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5,

 夏休みのある日。僕はマンションの近くにある大手CDショップへ立ち寄った。

 最近気になっているバンドの《カナリアナイト》がベストアルバムを発売したのだ。

 ツインギターでツインボーカルのこのバンドを知ったのはついこの間。何気なしにネットで音楽系の動画を漁って観ていた時だった。メンバーは五人中四人が僕と同じ高校生だったというのに楽器隊の完成度は勿論、ボーカル二人は対照的な澄み切った声とハスキーな声で、そのハーモニーには聴き惚れた。詩も僕が求めていた『苦しいながらも救いがある』曲だった。

 でも、何故だろう。僕の中から《sins》が離れない。僕の求めた音楽が此処にあるのに此処に現れたのに、あの儚い声が忘れられない。

 そもそも、『苦しいながらも救いがある』音楽なんてこの世にいくらでもあるのに僕は何故《sins》以外を認められないのか。《sins》の音楽が初めて僕が溺れたモノだからだろうか。

 だけど、《カナリアナイト》の音楽に触れれば何かが見つかるような、そんな気がしたんだ。

 ・・・・・・でも、《カナリアナイト》はもういない。


「ありがとうございましたー」


 販売初日の昼前だというのにこのCDショップにももう在庫があまりなかったらしい。予約をしていてよかった。

 それだけあのバンドはファンに愛されているんだ。


「・・・・・・ノート、買わなきゃ」


 早くマンションへ帰ってこのCDを聴きながら創作をしたかったけれど肝心のノートがないのを思い出す。パソコンは高価だし持っていなかった。

 創作などと大袈裟に言っているけれど僕のはただの趣味止まりだ。ただ、自分の鬱々とした気持ちを吐き出しているだけのつまらないモノ。

 でも、こうして吐き出していないともう僕は息が出来ない。音楽の・・・・・・作詞の虜になっていた。


「洵、おかえり」

「・・・・・・ただいま。これから出掛けるの?」


 ノートを購入してマンションに帰ると雅さんがちょうど出掛けるところだった。


「これから《sins》の奴等とスタジオで練習なんだ。・・・・・・あ、ちょっとごめん」


 ご機嫌な雅さんのiPhoneが鳴りだして彼は慌てて電話に出た。


「もしもし?」

『雅! 今日こそ一緒に住んでる奴も連れてこいよ!』

「え、ちょっ、秋斗(あきと)! 待っ!」


 ――プツン! ツー、ツー・・・・・・

 スピーカーで話しているのではないのに電話相手の声が僕の耳にも痛いくらいに響いた。

 その声はよく通る声で、どこかあのボーカリストの儚い声にも似ていて、でも、明らかに電話相手の方が低音だった。

 従兄弟が頭を抱え、深く深く溜息を吐き、僕を見つめ直す。


「あーっと・・・・・・。これから隣町に一緒に行ってくれない、かな。お腹がすいてる頃だろうし何処かでご飯食べて、それから《sins》のメンバーと・・・・・・」


 路上ライブを一緒に観に行こうと提案した時や、僕を引き取ると叔父さん達に啖呵を切った時の心強い勢いは何処に行ったのか。従兄弟は視線をそらし頭を掻きながらボソボソと話し出す。


「・・・・・・雅さんの奢りなら行く」

「そこをなんとか! あいつが機嫌損ねるとめんどくさ・・・・・・って、え? いいの?」


 なんと古典的な。この男があの儚い曲を本当に作曲したのかと思えるほどのアホ面だった。

 僕と従兄弟は電車に乗り隣町まで出て行き、駅前のファーストフード店に入った。


「いらっしゃいませ! こちらでお召し上がりですかぁ?」


 スマイル三割増しの店員が語尾を無駄に伸ばして雅さんに媚びる。


「はい、ここで。えーっと、ハンバーガーセットの・・・・・・飲み物は烏龍茶で。洵は?」

「・・・・・・僕はチーズバーガーとブラックコーヒー。席、取ってくる」

「ありがと、少し待ってて」


 昼食時。三階建てのファーストフード店内はどのフロアも友達同士やカップル、親子連れで混み合っていた。

 僕は三階の空いていた窓側のテーブル席に座り、雅さんがくれたウォークマンで《sins》の曲を聴く。

 ふと潤んだ瞳を開けると、色香を無駄に振りまいている従兄弟が優しく微笑みながらハンカチを差し出してくれていた。僕はまた泣いていたようだ。僕の涙腺はどうしてこんなに脆くなったのだろう。


