閑話 たまにはこうやって話し合っていたりもする
【キュル‥‥‥そう言う訳で、念のために警戒の糸を張りたいけど、良い案ない?】
「ふむ、姉君の考えは良いとは思いますが…‥‥我々の糸はそこまで万能ではないですからなぁ」
‥‥‥学園内のとある休み時間、ハクロはベイドゥと相談していた。
学園に編入してきた貴族令嬢の執事として仕えている彼だが、その正体はハクロの弟たち。
中身に3匹の蜘蛛がいて、そろって操って一人の人間に見せかけている人形とも言えるが、一応数少ない血縁者なのでそれなりに話し合う機会はあった。
「我々の糸は確かに周囲の感知を行うには向いているでしょう。感知範囲は広いですし、やろうと思えば極小で人に気が付かれないものも可能ですが‥‥‥‥捉える事のできないような相手に対して、効果的に感知できるのかと言われるとそうでもないですしね」
【やっぱり?】
「ええ。まぁ、我々は操ることに特化しているので、別方向に使うのであれば姉君の方が向いているのでしょうが…‥‥話を聞く限りでは、そんな得体のしれない化け物に対しての感知には、不十分としか思えないのです」
ハクロが相談していたのは、先日の化け物対策のために、少しでも素早く感知できる糸を各所に張り巡らせられないかという事である。
ある程度の相手の位置や動き方、速度などを素早く判明することが出来れば、万が一襲撃があったとしてもある程度の余裕を持つことが出来る。
そう考えつつも、並みの方法では当たらない相手だったことを思い出し、その手の類でもつかえるような糸が無いかと相談していたのだが…‥‥ベイドゥからは良い回答を得ることはできなかった。
同じ蜘蛛のモンスター同士、糸の扱いに関してはお互いに長けている。
しかし、その使い道はそれぞれ異なっており、だからこそ別の視点から着想出来るようなことがないかと思ったのだが、そううまくことは運ばない。
「そもそもですね、姉君のありとあらゆる攻撃が透過するような相手に、糸を通せるとは限りません。罠を仕掛けてその効果を失せさせて攻撃できるようにしたという方法もありましたが、あらかじめ感知するためにと考えると、先ずその効果をどうにかしなければいけないという話になり、結局はどうしようもないという結論しかできませんからね」
【キュルゥ…‥‥】
攻撃が通じないような相手に、糸での感知が通じるとは言えないだろう。
ある程度空気の流れかたなどで察知できる部分があるとはいえ、攻撃を透過させるような相手に糸は無力に等しいのである。
一応、今回はある程度の気配を漏らしていたために、襲撃前に確認できたとはいえ、もしも気配のないような輩であれば、今ここに彼女はいなかったかもしれない。
見えない、気配の得られない、攻撃の通じない、そんな悪夢のような相手が出来てしまえば、その時こそお終いと言えるだろう。
「しかし、姉君を狙うような輩がいるという事実は、それはそれで見過ごせませんね‥‥‥‥我々の主であるお嬢様を狙うような輩へ抱く殺意と同じようなものを抱きたくなりますね」
数少ない血縁者がそんな手段で狙われるのは、嫌らしい。
群れが全滅している現状だからこそ、出来る限り真摯になって相談には乗ってくれるのだが…‥‥それでもできない部分もある。
【キュルゥ、やっぱり、難しい問題】
「ええ、糸が通じないというのは、我々にとっても脅威ですからね…‥‥最大の特徴を一気に潰すような相手は、相性が最悪です」
互いに腕を組んで同意し合い、悩み合うのだが良い案が思いつかない。
自分達の得意分野が通用しない相手がいるということ自体、非常に困ることなのでどうにかしたいのだが‥‥‥‥っと、そこでふとベイドゥは思い出したかのようにぽんっと手を打った。
「あ、そう言えばその手の輩に関して、どうにかする手段はあったかもしれません」
【本当!?】
先ほどまでできないことに悩んでいたのに、突然出てきたその発言にハクロは目を丸くする。
「はい。そのような輩は確か、我々が住まいにしていたダンジョンでも似たような事例があったのですが…‥‥ああ、でもあの時確か姉君は、母上の背中で熟睡してましたね」
