必要なのは勇気
20190912 17時更新
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そして、少し時間が過ぎて……。
「あのさ、竜胆……」
「なに?」
「そろそろ……離れないか?」
竜胆は今、安心しきった様子で俺に身体を預けている。
「やだ」
「やだって……」
甘えるような上目遣いで、竜胆は俺を見つめる。
「皆友くん、今はあたしのこと甘やかしてくれるって言ったもん」
「それは……言った、な」
間違いなく。
その言葉に嘘はない。
「だから……ね。
今だけはいっぱい甘えさせて……あたし、そうしたらまた、がんばれるから」
「……わかった。
でも、もう少しだけだからな」
「うん……。
じゃあ、まずはね……また頭、撫でて……」
甘えん坊な女の子が、俺におねだりをする。
その時の口調や仕草があまりにも可愛くて、俺は胸を打ち抜かれたような錯覚に陥った。
(……ずっと甘やかしてしまいそうだ)
今まで傷付いてきた分も、竜胆に優しくてしてやりたい。
そんなことを思いながら、俺は彼女の頭を撫でた。
「……気持ちいい。
皆友くんにこうされるの……好き……」
「こんなことでいいなら……二人きりのときなら、これからはいつでもしてやる」
「ん……じゃあ、もっとなでて……」
竜胆の口調がさらに甘えん坊になっていく。
でも、彼女が望むことは全てしてやりたい。
「このまま、ぎゅってして……」
「……わかった」
言われるままに俺は、竜胆を抱きしめた。
女の子の身体は柔らくて、華奢で、力を入れたら壊れてしまいそうで……俺は、大切な物を扱うように、優しく力を込めていく。
「皆友くんにこうされてると……すごく安心する。
胸の中にある不安が消えていっちゃう。
他の男の子には、話し掛けられるだけでも怖いのにな……」
彼女の過去を考えれば、人間不信になって仕方ない。
そして男に対する恐怖もあって当然だろう。
だが、俺に対しては出会った当時から今まで、恐怖心を抱かれた様子はなかった。
「あの時も、そうだったんだ。
入学式の前日……知らない男たちに言い寄られて、誰もあたしなんて助けてくれる人なんて、いないと思ってた。
だけど――見ず知らずの男の子があたしを救ってくれた」
「あれは……その、勝手に身体が動いていたというか……」
見るからに竜胆の様子がおかしかったのが気になったのは事実だが、咄嗟に身体が動いてしまったのは、俺の個人的な感情の問題が大きい。
俺は、俺を裏切ったあいつと、同じにはなりたくなかった。
「正義感ってこと?」
「いや……助けられるのに、見て見ぬふりをしたくなかったんだ。
もしそれをしてしまったら、俺は自分が許せなくなると思ったから」
「許せなく……?」
竜胆が自身のトラウマを打ち明けてくれたように……俺も、いつか彼女に伝える日が来るかもしれない。
俺が今の俺になった理由を――。
きっと竜胆は受け入れてくれる。
その確信はあったが……。
「……竜胆、このあとの事、少し話しておいてもいいか?」
今はまだやらなくてはならないことがある。
脅迫メールの犯人からの呼び出しは20時――指定された場所へ移動するだけならまだ余裕はあるが、その前にしっかりと今後の対策を伝えておきたい。
「うん……お陰でいっぱい充電できたから、これでまたがんばれそう」
前向きな言葉を口にする少女の頭を、俺はもう一度だけ優しく撫でた。
「大変なのはこれからだからな」
「犯人と闘わなくちゃいけないもんね……」
相手が誰かもわからない。
そんな相手と対峙するのは恐怖でしかないだろう。
だからこそ――。
「そいつを捕まえる為には……竜胆の勇気が必要になる」
「あたしの勇気?」
「そうだ。
お前に無理をさせてしまうことになる……でも、竜胆がそれでも犯人に立ち向かうのなら……俺が必ず守ってみせる」
選択肢は無数に存在する。
たとえば、脅迫メールの犯人から逃げてしまうというのも一つの手だ。
そして、家に閉じこもり最低限の生活の中で生きていく。
犠牲にするものはあるが、これ以上……傷付かずには済む。
「皆友くんが一緒に闘ってくれるなら、あたしの答えは決まってるよ」
でも、竜胆は迷わなかった。
「あたしは、あなたを信じてる。
……それに無理をすることになったとしても、この『イジメ』に立ち向かいたい。
それは、あたしが過去にできなかったことだから」
この闘いは竜胆が過去に打ち勝つ為にも必要なことなのだろう。
だったら俺も迷いは捨てる。
竜胆の勇気を信じているから。
「わかった。
なら……今から犯人を捕まえる為の作戦を話す」
そして俺は、今後も含めた対策について話を始めた。




