2-13 守りよりもまずはこっちだったか
準備もし終え、今度は脱皮なども無いように念入りに確認し終え、ようやく来た水泳の授業の日。
学園内でやるのではなく、帝都の防壁の側に存在していたプールに、僕たちはいた。
かなり昔に学園が国と交渉して作り上げた施設らしいが、毎年きちんと手入れをしているのでかなり良い保存状態であり、授業で使う以外の夏日では帝都の人達も遊びに来れるように開放しているらしい。
なので、この授業できちんと泳げるようになれば、自由に遊びに来れるという訳だ。
‥‥‥なお、そのおかげで泳げるようになった生徒たちは、卒業後に海軍に所属したりして、泳ぐことがある職業に就くことに役立っているらしい。泳げるってことはいざという時に役だったりするからね。
歴史の授業とかでは、ここで泳ぎに嵌り過ぎたがゆえに、大洪水などが起きた時にも泳ぎまくって難を逃れる人がいたり、戦時に滝登りすらも成しとげて活躍した将軍などもいるらしい。滝登りは流石に無理だと言いたい。というか、何をどうやって滝登りで活躍したのだろうか‥‥‥上流からの奇襲とか?
まだまだ勉強不足故に正確な理由は不明な点が多いが、今は水泳の授業が行われるのでそちらの方に気を戻しつつも、プールという事で一つ忘れていたことがあった。
前世の自分がどうだったのかはよく覚えていないのだが、プールの授業となればこの世界でもこれがあるらしい。
しゃああああああああ!!
プールまでの道のりに存在するのは、入る前に浴びる必要のあるシャワーの道。
しかも、魔法か何かでご丁寧にキンキンに冷やされた水のようで、浴びせられると滅茶苦茶冷たい。
「ぎゃああ!!つめたぁぁぁあ!!」
「ひぇぇぇぇさむぅぅぅ!!」
あちこちで悲鳴が聞こえるのだが、このシャワーを浴びる必要のある理由はきちんと存在していたりする。
体をきちんと綺麗にしたり、まだ泳いだことが無い人への水への恐怖心を薄れさせるなどがあるらしいのだが…‥‥この世界でもしっかりとこのシャワーを浴びることが浸透しているらしく、避けようがない。
そしてハクロも当然浴びる羽目になったようで、しっかりとプール前の冷たい洗礼により‥‥‥
【キュルルル‥‥‥】
「あー冷えちゃったか…‥‥うん、くっ付いていていいよ」
【キュルゥ】
プルプルと水の冷たさに身を震わせたようで、僕を抱きかかえて暖を取った。
僕自身も今ので体が冷えていたので、こうやってくっつきあうと温かいのだが…‥‥なんか周囲から視線が来る。
うん、水着の彼女に抱きかかえられている状態だからね。なんか嫉妬や怨嗟の視線がビシバシ飛んでくる気がする。柔らかくて温かいのに、冷たくて痛い物が相殺している。
まぁ、そんなことは気にしている意味も無く、全員浴び終えたところで受講する生徒たちの幅が初等部~高等部とあるので、各学年ごとにプールの各部へ分かれることになった。
「はーっはっはっはっはっは!!今年は入りたての初等部諸君!水泳前の冷たき道をよく乗り切ったなぁ!そしてようこそ!!私がこの初等部での水泳の授業を請け負うヅチーカだ!!」
ヅチーカ先生はそう言いながら高笑いをしていたが、どう見ても空元気である。
というのも、やや筋肉質な男性ではあったが、思いっきり足元をぶるぶると震わせて青ざめているからだ。やはりシャワーの冷たさは、大人であろうとも寒い様だ。
「寒かろう寒かろう!!だがしかし、これも入るまでのこと!!だがその前に体を温め直しつつ、なおかつ水中での動きは普通では使わないような身体の動かし方を行い、手足がつる可能性がある!!さぁ、だからこそ準備運動から始めよう!!」
まともな提案と言うべきか、体を少しでも動かして楽にしたいのか先生がそう叫び、準備運動を始めることになった。
手足を前に伸ばしたり、横に回したり飛び跳ねたりと、よくあるような準備運動。
それでも溺れるリスクを減らすには必要なので真面目に行いつつ、生徒全員が冷え体を温め直すためにまじめに取り組む。
そしてある程度運動したところで、まずはプールに浸かるところから始まった。
‥‥‥というのも、最初から行き成り飛び込みとかをするわけでもなく、ここで初めて泳ぐ人も多い。
なので、まずは水の中で体がどう動くのか確かめながら、徐々に慣らしていくそうだ。
水泳の授業と言えども、泳ぐまでの行程が長いが…‥‥まじめにやる価値はあるだろう。
