第九夜(4)
わたしは京道大附属病院のタクシーターミナルで降りて、正面玄関ではなく、救急車用の裏口から院内に足を踏み入れた。
すると、病院内に入ってすぐ、裏口の受付に居た看護師に呼び止められて、警備員三人に囲まれた。
夏場にロング丈のチェスターコートを羽織っていたら、当然不審者に思われるだろう。
これはある意味致し方ない、と溜息を漏らしてから、病院内の気配を探る。
柊南天はもう来ているだろうか――
「緊急、ですか? いったい何が――」
「――貴女、鳳仙綾女さん!? ちょっと、退いて!」
無言のままキョロキョロと見渡していると、職員用通用口から姿を現した陽野麻美子が、目敏くわたしを見付ける。途端、こんな不審者の格好だと言うのに、ハッキリとわたしであることを認識していた。
「え、陽野先生……こちら、患者さんですか?」
「貴女たち、もう良いわ。後はこちらで手続きをしておきます――四階の特別室、空いてたわよね? 予約しておいてちょうだい。それと、午後は休診します」
「え、え……ちょ、ちょっと陽野先生、それはどういうこと――」
「――――いいから! サッサとする!!」
凄まじい剣幕で怒鳴って、陽野麻美子は若手の看護師を黙らせた。
わたしは無言のままなのに、勝手に検査しに戻って来たと勘違いしている様子である。しかも自己都合で、用件も聞かずに再検査をしようと段取りを始めていた。
呆れてしまうが、柊南天の直弟子であることを考えると、まあ人格的に破綻しているのは当然か――
「綾女嬢、人格的に破綻って、それは心外っスよ――ちょいピノコ、落ち着くっス」
「はぁ!? 落ち着いてま――――って、え、柊先輩? え、ええ!? ど、どうして、こちらに!?」
「ちょ、マジで反応が過剰ス。黙るっスよ。そこの綾女嬢は、うちの患者ス」
気配を消していた柊南天が、わたしの思考を否定しながら、陽野麻美子の後ろから現れた。
いきなりの登場に、陽野麻美子がビックリしてその場から跳び退いていた。
ちなみに、今は柊南天として変装せずに堂々とした白衣姿だった。一昨日は正体を隠していたのに、どういう心境の変化だろう。正体を明かすメリットでもあるのか、と疑問に思う。
そんな柊南天の白衣の下も、よくよく見れば、つい数時間前に別れた時とは異なる格好である。ということは、わざわざ八重家に侵入した後で着替えたようだ。
随分と時間に余裕があったものだ、と嫌味の一つも思考してみた。
「……ちゃんと、仕事はこなしたっスよ?」
「ええ、存じておりますよ? それで、わたしはどうすれば良いのでしょうか?」
すかさず思考を読んで苦笑してくる柊南天に、冷めた流し目を向ける。
一方で、傍らの陽野麻美子は、柊南天の『黙れ』という言葉に忠実に従っていた。必死に口を噤んで、音を漏らさないよう努めている。
「――ピノコ。うちの患者を、この病院で少し看病したいっス。設備を貸してくれないっスか? ちな、診療履歴はなかったことにしたいス」
「は、はい!! それは勿論――ただ、柊先輩、一つだけお願いが……」
「金なら言い値で払うっスよ?」
「い、いえ、違います! 診療代は一切不要です!! その――鳳仙綾女さんの、診療データと、治療過程を見学させてもらえませんでしょうか……あと、柊先輩の見解を教示いただきたいです」
「相変わらずスねぇ――いいっスよ? 助手として、うちの手伝いを任せるっス。ちな、それ、一つじゃないスけどね?」
「あ、ありがとうございます!! 流石、柊先輩です。宜しくお願いいたします――こちらです」
柊南天に助力を乞われて、瞬間的に陽野麻美子は破顔した。嬉しそうな表情で、スキップするような足取りで緊急用搬入エレベーターに向かう。
わたしは呆れた顔で柊南天を睨んでから、その後に続いた。柊南天は外人のリアクションばりに大きく肩を竦めて、唖然としている警備員たちにヒラヒラと手を振りながら去っていく。
(柊さん。それで、わたしはいつまでこの病院に居ることになるのでしょうか? ほとぼりが冷めるまで? それとも、回復し次第、すぐに帰宅できるのでしょうか?)
