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嘘は人を傷付けるから

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「ホームルームはこれで終わりだ。

 お前ら気を付けて帰れよ」


 あ~、帰って早くビール飲みたい。

 そんな真間先生の呟きは、放課後の解放感に包まれている生徒たちの歓声に掻き消された。

 次々に教室を出ていく生徒たち。

 何か理由がない限りいつまでも残ってる生徒はいないだろう。


「美愛……終わったら連絡するから」

「オレら翔也くんと合流してから向かうんでよろしく~」

「OK~。待ってるから」


 岬が返事をすると、飛世たちは教室を出て行った。


「ねぇ、翔也たちが来るまで、買い物付き合ってくんない?

 凛華ってめっちゃセンスいいから、ファッションのこととか色々と教えてほしいんだけど」

「んじゃ、オススメのお店紹介するよ。

 仲良くしてる店員さんもいるとこだから、最近の流行りとか教えてもらえると思う」

「マジで!? めっちゃ嬉しい。

 ショップの店員と友達とか、凛華さんぱねぇ~」

「美愛、大袈裟だから。

 別にこのくらい大したことないって」


 わざわざ店の人と仲良くなるとか、どんだけコミュ力の塊なのか。


「竜胆のおススメなら、ワタシも興味ある。

 可愛い服、あるかな?」

「めっちゃいっぱいあるよ~。

 カナンに似合うの、あたしが選んであげる」

「嬉しい……竜胆、好き」


 小鳥遊が竜胆をぎゅっと抱きしめた。

 友人同士のスキンシップとはいえ、男子生徒の視線は釘付けだった。

 決して邪なものでなく純粋に目を惹かれてしまった……という生徒がほとんどだったと思うのだが、


「おい――クソオタクども見てんじゃねえよ」


 岬の口から罵倒が飛んだ。

 慌てて視線を逸らした生徒たちは気まずそうに顔を伏せてしまう。

 そんな岬の視線が俺にも向いた。


「なんか文句あるわけ?」

「……いや、別に」


 いちいち話し掛けてくんな。

 というのが正直なところだ。

 だが、俺の態度を生意気に思ったのか、岬の視線が親の仇でも見るように鋭くなる。


「美愛、そんな怒らなくてもいいじゃん」


 そんな岬を宥めるように、竜胆がまぁまぁと言った様子で口を挟んだ。

 もしかしたら、俺を助けようとしてくれたのかもしれない。


「でもさ凛華、あいつら絶対……凛華とカナンのこと、やらしい目で見てたよ」


「そんなことないって。

 ちょっと騒いじゃってたから、あたしらのことが気になっただけっしょ? ね?」


「……わかった」


 渋々と言った様子で岬は引き下がった。

 ヒエラルキー最上位の三人でも、それぞれタイプは違う。

 竜胆は温厚で差別などはせず、誰とでも上手くやろうとしてくれる。

 こういった生徒が中心にいてくれるだけで、クラス内での生活はかなり円滑になるものだ。

 そんな竜胆とタイプが違うのは岬美愛。

 女王様気質で、何事においても白黒をはっきりさせないと気が済まないタイプだ。

 言いたいことは口にするし穏便にという発想はない。

 こういった生徒が中心になった場合、間違いなくクラス内でイジメが多発する。


「……竜胆、ごめんね」

「カナンが謝ることないから」


 ナデナデ。

 小鳥遊カナンは撫でられると、猫のように目を細めた。

 彼女は可愛さという最大の武器でヒエラルキー最上位層になった少女だ。

 竜胆と岬が仲良くなった後、二人に気に入られた小鳥遊がそのままグループに入った感じだった気がする。

 彼女は自身の立場というのはあまり気にしておらず、どちらかと言えば受動的な生徒のように思えた。


「んじゃ、行こうか。

 飛世くんたち来るまでに、回りたいとこ全部見ちゃおう」

「だね! めっちゃ期待だわ~。

 凛華がお店、紹介してくれるのって初めてだよね」

「……本当、楽しみ」


 美少女三人が教室を出て行った。

 重々しい空気に包まれていた教室の雰囲気が一気に和らぐ。

 支配者を失った教室には平穏が戻っていた。


「はぁ……岬さん、マジおっかないよなぁ」

「美人だけど、性格キッツいよなぁ。

 翔也くんにはデレデレみたいだけどさ」

「あ、やっぱそうなん?