「・・・・・・これホントにありがとう」


 僕は素直に雅さんからハンカチを受け取り久々に流した涙を拭った。それを見て彼はまた違う微笑みを僕に与えてくれながら席に着く。


「いや・・・・・・こちらこそありがとう」

「なんで雅さんが僕にお礼を言うんだよ」

「洵は俺達にあまり弱いところを見せないから。最近はなんか・・・・・・生き生きしてるし、俺の・・・・・・俺達の曲に涙してくれたから褒めてくれているのかなと思ってね」


 周囲の女共がきゃあきゃあと騒ぎ出すくらいのこの男の笑みを受けても何も感じないけれど、作曲家・玖木雅を含めたあのバンド《sins》に間違いなく僕は一目で一耳で惚れてしまっていた。

 そんなもの認めたくなどない。他人の才能に惚れたのなんて認めたく、ない。

 才能なんて僕には何もないから、どんな小さな才能でもそれを手にしている人間が羨ましくもあり、そして、心から憎くもあるから。

 僕はたいして努力も何もしていない愚か者なのにそんなのは滑稽だけれど。

 そんな感情を隠すように僕はブラックコーヒーを一口飲んだ。心地よい苦さが口の中に広がる。でも少し涙味。

 まだ僕は泣いていたのか、いつまで泣いているのか。


「・・・・・・なんか、昔に戻ったみたいだ」


 ハンバーガーの包みを剥がしながら、雅さんは微笑んだ。

 今日は、いつもとは僕も雅さんも違うようなそんな日。


「・・・・・・なにが?」

「洵は昔は泣き虫だったけど、最近は感情を押し殺してる様に感じるから」


 僕なんか誰も必要としてないから感情なんか僕にはいらないんだよ。心の中でそう呟いた。

 でも、そんなことは優しい従兄弟には言えない。負の言葉を吐き出さないように僕はチーズバーガーをかじった。

 外というのは僕の劣等感がより刺激される場所だ。

 周囲の嘲笑が、心底鬱陶しい。

 美しい人間の隣にお前のような醜い人間はいてはいけないのだ、お前は邪魔だ。そんな周りからの視線が痛い。


「・・・・・・ご馳走様。ちょっとトイレに行ってくる」

「わかった。待ってる」


 昼食を食べ終えて、僕がトイレに行くために席を立ったその瞬間、周囲の女の目つき顔つきが変わったのを、僕は気付いていた。


「・・・・・・はぁ・・・・・・」


 トイレで手を洗っているとふと鏡に映った自分と目が合う。


「・・・・・・醜いな、お前は」


 気持ち悪い。なんでお前なんかが存在しているんだ・・・・・・。

 憂鬱な気持ちの中トイレを出てテーブルに戻ろうとしたが、従兄弟が待っているはずのテーブルの近くに香水臭そうな長い茶髪が二人。


「ねぇねぇ、お兄さん! 私達と遊びに行こーよぉ!」


 頭の悪そうな女が二人、美しい顔の青年に媚びていた。

 思わず僕は眉間に皺を寄せた。あの女共は僕達よりも先にこの店に居座っていて僕の存在を知っているはずだ。


「すみません、俺、連れがいるので」

「えー、あんな子ほっといていーじゃん。お兄さんには不釣り合いだもん」