わたしは陽野麻美子に聞かれないよう、脳内で柊南天に問い掛ける。しかし、珍しく柊南天からのテレパシーによる返答がなかった。
(……柊さん? わたしの思考を読んでいるのでしょう? わたしは、いつまでここに滞在する予定――)
もう一度、強く思考した時、柊南天が振り向いて一瞥してきた。何か答えてくれるのか、と視線で応じると、スッと手を挙げて無言で、待て、とジェスチャーしてくる。
柊南天は、嬉しそうな陽野麻美子に向き直ると、気軽な調子で話しかけた。
「ちな、ピノコ? うちも、綾女嬢の治療が終わるまで、数日は滞在するっス。特別療養環境室は、うちが滞在出来る別室があるとこを用意するっス」
「あ、はい! 勿論です!! と、ところで、一つ質問してもいいですか、柊先輩?」
「なんスか?」
「もしかして、この前の鳳仙綾女さんのお連れ様って……柊先輩の変装、とかだったりしましたか?」
陽野麻美子がどこか確信めいて問い掛けていた。随分と勘の良いことだ。さて、柊南天はどう答えるか、と眺めた時、突如、陽野麻美子の頭部を鷲掴みした。
「ピノコ。この綾女嬢は、うちの患者、と言ったスよね? うちの患者、ということは、どういうことか意味分かってるっスよね? うち、察しが悪い子は嫌スけど……」
「ヒッィ!? し、失礼、しました、柊先輩!! 冗談、です……久しぶりにお逢い出来たから……ちょっとだけ、調子に乗ってしまったん、です……」
「なら、次にうちが言うことも、理解してるっスよね?」
「も、勿論、です――――特別室は、こちらの404号室です。リビング、応接室兼付添者用別室あり、他にも、寝室、洗面室、ユニットバス別などなど、高級旅館を思わせる間取りをした部屋を用意します。ぜひ、この部屋でくつろいでください。何か御入用であれば、すぐにコールしてください。私はちょっと席を外します」
柊南天のアイアンクローに怯えた様子で、慌てて陽野麻美子はその場から去って行った。
陽野麻美子が廊下から姿を消したのを見送ってから、案内された個室の扉を開けて中に入る。
部屋の中は広く、リビング、別室、寝室、洗面室と浴室が別々になっており、全体で150平米はありそうな豪華な間取りをしていた。
「まぁまぁ、っスねぇ――綾女嬢はとりあえず、寝室で横になってもらえまスか? 診察したいス」
部屋に入って早々、柊南天はそう言いながら、室内のあちこちをキョロキョロと見渡していた。何かを探している素振りだが、説明をしてこない。
とりあえずわたしは、言われた通りに寝室に入り、暑苦しいコートを脱ぎ捨てた。
チェスターコートの内側には、だいぶ血が付着しており、見下ろせば、切り裂かれた胸元がそこそこ凄惨な傷痕をしている。
(――やっぱ、監視カメラと盗聴器が複数あるっスねぇ……発言にはお気をつけてくださいス)
ふと、寝室のベッドに腰掛けた瞬間、テレパシーで柊南天の意思が伝わってきた。
なるほど、それを探していたのか。
わたしは納得すると同時に、ならば最初からテレパシーで話せば事足りるだろうに、とも思考した。
(……実はピノコって、うちと関わり過ぎたからか、精神感応能力が異常に高くなってるス。特に、うちのことを意識している時なんか、うちのテレパシーを高確率で受信してるんス。実際に過去、うちのテレパシーを無意識に受信して、会話が成立したことがあるっス。だから、テレパシーを控えてたっス)
そんなテレパシーをわたしに送りながら、柊南天が寝室に入ってくる。
「いやぁ、広い部屋っスねぇ――んじゃ、綾女嬢。簡単に診察させてくださいっス」
「…………ええ、宜しくお願いいたします」
わたしは渋い顔を浮かべながら、寝室内を素早く一瞥した。監視カメラと盗聴器はどこだ、と脳内で強くイメージする。
(寝室だと、恐らくその枕元の充電器が盗聴器っス。監視カメラは……手が込んでるっスけど、ベッド正面の鏡が一部マジックミラーになってるスね。その後ろにカメラが隠れてるっス)
(――――へぇ?)
