再び立ち上がるまでの物語
20190910 0時更新
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あたしは高校に入学して初めて、自身の秘密を打ち明けた。
誰にも話すことはないと思っていた過去。
中学時代のイジメられていた記憶。
本当は今も話すのが怖い……自分がイジメられていたことを知られるのは、惨めで情けなくて恥ずかしい。
忘れたいのに、忘れることができない。
きっと、生涯消えることのない痛み。
でもその感情があったからこそ、あたしの今に繋がる。
今から話すのは、弱くて、臆病で、地味で、不人気を形にしたような女の子が、再び立ち上がるまでの物語だ。
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中学時代の『わたし』は、気が弱くて、見た目も地味で、人と話すのも苦手だった。
多分、ほとんどのクラスメイトにとって、いてもいなくても変わらない生徒の一人。
だけど、そんなわたしにも友達はいた。
幼稚園の頃から腐れ縁でたった一人の親友。
わたしはその子のことが大好きだった。
可愛くて、頭も良くて、話上手で――彼女の周りには、いつも笑顔が溢れていた。
自分にないものをいっぱい持っていて……憧れだった。
だから考えもしなかった。
彼女が学校中の生徒からイジメを受けることになるなんて。
『あいつさ、調子のっててうざくね?』
事の発端はクラスの中心にいた女子生徒の発言だ。
『明日からシカトしちゃおうよ。
もしできないなら、そいつもハブるから』
一部の生徒による無視が始まった。
それに戸惑うあの子を見て、主犯格である女子生徒のグループはおかしそうな……でも、どこか満足したように歪んだ笑みを浮かべていた。
少し前まで仲が良かった生徒たちも、同調するように、会話すらしてくれなくなっていく。
クラス担任にその現状を訴えても、なんの力にもなってはくれず……一週間後には、彼女と会話をする生徒はわたしだけになっていた。
『凛華もイジメられちゃうから……あたしのことはもう無視したほうがいいよ』
自分が大変な時なのに、わたしのことを気遣ってくれた。
弱々しい彼女の笑みが今も忘れられない。
大好きな親友の傍にいたい。
だから……一緒にイジメと闘うことを決めた。
『大丈夫だよ。
わたしは、何があっても傍にいるから……』
『……うん……うん……! ありがとう……凛華……』
あたしの気持ちを伝えた時、彼女は声を出して泣いた。
辛かった気持ちを全部、吐き出すように。
『凛華がいてくれたら、あたし……がんばれるよ』
でも、今思えばわたしたちの選択は間違いだったんだと思う。
自分にできることがないか……あの子の為に何かをしなくちゃって、必死で考えて……そして、行動を起こした。
『もう……こんなこと、やめてよ。
イジメなんて、何が楽しいの?』
みんなの前で自分の意見を言うのは、本当に怖かったけど……それでも、行動すればきっと、この最悪な現状を変えられると思ってた。
結果、変わったことは二つ。
イジメがさらにエスカレートしたこと。
そして、イジメの対象にわたしも含まれることになったことだ。
学校内で当然のように無視され、教科書や筆箱、体操着、上履き――学校生活に必要な物が、次から次へと捨てられていく。
酷い時には暴力を受けることもあった。
日々、苛烈さを増していくイジメによって、明るくて、笑顔をたやさなかった彼女が、暗くふさぎ込んでいく。
永遠とも思えるような地獄の日々をなんとか耐えていられたのは、互いという心の支えがあったからだった。
でも、終わらないイジメは、わたしたちの心をどこまでも蝕み、壊していく。
そして――最悪の日は訪れた。
放課後の教室。
鍵を掛けられ、取り囲まれ、逃げることは許されない。
これから何が始まるのか。
不安と恐怖に思考が支配されていた。
そして、
『男子~、こいつら好きにしちゃっていいよ。
童貞くんたちも初体験のチャンス~』
なんの権利があるのだろう。
イジメの主犯格の女子生徒が、そんなことを言った。
そして、わたしたちは男子生徒に身体を取り押さえられる。
本当に……されるんじゃないかって、思った。
必死に抵抗しても男の子の力には勝てなくて……もう、ダメだと思った。
その時……。
『お願い……します。
もう、許してください……わたしが悪かったなら、謝ります……なんでもしますから……だから……もう、怖いこと、しない……で……』
これは、あの子の口から零れた言葉だった。
もう、とっくに限界を超えていたんだと思う。
それを見て心底おかしそうに、主犯格の女子生徒が相手を屈服させたことに、心から快感を覚えているような、気持ちが悪く、背筋が凍るような嗜虐的な笑みを浮かべた。
