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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第六章/八重越えて

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第九夜(2)

 呼吸を整えながら、わたしは脱力して自然体に構えた。同時に、全身の血管に魔力を流して、身体能力を底上げする。これで梵釈之位を維持出来る下地を整えた。

 さらに充実した霊力で身体を覆ってから、腕と脚にだけ赤紫色の霊衣を纏った。機動力と攻撃力を向上させる意図である。

 一方で、そんなわたしと相対する八重巴は、燃え立つような魔力を放出しつつ、分厚い霊圧の壁を展開させていた。

 放出される魔力は、八重巴の身体をコーティングするように薄く包み込んでおり、防御力を上げているように思える。また、分厚い霊圧の壁はまさに盾のようで、わたしの攻撃を防ぐためだけに展開しているのが明らかだった。

 防御特化だろうか――確かに、あの装甲を突破するのは、並大抵な剣技では難しいだろう。

 そう考えた時、八重巴は更に霊力を迸らせて、白い軍服を虹色に染め上げていた。霊衣で全身を包み込んだようだ。その霊圧と併せて、凄まじい覇気をぶつけてきていた。


「もはや儂は、鳳仙殿を人とは思わぬ――」


 八重巴はそう言いつつ、ふたたび大上段に神剣を構えた。

 くすんだ青銅色の神剣が、燃え立つ魔力に包まれて、深緑の巨大な剣身を形成していた。それは優に200センチを超える魔力の剣身で、周囲の霊波を吸収しながら、紫電の霊力を纏っていた。

 ぞわりと背筋が寒くなる。あの神剣の破壊力はきっと、受けることさえままならない必殺に違いない。安易に切り結ぼうものならば、それだけで霊体を削り取られかねない威力に思えた。

 ただでさえ神剣・天叢雲剣は、霊装技術の最高峰――神器化(ジンギカ)をしているのだ。それを更に強化しているのだから、剣技を駆使しなくとも、あらゆるモノが紙切れに等しいだろう。