「言えてる! なんであんな子といるの? 罰ゲェム?」


 甲高い耳障りな声で嗤う女。


『誰があんたみたいなキモイ奴に本気になんの? バッカじゃん? こんなの罰ゲームだよ。ばつげーむ。じゃ、バイバーイ』


 言葉がフラッシュバックする。あんな下らない過去を僕はいつまで引きずっているのか。

 でも、あの人達の言うとおりだ。僕みたいな醜い人間は何処にも居場所なんてない。

 勿論、あのバンドマン達に会う権利も、ない。

 僕はバカだ。浮かれていた。どうしようもないバカだ。

 雅さんが何かその二人組に何かを言おうとした。でもそんなの知らない。

 僕は『醜い人間と罰ゲームで一緒にいさせられた可哀相な美青年』のいるテーブルから乱暴に自分の荷物を取り戻した。


「洵!」


 美しい人が僕を呼び止めようとしたけれど、僕はそんなのを無視してファーストフード店を飛び出す。

 苦しい、消えたい、もう嫌だ!

 僕は、浮かれていた。その罰が下ったんだ。


「洵! 待て! 待てって!」


 苦しい、くるしい、クルシイ。


「待てって・・・・・・」

「・・・・・・っ」


 運動が苦手な醜い僕は元運動部の美青年にすぐに追いつかれ右腕を捕らえられてしまった。


「・・・・・・洵」


 嗚呼、あの顔だ。

 僕の大嫌いな、雅さんのあの切ない顔・・・・・・。


「・・・・・・僕なんかと関わる暇があるなら、友人さんや恋人さんと会いなよ」


 雅さんは何も悪くない。それは分かっている。それに雅さんから自由を奪ったのは僕だし僕が勝手に『希望』の誘惑に負けてのこのこと此処まで着いてきたんだ。僕が、勝手に。

 それなのに、止まらない。


「雅さんはいいよね。美形だし性格も良いから友人も沢山いて恋人も選り取り見取り。あんたを求める人なんて腐るほどいる。でも、僕には何もないんだよ。さっき『感情を押し殺してる』って、あんたは言ったけど、僕には・・・・・・醜い僕なんかにはそんなモノ必要ないんだ。感情を共有してくれる人なんていない。僕なんか誰もいらない。僕なんか誰も必要じゃないから、感情なんか僕には必要ない!」


 消えたい、もう嫌だ、苦しい・・・・・・。誰か僕を必要としてよ・・・・・・僕を心から、愛して・・・・・・。

 ポジティブな感情は疾うの昔に消えた。感情なんて僕にはいらない。もうネガティブな感情も全て完全に消えればいい。

 感情の無い人形のようになりたい・・・・・・。


「・・・・・・洵、俺は・・・・・・」

「雅!」


 大嫌いな従兄弟がいつものあの顔で僕に何か言おうとした時、僕の背後からさっき電話越しに聞いたあの低音声。


「秋斗? 待ち合わせはスタジオじゃ・・・・・・」

「るせぇ! てめぇが遅ぇから迎えに来たんだろうが! おい、ガキ!」


 奇抜な髪型の低音声さんは雅さんに近づき彼を自分の方へ引き寄せ、僕をキッと睨んだ。全くその行動の意味が分からない。低音声さんは何をしたいんだろうか。僕が醜いから、友人である美しい青年の隣に僕がいるのが許せないのだろうか。