言われた場所を注意深く一瞥する。
確かに枕元には、少しだけ特徴的な形をした充電器があり、ベッド正面の壁には姿見のような鏡が埋まっている。
充電器は盗聴器と言われても納得できる怪しさではあるが、マジックミラーと普通の鏡の見分け方などは分からなかった。
わたしは、はぁ、と溜息を漏らして、ベッド正面の壁に埋められた鏡から胸が見えないよう、少しだけ身をよじった。
柊南天もさりげなく鏡の前に立ち、わたしの裸が映り込まないよう配慮してくれた。
「うぉ、結構エグイ傷痕っスね。脈は……あ、ちょいヤバげな……これ、点滴必要っスね」
柊南天は素早くわたしの上半身を裸にして、袈裟斬りされた傷痕に触診をする。
内功と魔力で無理やりに回復させた傷痕は、触れられるだけで激痛だった。見る限りでは、化膿していないようだが、内臓にはダメージが溜まっているらしい。
わたしの状態を隅々まで注意深く診察しつつ、柊南天は手慣れた仕草で消毒をする。服の繊維や粉塵が傷口に付着していたようで、それなりにゴミが取れていた。
「――この傷で、よくもまぁ、平然と歩いてましたっスよね……マジで、化物ス」
丁寧に傷口を整えて、同時に、温かい魔力を注ぎ込んでいる。おかげで、龍ヶ崎十八の治癒ほどではないが、それなりに傷が癒えていた。
柊南天はとりあえず、胸元の切り傷を応急処置してから包帯を巻いてくれる。そして、枕元に備えられている内線で点滴の準備を依頼していた。
わたしは、上半身裸でタスキのように包帯を巻いただけという恥ずかしい格好で、ひとまず右腕で胸元を隠した。
「――――ッ」
右手で左肩に触れた瞬間、思わずビクンと激痛で身体が反応してしまった。折れているだけか、と思っていたが、この痛みはもしかしたら筋も傷付いているかも知れない。
「……ちょ、綾女嬢……左腕もこれ、ヤバ……ってか、左半身全部ヤバいっスね? え? 左肩と腕部が粉砕骨折してるし……鎖骨と肋骨も、ヒビと骨折って、あちこち折れてるじゃないスか!?」
「ええ。油断しました――」
「――――ちょ、油断とかじゃないし! これだと、内臓にも損傷があるかも……」
冷静な顔だが、割と慌てた様子でわたしの腹部に手を添えた。途端、掌から淡い魔力が放たれて、身体の内側に手を突っ込まれるような不快感が起こった。
「――ぐっ」
しかしその不快感には抵抗せず、静かに瞳を閉じて、体内の内功を循環させつつ、運気調息で精神を落ち着かせた。
正直な話、いよいよ血の気が失せすぎて、頭がボーっとしてきていた。だがここで意識を失うと、全身に流している魔力が途切れて、治癒力が減退してしまう。そうなると、生命活動に支障が出るかも知れない。いまは我慢である。
(綾女嬢、綾女嬢……自然治癒力を高める時は、霊力を活性させるだけにしてくださいっス。魔力で強制的に肉体の治癒力を活性すると、内臓と生命力にかなりの負荷をかけるっス。内臓に溜まったダメージが抜けにくくなるっス……)
(――へぇ? ですけれど、霊力だけ活性化しても、肉体の修復が――)
わたしが反論した瞬間、小さい声で、えい、と言いながら丹田に掌底が当てられた。途端に、凄まじい衝撃が身体を突き抜ける。
その衝撃波は、柊南天の放った霊撃によるモノであり、わたしが纏っていた霊圧を全て霧散させる一撃だった。
わたしの霊体がこの一撃で形を失い、身体に力が入らなくなった。グラリと身体が傾いで、脱力したままベッドに倒れてしまう。
霊体が不安定に揺れていた。そのせいで、意識が朦朧として、思考は胡乱になっていた。
状態を立て直そうと考えても、散り散りになった霊力が上手く集まらない。まるで脳みそを強烈に揺らされたような感覚だった。
とはいえ不思議なことに、霊体自体には、ほとんどダメージはなかった。