 そんな恐ろしい攻撃力を持つ神剣で、八重巴は渾身の剣技を放つつもりである。

 わたしは恐ろしさと同時に、強烈な喜悦がこみ上げてきていた。命を賭けたギリギリの勝負とは、まさにこうでなくてはならない。


「――儂がここまで見せるのは、イージス殿以来じゃ」

「――へぇ? それは光栄ですけれど、果たして、わたしに届きますか?」


 わたしは口元に悦びを浮かべながら、あえて挑発してみる。緊張感が高まり、空気が白熱していくのを感じながら、集中を最大限に引き上げた。


「届くかどうかは、受けてから、語るが良――――」


 八重巴の台詞は最後まで聞こえなかった。

 何やら喋りながら、その腰がグッと沈んだと思った瞬間、音を置き去りにする斬撃が飛んできたからである。直立した光の柱が眼前に迫ってきた。

 それは間違いなく、今まで視た中で最速の【破邪之太刀】だった。集中を限界まで高めていてさえ、振り抜いた剣身が視えなかった。

 けれど、わたしの身体は、無意識に反応していた。

 迫りくる唐竹割の剣気――その光の柱を、わたしはタイミングを合わせた斬鉄でもって、横からぶつけて逸らした。

 先ほどもやってのけた剣技である。一度、成功しているので、さして苦もなく繰り返せた。


「――素晴らしい!!」


 光の柱は地面に一本線を刻みながら、わたしの後方へ飛んでいった。しかし当然ながら、それだけで八重巴の攻撃が終わるはずはない。

 八重巴は紫電の霊力を身体から迸らせながら、低い姿勢で突撃してきていた。

 その剣技にも見覚えがある――【雷獣】とか言う突進術だろう。駆け抜ける勢いで、わたしの胴体を貫き、切り裂く剣技だ。

 わたしはカウンター気味に一歩踏み込む。刹那、背後から霊力を帯びた八匹の大蛇が襲い掛かって来ていた。

 どうやら八重巴が【雷獣】の姿勢のままで、同時に【八岐大蛇】まで繰り出していたらしい。思わず舌を巻くほどの早業であり、絶句するほどの連続技である。


「千に散り、朱と染まれ――【天が紅】」


 胴体を両断すべく振り抜かれた神剣の魔力刃に、わたしの霊剣化した仕込刀の一閃が衝突する。

 外道之太刀【天が紅】――横薙ぎの一閃にしか視えない超高速の連続斬りだ。回転する独楽のように、その場で二度三度と全く同じ軌道で振るう回転斬りであり、同時に、刀身が届く範囲内だけではなく、約3メートル先までの半円内に存在するあらゆる物体を強烈な剣気で切り裂く斬撃である。

 繰り出した【天が紅】の剣気は、空振の如くわたしを中心に全方位に広がり、後方から襲い掛かってきた【八岐大蛇】を全弾、撃ち落とした。また、大きく振り抜かれた神剣の魔力刃は、この一閃により半ばで欠けて、凄まじい爆発を引き起こしていた。

 爆発の衝撃で、わたしの身体が横薙ぎの勢いで吹っ飛ばされた。

 わたしは吹っ飛ばされた勢いに逆らわず、路地に並んだ酒屋の看板部分に着地した。

 弾丸じみた速度で激突する勢いで着地したのだが、しかし看板には傷一つ付かず、変形さえしていなかった。足裏の感触は、その見た目通りにただの木材に思えるが、この空間では建物に傷などはつかないようだ。


「ふふふ、ふふ――」

「――この、化物がぁ、っ!!!」


 笑顔で吹っ飛んだわたしに、八重巴は怒号を口にしながら、その場を駆け抜けていた。魔力刃が欠けた神剣を振り抜いて、残心の姿勢になるかと思ったが少し意外である。

 八重巴はそのまま流れる動作で身体を反転させると、わたしに振り向きざま、神剣で斬り払いを放ってきた。欠けた魔力刃は一瞬で復活しており、いっそう強烈な剣気が篭められていた。


「――それも以前、眼にしましたよ。天沼矛之太刀(アマノヌボコノタチ)、でしたかね?」


 呟くと同時に、向かい正面の古民家に飛び退いた。

 零コンマ数秒遅れて、着地していた看板を竜巻のような霊力の渦が直撃する。ドガァ――ン、と爆音が響き渡った。

 わたしは続く破邪之太刀を警戒して、すかさず古民家の屋根から飛び退いた。

 案の定、八重巴は振り抜いた姿勢から、流麗な動きで大上段に神剣を構え直すと、音速を超える疾さでもって今一度、唐竹割を放っていた。

 ふたたび空気を震わす爆風と轟音が鳴り響き、凄まじい威力をした光の柱が迸る。


「八重さんにしては、随分と雑で、大味な剣技が続きますね……まあ、この威力だと、掠っただけで、致命傷でしょうけれど――」


 余裕そうに呟きつつも、一切油断はしない。

 わたしの独り言のとおり、繰り出される一撃一撃は、剣道場で切り結んだ時とは別格の威力を持っており、恐らくどれか一撃でも身体を掠めただけで、あっけなく勝負は決してしまうだろう。『雑で大味』とは表現したが、剣技の継ぎ目はほとんどなく、速度はより強化されていた。

 わたしが余裕をもって躱せているのは、ただ単純に、これらの剣技が初見でないからに他ならない。どんな剣技か予め分かっていれば、対策はいくらでも取れる。

 さて、それはそれとしても、避けるだけでは勝つことは出来ない。

 わたしは左右の建物を足場にして、ピョンピョンと飛び跳ねつつ、少しずつ高さを増していく。それと同時に、地上で神剣を構えて見上げている八重巴に雨燕・比翼飛燕を繰り出した。

 雨の如く無数に降り注ぐ飛ぶ斬撃、それは魔力と霊力を纏って威力を倍増しており、見た目もそれこそ文字通りの雨燕を思わせた。


「…………両儀(リョウギ)太極(タイキョク)に至る」


 けれど、わたしが繰り出した雨燕は、八重巴のそんな呟きで全て弾かれた。

 八重巴は緩慢な動作で、空中に丸を描くような軌道で神剣を振るっている。その動きには見覚えがあった。先日、剣道場で八重巽が見せた剣技――確か【両儀(リョウギ)(ツブラ)】とか言う、鎌鼬を飛ばす剣技だ。

