友達はいらない……はずだったのに
中学二年の冬――俺の中で不変的な人生観が生まれた。
『生きることとは、傷付かず傷付けぬ為の手段を学ぶこと』
その切っ掛けとなったのは、学校で起こったイジメとその過程で起こった裏切りだ。
『お前なんて――友達じゃない!!』
俺には親友がいた。
『二度と話し掛けるな! 近付くな! 顔も見たくない!』
でも、親友だと思っていたのは俺だけだったのだろう。
『嫌いだ! お前なんて、大嫌いだ!』
今でも脳裏に刻まれ、消えることのない言葉が俺の胸を抉り続ける。
深く、深く、どこまでも。
『お前がいなければ……イジメられなくて済んだのに!』
俺たちの関係は簡単に崩れてしまった。
その結果、自暴自棄になった俺の行動によって、学級崩壊が起こることになった。
多くの生徒の心に深い傷を残したあの事件は、俺にとっては最悪の黒歴史で、二度と繰り返してはならない後悔。
だから、その日から俺――皆友 達は、『友達はいらない』と思うようになった。
だって、友達がいて傷付くことになるくらいなら、最初からいない方がよっぽどいい。
最初からそうしていたら、今も消えることのない痛みを負う必要もなかったのだから。
痛みとは、恐怖であり、悲しみで、だからこそ生涯変わることのない、人生観となり得るのだ。
だからもう一度だけ、心に刻み込むように俺はこの言葉を思い返す。
『生きることとは、傷付かず傷付けぬ為の手段を学ぶこと』
人は臆病である。
そのことを忘れない為に。
この気持ちを忘れずに俺は高校に入学。
そして……一ヵ月が過ぎた。
誰にも話し掛けず、必要最低限の付き合いだけを続けて波風立てずに過ごしていた俺は、どこのグループにも所属することなく、ぼっちになっていた。
だが、変に浮いているということはない。
これは俺にとっては理想的な状況であったのだが――たった一つだけ問題があった。
それは――
「おっはよ~」
俺の思考を切り裂くように、女の子の溌剌とした明るい声が教室に響いた。
教室にその少女が入って来た途端、周囲の生徒たちの視線が一斉に同じ方向を見たのがわかった。
でも、俺だけは視線を向けることはない。
そんなことしなくても、 声の主は間違いなく隣席の竜胆凛華だとわかったからだ。
「はよ~凜華。今日も眠そうじゃん?」
類は友を呼ぶというが、容姿の美しさや、コミュ力が高い生徒同士でグループを作られ、あっという間にクラスカーストという暗黙の序列が生まれていく。
一軍、二軍、三軍と『区別』される中で、竜胆凜華は女子のスクールカーストのトップに立ち、入学からたった一ヵ月で、学園一の美少女と噂されるほどの注目を集める存在になっていた。
「遅くまで彼氏と電話でもしてたん? それとも、凛華だったらもっとその先の……だったり?」
「どうかな~? でも、夜更かししたのは事実かな。何をしてたのかは秘密だけど」
竜胆の言葉にざわっ――となる室内。
それは、女子の甲高い声と男子の落胆とで半々。
「秘密ってなんだし。ほらほら~話してみ~」
ヒエラルキー上位の女子グループらしい恋バナ。
だが俺には関係ない。
顔を伏せてホームルームが始まるまで、寝たふりをしようとした……その時だった。
ポケットの中のスマホが揺れる。
面倒に思いつつも取り出して画面を確認すると、アプリにメールが届いているのがわかった。
ロックを解除して内容を確認すると……。
「っ……」
思わず目を疑った。
送られてきたメールの内容はこうだ。
『今日もお弁当を作ってきたから』
メールの送り主は竜胆凜華。
これはつまり……一緒に食べようという意味なのだと思うけど……。
思わず竜胆に目を向けた。
すると彼女も俺に目を向けていて。
「――っ」
互いの間に微かな動揺が走った。
竜胆の頬が赤くなったかと思うと、直ぐに視線を逸らす。
明るく染められた髪をさらりと揺らしながら、少女はスマホの画面を操作する。
『お弁当……折角作ってきたんだから、ちゃんと、食べてよね。
あたしの感謝の気持ちだから』
感謝の気持ち……つまりそれは、先日の『あれ』が原因なのだろう。
(……まさか、こんなことになるなんて……)
俺は戸惑いながら、スクールカースト頂点のギャルとの『関係』が生まれた、あの日のことを思い返すのだった。