【‥‥‥何かあったっけ?】
「あったのですよ。まぁ攻撃が通じないというか、糸を燃やす焔の相手がね」
‥‥‥かつて、ダンジョン「ゲードルン」の中に群れが存在していたころ、小さな襲撃事件が多少あった。
大きな蜘蛛の群れが隠れて住んでいるとはいえ、モンスターによっては大量のごちそうとみなし、襲ってくる輩がいるのだ。
とは言え、ギガマザータラテクトが居を構えつつ、その群れの蜘蛛たちも戦闘に長けていたので大抵の場合は返りうちにしてその晩のごちそうになっていたのだが…‥‥その襲撃の中で、とある事例が存在していた。
「糸を燃やす『フレイムシザー』という燃えるカマキリというようなモンスターがいたのですよ」
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『フレイムシザー』
カマキリの形を持った、生きた焔の塊であるモンスター。
その鎌が最大の武器ではなく、燃え盛る焔の体そのものが武器であり、燃料として周囲の生物を取り込み激しく燃え盛る。
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そんなモンスターであったからこそ、蜘蛛の糸なんぞ直ぐに焼き尽くし、感知も攻撃もほぼ通用しなかったのだが…‥‥それの襲撃は、彼らの母親が動いたことであっという間に片付いてしまったのである。
「母上がどういう訳か燃えるモノを拘束する糸を作り出し、全身を縛り上げて動かなくなるまで捕まえていたのです」
【キュル?お母さんが?】
ギガマザータラテクトの前では、その命も文字通り蟷螂の斧。
あっという間に捕縛され、そのまま消火して終わったようだが…‥‥そこに、今回ハクロがやりたいことへのヒントが存在していた。
「燃えるものは普通は糸が通じません。とはいえ、母君の糸は通用していた‥‥‥‥糸の本質そのものはほぼ同じなはずなのに、出来ていたという事実があるのです」
【‥‥‥お母さん、どうやったんだろう?】
「7番目の兄が、確か秘訣を聞いていたはずでしたが‥‥‥‥生憎、その兄は一人立ちしましたからなぁ。どこにいるのか、もう分かりません」
【キュル、7番目のお兄ちゃん…‥‥確か、世界最強の格闘蜘蛛になるんだって意気込んで、蜘蛛の身体なのにどこをどうしてか筋肉ムキムキになって飛んでいったんだっけ?】
その秘訣さえわかれば攻撃が通用しないような相手にも糸を使えるかもしれないのに、その秘訣は既に絶たれているようだ。
いや、何匹かの兄弟姉妹は自ら聞いていたようだが‥‥‥‥それでも群れが全滅した以上、全員の消息は不明である。
「これ以上は…‥‥ええ、考えつきませんね。申し訳ございません、姉君」
【キュル、別に良いよ。私、その話しを聞いただけでも、希望持てたもの】
何をどうすればいいのかという具体的な方法は不明だが、それでも捕らえられないようなものを捕らえることが出来るような手段は存在している。
絶対にできないという事ではないという事実に、ハクロは希望を見出した。
とにもかくにもこれ以上考えても分からないだろうし、今はその話しから構想を練って、実験を行うしかないようであった…‥‥‥
「それはそうと姉君、番となられる方と挙式はいつでしょうか?」
【んー、まだ先かも‥‥‥なんか、色々難しいことがあるみたい。でも、絶対に夫婦になれるように頑張っている途中なの。‥‥‥でも、聞いてどうするの?】
「いえ、単純に挙式をするのであれば呼んでほしいと、お嬢様の方からも頼まれてまして。お嬢様の前世の兄君とやらが、姉君の番殿らしいですからね」
‥‥‥そしてついでに、ベイドゥは執事として頼まれた業務をこなそうと動くのであった。
影は薄いが、それでも存在はしている。
だからこそ、こういう時に話しあえるのだ。
まぁ、その母親の糸の扱い方を、どうやってものにできるのかという話になるのだが…‥‥
次回に続く!!
‥‥‥土曜仕事。もふもふしたいのになぜ仕事。