霊圧は破壊されていたが、霊体を構築していた霊力は消滅しておらず、ただただ乱されていただけである。なんとも見事な技術だ。
「――荒療治スけど、霊体を刺激したっス。少し、意識を失っててくださいっスよ」
「…………けど、魔力が、操作……」
「ご安心を。峠は越えてるっス。だからもう、点滴とうちの治療だけで、充分に回復出来るっス。それが一番、身体に負担が掛からないっスよ」
倒れ込んだわたしに素早く布団をかけてから、柊南天は立ち上がり、点滴の準備をしてきた陽野麻美子を迎えに、廊下へ出ていく。
(綾女嬢、ちょっと仮死状態にしとくんで、ゆっくり寝ててくださいス。順調に行けば、数時間で目覚めるはずスよ?)
(――――信じます、よ?)
(信じてくださいっス。ってか、しっかり説明もしまスから――)
わたしは無意識に閉じられる瞼に抗わず、柊南天にそれだけ伝えて眠りに落ちた。
しばらくすると、ベッドの左右から柊南天と陽野麻美子の会話が、意味を成さないバックミュージックとして聞こえてきた。
それを子守唄のように感じながら、思考がブラックアウトする。
「――ピノコ。点滴が終わるまで、少し寝かせておきまスよ? 静かにしておくっス」
「…………あの、柊先輩。勿論、安静にしておくべきですので、寝かせておきますが……精密検査させて、もらえませんか? だって、これほどの傷で……」
「くどいっス。うちの患者を、勝手に検査させないっス――さて、うちはちょい休憩に行くっス」
唐突に、意識が急浮上する感覚があり、柊南天と陽野麻美子のそんなやり取りが視えた。
不思議なことだが、二人のやり取りは眼下で行われていて、中心にはわたしが眠っている姿も視える。
意識だけが空中に浮かんでいて、身体がまったく動かない状態――
(――嗚呼、これ、幽体離脱ですね)
わたしはそう自覚した。すると、チラリと柊南天が頭上を見上げて、わたしの意識に視線を合わせる。
なるほど、どうやら柊南天の先ほどの霊撃で、強制的に幽体離脱させられたらしい。
だがはて、幽体離脱してしまうと、肝心の霊体が活性しないではないか――と思考した瞬間、眼下のわたしの身体に、周囲の霊波が怒涛の勢いで流れ込む光景が視えた。
あれは何だ、と少し恐怖を覚えるほどだが、柊南天が小さくサムズアップしている姿を見ると、問題はなさそうである。
「ピノコ。うちがいない間は、絶対に綾女嬢に近付くんじゃないっスよ? もし何かしたら、そんときは破門スよ?」
「わ、分かっていますよ、柊先輩……そ、それじゃ、私も失礼します」
陽野麻美子は不承不承と寝室を出て行き、柊南天だけになった。
柊南天は大きく背伸びするフリをしながら、頭上のわたしを見て、口パクしていた。
『肉体は仮死状態なんで、戻りたくても戻れないはずっスよ。うちに付いて来てくださいっス』
わたしが読唇術を出来る前提での口パクだ。まあ、言われた通りに付いて行こう。
幽体離脱したわたしは、意識さえすれば空中から床に降りることも可能だった。少し身体の制御が難しいが、ふわふわした感覚に慣れれば、さして苦ではなかった。
柊南天はサッサと特別室を出て行くと、階段で一階まで降りて行った。
わたしは律儀にそれを追うのも面倒なので、窓から外に出て地上一階まで先回りする。あらゆる障害物が、幽体のわたしには無意味である。
「さてと、ここなら大丈夫っスかね? 綾女嬢、意識ハッキリしてまスか?」
病院の中庭に移ってきた柊南天が、木陰のベンチに腰を下ろしてそんな質問を口にした。
周囲には誰もいない。わたしは柊南天の目線の高さまで下りる。
(意識はハッキリしていますよ? それにしても、わざわざ場所を変えて、わたしを幽体離脱までさせて、どういうことか説明いただけるのですよね?)