「・・・・・・何ですか? 醜いガキに何のご用でしょうか?」


 ピクリ。低音声さんの右眉が上がる。

 やっぱり僕みたいな醜い存在は生きていてはいけないんだ。周りを不快にするだけの存在価値の無い人間。それが僕。

 最期を何処でどんな風に迎えようかという考えが頭の中を駆けめぐる


「はっ、オレはてめぇなんざ興味ねえよ」


 そんな僕を鼻で嗤う、低音声さん。そして自業自得だけれど不機嫌な僕に言い放つ。


「てめぇには興味ないがな! こいつはオレのだ!」

「?!」


 低音声さんの行動に、驚愕という言葉しか出てこない。

 低音声さんは雅さんの後頭部を強引に引き寄せ、濃厚な口付けをした。

 雅さんは、正真正銘の男。そして、秋斗と呼ばれている低音声さんも、恐らく男。

 あまりの衝撃に僕はその光景を見つめたまま固まってしまった。

 あれ? 雅さんはそういう性癖の人だったのか? だから今まで異性との浮いた話も無かったのか? でも、え? と僕が困惑している間にも美青年達は深い口付けを止めない。


「あらあらあらぁ~。ホントにアキちゃんは雅が好きなのねぇ~」


 困惑しながらその奇妙な光景を見ていたら、低音声さんが来た方向から、つまり僕の背後からこれまた奇妙な声が聞こえてきた。

 声は、少し癖があるが完全に男性。雅さんよりも低音声さんよりも低い。だけど、口調は、女性。

 僕は恐る恐るその声の方向へと振り返る。


「・・・・・・え・・・・・・?」


 そこには、《sins》のスレンダーな紅一点ドラマーさんが立っている。

 おかしいな。さっきの声は誰か違う人のモノだったのか?

 でも声の主だろう人物はこの人しか見当たらない。

 もしかして・・・・・・。そう思っていると紅一点ドラマーさんが未だ口付けを交わす美青年達に近付いていく。

 雅さんも最初は抵抗していたけれど今はもう低音声さんにされるがまま。


「やーめーなー・・・・・・さいっ!」


 ゴッと鈍い音を立てて美青年達の頭に鉄槌を食らわせる紅一点(?)ドラマーさん。

 やめなさいの「さい!」というところの声はやけに低くて何故か僕は後ずさりしていた。


「「いってぇ!」」

「もう! アナタ達! いい年してこんなところで盛らないの! よくこんな人前であんなこと出来るわね」


 カイちゃんはモラルに代わってプンプンよ! と美青年達に説教を始めるドラマーさん。

 えーっと・・・・・・。雅さんと低音声さんは男同士だけどキスする仲で、女の人だと思っていたこの人はえーっと・・・・・・所謂オネエさんという部類に入る人だろうか?

 普段あまり人と接しない僕は、混乱していた。


(かい)! 仕方ねぇだろ! 雅はオレのモンだ!」

「ちょっ、秋斗! 洵は俺の従兄弟だよ! この間言っただろ!」

「あ? 知らねぇよそんなもん! 雅に触れていいのはオレだけだ!」


 いつまでこの漫才は続くのか。聞いてて恥ずかしくなってくるような内容まで話し始めたし、僕はどうすれば良いのだろうか・・・・・・。


「ほんっとバカップルなんだから。えーっとぉ、アナタ、名前は?」


 ネガティブ思考も吹き飛んでいくような衝撃的な事実に困惑していると、ドラマーさんが未だ恥ずかしい喧嘩をしているバカップルに呆れながら僕に近付いてくる。意外にガタイがいいから威圧感が酷い。


「・・・・・・えっと・・・・・・洵、です・・・・・・玖木洵・・・・・・」

「ジュンちゃんね! 貴方が雅の従兄弟くんよね? アタシは《sins》のドラマーの荒木(あらき)灰よ!」


 うふっ! っと語尾にハートをつけてカイちゃんさんはウインクを僕に飛ばす。

 まだ混乱が収まらない。

 そうだ、僕はこの輝いている人達に関わってはいけないんだ。僕みたいな、『醜い』人間は早く帰らないと・・・・・・。いや、僕に帰る場所なんて無い。僕みたいな奴には何処にも居場所なんて無いんだ。

