2-11 着実に過ごしつつ、来る者もある
学園での生活も、月日が流れればそれなりに慣れてくるもの。
授業が色々と増え、その内容も着実に濃さを増しつつ、季節は移り変わろうとしている。
前世の世界と似ているというか、春から夏という季節感があるのは良いのだが‥‥‥‥
「‥‥‥徐々に暑くなってきたせいで、来週から水泳の授業があるのか」
【キュルルゥ?】
学園で何か催しなどを知らせるために設置されている、寮の大型掲示板。
かなり大きなサイズで、各授業での忘れてはいけない大切なお知らせとか、中等部辺りから所属できる部活動の広告紙などが掲載されている中で、そのお知らせが大きく張り出されていた。
僕の言葉にハクロが首をかしげるが、まぁ無理もないだろう。
風呂とかはこの世界にあるのだが、水泳とかをする機会は日常生活ではほとんどない。
それに、普通に考えれば、前世の小学校などであるプールの授業が該当するけど、夏限定というか、短期集中の短い間だけしかないもんね。
まぁ、内容を見る限り今から申し込めば参加できるようだが、そもそもこの辺りにプールとか泳げそうな場所を見たことが無い。
あるとしても小川とかそのぐらいで、泳げるようなものでもない。
なので、泳ぐにしてもどこでなのかと疑問に思う。案外、どこか知らない場所にでも設置されていて、そこで行うのかな?
【キュルル…‥‥キュ、キュイ、シュイ、スイエー、タノシイ?】
っと、興味を惹かれたのか、まだまだ練習しないとたどたどしい状態だが、頑張ってハクロがそう尋ねてきた。
その一生懸命さにはほっこりと来るが…‥‥楽しいのかどうかと尋ねられるとどうなのかはわからない。
うん、前世の自分ってそもそも水泳に興味を持っていたのか分からないが…‥‥人によっては楽しいのではないだろうか?泳げない人にとっては地獄でしかないだろうけれどね。
「うーん、楽しいんじゃないかな? 興味があるなら、この授業も受けてみようか」
【キュル♪】
興味津々というような顔だったので、参加しようかと言えば、嬉しそうに頷くハクロ。
人前に出て一緒に過ごせるようになってから他の事にも彼女は興味を持って、積極的に動きたいのかもしれない。水泳という授業自体が彼女にとって未知の物で、ワクワクしているのだろう。
なんというか、見た目は美女なのに中身が好奇心旺盛な子供にしか見ないような‥‥‥いや、それは子供の僕が言うのも何だろうか。
「あ、でも参加者向けに学園指定の水着が用意されるそうだけど…‥‥ハクロの場合、着れるのがあるのかな?」
【キュルル?】
参加を決めたのは良いのだが、どうやら現地で学園指定の水着が配布されるらしい。
内容によると、男子向けはボクサータイプの海パンで、女子用にはスクール水着のような物が出されるようだが、ハクロの体は人とは構造が一部違うし、そのあたりはどうなるのだろうか?
蜘蛛部分の頭に腰かけているような感じだけど…‥‥そう言えば、そのあたりを詳しく考える事もなかったし、用意できる物なのか疑問に思う。紐で結ぶタイプのビキニとかだったら大丈夫だとは思うけど、用意してくれるのか?
