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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第七章/真夏の夜の悪夢

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第二夜(1)

 明けて翌日、結局、龍ヶ崎十八からも柊南天からも折り返しはなかった。しかも柊南天に関しては、昨日の死体処理の後、何度か架けたのに無視されている状況だ。

 さて、そうなると、今日はどう動くべきか。

 師父の人脈を使って情報収集するのも一つの手だが、理外の存在が絡んでいる以上、情報が当てになるか分からない。裏社会とは、少し系統が違うのだ。

 実際問題、五十嵐葵の調査時などは、理外の存在、という概念さえ調べられなかった。当然ながら、五十嵐葵が魔女であることも知りえなかったし、神言桜花宗との関わりさえ、調べきれなかった。

 それを考えると、柊南天以外に、別の情報源を確保すべきだろう。

 最有力候補としては、護国鎮守府で幹部の立場を持つ龍ヶ崎十八だが、今は連絡が取れない――


「――嗚呼、そうですね。ちょうど良い知り合いがいました」


 護国鎮守府の幹部、と言う単語から連想して、とある人物に思い至る。

 わたしはすかさず、心当たりに電話を架けてみた。今はもう朝九時を過ぎている。起きていないとおかしいだろう。

 電話は数コールで繋がり、訝しげな声が電話口から聞こえてきた。


『はい? もし、もし……』

「――神薙さん? おはようございます。少し聞きたいことがあるのですけれど、よろしいでしょうか?」

『あ、えと……綾女、ちゃん? お、おはようございます、かしら。ど、どうしたの、珍しいわねぇ? 私に何か用事なのぉ?』

「ええ、用事と言うよりも、神薙――瑠璃さんにお伺いしたいことがありまして、宜しいですか?」


 警戒心あらわな声色で応じていたが、相手が、わたしであることを完全に理解した瞬間、今度は怪訝な声音に変わっていた。

 その気持ちは理解出来る。わたしが電話してくるなぞ、よほどのことだと思っているからだろう。厄介ごとであることは間違いない、と思っている節さえある。心外なことだが――


『な、なに、かしらぁ? 私に聴きたいことなんて……少し、怖いわねぇ……』

「簡単な質問ですよ? いま、護国鎮守府では何か起きているのでしょうか? 昨日から、十八くんと連絡が取れなくなってしまって……」


 わたしに与えられた任務の話はせず、まずは、内部で何が起きているかを確認しなければならないだろう。連絡が取れなくなったのは、わたしに対する問題なのか、それとも龍ヶ崎十八に何か起きたのか。

 可能性としては、蒼森望夜からの任務自体が、もしかしたら何か罠であるかも知れない。

 神薙瑠璃であれば、護国鎮守府内では、それなりに高い地位を持っている。幹部十二家の一つで、当主としての立場だと聞いている。少なくとも、情報を共有されないことはないはずだ。


『……護国鎮守府では、何が起きている、ですか……? そう、ねぇ。起きてる、と言えば、起きてる、のかしらねぇ。あ、そっかそっか……綾女ちゃんは今回、当事者だから……十八ちゃんは連絡禁止かしら……となると、やっぱり監禁されたのかしらねぇ……』

「――連絡禁止? 監禁? そもそも、わたしが、当事者とは、一体、どういうことでしょうか?」

望夜(ミャア)ちゃんから、直接、任務を与えられたと思うのだけれど……呼び出し、されなかったかしら?』


 ビンゴだ。どうやら神薙瑠璃は、わたしよりも事情通であるらしい。となれば、もはや探り合いは不要で、わたしの持つ情報を隠す必要もない。


「呼び出されたことも、ご存じでしたか? ええ、脅威度SS級魔獣の討伐依頼を――」

『――【禁忌(キンキ)嫦娥(ジョウガ)】単独討伐任務でしょう? 綾女ちゃんがいくら化物級に強かろうと、ちょっと酷過ぎる話かしらぁ……というか、私、今回の鎮守格四極(シキョク)会議の決定について、全然まったく納得出来てなのよぉ? だから、かなり憤慨してることは、あるかしら』

