ラブくね?
20190903 本日2回目 21時更新
「聞きたいことがあるなら話す。
だから、まずは離れてくれないか?
流石にこの距離だと話しづらいだろ」
「……逃げない?」
「逃げる必要がない。
それに、俺も二人に聞きたいことがあるからな」
今の言葉に嘘がないかを確かめるみたいに、小鳥遊の瞳は俺を捉えて離さない。
目線を逸らすことを許されぬまま、俺は黙ってその視線を受け止めていた。
すると少しして、
「……わかった」
ゆっくりと、小鳥遊は壁に触れていた手をどけて、身体を離した。
これで落ち着いて話ができる。
「まず最初の質問に答えておく。
竜胆の様子がおかしいのは俺のせいじゃない。
だが休日に二人で出掛けていたのは事実だ」
「――マジッ!? ってことは、あんたが凛華の彼氏なん?」
「竜胆の名誉の為に言っておくが、それは完全な誤解だ」
岬の反応は予想通りで、俺に強い興味を示してきた。
「デートの時、竜胆を悲しませたんじゃないの?」
小鳥遊は、訝しむような眼差しを俺に向けながら問いただす。
「傷付けるようなことはしてない……はずだ」
「はずって、なんでそんな自信なさそうなわけ?」
岬の疑問は当然だろう。
はっきりと言い切るべきだった。
だが、俺の曖昧な態度が竜胆を傷付けてしまっていた可能性はある。
だからこそ断定はできなかった。
「やっぱり、嫌がる竜胆に酷いことしたんだ」
「酷いことって……!? っ――あんた、まさか凛華が可愛いからって、レイ――」
「するか! そもそも俺は童貞だ!」
なんてこと言おうとしてんだ、こいつは!?
というか、勢いのままに何を言ってるんだ俺も!?
「へぇ……あんた童貞なんだ」
「その情報はいらない」
最悪だ。
羞恥プレイにもほどがある。
だがこれで冤罪は避けられそうだ。
「とにかく! さっきも伝えた通りだ。
竜胆の様子がおかしいのは俺が原因じゃない」
「……証拠は?」
小鳥遊が淡々と口にする。
言葉だけでは信じられないと彼女の瞳は訴えていた。
「物的証拠を出せと?
そんなの――」
あるには、ある。
俺たちのメールのやり取りだ。
少なくとも俺とメールを交わしていた昨日の夜までは、竜胆の様子におかしな点はなかった。
だが、メールを見せるというのはマナー違反だろう。
何より二人のあのやり取りを見られたら……俺はこの場で悶え死ぬかもしれない。
「あるの?」
「……なくもない」
「なら証明してみ?」
簡単に言ってくれるな。
俺は少し考えを巡らせて、
「証拠は俺と竜胆のメールだ。
昨日、帰ってきた後に連絡を取っていた。
その時、あいつの様子に違和感はなかった」
証言としては厳しいだろう。
だから補足として、
「その時……あいつは明日も学校に行くのが楽しみだと言ってた」
プライベートに関わらない程度の最低限の内容を伝えておく。
「……でも、今日の竜胆は……」
「楽しみって言ってる割には元気なくね?」
そうだ。
矛盾している。
当然、違和感を覚えるだろう。
「だから、俺は竜胆の様子がおかしいと思ったんだ」
「そのメールの内容、竜胆にも確認を取って構わない?」
「ああ」
この際、そのくらいは構わない。
変に嗅ぎまわられるほうが面倒なことになりそうだ。
「カナン、嘘は言ってなさそうじゃね?」
「そう、だね」
まだ完全に疑いが晴れたわけではないが、とりあえず納得はしてもらえたようだ。
「お前らの方は心当たりはないのか?」
「ないから、あなたに聞いた」
「うちらと土曜日に会った時は、普通に楽しそうだったし」
俺と竜胆が会っていたのは日曜日。
彼女の変化に関わる何かがあったとしたら、昨日の夜~今日の朝にかけての間。
それまでに、竜胆に何か行動を起こせるとしたら……連絡先、もしくは住所を知っている誰かの可能性が高い。
「学校の生徒で、竜胆の連絡先を知ってる奴はどれくらいいる?」
「まぁ、仲がいい子は知ってるんじゃん?」
岬が答えた。
が、詳細はわからないようだ。
「男子はどうだ?」
「知ってるとしたら、翔也たちくらいっしょ。
凛華って、男子と連絡先の交換はしないみたいなんだけど、うちらは翔也たちとグループメール作ってるから」
グループメールというのは、参加しているメンバー全員とまとめてやりとりできるメールアプリの機能だ。
それに入ってさえいれば、個人に連絡を送ることは可能だったと思う。
確か許可が必要だったとは思うが、同じクラスで交流のある生徒ということなら、竜胆も無碍にはしないだろう。
「飛世くんたちを疑ってるの?」
「翔也たちが悪いことするはずなくな~い?
凛華とだって友達なわけだしさ~」
確かに表向き、不和があったようには見えない。
少なくとも昨日までは。
「……もし飛世くんたちに何かされたなら、竜胆はワタシと岬に言うと思う」
そもそも、大きな被害があれば警察に相談しているだろう。
(……それができない理由があるのか?)