「当然っスよ――特別療養環境室だと、どうしたって監視カメラと盗聴器があるんで、下手な会話NGなんスもん。んで、とりあえず、状況の説明からしておきまスよ?」
柊南天は幽体のわたしと視線を合わせて、八重家に忍び込んだ後の話を説明してくれた。どうやら段取りは想定通りに進み、事前に聞いていた流れで全て上手く行ったらしい。
具体的には、五百蔵鏡の暗殺事件に関わった暴力団『久遠組』と、八重巴が癒着していた証拠を捏造して、八重家の金庫に隠すことに成功したようだ。併せて、その隠し場所を為我井清香にリークすると同時に証拠データをも共有したのである。
為我井清香はすかさず八重家に乗り込み、その証拠データの原本を入手――先日の家宅捜索で何も見付けられなかった、という特異課の杜撰な捜査を糾弾した。そのせいで京道警察署内では、特異課と捜査一課が対立して、この件の着地点をどうするかで紛糾しているそうだ。ちなみに、それらを警察内部の事情に詳しいマスコミにもタレ込んでおり、何人もの記者が警察署に殺到しているらしい。
わたしと別行動している数時間のうちに、そこまで大ごとに発展させたのは見事である。
現在は、五百蔵鏡の暗殺事件の犯人をどう発表するのか、警察の杜撰な捜査をどのように言い訳するのか――今後に注目、という状況だ。
さて、そんな内輪揉めを発生させたおかげで、狙い通り、裏路地で起きた通り魔殺人事件――八重巴との円卓席次戦の件は、特異課が介入出来ない事件となっていた。
特異課が介入しない、となれば、ただの猟奇殺人事件として扱われることになる。そうなると、犯人特定は困難となるだろう。
常識の範囲であの通り魔殺人事件を考えると、凶器、犯人の目的、逃亡経路等、様々な面で証拠を見付けるのが難しいはずだ。
「あ、ちな、爽やか商店通り魔猟奇殺人事件の容疑者は、異端管理局で、スケープゴートを用意済みっス。情報はまだ明らかになってないスけど、いずれ、綾女嬢じゃなくて、そのスケープゴートが容疑者として挙がるっス。そんで報道規制される段取りっス」
柊南天が、ご安心を、と続けた。
わたしが容疑者にならないのであれば、別段問題はないが、そのスケープゴートに選ばれた何某かは冤罪でも問題ないのか――
「この件だけは冤罪っスけど、そもそも国際的なレベルの犯罪者だから、別に大丈夫っスよ。罪科が多少増えただけで、量刑に影響はないっス」
(……量刑に影響しない、とは、どうなろうとも死刑を免れない、と言うことですか?)
