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「店長、こんにちは」
「おっす、玖木君」
僕が高校入学直後からお世話になっているコンビニ。
同級生に遭遇したくなくてわざわざ学校とは別方向の位置にあるこのコンビニを選んだせいで叔父さんの家で居候をしていた頃は少し遠くて通いにくかったけれど雅さんと暮らすようになってからは徒歩五分という近さになったのでよく臨時でシフトを入れられてしまうのが悩みだ。でも、不満はない。
「最近雰囲気ガラッと変わったな。玖木君のイメチェンはお客さんからも好評なんだよ」
「え、そうなんですか?」
「おう。むしろ全くの別人だと思ってる人もいた」
髪型を変えて、コンタクトにして、何が変わるのかと思っていた。でも自分自身でも外見だけでない何かが変わったと感じることがある。最初から『こう』だったらあんな目に遭わなかったのかと言われればそうではないと断言できるけれど。
僕は《sins》に出逢ったから変われたんだ。
「そうだ、そんな玖木君にお願いがあるんだけど、今日から来る子の教育頼むわ
」
荷物を置いて、着ていたパーカーを脱いで、Tシャツの上に制服を着る。
更衣室が無いためにバックヤードに無造作に荷物を置いて着替えるしかない。
そんな慣れた動作をしていると事務作業をしていた店長が思い出したかのように振り返って僕を見る。
「僕が、ですか?」
「ああ。玖木君結構古株だし、向こうのがちょっと年上だけどあんま変わんねぇし、コンビニ経験はある子だから」
「・・・・・・わかりました、頑張ります」
「おう」
「店長、今日からの子来ましたよー」
僕達のやり取りを待っていたかのように先に入っていた同僚がバックヤードに顔を出す。
仕方ない、腹を括ろう。果たして僕に教育係が務まるのかという不安があるけれど挑戦してみよう。
「今日からお世話になる把木で、す・・・・・・って、あー! この間の!」
「・・・・・・あ、えっと、みか、さん?」
まさか、こんなところで再会するとは・・・・・・。
そこに驚いたように僕に指を差した状態で立ち尽くしていたのは、数日前に出逢ったばかりの、《ジェミニ・シンドローム》の小さなボーカリスト、実架さんだった。
「え、なに、知り合い?」
「あー、知り合いというか、顔見知りというか」
「音楽に魅せられた者仲間です!」
「お、おお・・・・・・」
自信満々で力強く実架さんは宣言する。その勢いに店長と僕の少々右頬が引きつっているが決して間違えているわけではない。僕は《sins》に魅了され音楽の虜になっている。
「まあ、知り合いならよかったわ。店頭では玖木君に色々教えて貰ってくれ」
「はーい! よろしく、玖木さん!」
「よ、よろしくお願いします」
「とりあえず掃除から一通りな」
「わかりました」
実架さんは店長と書類の説明や制服のサイズ合わせなどのミーティングがあったので僕は先に店頭へ出る。
僕は中退する前からこの時間に入っている名残で今のシフトに入っているが、この時間、平日の夕方から入るということは彼女は今、学生だろうか。
仕事始めの掃除は実架さんへ教えながらする事になったし、交代前の同僚がまだレジにいるので僕はとりあえず品出しをする。
「玖木さん、お待たせです」
「あ、はい。じゃあ掃除から始めましょう」
「はい!」
数分して、実架さんが軽やかな足取りでバックヤードから店頭へ。
それから店先、トイレ、店内の掃除をし、ゴミを片づけ、備品の補充を済ませ、先のシフトだった同僚と交代してレジへ。
「あの、レジ経験も?」
「前も同じコンビニチェーンやったから大体は!」
「じゃあ、サポートをするので分からなかったら聞いて下さい」
「了解です!」
コンビニ経験者らしい実架さんは僕の指導なんかいらないくらいスムーズに仕事をこなしていく。
「玖木君と、えーっと把木さんだっけ? 交代するわ、お疲れ」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
問題は何も起きず五時間後、僕達は無事に深夜勤務の先輩と交代をする。
流石に男女が一緒に着替えなど出来るわけなどなく、後でいいと言い張る実架さんを先にバックヤードに押し込み、僕は冷蔵庫の中に入り夜食として頂く廃棄商品を物色してみる。コンビニで有難いのはこういう風に廃棄が頂けるところだ。叔父さんの家でいた頃は滅多に廃棄を貰って帰る事などなかったけれど、雅さんと二人暮らしを始めてからは雅さんの分もちょくちょく貰って帰っていた。
「玖木さーん? 遅なってすんません」
「あ、いえ。把木さんもよかったら廃棄どうぞ」
「お! コンビニのええところですね! 貰ってかーえろ!」
実架さんは、楽しそうに廃棄の入ったカゴを物色し始める。
「あの、把木さんは帰り一人ですか? 途中まで送りましょうか?」
「へ?」
「あ! いや! あの・・・・・・!」
本当に僕は変わってしまったのだ。
まだ周りとの壁を作っていた頃は、周り全てが敵だと思っていた頃は、こんな発言をするなんてあり得なかったのに。
実架さんのキョトンとした顔を見て自分の発言がとんでもなく恥ずかしくなる。
「あらやだ、玖木君がナンパしてる~」
「さ、佐渡さん?! 違います!」
いつからそこにいたのか。先輩の佐渡さんが新しいレジ袋の束を持って冷蔵庫の入り口で緩みきった顔で佇んでいる。この人はこういう話に目がない。
「俺の玖木君はこんな軟派な奴じゃなかったのに」
「だから、違いますよ。というか佐渡さんのものになった記憶ないです」