「……禁忌の、嫦娥?」


 わたしの言葉に被せて、神薙瑠璃の憤った声が聞こえてきた。それも、とても興味深い内容だ。

 嫦娥とは、中国神話で言うところの『月の女神』を指しているのだろうか――それが別名なのか、それとも何かの比喩なのか。

 どちらにしろ、月の女神を冠するほどの強敵、ということだろう。

 しかし、ふと疑問が浮かぶ。どうして蒼森望夜は、その情報をわたしに教えなかったのか。


「あの……禁忌の嫦娥単独討伐任務、とは? 今回の任務は『ロリータの悪魔』という魔獣、を討伐すること、ではないのですか?」

『え? ん? んんん? ロリータの、悪魔? えと……あ、そっかそっか、それって、いま噂の――うんうん。なるほどねぇ。理解した、かしら。望夜ちゃん、相変わらず、意地が悪いのねぇ……綾女ちゃんのこと、なんでそんなに嫌うのかしら……綾女ちゃん、なんか喧嘩でも売ったのぉ?』

「――それは、どういう意味ですか?」

『望夜ちゃんが、本気で綾女ちゃん潰しをしようとしてる、ってことよ――んと、そうねぇ。この後、綾女ちゃん、時間あるかしら? 直接、詳しく説明してあげるわよぉ』


 神薙瑠璃は内緒話でもするかのように声のトーンを少し落として、そんな提案をしてくる。こちらとしてもそれは有難い提案だ。


「ええ、勿論。どちらに向かえば宜しいでしょうか?」


 わたしは二つ返事に即答した。出掛ける準備はとっくに出来ている。


『それじゃあ、六花大(リッカダイ)新六花(シンリッカ)キャンパスにある『アフタヌーンティー六花(ロッカ)・ルーム』で、待ち合わせとか、どうかしら? あそこで、鶺鴒(セキレイ)ちゃん、バイトしてるのよぉ。凄いでしょ?』

「――『六花・ルーム』って、六花大関係者、つまり六花大の在学生や卒業生、教職員しか利用出来ず、その家族や交友でも、関係者が同伴していないと入れないと言う喫茶店ですよね? 洋菓子の世界大会で優勝経験もあるパティシエ……お名前は存じ上げませんけれど……六花大卒業生のそのパティシエが経営している、って噂の……」

『あ、そうそう、そうそう! 凄い凄い! だいぶ詳しく知ってのねぇ? そうそう、そこよ。そこだったら、しっかりと食事もできるし、関係者しか利用できないから、ゆっくりと喋れるわよぉ?』


 思わず説明口調で、知っている情報を羅列してしまった。けれど、それほどの驚きがあった。その喫茶店のことは、為我井優華から、耳にタコができるほど聴いている。

 為我井優華が、行きたい行きたい、と長期休みに入るたびにいつも騒いでいた有名な喫茶店だった。美味しい、安い、接客は丁寧、とかなりの評判で、この喫茶店を利用する為だけに、六花大学を志望する学生もいるほどの人気を誇っている。

 しかしだからこそ、違う疑問が浮かんだ。アフタヌーンティー六花・ルームは、従業員も全員、六花大関係者でなければ採用されないと聞いている。

 と言うことは、もしや――


「――まさか、鶺鴒さんって、六花大学生なのですか?」


 私立六花大学は、県内に五つのキャンパスを持ち、六花市に主要キャンパスを二つ置いているAランクの難関私立大学である。附属高等学校の偏差値は、わたしの通っている県立三幹高等学校よりも高い。

 これはただの偏見で極めて失礼な話だが、神薙鶺鴒のような脳筋寄りの性格で、六花大学に受かることが出来るとは思えなかった。ましてや、勉強だけができるタイプとも思えない。


