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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第七章/真夏の夜の悪夢

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第一夜/後編

 わたしは促されるまま無警戒に、宇佐美立たちの溜まり場であるマンションに入った。

 一階はセキュリティが完備されており、暗証番号がないと入れないタイプのマンションだった。地下には駐車場もあるらしい。非常階段には施錠がされており、二階から地下までしか階段が利用できない構造のようだ。エレベーターは全五基あり、どれも各階停止するタイプだ。

 相場として、家賃が十数万するだろうその高層マンションで、案内されたのは七階だった。エレベーターから降りて、すぐ近くの部屋である。


「ここだよ。どうぞ?」


 宇佐美立が鍵を開けた一室に、わたしは躊躇なく足を踏み入れる。


「――はぁ」


 リビングを一瞥してから、わたしはそのあまりにも生活感のない室内に溜息を漏らす。この部屋のどこが、郷土資料保管所みたいな部屋なのだろうか。

 見渡す限りの室内は、非常に清潔感があり、お洒落なインテリアがところどころに置かれていた。綺麗なテーブルのうえに、アロマディフューザーもある。大きなベッドに、高級感のあるソファが並んでおり、正面にはパソコン机と大型テレビが揃っていた。

 独り暮らしの部屋、と言われても違和感はないだろう。パッと見てモデルルームのように整っていて、人を招き入れる前提で片付けていたとしか思えない様相だった。

 わたしは内心でうんざりしながらも、弱々しい女性のフリを続ける。

 あえて、キョロキョロと室内を見渡しながら、どこに座ればいいのか、という演技をした。すると、宇佐美立がさりげなくソファに陣取って、秋田悠斗が床にドカッと胡座をかいた。

 必然、これでわたしが座れる場所、くつろげる場所はベッドになる――手慣れた連携だ。

 こうして座る場所を限定された時、すかさず碇錬がわたしの肩を掴んで、半ば強引にベッドへと座らせた。そして、その流れのまま当然のように真横に座ってくる。

 露骨なボディタッチに、わたしは辟易する。弱々しく抵抗するが、全く引き下がらない。


「ここがオレらの溜まり場だよ。ところで葵ちゃん。喉乾かない?」


 恐怖が滲んだ苦々しいわたしの顔を見て、宇佐美立が意味の分からない質問をしてくる。誰がこのタイミングで飲み物など口にするか、と思わず反論しそうになった。

 グッとその感情を呑み込んで、とりあえずわたしは首を横に振りながら答えた。


「あの……それで、山頂の殺人事件について、教えて欲しいです。それと……『ロリータの悪魔』に関しても、教えてください」

「――――」


 わたしの質問には沈黙が返された。誰も返事をせず、何故かやたらと重苦しい空気になる。やはりそう簡単に答える気はないようだ。

 そんな沈黙の中、秋田悠斗が立ち上がり、何やら部屋の奥から飲み物を持ってくる。それは、缶ビールと缶チューハイだった。わたしは目を細めて嫌悪感を浮かべる。


「――ほら、葵ちゃん。そんなことより、これ、飲もうぜ?」

「わたしは未成年です」

「あ、そ? んじゃ、烏龍茶でいいか? ほい、レン、リツ」


 秋田悠斗は断られた瞬間だけ凄まじい形相を浮かべていたが、すぐに笑顔になって、コップに入れた烏龍茶を手渡してくる。

 一応、受け取る。けれど、飲もうとは思わない。

 手元の烏龍茶は、アルコールこそ混ざっていないようだが、明らかに他の不純物が混ざっていた。

 わたしに渡す瞬間、粉末状の何かを混ぜたのを目視している。なかなか手際の良い混ぜ方だが、警戒していれば見落としはしない。


「……飲み物は、遠慮します……それよりも、その……事件について、教えてくれないのですか?」

「教えるよ。教えるからさ、ひとまずこれ飲んでよ?」

「おいおいリツ、そんな渡し方じゃ、怪しすぎるぜ? ちょっと俺に貸してみろよ。毒味するぜ!」


 宇佐美立の強引な押し付けに、真横の碇練が馬鹿みたいなテンションで挙手していた。毒味したところで飲むつもりは毛頭ないが、とりあえず様子を見守る。

 すると、グイッとコップを一気飲みした碇錬が、わたしの後頭部を掴んできた。何をするつもりか、と咄嗟に反応しそうになるのを抑え込んで、ビクッと硬直した演技をして見せる。視線を泳がせて、身動ぎした秋田悠斗を警戒した。


