4-36 啖呵を切ったのは良いのだが
‥‥‥正直言って、青年の姿にまで成長してみると、思いのほか視界が高くなっている。
とはいえこれはあくまでも薬で無理やり成長させた状態であり、将来本当にこうなるのかはわからない。
自分で言うのもなんだが、出来ればなってほしい身長よりも高い感覚なので、ここまで成長できるように努力したいのだが…‥‥
「その前に全力で生き延びないとな!!『爆裂火炎薬』に『氷結薬』、『大炎症薬』などを喰らえぇぇ!!」
ぽんぽんぽぽんっと次々に薬を精製し、周囲に無茶苦茶に投げまくる。
そしてあちこちで瓶が割れ、中身の薬液がどんどんかかってゆく。
【ギャァアァァァァ!!痛イ痛イ痛イ痛イ!?】
【熱イ痒イ冷タイ、ナンダコレハァァァ!!】
‥‥‥薬を精製できるのだが、裏を返せばとんでもない毒薬となる。
それを利用して思いつく限りの無茶苦茶なものを精製して周囲にぶちまけているが、どうやら痛覚などはしっかりと有るようで、効果はあるようだ。
というかそもそも、このあちこちの肉壁そのものがあの大きな肉の塊の内臓のようだし、ぶつけるだけでもかなり効くようだ。
たとえるのであれば、一寸法師という所か。体内で無茶苦茶に暴れまわっているも同然。
だがしかし、完全に効果があるとは言い難く、一度受けた薬には耐性が出来てしまうのか、効果が薄くなる。
僕自身の体力もかなり疲弊して無くなっているからなぁ…‥‥今の状態はその場の勢いでごまかしているにすぎないし、迫りくる触手たちをかいくぐって何とか逃れるのもかなりきつい。
「だけど、捕まったら確実にやられるとわかっているからこそ、立ち止まれないっと。『痙攣薬』に『ねじれ薬』、『吹き出物薬』…‥‥」
迫りくる触手たちにもめがけて、多種多様の薬をどんどん投げつけつつ、なんとか逃走する。
あちこちから出てくるとはいえ、こちらも多少は強化しており、ある程度ならばなんとか対応できるだろう。
「それに、ここまで派手に暴れられれば、目はこっちに向くかな…‥?」
…‥同じようにこの化け物の体内に入り込み、流されてしまったハクロ。
失った片腕がたぶん彼女をつかみ続けている可能性を考えると、どう考えても絶望的な不安を与えてしまっているかもしれないと思い、胸が痛い。
また、気絶している可能性もあるし…‥‥無防備な状態でいたら、それこそ危険だ。
だから、僕はここで派手に暴れるだけ暴れて、徹底的に抵抗することでこの化け物の体内を騒がしくする。
そうすれば気絶しているかもしれないハクロも起きるだろうし、ここまでどっかんばっかんやっていれば彼女が僕のことを見つける可能性はある。
まぁ、この化け物たちの思い通り彼女を誘い出すための餌にされている気がしなくもないが‥‥‥それでも何もやらないよりはマシだろう。
【エエイ!!イイ加減ニ倒レロ!!】
【死体ニスルカラ大人シクシロ!!】
「おもいっきり殺害宣言を出している時点で、大人しくなる馬鹿がどこにいる!!」
多分どこを探してもいないとは思う。
…‥‥闘争を続けて体感的に数時間経過。
流石にもう叫ぶ元気もないが、化け物たちに捕まらないように、薬を生み出して投げていく。
既に強力な毒薬も、痒みを放つ薬も、あちこち爆発する薬も使用済みであり、そろそろ使える幅が無くなってくる。
「ぐっ…‥‥同じのでも、大分耐性を持ったか…‥‥」
少し短いペースでバンバンまき散らしたのは悪手だっただろう。
捕まらないように必死になっていたとはいえ、もう少しペースを考えるべきだったと後悔をしつつも、抵抗を諦めない。
だがしかし、そろそろ即席で作った成長薬も限界が来たようで…‥‥
ぼっしゅううううううううう!!
「つあっ‥‥‥!!時間、切れ‥‥‥か!!」
煙が噴き出るように解除され、元の身体へ戻った。
しかも、かなり激しく動きまわっていた反動故か手足も完全に動かなくなり、そのまま転んで地面を滑る。
【グハハハ!!ヨウヤク、ヨウヤク大人シクナッタ!!】
【テコズラセラレタガ、終ワリカ!!】
僕の限界を見て、化け物たちが口々にそう口にしあう。
いや、この肉壁全体が笑うように震えているだけで、口では発していないのだが…‥‥それでもようやく暴れていた僕を捕らえられると思ってなのか喜ぶようであり、触手が巻き付いて来た。
手足を捕らえて宙に吊るされ、多くの触手が纏わりついてくる。
ギリギリと締め上げ始め、体中の骨がきしみ始める。
【ジワジワト命ヲ無クス体感ヲ味ワウガ良イ!!】
【セメテモノ情ケトシテ。体ダケヲ締メテ潰ソウ!!頭ダケデモ餌ニナルカラナ!!】
ぎりぎりぃ…‥‥びきっ、ばきぃっ!!