「あはは! まあ、夜も遅いし玖木君に送ってもらいなよ、把木さん。この子は本当は硬派な奴だからそこら辺は大丈夫」
「だから、ナンパじゃないです・・・・・・」
「まあまあ」
佐渡さんや此処の人は優しい。最近になってそれがよく分かる。
高校中退前はあの従兄弟さえ大嫌いだった僕は勿論此処の人達全員も敵に見えていた。
勿論、今も苦手な人はいる。だけど、僕みたいな人間を受け入れてくれていたのに僕は信じるということが全く出来なかった。それは、今更だけどとても申し訳なく思っている。
「むふふ! じゃあ、お願いしよかな!」
「分かりました。ちょっと待ってて下さい」
「はーい!」
僕はそれなりに急いで帰り支度をし、実架さんと一緒にコンビニを出る。
帰り際に佐渡さんがニヤニヤしていたのは知らないフリをした。
実架さんの話によると彼女はコンビニから徒歩十分のマンションで、この間一緒にいた彼女の双子の兄、琉架さんと二人暮らしをしているのだという。僕が雅さんと暮らしているマンションとは逆方向だが、僕はこのマンションを知っている。
(此処って・・・・・・)
「あれ? 洵? 実架も」
「泪さん、こんばんは」
此処は泪さんが一人暮らしをしているマンションだった。ちなみに灰さんはこのマンションの別の部屋で一人暮らしをしているのでこの前僕は服が有り余っていて大変だという灰さんの部屋に彼が着なくなったお古(勿論メンズの)を頂きに来ていた。その時に泪さんも此処に住んでいるのだと彼女の兄から聞いていた。
「泪ちゃん、おかえりー!」
「はいはい、ただいま」
僕の少し前を歩いていた実架さんはさも当然のように泪さんに飛びつき、泪さんもそれを当然のように受け止める。
はて、この二人はいつの間にこんなに仲良くなったのだろう。
「ライン交換した後に此処でばったり会ってから仲良くなったんだ。同い年だし」
「え、」
「なんで仲良いんだろって顔してたよ。違った?」
「・・・・・・その通りデス」
泪さんはエスパーだろうか。
それとも最近の僕がわかりやすすぎるのだろうか。
両方のような気がする。
「それより私はあんたらが一緒にいるのが不思議なんだけど」
「それは、」
「うふふ~、聞いて泪ちゃん! さっき洵クンにナンパされてん!」
「把木さん?!」
「いややわぁ、実架って呼んでぇな」
実架さんは泪さんに抱きついたまま無駄に色っぽい声を出し、無駄に色っぽい流し目を僕に送りつける。
でも、春樹さんの声と流し目に比べたら・・・・・・と意味不明な思考回路をした自分に驚く。
なんでここで春樹さんが僕の思考に出てきたんだろう。
「・・・・・・ふーん? 春樹さんに言いつけてやろうかな」
そう呟いて何とも言えない表情で自身のiPhoneをタップし始めた泪さんに僕は何故かとても焦りを覚える。
「え! だから違います! バイト先が同じでもう遅いからから送ってきただけです!」
「ふーん? あの人間嫌いな洵がねぇ。そこまでねぇ」
「めちゃかっこよかったで! ウチ、きゅんきゅんした!」
「ふーん?」
誰か僕の味方はいないのか。いや、こんな贅沢な悩みをするなんて日が来るなんて思わなかったけれど、本当に誰か味方が欲しい。
僕は別に他意があって実架さんを此処まで送り届けたのではなく本当になんというか、最近物騒だから女性の一人歩きは危ないと思ったからで・・・・・・。
でもなんで、こんなに誤解されたくないと焦ったのだろう? しかも春樹さんの名前が出てきた途端にその焦りは倍増した。
「ごめん。そんな不安そうな顔しないで。ちょっとからかってみただけだから」
「あの・・・・・・?」
「困らせるつもりはなかってん、ごめんな」
「え?」
泪さんと実架さんはさっきの意地悪い笑みとは明らかに異なる、優しい笑顔で僕を見る。
どうやらちょっとしたいたずらだったらしい。
本当に此処で僕達が鉢合わせしたのは意図的ではなく只の偶然で、別にお姉さん達は打ち合わせをしたわけではなかったけれど話の流れでこんな高度ないたずらを思いつき実行したようだ。
人間関係を上手く築くことが苦手で今まで自分の殻に籠もりっぱなしだった僕には結構高度ないたずらだった。
「でも実架を送り届けられるくらい、それだけ、洵が前に向かってるってことだね。よかった」
それは、僕のチカラだけではない。
それは・・・・・・。
「さて、洵クン。ウチらもいたずらをする仲になったのでラインを交換しよう」
「実架、あんたホントにいきなりよね」
「何事も勢いや!」
「ふふっ」
僕はまた自然に笑っていた。
そんな僕を見て泪さんと実架さんが笑う。
僕は実架さんとラインを交換して、そして彼女から名前で呼ぶように、タメ口で話すようにと指摘され流れで泪さんにもタメ口でいいと言われ、少々戸惑ったけれど言われる通りに出来るように努力すると伝え、雅さんと暮らす部屋に帰ることにした。
マンションが逆方向な事を泪さんが伝えると実架さんはオーバーリアクションで謝罪してきたのは偏見かもしれないけれど流石ノリのいい関西人だと思った。
泪さんと実架さんと別れ、十五分くらいかけて帰宅すると雅さんは自室に籠もっていたので、《sins》の作曲もそして大学院の課題も忙しい従兄弟の体調が少し心配で『お疲れ様。冷蔵庫に夜食とプリンがあるのでよかったら食べて下さい』とメモを書いて食卓に置き、僕はお風呂に入った。
お風呂から出ると、スマホに実架さんから賑やかなスタンプと明るいメッセージのラインが入っていた。
本当に、世界はそんなに僕に攻撃的ではないかもしれない。




