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序章

序章


「俺に溺れたらいい。そしたら、お前に生きる意味を与えてやるよ」


何もかもに疲れて、そして何もかもに絶望していた僕にあの人は艶やかな声で、でもどこか儚く切なく苦しそうにそう言った。


「生きる意味かんかいくらでも与えてやる。だから……」


いつもは強い意志を持っている人工的な色素の薄い瞳が陰る。いつもは揺るがぬ強さを持っているこの人の涙を一体何人の人が知っているのだろうか。


「……俺にも……、『私』にも生きる意味を与えてよ……」


切れ長の瞳から涙を零して震える儚い人を僕は必死に抱きしめた。思ったよりもその身体が細くて弱くて儚くて今にも消えてしまいそうで僕は必死に言葉を紡いでいた。


「……僕が貴方に生きる意味を与えるから、貴方は僕に生きる意味を与えて。僕を貴方に溺れさせて、僕を……」


ーー貴方に溺れさせて、殺してよ


我ながら厨二じみたくさい台詞だと思う。でも、コミュニケーション能力に欠陥のある僕はこんなくさい台詞しか吐き出せなかった。


儚い人の同居人は今日は恋人と出かけていてこの部屋には帰ってこない。

僕達は一晩中夢中で不器用にお互いに溺れ合った。

お互いに深く求め合った時に交わした口付けは儚い人の愛用だった煙草の微かに残る苦味と馨しい薔薇の香りの奥に塩っぱい涙の味がした。



僕はいつからか他人からゴミ扱い雑菌扱いをされていた。

その原因が僕とその周りを取り巻く環境にあるということは幼いながらも僕は気づいていたけれどそんなものは僕にはどうすることも出来ない。

お前に生きている価値などないのだと言われ続けた僕はずっと消えてしまおうと思っていた。

どうやったら消えてしまえるのだろうか。どうやったら楽になれるのだろうか。そればかり考えていた。

『僕』という災厄がこの世に産まれた事実を消し去ることを出来なかったのは僕が臆病者だったから。


生きることを早々に諦めていたが全てを終わらせる勇気を持ち合わせていなかった僕は傷つく度に己の身体を刃で傷つけていた。

僕の身体は醜い傷だらけだった。いや、そんなものなくても僕は醜い。

僅かだけど僕を認めてくれる人もいた。

でも、そんな贅沢を味わっていても僕はこの世界が大嫌いだった。

真の優しさすら被害妄想で『悪』にして、本当に僕を想ってくれている人すら僕は勝手に『敵』にしていた。


これは僕の偏った考えだけど、世界は『美しいもの』が『正義』だから『醜い』僕は『悪』でこの世にはいらないんだと思っていた。

いや、いっそ僕以外が『正義』で僕だけが『悪』くらいの、偏見。


そんな僕のネガティブさや醜さ全てを受け入れてくれる人に僕は出逢った。

僕は両親というものは微かにしか覚えていないけれど、あの人は母のような優しさと温かさと、父のような逞しさと頼もしさを併せ持っていて、世界の全てを愛していて世界の全てを憎んでいた。全てに関心があるようでそうでなくて、何かに囚われることなく自由で、僕はいつの間にかあの人のようになりたい、あの人の特別になりたいと思うようになった。


僕はたまらなくあの人を欲した。

その感情を何と表現したらいいのかわからない。

『憧れ』『嫉妬』『独占欲』『羨望』『情欲』『恋愛感情』。

どれにも当てあまり、また、どれにも当てはまらなかった。


抑えることの難しい『激情』が僕を支配していく。


あの人は強いようでとても弱かった。

だから僕はあの人に『溺死』、したかったんだ。

あの人に溺れて死ねるならば本望だった。


もう貴方が入れば何もいらない。

貴方が僕の生きる意味で、僕が貴方の生きる意味になる。

こんな生き苦しい世界でも2人なら多少苦しくても幸福だと思える世界になる。

そう思ったんだ。

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