5-25 ある意味正しい悪党のやり方
――――バリン、っとガラスの割れたような音。
けれどもそれはガラスが割れたのではなく、世界の一部がガラスのようにひび割れた音。
そしてその割れ目が徐々に数を増やし…‥‥這い出てくるのは、混沌とした黒い風と、蠢く触手。
見るだけでもおぞましいような寒気を覚えるような形状をしており、ずるるっと這い出てくるのは大きな一体の怪物。
いや、違う。怪物ではないもっと別の物であり、むしろ怪物と言い表せるものの方が可愛い存在なのが良く分かる威厳のようなもの。
ずるりずるりと這い出て、全身が出てきた頃合いに、世界のひびはすぐに閉じたのだが、おぞましい存在は残されたまま。
『う、ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!!』
それは雄たけびか、あるいは歓喜の声か。
大声が響き渡ると、空間そのものが動き、大地が割れ始める。
混沌とした息吹が漏れ出るかのように、腐敗していく‥‥‥‥
「…‥‥どう考えても、邪神とかそういう類なのは間違いないよね」
「キュル、怖い、なんか、不気味すぎる」
おぞましき存在が這い出ようとしている間に、既に全員出来る限り安全圏となるようなところまで避難をし終えつつ、僕らはその様子を観察していた。
見ているだけで商機を削られるような、狂気を纏わせるような存在。
一応、ハクロの方は機械神の寵愛とやらがあるらしいし、僕の方はトゥールの方が首をかしげるような狂気の耐性を持っているらしいけれども、それでも何か失われそうな感覚を味合わされる。
「教祖とやら、アレがお前たちの求めていた存在なのか」
まだ繋がっているはずの糸電話越しに、僕はそう問いかける。
あんなものを呼びだすのが、こいつらの目的なのかと思っていたのだが‥‥‥帰ってきた返答は、予想とは違っていた。
『‥‥‥い、いや、違う!!あれは違う!!我々の神ではない!!』
「へ?」
「キュル?」
否定するかのような叫びに、僕らは首を傾げた。
どういう訳だ?こいつらの目的はあのおぞましき者を呼びだすことではなかったのか?
『我々の神は、もっとこう、うねうねと蠢く蔓やら目玉のある存在だ!!あのようなおぞましき者は確かに混沌をもたらすかもしれないが、そうではないのだ!!』
‥‥‥どうやら、教祖とやらが呼び出したかったのは、トゥールの方だったらしい。
まだ確定ではないが、それでも多分、あの蠢く植物の化け物のような自称邪神のほうを呼ぼうとしていたのだろうが…‥‥それとは違うものが出てきてしまったようだ。
ならばなぜ、あんなものを呼んだのかと問いかけたくなった…‥‥その時だった。
『…‥‥いいや、合っているぞ、お前の求めた神は、この我だ』
「「『!?』」」
空気を伝わず、直接頭の中に響くような声。
出所を探ると、どうやらあのおぞましいものが発信源のようだが‥‥‥‥まさか‥‥‥
『ど、どういうことだ!?何故、我らが神の声を、貴様のようなおぞましきものが発しているのだ!!』
『当り前だ。貴様の目にはあの植物モドキの姿しか映らなかったのだろうが、それは偽りだ。我が我自身を顕現させるために、利用していただけなのだ』
驚愕する教祖とやらの問いかけに対して、答えるおぞましきもの。
そう言えば前に、トゥールが自分の意思にそぐわぬ行動を信者がしているとか言っていたが‥‥‥もしや、あのおぞましきものが成りすまして、動かしていたのではないのか。
そうなると、元凶はあのおぞましき化け物の方にあるのか。
『…‥‥以前、貴様は奴の力を受け、異なる世界を垣間見ることができるようになった。そしてその事に我が気が付き、奴の姿を映し、操っただけの事。口先だけで言っていた神託なんぞは、すべてこの我の虚言であり、貴様の求める神の求めている事ではないのだ』
『なっ‥‥‥‥乗せられたとはいえ、それでも我らが神を偽ったとは許せん!!こうなれば、この説諸共自爆をして、神にささげる生贄に、』
…‥‥流石に自身の信じていた神様の姿を偽って、その想いも偽られたことに許せなかったのか、糸電話越しでも聞こえてきた教祖の怒りの声。
だがしかし、その声は突然ぶっっと言う音と共に、途切れた。
『うるさいゴミクズだ。潰してしまったが、特に何も思うことは無いな』
おぞましき存在がそう口を開き、教祖を潰したことを伝えてくる。
そしてぐるりとこちらの方に向き直り、どこにあるのかが分からないが、それでも感じることが出来るような重い視線をぶつけてくる。
『‥‥‥そして、こっちにいるのはあの機械神の寵愛を受けたものに、その番か…‥‥散々、我の顕現を邪魔してきたものにしては、こうやって見るとなんと小さい事か』
「‥‥‥散々?」
「キュル?初めて会うよ?」
『いや、初めてではあるまい‥‥‥‥そうだな、その番の者は、こちらの姿を見せれば分かるだろうか』
そうおぞましいものが言うと、触手のようなものから液体がしたたり落ち、何かを形作る。
それは何処か人型をしており、何やら成人男性のような…‥‥あれ?なんか見覚えが‥?