「――っ!!?」


 次の瞬間、碇錬の顔面がわたしに迫ってきて、全く想定外に口移しをしてきた。

 油断し過ぎていたのも要因だが、寸前で硬直した演技をしていたことも相俟って、無様にそのまま口付けを許してしまう。わたしは目を見開いて、口内に流し込まれる液体を甘んじて受け止めた。

 まさかこんな暴挙に出るとは夢にも思っておらず、つい思考停止してしまった。阿呆のように絶句していると、舌まで入ってきたので我に返る。すぐさま碇錬の身体を押し退けた。


「――――ぷはっ!!」


 してやったりの笑顔を浮かべる碇錬を見て、わたしはもはや演技するのを止めた。

 穏便に情報を聞き出そうと考えていたが、それは難しいようだ。この手の性犯罪者は、生かしておく価値がない。

 わたしは口の中にある液体を躊躇なく飲み込み、本気の殺気と威圧を放った。同時に、魔力を活性化させて、新陳代謝を強化、霊力で胎内を包み込んで内功を全身に巡らせる。

 

「葵ちゃんの唇、柔らか――――おご、ごごごおぉっ!?」

「随分と、おいたが過ぎますよ?」


 わたしは無表情に怒りを滲ませて、碇練の顎を鷲掴みにした。自前の握力でギリギリと締め上げると、碇錬は激痛で涙を浮かべながら、苦悶の声を上げる。

 ちなみに、魔力で全身の筋力を活性化させて、内功で筋肉の出力を上げているので、今のわたしの握力は、軽く120キロを超えているだろう。もしこれで【修羅之位】を発動させたら、最低二倍はさらに強化される。ただし、そこまでやる必要はない。

 碇練がグシャグシャの顔に恐怖を浮かべたところで、わたしはいっそう強く握りしめて、片手で身体を持ち上げてみせた。


「あがっ、がぁっ――んご、っ!? っっ、ぶ、ぅっ!!?」


 掴んだ腕をペチペチ叩く碇練をそのまま、部屋の隅に向けて無造作に放り投げた。瞬間、ボキと首の骨が折れる音がしたので、恐らく絶命しただろう。


「涎が汚らしい……」


 わたしは掌についた唾液をベッドに擦り付けて、泡を吹いて白目で倒れている碇錬を氷のような冷めた目で眺めた。時折、ビクビクと痙攣しているが、首があり得ない方向に曲がっているので、間違いなく死んでいる。

 その光景を前に、馬鹿笑いしていた宇佐美立と秋田悠斗が驚愕の表情になり、唖然としていた。


「――お、おい? 葵ちゃん、何を?」

「レン……レン!? だ、大丈夫……か? って、これ……死んで……」

「死にたくなければ、わたしの質問に答えてください――わたしが知りたいことは二つ。一つは、九鬼山で起きた殺人事件の全容、そして『ロリータの悪魔』とはどんなものか、ということです」


