3-38 人はそれを、何と言うか
「‥‥‥それで、相手の正体は?」
「ただ今、戦闘から回復した者や、交戦していなかった間諜たちが死に物狂いで情報を集めていますが、収集情報は思わしくありません。ただ、所持していた魔道具の情報などから、国へ届け出をされていないもの‥‥‥人が作った類ではなく、ダンジョンから生まれたものが利用されていたようです」
「密かに盗られていた類?」
「いえ、あのギルド内では確認できていないようですが…‥‥それでも、他の者との交戦で数名を確保確認。自害をされる前に取り押さえており、ただ今自白をさせていますが‥‥‥面倒な名前が出てきました。雇い主に繋がるようでありつつも――――――」
‥‥‥優しそうで頼れる姉のような皇女アリスが、部屋の外にて騎士たちと間諜たちと交互に情報を報告してもらいつつ、素早く動いてもらっている。
ギルド内に素早く脱出しつつも、上がってくる危険性から素早く運び込まれ、ゲードルンからそう遠くない医療施設の周囲には、国際問題になりかねないことから、素早く国から派遣された護衛がこれでもかと言うほど、囲んで守っている。
蟻の子一匹逃さないような、徹底した厳戒態勢。
何者の襲撃も許さないらしいが…‥‥そんなことができるなら、何故、ダンジョンに入っていた時にできなかったのだろうか。
【‥‥‥何で、何で‥‥‥かばっちゃったの…‥‥アルス‥‥‥】
そう心の中で思いつつも今は安静のためにかつ看病のために、特別に二人だけでいる病室にてハクロはぎゅっと未だに眠り続けるアルスの手を握り、涙を流しながらそう口にする。
‥‥‥ダンジョン、ゲードルンで起きた襲撃事件。
ギルドの目も、騎士たちの監視もかいくぐってきた侵入者たちは今、服毒自殺や自爆で失われはしたが、それでも残っていた者たちは全て捕縛されており、現在尋問を受けている。
何故、ダンジョンへ侵入してきたのか。
何故、目をかいくぐって来ることができたのか。
そして何故、襲撃をかけて来たのか。
まだまだ多くの謎があるのだが、それでもハクロは感じ取っていた。
これはあの時‥‥群れを襲撃して全滅させた集団たちと、ほぼ同じ臭いをしていた者たちだと。
悪意のある臭いでもあり、人の中で最も醜悪な、触れたくない部分であると。
【キュルッ‥‥‥‥】
ぐぐっとこらえるのは、アルスを傷つけた相手に対する怒りか、それともかつて抱いた復讐心に火が灯ったのか、はたまたは人間が憎い心を抱いたせいか‥‥‥‥それでも、感情を押さえ、ハクロはアルスの手を握り直す。
アルスは今、何かの魔道具で負傷しており、昏睡状態。
出血量は多いわけでもなかったのだが、この状態になったのは魔道具自体に何かの細工が施されており、作用しているせいらしい。
いざという時に何でも解毒可能な薬も用意していたはずだが‥‥‥それも効かず、むしろ傷口が悪化。
治療してくれた医師の見立てでは、おそらくは呪いとかそう言う類に近く、毒ではないので解毒できないうえに、今もなおアルスを蝕むようだ。
呪いに関してであれば、ハクロの持つ癒しの力が作用してある程度呪いを弱く出来ているのだが、それでも下手をすれば今晩が峠らしい。
見る限りでは、穏やかに寝息を立てているようでも、その呪いはじわりじわりと目に見える形で広がっている。
包帯で覆われた傷口から、体を伝う黒い線。
何か文字のようなものとなり、その一つ一つが表面を伝わり…‥‥逸れにハクロは手をかざし、自身の力でどうにか浸食を防ごうと考えても、うまくいかない。
【‥‥‥アルス、アルス‥‥‥アルス】
ぎゅっと手を握り締め、どうにかできないかと思っても、何もできない自分が、物凄くもどかしいのであった…‥‥
「‥‥‥そうか、ココがあの世か」
『いや、まだ生きているぞ』
―――いつの間にかいた、何もないけれどもどこか見覚えのある場所。
僕がつぶやくと、返ってきたツッコミ。
ふり返って見れば…‥‥そこには、転生前に出会った神と名乗る存在がいた。