「っ‥‥‥‥もう、だめ、か‥‥‥‥」
骨がきしみ、何処かが折れた音がしつつ、全身に激痛を感じながら終わりを悟る。
ああ、抵抗を必死にしたが…‥‥案外、あっけない最期を僕は迎えるようだ。
全身が締め上げて潰されていき、徐々に体の感覚が失われていく。
気が付けば血が口から出ており、垂れていくが止めようがない‥。
「…‥‥でも、そう簡単に、餌になってたまるか!!」
締め上げられてバキバキに砕かれていく中でも、最後の抵抗ぐらいは派手にさせてもらおう。
爆薬はすでに耐性を持っているようなので効果は薄いかもしれないが、ここまで密着しすぎている状態であれば、そんなのは関係ない。
「彼女に手を出させない!!だからこそ、ここで覚悟を決めてやるんだよ!!」
ごばあっつと話すたびに血を吐きつつ、辛うじて手の中に一つの薬瓶を生み出す。
サイズは小さいが、その中にあるのは強烈な爆薬で…‥‥‥ここで使えば、僕自身も確実に自爆となるが…‥‥それでも、この状況をどうにかできないのであれば、いっその事彼女に、ハクロに、愛する人を守るために身を犠牲にすべきだろう。
いつもいつも、ハクロは僕を守ってくれていたし、僕が守りたくとも彼女が動いていた。
だったらせめて、最後の時ぐらい、僕が彼女を守るために身を犠牲にしてもいいじゃないか…‥‥絶対に彼女が嘆き悲しむかもしれないが‥‥‥‥
【-----その覚悟、私、望んでない】
「…‥やっぱり、そうだよね」
ばきばきと音が鳴り響く中、不思議と彼女の声が響き渡り、僕はそうつぶやいた。
わかっているさ、そんな事ぐらい。とはいえ、タイミング的には助かったかともいえるか…‥‥
【ダ、ダレダ!!】
【イヤ、一匹シカイルマイ!!我々ノ腹ノ中ニハ!!】
【うるさぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああい!!】
肉壁が揺れ動いて声を発する中、彼女の怒声が響き渡る。
そしてそれと同時に僕の体を今にもぶちゅっと潰そうとしていた触手が切り裂かれ、宙に舞った瞬間にぎゅっと大事そうに、それでいて痛みを感じさせないように抱かれる。
「ようやく、合流できたね…‥‥ハクロ」
【アルス、あれだけ派手に暴れていれば、生きているの分かった。だから、ここに来ることが出来たの】
ずざざぁっと勢いよく触手の地面を滑りつつ、ぎゅっと踏みしめて地面に立つのは、愛しい彼女。
やや髪が乱れており、あちこちの衣服がボロボロなのを見ると彼女の方でも色々とあった様子だが‥‥‥っと、気が付けば手の感覚が一つ、戻ってきていた。
【腕、縫った。神経多分、まだ微妙だけど…‥‥今はこれで、我慢して】
「いや、十分さ。…‥‥それよりもハクロ、この状況を理解できているよね?」
【うん…‥‥この人たち、いや、この場所すべてが、アルスを痛めつけた‥‥‥‥それ、絶対に許せない】
【許セナイ?イヤ、ムシロ感謝スベキダロウ?】
【蜘蛛ノ姫、オマエハソンナ奴ノ側ニイルヨリモ、我々ノ、】
【黙って!!いや、喋らないで!!】
驚きつつも身勝手な言い分を言おうとした化け物たちに対して、強くはっきりとそう叫ぶハクロ。
普段の彼女ならば見せない姿だが、その目の奥に燃える怒りの炎を見れば‥‥‥‥相当激怒しているのを理解させられる。
…‥‥化け物たち、完全に終わったな。普段滅多に起こることのない彼女を、本気で激怒させちゃったね。
【私が誰のもとにいようと、そんなの私の勝手!!私、アルスのお嫁さんで、妻で、生涯を誓っている!!そんな想いを考えずに、身勝手にアルスを傷つける人、絶対に許さない!!】
ごごごおぉぉううっと強く嵐が吹き荒れるかのように叫びつつ、彼女の周囲が気迫で押されていく。
凄まじい怒りをあらわにしつつも、僕の方に感じさせないように気を使っているようで、そっと優しく腕で包み込んできた。
【アルスをいじめた、怪我させた、命を奪おうとした…‥‥‥私の怒り、頂点に達した!!】
口にして叫び、僕を抱きしめつつ、彼女の体に変化が起きる。
魔力で出来た翅が形状を変えて燃え盛るように真っ赤になり、体が宙に浮かぶ。
じゅわわわわわわっつ!!
