2-4 事前に対策済みだからこそできる芸当
‥‥‥結果も踏まえて、一晩考えて練った授業構成。
基本的に必要な授業はしっかりと入れつつ、将来のことも含めて必要そうな科目をしっかり学べるようにした。
ただ、今は男爵家という貴族籍にいるので、将来的には抜けて独立する予定だが、それでも貴族な事は貴族。
ゆえに、貴族には必須な作法や習慣、その他などをしっかり学ぶための授業も入れるようにと、受付にて注意され、入れる羽目になってしまった。
まぁ、将来的な薬屋営業などを目標とするならば、貴族相手の営業もあるだろう。
そう考えると、どの様に対応すべきなのかという部分において、商業科目などで得られるのとはまた違う知見を得られるのかもしれない。
悪くはないし、利にはなるかと思って本日の授業を迎えたのだが‥‥‥
「では皆様、貴族としての作法ですが、この形態に至るまでの流れをまずは‥‥‥」
‥‥‥この科目を担当する講師は、まずこの作法の科目において、どうやってこれが成り立ったのかというところから話し始めた。
何事も学ぶ前に、どうしてこの形になったのか、というところをしっかりと知っておいた方が良いというのは良く分かる。
授業内容も分かりやすく、生徒たちの授業用に用意された教科書やノートなどで、大事そうなところをしっかりと書き記すのは良いのだが…‥‥
「‥‥‥それで、さらに昔の皇帝陛下との謁見時に、この貴族は‥‥っと、そこ、眠るな!!」
ビシィッ!!
「あだっ!?」
「さらにそこも!!」
ズビシィッ!!
「ひげぇっ!?」
話の内容は真面目に聞けば聞くほど、俺にとっては中々面白い物ではあったのだが、どうやら眠くなった生徒がいたらしい。
講師がチョークを投げれば、ソレはソレは見事に直撃したのだが…‥‥その当てられた二人を見て、俺は何ともいえない顔になった。
うん、寝ていたの兄たちか…‥‥あれ?これ初等部最初に学ぶ授業のはずで、本来上の学年になっているはずの兄たちが受けることはないんだよね?
そう言えば、留年だとかそう言う話が聞こえていたが…‥‥嫌な予感は当たっていたようだ。
「ラダー、グエス、二人とも留年中でこの科目すら満足な点数が取れていないのに、なぜ眠るんだ!!もっとまじめに授業を受けなさい!!」
「うるさい!!これでも前にも習っているから退屈なんだよ!!」
「一度受けた授業だからこそ、もう一度受けても意味はないだろうが!!」
「あなたたち、二人とも最初から全部最低点数を記録しまくっているでしょうが!!全然覚えていないに等しいのに、良くそんな事が言えますよね!!」
…‥‥兄たちが怒って反論するが、講師からの正論に叩き潰される。
というか兄たち、最低点数を取っているって‥‥‥あれ?今「全部」って聞こえたような。
この教科だけの最低点数かと思ったが‥‥‥どうも彼らは、受けていた授業全てにおいて酷い数値を叩き出しているらしい。
なので、留年も当たり前すぎるのだが、学び直しても学ぶ気がしておらず、全然向上しそうにないようだ。
いや本当に、何をやっているんだろうかあの兄たちは。将来、どっちが男爵家当主になっても不安しかない気がする‥‥‥まぁ、どうせ僕は継ぐ気もないし、兄たちがどうなろうと知った事ではないけどね。
しかし、この様子だとハクロの種族について調べるよりも先に、絶縁手続きの方法を調べたほうが良いような気がしてきた。なんとなく籍が一緒だからこそ酷い巻き添えに遭う気がしてきたからね。
何にしても、授業中に怒られる兄たちの姿を、その後の別の貴族用科目でも、何度も何度も繰り返し見る羽目になったのであった…‥‥無視されているようだけど、こうやって見ると滑稽すぎる気がする。
【キュルル~♪キュルル~♪】
アルスが兄たちの愚行を見て呆れている丁度その頃。
寮の自室内にて、ハクロはご機嫌そうに歌いながら編み物をしていた。
蜘蛛の体に腰掛ける人の体という造りだが、自身の糸を扱う技術は変わることはない。