 それらの鎌鼬は、わたしの雨燕を目掛けて飛んでいき、ぶつかって相殺していた。しかし、それだけでは終わらない。


「――へぇ?」


 八重巴は続いて、まるで踊るように、神剣を振るっていた。一見すると、祈祷のように思える緩慢な動作だが、実際は攻防一体となった剣舞らしい。

 振るわれた神剣は空中に丸と描き、幾重にも鎌鼬を飛ばしてくる。さらに続けて四角を描くと、盾を思わせる霊力の壁を展開しつつ、矢のような刺突の剣気をわたしに飛ばしてきた。それから動きを加速させて、超高速の九連突きを雨燕に繰り出している。

 それらの一連の動きは、全てが流麗に繋がっており、まさに演舞だった。それが繰り返し、繰り返し続いていた。

 わたしはその様を観察しながら、トントン、と一番高いビルの屋上まで跳び上がっていった。高さにして七階の屋上である。このビルが裏路地で一番高いビルだった。


「少し高さが不満ですけれど……まあ、致し方ありませんね」


 わたしは屋上から、地上で演舞を続けている八重巴に、追い撃ちの雨燕・比翼飛燕を繰り出す。遠距離で攻めるのは性に合わないが、どう切り返してくるのか試す意図もある。当然、この程度で八重巴を崩せるとは思っていないし、何のダメージも与えられないのは理解している。


「八重示現流、幻霊術(ゲンレイジュツ)――【太極陣(タイキョクジン)』」


 八重巴を見下ろしていると、ふとそんな宣言と共に、その足元に虹色の魔法陣が出現していた。梵字が描かれており、凄まじい霊波を放っている。

 何やら魔法じみた技のようだが――と、首を傾げた次の瞬間、虹色の魔法陣から次々と霊力の塊が発射された。それは打ち上げ花火のようで、真っ直ぐとわたしに向かってくる。

 霊力による弾丸、いやミサイルだろうか。それが都合十三発、時間差で打ち上げられた。

 どれほどの威力か分からないが、きっと当たれば、一撃でも昏倒しかねないだろう。それほど霊力の密度は高く、霊圧は強力だった。

 推測でしかないが、アレは恐らく、触れた瞬間に何らかの効果を発揮する類の攻撃に違いない。馬鹿正直に、受けたり、捌いたりするのはナンセンスだ。

 ふいに、如月椿との修行で視た滝行を思い出した。あの時、破邪の滝から感じた霊力と、あの霊力ミサイルは全く同質である。つまりは避けるのが最善だろう。

 わたしは警戒を高めて、大袈裟に飛び退く。すると、打ち上げられた霊力ミサイルは、空高く舞い上がった後、頭上で急に方向を変えて、わたしを追って落下してくる。


「――へぇ? 追尾式、と言うことですね。速度はそれほどではありませんけれど、コレはなかなか……」


 呟きながら、飛天で一気に距離をとる。また同時に、霊力や魔力を篭めないただの雨燕でもって、霊力ミサイルを攻撃してみた。けれど、カン、と金属じみた音を鳴らして弾かれて終わる。

 霊力ミサイルの速度は緩まず、何ら変化は起きなかった。


「…………霊圧に、反応しそうですね」


 今の雨燕の手応えから、直感的に、コレは霊圧を持つ何かに当たった瞬間、爆発ないしは捕縛するような攻撃だと判断した。


「――――八岐大蛇」


 わたしは一瞬だけ立ち止まり、その場で八重示現流【八岐大蛇】を繰り出した。先ほどより練った霊力を篭めて、少しだけ太くなった八匹の蛇を放った。

 その剣技が霊力ミサイルに当たる直前、何の躊躇もなく、迷わず地上の八重巴に向かって、屋上から飛び降りた。

 落下するわたしを追うべく方向転換した霊力ミサイルに、今度は、霊力を帯びた剣気、八重示現流の【八岐大蛇】がぶつかった。わたしの想像通りであれば、霊力ミサイルは霊力を帯びた大蛇に反応して、何かが起きるはずだ。