『……なんでもするなら、このまま男子にレイプされろよ』
『やだ、やめて……そんなの、ひどすぎるよ……』
泣き叫ぶ彼女を見て、愉悦を帯びた笑い声が室内に響いた。
『なら……そうだな。
もしどっちかを生贄に差し出すなら、片方だけ助けてやってもいいよ?』
嗜虐的な笑みと共に、わたしたちを交互に見る少女。
でも、どちから片方なんて選べるわけがない。
『ならあたしを助けて……!』
でも、そう思っていたのはわたしだけだった。
『凛華を……こいつを好きにしていいから!』
その言葉が信じられなかった。
胸が痛くて、苦しくて呼吸ができなくなっていく。
鋭利な刃物に貫かれ、深い穴が開いていくような錯覚に襲われてしまう。
『きゃははははっ、友達を見捨てるんだぁ~。
……でもさ、言葉だけじゃ誰も信じないよね? 実際に行動で示してよ』
『行動で……?』
きっと彼女は迷っていたのだと思う。
自分の手でわたしを傷付けることを。
でも、
『殴ったり、罵倒したりとか……あ、服脱がして写真でも撮っとく?』
『そ……そんな……』
『もしできないなんて言うなら、そういう目にあうのはあんただよ?』
『っ――……や、やる! そのくらい、やるから!』
彼女の心は簡単に折られた。
自身がイジメられる恐怖にもう耐えられなかったんだ。
だから、仕方ない。
わたしは全てを諦めて、そう考えることにした。
羽交い締めにされて、親友に頬をぶたれた。
大した痛みはなくて、心は痛かった。
でも、仕方ない。
お腹を蹴られて嘔吐してしまった。
呼吸が止まって、苦しくて、涙が溢れてきた。
だけど、仕方ない。
その様子をスマホで撮影されていることも。
全部、全部――わたしが生贄になることで、あの子が助かるなら……それが唯一の救いだ。
そう思うことしか、できなかった。
「あははははっ、あははははははははっ……」
壊れたように、わたしの親友が笑っている。
わたしを殴りながら、涙を流している。
そんな姿を見てしまったら、彼女を恨むことなんてできるわけなかった。
だって、こんなになるまで、辛くて悲しくて、痛い想いをしつづけてきたんだから。
そして永遠とも思えるような最悪の時間が始まり――わたしたちの関係を完全に壊すことになった行為は、彼女たちが満足するまで続いた。
唯一の救いだったのは、嘔吐してしまったわたしを見て……男子が引いてしまい、酷いことをされずに済んだことだろうか?
『ごめん……ごめんね……凛華ぁ……』
二人だけが残された誰もいない教室で、親友だったあの子の泣き声が聞こえた。
ここからの記憶はとても曖昧で、良く覚えていない。
ただ、わたしは……ボロボロになった身体で、なんとか家に帰った。
でも……翌日からわたしは学校に行けなくなっていた。
本当は行かなくちゃならなかった。
わたしは生贄で……その生贄がいなくなれば、またイジメを受けることになるのは誰かなんて、わかりきっていた。
だけど、あの日のことを思い出す度に身体が震えてしまって、吐き気がして、トラウマとなって今もわたしの心を蝕み続けた。
あの子は大丈夫だろうか?
わたしと同じで逃げてくれたのだろうか?
気になっているはずなのに、あの日以降……親友だったはずのあの子とは、一度も連絡を取っていない。
時間だけがただ過ぎていく後悔の日々。
だからだったのだろうか?
学校にも行かず、『イジメ』についてばかり考えるようになっていた。
どうしたら『イジメ』られずにすむのか。
どうしたら『イジメ』をなくせるのか。
どうしたら『次のわたしたち』を生まずにすむのか。
考えて、考えて、いっぱい考えて、その時に思ったんだ。
スクールカーストという見えない階級が存在していて、その立場にいる生徒の発言権が高いというのなら、立場の弱い生徒が苦しまなければならないのなら、わたしが、学校中の誰よりも人気者になればいいんじゃないかって。
そうなることができたなら――イジメを生まずに済むんじゃないか、もし起こってしまったとしても、わたしがみんなを守ってあげられるんじゃないかって。
それはもしかしたら、子供じみたおかしな考えだったのかもしれない。
でも――だとしても、最後にもう一度だけ立ち上がってみようと思えた。
あの時の後悔を二度と繰り返したくない。
だから、高校入学までに自分を変えてみせる。
わたしはもう、自分の全てを奪った『イジメ』に負けたくないから。
誰よりも人気者になって、今度はわたしが『イジメ』を倒してみせる――そう誓ったんだ。
※
これが今の『あたし』になるまでの話。
弱くて、臆病で、地味で、不人気を形にしたような女の子が、再び立ち上がるまでの物語の全てだ。




