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少女たちの未来

20190930 更新21時更新

            ※




 電車に揺られて二時間。

 駅を降りてから三十分ほどかけて移動して、俺たちは目的地に到着した。

 自然溢れる敷地に建っているのは――心理ケアセンターという福祉施設らしい。


「中に入るか?」

「そう、だね」


 ここにいるのは……竜胆が会いたかった少女。

 中学時代を共に過ごした親友であり、竜胆の心に深い傷を残したトラウマでもある相手。

 俺は詳しい事情を聞いているわけではないが、その少女は今、この施設に通いながら日々の生活を送っているらしい。

 それがどういうことなのかは容易に想像が付いてしまう。

 消えない心の痛みに今も、少女は苦しんでいるのだろう。


「よし……」


 深呼吸して緊張を打ち消し、決意を秘めた表情を見せる竜胆。

 そして、


「行こ――っ」


 足を進めようとしたはずの少女は、言葉とは裏腹に立ち止まった。

 施設の扉から一人の女の子が出てきたからだ。


(……そうか)


 多分、この子が竜胆の親友だった少女なのだろう。


「……梨衣奈りいな


 竜胆の声に反応して、扉から出てきた理崎梨衣奈は足を止めた。


「りん……か……」


 そして、声を詰まらせながら竜胆の名前を呼ぶ。

 互いに連絡を取り合って、会うことを決めていたはずなのに、二人の少女の顔には戸惑いの色が浮かんでいた。

 どちらも一歩を踏み出す勇気が出せないのだろう。

 だからこそ、この場で俺ができる最後のお節介をさせてもらう。


「――行ってこい」

「ぁ……」


 俺は竜胆の背中を押す。

 それが切っ掛けとなり、彼女は一歩を踏み出した。

 そしてもう一歩、また一歩と足を進める。

 二人の距離が近付くにつれて、理崎もまた前に進み出した。

 その足は徐々に早くなっていって――二人の距離が縮まって、手を伸ばせば届く距離まで歩み寄っていた。


「……梨衣奈……久しぶり、だね……」


 最初に声を掛けたのは竜胆だ。

 その声は震えていた。

 二人の距離は近くても、心の距離はまだ遠い。

 だけど、それでもきっとやり直すことはできるはずだ。


「……あのね……梨衣奈、あたし……ずっと――」

 

 竜胆が何かを伝えようとした。

 でも、その瞬間――


「凛華……ごめん、なさい。

 ごめんなさい……」


 理崎は力なくその場に崩れ落ちていく。

 そして泣きながら謝罪の言葉を口にして、跪くように竜胆に頭を下げた。


「梨衣奈!? やめてよ、顔を上げて……」

「わたしは……凛華を傷付けた……」


 二人に何があったのか。

 俺は竜胆から話を聞いている。

 イジメを受けて耐え切れなくなった理崎が、竜胆を裏切りイジメの標的として差し出したことも含めて。


「ずっと、ずっと、謝りたかった……だけど、凛華に会うのが怖くて……わたしのこと、きっと恨んでるからって……」

「違う、悪いのは梨衣奈じゃないよ」


 竜胆と同じように、理崎もずっと悩み苦しんでいたのだろう。

 イジメられたことで見えてしまった自分の弱さや、それが原因で竜胆を傷付けることになったしまったことを。

 だが、イジメられ続けて精神的に限界を超えていた彼女たちを思えば、安易に責められることではない。


「……あたしも同じだよ。

 梨衣奈と会うのがずっと怖かった……あたしは結局、何もしてあげられなかったから」


 言いながら竜胆も膝を突いた。

 そして、親友だった少女を抱きしめる。


「……凛華はわたしをいっぱい助けてくれたよ。

 凛華がいなかったら、わたしはとっくに……ダメになってた」

「でも、あたしがいなくなったから……梨衣奈を追い詰めることになった」


 今まで貯め続けていた後悔と懺悔。

 二人は抱えていた想いを吐き出し続ける。


「なんでそんなに優しくするの? あたしあんなに酷いことしたんだよ?

 もっと責められると思ってた。

 何を言われても、受け入れなくちゃって……思ってたのに……」

「そんなこと、できないよ……」

「もっとわたしを責めてよ。

 怒ってよ……親友を裏切るなんて最低だって――お前のこと恨んでるって言ってよ。

 その方が優しくされるよりも、ずっと良かった……」


 感情を溢れさせながら、少女たちは涙を流し続ける。

 二人が傷付く必要なんてなかった。

 でも、環境が原因でそうせざるを得ない状況が生まれてしまった。


「最低だなんて思ってない。

 梨衣奈を恨んだことなんて一度もない……あたしは傷付いたし、悲しかったよ。

 だけど……梨衣奈も同じくらい……ううん、それ以上に辛かったの、わかってるから」

「っ……ぅ……」


 理崎の口から、嗚咽が漏れた。


「ねぇ……梨衣奈……あたしたちは、どうしたらよかったんだろうね。

 もっと二人が強かったら、上手く生きることが出来ていたら、イジメは起こらなかったのかな?

 あたしたちの関係が、壊れることもなかったのかな……」

「そんなの、わかんない……わかんないよ……」


 それはもう過ぎてしまった過去だ。

 考えたところで、意味なんてないのかもしれない。

 だけど、考えてしまう。

 生きていれば後悔のほうが多くて。

 誰にだって、やり直したいと考えたことはあるはずだから。


「そうだよね。

 もしそれが今になってわかるなら……きっと、あたしたちこんな不器用な生き方してないよね」


 本来、どうすべきだったのだろうか?。

 選択肢はいくつもあったはずだ。

 二人で協力して立ち向かうか。

 いっそのこと、逃げてしまうか。

 一度切りの人生で、何が正解だったのかなんて試すことはできない。


「あたしは、あたしたちは、後悔ばかりしてきた。

 だけどね梨衣奈……あたし、最悪の後悔だけはしなくて済んだよ」


 二人にとって、過去の出来事は癒えることのないトラウマになっている。

 それでも、竜胆が言うように今が最悪ではない。


「だって、梨衣奈が生きててくれたから」

「っ……」


 理崎の身体が小さく震えたのがわかった。

 唇を噛み締めて嗚咽を抑える。


「辛かったよね、悲しかったよね……いっぱい後悔したよね。

 気持ち、全部わかるなんて言えないけど、あたしも同じだから、梨衣奈がどれだけがんばって生きてきたか、わかるよ……」

「っ……ぅ……」


 次第に抑えきれなくなった感情を爆発させるみたいに、


「だから梨衣奈――生きてくれて、ありがとう」

「うぅ……ぐすっ……うあぁぁぁっ……ごめん、ごめん……凛華ぁ……」


 今まで我慢してきた心の声を爆発させて、理崎は声を上げて泣き続けた。


「もう、そんなに泣かないでよ……」


 離ればなれになっていた二人の心の距離が縮まっていく。


「あたしまで、涙……出てきちゃうじゃん……」


 これからの二人の未来がどうなっていくのかはわからない。

 過去のような関係を取り戻すのは難しいだろう。

 でも、失ってしまった過去を取り戻すことはできなくても、これからの未来を築いていける。

 少なくとも俺はそう信じてる。

 痛みを乗り越えて、互いを許し合う強さを持つことができた二人の少女が、これまでの涙を笑顔に変えていけますようにと……。

 傷付き頑張ってきた分も幸せな未来が待っていますようにと――俺は心から、そう願うのだった。

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