 果たして、その推測は正しかった。霊力ミサイルは大蛇の霊力に直撃した瞬間、空中で次々と爆発して霧散していた。

 やはりそうか――霊力ミサイルは小型爆弾らしい。当たれば、致命傷になりかねない霊力による爆撃である。追尾機能を持ち、霊圧を持つ物体にしか反応しないミサイルか。極めて優秀な攻撃だろう。

 けれど、当たらなければ怖くはない。

 わたしは冷静に分析しながら、八重巴の頭上に落下した。

 その落下に遅れて、屋上からは、爆発を回避した霊力ミサイルが二発、方向転換してわたしを追って来ていた。どうやら撃ち落とし切れなかったようだ。

 視ただけの他人の剣技だと、なかなか思い通りにはいかない。


「しつこいと嫌われますよ――けれど、ちょうどいいかも知れませんね」


 自由落下の速度よりも、追尾してきた霊力ミサイルの方が疾かった。それを確認してほくそ笑み、わたしは正面の空中に魔力の足場を作った。

 魔力の足場でふたたび空中に跳び上がり、霊力ミサイルを正面から迎え撃つ。仕込刀を逆手に、グッと身体を丸めて、爆発の衝撃に備える。


「お見せしましょう。霊装技術プラス、魔力を駆使して放つ――」


 思考を加速させて、霊力ミサイルとの直撃の瞬間に、態勢を入れ替えた。瞬間的に足裏を強力な霊衣で覆って、魔力を幾重にも張り巡らす。それと同時に、全身を脱力させた。仕込刀は霊剣化して虹色の霊力で包み込み、さらに渦巻く魔力を纏わせた。

 そこまでやってから、わたしは思い切り、霊力ミサイル二発を踏み抜いた。


「外道之太刀――【奈落墜(ナラクツイ)】」


 凄まじい爆発が足裏に生じて、霊衣が一瞬で霧散していた。しかし、魔力で強化した肉体にまではダメージは届かず、僅かに霊体が削れただけで済んだ。ここまでは想定内だ。

 わたしは爆発の推進力を利用して、溜めていた脚力を解き放ち、飛天で加速、一直線に八重巴へと突撃した。逆手に構えた虹色の仕込刀が、まるでレーザービームを思わせる軌跡で、空中に見事な直線を描いていた。

 落下するわたしを目視して、緩やかな動きで八重巴は神剣を振るう。

 その動作を合図に、ふたたび霊力ミサイルが魔法陣から顔を出す――けれど、遅過ぎる。


「――――っ!? 疾、っ――両儀(リョウギ)(スミ)――ッ!?」


 高さは5メートル程度で、重力加速はそこまで望めない。だが、その距離が短いからこそ、視てからの反応では遅すぎるだろう。

 わたしの落下する突撃速度は、初速から音と同速だった。気付いても反応出来ない高速である。

 八重巴は驚愕の表情で、咄嗟に何か剣技を繰り出そうとしたようだった。しかし、神剣を振るおうとした次の瞬間に、わたしはもう仕込刀を振り抜いており、爆音と共に地面に激突していた。

 これが奈落墜である。自身を砲弾の如き疾さで撃ち込み、その速度を利用して、目標に斬鉄の一閃をぶちかます。着地は一切考えず、後先考えない捨て身技だ。

 ちなみに斬鉄を振り抜く過程で、魔法陣から放たれようとしていた霊力ミサイルは、その形を成す前に斬り払っていた。次いで、八重巴を護っていた見えない霊力障壁、魔力壁をも斬り裂いていた。けれど残念ながら、肝心の八重巴は殺し切れなかった。

