2-45 あれがどれだけだったのか
‥‥‥宿屋も過ぎ、ヘルズ男爵家領地内へ、アルスたちは入った。
ここを出る前は、貧乏領地で領民も乏しく、そこそこの閑散とした村などがある程度で、そこまで発展しているわけでもない。
貧乏領地だけに領内の手入れも行き届いておらず、あちこち荒れた土地や放棄されていた畑などがあった記憶もあった。
「でも、なんか変わった‥‥?」
しかし、今はどうだろうか?
まだ人は少ないとはいえ、遠くから見る限り領民の数が増えているようで、領から離れる前に見た時よりもはるかに活気が出てきているようだ。
馬車が通る道も整備されており、あちこちの畑は冬季にはいるので休耕になるのは分かるのだが、それでもつい最近まで収穫がなされていた形跡があり、放置されていた畑ではない。
【キュルゥ、なんか、前に馬車からこっそり見た時より、変わっているよ?】
「んー‥‥‥代官の人の手際が良かったのか?それともあの父の手腕が無さすぎたのか?」
とにもかくにも、ただ一つ言えるとすれば、あの父‥‥‥元当主代理のやり方が、ココの領地には合わなかったのだろう。
無能とは言い切れないかもしれないが…‥‥うん、でも当主代理としての務めを全然果たせていなかったからこそ、酷い状態になっていたのかもしれない。
ゆえに、まともな人が就けば経営もしっかりとされるようで…‥‥僕が当主になるまでの間、国から派遣された代官の人に感謝を覚えたのであった。
というか、いっその事その代官に任せっきりにしたいような…‥‥でも、流石にそれは不味いか。
何にしても、とりあえず今は再建された邸へと向けて歩んでいく。
道中、学園へ向かう前に顔を合わせていた領民たちに気が付かれ、帰ってきたことを祝われる。
何かと大変ではあったようだが、父が失せて新しく変わったことで、領の全体の空気も切り替わり、やる気などが溢れているそうだ。
「それにですが、既に邸の方にはご帰還前に、使用人の方々が集まってますよ」
「え?本当ですか?」
ついでに話を聞いてみれば、何でも邸の再建が完了した頃合いから、かつては勤めていたが辞めたり辞めさせられたりしていた使用人たちが戻って来たらしく、邸で僕らを迎えるための動きを見せているらしい。
そんな話をここで聞いてよかったのかは疑問だが…‥‥まぁ、行って見ないことには分からないだろう。
そして先へ進み、ようやくかつて住んでいた邸跡地‥‥‥今は再建された新しい邸の前に来たのは良いのだが、色々と変わっていた。
「お帰りなさいませ!次期当主様!!」
「お早いご帰還に、我々は歓喜いたします!!」
門を開ける前に、見つかっていたのか、出迎えされました。
大きくなった邸の扉までの道には、どこから来たのか見たことがない使用人たちもいるし、手入れされて綺麗になっているし、何かと驚かされることばかり。
「これは一体‥‥‥‥どういうことでしょうか?」
「どういう事も何も、我々はこうなる事を望んでいたのでございます」
驚きながらつぶやくと、使用人の一人がそう答えてくれるのであった‥‥‥‥
「お初にお目にかかります。わたしは国からこの領地の代行を頼まれた、代官のドンデルでございます。正当な次期当主様の帰郷をお待ちしておりました」
「どうも、アルス・フォン・ヘルズです」
【ハクロです、キュル】
ひとまず邸内の客間に案内されれば、そこにいたのはこの領地の代官をしているドンデルさんが、挨拶してくれた。
そして、この領内の変貌や、使用人たちに関しての説明をしてくれたのだが…‥‥どうやら、僕が思っていた以上に、あの元父やその他の犯罪者たちはやらかしていたらしい。
…‥‥かつて、ヘルズ家は侯爵家であったが、母の代で一時的に男爵家と切り替わった。
それでも、当主代理もいたし、使用人たちも侯爵家からついてきてくれており、通常であればそこまで経営に難はなく、やりようによっては侯爵家に戻った時にはさらに発展していた可能性があったらしい。