『あ、違う、違うわよぉ。鶺鴒ちゃんは、巫山経済(フザンケイザイ)大学よぉ――って、もしかして、いま、綾女ちゃん、失礼なこと考えたでしょぉ?』

「嗚呼、失礼いたしました。巫経(フケイ)、でしたか……なるほど、納得です」

『そりゃ、私も巫山経済じゃなくて、六花大に通って欲しかったけど――受験勉強が、失敗しちゃったんだから、仕方ないわよぉ』


 残念そうに呟く神薙瑠璃に、わたしは共感出来ずただ頷いた。神薙鶺鴒に、私立六花大は似つかわしくない。一方で、巫山経済大学であれば、腹落ちする。

 県立巫山経済大学は、巫山市に拠点を置く偏差値Cランクの大学である。

 学力面だけで評価するのであれば、比較的入学し易い大学と言える。毎年の募集定員もかなり多く、倍率は全学部を平均すると、実質一倍あるかないか程度だと聞く。

 けれども、体育系の学部が非常に充実している大学で、一番人気のスポーツ科学部では、オリンピック候補選手を多く輩出した実績から、難関大を超える倍率になる年度もあるらしい。


「……けれど、鶺鴒さんが巫経学生とすると……どうやって『六花・ルーム』で、アルバイト出来ているのですか?」

『あ、私が六花大の卒業生だからよぉ。だから、綾女ちゃんも私と一緒なら、アフタヌーンティー六花・ルームが利用出来るかしらぁ』

「――嗚呼、なるほど」


 わたしは、うむ、と全てを理解した。神薙瑠璃が六花大の卒業生と言うのは、割と納得出来た。

 神薙瑠璃は、天然な性格をしているだけで、勉強が出来るタイプだと認識している。知識量も豊富で、頭が良いイメージもあった。戦闘センスはないが、優秀であることは間違いない。


『それじゃあ、今から準備するから――余裕を見て、アフタヌーンティー六花・ルームに、十一時半、集合ってどうかしらぁ?』

「ええ、それでお願いいたします」


 はぁい、と軽い調子の返事が聞こえて、電話はそのまま切れた。

 わたしはとりあえず貴重な情報源が手に入ったことに安堵して、出掛ける準備を始めた。移動時間を大目に見ても、まだまだ時間的には一時間以上くつろぐ余裕がある。

 日課の鍛錬をサッと終わらせると、汗を流してから私服に着替えた。ここから私立六花大学の第1キャンパスまで、それほど遠くはない。


「……準備出来ましたけれど……今から向かうと、かなり早いですね……健康の為にも、時間調整に、駅から歩きますか」


 わたしは独り呟き、日傘仕様の仕込刀を持って家を出た。まずは最寄り駅まで向かおう。


 私立六花大学の第1キャンパス――通称、新六花キャンパスまでは、電車と大学バスを乗り継いで、およそ四十分程度である。

 アクセスは良く、電車は五分おきに来る。大学バスも一時間に三回ほど往復しており、どれだけ接続時間を間違えても、最大で一時間掛からずに辿り着ける。そして大学バスを利用しない場合にも、第1キャンパスまでは、最寄りの新六花駅から徒歩で三十分圏内――散歩レベルである。


 今回はあえて、大学バスを利用せず徒歩で第1キャンパスに向かった。


 ところで、私立六花大学は第1キャンパスから第5キャンパスまで存在しており、主に、一、二年生が利用する校舎が第1キャンパスである。文化系のサークル棟が集中しており、大学図書館とカフェテリア方式の学食などの施設もある場所だ。

 第2キャンパスは、その第1キャンパスから大学バスで更に十五分ほど移動したところにあり、広大な敷地内に多くの研究棟、学部棟が点在している。主に、三年生が利用しており、体育系サークル棟、運動施設なども充実していた。一般開放されていない食堂が複数あり、ここだと学生限定で無料提供されるランチがある。それゆえに、六花大生の大半はこの学食を利用している。