 わたしは口元を無造作に手で拭って、殺意を篭めた視線で宇佐美立を睨み付ける。その視線に、ビクッと身体を震わせて、宇佐美立は部屋の隅に逃げるように引いていた。


「チッ――レンをよくも!! おい、葵! テメェ――ぐぇ!?」

「一人残っていれば問題ありませんので、黙ってくださいませ」


 秋田悠斗が碇錬の死体に触れてから、憤慨してわたしに殴り掛かってくる。その直線的動きを一瞥してから、秋田悠斗の喉元を手刀で切り裂いた。


「あ――あ、っ――がぁ、っ!? ぅぁ……っ――」


 切り裂かれた喉元から、ブシュ、と血が噴き出すのを、秋田悠斗は両手で必死に抑えた。だが、当然それで出血が収まるはずはなく、そのままよろめく。

 わたしは溜息を吐いてから、トドメとばかりに後ろ回し蹴りを秋田悠斗の側頭部にお見舞いした。

 爆音じみた音が鳴り、秋田悠斗はベッドと接している壁に頭をめり込ませた。

 頭が埋まっている壁からは、血がドクドクと流れており、ベッドが赤く染まっていた。かなりのホラー映像である。


「……な……な……なん……!? ちょ、ちょっと、待てよ……どういう? いや、何が……?」


 部屋の隅で怯えた様子の宇佐美立は、完全にパニック状態だった。あわあわとして、キョロキョロと視線が泳ぎ回っていた。


「――臭い、ですね」


 ふと、室内に充満する濃い血の臭いに、粗相したような異臭が混じってきた。

 わたしはすかさず、漏らしている宇佐美立から距離を取った。どうやら、宇佐美立は大小どちらも漏らしてしまったようだ。


「宇佐美さん、もう一度だけ、お伺いいたしますよ? 九鬼山の殺人事件と――」

「――――言うッ!! 言うから!! た、助けて、くれ?!」


 わたしが殺気をぶつけた途端、宇佐美立は額を床に擦り付ける勢いで土下座していた。自分自身が漏らした汚水が手や足についているが、そんなのは一切気にしていない様子だ。それほどに必死だった。


「分かり易く、簡潔に――九鬼山の事件から、どうぞ?」


 わたしは異臭に顔を歪めながら、部屋の入口を背に宇佐美立を見下ろす。


「あ、あの……その……葵ちゃん――いえ、葵様は、満月の事件には、絡んでないんだ……絡んで、いないのでしょうか? 犯人、じゃないの?」

「存じ上げない、と言っているでしょう? 犯人かどうかを疑っている、のでしょうか?」

「あ、ちが、その……違います……疑ってるわけじゃ、なくて……」


 慌てて挙動不審に手を振る宇佐美立に、なるほど、とわたしは納得した。


「――犯人は女性、なのですか?」

「え、あ、う……そ、そう、思った、だけで……別に確証があるわけ、じゃない……えと、どうしてそう思ったかって言うと……満月の事件があった次の日……八月九日か……ちょうど、オレら野鳥カフェで女の子をナンパしようぜって話してて……ロープウェイに昼過ぎから並んだんだ。そしたら警察が九鬼山一帯を完全封鎖してて……なんだなんだ、って事情を聞いたら、なんか山頂で死傷者が出た、熊被害かも知れない、だから立ち入り禁止だ、とか騒いでて……」

「へぇ? それで?」

「あ、そ、それで……偶然にも、前日の満月の夜、九鬼山の心霊スポットを撮影してる生配信者がいたみたいで……こ、これが……その生配信動画のコピー、です……」


 恐る恐ると携帯を差し出してくる。携帯に保存された動画ファイルを見ると、動画配信日が八月八日二十二時半と表示している。

 わたしはとりあえず再生してみる。動画は五分もない短い映像だった。

 まず場所を特定できるように、九鬼山のロープウェイ乗り場が映される。そこから配信者の顔が映されて、今回の配信テーマが軽妙なトークと共に語られた。

 配信者の顔には見覚えがないが、それなりに人気の動画配信者なのだろう。コメントが絶え間なく流れていき、それに答えながら、携帯の明りで足元を照らしながら山頂エリアを進んで行く。心霊スポットは山頂の広場から、立ち入り禁止となっている山道を下っていくとあるらしい。

 そんな解説をしながら『暗い足元が暗くて怖いですねぇ』と話していた時、不意に若い女性の笑い声がどこかから聞こえてきた。それはとても愉しげで、一瞬だけだと子供のようだ。それと同時に、ビュンビュン、と風を切るような音も聞こえた。

 配信者が驚きの顔を映す。『何かが聞こえてきます……』とか『何も視えませんが、ちょっと撮影してみます』とか、言いつつ、配信者が持参していたカメラで暗闇の写真を撮っていた。その映像に対して視聴者は『早くも幽霊現る』『ヤバ、神回か!?』とか、多くのコメントを流していた。

 しかし直後、唐突に画像が乱れた。否、乱れた、と言うよりも、携帯が地面に落下したというのが正しいだろうか。

 画面は暗闇をただ映すようになり、配信者の声も聞こえなくなった。先ほどまで足元を照らしていた明りは、山頂エリア付近の空中を照らしている。『何があった』『こけたか?』と、視聴者の心配するコメントが流れる。

