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誇るべき勝利

20180914 12時更新

           ※




(……まず一人)


 ぶっ倒れている性悪女を見てから、俺は周囲を見回す。

 ここにいるのは、見るからに柄の悪い奴らばかりだ。


「テメェ……そうか。

 ずっと見てやがったってわけだ!」


 史一と呼ばれる不良のリーダーが声を荒げる。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「……あと八人か」


 この程度の数なら問題ない。


「あん? こいつがもしかして、史一がボコるって言ってた奴?」

「へぇ……この子助けにきたわけ?

 か〜っこいい! ヒーロー気取りですかー!

 でも馬鹿じゃねえの? 他に誰も助けを呼んで――」

「いつまで竜胆の上に乗ってんだ、クズが!」


 のうのうと口を開くアホの腹部に回し蹴りをいれた。

 回転が加えられた一撃に男の身体が浮き後方に倒れる。

 男は気絶したのか、その場で項垂れていた。


「あと七人」


 驚きに硬直しているのか、男たちは身動きすら取らずその場に固まっていた。


「お前らも、いつまでも竜胆に触ってんじゃねえ」


 その隙に彼女の腕を押さえていた男と、足を押さえていた男を交互に殴り飛ばす。


「あがっ!?」

「うごっ!?」


 顎を抉るように打ち抜いたので、軽い脳震盪(のうしんとう)は確実だ。

 これであと五人。


「……立てるか?」

「うん」


 俺は彼女の手を引いて、竜胆を立ち上がらせた。

 そして、制服のブレザーを脱ぐと、彼女に羽織らせる。


「後ろにいろ」

「皆友くん……」

「うん?」

「気を付けて……!」

「安心しろ。

 こいつらの相手をするくらい、目をつむっててもできる」


 まぁ、本当に目を瞑って相手をするなんてサービスはしないが。


「舐めやがってクソが!!

 テメェら、たった一人を相手に何してやがるっ!」


 呆気なく数人やられたことにボス猿は怒号を上げた。

 だが、こいつは少し勘違いしている。

 なんの為に俺がずっと……怒りを堪えながらも、竜胆を助けなかったのかを。


「あ、そうそう。

 一人じゃないぞ」

「あん?」

「あと十分じゅっぷんくらいすれば、警察が来る」

「は……?」「え?」「けい、さつ……」


 不良たちは間抜けな顔を晒す。


「婦女暴行、恐喝、麻薬所持……罪状はいくつになるかな?」


 俺は持っているスマホを不良どもに見せつけた。


「全部録画してある。

 これを証拠として渡したらどうなるか……わかるよな?」


 今回はブラフじゃない。

 これは竜胆が傷付きながら、それでも逃げずに立ち向かったからこそ手に入れられた証拠だ


「け、警察……なんで、そんなことになってんだよ!?」

「冗談じゃねえよ。

 やべぇじゃん――でも、今ならまだ逃げられんだろ!」


 自分の状況を理解した途端、男たちは脅え出した。


「逃がすわけないだろ?」


 余所見よそみをしている男の腹部を右手で打つ。

 膝が崩れたところで顔面を殴打して、そのまま拳を振り抜くと男は地面に倒れ込んだ。


「これであと四人」


 見た目ばかりで全員、実力が伴っていない。


「舐めるんじゃねえ!!」

「クソがっ! テメェをやっちまえば何も問題ねえだろ!」

「そうだ……スマホをぶっ壊しちまえば!」


 続いて三人が一斉に動き出す。

 そして、俺を取り囲むように迫って来た。

 少しは学習したらしいが、動きがあまりにも直線的すぎる。


「おらっ!」

「死ねやっ!」


 左右から男たちが殴り掛かってくる。

 拳があたる直前、俺はバックステップで一歩後ろに下がった。

 当然のように、振るわれた拳は俺に当たらず――正面から向かって来た男がちょうど二人の間に割って入り、挟まれるような形で顔面を殴られていた。


「あがっ……」

「なっ!?」

「す、すまねえ!?」


 コメディ映画のような一幕に少し吹き出しそうになる。

 だが、そこで生まれた隙を見逃すほど俺は優しくはなく、畳み掛けるように戸惑う不良たちに迫った。


「ふっ!」


 そして、加速を利用して片方の男の腹部を蹴りつけた。

 勢いのままに身体が浮かび上がり、男は吹き飛ぶ。

 続けざまに唖然とするもう一人男の顔面にジャブを右、左と二発……最後にフックを叩き込んだ。

 我ながら綺麗に決まったコンビネーションに、相手は為す術もなく、その場で崩れ落ちていた。


「これで……後はお前だけだ」


 残ったボス猿に目を向ける。

 警察の到着まであと7分ほどだろうか?