 第3キャンパスは、六花市の隣にある神鳴市にあり、私立六花大学の五つあるキャンパスの中で、最も広大な敷地面積を誇っている。その敷地内には、私立六花大附属六花高等学校が設置されていた。このキャンパスは主に、四年生や大学院生が利用しており、専門棟や高度な研究設備が充実している。地下四階、地上二十七階建ての『六花スカイタワー』と呼ばれる高層タワーキャンパスが特徴的で、大学関係者向けの寄宿舎や宿舎もある。

 ついでに言えば、第4キャンパスは虎尾市の中心部にあり、病院を併設した医学部専用キャンパスである。また第5キャンパスは、一柱市の山間にあり、実験用の大規模研究設備や、研究牧場をメインとしたサブキャンパスだ。

 ちなみに、これら五つのキャンパスを有する私立六花大学の学生数は、昨年度の調べだと、附属高等学校の生徒も含めて、三万人を超えているらしい。国内でも有数のマンモス大学である。


 わたしは、そんなマンモス大学の第1キャンパスに足を踏み入れた。

 敷地内には、明らかに大学生とは思えないスーツ姿の社会人や、わたしと同年代か、若い世代の学生が多く歩いていた。

 夏休みの影響もあるのだろう。高校の制服を着ているカップルや女子グループなどが、楽しそうにしながら、一般開放されているカフェテリアに向かっている。

 チラチラ、こちらに視線を向けられてひそひそ話されるのは鬱陶しいが、とりあえずは無視する。


「――あ、綾女ちゃん! こっちですわよぉ!!」


 カフェテリアに入ろうとした時、二階のオープンテラスから声が降り注ぐ。見上げれば、和服姿の神薙瑠璃が手を振っていた。

 気配を断っていたのに、よくも見付けたな、と感心しながら、神薙瑠璃に手を振り返して、カフェテリアから二階に上がった。

 二階エリアの一角には、モダンでお洒落な喫茶店『アフタヌーンティー六花・ルーム』があった。

 受付で待ち合わせであることを告げて、案内されるままオープンテラスに向かった。


「はい、こんにちわぁ、綾女ちゃん」

「ええ、こんにちは、瑠璃さん――へぇ? 鶺鴒さん、その格好、お似合いですね?」

「あん? 鳳仙、ソレ、もしかしてあたしの格好、馬鹿にしてる?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ?」


 神薙瑠璃の待つテーブル席には、制服姿で給仕する神薙鶺鴒が立っていた。

 白いポロシャツにベージュのベスト、ワイドパンツというナチュラルモダン風の制服は、お世辞抜きに神薙鶺鴒の高身長と似合っていた。食事を配膳しつつ紅茶を注ぐ姿も、なかなか堂に入っていた。


「まぁ、いいや――んで、鳳仙は? 何を注文する?」


 神薙鶺鴒は素早くメニューを取り出して、流れる動作でわたしの前に広げて見せる。開いているページには、美味しそうなトーストの写真と、紅茶の名前一覧が載っていた。ランチメニューのようだ。


「オススメは、この春摘ダージリンのロイヤルミルクティーと、トロピカルフルーツのパンケーキだな。甘いの苦手でも食べ易いぜ? けど、ガッツリ腹に溜めたいってことなら、こっちのグラタントーストも美味いぞ? さらに今の時間帯はランチタイムだから、ドリンクとのセット料金で800円だ」

「――へぇ? それは、噂以上に安いですね」

「そうでしょう? しかも、食べ応えもあるし、とっても美味しいのよぉ?」


 神薙瑠璃は笑顔で配膳されたピザトーストを頬張っていた。香ばしい匂いが食欲をそそる。美味しいのを疑う要素がない。

 わたしはしばし悩んでから、神薙鶺鴒のオススメに逆らわず、ロイヤルミルクティーとパンケーキのセットを注文した。

 ところで、当然と言えば当然だが、炎天下のオープンテラス席には、わたしと神薙瑠璃以外のお客さんは居なかった。かろうじてパラソルで日陰を作ってはいるが、それでもジリジリと肌を焼く暑さが続いている。誰が好き好んでこんなところで食事をするのか。