むしろ、人の手という物を手に入れたので器用さが上がったようで、糸を使って編み物をする趣味が出来たのである。
まぁ、サイズが小さくなっているので糸も細くなっており、そこまで大きな代物を編むことは出来ないだろう。元のサイズに戻れば、アルスや自分の衣服を作れると言えば作れるのだが‥‥‥とはいえ、小さいのであれば小さいなりにより細かい作業も可能であり、より丁寧に作ることができるのである。
ついつぃーっと針を使わずに糸を操り、布状に織りつつ、切断し、縫い合わせていく。
そして少し時間をかけて出来たのは、椅子にぴったり合うサイズのクッションであり、それを置いてみて彼女は自身の仕事ぶりに満足感を覚えた。
【キュル♪】
枕は自分の存在意義ともいえるような役割を潰すので作る気はないのだが、自分があまり役立てそうにない部分をこうやって補えるようにする作業は楽しいのである。
【キュルル~キュルル♪】
そして作品を一つ作り終えてもまだ終わりではなく、ちょっと小腹が空いたので、机の上に置かれた植木鉢の元へ歩み寄った。
【キュルル】
おかれていた薬品入りの瓶を抱え込み、それを注げば、小さな木の実が植木鉢の中にできあがる。
そう、こうやってアルスががいない時のために、おやつ用の木の実を作り出せる薬品を用意してもらい、こうやって収穫できるようにしているのであった。
…‥‥なお、蜘蛛のモンスターゆえに蜘蛛の巣を張って他の虫などを得る手段もあると言えばある。
とはいえ、虫よりももっと違う動物性の肉、さらにはその肉よりも甘みを持つ果物が好物になっているので、その手段を取らないのであった。
【キュルルルル♪】
ある意味、野生の本能を捨てているというか、蜘蛛として何かが間違っているというべきか‥‥‥まぁ、そんなことは彼女にとってはどうでもいい。
今の生活は幸せだし、別に取らなくともこうやって得る手段はあるのだから。
【キュル、キュルル~?】
食べ終えて満足したところで、次は何を作ろうかなと腕組んで考え込む。
ぐでーんっと自身の体を曲げ、自分の蜘蛛の背中のふわふわ部分に寝そべりつつ、天井を見上げ‥‥‥ふと、気が付いた。
【キュ?】
よく見れば、寮のこの部屋の天井に小さな穴が開いているようだった。
何かネズミとかそのあたりがいるのかなと思ったが、そんな物音はしない。
けれども、放置したらそのうちうっかり落ちてきて、アルスに当たりそうな気がしたので‥‥‥ならば、その穴をふさげばいいかと思い立ち、天井へ向けて糸を飛ばして穴に接近する。
【キュ~キュルル♪】
そしてちくちくと、丁寧に糸を縫い合わせていき、何重にも分厚くして穴をふさいでいくのであった。
…‥‥後日、天井裏に潜り込んだ間諜がふさがれていたことに気が付き、穴を改めて開通させようと動いた。
だがしかし、それは容易く出来ないようになっていた。
バギッ!!
「…‥‥か、硬い‥‥‥」
蜘蛛の糸は、同じ太さの鋼鉄よりも何倍も丈夫であり、更にハクロはモンスターなのでより強固な糸を出せていたらしい。
そのため、改めて穴を開けるには、その糸が通っていない部分に開ける必要があったのだが…‥‥残念ながら、ハクロは念には念を入れて、その部屋の天井全体に見えないほどの細い糸が天井板の繊維に張り巡らせたのであった。
だからこそ、間諜が見張り用の新しいのぞき穴を作るのに途轍もなく苦労する羽目になったのは言うまでもない。
(いや、絶対にこれ気が付かれてないか‥‥‥?あのチビ蜘蛛美女、対策を念入りにし過ぎていないか‥‥‥?)
「ただいまー、ハクロ!何か変な事でも無かったかなー?」
【キュルルルゥ♪】
授業中は留守番をさせているが、出来れば堂々と過ごさせたいところ。
だからこそ、彼女の種族とかその詳しい事を知るために、そのことを知れそうな科目を受ける。
まぁ、その一方で苦労している人たちがいるようだが…‥‥
次回に続く!!
‥‥‥次男はまだ良いとして、長男がそれで良いのかという気もする。無駄になりそうなら、さっさと見切りをつけて退学にさせるべきなのだろうが‥‥‥‥