝かせるわけにもいかないので、他に人を呼んで彼女を学園にある保健室へと運んで寝かせるために動くのであった…‥‥
「‥‥‥しかし、蜘蛛のモンスターなのに‥‥‥火を使ったか」
「何かおかしいのでしょうか?」
「ああ、そうだ。虫のモンスターは大抵火の魔法は扱えないはずなんだ。一部の例外も存在するのだが、その例外は全身が火だるま状態のモンスターだからこそできる芸当なのだが‥‥‥」
‥‥今の魔法でも、色々とおかしい点はあるようである。
そのあたりの検査もしっかりとした方が良いのかもしれない…‥‥あとで、モンスター研究所で検査をしてもらうしかないのかなぁ…‥‥
魔法が扱えるようになったようだが、最初からミスをして気絶したようである。
だがしかし、ミスを差し引いても分からないような物が増えたらしい。
何がどうなっているのか、ひとまずは彼女の目覚めを待つのであった…‥‥
次回に続く!!
‥‥‥主人公より多芸化してきたような気がする。大抵の転生物の主人公ってやれることが多いのになぁ。