 とはいえ、おかげで誰にも話を聴かれずに会話ができる。


「さて――それでは、瑠璃さん。わたしに詳しく事情を説明してくださいませんでしょうか?」


 わたしは一応周囲に気を配りながら、ピザトーストを幸せそうに食べる神薙瑠璃に問い掛けた。ゴクン、とそれを呑み込んで、神薙瑠璃は口元に手を当てている。


「うん、ちょ、ちょっと、待ってくれないかしら――はい。えと、ですねぇ。大前提として、綾女ちゃんに確認だけれど、今回の単独討伐任務って、SS級魔獣の討伐、ってだけ、言われたのよねぇ?」

「ええ。それが『ロリータの悪魔』と呼ばれる魔獣だと、蒼森望夜さんから言われておりますよ」


 言いながら、蒼森望夜から渡された依頼書をテーブルに置いた。神薙瑠璃はおしぼりで手を拭いてから、それを広げてじっくりと読み込んだ。


「うんうん、やっぱり、そーよねぇ。これ、間違い、ではないのだけど、重要な情報を意図的に隠してるかしらねぇ――綾女ちゃんって、望夜ちゃんから、例えば『魔獣が弱くなるから新月に闘え』とか、そういう流れを誘導されなかったかしら?」

「――ええ。遠回しに言われましたが、当然、わたしは魔獣が弱くなるのを待つなぞ嫌なので、すぐに行動を開始したわけです」

「そこですよぉ! 今回、魔獣討伐ってのは、ただの建前でしかないわよ? だって、この魔獣――というか、国際指名手配犯、禁忌の【嫦娥(ジョウガ)】が狙っているのは、綾女ちゃんだもの!!」


 怒り心頭と言った調子で、神薙瑠璃が少し声を荒げた。わたしは首を傾げる。


「うん、順を追って説明するわねぇ。まず、(ユエ)梅花(メイファ)から犯行声明があったのよ? えと……『鳳仙綾女という女を殺すために日本に向かう。邪魔をするなら、誰であっても皆殺し』的な内容だったかしら? だから護国鎮守府は、月梅花には関わらないように、夕方以降の外出禁止を通達してるわ。どうせ、綾女ちゃんはそんなの知らないのでしょ? まぁ、知ってても、望夜ちゃんはあえて綾女ちゃんを煽って、逃げないように誘導してたかしらねぇ」

「――――犯行声明?」

「そうよぉ。()()月梅花が、わざわざ異端管理局を通して、日本国内の裏組織に向けて声明を出したのよ。このせいで、護国鎮守府は一つの決断をしなければならなくなったのよぉ――それが、四極会議で決まった『鳳仙綾女を切り捨てる』ひいては『鳳仙綾女に、単独討伐任務を出す』かしらぁ。もし、この討伐任務が成功しようものなら、あの月梅花を殺せたってことで、護国鎮守府の名声は上がるし、失敗しても綾女ちゃんが死ぬだけ――」

