竜胆凛華は優しい。
※
キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン。
「――起立」
午前の授業が終わったことで、生徒たちは解放感に包まれていた。
そんな中、俺にちらりと目配せしてくる竜胆。
(……先に行ってるぞ)
(OK。直ぐに行くから)
アイコンタクトを交わし、俺は一足先に席を立ち教室を出た。
向かうのは一階の空き教室。
昼休みになると、俺たちはそこで昼食を共にしていた。
(……竜胆が来る前に、準備だけしておくか)
空き教室に到着すると、俺は机と椅子を並べる。
それから十分くらい経った頃――ガラガラと、教室の扉が開かれた。
「はぁ……はぁ……ご、ごめん、お待たせ」
走ってきたのだろうか?
竜胆は息を切らせていた。
「そんなに慌てなくても良かったのに」
「でも、結構待たせちゃってたから……ごめん」
友達との会話を中々切れなかったのだろう。
竜胆は申し訳なさそうに謝罪を口にする。
「いや、それはいいんだけど……あのさ竜胆、わざわざ俺の分の弁当、作るの大変じゃないか?」
昼食を共に過ごすのは今日が初めてではない。
竜胆と再会した翌日から、ずっと続いている習慣だった。
「ぜ~んぜん。
このくらいなら手間なら変わんないよ。
それにこれはあの時のお礼だから、あたしの気が済むまでこのくらいのはことはさせてほしいの」
そう言って、竜胆は弁当箱を机の上に置いた。
「こっちがキミの分ね」
二つ出された弁当箱――大きいのが俺のほうだ。
「はい、これお箸ね」
「ああ……それじゃいただきます」
「召し上がれ」
何故か嬉しそうな竜胆の声を聞きながら、俺は弁当箱を開いた。
一段目はおかずで、肉や野菜がバランス良く色とりどりに並んでいた。
二段目は鳥そぼろが掛けられたご飯だ。
早朝は学校へ行く準備で忙しいはずなのに、かなり手が込んでいる。
竜胆は自分の弁当の蓋を開くことなく、俺のことをじ~っと見ていた。
多分、食べるのを待っているのだろう。
俺は箸でからあげを掴み口に運んだ。
「どう……かな?」
正面に座る少女が、うずうずと期待に満ちた顔で笑う。
どうやら褒めてほしいようだ。
「美味いよ」
学園一の美少女が家庭的で料理上手。
こんなの出来過ぎてると思うが、恐ろしいことに現実だ。
「そ、そう……よかった」
竜胆は頬を緩ませ、照れくさそうに視線を下げた。
「なぁ、竜胆……もう十分、感謝の気持ちは伝わってる。
だから、もう終わりでいいんじゃないか?」
「え!? な、なんで……!? やっぱり、美味しくなかった?」
竜胆は途端に不安そうな顔を俺に向ける。
こんな反応をされると思ってなかった。
悲しませたいわけじゃなかったのだが……。
「いや、そうじゃないよ。
本当に竜胆の料理は美味いと思うし、ありがたい」
「なら……」
「だけどさ、俺みたいのと関わってても、竜胆にとってはメリットないだろ?」
「あるよ!
皆友くんといるの……あたしが楽しいから」
頬を赤くして照れた顔をする竜胆。
この反応も、俺にとってはまた意外だった。
(……俺といるのが、楽しい?)
そう言われて、俺は何も言い返せなくなった。
これ以上の拒絶は、彼女を傷付けることになると思ったから。
(……本当に……最悪だ)
自分が傷付くだけではなく、他人の心を傷付けるのも怖い。
「……皆友くんってさ……友達、いないよね?」
「本人にそれ言うか?
まぁ……ぼっちだけどさ」
望んでいてそうなったとしても、直接言われると少し切ない。
「友達……作ればいいのに。
本当はすごいじゃん、皆友くんってさ」
あの日、竜胆を助けたことで、俺は随分と過分な評価をされていた。
「絶対、人気者になれると思うな」
「人気者になってどうする? 面倒なだけだろ?」
「どうして? 人気者のほうが、学校だって楽しいじゃん!」
おそらく竜胆は、人気者は誰からも好かれると思っているのだろう。
だが、必ずしもそうであるとは限らない。
人には心があって、それは恨みや辛み、妬みなどの負の感情を生み出す。
だから、竜胆のように目立つ存在は羨望の眼差しを受ける一方、自身の知らぬところで誰かの不評を買ってしまう。
「少し前から思ってたけどさ、皆友くんってちょっと捻くれてる」
「かもな」
否定はしない。
竜胆の意見は多くの人にとって理想だろう。
だが、他人にそれを強いるというのは残酷なことだとも思うのだ。
「ご馳走様」
「うん……はい、これデザートね」
デザートはフルーツの詰め合わせだ。
リンゴは兎にしてあって、とても女の子らしい。
手間暇掛けているのが一目でわかった。
「食後のお茶もどうぞ」
続けて竜胆は水筒を出して、お茶を注いでくれる。
そんな幸せそうな、嬉しそうな顔で俺を見ないでほしい。
思わずそう口にしそうになった。
俺なんかと関わって、何が楽しいのだろうか。
いや、楽しいというのは建前で本当に竜胆は義理堅くて、感謝の気持ちを向けてくれているだけなのだろう。
「竜胆は、女子力高すぎ女子だな」
「それ褒めてるの?」
首を傾げる竜胆に、俺は頷き返す。
「なら……ご褒美くれる?」
竜胆はおねだりする子供みたいに、上目遣いで俺を見た。
「……まぁ、俺ができることなら」
「なら……ナデてよ」
「え?」
「だからご褒美くれるなら、頭……ナデてほしいな」
突然、何を言うのだろうか?
そんな恥ずかしいことできるわけがない。
「そういうのは、恋人にしてもらえよ」
「……イジワル。いないの知ってるくせに」
なにが意地悪なのか?
そんな拗ねた顔をしないでほしい。
「何か礼はしたいが…できれば他のことにしてくれ」
「……なら、キスとか?」
「却下。
難易度が上がってるだろ。
あまりからかわないでくれ」
いや、ジト目を向けるな。
無理なものは無理なのだから。
「からかってないのに……。
じゃあ、ご褒美の件は考えておくから」
そう言って、竜胆はリンゴを口に運ぶ。
一体、何を頼まれるのか……と、考えると少しばかり戦々恐々だが。
まぁ、きっとそれは遠くないうちにわかるだろう
※
昼休みも終わりが近付き、
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
俺たちは昼食を終えた。
「じゃあ、教室戻ろっか」
「ああ……竜胆は先に戻ってくれ」
「なんで? 一緒に戻ればいいじゃん」
いや、竜胆は平然と言っているが。
(……普通に考えてそれは無理だろ!)
互いの為にならない。
というか、自分の立場をもう少し考えてほしい。
「ヒエラルキーの頂点にいる竜胆と、最下位の俺が一緒にいれば良く思わない奴もいるだろ?」
「そう……かな?」
「そうなんだ」
「ふ~ん……。
まぁ、何かあったらいつでも頼ってよね。
クラスの中でなら、あたしがキミを守ってあげるからさ」
それもあの日のお礼ということだろうか?
竜胆に助けてもらうつもりも、守ってもらうつもりもないけど……それでも、彼女の優しさを俺は純粋に嬉しく感じていた。