「そスよ、そスよ。だって彼女、今時点でさえ、大量猟奇殺人鬼っスからね――ま、それはそれとして、八重家からの報酬、もらっておきましたスよ?」
柊南天は思い出したと手を叩き、懐から古ぼけた書物を取り出した。
その表紙には、擦り切れた文字で『甲魂流』と書かれていた。
「これが、初代【人修羅】八重無極が記したとされる秘笈書っス。ついでに、八重家で体感したと思うスけど、魔力制限する魔法具、霊力制限する魔法具、結界内では即死しない魔法具を頂戴したっス!」
(……秘笈書は、幽体離脱した状態では読めませんね……)
わたしは柊南天が差し出す書物を掴もうと試みたが、当然、すり抜けてしまった。それを見て、柊南天が苦笑している。少しだけ不愉快だった。
「ちな、ちゃんと報酬十五億円も確保したっスけど、綾女嬢にも分け前お渡ししまスか? うちは、今回の経費で三億円くらい使ったんで、それを補填して、プラス二億円程度もあれば充分スけど?」
柊南天はニヤリとピースサインを出しながら、秘笈書を仕舞って小切手を取り出していた。けれど、わたしも別段、お金に困ってはいない。むしろ無駄に口座残高が増えると、金銭管理が面倒である。
わたしは首を横に振って、ハッキリと要らないと意思表示する。
「んじゃ、うちがありがたく頂戴しときまスよ。何か困ったことがあったら言ってくださいス。あと、そーそー、ここにどれくらい滞在するか、ですけども――綾女嬢の容態を診るに、ゆっくり一週間ほどの療養でいかがっスか?」
(……ふざけないでくださいませんか? 一週間もこの大学病院で療養などと、意味が分かりません。何か理由があるのですよね?)
「――モチのロンっスよ。清香嬢を避ける意図っス。清香嬢は今回の件で、五百蔵鏡の暗殺事件から外されることになるっス。そして近日中に、一柱市で起きる別件捜査に配属されるはずっス。それを見届けてから移動した方が良いっス。うちでさえ、彼女の動きが読み切れないっスから……」
柊南天は一瞬だけ何やら思案して、珍しくも言葉を選びつつ説明していた。
それは納得出来る内容ではあるものの、何故一週間なのかの説明にはなっていない。言い淀んだことから、他の理由があると考えるのが普通だろう。
そんなわたしの思考を読んで、柊南天は長い溜息を漏らした。
「うち、演技メッチャ下手っスねぇ――これ、言う必要ないっスけど、いまT県に戻るのは止めた方が良いんス。綾女嬢は確実に、神言桜花宗のゴタゴタに巻き込まれるっス」
(ゴタゴタ、とは? 以前に仰っていた【破壊神】との揉めごとですか? 巻き込まれる、とは何に巻き込まれるのでしょうか?)
「いまちょうど、業務停止中の『土井MCB』内で、原初の魔女と破壊神が闘いを繰り広げてるっス。時空間を閉鎖して、二人だけの世界で殺し合ってるんで、樹市周辺に神言桜花宗の信者が溢れかえってる状況スね――綾女嬢は、絶対、見学に行くじゃないっスか? そうなると、水神とかに見付かって、想定外の厄介ごとに巻き込まれる可能性あるっスよね?」
柊南天の決め付けに、わたしはぐうの音も出なかった。そこまで聞いて、首を突っ込まない理由は一つも存在しない。水天宮円に復讐する良いタイミングでもある。
しかし、不思議なのだが、この話をわざわざ教えて、わたしが戻らないという選択をすると思っているのだろうか――
「あ、残念ながら、綾女嬢を関東には帰さないっスよ? こっちで、もっと面白いことを提供しまスんで――修行回の締め括りに、椿ちゃんとガチの殺し合いしたくないっスか?」
柊南天がドヤ顔の流し目でわたしを見詰める。
ほぅ、と思わず感心した。なるほど、それはなんとも魅力的なお誘いである。
(……どちらも魅力的ですけれど、天秤に掛けたら、確かに如月さんとの殺し合いが優先されますね。どうせ一週間後に帰ってからでも、神言桜花宗とは関われるのですから……)
わたしは即答で柊南天の提案に乗った。
【破壊神】金城菊次郎と神言桜花宗のゴタゴタは、どちらに転ぼうとも強者が残る。また、復讐すべき水天宮円は確実に生きているはずなので、今すぐ味わえなくともさして問題ではない。
それよりも、この遠方の地に居る如月椿との決着をつけるのが先決だろう。
(――けれど、宜しいのでしょうか? わたし、如月さんを殺してしまいますよ?)