ただし、どういう訳かかなりボコボコにされている。
「何があったんですか‥‥‥神様」
『こちらにも、色々と事情があるが…‥ちょっと、知り合いの機械神にお仕置きされただけだ』
‥‥‥神が神にお仕置きされるとはこれいかに。
そう思いつつも、この状況に対して自分が冷静な事に気が付いた。
「そういえば、普通に会話していましたが…‥‥僕は確か、今、撃たれて意識を失っているんじゃ‥‥‥」
『まぁ、その通りだな。とは言え、その撃たれたものが良くなかったな…‥‥これはまた、外道過ぎる手段を使う輩がいたようだなぁ』
取りあえず立ち話も何なので、座れと言われたのでお言葉に甘える。
いつのまにか用意されていた座布団に座り、同じくあった茶を出され、それを飲んだ。
「外道過ぎる手段?」
『ああ、そうだ。お主がここに来る前にいた状況は既に把握しているのだが‥‥‥お主を撃った弾は、本来あの世界にはあってはならぬものだ』
神曰く、僕を撃ち抜いたものは、とある最悪の呪いの弾。
ありとあらゆる解呪なども受け付けず、肉体をゆっくりと蝕んで命を奪う類のようだ。
『お主が彼女を守りたいと思ってかばったようだが…‥‥それはそれで、正解だったかもしれぬな。あの弾は人もモンスターも変わらず、確殺するものだ』
「‥‥と言う事は、僕はこのまま死ぬのでしょうか?』
『いや、ある意味お主は幸いだった。あの弾は確かにあの世界の者であれば確殺だが…‥‥お主は転生者。魂だけは違う世界にいたからこそ、呪いの効果が薄まり、命をつなぎとめているのだ。‥‥‥とは言え、このままでは確実に亡くなるだろう』
だがしかし、そんな末路は神にとっては不本意らしい。
様々な事情で転生者を送り出すことがある分、できるだけその人生は満足いくものになってほしいそうで、本来であれば神の干渉は避けるのだが、今回は特例で少しだけ干渉するそうだ。
『特例と言うか、機械神に脅されてというのもあるが…‥‥それでも、こういう機会は滅多にないぞ』
「何故、機械神とやらが出てくるのですか?」
目の前の神が何の神かはよくわかっていないが、少なくとも機械神とやらは、僕とは関係ないはず。
転生前に会ってもいないし、そんな目を付けられるようなこともないはずなのだが…‥‥
『あー‥‥どちらかと言えば、お主ではない。あの機械神の管轄は‥‥‥ハクロと言う者の方にやっているのだ。彼女を泣かせるような真似はして欲しくなったようで、激怒されて…‥‥』
「‥‥‥ハクロに?」
僕に目を付けたのではなく、ハクロの方に機械神とやらは関心を持っているらしい。
なぜ彼女に対してそのような事をしているのかは不明だが、神曰くどうやらその機械神の知り合いにも似たようなのが存在しているようで、だからこそ特別に目をかけているようなのである。
ゆえに今回、僕が撃たれて瀕死の重体となった今、彼女が思いっきり悲しんでおり…‥‥その光景を確認して、機械神とやらは大激怒。
確実にその危害を加えてきた輩共は神罰を落とすことを確定させつつ、とばっちりでもう少ししっかりと見ておかないのかと怒られて、ボッコボコになるまで殴られてしまったそうである。
とにもかくにも、そのおかげで僕は本来このまま亡くなるはずだったそうだが…‥‥特例として、一時的に意識を浮上させ、どうにかする手段をやらせるらしい。
『神とは言え、流石に生死に干渉しすぎるのは良くはないのだが‥‥お主には、こちらか渡した能力があるだろう?今回だけは、特別にその能力の制限を解放し、すべての呪いを確実に解呪できる薬を作る機会だけを与える。とは言え、作った後にはまた気を失いかねないが…‥‥その前に、飲めるかが勝負だろう』
「飲み薬‥‥‥気絶するなら、体にかけるようなタイプの方がいいのでは?」
『それは無理だ。流石にあの呪いは色々と強すぎてな…‥‥』
‥‥‥それは、本来あるべきではない、最悪の呪い。
けれども今回は、色々な事情が複雑に絡み合い、出来上がってしまったもの。