 けれど次の瞬間、何語か分からないほど小さい呟きと共に、画面に人の掌が映り込んだ。そして、キャハハ、という甲高い女性の笑い声が流れると、映像が、ブツンと途絶えて配信終了となった。


「――なるほど。ちなみに、この配信者は、その後、どうなったのでしょうか? 動画がアップされたのですよね?」

「いや……そ、それが……これを最後に、配信者が音信不通になってて……この動画は、事件があった翌日だけ、アングラサイトで録画データとして、流れてたんだよ……オレらの仲間に、こういう動画を集めるのが趣味の奴がいて……九鬼山でなんか事件があった、って話をしたら、この動画を見付けてダウンロードしてくれて……で、でも、いまはもう、動画自体が全て消去されてるらしい……しかも、誰かがこのコピー動画をアップしても、すぐにデータを消されるって……」

「へぇ――ところで、この動画が殺人事件と結びつく要素が分からないのですけれど?」

「それが……レンが、この動画を報道業界で働くOBに渡したんだよ……そしたら、OBが警察関係者に事実確認したみたいで……これ以上深入りするな、って脅されたらしい。しかも、その警察関係者曰く、この事件は事件にはならない。熊被害で書類上は完了した。トクイ課? とやらが出張ったから、もう何もできない、って話らしい……」

「映像の音声で、女性らしき笑い声が入っていたから、犯人が女性だと思った?」


 わたしの問いに、ブンブンと宇佐美立が首を縦に振っていた。まあ、この映像だけでは、殺人事件と結びつけるのは少し飛躍しているように思うが、オカルト好きたちには、充分に疑いたくなる妄想材料なのだろう。何一つ証拠がない憶測でしかないのに、妄想が逞しいことだ。


「……まぁ、理解しました。一応確認しますけれど、その殺人事件とやらは、本当に起きたこと、なのでしょうか?」

「あ、ああ。それは確実、みたいだ……展望台エリアで長年働いてるロープウェイの整備員が、朝一、山頂エリアに転がっていた肉片を見て、通報したのが最初って聞いてる……」

「……肉片、とはどういう状況だったのでしょうか?」

「く、詳しくは又聞きだから、分からないけど……何でも、喰い散らかされたみたいに、細かい肉片が辺り一面に転がっていたらしい……だから最初見た時、整備員は、熊被害にあったのか、って思って、急いで通報した、って聞いてる」


 わたしは、なるほど、と理解した。肉片にまで四肢が切断されている状況は、一般的な殺人とは言い難い。間違いなくそれは、理外の存在による被害だろう。だからこそ、特異課が介入してきた訳だ。

 となると、話題の『ロリータの悪魔』と関連があるはず――


「――被害者の情報はありますか?」


 特徴だけでも何かないか、とわたしは話を進める。狙われたのか、偶然出会ってしまったのか、そこが分かれば、どこを徘徊すれば遭遇できるのか目途が立つ。

 しかし、宇佐美立は首を横に振って、すいません、と謝っていた。知らないのか、仕方ない。


「それではほかに、この殺人事件に関連した情報はありますか?」

「あ、ありません。オレらが知ってるのは、これだけで……」

「じゃあ、次は『ロリータの悪魔』について、知ってることをどうぞ?」


 わたしは苛立ちながら、宇佐美立を睨み付けた。ビクついてから、慌てた様子で返事をする。


「あ、えと……『ロリィタの悪魔』は、ここ数ヶ月で騒がれるようになったイカれた通り魔の通称……です。やたらと好戦的な、ロリータドレスを纏った美少女、らしい……幾つかの逸話があるが、その中でも特に有名なのは、アイギス潰し、だ……巫山(フザン)市のホストクラブに『クラブアイギス』ってとこがあったんだけど……そこのナンバーワンホストが、街中でロリータドレスの女の子をナンパしたことがきっかけで、クラブアイギスのケツモチヤクザを含めた十数人との大喧嘩になったんだ。言っても、本来なら喧嘩ってか、一方的にその女の子がやられて終わりになるはず……ところが、彼女は素手でホストとヤクザを皆殺しにしたんだよ……当然、やってきた警官も何人か死んだ、って聞いてる。結局、この件は通り魔事件として処理されたみたいだけど、報道規制が掛かったからニュースにはならなかった――」

