再会と後悔……と不思議な期待
「さっきの男たち、友達ってわけじゃないんだよな?」
「うん……歩いていたら、いきなり声掛けられて……断ったら強引に……」
普通の女の子であれば、見知らぬ男に声を掛けられたら怖くて当然か。
流石にこのまま一人で置いていくわけにはいかない。
落ち着くまでは傍にいるべきだろう。
「……立てるか?」
「あ、ありがと」
俺が手を差し出すと、少女はギュッと握り返した。
きっとまだ不安なのだろう。
この手を離さないで欲しいと、そんな願いが籠っている気がした。
俺は、手を引き彼女を立ち上がらせる。
まだ呆然としているようだが、緊張から目が赤く潤んでいた。
少しずつ落ち着きを取り戻してきたようで、少女は俺の顔を見つめている。
「どうかしたか?」
「あ、え、えっと……た、助けてくれて、ありがとう、ございます」
感謝を伝えながら、ポッと赤く染まる頬。
髪を明るく染めギャルのような外見をしているが、中身はまるで清純派の美少女のようだ。
「礼なんていいよ。
もう……大丈夫そうか? 一人で不安なら、駅くらいまでなら付き合えるぞ?」
我ながらなんてお人好しなことを言っているのかと思った。
が、どうせこの女の子との縁はここまでで、二度と関わることはない。
だから……最後にこのくらいのお節介はしても、俺の人生に支障はないだろう。
「で、電車で来たので……駅まで行ければ……でも……迷惑じゃ、ない?」
「別にいいよ。
途中まで方向は同じだからな」
「ありがと……」
少女は安堵しように微笑を浮かべた。
「あのさ……落ち着いたなら、そろそろ手を離してもらってもいいか?」
「え……はうっ!?」
俺に指摘されると、少女はぎゅっと握っていた手を慌てて離した。
「ご、ごめん……」
「いいよ。それじゃ、行くか」
頷く少女を見て、俺は歩き出した。
その少し後ろを付いてくる少女。
歩幅を合わせてゆっくりと進んでいく。
それから、俺たちは特に言葉を交わすことなく……駅まで辿り着いた。
「それじゃな」
「ぁ……」
俺は直ぐに別れを告げる。
これで少女との縁はおしまいだ。
そう思っていたのだが、
「……うん?」
踵を返したのと同時に服の裾を引かれた。
振り向くと、少女が赤くなった顔を俺に向けている。
「あ、あの……お、お礼――まだ、何もできてないから」
「お礼? もう、ありがとうって言ってくれたろ?」
「そ、それだけじゃなくて、何か……えっと、直ぐに思い浮かばないけど……あ、あの……そうだ! 連絡先、教えてもらっちゃ、ダメ、かな?」
少女は真剣な、でも拒絶されることを不安に思う表情を俺に向けた。
本当にさっきのことを感謝していて、ただ何かお礼がしたいと、純粋にそう思ってくれているだけなのが見てわかる。
きっと優しい子なのだろう。
(……連絡先を教えても……返さなければいいだけか)
ここで教えても、ブロックしてしまえばそれで済む。
断る理由を探すほうが手間だろう。
「わかった」
俺はメールアプリのQRコードを表示させた。
「あ、ありがと!」
パッと眩しい笑みを浮かべて、少女は自分のスマホを取り出す。
「……えっと……こう、だよね?」
そして慣れない手付きでQRコードを読み込んでいった。
「登録できた、よね?」
「ああ、大丈夫だ」
家族としか使用しなくなったメールアプリに、凜華という名前が登録された。
「じゃあ、行くから」
「うん……あの、助けてくれて、本当に、ありがと」
「……ああ、それじゃな」
それだけ伝えて駅から離れていく。
今度こそ凜華は俺を止めることはなかった。
※
「ただいま」
マンションの鍵を開いて玄関に入る。
同時にスマホが震えたのがわかった。
取り出して確認すると、ディスプレイに文字が表示されている。
なので、メールアプリを起動しなくても、それが凜華からの連絡だとわかった。
『さっきは本当に助かりました。
今度、どこかで会ってお礼をさせてください。
本当にありがとう。』
短い文章で飾り気もないものだったけど、それは彼女の感謝の気持ちが十分に伝わってきた。
(……友達はいらない。その想いに変わりはない。それでも――)
自分のしたことが、少しだけ誇らしい。
たとえそれが自己満足だとしても。
「おかえりなさいお兄ちゃん。
遅かったですけど、何かありましたか?」
「買い物の後、少し散歩をしてたんだ」
「そうでしたか。
買い出しありがとうございました。
バッチリ美味しいの作りますから、夕飯も期待しててください!」
「ああ、楽しみにしてる」
結局、竜胆に対して返事を送り返すことはなかった。
こうして俺の日常は戻る。
この時の俺は間違いなくそう思っていたんだけど――。
※
翌日の早朝。
高校の入学式直前の教室。
「え?」
「あっ!?」
扉を開いて直ぐに目に入ったのは、一際目立つ金髪とモデル顔負けの美少女。
そう。
再び俺たちの道は繋がり、出会った。
言っておくけど、これは運命の赤い糸で俺たちが結ばれてるわけじゃない。
そんなお決まりあっていいわけがない。
これは、ただの偶然で……だけど、
「また、会えた」
「……」
俺に満面の笑みを向ける凛華の顔を見ていたら、こいつとは何かあるんじゃないかって、そんな不思議な予感が胸の中に広がっていった。
※
これが、俺と竜胆凛華の出会いの物語だ。
その後、竜胆が俺にあれこれ迫ってきたのは言うまでもないのだが……。
クラスメイトがいる場所で、俺に話し掛けないことを条件に、今も友人未満の関係が続いている。
しかし、
『昼休み、いつもの空き教室だかんね』
そんな約束をしたせいか、竜胆からは頻繁にメールが届いていた。
『友達と食べなくてもいいのか?』
『へーき。
美愛たち、あたしが彼氏と食べてると思ってるみたいだから。
違うって言ってるんだけどね』
多分……いや、きっと。
クラス内ヒエラルキー最上位の美少女が、最底辺以下の存在と昼食を一緒にしていると思う奴は、きっとこの学校には一人もいないだろう。