 僕のネガティブな偏見が再発して俯いていると意外な人物が僕に近付いてきた。


「・・・・・・っ?! なに、するんですか」


 まさか秋斗さんが僕にデコピンをするとは・・・・・・。


「お前には興味なんぞ皆無だが、お前がそんな顔すると雅が苦しくて泣きそうな顔すんだよ。知ってたか?」


 秋斗さんは「まあ、雅の泣き顔はそそるけど」と続け、そのいたずらっ子のような顔で雅さんを見つめる。

 従兄弟はそんな彼の奇抜な頭を小突く。あの切ないという顔。

 どうして・・・・・・? あの切ないという顔は僕を哀れんでいるものだと思っていた。だけど秋斗さんは雅さんのその表情を『苦しくて』泣きそうな顔だという。哀れすぎて泣きそうなら同性の恋人(らしき人物)がいる事が僕なんかにバレてしまうような危険があるのに雅さんは僕を此処に連れて来たのだろうか。


「ねーぇ、そろそろスタジオに戻らない? ハルちゃんとルイちゃん・・・・・・あ、《sins》のボーカルの子とベースの子ね。きっと待ちくたびれてるわ。ほら! ジュンちゃんも行くわよ!」

「・・・・・・え・・・・・・僕は・・・・・・」

「はい! レッツゴー!」


 灰さんは男性の逞しい力で僕の腕を引っ張って、此処にいない《sins》のボーカリストさんとベーシストさんが待つスタジオにズンズン進んでいく。僕の意見なんてまるで聞いてくれない。

 時折その力強さに前のめりになりながら僕は進んでいく。そんな困惑気味な僕と強引な灰さんの後ろをバンド内公認なのだろうバカップルが夫婦漫才をしながら歩んでいく。


「さ、此処よ!」


 歩いてほんの数分で僕達はスタジオに着く。

 先頭を歩く彼は未だ僕の手を掴んだままだが、先程より力はこもっていない。

 灰さんの肩越しにスタジオの中を覗くとボーカリストさんとベーシストさんが談笑していた。でも、なんだろうこの違和感。二人の様子を見て僕はよく分からない違和感を抱いていた。

 灰さんが扉を開ける。


「お、来たか」


 ――ドクン・・・・・・

 あの儚い声の人が僕に微笑みかける。正確には僕に対して微笑んだのか雅さん達に微笑みかけたのかは分からないけれど、僕の心臓は激しく高鳴った。

 意思の強そうな切れ長の銀灰色の瞳が僕を惹き込む。白髪に近い金髪は奇抜にセットされている。近くで見ると秋斗さんととてもよく似ている顔つきは秋斗さんより中性的。形のよい程々に高い鼻。薄めの唇と両耳には複数のピアス。身長は高校男子平均値より少し低い僕と同じくらいか。儚い人は煙草を吸う動作すら美しい。でも、なんだろう、違和感が拭えない。


「俺は《sins》ボーカルの春樹(はるき)。こっちはベースの(るい)。よろしくな、少年」

「あ、えっと、玖木洵です。よろしくお願いします」

「あはは、んな構えなくていいって」

「そういうところは雅さんにそっくりだね」


 泪さんがそう発言したことによってまた違和感。そして僕は春樹さんに固定していた視線を泪さんへと視線を移した。そして、灰さんの言葉で違和感の正体を知る。

「ハルちゃんはアキちゃんの双子のお姉さんで、ルイちゃんはアタシの妹ちゃんなの」

 違和感が消える。二人の曲線的なシルエットと泪さんの女性特有の声、服装。今まで気付かなかったのはきっと春樹さんの声ばかりを追っていたからだ。


「え、その様子だと気付いてなかった?」


 僕は従兄弟の問いかけに軽く頷く。というか灰さんを紅一点だと思っていたのは何故だろうと自分自身で疑問に思った。確かに灰さんはどちらかといえば男性より女性に近い出で立ちかもしれないけれど、それでもよく見なくとも男性と分かる。


「まあ、元々こいつ等男っぽいし、泪はともかく春樹はまな板だしな」

「うっせぇな秋斗。胸なんか無くても生きていけんだよ」

「マジお前より雅のがあるぜ」

「てめ、秋斗。哀れんだ目で見んなよな。いくらなんでも・・・・・・あ、確かに胸筋すげえ」

「な?」


 春樹さんは自身の弟の発言に呆れながらもその手は雅さんの胸を触る。

 雅さんは幼い頃からスポーツが得意で特に空手と陸上競技にはストイックなまでに打ち込んでいる。中高時代はその両方を掛け持ちしていたにもかかわらず全国にまで行った実力者だ。今も毎朝のロードワークは欠かさない。

