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約束の日

20190930 17時更新(長くなったので分割します。後半は20時更新です)

          ※




 翌日。

 教室は大騒ぎになっていた。

 その理由は飛世が逮捕されたからではない。


「あ~……突然だが、飛世が転校することになった」


 担任の口から飛世の転校が伝えられたからだ。

 やはり学校側としては、事件を表向きにすることはないらしい。


「は!? マジで!? オレ、なんも聞いてないんだけど!?」

「突然、決まったってことなんですか?」


 驚きに声を上げたのは、飛世と親しくしていた山城や浦賀だけじゃない。

 スクールカースト最上位にして、学年を問わず人気の高かった飛世の転校に、多くの生徒は衝撃を受けていた。


「クラスメイトの転校で騒ぎたくなる気持ちはわかるが、二十日から中間試験があるからな。

 学生の本文は学業なのを忘れるなよ」


 生徒たちの様子を気にしてか、真間先生は話題を変える。


「うえ!? マジで!?」

「勉強とか全然やってないよぅ……」


 教室内には悲しい悲鳴が溢れ出した。


「テストに備えて日々励むように。

 では、ホームルームは終わりだ。

 直ぐに授業になるから、準備は済ませておけよ」


 日々の生活を続ける中で、生徒たちの興味は次から次へと移っていくのだろう。

 こうして、いつもの日常が始まっていくのだった。



          ※




 それから何事もなく数日が過ぎた。

 以前と同様に俺は、学校内で目立たずに過ごしている。

 ちょっとした変化があったとすれば、岬が稀に俺と竜胆の関係をからかってくるくらいだろうか?


『いや、あんたらが付き合ってないとかないから……てかさ、凛華が、あんたのこと、いつも視線で追ってるの気付いてる?』


 こんな感じで、今も俺たちの関係を疑われていた。

 ちなみに竜胆とはふとした瞬間に目が合ってしまう。

 それは互いを意識している証拠であることは理解していたのだが……それを正直に岬に伝えたら、


『やっぱラブくね?』


 と、言われるに決まっている。

 だから俺は、


『気のせいだろ?』


 とだけ返していた。

 最近では昼食を一緒に過ごすことも減っていたので、それも含めて誤魔化しが効いている。

 というのも……竜胆とは夕食を共にすることになったので、彼女の負担を考えて俺の方から断ったのだ。


『気にしなくてもいいのに……』


 竜胆は不満そうだったが、これで校内で多くの友人たちと一緒に過ごす時間が取れるので、彼女にとっては悪いことではないだろう。

 小鳥遊などは特に竜胆と昼食の時間が取れて嬉しそうだった。


(……これでやっと当初の予定通りの高校生活が送ることができる)


 竜胆との関係は深まり過ぎたくらいだが、これ以上は誰かと強い関係が生まれることは避けたい。

 俺には、竜胆一人との関係を大切にしていくことだけで、精いっぱいなのだから。




         ※




 さらに時間は過ぎて。

 午後の授業が始まり教師の授業に耳を傾けていると……。 


『この間の約束の事、覚えてる?』


 竜胆からのメールが届いた。


『……日曜日、付き合ってほしいだけど、大丈夫かな?』

『連絡が取れたんだな』

『うん』


 もしかしたら、コンタクトを取るのは難しいかもしれない。

 そう考えていたのだが、こんなに早く会えることになるとは思っていなかった。

 相手も竜胆と同じで……再会を望んでいたのだろうか?


『それで、待ち合わせ場所なんだけど……』


 そして日曜日――俺は竜胆と、ある『施設』へ向かうことになった。




          ※




 約束の日。

 俺たちは今、電車に揺られて目的地を目指している。

 心無しか竜胆の口数がいつもよりも少ない。

 憂いを帯びた表情から、彼女が緊張しているのがわかる。

 顔色もあまり良くないようなので、昨夜は眠れなかったのかもしれない。


「怖いか?」

「……怖くないって言ったら、嘘になっちゃうよ」


 今から引き返すこともできる。

 だが、竜胆はそんな選択はしないだろう。

 今日を逃せばもう二度と、得られない機会かもしれないのだから。


「でも……怖いのはきっと、あの子も同じだと思う。

 あたし以上に――不安を抱えてるはずだから……」


 心の奥底にある決意は揺らぐことはない。

 竜胆の優しく力強い眼差しを見ていれば、それは容易に理解できた。

 この行動は竜胆を、そして――苦しんだもう一人の少女が過去を乗り越える為にも、必要な再会となるだろう。


「俺がいても出来ることはないかもしれないが……」


 竜胆の手を握る。

 すると、彼女も強く握り返して俺を見つめた。


「一緒にいてくれるだけで十分すぎるよ」

「なら、何があってもお前の傍にいる」


 竜胆の選んだ選択は、彼女の心を深く傷つけるものになるかもしれない。

 それをわかった上でこの勇気ある行動を取った竜胆を、俺は心から尊敬する。


「皆友くんのお陰で勇気を貰えるけど……同時に弱くなっちゃいそう」

「どうしてだ?」

「だって、優し過ぎるんだもん……。

 あたし皆友くんがいてくれないと……ダメな女の子にされちゃってる」

「そんなことないだろ?」


 真面目にそんなことを言ってくる竜胆に、思わず苦笑してしまう。


「そんなことあるよ……。

 こうして皆友くんぶんを充電しておかないと……がんばれないもん」


 言って竜胆は俺に肩を寄せてきた。

 早朝の電車。

 人はあまり乗っていない。

 だから、恥ずかしくはないけれど……少しこそばゆい。


「俺がいなくても、竜胆は十分強いよ」

「そんなこと……」


 まだ自分に自信を持ちきれないのかもしれない。

 でも、竜胆は一つ勘違いしている。

 俺たちは、互いに互いを必要としている。


「それに俺が傍にいることで、竜胆が強くいられるなら……いなくなった時のことなんて、考えなくていい」


 遠回しになるけれど、これからも一緒にいると伝えたその言葉は、


「……うん」


 しっかりと竜胆に伝わったのか、彼女は照れ笑いを浮かべた。

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