取りあえず出ても大丈夫なのか細かい部分も気になるし、相談のために放課後にガルバンゾー先生の元へ僕らは向かうことにしたのであった‥‥‥‥
「…‥‥おい、今の聞いていたか?」
「ああ、ハクロちゃんが水泳の授業出るかもしれないって」
「暑くなってきたから、泳ぐのも考えていたが…これはこれで良い光景が見れるかもしれねえ」
「あ、でもこの場合彼女はどう扱うんだ?水泳の授業も初等部・中等部・高等部で内容も変わるようだが‥‥‥体つきを見るとどう考えても高等部参加にしか見えないのだが‥‥‥」
‥‥‥そしてその背後では、今の僕らの会話を聞いて興味を持ち、水泳の授業の参加手続きを決め、生徒たちがこぞって押しかけることになり、手続きを行う教員たちから理不尽な文句を言われるのは言うまでもなかった。
うん、そんなことを言われても僕らにどうしろと?ハクロの参加につられた人たちが多いのは驚くけど、何もできないんだけど…‥‥。
一方その頃、帝国の王城内の会議室では、皇帝及び臣下たちが会議を開き、とある報告を聞いていた。
「むぅ、トカゲのしっぽ切りのごとく、後を残さず去られたのは痛いな。出来れば捕縛出来たらよかったが、そうはいかなかったか」
「はっ。また、男爵邸に火災が起きましたが、自然発火などではなく放火と確認。調査の結果、夫人が火を放ったようですが、現在も息子共々治療中です」
その報告は、ヘルズ男爵家の領地で起きた捕縛劇の結末。
男爵家を利用して良からぬことを企んでいた他国の貴族家も根こそぎ捕縛するはずだったのだが…‥‥それが失敗に終わっていたのだ。
「黒幕と思われる貴族家は、ショコラリア王国のものか‥‥‥だが、こちらもすでに逃亡されたと」
「動きが思った以上に早かったですな。引き際も見極めていたようですが、この様子からして時間をかけて計画していても、直ぐに切り捨てることができるように考えられていたのでしょう」
「それならば、夫人たちも切り捨てて放り込む凶行も分かるな。治療してもろくなことを吐きそうにはないが‥‥‥」
…‥‥黒幕もまとめて、根こそぎ捕縛したかった。
だがしかし、男爵家で火災が発生し、そちらの方に人が集中してしまい、その隙に逃げられた可能性があるようだ。
さらに、この火災には夫人が放火した疑いがあるが…‥‥
「放火して、屋敷の方に注目を浴びせてその隙に逃亡するつもりだったのだろう。だが、念には念を入れての捨て駒と言わんばかりに腱を切られ、燃え盛る邸へ運び投げられたか‥‥‥」
ズラダの方は火災発生現場の中心にいたのでより重篤になるかと思われたのだが、悪運が強かったのか頭皮が二度と再生しない程度のやけどで一命をとりとめており、なんとか生きながらえていたのだ。
それに対して、元凶と思われる夫人の方は、息子共々脚の腱を斬られたようで、動けなくされ、放り投げられた様子で焼かれ、重傷を確認。放火をした犯人が危篤状態であり、被害者になったズラダの方がまだ軽傷なのは皮肉な事であろう。いや、完全に毛が失せるのは軽傷なのか疑問ではある。
それは置いておくとして、現場の状況を見る限り、夫人は誰かに逃亡の手助けを頼んでいた可能性があるが、それを見事に裏切られてしまったのも哀れな物であった。
「しかし、夫人たちは詐称罪など色々と罪があるのにさらに放火や殺人未遂‥‥‥いや、彼の母を殺害しているのだが、ますます罪を増やすとはな‥‥‥とことん堕ちるところまで行き、罪の意識すらなくなったのだろうか?」
「この様子だと、死刑でも生ぬるそうな可能性もあるのですが…‥‥いっそのこと、治療せずに葬り去ればいいような気がしてきましたな」
「だが、情報を持っている可能性を考えると、治療して吐かせねばならぬし‥‥‥なんともまぁ、面倒なことをしてくれたものだ」
色々と罪の重すぎる罪人たちの報告を聞くと、呆れてしまう皇帝たち。
現時点でまだまだ調査を行うのだが、行われていた余罪もかなり多く、ここまでくるともうただのごみ扱いでもしたほうが十分ではないかと思えてしまうほどだ。
「とりあえず治療を進め、吐かせる準備を進めろ。新しい情報が聞けるとも思えないが、せめて罪を感じさせるほどには生かしておこう」
「はっ」
議会で一致し、皇帝がそう命じると臣下の者たちは動き始めた。
何にしても、黒幕を捕らえ損ねたのはかなり痛いが‥‥‥‥ひとまずは、逆恨みなどで愚行を犯しそうな輩を確保できたのはまだよかっただろう。
「しかし、放火の知恵を持つようにも思えぬな。黒幕の者が提案して、それに従い‥‥‥都合よく逃亡を考えていたが、切り捨てるついでに焼却処分されかけたという事か」
「利用価値はないに等しく成ったも同然ですからな。罪がバレるのであれば、いっその事すべての元凶を闇へ葬るのも考えていたのでしょう」
