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「・・・・・・叔父さん、これ今月分」
雅さんと路上ライブを観に行ってからよく連絡を取るようになって一ヶ月が経った六月。僕はいつものように叔父さんに給料の大半を渡そうとした。
「洵、今、少しいいか?」
珍しい。叔父さんと叔母さんが揃って僕をリビングにあるソファーに座らせた。
僕はそんな二人に疑問を抱きながらも叔父さん達の正面に座る。
「・・・・・・これは、もう受け取らない。キミの好きに使って良い」
「・・・・・・え?」
僕の前に差し出されたのは今月分の生活費を入れた封筒と、一冊の通帳。
僕は恐る恐るその通帳を手にし、開いてみる。そして驚愕。
「どうして、」
通帳にはほぼ一定の金額が毎月振り込まれていた。だが、その通帳には引き落としされた形跡は無い。
金額と振り込まれた日付・・・・・・。僕が玖木家に支払っていたものと一致。どうして・・・・・・?
「これはキミが俺達に渡してくれた生活費なのは分かるか?」
「はい・・・・・・。でも叔父さん、僕が渡したお金はどうして一銭も使ってないんですか? こんなの僕はタダ飯食らいの厄介者じゃないですか・・・・・・」
絶望。溢れ出る、言の葉。
書かなくちゃ、書かなくちゃ、書かなくちゃ・・・・・・。
例え、もうあの人達の音楽に会えなくとも僕は言の葉を書かなければならない。
それが僕が初めて心から溺れたモノだから・・・・・・。
「あやめさん・・・・・・、貴方のお母様と貴方のお養父様が亡くなった後にこれが」
叔母さんが膝の上に置いていた封筒を僕に寄越し、開けるようにと僕を急かした。
古い、封筒。一体いつの・・・・・・?
古い封筒の中には、古びた便箋。そして古い通帳。
僕は折りたたまれた便箋を怯えながら開ける。
そこには懐かしい癖のある文字が言葉を紡いでいた。
――――兄さん、お姉さん。いきなりこんな手紙を書いてごめんなさい。
これが兄さん達の元に届いているということは私は死んだのでしょう。
本当にごめんなさい。
洵も一緒に連れて行こうと思ったのだけど、どうしてもそれが出来なかった。
だから、勝手だけど兄さん達に洵をお願いしたいの。兄さん達なら信用出来るし雅君も良い子だからその方があの子も幸せになると思う。
本当にごめんなさい。勝手な妹を許して。
私の通帳に入っているお金は足りないかもしれないけれどあの子の生きる為に使って下さい。
洵、愛してる。私達の愛しい人――――
「・・・・・・それがあやめの通帳だ。」
同封されていた通帳には多くはないがそれなりの金額が貯金されていた。だけど・・・・・・。
「どうして、」
それ以上、言葉が出ない。
母さんが僕の生きる為に使えと残したモノも、一円たりとも使われていない。
「・・・・・・あやめがキミを授かった時は絶望した。なんせ、父親は憎い相手だからな」
「・・・・・・」
妹はお前など望んでいなかった。叔父さんに暗にそう言われたような気がして息が苦しくなる。
「・・・・・・ぼくは、」
「まあ最後まで聞け。俺達はキミを産むなど反対した。だがあいつは迷いなくキミを産むと言った。『私のもとに降りてくれた天使に罪なんてないんだよ。父親なんて誰でもいい、なんて思わないし将来この子が白い目で見られるかもしれないけど・・・・・・でも、私の勝手でこの子を殺すわけにはいかない』。あいつは真っ直ぐな意志を持った目でそう言った。今まで色々な差別を受けたかもしれないし親の死も目の当たりにしたかもしれない。だが、キミは少なくとも母親と養父に愛されていた」
でも愛されていたなら、何故母さんと養父さんは僕を置いて逝ったんだ。
僕だけを殺せばよかったのに、どうして僕は生き残ったんだ。
何故、何故、何故・・・・・・・。
「・・・・・・あいつは、何もキミが憎くてキミを残して逝ったんではないんじゃないだろうか」
「・・・・・・どういうことですか?」
「洵君、母親はね、自らお腹を痛めて産んだ子どもを憎めないモノなの。あやめさんは貴方を『天使』だと言ったわ。私には我が子を天使だというその気持ちが分かる。貴方を愛していたからこそ、貴方を連れて逝けなかったのよ」
大人は、勝手だ。
愛しているのなら僕なんか産まなければよかったのに・・・・・・。
大人の身勝手に付き合わされる子どもの気持ちにもなって欲しいものだ。
「俺はそこそこな高給取りだしあやめの貯金にもキミの渡してきた生活費にも頼らずにキミを養っていけた。だが、これからキミの生きる為にはこれよりももっと必要になる。だから、これはキミが生きる為に自由に使いなさい」
叔父さんは、通帳と母さんからの手紙を僕に押し付けた。
「あと、まあ、支援はするが、もうキミも一人で歩いて行けるだろ?」
叔父さんは不動産情報誌も僕に押し付ける。
優しさは全部偽りだったのか、それともうじうじしている僕に嫌気が差したのだろうか。
嗚呼、僕の居場所は何処にもない。元々僕は産まれてくるべきじゃなかったんだ。
もう、僕の腕に切る場所はない。自傷衝動を抑えるのに必死になりながらも叔父さんが差し出した不動産情報誌に手を伸ばした時、リビングの扉が開きそこには、この家の本当の息子が険しい顔つきで立っていた。
「・・・・・・父さん、何言ってるんだよ。洵はまだ・・・・・・」
叔父さんと叔母さんがしまったという表情をし、雅さんから視線を逸らす。だが叔父さんはすぐにいつもの冷静な表情を作り、操りに失敗した自分の息子を一瞥する。
「お前はもう出て行った人間だ。この家のことには関係ないだろう」
叔母さんにじゃれるまだ物心もつかないくらいの幼い弟に視線を向けた時の雅さんの表情を僕はきっと忘れないだろう。同情のような、哀れみのような、そして・・・・・・。
「・・・・・・そうだね。俺は出て行った人間だよ。上手く操れなかった俺達なんか忘れてせいぜい慶人を操り人形にしたら? 自分のやりたいことも出来ない、人様から託された子どもも切り捨てる、そんな家に何の価値も無いだろうけどね」
「お前! 親に向かってなにを!」
冷ややかな瞳で実の両親を蔑むなんて雅さんは出来るような人種ではないはずだ。彼は腹が立つほどに優しい。でも、よく連絡を取るようになって最近の雅さんが昔とは別人だと感じていた。
「洵、行こう」
「雅さん・・・・・・?」
従兄弟は僕に優しい微笑みを向け手を差し出し、僕に向けた微笑みとは真逆の表情で強情な大人を睨んだ。
「洵は俺が引き取るから」
その出来事が六月下旬。それから僕は色々な手続きや荷物の整理をして翌月末には雅さんの住むマンションに引っ越した。その部屋はお世辞にも広いとは言えないけれど荷物の少ない男の二人暮らしなら十分だった。
だけれど、僕は優しい従兄弟に申し訳がなかった。僕なんかが居たら友人も恋人も呼べないだろうに・・・・・・。
どうしてこの優しい従兄弟は僕なんかを引き取ったのだろうか。もう僕も高校二年だし一人暮らしでも生きていけるはずだ。でもどうして僕は雅さんを頼ってしまったのか。疑問を抱えながら夏休みが過ぎていく・・・・・・。