「――お伺いしますけれど、『ロリータの悪魔』って、人、ですか?」


 宇佐美立の説明にカットインして、思わず確認をしてしまう。この説明では、ロリータの悪魔は人間にしか思えない。


「あ、ああ、はい。そうですよ? 今の話以外にも、多くの逸話があるけど――どの話にも共通して、その美少女は、青いロリータドレスに身を包んで、陽が沈んだ時間帯に街中を歩いてるらしい。んで、ナンパしてきた野郎を誘い出して、路地裏で殺すそう、です。だから、ロリィタ衣装を纏った悪魔――『ロリィタの悪魔』って呼ばれるようになったんだ」

「……その方の写メとか、画像はないのでしょうか? わたし、その方を探しているのですけれど?」

「ある訳ない……コイツが悪魔と呼ばれる所以は、現行犯にも関わらず、一切の物的証拠を残していないことだ。しかもなぜか、殺しの現場を目撃しただけの人間は殺さず、写真とか動画を撮ったヤツらだけ、確実に消してるんだ……データも拡散されないし、死んだ連中はみんな、変死扱いされる……」


 そこまで話を聞いて、ふむ、とわたしは今後のプランを考え直すことにする。

 魔獣の正体が、本当に人間の場合、探し方を考えないとマズイからである。闘う場所もある程度考慮して、どこで殺し合うかも考えないと、下手すれば目撃者に警察を呼ばれてしまうかも知れない。それは避けたい。


「――宇佐美さんは、その顔を知りませんか?」


 わたしがジロリと冷たい視線で一瞥した。宇佐美立は怯えた表情になっており、恐怖のせいか、言葉が出なくなっていた。

 せっかく『はい』か『いいえ』の二択で応えられる問いにしたというのに、宇佐美立がそれに答えることはなかった。緩く首を横に振ってから、言葉を出さずに俯いていた。


「どこに出没するか、容姿の特徴とか、もっと具体的な情報はありませんか?」

「わ、わからない……ただ、最近の傾向として、九鬼市内で、似たようなのと遭遇するって、噂はある……ここんとこ、それが影響してか、深夜帯に警らする警官がほとんどいなくなった……だから、オレらも少し羽目を外して遊んでて――」

「――嗚呼、もう充分です」


 わたしはみなまで言わせず、スパッと話を切り上げる。とりあえず、思ったよりも情報を持っていた。ここまで聴けば、あとは自力で辿り着けそうだ。

 特に有益な情報としては、『ロリータの悪魔』が魔獣扱いされるほどの人間であると分かった点である。つまりは【人修羅】と同じ扱いをされているだけ、なのだろう。

 そしてもう一つ。ここまで素人が情報を知っていると言うことは、確実に、柊南天ならば顔写真を持っているはずだ。特定は、もはや時間の問題である。

 しかし同時に、新たな問題が浮上した。

 ここまでの話は、最初から護国鎮守府も把握していたはずだ。蒼森望夜が知らなかったはずもない。だと言うのに、わたしに詳しい説明を端折ったのは、いったい何故なのか。


(……あそこまで煽っておいて、わたしを闘わせないつもり、でしょうか? それとも、何か違う意図がある? 何らかのミスリードを誘っているのでしょうか?)


 蒼森望夜がわたしを疎んじてるのは、想像に難くはない。龍ヶ崎十八と別行動しているいま、この機会に乗じて排除、あわよくば殺そうと目論むのも理解できる。だが、それにしては雑だし、計画性がない。


「あ……あの……オレが知ってる情報は、これで全部です……た、助けてください」


 ふと自問自答していたわたしに、宇佐美立が恐る恐ると声を上げていた。

 わたしは溜息を漏らしてから、これ以上自問自答しても無駄か、と気持ちを切り替える。

 どんな理由や意図があろうと、いまやりたいことは変わらないし、やるべきことも同じく変わらない。


「ええ、いいですよ。ただし、もう少し手伝っていただきます。よろしいですか?」

「あ、はい、はい! も、もちろんです!」

「それでは車に、その汚物を乗せて、蒼森山まで運んでくださいませんか?」


 汚物、と言いながら、首の折れた碇練と壁に刺さった秋田悠斗を指差す。ゴミを出したなら、責任を取ってちゃんと処分までしなければならない。


「こ、これを車まで運ぶんですか?」

「ええ、車、お持ちではありませんか?」

「あ、う、車は、持ってますけど……」


 わたしの指示に怯えながらも、宇佐美立は立ち上がり、秋田悠斗の遺体を壁から引き抜いた。壁に埋まっていた頭部は少し陥没していたようで、首からの出血だけではなく、頭頂部からも流血していた。衝撃に首が折れているので、これはこれで気持ち悪い。