 成功さえしていれば――八重巴に何もさせず、それこそ、斬られた、と気付かないうちに、その命を奪えていたはずなのに。

 完璧に決まっていれば、間違いなくこれで勝負は決していた。


「…………っ、ぐぅ、っ」


 ところが、本来の威力は出せず、またわたし自身の着弾点もだいぶズラされて、無様に地面を転がっていた。真上から落下したはずなのに、八重巴が立っていた魔法陣から10メートル以上離れた位置に弾き飛ばされて、地面にバウンドする結果となっていた。

 想定外の結果だが、激突のダメージも想定より弱く、おかげですぐ起き上がれた。


「化、物……じゃ…………信じられぬ……」


 一方で、八重巴は地面に膝をついており、額と肩口が大きく裂けて流血、左手の五指は全て折れていた。足元の魔法陣は真ん中でパックリ割れており、虹色の梵字は色を失っている。


「攻防一体の結界、だったのですね……ちょっと、力の入れ加減を誤りました」


 仕込刀を地面に突き刺してから、衝撃を逃がし切れず痺れて痙攣する両手を振ってみせた。武器を手放して、余裕の態度を八重巴に見せ付ける。これは露骨な挑発である。

 わざと隙を見せて、攻めてきたところをカウンターしようという思惑だった。

 当然ながら、これほど分かり易い挑発に乗るほど、八重巴は馬鹿ではなかった――もしかしたら、反応する余裕がないだけかも知れないが、動かずジッとわたしの様子を窺っている。


「太極陣は……魔力と、霊力を絡めた、儂の誇る最強の防御結界じゃぞ? 物理的な硬度だけなら、チタン合金に匹敵する……それを、切り裂く、じゃと……?」

「――へぇ? だから、あんなに硬かったのですか?」


 八重巴の解説に、わたしは不敵な笑みを浮かべた。

 先ほどの【奈落墜】は、完全な不発であり、大失敗だった。途中まで、最高の威力を引き出せた、と確信出来たのだが、肝心の八重巴に届く前に、視えない壁に阻まれてしまったのだ。

 あの【太極陣】とやらが、まさか八重巴を護る球体状の結界を形成しているとは、微塵も思っていなかった。咄嗟に気付けなければ、わたしはあの視えない壁にぶつかり、死んでいたかも知れない。


(……無理やり、振り抜く速度を上げていなければ……本当に、危なかったですね……一筋縄ではいかない感覚……最高です)


 死の恐怖を感じると共に、このギリギリの窮地に愉悦が沸き上がる。また、自分が以前より確実に成長しているのを実感していた。

 恐らくきっと以前のわたしであれば、先ほどの奈落墜の時に、八重巴の結界には気付けなかったに違いない。微塵も己の勝利を疑わず、八重巴を切り裂いたと確信して、手前の障壁に激突していただろう。以前は未知の技に対して、警戒心が薄かった自覚がある。

 ただ、そう感じるのと同時に、己の未熟さも痛感していた。

 最初からその可能性をも想定していれば、このような中途半端な威力にならなかった。視えない壁を切り裂いたうえで、確実に殺し切れていたはずなのに――


「……鳳仙殿は……剣罡(ケンコウ)の境地に、至っているのか?」


 八重巴がゆっくりと身体を起こして、静かに深呼吸しながら右手のみで神剣を構えていた。

 その質問に、わたしは首を傾げながら、どういう境地でしょうか、と聞き返す。『剣罡』という単語が良く分からない。


「ふむ……自覚なく、人を超越、しておるか……あり得るのぅ……まあ、詳しく説明なぞせぬが――」

「――あら、残念ですね。そろそろ終局が近付いてきましたかね?」


 わたしが一瞬だけ気を緩めた隙をついて、八重巴はすかさず神剣を振りかぶり、迷わず破邪之太刀を繰り出してきた。

 振りかぶった瞬間に、気付けばもう振り抜いている神速の太刀筋だ。左手が死んで片手だけ、しかもだいぶ疲労困憊、身体も傷だらけで流血している状態でも、その剣技の威力に遜色はない。

