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誤魔化しきれない気持ち

20190926 12時更新

         ※




 脱衣室で服を脱ぎ、俺は風呂場に入った。

 シャワーヘッドを手に取り、温度を調整してお湯を出す。

 心地よいと感じる適温にしてから、俺はシャワーを浴びた。


(……はぁ)


 全身が温かくなっていく感覚が気持ちいい。

 汗を流していると、身体の疲れが取れていくようだった。

 ゆっくりとシャワーを浴びながら、シャンプーを出して頭を洗う。

 両手でごしごしと乱雑に洗って、泡を流していると。


「……皆友くん」

「?」


 気のせいだろうか?

 竜胆の声が聞こえた気がした。


「皆友くん、いる、よね?」

「は……?」


 気のせいじゃない、のか!?


「竜胆?」

「うん……入る、から」


 返事が聞こえたかと思うと、浴室の扉がゆっくりと開く。

 俺は慌ててタオルを取って腰に巻いた。

 そのタイミングで、


「……お邪魔、します」


 竜胆が浴室に入ってきた。

 しかも、


「お前、その格好は……!?」


 バスタオル一枚という姿で。


「は、恥ずかしいから、あまり見ないで……」

「す――すまない!」


 俺は慌てて背中を向けた。

 が、竜胆は抜群にスタイルが良く、バスタオルからはみ出していた二つの豊満な果実が、しっかりと俺の目に焼き付いてしまっている。


「って、なんでお前がここに!?」

「背中……流してあげたいと思って」

「……――はぁっ!?」


 最初、竜胆の言葉の意味が理解できなかった。


「どうして急にそんな!?」

「これも、お礼……だから」

「お礼って……だとしても、バスタオル一枚で男の前に出るのは……」

「い、言っとくけど、誰にでもこんなことするわけじゃないから!

 皆友くんに……だけだから」


 俺にだけ――その言葉の破壊力に視界がグラッと揺れた。

 頭を打ち抜かれたような衝撃が走り、胸の鼓動が強くなっていく。


「あたし……これでも勇気、出してるんだよ……」

「っ!?」


 直後、背中に柔らかい感触が伝わってきた。

 バスタオルの上からでもはっきりとわかる。

 背中越しに感じる温もりは、竜胆のもので……。


「あたしに背中流されても、嬉しくない?」

「そ、そんなことは……」


 聞こえてきたのは、心細そうな声だった。

 竜胆の身体は微かに震えている。 

 勇気を出した結果――相手に受け入れてもらえなかったとしたら。

 きっと竜胆の心の中にそんな不安があるのだろう。

 この行動を起こすのに、どれだけ勇気が必要だったのだろうか?

 俺の為に、こんなに頑張ってくれている竜胆の頼みを断れるわけがない。


「なら、お背中、流させて、ください……」


 不安からなのか、敬語でお願いされてしまった。


「……わかった。

 頼んでもいいか?」

「――うん!」


 俺が答えると、竜胆の声が途端に明るくなった。


「座ればいいか?」

「あ、お、お願い」


 立ったままだと流石に落ち着かない。

 俺はバスチェアに腰を下ろす。


「ボディソープ、借りるね」

「ああ」


 タオルを泡立てる音が聞こえてきた。

 未だに振り向くことができないので、音くらいでしか状況がわからない。

 