「……な、なんなんだ……お前は……」

「名乗るほどのものじゃない」


 だが、俺の名前を検索すればいくつか記事が引っかかるだろう。

 その程度のやつだ。


「ぐっ……クソがっ! このままで終われるかよ!」


 怒りに表情を歪めながら、ボス猿がポケットからナイフを取り出した。


「――皆友くん!」

「大丈夫だ」


 相手が武器を持っている時、気を付けるのは致命傷を避けること……そして、恐怖に脅えないこと。

 そうすれば身体が動かなくなることはない。


「こういう奴の相手は慣れてる」

「っ――調子に乗ってんじゃねえよ!!」


 怒声を上げて、俺に向かって駆け出した。

 そこそこ動きは速い。

 大柄で身体能力は高いこの男は、同年代相手に喧嘩に負けた経験がなかったのかもしれない。

 だが、何をするにも上には上がいる。

 特に暴力という相手を従わす為の単純で、最もわかりやすい手段であるなら、それこそ上を見ればきりがない。

 だからこそ、馬鹿な奴ほど安易に頼ろうとするのだ。

 俺に接近すると、男は首を切り付けるようにナイフを振った。

 が、俺はそれを潜り抜けるよう避け――男の顎目掛けてアッパーを炸裂させた。


「ぁ……」


 ぐらぐらっと……スキンヘッドの男の身体が揺れて、大の字に仰向けに倒れる。


「っ……ぐっ……ま、まだだ」

「感心するな。

 今のを喰らって、意識を失ってないのか」


 男はまだ立ち上がろうとしている。


「まだ……オレは負けちゃいねえ」

「やめておけ、立ち上がるだけ無駄だ」


 俺の忠告を聞かず、史一は立ち上がろうとしていた。

 不良グループのリーダーとしての意地……だろうか。


「意識があるうちに良く聞け」

「ぁ……」


 俺は起き上がろうとする史一の身体を蹴り、再び地面に叩き付けた。


「少年院から出てきた後、もしまた竜胆に危害を加えてみろ……この場にいる全員――この程度じゃ済まさない……次は本当に容赦しない」


 男の目を直視する。

 この言葉が冗談ではないことを伝える為に。

 手加減してやるのはこれで最後だ。

 もし次に何かあれば、俺は本気でこいつらを排除する。

 たとえどんな手を使うことになったとしても。


「喧嘩にこれだけの気概と意地を見せられるなら、今後はもっといい方向に使え――」


 最後にそう伝えて、俺は男の顔面に拳を振り下ろした。

 今度こそ確実に相手の意識を奪う一撃を。




          ※




「はぁ……疲れた」

「すごい……皆友くんが強いのは知ってたけど……」


 周囲の光景を見て、闘いを見守っていた竜胆は呆然と立ち尽くしていた。


「別にこのくらい大したことない」

「た、大したことないって、相手はいっぱいいたのに……それにナイフまで持ってて……ぁ!? み、皆友くん、怪我はない!?」


 慌てて竜胆が俺に駆け寄って来た。

 心配そうに目を潤ませながら俺を見つめる。


「ああ……大丈夫だ。

 竜胆、本当に頑張ったな……」


 叩かれて腫れた彼女の頬に優しく触れる。

 この傷付いた全てが竜胆が闘った証。


「でも、痛かったよな」

「ううん、このくらい全然大丈夫!」


 力強く微笑む彼女は、俺に心配を掛けまいとしているのだろう。

 でも、


「……ごめん、今のはちょっと強がった。

 本当はずっと怖かった……」


 甘えるように彼女は俺に身体を寄せてきた。

 流れのままに、俺は彼女を抱きしめる。


「でもね……皆友くんを信じてたから、負けずにがんばれたの」


 俺を見上げる竜胆は、泣き笑いを浮かべていた。

 傷付きながら闘った彼女を、俺は心から尊敬する。

 そして心の底から愛しいと思う。

 見ているだけで苦しくなるような責め苦に堪えて……これほど誉れ高い勝利はないだろう。


「竜胆ならきっと『イジメ』に負けたりしないって信じてた。

 でも、ごめんな……もっと早く助けてやれたら良かったんだが……」

「平気。

 証拠を残す為、だったんだから」

「ああ……」


 だが、もう一つ。

 本当は、もう一つだけ条件が揃うのを待ちたかった。

 この事件の全てを終わらせる為に……だけど、それは叶わなかった。

 俺にはこれ以上、竜胆が傷付く姿を見ていられなかったんだ。


(……だからこそ、もう一手打つ必要がある)


 全てのピースはこの場で揃うだろうか?


(……警察が来るまであまり時間はないが……)


 真相に迫る為に、俺はある行動に移るのだった。

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