たった一発かぎりであるが…‥‥その呪いは内部から蝕んでいく。
だからこそ、飲み薬として中から浄化する必要があるようだ。‥‥全ての呪いを解呪できる薬ならばかけ薬でもよさそうなのだが、解呪までの時間を考えると飲んだほうが良いらしい。
『まぁ、だからこそ今回、直ぐに意識が浮上するだろう。ほんのわずかな間だろうが、それでも全力で精製し、即座に飲むが良い』
「では、そうさせてもらいます」
色々と聞きたいことはあるけれども、もうすぐ意識を浮上させ、現実に戻る時。
この機会を逃せば確実に命が失せるらしいので、のんびりとはできない様子。
『それでは、やるぞ。‥‥間違いなく、確実に、神罰を落とすから無理に探らなくても良い。今は解呪のみを考え、そして彼女の笑顔を取り戻すが良い‥‥‥‥できれば永遠に幸せにしてくれぬと、今度はこっちの命が危いからな‥‥‥』
ここでの意識が薄れる中で、神はそう告げる。
なんとなくぼそっと本音が漏れていたような気が知れないが‥‥‥‥うん、その機械神とやらがハクロを大事そうにしているのはわかったので、安心してほしい。
と言うか、このまま悲しませたら、亡くなったら僕もまとめてやられそうなので、急いで意識を戻し‥‥‥
「‥‥‥っ‥っはっ!!」
【キュッ!?アルス、目を覚ました!!】
呪いに蝕まれているせいか、目覚めてすぐに体中から激痛が走りつつも、僕はその顔を見た。
僕の手を握り締め、ハクロが涙を流していたその光景を。
‥‥‥彼女を傷つけまいと思って動いたけど、結果として悲しませていたようだ。
心の中で謝りつつも、今はそれどころではない。体の激痛が酷いというか、呪いによるせいかだるすぎるというか、とにもかくにもこのままではすぐにあの世送りになりそうだ。
「は、ハクロ、心配かけてゴメン。でも、今はそれよりも早く‥‥!!」
握ってもらっていた手が外され、僕は素早くイメージをして薬を精製する。
以前にも、解呪の薬を作ったことがあり、イメージは十分。
なおかつ神曰く制限解除状態なので、確実に解呪できる薬を出せるはず。
そう思い、強く祈りつつ…‥‥僕の手の中に、輝く薬が精製された。
「よし!!あとは、これをのっ、っぎっ‥‥‥!!」
飲もうとしたのだが、生憎ここで時間切れだというのか、体の力が抜け、薬の瓶が手からこぼれる。
【アルス!!これ飲ませればいいの!?】
っと、ここで落ちる薬をキャッチして、ハクロが問いかけ、僕は素早くアイコンタクトで伝える。
これを飲みさえすればいいと理解したようで、ハクロはすぐに行動する。
【口を開けて‥‥‥いや、飲む力、弱っている?だったら入れる!!】
「っ!?」
意識が再び薄れ始め、力が入っていない体を見て、飲む力が薄れているのを彼女は理解したのだろう。
けれども、飲める力がない僕の口に注ぐだけでは意味がないと思ったのか…‥‥何を考えたのか、その薬の中身を彼女自身の口にいれこみ‥‥‥素早く僕の頭をもって、その口を付けた。
‥‥‥口移しと言う手段を用いて、僕の体に解呪薬が注ぎ込まれる。
そしてゆっくりと内部を通るのを理解し、呪いが解呪され、激痛が収まる。
でも今は、それどころではない。
「ぶはっ!!…‥‥は、ハクロ‥‥‥」
【‥‥‥キュルッ!!これで、治った?】
「治ったと言えばそうだけど‥‥‥今のって‥‥‥」
いやいやいや、人工呼吸とかその類に近い物だと思いたい。
無理やり流し込まれたレベルであり、そう、キスとは違うとは言いたいが…‥‥思い切りが良すぎるというか…‥‥
【キュ‥‥‥アルス、目覚めて、起きて、治って‥‥‥良かった、本当に‥‥‥良かった‥‥‥!!】
バクバクとこちらの心臓が今の衝撃で収まらない中で、ハクロがぶわっと涙を流し、そしてぎゅっと抱きしめて来た。
【アルス、何で私、かばうの!!そのせいで、撃たれるよりも、私、死にそうだった!!アルス、失いたくなかった!!】
「‥‥ハクロ」
ぎゅうっと抱きつつも、そう叫ぶハクロに心が落ち着きつつ、その悲しみを感じ取る。