 神様がいるのならなんで従兄弟にはこんなに才能を与えたのだろう。


「なんで俺の胸の話になってるのさ・・・・・・」


 呆れる雅さんの胸を未だに触っている春樹さんには秋斗さんは敵意を見せないんだと不思議に思うけれど、僕に敵意をむき出しにしたのは僕が得体の知れない男だったからだろうか。それともやっぱり雅さんの恋愛対象が同性だからなのか。


「アキちゃんとハルちゃんはお互いの心を何も声に出さなくても分かるのよ」

「え?」

「ジュンちゃん、どうしてアキちゃんはハルちゃんには怒らないんだろうって顔してたから。ふふっ。それに雅とアキちゃんはお互いしかいらない。お互いがお互いの一番だからアキちゃんはずっと雅の従兄弟のジュンちゃんに嫉妬してたんじゃない?」


 ウインクをひとつ飛ばす灰さん。どうして僕の疑問に気付いたんだろう。『無表情』という不名誉なあだ名を頂いたことのある僕だが、そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。

 それよりも、「お互いがお互いの一番」か・・・・・・。雅さんは秋斗さんだから惹かれて、秋斗さんは雅さんだから惹かれた。それがどんなに素敵なことだろう。お互いしかいらないなんてまるで小説のような恋愛だ。そんな運命的な愛なんてあり得ない、と思ったが雅さんと秋斗さんを見ていると事実なのだと分かる。


「少年、気をつけないと、その変人は色々鋭いよ」

「ルイちゃん! 変人って酷くない?!」

「五月蠅い黙れ変人」

「酷い!」


 灰さんと泪さんが言い合いを始めたけれど本気で嫌い合っている訳ではないとすぐに分かった。お互いを信頼しているからこその言動。

 この人達は生き生きしていて自由だと、思った。

 好きなことを全力で楽しんでいる。

 大切な人を大切にしている。

 そんなこの人達が少し羨ましかった。

 僕もこの人達のようになりたかった。

 でも、僕は死に損ないの疫病神だから自由なんて程遠い。


「私はライブ中はバンドイメージがあるから男装してるけど普段はこんな感じだよ、春樹さんは普段も大体男装だよね」

「おう、あんまひらひらしたのは着ねぇな。似合わねえし」

「お前の女装とか見たくねぇわ」

「てめぇな!」


 こうして並ぶと春樹さんと秋斗さんは違う所を探した方が早いくらいに瓜二つだった。確か男女の一卵性双生児はごく稀でその場合は女性の方がターナー症候群で低身長になる可能性が高いらしいから恐らくこの双子は二卵性だろう。それにしてもよく似ている。輪郭、目、鼻、口、仕草・・・・・・。違うのは性別だけかというくらいに。


「そういえば、洵、今日はあのノート持って来てない?」


 従兄弟が急に僕を話の主役に引き釣りあげる。


「「「「ノート?」」」」

「あー、一応持ってるけど・・・・・・」


 ノート・・・・・・それは僕が言の葉を書き綴っていたノートだ。全て、大切な僕の片割れ。


「前に洵が作詞してるって話しただろ? 《sins》の世界観にあってると思ってずっと引き合わせたいって思ってたんだ」


 僕は少し躊躇った。作詞なんて大層なものではない。僕はただ自分の鬱憤を吐き出しているだけだ。《sins》の世界観にあっているとも思わない。

 確かに《sins》がこの言の葉を使ってくれたらこれほどに幸せなことはない。でも、僕は僕の自己満を書き殴っているだけだ。

 どうするべきか、僕は短い間で悩んだ。

 だけど、「この詞を使え!」と春樹さん達に僕が強制しているわけではないし、このまま僕だけがこの言の葉の存在を知っているだけより使ってもらえるならとても嬉しいことだ。僕は鞄から例のノートを取り出した。