だがしかし、あの当主代理と使用人たちの衝突や、義母モドキや兄モドキたちとの確執ができてしまい、泣く泣く邸から去らなければいけなくなった人や、このままでは駄目になると思って出て行った人もいたようだ。
そしてあの邸内に残っていたのは、それでも何とか仕えようと思っていた人ではなく‥‥‥事なかれ主義の変える気のない人や、義母たちと不倫関係になったり、何かと搾りつくされかけている甘い汁を最後の一滴までありつこうとしている人達しかいなかったようだ。
それならまぁ、あの酷いありさまだったのは当たり前すぎるというか‥‥‥色々と酷すぎる。
それでも、邸から去った人たちは、まだ正当に継げる僕が残っていたことで希望を持っており、継ぐ気はなくてそのまま出ようとしていたことも分かっていたようだけど、あのまま兄モドキたちへ当主の座が移れば、領地を完全に見限るようであった。
だがしかし、そうはいかなかった。
当主代理のやらかしや、他国の貴族の干渉なども色々と探られ、あっと言う間に膿が落されていく。
そして代官が派遣された後に、僕が次期当主になる話を聞いて、ようやくあの腐った人たちが消えたのであれば、今度こそ道を違えないようにしようという心持を持って集結していき、現在は色々とガタガタになった領地の立て直しを行ってくれたそうだ。
そもそも見限ろうとしていた領地だったけど、元々侯爵家から仕えていた忠誠心などもあり、あの酷い人たちがやっていたからこそ将来が見込めなかったのもあるらしい。
「これがわたしだけでの代行であれば、こうも行かなかったでしょう。何しろ、国から派遣された身とは言え、この地とは違う場所での生まれですので、現状維持程度にしかならなかったでしょうが…‥‥それでも、次期当主となるあなた様が戻ってくるという事を聞いて、領地を見捨てずにどうにかしようという事で、集まってくれたのです」
そして結果として、まだまだガタガタな部分があるとは言え、まともな状態へ戻りつつあるらしい。
というか、いかにあの当主代理とか犯罪者たちの政務能力がなさすぎたのかというのを非常に痛感させられたらしいが‥‥‥
「ああ、それと領民の皆様方にも話を聞いたのですが、あなた様の兄を名乗っていた者どもよりもあなた様の方が圧倒的に評判が良かったですよ。だからこそ、あなた様が次期当主になるという話を伝えますと活気が出たようです」
あの兄モドキたちは学園の寮にずっといたようだが、それでも人の口に戸は立てられぬというか、領地にいたころから悪評はあったらしい。
ゆえに、あの兄モドキたちが当主になることが決定すれば、それこそ領民総出での夜逃げなども密かに画策されていたようだが…‥僕が当主になるのであれば、夜逃げする気は無くなったらしい。
何故、ただの男爵家の三男に対してそこまで希望が持てるのか?
というのも、悪評とかもそもそも特になく、目立つこともそうそうなかったのだが…‥‥きっかけとしては、領内の害獣を討伐していたことがあるらしい。
まぁ、それをしたのはハクロと出会った頃合いであり、期間としてもそう長くはやっていなかったのだが‥‥‥そもそもあの兄モドキや当主代理は全然関わる事もしなかった。
ゆえに、害獣を幼い身ながらも討伐している姿から、領民と関わる姿勢のように見えたようで、兄モドキたちよりも好印象だったようだ。
「それに、正当なる後継ぎとなると、あなた様の兄であった方々は乗っ取ろうとしていた大罪人となり、そんな罪人がならなくて良かったという安心感もあるそうです」
とにもかくにも、領民も使用人たちも戻ってきており、徐々に活気が沸き上がっており、かつての当主代理が治めていた時以上に発展する予測がつくようだ。
「後は、あなた様がここの当主となれば…‥‥使用人の皆さまも手助けをしつつ、発展を目指すだけで良いはずです。ああ、無理に改革なども進める必要もないですが…‥‥国からこの地の代行をしている身ではありますが、それなりに相手がどの様な人となるのか勘でわかりまして…‥‥あなた様であれば、当主となった後も大丈夫だと、保証できるでしょう」