「確か‥‥‥母モドキの、愛人?」
『正解だ。この姿は我の分身の一つであり、ゲシュタリアと名乗っていた』
そう言えばいたな、こんな人。何年も昔のことでだいぶ記憶があやふやだったけれども、それでも案外覚えているものである。
『この者を使い、地道に人を増やす計画もあったが、流石に愚者を利用するのは愚策過ぎたようで、それは潰れた…‥‥』
その他にも、おぞましきものは水面下で動いていた。
皇子を呪い、魂を奪った後は死体を乗っ取って帝国を動かそうとしていた。
既に潰れた教祖とは異なる者に偽りをかけ、別の神として降臨しようとしていた。
大きな戦乱を引き起こし、そこで出るだろう恐怖や怒りの感情を糧に、一部でも顕現させようとしていた。
数カ月前からというのもあれば、何年も前から、いや、数十年、数百年も前から計画していたものもあり、どれが成功してもいい結果を出せたらしい。
だがしかし、ここ数年の間にそれらの計画が次々に潰れてしまったようで…‥‥どうやらそれらを辿っていくと、僕らに潰されたという結論が付いたらしい。
まぁ、無理もないだろう。皇子の呪いは解いたことがあるし、別の宗教関連だとその長がハクロを狙ったせいで思惑と違う行動をしてしまって別の化け物を呼んでしまい、戦乱そのものは帝国自体が強かったのもあるけれども、ファンクラブやラなんやらで妨害されまくって大きなものが起きにくかった。
その他にも色々と心当たりがあり過ぎるのだが、とりあえずかなりご立腹の様子らしい。
『だが、その憎々しい日々も終わりを迎える。用意していたもののおかげで、こうして顕現できたからな…‥‥試行回数三十九万六千五百四十一回目にして、ようやくだがな!!』
どれだけ苦労していたのかはわからないが、数多くの方法を試していたそうで、ようやく成功したことが喜ばしいのだろう。
僕らへの怒りと、今回の顕現での喜びが混ざり合って、言い表せない感情になっているらしい。
『さぁ、称えよ、崇めよ、ひれ伏せよ!!我が名はスタードゥ!!混沌と狂気をもたらし、この世の、すべての世界に狂気の救いを与える神である!!だが、貴様らはその救いを与えるに値しないがゆえに、ここで消し飛べぇぇぇぇぇぇ!!』
相当怒りが貯まっていてそっちの方に振り切ったのか、おぞましき存在ことスタードゥは言い切るが早いが、その巨大な触手を振り下ろしてきた。
「キュル!?糸ガード!!」
その動きに気が付き、素早くハクロが糸を出して止めようとするのだが、その動きは止まらずにぶちぃっと引きちぎってそのまま僕らへ振り下ろされる。
流石にこれは、一撃で終わると思い、何も意味をなさないけれども、何とかハクロの方だけでもどうにか助けられないかと、僕が彼女にかぶさっての抵抗を示そうとした…その時だった。
ドビュンッ、ズバァァァン!!
「「!?」」
『うっぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?』
何かが飛来し、巨大な触手が切り飛ばされ、スタードゥの悲鳴が上がった。
何が起きたのかと僕らは唖然と見ている中、その飛んできた何かが触手を空の彼方へふっ飛ばしつつ、僕らの前にゆっくりと降り立つ。
『…‥‥ふぅ、見ているだけのはずでしたが、邪神違いが出てきた以上、関わらざるを得なくなりまシタ。トゥールと名乗る邪神であれば、あれはあれで出る気もなかったのですが‥‥隠れていた、大きな廃棄物が出てきたのであれば、掃除する必要がありマス』
どことなく言葉が違うような、機械音のような声を出しつつ、面倒事の始末に嫌そうな感情を隠すことがないその人物はスタードゥの方へ向き直る。
『ぐぎぎぎぎぎ、な、な、何故出てくるのだが、機械神!!貴様の事も対策しようと思い、来れないように妨害していたはずだ!!』
『ああ、偽りの情報で蔓延させて、こちらの判断を遅らせる気だったあれですカ?最初こそ、確かにひっかかって何もせずに傍観しかけましたが…‥‥甘かったですネ。念には念を入れて私の姉妹機が連動し合い、虚偽を見破りまシタ。そのおかげで、堂々と出れたことには感謝してシマス』
痛みを抑えるように叫ぶスタードゥに対して、礼を軽く言う機械神。
前々から転生時に会った神がいっていた、ハクロへ寵愛をかけている機械神のことは聞いていたが‥‥‥まさか、そんな神がこのタイミングで姿を現すとは思わなかった。
でも、この空気の中で、一つ凄いどうでもいいはずなのに、気になることが出て来た。
「あの‥‥‥何で、メイドの姿なんですか?神様と言えば、あっちの邪神のような得体のしれないものや、もうちょっとこう、違う服を着ている神がイメージにあるのですが‥‥‥」
『ああ、これですか?…‥‥私、本当は色々あってメイド神になるはずでしたが、姉妹機同士の争いに敗れてしまいまして、ハズレの機械神になっただけの存在で、これは単なる名残なのデス』
「神という立場に、当たりはずれがあるの?」
‥‥‥‥さっきまでは非常に危いシリアスな雰囲気だったはずなのに、なぜかメイドの姿をした機械神のせいで、周囲の雰囲気が一気に混沌となった気がするのであった。
カオスになって来たような気がしなくもない。
でも助かったので、何も言えない。
とりあえず今は、おぞましき存在の方をどうにかしたいのだが…‥‥
次回に続く!!
…‥‥やられた。出ないように何とかしていたはずなのに、突破された。