「洵、見ていいか?」


 それでも春樹さんはじめ《sina》の彼らは受け入れてくれようとしつつ強制はしない。


「あの、ホントに僕の気持ちというか、そういうのを吐き出しただけなんですけど・・・・・・」


 僕がおずおずとノートを差し出すと、春樹さん達は真剣な表情でノートを受け取り開き、言の葉を拾っていく。

 しばらくこのスタジオにノートを捲る音しか聞こえないくらい静かに真剣に言の葉が春樹さん達の中に入っていく。


「洵」


 ノートを優しく静かに閉じ、春樹さん達は頷き合ったあとで僕を見つめる。


「この詞達を俺達は表現したい。お前の苦しみを、解かしてやりたい。もう、我慢することなんてない」


 涙が、出そうになった。


「泣いてもいいぜ。思い切り泣け泣け!」


 どうしてか、僕は今日初めて話したこの人達に心を許しかけていた。

 今まで従兄弟の雅さんに対してまで敵視していたのに。


「じゃあ、ジュンちゃんのために独占ライブでもしない?」

「「「賛成!」」」


 僕を嘲笑うでもなく優しい微笑みを浮かべながら僕『なんか』のために独占ライブを開いてくれる。この人たちはなんで僕のような人間にもこんなに優しいんだろう。

 目が潤んで前が見えない僕の頭を優しく撫でる従兄弟は少し申し訳なさそうに僕を見つめた。


「もっと早くに引き合わせたらよかったな。ごめん」

「雅さん・・・・・・?」


 彼がどうして申し訳なさそうな顔をしているのか理解はできなかったけれど、その奥にどんな苦しさやつらさ、恐怖があったのかは少し分かった。

 僕は、他人から期待などされたこともなかったし誰にも何も期待しなかった。いや、何かしら他人に期待していたからこそ僕の腕は傷だらけなのだろうけれど、雅さんは駄作の僕とは比べものにならない程に出来のいい人間で周りからの期待を背負って生きてきた。だから拒絶されることに対して人一倍恐怖を感じていたに違いない。

 僕は性的嗜好がホモでもヘテロでも何も思わない(従兄弟に同性の恋人がいることに多少驚きはしたけれど)。

 でも周りにはそれを嫌悪する人だっているんだ。カミングアウトをすることはとても怖いことだ。


「・・・・・・引き合わせてくれて、ありがとう」

「え?」

「なんでもないよ」


 まだ気恥ずかしくて面と向かって言えない「ありがとう」は春樹さんの儚い歌声にかき消された。

 僕の涙は止まらない。あの苦しくて流す赤い涙じゃない、感動と感謝の涙。

 そんな僕を《sins》の音楽が包み込んでくれる。

 独占ライブは最高にコナゴナだった僕の心を満たした。僕はありったけの拍手を《sins》に送る。


「最高でした!」

「ふっふっふ! そうだろうそうだろう。まあ、今は俺が大体作詞してるけど、洵のも使っていきたいしライン交換しよーぜ」

「え、あの、いいんですか? 僕なんか・・・・・・っ痛」

「ばーか、俺達には遠慮しなくていいよ。『僕なんか』も禁止」


 春樹さんと秋斗さんはやっぱり双子だ。同じ笑顔に同じ優しさのデコピン。

 僕は最近買い換えた格安スマホを取り出す。前のスマホはもう壊れる寸前だったしあまりに迷惑電話が鬱陶しくて番号も変えた。でも、


「あの、ラインアカウント作るのでちょっと待って下さい」


 ラインのアカウントはあの人との件のあと消してそれからは必要じゃなかったしインストールすらしていなかった。雅さんやバイト先には電話とメールで連絡を取っていたが、今時ラインを使っていないことを流石に時代遅れだと笑われる心構えをする。


「了解。ゆっくりでいいよ」


 でも、彼らは優しかった。


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