「‥‥僕自身の政務能力などはそう高くなかったとしてもか?」
「ええ。ですが、そう卑下しなくても良いと思われます。人を見る目で見れば……あなた様は、間違いなく治めるだけの能力がおありです。将来が楽しみですので……どうぞ、引き継がれる時も、ご期待をなさってくださいませ」
ドンデルさんは深々とお辞儀をしながら頼み込むようにして、言い終えるのであった‥‥‥‥
「‥‥‥ほっほっほっ、それにしても次期当主となられる方を見れましたが、あの様子であれば大丈夫そうでございますなぁ」
「そうですねぇ、ここを代行していた当主代理の人に比べれば、はるかに良さそうですねぇ」
話も終え、まずは再建された邸がどうなっているのかという事でアルスたちが邸内を案内されている間、使用人たちはそう口々に話していた。
かつて侯爵家時代から仕えていた身であり、あの当主代理や犯罪者が入ってきた時には、どうにかしようと動いたこともあったが‥‥‥結局は使用人という身であるがゆえにどうすることもできず、辞めざるを得なかった。
けれども今は違う。
あの増長していた愚鈍共が犯罪者へ堕ち、正当な後継ぎがここに戻って来てくれたことを、彼らは心から喜ぶ。
一度は見限ろうとしていたところではあるのだが…‥‥それでも、仕えていたことを考えると見捨てがたかったのだ。
ゆえに、あの愚鈍共とは確実に違うアルスが次期当主となることは歓迎しつつ、念のために愚鈍共と本当に違うのか観察させてもらっていたが…‥‥比較するのもばかばかしくなるぐらい、天と地、月とスッポンぐらいの差がある事を理解させられた。
むしろ、あれからどうやってアルスのような子が生まれたのかというのが非常に疑問に思えてしまうが…‥‥そこは、母親の資質が大きかったと思うしかないだろう。
「それに、あの歳であのような若い娘も連れて‥‥‥仲睦まじい様子は、中々良いですなぁ」
「ええ、モンスターを伴うという情報は聞いてましたけれども、この様子ですと大丈夫そうですよね。むしろ、くっ付いて欲しいというか、奥様と呼んであげたくなるというか‥‥‥」
「ああ、あのドロドロとしていた者たちとは違う、スッキリとしつつ甘酸っぱいような、将来がもっとどうなるのか期待できるような姿は良いですなぁ」
邸内をハクロと共に案内され、色々と変わったところを驚き、楽しみ合う姿を見て、使用人たちはかつてここにいた当主代理とその犯罪者たちとは比較にならない清廉潔白さ、甘酸っぱい純粋さを感じ取る。
まだ若い次期当主様はまだまだ気が付いていない様子だが、いずれは直面するであろう彼女の想い。
その想いがどうなっていくのかは見物であり…‥‥働く上での娯楽ともなり得るだろう。
「とはいえ、数日間ほどの滞在のようだが、それでも次期当主様方だ。しっかりと気持ちよく過ごせるように、仕事を頑張るとしよう」
「ああ、今はまだ若いが、それでも将来を考えると有望そうだ。この邸の再建費用も、次期当主様が帝都の方で稼いだお金が使用されていると聞くからな」
「個人的には、あのハクロという方を奥様と呼びたくなるような‥‥‥‥でも、まだ駄目なんですねぇ。早くくっ付いて欲しいですよ」
何にしても、使用人たちは使用人たちなりに、この今ある平穏を楽しみつつ、業務に励むのであった…‥‥
比較対象が酷すぎるというのもある。
それでも、使用人や領民たちからは受け入れられているようだし、何かと答えたほうが良いのかもしれない。
短い間とはいえ、ちょっとは次期当主としての活動も必要かもしれないからね‥‥‥
次回に続く!!
‥‥‥ところで、その事なかれとかしていた使用人たちはどうなったかって?
いやまぁ、それはここでは口に出すまい。正統な後継者がいる事を黙秘し、何もせずに甘い汁だけを搾りつくし、放置していたという時点で大体の末路は想像つくだろうが…‥‥