 けれど残念ながら、剣技自体はもうとっくに見切っていた。

 八重巴が、どれだけわたしの隙を狙おうとも、予備動作が視えた時点で、受け流すタイミングは完璧に把握している。剣技の距離さえ見誤らなければ、どこから放たれようとも100%受け流せる自信がある。

 実際に、音を置き去りに迫ってくる破邪之太刀の斬撃を前に、わたしは地面に突き刺していた仕込刀を掴んで振り抜き、余裕の動作で弾き飛ばした。


「ワンパターン、ですよ?」

「――――おおおっ!!」


 斬鉄で破邪之太刀を弾き飛ばしたわたしに、八重巴はまた低姿勢で突撃してくる。それは紫電を身体に纏わせて突撃する剣技【雷獣】である。それと共に八岐大蛇も繰り出していた。

 馬鹿の一つ覚えだ。先ほども完璧に捌いて見せたのに、また繰り返すのか――と、思わず油断しそうになる。それほどに、繰り出されたそれらの連携は、何の変化もなかった。

 とはいえ逆に、満身創痍でも剣技のキレや威力が変わらないことには、素直に畏怖の念を覚えた。

 わたしは感心しながらも、この連携が誘い水である可能性も考慮しつつ、罠を承知で受けて立つことにした。


「これで、どう応じるつもりでしょうか?」


 踏み込んでくる八重巴に向かって、わたしも思い切り踏み込んだ。互いの距離は交刃の間合いになり、わたしは先ほどの焼き直しを思わせる【天が紅】を繰り出した。

 放った【天が紅】は、全方位から降り注ぐ八匹の大蛇と、胴体を両断すべく振るわれた神剣の横薙ぎとぶつかり、激しく刃を鳴らす。

 果たして、結果は、やはり先ほどと同じとなる。凄まじい爆発を伴って、互いの剣技は相殺された。

 わたしは弾かれる勢いそのまま、八重巴と距離を取った。今度はそこまで大きく離れずに、九歩の間合いを意識した位置に着地する。

 スポーツ剣道で言えば、立会いの間合いだろう。けれど、わたしや八重巴からすれば、これは一歩踏み込めば一足一刀の間合い、つまり生死を分かつ距離である。

 さて、ここから違う展開になるのだろうか、と期待で胸が高鳴る。


「終の剣技――――」


 すると、八重巴はそんな呟きを漏らしていた。

 雷獣の横薙ぎを振り抜いた残心の姿勢で、まだ腰を落としている状態である。しかし八重巴は、続けて何か、別の秘剣を繰り出そうとしていた。

 そんな八重巴と正対して、わたしは掠れた呟きに悦びの笑みを浮かべた。この近間で繰り出す何らかの秘剣は、どれほど強い剣技だろうか。

 初見だろうと、それがどんな剣技でも、受けて立ってみせる。

 さあ何を魅せてくれるのか――と、わたしが思考して、いざ身構えようとした瞬間、八重巴の全身から魔力と霊力が霧散した。併せて、燃えるような勢いで魔力を放っていた神剣も魔力を霧散させて、巨大だった魔力刃が消え失せた。

 どうしてか突然、八重巴は今の今まで放っていた強烈な覇気、闘気も消して気配を断った。


「――――へぇ? 次は、どんな剣技を――」

「――【神威剣(カムイノツルギ)】」


 慢心はなかった。油断もしていない。

 八重巴の一挙手一投足を注視して、何が来ても視てから反応出来るほど状況に備えていた。それこそ、最速と思われる【破邪之太刀】を繰り出されても、避けることが出来た自信がある。