考えすぎかもしれないが、もしそうなら大きな問題に発展する恐れがあるだろう。
なら、今のうちから対策を打つ必要が出てくる。
「あ――思い当たることって言ったら、男関係……かな?」
「男?」
「凛華に言い寄ってくる奴って、めっちゃ多いからさ~。
うちの先輩たちからも強引に誘われたりもしてるし」
岬の言葉に、小鳥遊は頷いた。
「上手くかわしてるけど、それでも断られた腹いせに何かしてくる奴がいても、おかしくはないかも」
「何か……か」
そういえば、竜胆は昼休みに用事があると俺に伝えていたが……もし、それが意趣返しのつもりで誰かに呼び出されているのだとしたら――。
(……校内で危険行為をする生徒がいるとは考えにくいが)
俺は急ぎ竜胆に電話を掛けた。
「急にどうしたん?」
「もしかして、竜胆にかけてるの?」
「ああ、ちょっと気になることがあってな」
何度かのコールの後、
『……皆友くん?』
竜胆は電話に出てくれた。
「竜胆、今……どこにいるんだ?」
『急にどうしたの? なんか慌ててる?』
「……別にそういうわけじゃないが……」
『ちょっと保健室に行ってただけ……朝から少し体調、良くなかったから。
今は教室に戻るとこ』
「そう、だったのか……」
保健室……か。
竜胆の言っていた用事はそれだったのか?
体調不良ということであれば、納得もいくが……。
『心配、させちゃってた?
今日……その、女の子の日だから、それでちょっと……』
え? 女の子の……って――。
「はぁっ!?」
『こ、こんなこと、男の子に言えないから……』
「だったら、無理に言わなくても……」
『だって皆友くんから電話かけてくるなんて珍しいから……。
よっぽど、気にしてくれてたのかなって』
そうだ。
朝からずっと気になっていた。
竜胆の様子が暗くて、俺自身が不安になっていた。
「竜胆……」
『なに?』
「本当に、何か心配事があるわけじゃ、ないんだな?」
『どうしたの、皆友くん? なんかいつもよりちょっと優しい?』
「……質問に答えてくれ」
最初は茶化すような口調だった竜胆が、俺の真剣な声を聞いて言葉を閉ざす。
そして少しの無言のあと、
『うん。
大丈夫だから……皆友くんに心配させちゃうようなことは、ないから』
少しだけ言葉に詰まりながら、竜胆は精一杯の返答をしてくれた。
「そう、か」
『皆友くん、ありがとう。
本当に嬉しい。
何かあったら……頼っちゃうよ?」
「任せろ。
それに、約束したからな」
『約束?』
「三年間できる限り傍にいるって。
そうしたら、お前は笑っていてくれるんだろ?」
『ぁ――うん!
皆友くんがいてれくたら……あたしは、笑顔でいられる。
だからちゃんと傍にいてね』
「約束だ。
なんなら、今日みたいな日は保健室まで付いて行くぞ」
『……ばか』
『あ……い、いや、今の体調が悪ければという意味で……』
顔を見なくても竜胆が照れているのがわかった。
『わかってる――皆友くんだったら、いいよ。
男の子が一緒に来たら、保険の先生、驚くかもだけど』
「えっ……」
『な~んてね』
熱くなる頬。
早鐘を打つ心。
なんだか十倍返しでからかわれた気分だ。
『あ、もう教室に着くから』
「わかった。
俺たちも直ぐに戻るから」
『たち……?』
「あ~……まぁ、直ぐに戻るから」
言って俺は電話を切った。
「竜胆、平気だった?」
「ああ、教室に戻ってるみたいだ」
誰かに呼び出されて、危険なことをされたという感じはなかった。
「なんの用事だったん?」
「それは、その……」
生理だなんて口にできるわけがない。
間違いなく変態扱いされる。
「……言い辛いことなら、別にいい」
あれ? どうしたんだ?
小鳥遊の態度が急に柔らかくなっていた。
「さっきの電話で……皆友くんが竜胆のこと本気で心配してるの、わかったから」
「ね~。
てかラブくね? これで付き合ってないとか、無理があるっしょ?」
さっきの電話が原因か!?
というか、こいつらがいるのに、俺は何を言った!?
「皆友くん、竜胆……本当に大丈夫だよね?」
「少なくとも本人はそう言ってる」
俺は竜胆の言葉を信じたい。
でも、俺たちを心配させまいと気を遣っているのかもしれない。
優しい人間ほど誰かに頼るのが下手だから。
「もし何かあったとしても、今は竜胆から話してくれるのを待つしかなさそうだね」
「うん。
その時こそ、うちらが全力で支えりゃいいっしょ」
少しだけ寂しそうな小鳥遊に、岬は力強い笑みを向けた。
親友が苦しんでいるなら力になりたい。
二人供、その気持ちは同じのようだ。
「とりあず、俺たちも戻るか」
「ん……。
でもその前に、皆友くん……はい」
「あ、ならうちとも交換しとく?」
小鳥遊と岬は、手慣れた様子でメールアプリのQRコードを表示させた。
「……わかった」
もし竜胆のことで何かあれば役立つこともあるだろう。
何よりこの二人なら、俺には入ってこない情報を得ることができるだろう。
そんな打算もありきで、二人と連絡先を交換した。