「ちょ、ちょっと、お待ちください、瑠璃さん」


 矢継ぎ早に説明する神薙瑠璃に、わたしは一旦ストップをかけた。肝心の大前提が抜け落ちているので、何が何やら整理が出来なかった。


「その……申し訳ありませんけれど、わたしは、月梅花、さん? という人物を、存じ上げないですが……有名、なのでしょうか?」

「――あ、あれれ? ああ、そっか、そうなのよねぇ……綾女ちゃんって、危険視されてる理外の存在を一覧にした『危険存在図鑑』って、知らないのよねぇ?」

「ええ、存じ上げません。なんですか、それは?」


 即答すると、あちゃあ、というポーズをされた。

 ジト目に殺意を込める。するとちょうどそこに、神薙鶺鴒が紅茶を持ってやってきた。


「はい、鳳仙。お待ちどおさま――ん? どしたの? なんか空気悪い?」

「違うのよぉ、鶺鴒ちゃん。今さっき気付いたけどぉ……どうやら、綾女ちゃんって実は、危険存在図鑑をまだ見たことないらしいのよぉ。ビックリでしょう?」

「え、マジかよ!? 第壱戦斗部では、どういう教育を――って、そっか。鳳仙って、望夜に目の敵にされてんだっけ? 嫌がらせ受けてるもんな?」


 何やら神薙鶺鴒は事情通の顔をしながら、優雅な動作でロイヤルミルクティーとパンケーキをわたしの前に配膳した。甘い香ばしい匂いが漂ってくる。

 わたしに同情した視線を向けた神薙鶺鴒は、失礼しました、とすぐさま下がって行った。


「――それで? 当然、教えてくださるのですよね?」


 オススメと言うだけあり、ロイヤルミルクティーはとても美味しく、また出されたパンケーキと絶妙に合う味付けだった。

 わたしは内心で食事を絶賛しながら、神薙瑠璃の言葉を待った。


「ええ。順番に説明してあげますかしらぁ――それじゃあ、講義を開始いたしますわよ」


 神薙瑠璃は、追加で珈琲を注文しつつ、テーブルに身体を乗り出した。先生役として、わたしに講義形式で教えてくれるようだ。


「まず、護国鎮守府の『危険存在図鑑』だけど、大元は、異端管理局が保管してる魔法具【万象辞典(アカシックレコード)】に記載された、危険存在って項目の一部をリスト化したモノなのよ? ちなみに、この危険存在って項目には、どうやって調べてるのか不明だけど、脅威度S級を超える理外の存在が全て網羅されてるらしいわぁ。その名前、特徴、危険度、所在地とかの情報が、簡略だけど記載されてるんですって――それでね、その【万象辞典】の危険存在の情報だけを取りまとめて、独自に名簿化したのが、護国鎮守府の『危険存在図鑑』なのよぉ」

「へぇ? そんな素晴らしいリストがあるのですね?」


 脅威度S級を超える実力者の情報をまとめた名簿とは、なんとも心躍るではないか。

 その名簿を読むことが出来れば、近場で手頃な相手と、心行くまでギリギリの戦闘が愉しめるはずだ。

 わたしは目を輝かせた。まだ見ぬ強者への期待に胸が高鳴る。


「素晴らしい、って――綾女ちゃん? どこも、素晴らしくはないですよ? 相変わらず、感性がおかしいかしらぁ……あ、だから、十八ちゃんも『危険存在図鑑』を教えなかったのかしらねぇ?」

「――わたしに教えなかった理由なぞ、どうでもいいのです。それで? その危険存在図鑑とやらは、いますぐにでも、閲覧出来る類の代物でしょうか?」


 話の流れからすると、護国鎮守府に所属する人間であれば、誰でも一度は閲覧しているようだ。

 ということは、護国鎮守府のどこかに保管されているのだろう。それがどこか、が問題だ。わたしはいますぐにでも、危険存在図鑑を読みに行きたい気持ちである。

 ところが、神薙瑠璃は渋い顔になり、困ったように眉根を寄せながら首を横に振った。


「……うーん。いますぐ閲覧は、難しいかしらねぇ? 危険存在図鑑の管理って、蒼森家が担当してるのよねぇ。だから、蒼森家当主である梓鶴(シヅル)様の許可か、それこそ望夜ちゃんの許可がないと、閲覧は出来ないわよねぇ」

「蒼森家が管理――嗚呼、なるほど」


 神薙鶺鴒が去り際に呟いていた台詞を思い出して、わたしは納得がいった。確かにこれは、目の敵にされているし、嫌がらせ受けている状態だろう。

 はぁ、と溜息を漏らしてから、他に方法はないのかと神薙瑠璃を睨み付ける。


「……えーと、ですねぇ。私が覚えてる限りで、危険存在図鑑の説明はしますわよぉ?」

「瑠璃さんは、そこに記載された全てを記憶していらっしゃるのですか?」

「それは、流石に無理かしら。だって、危険存在図鑑には軽く百名近くの記載があるのよぉ? って、ちょっと待って、違うわ、違うわよぉ――いまは、そもそも、禁忌の嫦娥を説明する流れでしょ? 危険存在図鑑は脱線よねぇ?」