 岬さんって、飛世くん狙いなんだ」


 一軍の生徒が消えたことで、教室に残っていた二軍の生徒たちが声を上げた。

 ヒエラルキー最上位層が消えたことで、彼らは水を得た魚のように生き生きしている。


「絶対そうでしょ?

 でも、翔也くんは竜胆さんに興味があると思うんだよね」

「あ~それ私も思ってた。

 ぶっちゃけさ~岬さんも可愛いけど、竜胆さんやカナンちゃんは頭一つ抜けてるもんね」


 これが客観的な評価のようだ。

 確かに竜胆と小鳥遊はいるだけで目を奪われるような魅力がある。

 岬も間違いなく美少女と言って差し支えないと思うが、比べる相手が悪すぎるのだ。


「もし翔也くんが竜胆さんを好きで、岬さんが振られたら……あの三人、気まずくなっちゃったりして」


 他人事とはいえ、なんでそんなフラグを立てるようなことを言うのか。

 だが、流石にそんな八つ当たりのような真似をするとは思えない。

 竜胆と岬の仲の良さは間違いなく本物だと感じている。 

 仮にそんな事態が起こるとすれば……いや、それは考えるだけ無駄か。

 俺が席を立つと、スマホが震えた。


『あたしとカナンのこと、やらしい目で見てたわけ?

 皆友くんがそういう目で見ていいのは、あたしだけだからね』


 内容を確認して、俺は慌ててスマホをしまう。

 あいつはアホか?

 いや、かわかわれているだけ……だろうか?

 教室を出てから俺はようやく返信した。


『見てない。

 後、そんなこと言ってるとビッチだと思われるぞ』

『言っとくけど……あたし、処女だかんね。

 経験、ないから……』


 アホかああああああああああああああああああああああああああっ!!

 心の中で叫び声を上げながら俺は返信した。


『お前、俺が男だってわかってる?』

『……わかってなかったら、こんなメールしてない。

 皆友くんにだけはビッチとか、思われたくないから』


 ドキドキと心拍数が上がっていく。

 こいつはあれか?

 俺の寿命を減らす作戦か?

 続けて竜胆からメールが届く。


『皆友くんだって……あたしが女の子ってわかってる?』


 わかってる。

 わかってるから、自分を傷付けるようなことを竜胆に言ってほしくないんだ。

 なのに……その気持ちは彼女には伝わっていない。


『……決めた。

 お弁当のご褒美……日曜日、デートしよ』


 は?

 え?


「――はああああああああああああああああっ!?」


 思わず上げてしまった絶叫。

 そんな俺を見て、廊下を歩く生徒が大慌てて逃げていく。


『なんでそうなる!?』


『あたしのこと、もっとちゃんと意識してもらいたいから』


『いや……待て。

 俺は行かないぞ』


『用事あるの?』


 ない。

 全く何も。

 友達がいないのだから、休日は家にいるか一人で出掛けるかの二択だ。

 嘘を吐くのは簡単だ。

 だけど……簡単だからこそ、口にするべきではない。

 俺は嘘が嫌いだ。

 それは誰かの心を傷付ける行為だから。

 俺が親友だと思っていた『あいつ』が俺にしたことと同じだから。

 だから、


『……ない』


 馬鹿正直に答えてしまった。

 お互いを傷付けることになるかもしれないのに。


『だったら決定!

 来てくれるまであたし、待ってるから。

 場所は夜に連絡するかんね』


 逃げ道を塞がれる。

 誰も傷付けず、人間関係を全て断つということの難しさを、俺は改めて感じていた。

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