黒幕は捕らえ損ねつつも、捕縛出来た罪人たち。
今は治療を行っており、治療終了後はそこまで期待できないが新しい情報などが無いか聞くための尋問が行われるだろう。
そして出し切ったところで、罪を問う裁判も行う予定だが‥‥‥‥重い処罰が下されるのは間違いない。
「まぁ、このまま命を失われても、それでは逃げられるだけだからな。余の大事な国民を利用しようとしたその罪自体に対して、しっかりと生きて償ってもらおう」
皇帝たるもの、国民たちも自分にとっては大事な者たちであり、失わせるような真似をした相手は許せない。
改心することはありえないだろうし、死罪で楽に済ませる気もない。
そうつぶやいた皇帝の言葉に、臣下たちも頷くのであった。
っと、ここで少し重い雰囲気だったのだが、間諜の一人が入室してきた。
「陛下、報告があるのですが」
「どうした?」
「学園での話が広がって来たのか、他国からの間諜や密偵の数が増加しているようです。安全のために、もう少し警備の強化が必要だと報告されてます」
「本音は?」
「何かやらかされたら、それこそ美女が嘆き悲しみ、周囲に甚大な被害が出そうなので、それを防止するために、全力で相手の妨害をしたいと部下たちが一斉に訴えてきました」
「…‥‥うむ。正直すぎるな」
…‥‥安全として公表し、その存在を公にしたモンスター、ハクロ。
普段は学園内でアルスと過ごしており、そんなに学外へ出ることはないはずだが、学園内の生徒たちが学外で広めてしまうのか、噂話として広まっており、少しずつ周知され始めたらしい。
モンスターとの生活に関しては、家畜になったものや研究機関預かりのものなどの例があるために珍しくはなかったはずだが…‥‥やはり、蜘蛛の体と共に絶世の美女の体も持っているという事で、好奇心を持ってしまう者が出てきたのだろう。
ゆえに、その情報収集のために乗り出してきた貴族や国が徐々に集まってきたようである。
ついでに、念のために国から監視役の間諜も出しているのだが…‥‥そちらはそちらで、彼女の様子を見てだんだん絆されてしまい、心配性になってきたようである。
「まぁ、対象に想いを抱きつつも仕事を忘れないようにしているのは良いのだが…‥‥過度な干渉は避けたいところだ。だが、彼女の主となっているアルスの方には気になる報告があるからこそ、彼の方に危害を加えるような馬鹿が出る可能性があるのも無くしたいところだ」
その報告を聞きながら、皇帝はそう口にした。
ハクロの主となっているアルスに関してだが、彼に関しての詳しい調査も同時に行うと、色々と興味深い報告があげられてきた。
色々な物があるようで、どうやら年相応の少年でもあるようだが…‥‥何かと面白そうな類もあるようだ。
その中には、絶対に深く知りたい情報もある。
「‥‥‥薬の精製能力を持つらしい報告があるという事は、胃薬や頭痛薬の超強力な物を精製する可能性もある。何かと貴重な可能性ゆえに、それを潰したくはないからな。警備も行えるよう、力のある者を回せ」
「はっ」
皇帝陛下の言葉に対して、臣下の者たちは先ほどの返答よりもより力強く返答した。
それもそうだろう。彼らの日々に欠かせないような品物を作れるかもしれない希望を、アルスが持っていたのだから。
まだ彼はその事をちょっと隠しているようだが…‥‥調べていくと色々と詳しいものが出てくるし、出来れば早く聞きたいところではある。
「命令として聞き出すのも可能だが、皇帝が子供に命令を下すのもな‥‥‥何かと醜聞となる」
絵面的に不味い光景しか見えないので、もう少し成長してからならともかく、出来れば自分からその事を話してほしいと思う皇帝の言葉に、聞いていた一同は深く頷いて同意するのであった…‥‥
「詳しく調べれば、ズラダに起きた奇跡の毛という話があったが、それも彼が関わっている可能性があるからな‥‥‥毛生え薬を精製した疑いがあるが、下手すれば戦乱が起きる火種になりかねないし、早めにどうにかしてほしい所だ」
「髪の問題は人によっては恐ろしく切実なものですからな…‥‥」
様々な思惑があれども、彼らを見守りたい大人たち。
そんな動きがある事をアルスは知らないが、ハクロと一緒に水泳の授業へ向けて、まずは相談しに向かう。
そもそも、蜘蛛の体もある彼女が水泳可能なのかどうかという疑問もあるのだが‥‥‥‥
次回に続く!!
…‥‥というか、既にだいぶバレてないかコレ。
何にしても、ハクロの水着などもどうするべきか‥‥‥‥色々と悩むなぁ。人ならざる者が着る衣服に関しては、どの作品でも毎回悩むのだ。全部同じだと面白くもないが、奇抜すぎるのもダメだろうからね。
いっそモフモフなダイバースーツという斜め上のものにしようか?