それと同時に熱気が生み出され、周囲の肉壁が溶かされ始める。
特に堅実に出ているのは天井部分であり、見る見るうちに穴が空き始め、小さいながらも外の景色が出ており…‥‥気が付けばかなり時間が立っていたようで、いつの間にか夜になっており、月明かりがこうこうと穴から降りそそぐ。
【‥‥‥キュル?】
っと、その途端に怒りに燃え滾っていたハクロの瞳が、何かを感じたかのように明るく輝く月へ顔を向けた。
【‥‥‥『星々が輝く夜空よ、星の明かりは我が子であり、照らす大いなる月はその母である。母の光は子を導き、そして力を与え、輝かせよう。星の明かりは、モンスターの命の火。輝く火は地上に落ち、そしてまた空へ帰る』…‥‥化け物になっているあなたたち、モンスターといってもいいかもしれない。けれど、輝く火ではなく、濁り切った汚泥‥‥‥‥そんなのが、空へ帰るのはない】
月の光を浴びながら、彼女はそう口にする。
どこでそんな言葉を覚えたのか…‥‥いや、そういえば前に月の光がモンスターに影響を与えるって話があったけど、そのもとになったものなのだろうか?
そうこうしている間にも月の光が彼女を照らす中、更に変化を産み始めた。
白かった彼女の体が、ほんのりとキラキラした光を纏い始める。
そして燃え盛っていた翅の火が少し収まって来たかと思えば、ゆっくりと形を更に変えて、神々しい宝石のような翼へと変じていく。
【‥‥‥‥できればここ、残していたかった。でも、最後の脱皮…‥‥来た】
そう言いながらハクロがそっと僕を手放したかと思うと、すぐにびりぃっと破ける音がして皮を脱ぎ捨てて再度僕を抱きしめ直す。
その体の衣服はなく、産まれたての身体となったようだが‥‥‥‥それはもう、蜘蛛の身体は無かった。
まるでたった今、宝石のような翼をもつ天使のような‥‥‥‥女神と言って良いような姿に、ハクロは変わったのだ。
【オオオオオオオオオ!?ナンダ、ソノ変化!!】
【蜘蛛ノ姫ガ人ノ体、イヤ、神ノ体ニ!?】
【神だとか、そういうのは分からないけど、そんなのじゃない】
【だって‥‥‥】「だって…‥‥」
「私はただの、アルスにとって大事な人に、なっただけだもの」
そう言いきりつつ、僕を離さないようにしながらも片腕を天へ掲げるハクロ。
するとその手に光が集まっていき、大きな光の塊を生み出す。
「大好きな人、愛している人を傷つけた者に報いを‥‥‥‥裁きの光を!!」
そう叫ぶや否や、光の塊は一気に神々しき輝き始め、周囲を一気に照らす。
【【グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?】】
じゅばあぁぁぁっと一気に蒸発するような音が鳴り響き、周囲の肉壁が見る見るうちに消え失せ…‥‥光が収まった時には、そこはもう何もいなかった。
ただ単に、地面に何か大きなものが乗っていただけのような跡が出来上がり、その中心部に彼女は降り立った。
「‥‥‥キュルル‥‥‥アルス、無事でよかった」
「ハクロが無事でよかったけど…‥‥これ、どうなっているの?」
「わかんない、でも、一つわかるのは‥‥‥‥あの怒りの中で、お母さんの声が頭に聞こえて来たの」
流石に裸のままは不味いと思ったのか、素早くどこからともなく糸を出して衣服を即席で作って着こなしつつ、ハクロは夜空を見上げる。
「…‥‥怒りに我を忘れずに、月に身を任せてって…‥‥お星さまになったお母さんが、わざわざ言ってきたような気がするの」
「ハクロのお母さんが‥‥‥か」
どういうことなのかは今の状態だと理解し切れないが、それでも一つ分かるとすれば、なんとか命は助かったという事か。
そう思うと緊張の糸が解けたようで、一気に体の力が抜ける。
「っと…‥‥なんか、すっごい眠くなってきた‥‥‥‥どうしよう、何もないのに野宿だよ」
「そうかも…‥‥私も何か、眠い」
ふわぁぁっと互いに欠伸をして、くすっと笑いあう。
色々と疲れたし、あり過ぎたし、考えるのはもう後回しでいいかもしれない。
「ログハウス、作る?」
「ううん、私、アルスの布団になってあげる…‥‥蜘蛛の身体無くなったけど、新しいもふもふある、キュルル‥‥‥」
大きい宝石のような翼を前に曲げつつ、僕を包み込むように抱き上げてくる。
案外柔らかい翼というか、想像以上にふわふわしているというか、羽毛とはまた違うような気がするが‥‥‥それでもどこか、居心地がいい。
「…‥‥よし、説明とか絶対あとで困るけど、それを忘れてもう寝ようか。お休み、ハクロ‥‥‥」
「うん、お休みアルス‥‥‥」
防犯だとか後での説明だとかはもう疲れ果ててろくに考える事もできず、化け物に勝利したとはいっても僕らはあっけなく眠気という強大な敵に敗北をしてしまうのであった…‥‥‥
必死になっていた反動が、どっと押し寄せて来た。
彼女の変化だとか、化け物がどうなったのか報告の必要はあるだろうけれど、考えるほどの気力がない。
ああ、もしやこの世界での一番の強敵はこの眠気ではないかと思いつつ…‥‥
次回に続く!!
‥というかコレはこれで凄い寝心地が良いかも。親鳥に包まれる雛とはこんな気持ちなのかもしれない。