 けれどその斬撃は、躱すことも、視認することも出来なかった。


「――――は?」


 気付けば八重巴は、わたしの懐の内側に踏み込んでおり、神剣を袈裟斬りで振り抜いていた。

 次の瞬間、わたしのキョトンとした声に遅れて、左鎖骨から右脇腹までが斜めに裂けて、一気に血が噴き出していた。

 何が起きた、と驚愕すると同時に、灼けるような鋭い痛みが走る。

 視れば、胸元はパックリと切り裂かれており、内臓が飛び出そうなほど大きな裂傷が出来ていた。美しい太刀筋で、見事な切れ味である。

 わたしは咄嗟に、内功を集中させて止血を図った。また、魔力と霊力を総動員して、傷口を塞ぐことに全神経を注いだ。


「浅、かった――っ、ぐぅ!?」

「――離れろっ!!」


 八重巴は青色吐息になって、振り抜いた残心の姿勢のままで苦しそうに呟いていた。

 その姿勢から何やら切り返そうと右手に力を入れた刹那、わたしは慌てて傷口を庇って反転しながら、回し蹴りを放った。

 回し蹴りはその顔面を捉えて、八重巴は受け身も取れずに吹っ飛んでいた。反動を利用して、大きくバックステップで距離を取る。


「何ですか、今の――縮地に、無拍子、ですか?」


 激痛で痺れる胸元を抑えながら、わたしは目を見開いて八重巴に質問した。しかし、八重巴は即答せず、息も絶え絶えで態勢を整えることに必死の形相だった。

 絶好の好機とも思えるが、安易に攻めることはしない。

 警戒は怠らず、ひとまず胸元の出血を止めることに全神経を集中させた。魔力と霊力、内功も駆使して己の治癒を最優先した。

 相手は百戦錬磨の老獪であり、柊南天に『腹黒嘘吐き妖怪婆』と言わしめる熟達した剣士だ。これほど露骨な隙を見せるはずはない。これは間違いなく罠だろう。


(……あえて乗るのも、愉しいかも、ですけれど……先ほどの、視えない剣技が……厄介です……)


 わたしは苦笑しながら、先ほどの剣技を脳内で反芻した。

 あの剣技は間違いなく、八重巴の奥の手だろう。視ても対応できない剣技だった。もし、また繰り出されたとしたら、今度こそ気付かぬうちに斬り伏せられる危険性がある。直撃を受けた今でさえ、何が起きたのか分からない動きだった。

 あれは完全に、わたしの意識の外側から放たれた斬撃であり、視えていたのに視認出来なかった、という剣技である。無意識の間隙を縫って、速度ではなく、虚をつくことで反応させない剣技だ。予備動作もなく、斬られたことにさえ気付けない、反射神経を凌駕する理想的な斬撃――これがあと半歩、ほんの数センチ深く踏み込まれていたら、胴体が分断されていた。

 八重巴が五体満足であったならば、十中八九、わたしは即死していた。

 九死に一生を得たことを痛感して、ブルリ、と背筋が震えた。思わず、口元が愉悦で嬉しそうに歪んでしまう。


「とっても勉強になりました――ねぇ、八重さん? 今の剣技、縮地に無拍子、でしょうか?」


 今一度、わたしは同じ問いを繰り返す。

 とりあえず止血は出来た。皮膚表面も取り繕うことが出来て、手術跡のように切り傷だけが残った状態になっている。痛みはあるが、動きに影響はしないだろう。

 また幸いなことに、身体の内側を強化していた魔力のおかげで、内臓にまで刃は届いていなかった。しかも、振り抜かれた神剣には霊力が篭められておらず、八重巴も片手しか使えない状態だった。それらの要因が重なって、本来の威力が出ていなかったことが、致命傷に至らなかった理由だろう。

 とはいえ、直撃を受けた左鎖骨は骨折しており、肋骨にもヒビが入っていた。そのせいで、左手の握力はもうほとんどない。軽傷とは言い難い状況ではある。

 止血は出来ているが、傷口が広く出血量も多かったので、ここで長引くとわたしが不利になる。

 それでなくとも、霊装技術の使用限界もそろそろ近い。八重巴よりも先に、わたしの霊力が尽きるに決まっている。


「どうなんですか? 今の剣技は、どんな剣技なのでしょうか?」

「儂が……そう簡単に……剣技の深奥を教える、と思うたか?」

「あら? 冥途の土産に、教えてくれても良いのではありませんか? ここで、どちらかは確実に命を落とすというのに――」

「――ほざけ、化物が」


 わたしの挑発に、八重巴はユラリと幽鬼の如く身体を起こした。

 消えていた魔力と霊力が一気に噴き出して、凄まじい圧力を持った闘気と覇気を放ち出す。その全身は、先ほどまでよりもずっと強力な霊力を秘めた虹色の霊衣を纏っており、神剣はふたたび巨大な魔力刃を形成していた。