「あ、その点は、ご安心を! だからこそ、うちはちゃんと、巴女史の持ってた魔法具を入手したんスよ。結界内じゃ、絶対に死なないんで、安心して死力を尽くしてくださいっス」
嗚呼、なるほど――と、わたしは納得した。
それであればこそ、お互いに何も気にせず殺し合えるというモノだ。
いまから愉しみで仕方なくなっていた。
「ってな訳で、これにて万事解決――腹黒嘘吐き妖怪婆も退治出来たし、綾女嬢も嬉しいイベント盛りだくさんでウキウキってもんスよね? あと、何か聞きたいことあるっスか?」
柊南天は、パン、と拍手をしてから、何やら強引に話をまとめに掛かっていた。けれど残念ながら、わたしはここで誤魔化されたりはしない。
疑問に思っていたことを、しっかりと確認すべきである。天桐・リース・ヘブンロードの言葉に、意味がないはずはないのだ。
(それでは、質問を――『新月の夜には気を付けろ』というヘブンロードさんの台詞と、円卓六席のわたし以外の候補とは、どういう繋がりがあるのでしょうか?)
「…………あー、やっぱ誤魔化せんっスねぇ……」
柊南天が、まいったなぁ、とわざとらしい台詞を吐く。もはや興味を引くためのフリにしか思えないが、とりあえず言葉を飲んで、説明を待った。
「はいはいはい、分かりました分かりました。こーさん、降参っス――それ、まんまの意味っス。円卓六席の次の候補者って、かなりのサイコパスでして……性格以外の全てが完璧なんスけど、その致命的な性格のせいで、異端管理局では天災認定の脅威度SS級っス。今回、綾女嬢が円卓に座るのを避けたことで、声が掛かったってことス」
(それと『新月の夜』が結びつかない、と言っているのですけれど?)
わたしは強く睨み付けながら、殺気を滲ませた。
実体があったら、また柊南天の首筋に手刀を押し付けたかもしれない。いちいち勿体ぶる話し方がまどろっこしい。
「あー、そっかそか。えと、スね……このサイコパスちゃん、新月と満月になると、殺人鬼に豹変する性格なんス。そして円卓に座る条件で、試験として出された課題が、『八重巴を倒した鳳仙綾女と闘うこと』なんスよ。だから、新月の夜には気をつけろ、っス」
(……それはつまり、新月の夜になったら、わたしを殺しにくる、と言うことですか?)
「そーっス。だから警戒してろってことっス」
どこか釈然としない説明だが、それ以上は説明する気がなさそうだった。おそらく今の柊南天からは、これ以上のことは聞き出せそうにはない。
すると、納得しないわたしの空気を察して、悪戯する子供みたいな表情を浮かべた。
「――ちな、サイコパスちゃんの実力は、少なく見積もっても巴女史を超えてるっス。今の綾女嬢でも苦戦必須な強者っスよ? 愉しみじゃないスか?」
(――へぇ? それは愉しみですね)
「でしょ? だから、当日を楽しみに、ネタバレなしで行くっス――次の新月は、予定じゃ、八月二十二日。まだまだ先の話っス」
何かを誤魔化すようなまとめ方で、柊南天は話を終えた。肝心なことを隠している風にも感じられたが、とりあえず確かに、新月までまだ十日以上も時間がある。そんな先のことは、今から考えても無意味である。
わたしがいま意識すべきは、如月椿との殺し合いのことだろう。
果たしてどこまで、実力差を埋めることができたか、試したくて仕方なかった。
(――まぁ、柊さんが何を隠していようと、わたしがやることは変わりませんからね)
わたしは一旦、細かい疑問を飲み込んで、ふむ、と納得して見せた。
柊南天はそんなわたしに、うんうん、と頷いて、ビシッと効果音が出そうなほどの勢いで、人差し指を向けてきた。
「それではこれにて、巴女史との因縁は無事に決着っス。事前のやりとりも含めて、全てが円満に解決したっス。いや、ま、この後もちょっとだけ後始末必要っスけど、それは全部うちがやっとくんで――」
喋りながら少しだけ息を止めて、柊南天はキメ顔で続けた。
「――新月になる日を乞うご期待!!」
これにて第六章は終了です。
次回は外伝。乞うご期待




