進んでいく価値
20190911 17時更新
※
俺は言葉を挟むことなく、黙って彼女の話を聞き続けていた。
「あとは皆友くんが知っている通り……わたしは『あたし』になった。
スクールカーストの一軍――クラスの中心の竜胆凛華に」
自身の過去を伝え終わると、竜胆は諦めたように微笑する。
「でも、やっぱりダメみたいだね。
高校デビューはそこそこうまくいったんだけど……こんなことになっちゃった」
その顔はあまりにも悲しそうで、寂しそうで……きっと竜胆の心はずっと傷付いたままなのだろう。
「ちょっと怖いことがあると、本当の『わたし』に戻っちゃう」
入学式の前日に会った際の竜胆の様子を思い出す。
不良に絡まれて脅えきった彼女は、学校の中とは別人のようだったが、話を聞いたことで納得もいった。
イジメというトラウマ。
植え付けられた過去の痛みと恐怖が、今も竜胆の心を蝕んでいる。
「結局、変われたのは表面上だけだった。
そんなんじゃ、なんの意味もないのにね……」
これまで多くの努力を重ねてきたのだろう。
容姿の変化だけでも、それは見てとれる。
だが、努力で表面的な変化は可能でも、人の本質を変えるのは難しい。
それでも、
「意味がないなんてこと、ないだろ……竜胆はこんなにがんばってきたんだから」
「でも、あたしは今も弱いままだもん」
目に涙をためて、泣きそうなくらい弱々し声で、竜胆は溜め込んでいた弱音を吐き出していく。
「これじゃ誰も助けられない。
また、イジメに負けちゃうかもしれない」
たった一人で闘い続けて、心をすり減らして。
もう立ち上がれるはずなんてないくらいボロボロになっても、竜胆は自分の目標に向かって進み続けてきた。
「弱かったらお前は立ち上がれなかった。
『イジメ』に屈したままだったはずだ」
「でも、何も変われてない……」
「そんなことない。
というか……お前はちょっと自分に厳し過ぎだ」
言って、俺は竜胆の手を引く。
そしてベッドに座った。
「隣、座ってくれ」
「……」
竜胆は促されるままに、俺の隣に腰を下ろした。
俺たちの距離はさっきよりもずっと近い。
「竜胆はもっと自分に優しくなっていいんだ」
「それじゃ自分を甘やかしてるのと変わらないじゃん……」
「なら、竜胆が自分に優しくできない分も……俺が甘やかすからな」
手を伸ばして、俺は彼女の頭を撫でた。
「今までたくさんがんばったな」
「っ……」
驚いたみたいに、少しだけビクッと身体を震わせる。
でも拒絶はされなかった。
代わりに竜胆は唇を噛み、瞳に涙をいっぱい溜めている。
「……そんなこと、言わないで……」
「ダメだ。
お前は誰よりも傷付いてボロボロになって、それでも諦めずに一人で、こんながんばってきたんだから」
「……そんなに優しくされたら、あたし今もよりもっとダメになっちゃうよ」
「なっていい。
今は俺がいるんだから、一人でがんばる必要なんてない」
今だけは、俺は竜胆を甘やかすと決めた。
出来ることがあるなら、なんでもしてやりたい。
「もう立ち上がれなくなるかもしれない。
今までみたいに、強いふりもできなくなっちゃうよ……」
「辛かったらゆっくり休めばいい……そこで立ち止まったとしても、竜胆を責める奴なんていない」
いたとしたら、それは――多分……。
「……でも、あたしは……弱い自分が許せない」
竜胆を許すことができないのは、彼女自身だ。
「あたしがもっと強かったら、あの日――二人の関係は壊れずに済んだのに、あの子を助けることができたのに……」
イジメられたこと自体が、竜胆のトラウマなのではない。
親友を助けることができなかった。
それが最大の傷なのだろう。
「イジメが起こったのは、お前の責任じゃない」
「だとしてもあたしは……」
「竜胆――これ以上、自分を責めないでくれ」
もう一度、彼女の頭を優しく撫でた。
「お前に今必要なのは、自分自身を許してやることだ」
「ぅ……うぐっ……」
ずっと堪えていた感情が解き放たれたみたいに、竜胆の目から、ポロポロと涙が零れ落ちていく。
小さな身体で自分一人で闘い続けて……ずっと我慢していたのだろう。
「あたし、自分を許しても……いいのかな?」
「ああ」
「……こんな風に優しくされる資格、あるのかな?」
「当たりまえだ」
「あたし、がんばった、かな……?」
「こんなにボロボロになって、無理しすぎなくらいだ」
泣き顔を隠すように、竜胆は俺の胸に顔を埋める。
「痛いの……我慢してきたの」
「ならもう我慢しなくていい」
それは竜胆の本心。
「人と話すのも、本当はちょっと怖いの」
「なら、無理してがんばらなくていい」
強くなると誓ってから、誰にも見せることのできなかった弱さ。
「傷付きたくない、もうがんばりたくない……逃げ出したい……」
「逃げていい。
竜胆がつらい時、悲しい時、泣きそうな時、ずっと傍にいる」
竜胆が顔を上げた。
溢れて止まらない零れていく涙を俺はすくい、握っていた彼女の手を、ぎゅっとした。
「……でも、ね……何度、逃げだしたいって、思ってもね……」
赤くなった瞳が俺を見つめる。
真っ直ぐに、それはあまりにも愚直なほどに。
「……あたし、バカだから……こんなに痛いのに、死んじゃいたいくらいつらいのに……それでも、『イジメ』に負けたくないって、思っちゃうんだ……」
その想いが彼女の根底。
迷いながらも、変わることはない意志なのだとしたら、
「なら、諦めなければいい。
たくさん休んで、考えて……それでも――竜胆がまた前に進むっていうなら、『イジメ』に立ち向かうのなら――その時は俺が力になる」
竜胆が闘っているのは、絶対に勝つことのできない存在だ。
それは人ですらなく、突如生まれる現象であり、世の中に蔓延る概念なのだから。
だけどそんな理屈は関係ない。
「二人で必ず『イジメ』を倒してやろう」
どうやって倒すかなんて、そんなこと今はどうでもいい。
きっとそれは長い闘いになる。
勝ち目なんて最初からない。
「……っ……うん。
皆友くん……あたしに、力を貸してください」
「もちろんだ」
それでも、俺たちと同じように苦しんでいる『誰か』の救いになるのなら、進んでいく価値があると思えたから。
俺は竜胆と一緒に闘っていくことを決めたんだ。