 まるで命を燃やすような力強さだ。全てを絞り出すかのように、これで終わりと言わんばかりの威圧を放っていた。


「剣舞――【両儀・円】」


 八重巴が静かに囁くと同時に、揺ら揺らと丸を描いた神剣から無数の鎌鼬が飛び出した。わたしに近付かずに、遠距離で様子見、と言ったところだろう。

 わたしは自身の状態を悟らせぬように、あえて握力がない左手を使って、添えた右手で強引な雨燕を放つ。威力は本来の三分の一程度、直撃しても八重巴の霊衣を貫くことは出来ない。けれど、様子見の鎌鼬程度は相殺出来た。


「【両儀・隅】――」

「ふふふ、面白いですね――【九天一閃】」

「――【両儀・点】」


 ゆっくりとすり足で近寄ってきながら、八重巴はわたしの両肩と両脚に、刺突の剣気を飛ばす。また、正四角形の霊力の面を造り出して、それをわたしに飛ばしてきた。

 血を失って朦朧とし始める思考を加速させて、その霊力の面を逆袈裟に斬り上げる。その斬り上げに対して、すかさず八重巴は九連突きを繰り出してくる。

 流石、である。わたしほどではないにしろ、八重巴もかなりの重傷を負っているはずなのに、その動きは精彩を欠いていない。しかも冷静である。

 逆袈裟に斬り上げる【九天一閃】だが、切り返すのにコンマ数秒だけ硬直する特性がある。八重巴はそれを見事に見抜いていた。迷わずその弱点を突いてきている。

 けれど――それこそ、わたしの誘いである。八重巴なら、この弱点をしっかりと突いてくれると信じていた。


「外道之太刀――」


 わたしの身体に、超高速の九連突きが直撃した。それを甘んじて受け入れる。ただし、顔回りだけは握力のない左手を捨てて防御する。


「な、に――――っ!?」

「――【斬鉄】」


 八重巴が驚愕に目を見開いていた。まさか捨て身で相打ち狙いとは思っていなかったようだ。その考えが甘すぎる。


「…………化、物、ッ……」

「お褒めに与り、光栄です」


 わたしの斬鉄は、八重巴の身体を袈裟に切り裂いていた。

 八重巴はすかさず蹈鞴を踏んで、よろけながらも大きく後退する。それを追わずに、わたしも軽やかにバックステップして距離を取った。

 これで、ダメージ量は圧倒的に八重巴が上になった。

 わたしは出血多量で貧血気味、身体の数か所に穴が空いており、霊力も尽きそうな満身創痍だ。左手は握力がなくなっただけではなく、先ほどの突きで使い物にならなくなっている。

 一方で、先ほどの斬鉄の手応えから察するに、八重巴は、鎖骨だけではなく肩甲骨と上腕骨を含めた肩回りの骨を粉砕骨折しており、肋骨も折れている。左手は既に奈落墜の時に潰しているので、もはや左半身は完全に死んでいた。ただ霊衣を纏った白い軍服が硬すぎて、皮膚を切り裂くには至れなかった。


「――次の攻防が、最後、ですかね? ちょっとだけ名残惜しいです」

「どこが名残惜しいものか……鳳仙殿はやはり、狂っておるぞ? じゃが……次の攻防が最後、という感想には同感じゃ」


 わたしはダラリと右手を下げて、仕込刀を下段に構えた。

 八重巴は苦い顔をしながら、ゆっくりと大上段に構えて、神剣に凄まじい霊力を篭めていた。巨大な魔力刃は、斬馬刀を思わせるほどにいっそう大きく長くなり、目算で300センチを超えていた。これを受けることは、到底出来ないだろう。

 わたしと八重巴は相対して、互いに絶好機を狙っている状況――死闘は佳境を迎えていた。

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