 神薙瑠璃が慌てた様子で手を振りながら、話を元に戻します、とテーブルを叩いた。

 嗚呼、そう言えばそうだ。確かに、危険存在図鑑という情報は魅力的だが、本来の話の流れには無関係なところである。


「――ええ、脱線でしょうね……そして、察するに月梅花さんとやらは、そちらの危険存在図鑑に記載されている、要注意人物、ということなんですね?」

「ええ、そうなのよぉ。それも、ここ数年で、新しく追加されたかなりの危険存在かしら」


 神薙瑠璃は、手元にあったコップの水をテーブルにぶちまける。すると、その水が薄く広がって鏡面のようになり、次の瞬間、まるでパソコンのディスプレイみたいに映像を浮かべた。

 水面に投影されたプロジェクションマッピングを思わせる。これは、かなり高度な魔術である。その流麗な魔力操作は、舌を巻くほどに見事だ。

 わたしは感嘆の吐息を漏らした。同時に、その映像を目にして、口元をにやけさせてしまう。

 テーブルに広がった水が映したそれは、昨日何度か遭遇した中華系の外国人と思しき老紳士だった。


「ちなみに、いま映ってる老人が、裏社会で【双剣仙(ソウケンセン)】の異名で恐れられてる(リュウ)玉環(ユーホァン)よ? 危険存在図鑑では長年、脅威度S級として記載されてた要注意人物で、国際指名手配されてる凶悪犯罪者かしら」

「へぇ、それはそれは――――ん? 劉、玉環? 月梅花、さんではないのですか?」


 映像は二転三転しながら、双剣を手に剣舞を披露している老紳士の活躍が流れる。それは拳銃や軍人との闘いの場面であり、一方的な虐殺の場面だった。

 ジッと眺めるが、水に映されるのは、その老紳士――劉玉環の姿だけである。


(ユエ)梅花(メイファ)は、この劉玉環の唯一の弟子であり、劉玉環が命を賭けて仕えてる相手なのよぉ。私は月梅花の姿を知らないけど、その強さは、劉玉環が逆立ちしたって敵わない、とまで言わしめる実力らしいわぁ」

「――――素晴らしい」


 水に映された劉玉環の立ち居振る舞い、剣舞のレベルを眺めながら、わたしは嬉しさで笑みが零れた。これほどの双剣術を誇る強者に対して、さらに圧倒的に強い相手が、わたしを直々に狙っているのだから――これで喜ばなくて、何を喜べば良いのだろうか。


「あのね? 全然、素晴らしくはないですよ? えと、この劉玉環を見せた理由は、月梅花がどれだけ危険かを説明する為なのよぉ?」

「ご安心くださいませ。月梅花さんが、いかに脅威かは理解しましたよ。だからこそ、嬉しくなっているのですから」

「……嬉しくなる要素は、どこにもないと思うんだけど……まぁいいわ。続けるわね? えと、月梅花なんだけど、数年前に突然、脅威度SS級として名前が挙がったわ。当時は、確か十六歳、だったかしらねぇ。若い、けどそれだけなら、天火ちゃんだって似たような天才だったから、気にならないとこだけど――問題は、そこからよ」


 神薙瑠璃は言葉を区切って、劉玉環の映像を切り替えた。今度は、どこかの国の紛争地帯と思しき映像だった。

 爆撃された直後のように、死屍累々と細切れになった人間の()()が転がっている。


「護国鎮守府の危険存在図鑑が更新されて、月梅花が追加された翌月――この惨劇が起きたかしら。これねぇ、月梅花を名乗る異常者が、たった一人で引き起こした惨劇なのよぉ? これが最初で、これが始まり。これ以降、月梅花を名乗って犯行予告をすると、それは殺戮予言扱いされて、実際に虐殺が行われてきたわぁ。しかも恐ろしいのは、この犯行予告があろうとなかろうと、新月と満月の夜に、誰かが犠牲になっているのよぉ?」