 そんな秋田悠斗の身体に嫌悪感を浮かべながら、玄関口まで腕を引っ張って引き摺ってきた。

 宇佐美立は、一度に二人は運べない様子なので、もう一体のゴミ――首の折れた碇錬は、わたしが運ぶことにする。腕を無造作に掴んで、人形を引き摺るように廊下に出した。


「車はどちらに?」

「……地下の駐車場に、ありますけど……そこまで運ぶの、キツイですよ……」


 秋田悠斗の身体が想像以上に重かったようで、息も絶え絶えにそんな訴えを口にする。わたしはあえて何も言わず、これ見よがしに溜息を吐いてみせた。

 途端、宇佐美立はビクついてから、秋田悠斗の身体を勢いよく担ぎ上げる。プルプルと身体を震わせながら、よろよろと廊下に出ていた。

 秋田悠斗の体格から考えれば、その体重は八十キロか九十キロだろう。確かに身体を鍛えていても、物理的に筋肉量が薄そうな宇佐美立では運ぶのは難しいかも知れない。

 ジクジクと流れる血を身体に浴びながら、遺体を担いで歩く後ろ姿に、わたしは仕方ないと頷いた。

 廊下には、点々と血痕が付着している。ひと気がないとは言え、これでは誰かに見つかってしまう。


「宇佐美さん、それも、わたしが運びます。サッサと車を用意なさい」


 本音を言えば触れたくはないが、わたしは秋田悠斗を宇佐美立の背中から引き剥がす。

 素でも百キロ前後なら持ち上げられるのだが、魔力で強化している今の腕力だと、むしろ軽いくらいである。ひょい、と軽々持ち上げて、とりあえず衣類を脱がした。上半身裸にして、脱がした衣類で頭部の流血部分をグルグルと包み込んで、見た目をミイラのようにした。これで、流血はある程度抑えられるだろう。

 わたしは精神を集中して、霊感と魔力感知をフル稼働させた。この階だけではなく、階下、エレベーター内にも、人の気配がないことを確認した。

 いま稼働しているエレベーターもなく、このままなら誰にも目撃されずに駐車場まで向かえるだろう。

 エレベーターがやってきて、中に入り扉を開けていた宇佐美立に、わたしは遺体を放り投げる。


「――独りで行きなさい。地下で逢いましょう」


 エレベーターの中には入らず、遺体と宇佐美立だけにすると、廊下から躊躇なく飛び降りた。

 七階程度の高さであれば、別に怪我を心配する必要もない。とはいえ、一階までストレートに降りず、落下中に身体を動かして、二階の廊下に滑り込んだ。

 二階から階段を利用して、地下駐車場まで駆け足で移動する。

 ほどなくして、宇佐美立が乗ったエレベーターが地下まで到着した。扉が開いた瞬間に、目の前にわたしが立っていたのを見て、宇佐美立の恐怖に染まった驚愕顔が印象的だった。