「じゃあ、洗い始めるね」


 宣言のままに、竜胆は泡でぬるっとしているタオルを背中に押し付けて、上下に動かした。


「痛くない?」

「優しすぎるくらいだから、もっと強くてもいいぞ?」

「わかった」


 ごしごし――と、竜胆が力を入れて背中を洗ってくれている。


「……この、くらい?」


 少し疲れたのか竜胆の口から吐息が漏れた。


「ちょうどいい感じで、気持ちいいよ」

「ほんと? 嬉しい。

 ……ねぇ、皆友くんってさ、普段から鍛えてるの?」

「どうしてだ?」

「……身体、すごく筋肉質だから」


 一般的な高校生の基準からすれば、相当絞り込まれているように見えるかもしれない。


「格闘技、やってたりとか?」


 俺が不良と争っているのを見たからこその考えだろう。


「……まぁ、そこそこ運動はしてたかな」


 嘘はついていない。

 昔からそれなりに身体を動かしていたのは事実だ。


「だから、こんなにたくまししいんだね……」

「そんな風に言われると、少し照れるが……」

「ご、ごめん」


 照れ隠しするように、竜胆は背中を洗ってくれている手を早く動かした。


「いや、気にしないでくれ。

 照れはするが……竜胆に逞しいって思われるのは、俺も悪い気はしない」

「そ、そっか……。

 皆友くんって普段はそんなことないのに、実はすごく男らしいっていうか……力強くて、やっぱり、カッコいいなって……」


 そこまではっきり言われると、かなり恥ずかしい。

 何も言うことができずにいると、身体の洗う音が浴室に響く。


「ねぇ……皆友くん」

「うん?」

「こんなことでお礼に、なってるかな?」

「十分なくらいだ」


 これは俺の本心だ。

 だが、竜胆の望む返事は違ったのか、会話が止まってしまった。


「竜胆、どうかしたのか?」

「……あたしは、皆友くんに本当に感謝してる」


 その想いは伝わっている。

 こうしてお礼もしてくれているし、言葉も伝えてくれている。

 俺にはそれだけで十分すぎるくらいだ。


「だから、あたしに出来ることがあったら、なんでも言ってほしい」

「わかった。

 その時は頼らせてもらうよ」

「うん……」


 小さく応えて……。


「そろそろ泡、流すね」


 竜胆が背中を流してくれた。


「ありがとな」

「良かったら、頭も洗ってあげようか?」

「いや、そっちはもう済ませてあるから」

「……もっと何かしてあげたかったのに……」


 小声だったけど、確かに聞こえた。

 ちょっとだけ拗ねたような竜胆の声。


「ねぇ……皆友くん」

「うん? ――っ」


 ぎゅ――と、後ろから抱きしめられた。

 先程のように触れる程度ではない。

 自分の気持ちを伝えるように、力強く。

 ドキドキと、竜胆の鼓動の音が伝わってきていた。


「あたしを助けてくれて、救ってくれて……ありがとう」


 竜胆が助かったのも、救われたのも、俺の力だけじゃない。

 彼女自身の努力の結果――立ち向かう覚悟と勇気を持ったからだ。

 だが、今だけは彼女の感謝の言葉を素直に受け止めておこう。


「俺は、自分がしたいことをしただけだよ」

「っ……そんな風に言われたら、あたし……皆友くんのこと、もっと……」


 切なそうな竜胆の声を聞くだけ、俺の胸には複雑な感情が生まれる。

 それは嫌な気持ちではない。

 温かくて、少し甘いような……俺はこの気持を明確に理解してしまった。

 竜胆に対する、疑いようのない明らかな好意。

 あまりにも積極的な竜胆の行動に、俺は自分の気持ちを誤魔化しきれなくなって、胸が熱くなっていくのを感じている。

 だが、俺たちの関係を進める為に必要な最後の言葉が出てこない。


「そ、それじゃ、あたし、行くね」

「り、竜胆――」


 間が持たなくなって竜胆が立ち上がったのと、俺が振り返り声を掛けたのが同時だった。

 瞬間――


「ひゃ……!?」

「え?」


 短い悲鳴。


「――っと!?」


 慌てて立ち上がったせいで、足を滑らせた竜胆を俺は咄嗟に抱きしめた。

 が――気持ちがいいくらい柔らかな二つの感触が、両手に広がった。


「あっ!?」

「んっ!?」


 後ろから手を回すように抱き支えたせいで、俺は竜胆の胸に触れてしまっていて――。


「――すまん!」

「だ、大丈夫!」


 慌てて手を離す。

 決してわざとではない。

 不可抗力だ。

 が、起こってしまった事実は変わらない。


「あ、あたし、そそっかしくてごめん。

 皆友くんが、助けてくれたのはわかってるから」


 それだけ言って、竜胆は逃げるように浴室から出て行った。

 全身が熱くなっているのは、明らかにシャワーのせいだけではない。


(……風呂から出たら、どんな顔で竜胆と話せばいいんだ……!)


 真剣に悩みながら。

 俺は気持ちを落ち着けるのに、暫く時間が必要になるのだった。

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