「っと、体の力を抜いて結構浮くな。ハクロはどう?」
【キュル】
水の深さはそれなりにあるようで、そこに足が付かずに浮く生徒が多い。
そしてハクロもまた、浮いたと言えば浮いたようだが‥‥‥
【キュルル、キュルル♪】
くの字に曲がっているというか、何というか。
ちょっと犬かきに近い姿勢で浮いていたが…‥‥どうやら蜘蛛の下半身部分と、体の上半身部分では浮力が起きたようで、全体的に見ればかなり反っている状態。
たとえるならば、スケートのイナバウアーよりもさらに角度が急になっているというべきか…‥‥まともに泳げているのかが怪しいレベル。
でも、水に浮くのが楽しいのか、ハクロは喜んでいるので気にしないで良いのかもしれない。
【キュルルルゥ♪】
「あ、でも足を動かせばちゃんと進むのか」
蜘蛛の足の方できちんと推進力は生み出せるらしく、のけぞっている状態であれども航行には問題無し。
そして泳げるのが楽しいのか、彼女はご機嫌そうに鳴くのであった。
…‥‥なお、泳ぐ速度がかなり遅かったが別に良いだろう。
人の足に比べて蜘蛛の足だと、どうも進むために水を蹴る力が入りにくいらしいからね。アメンボのように浮いて進む蜘蛛のモンスターも世の中にいるそうだが、彼女とは種族が違うから無理か。
「待てよ?だったら水かきのような物とか作ったら、そこそこの速度が出るんじゃ…?」
ダイバーとかの足に付けるようなアレがあれば速度はそれなりに期待してもいいかもしれない‥‥‥まぁ、今は泳ぐ楽しさを十分に味わえば良いかもね。
…‥‥バシャバシャと、ハクロが泳ぐ楽しさに目覚めている丁度その頃。
更衣室外…‥‥施設の外にある場所では、間諜たちがしっかりと動いていた。
「…‥‥というか、捕縛に乗り出す前に全員動けなくなるとはな」
「捕まえるのが楽でいいけど、洗うのが大変だぞこれは…‥‥」
間諜たちがそうつぶやき合う目の前にあるのは、更衣室覗きを様々な手で成し遂げようとした馬鹿者たち。
だが、彼らは全員地に伏しており、周囲には赤い物があふれ出していた。
「どうもまともに見ることに成功したのは良いが、刺激が強すぎてしまったようだな」
「うーん、彼女の裸を見たのは羨ましくも思えるけど、こんな大惨事は避けたいねぇ」
「軽蔑しますよ」
「「すいません」」
女性の間諜が冷たいまなざしを向ければ、その他の間諜たちが思わずそう返答してしまう。
まぁ、無理もないだろう。対策を潜り抜けた先の極楽を見た代償は、かなり高くついているようなのだから。
「しかしまぁ、ここまでの出血量はすさまじいな。どれだけ興奮したのやら」
「普通に変態行為をしたというのに、全員大事を成しとげたようなやり切った顔で、倒れてますからね」
「普通に犯罪者なので、後で地獄が待っているというのになぁ」
厳重注意だけで済む話でもなく、きちんとした処罰は用意されている。
ゆえに、今ここで安らかに逝っていても、起きた後には地獄へ案内されるのである。
果たしてそれが本当に代償に見合っているのかどうか、間諜たちは疑問に思うのであった。
…‥‥なお後日、これから連行される覗き魔たちの中に、かなり無理をして買ったらしい超高級撮影用の魔道具を持った者がおり、その内部に保存されていたデータを巡って、詳細を知った者たちで戦争が起こったのは言うまでもない。
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いや、今何かこう、地面がちょっと揺れたような気が‥‥‥気のせいか?」
そして、この場でとある異変に気が付いた間諜がいたが、それが何だったのか知るのはもう間もなくのことである‥‥‥‥
身体を結構のけぞらせつつも、泳げるのが楽しい様だ。
普段は地に足を付けて移動するからこそ、付かないこの状態が面白くもあるらしい。
色々な事を楽しめているというか、毎日が本当に楽しそうだよなぁ…‥‥
次回に続く!!
‥‥‥なお、工夫次第ではもっとまともな泳ぎ方もある模様。でもちょっと今回は初めての水泳という事でこんな形になった。
お風呂場でものけぞるんじゃって?…‥‥深く気にしないほうが良いのかもしれない。というか、ここで泳ぎを覚えたら、お風呂場でも浸かるんじゃなくて泳ぎそうな気がする。それは止めるべきか‥‥?