「……こ、こっち、です」


 二つの遺体を引き摺って、宇佐美立の案内で車まで向かう。地下駐車場には幸いにも誰もいなかった。 


「ちょうどいい車ですね……サッサと向かってください」

「は……は、はい……」


 宇佐美立が保有していた車は、スモークガラスになっている白いワンボックスカーだった。車内は綺麗に手入れが行き届いており、どうしてか、後部座席が全部倒れていた。

 後部座席が広いおかげで、無造作に二体を投げ込むことが出来た。

 わたしは助手席に乗り込み、サッサとしろ、宇佐美立を睨みつけた。その視線に怯えて、慌てた様子で車が発進する。


「――安全運転でお願いしますよ? 嗚呼、そうですそうです、忘れていました」


 釘を刺してから、独り言を呟きつつ、携帯でとある人物に連絡する。


『……はい? 誰です?』

「お久しぶりです。蒼森玄の弟子ですけれど――依頼、宜しいでしょうか?」

『は、はい!? あ、蒼森様の!? え、ええ。毎度、御贔屓に――かしこまりました。どこに、いくつ、でしょうか?』

「蒼森山、例の場所に、三つ、です。三千万でどうでしょうか?」

『――はい。十五分後に向かいます』


 よろしく、と短く伝えてから、わたしは電話を終えた。何の話か分からない宇佐美立は、チラチラとこちらを伺いながら、恐怖に満ちた顔で質問してくる。


「……い、いまの……は?」

「知る必要はありませんよ? ただ、後始末のプロを呼んだ、とだけ言っておきましょう」


 わたしは意味深にそれだけ言って沈黙した。

 今この時間になっても、まだ柊南天からの折り返し電話が来ていない。龍ヶ崎十八からも連絡がないので、もしかして、わたしの知らないところで何か事件が起きているのだろうか――


「あの……蒼森山の、どこに向かえば……?」

「――途中にある廃ホテルのところまで入ってください」


 気付けば、蒼森山の峠道に辿り着いていた。

 宇佐美立は速度を落として、わたしの指示通り、山道の途中から脇に逸れた先にあるホテル跡地に車を停めた。

 朽ち果てた看板と、老朽化して廃墟と化した二階建ての廃ホテルを目の前にして、わたしは車から降りた。続けて、宇佐美立も車を降りてきた。


「ここ、で……どうすれば?」

「嗚呼、御苦労様でした――それでは、さようなら」

「――――え?」


 ヒュ、と一瞬の風切り音が鳴り、宇佐美立の首から血が迸った。一瞬、キョトンとした顔を浮かべたが、わたしは笑顔で追撃の手刀を繰り出す。

 二撃目は剣気を纏った手刀で、そのまま首を刎ね飛ばした。

 宇佐美立は断末魔の叫びを出すことも出来ず、いつ死んだか気付かないまま、首を切断されて絶命した。地面に転がる頭部は、キョトン顔のまま固まっている。


「さて後は、民間の死体処理班がお越しになるのを遠目に眺めて、終わりですね――」


 わたしは独り言ちて、森の中に身を隠した。

 先ほど電話した昔馴染みの死体処理班――師父から引き継いだ人脈のうち、地元ヤクザが運営する死体処理専門のプロである。

 依頼費用は振込で、相場からすると割高らしいが、迅速丁寧で有名だった。

 過去に何度か『蒼森玄の弟子』として依頼しており、互いに信頼関係は築けていた。

 最近はわたし自身が色々と工夫して、アリバイ工作、死体処理まで実行していたが、こういう突発的で手間が掛かりそうな案件になった場合には、やはり重宝出来る。


(――本当は、柊さんの協力があれば、もっとスムーズなのですけれど、ね……)


 そんなことを考えながら、わたしは身をひそめた。すると、ほどなく黒いワゴンカーが二台現れて、黒ずくめの男性が六人が降りてくる。六人はすぐさま、乗り捨てられている宇佐美立のワンボックスカーを発見して、状況を確認していた。


「これ、か? 班長、二つあります」

「……ここに、一つある。これを、痕跡残さず処理するぞ」


 わたしは死体処理班のやり取りを聞きながら、携帯を弄って、報酬の三千万を振込処理した。途端、ピロン、と班長らしき人間の携帯が鳴り、着金を確認していた。

 班長はさりげなく周囲に視線を向けて、監視でもされているのか、と疑っていたが、わたしの姿を見付けることは出来なかった。


(さて――それでは、一旦、帰宅しますか……本当は『ロリータの悪魔』を探したいですけれど……柊さんに確認してからの方が、良さそうです……)


 そもそも冷静に思い返せば、蒼森望夜とのやり取りの際、彼女は何故か、新月まで動くのを待て、と言っていた。純粋な魔獣が相手であれば、確かに新月まで待つのは正しい戦略だ。けれど、ロリータの悪魔が魔獣ではなく人間であることを考えると、新月まで待たせる意図が分からない。

 龍ヶ崎十八からの連絡もなく、このタイミングで柊南天とも不通――何か、大きなイベントが進行している気がしてきていた。

 わたしは期待に胸を躍らせながら、蒼森山の道なき道を突き進み、帰路についた。

第二夜がまだ執筆中…来週更新は難しいかも…今月中に、第二夜分まで、アップしたい(願望)

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