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え? なんだって?

20190831 17時更新

 そして店内の様子を探る。

 すると騒がしいグループの存在が直ぐに目に入った。


(……やっぱ間違いないわな)


 あの時、竜胆に絡んできた不良たちだ。

 話に夢中でまだ俺たちには気付いていないらしい。

 相手は男子三人に女子三人。

 この状況で変にちょっかいを出してくることはないだろう。

 だが、万一ということもある。

 さっきの竜胆の様子を見てしまった以上は……何事もなく穏便に済ませたい。

 一番いいのは、この場にいることを知られずに去ってしまうことだろう。


(……タイミングを見計らって竜胆を更衣室から連れ出して、この店を出るか? それとも、あいつらが出ていくのを待つか?)


 様子を窺っていると。


「あ、この服めっちゃ良くな~い?」

「いいね。

 それ麗子にマジで似合うと思う~」

「うん。

 すっごく可愛いくて、ちょっとセクシー?」

「大胆過ぎる? ……史一ふみひと、男子の目から見て、こういうのどう思う?」


 麗子と呼ばれた茶髪の女子が、不良のリーダーに声を掛けていた。


「……あん?」


 その返事、愛想なさすぎるだろ、史一。

 あと、厳ついこともあって顔が怖い。

 だが全くそんなこと気にせずに、茶髪の女子は強面の男に迫っていく。


(……この流れだと、試着しようとするだろうな)


 そうなると、竜胆にはまだ試着室に居てもらう必要がある。

 今出て来られてはあいつらと顔を合わすことになるからだ。

 だが……ずっと試着室にいては、また店員に心配されるだろう。


(……注目を浴びず、あいつらをこちらに来ないように誘導する必要がある)


 なら――すべきことは決まっている。

 俺はタイミングを見て、行動を起こした。


「史一が可愛いって思ってくれるなら、試着してみようと思うんだけど~」

「いんじゃね?」

「ほんと? じゃあ着てみよっかな

 お姉さん試着したいんですけど~」

「はい。ではご案内……あ、申し訳ありません」


 二つの試着室のカーテンが閉まっているのを確認して、店員は茶髪の少女に頭を下げた。


「え? なんで謝るん?」

「現在、全て試着室が利用中のようです。

 直ぐにご利用可能になるかと思いますので、それまで店内でお待ちください」

「あ~そうなんだ。

 じゃあ使えるようになったら、教えてください」

「かしこまりました」


 そして、少女たちは再び店内の物色を始めた。


(……なんとか勘違いしてくれたか)


 この店の試着室は未使用の場合はカーテンが開いている。

 つまりカーテンの開閉で、使用と未使用を判断していたのだろう。

 だから俺は彼の様子を伺いながら、全ての試着室のカーテンを閉めた。

 竜胆のいる試着室から注意を逸らす為に。


(……店を出るなら今だな)


 俺は竜胆の入っている試着室の前まで移動した。


「店員さん……すみません。

 試着させてもらってる服なんですけど、また後で買いにきます。

 ちょっと急ぎの用事ができてしまって」

「あ、そうでしたか。

 では、試着していた服に関してはこちらで片付けておきますので」

「ありがとうございます」


 試着室の近くにいた従業員に伝える。

 そして、


「竜胆、今なら大丈夫だ。

 出て来られるか?」

「う、うん」


 俺の声を聴いて、竜胆が試着室から出てきた。


「……店、今のうちに出るぞ」

「うん……」


 俺は不安そうな少女の手を掴むと、周囲の様子を伺いながら出口に向かい足を進めた。

 勿論、竜胆の姿は見られないように細心の注意を払って。


「――ありがとうございました」


 俺たちが出ていく直前、店員の声が響いた。

 素晴らしいマニュアル接客。

 気付かないでいてくれるのが一番良かったのだが……もう店を出てしまえば関係ない。

 仮に今、あいつらが俺たちの後ろ姿を見たとしても――わざわざ追ってくる可能性は低い。

 が……念の為、用心しておくべきか。


「もう少しここから離れるぞ」

「うん……ごめん、皆友くん。

 あたしのせいで……」


 ぎゅっと手を握り、俺の顔を窺ってくる竜胆。

 その不安そうな顔を見ていたら、なんだか胸が苦しくなってくる。

 こいつに俺は、こんな顔をしてほしくなかったから。


「謝ることじゃないだろ?

 ……その……元気、出せよな。

 竜胆は……笑ってるほうがいい」

「っ……ありがと。

 皆友くんってやっぱ……優しい」


 竜胆が小さな笑みを浮かべた。

 ただそれだけのことなのに、俺の苦しかった気持ちがどこかに消えて、優しさに満たされていく感じがした。


「ねぇ……皆友くん?」

「うん?」


 歩きながら竜胆が声を掛けてきた。


「さっき、あたしは笑ってるほうがいいって言ってくれたよね?」

「あ、ああ」


 自分で言ったことなのに、改めて言われると動揺してしまう。


「皆友くんが……ずっと傍にいてくれたら、ずっと笑顔でいられるんだけどな」

「っ……」

「責任……取ってくれる?」

「なんの責任だ!?」

「もちろん、あたしに笑顔でいてほしいって言った責任」


 言葉には責任が伴う。

 竜胆に笑顔でいてほしいと願うなら、俺にできることはすべきだろう。

 でも……これから先、ずっと一緒にいてやるなんて、そんな保証はできない。

 だから、


「……卒業までの三年間でいいなら、できる限り、お前の傍にいる」

「ほんと? あたしが会いたいって言ったら、会いに来てくれる?」


 竜胆の甘えるような声音に心拍数が上がっていく。


「……努力する」

「ぎゅってして欲しいって言ったら、してくれる?」

「そ、そういうのは、恋人ができたらしてもらえ」

「でも……さっきは試着室でしてくれたじゃん」


 言われて、我ながら大胆な行動をしたものだと気付く。


「あ、あれは……竜胆を少しでも安心させたかったら……」

「あんなことしても、恋人じゃないんだ?

 あたしは……嬉しかったよ?」

「――っ」


 段々と俺の鼓動が早まっていく。

 全身に熱が帯びていく。


「……」

「……」


 無言で、俺たちは歩いて行く。

 これだけ竜胆は踏み込んで来るのに、最後の言葉は口にしない。

 きっと……俺のほうから竜胆の心に踏み込んでくるのを待っているのだろう。

 二人の関係を決定付ける一言を。

 でも、俺はそれを口にすることはできなくて、


「……今日はもう、帰る、か」


 無言の後に必死に振り絞った言葉はこれだ。


「……そう、だね」


 竜胆が返事をする。

 その後に聞こえた「……意気地なし」という小さな声。

 俺はその言葉に対して、聞こえないふりをすることしかできなかった。

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