 分かってるだけでも年間で累計百人以上が殺されてるわぁ、と続ける神薙瑠璃に、わたしは、なるほど、と頷いた。


「……新月と満月のたびに殺戮を繰り返す……だから、月の女神になぞらえて、嫦娥、なのですか?」

「ええ、そうよぉ。だから、()()()嫦娥よぉ――まぁ、さらに言うと、神の名を冠するくらいに強かったってのも、理由の一つだけどねぇ」


 そんな素敵な相手が、わざわざわたしを名指しする理由が解らない。光栄ではあるが、どこでわたしという存在に目を付けたのか。

 その疑問は口には出さず、思い当たる節がないか考えた。神薙瑠璃は説明を続ける。


「それでねぇ。この禁忌の嫦娥こと、月梅花なんだけどぉ――写真がないのよぉ。少なくとも、私は顔も知らないわぁ。曰く、絶世の美女とも、恐ろしい形相をした悪魔とも言われてるわぁ。ただ一つだけ確実なのは、常にその傍らには、劉玉環が控えているってことだけなのよぉ」

「――逆説的に言えば、劉玉環さんの姿があれば、近くには月梅花さんが居る、のですね?」


 わたしは記憶を掘り起こして、老紳士と遭遇した場面を思い出す。

 九鬼山のロープウェイ乗り場の光景、駅前で声を掛けられた際の周囲、その両方の場面で、共通して存在していた何者か、それが月梅花であろう。

 しかし、それらしき人物は、記憶の限りでは分からなかった。共通する気配も気付けなかった。


「……誰が月梅花さんかは、見当も付きませんけれど……だから劉玉環さんは、わたしに声を掛けて来たのですね……」

「ええ、そうそう――って、え? ちょっと待って!? え、え!? も、もしかして綾女ちゃん……この劉玉環と、もう遭遇してるの、かしら?」


 わたしの呟きに、神薙瑠璃は過剰なまでの驚きを浮かべていた。そうだが、何か問題があるだろうか。


「はい、つい昨日、二度ほど……何か問題が?」

「問題、って……大ありよぉ……しかも、二度も、でしょう!? それ、確実に、見張られてるわよ……マズイ、かしらねぇ……」

「何がマズイのでしょうか?」

「綾女ちゃんが捕捉されてる、ってことよぉ!? だから……あ、もしかして……」


 神薙瑠璃は顔面蒼白になって、キョロキョロと辺りを見渡し始める。どこかに、劉玉環が潜んでいるとでも思っているのだろうか。

 わたしも周囲の気配を探るが、特段、怪しい気配はない。

 ここに来るまでに、尾行された感覚もなかったので、監視されている訳でもないはずだ。しかし、そんな考えを否定するように、神薙瑠璃は席から立ち上がり、眼を閉じて集中を始める。

 神薙瑠璃の全身から、凄まじい量の魔力が放たれた。それは魔力を用いた索敵技術である。

 迸る魔力が、カフェテリア内だけではなく、辺り一帯の建物全域を見通す勢いで広がっていく。音や気配で敵を探るのではなく、一般人には視えない魔力を蜘蛛の糸のように張り巡らせていた。


「――――ちなみに、綾女ちゃん? 望夜ちゃんが言っていた『ロリィタの悪魔』だけど……それが恐らく、月梅花の目撃情報なのよ……巷で噂になってる殺人鬼の特徴こそが、そのロリィタファッションらしいのよ……」

「へぇ? それはつまり――」


 神薙瑠璃がピタリと表情を硬直させて、張り巡らせた魔力を解いた。そして同時に、カフェテリア内の入口付近に顔を向ける。わたしもその台詞に頷きながら、視線の先に意識を向けた。

 入口付近で座っているのは、気配もなく、息遣いも感じさせない人形のような美少女だった。


「――彼女が、月梅花さん、ということでしょうか?」


 わたしがニヤリと破顔すると、優雅に紅茶を飲んでいたその女性が、スッと立ち上がった。

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