彼女のためにと思ったが、結果としてはやっぱり悲しませてしまったようだ。
「ゴメン、ハクロ。悲しませちゃって…‥‥でも、僕はハクロに傷ついて欲しくなくて‥‥‥」
【その想い、私も同じ!!そこ考えて!!】
謝ろうとしたら、涙をぬぐいつつハクロが叫ぶ。
【アルス、大事な家族‥‥‥いえ、大好きで…‥‥私、アルスの事、愛しているもん!!】
「‥‥‥‥え」
【大好きで、愛して、失いたくなくて、アルスがいなかったら、私、私‥‥‥‥‥あ】
思いっきり漏れ出た言葉に僕が驚くと、感情のままに叫んでいたハクロも気が付いたそうで、ぴたっと動きを止める。
そして、しばし互いに何も言えずにいると…‥‥ハクロの身体が真っ赤になった。
【キュ、キュッ、キュル‥‥‥勢いで、出ちゃった‥‥‥アルス、聞いた?】
「う、うん‥‥‥大好きとか、愛しているとか‥‥‥今、全部言ったじゃん」
【…‥‥キュルルルルルルルルルルルルル!!】
自覚して何か恥ずかしくなったのか、顔を手で覆って叫ぶハクロ。
真っ赤になっているというか、湯気が出ているというべきか、何と言うべきか‥‥‥‥うん、色々と言いたいけど、先ず出るのはなんか可愛い反応である。
というか、そうか…‥‥好きという感情を分かっていても、それを堂々と言うのは、まだ恥ずかしかったのか‥‥‥けれども、その想いは、強く伝わった。
「‥‥‥ハクロ、顔を上げて。今のは、恥ずかしがらなくても良いのだから」
【恥ずかしと言う訳じゃない…‥‥今、勢いそのままに出ちゃって…‥‥ゴメン、アルス。私、ちょっと身勝手過ぎた言い方を…‥‥】
「全然、身勝手じゃないよ。だって…」
真っ赤になりつつ、なんとか手を外してこちらを見るハクロ。
あわあわと慌てふためいているというか、まだ落ち着けない様子だし、僕の方は病み上がりではあるけれども‥‥‥その感情は、僕の方も持っていたからね。
今ので気が付かされたというべきか、勢いで来たのであれば、こちらも勢いで返したほうが良いのかもしれない。
「だって、僕の方もハクロが好きだからね」
【キュルッ…‥‥アルス、私も、アルスの事が好きだもん!!】
僕の言葉に対して、直ぐにそう返答するハクロ。
そしてぎゅっと抱きしめ合い、互いの温かさを感じ取り合う。
【アルス、もう私、かばわなくていい!!大好きな、愛している人、傷ついて欲しくない!!】
「いや、かばうよ。だって、僕だってハクロが傷ついて欲しくないし…‥‥愛しているからね」
【キュ、キュル‥キュルル‥!!】
そっと彼女の耳にそう囁けば、更に真っ赤になるハクロ。
蜘蛛と言うかカニのように赤くなっているというか、互に自覚し、そして気が付かされたその想い。
‥‥‥ああ、人であろうとモンスターであろうとも、この抱く思いはなんというか。
それは、「愛」でもあり「恋」でもあり…互いを思いあう、大好きという感情が何重にも積み重なった気持ちなのだから…
互に想いを伝えあいつつ、ようやく始まった第一歩。
それは場の勢いで飛び出しつつも、それでもゆっくりと進み始め、感じ取り合うものである。
僕らは互に大事だと思って‥‥‥‥失いたくない、かけがえのない、代わりの無い唯一無二の存在なのだと理解したのだから‥‥‥‥
「‥‥‥あの、二人とも。気が付いたのなら、ここ、入って良いのかしら?」
「あ」
【キュッ】
‥‥‥とりあえず今は、この状況どう説明しよう。
と言うか、ここどこの室内?そして扉の方で、アリス皇女が入りにくそうにしているんだけど…‥‥何時から見ていたの?あと、その背後の廊下でなんか真っ赤な池ができてないかな?
ようやく踏み出した、はじめの一歩。
それは勢いで出つつ、結構外に聞こえていたようである。
そう考えると、何かと気恥しいような気がするのだが‥‥‥うん、状況考えろバカップルども。
作者のツッコミも入り、次回に続く!!
‥‥‥ようやくと言うか、やりたい一つが出来た気がする。
でも、赤い池は‥‥‥‥輸血技術とかあると思うけど、血が足りるかな?