第八夜/後編
これはただの戯言ですが、今回ちょっと伏線を散りばめ過ぎた…
推敲するたびに混乱してきてしまったので、これでアップします。
為我井清香が大きく踏み込んできて、大砲みたいな正拳突きが繰り出された。爆風を伴ったその一撃はわたしの腹部を掠めて、それだけで凄まじい衝撃を内臓に伝えてきた。
この一撃に関しては、紙一重で躱すのは少し失敗だったか、とつい苦笑する。
「――想像以上に、拳の威力が驚異的ですね。掠めただけで、内側から響きます」
「シィ、ィィイイイ――」
「ただし、蹴りは予備動作が分かり易いし、だいぶ単調――恐らく、型稽古を繰り返して培った美しい技なのでしょう? けれど、素直過ぎる軌道で見切り易い。実戦経験が不足しているように見受けられますね。まだまだ未熟」
為我井清香が裂帛の気合と共に、下段蹴り、中段蹴り、回し蹴り、からの、踵落としを繰り出してきた。それらを解説混じりにいなしながら、カウンターで胸元を掌打する。
「――クッ」
わたしの掌打はだいぶ手加減しており、一撃一撃はそれほど重くはない。ただし、微弱な霊力を篭めており、為我井清香の霊体を地味に削る攻撃である。
そんな掌打を喰らうたびに、為我井清香は顔を顰めて、小さな呻きを漏らしていた。
わたしはこうして、ちまちまと攻撃を繰り返すことで、取り憑いている悪霊を祓っている、という演技をして見せた。
「――――フゥ、ォオオ!!」
「それにしても、この正拳突きだけ、ちょっとあり得ない威力です、ねっ!」
為我井清香は蹴りの合間に、音を置き去りにする大砲じみた正拳突きを繰り出してくる。それは見切り易い反面、掠るだけでもダメージを受けるので、なかなかに厄介だった。
とはいえ、油断さえしなければ当たることはないので、わたしの脅威にはなりえない。
ちなみに、そんな正拳突きが繰り出されるたび、巨木に拳圧が突き刺さって、凄まじい爆音を鳴らしていた。拳圧が直撃した巨木は、内側から爆発して次々と圧し折れていく。
「……本当に、恐ろしい威力です」
フフフ、と笑いながら、圧し折れる巨木を一瞥する。折れた巨木は、幹の太さがわたしの胴体を軽々と上回っている。それをたったの一撃でもって、簡単に圧し折ってしまう破壊力――それが為我井清香の正拳突きだった。
この正拳突きが、もっと見切り難かったら、もっと工夫して放たれるのであれば、きっと、もっと愉しい殺し合いになったろうに――と、少しだけ残念な気持ちだった。
「ッ、シィィイイ――――!!」
為我井清香がいっそう大きく踏み込んできた。それは肩からぶつかる体当たりである。
凄まじい勢いの体当たりを、わたしは両手で押し止めて、そのままバックステップで飛び退いた。体当たりの勢いを利用して、社殿に足をかけると巨木の枝にまで跳び上がる。
体当たりが不発に終わった為我井清香は、わたしが着地した巨木の幹に向かって、馬鹿の一つ覚えに正拳突きを繰り出す。
音を置き去りにするその正拳突きが、またもや一撃で巨木を粉砕していた。
「本当にこれ、素手ですか? 爆弾じみた破壊力――これだけは、わたしも再現できそうにありません」
呆れた声で言いつつ、バキバキと音を立てて倒れる巨木から飛び降りた。地面に着地すると同時に、為我井清香の裏拳がわたしに迫ってきた。
手の甲でそれを弾いて、鳩尾に後ろ回し蹴りをお見舞いした。
為我井清香は凄まじい勢いで吹っ飛び、うらぶれた社殿に激突していた。社殿は思い切り壊れてしまったが、まあ、どうでもいいだろう。
為我井清香がすかさず起き上がり、猪を思わせる突撃を繰り出す。それは、柔道で言うところの双手刈のようでもあり、低い姿勢で抱き付く勢いの突撃だった。
「――――ォォォオオ!!」
「退屈、ですね……」
思わず呟いていた。それほどに、意識がない為我井清香との闘いは面白くなかった。これは由々しき事態である。大問題と言わざるを得ないだろう。
「はぁ――」
溜息を漏らしつつ、為我井清香の突撃を避けて、足払いで転がした。簡単にこけて地面を転がり、ふたたび起き上がって飛び掛かってくる。それを見ながら、もう一度溜息を漏らす。
最初こそ、凄まじい破壊力を持つ正拳突きに魅了されたが、わざと受けない限り当たらない攻撃になど興味は持てない。音速を超える正拳突きと聞けば、確かに驚異的だが、あまりにも単調過ぎる。
カウンターで胸元に掌打してから、繰り出される攻撃を紙一重で避けた。
為我井清香は確かに、身体能力が驚異的で、受け身の技術、防御力などは非常に強かった。攻撃力も凄まじい破壊力を秘めており、当たれば致命傷になりかねないだろう。けれど、それだけである。
総合的な戦闘力で判断すると、雑魚、という評価をするしかなかった。拳銃を持った素人を相手にしているような感覚である。これでは、経験の糧にはならない。
「やはりまだ、未熟な果実だった、と言うことですね――」
「――――シィィ、ハァッ!!」
無呼吸連打を繰り出してきた為我井清香の攻撃を見切り、伸び切った拳を逆関節で決めて投げ飛ばす。抗うことなく吹っ飛んで、為我井清香は巨木に背中を激突させていた。
「――無刀之型、穿ち月」
為我井清香が勢いそのまま地面に転がった瞬間、わたしは肩口を狙って穿ち月を繰り出した。ぎゃぁ――と、小さな悲鳴を上げて、その右肩には、パチンコ玉ほどの穴が空いた。
為我井清香は痛みにひるまず、すかさず起き上がる。
そこで続けて、わたしは顎を右フックで撃ち抜いて、脳みそをこれでもかと揺らした。途端、白目を剥いて動きを止めると、ドッと俯せに倒れた。
「柊さんが思考操作して冷静さを失っていたとしても、ここまで手応えがないと、流石に気持ちが萎えますよ? もっと何とかならなかったのでしょうか?」
気絶して倒れ伏している為我井清香を見下ろしながら、わたしは気配を断っている柊南天に声を掛けてみた。どこにいるか分からないが、間違いなく近くに潜んでいるはずだ。
「いやいや、手応えなかった、て――ここをこんだけ破壊しといて、そりゃないっスよ!?」
案の定隠れていた柊南天は、音もなく巨木の影から姿を現した。そして、周囲のなぎ倒された木々を見ながら、大きく溜息を漏らしている。
言われて周囲を一瞥すれば確かに、局所台風でも起きたのかと疑いたくなるほど、多くの巨木が倒れて転がっていた。伐採したと言われても違和感はない。
けれど、あえてわたしは反発して、そうでしょうか、と首を傾げた。
「そうっスよ!? ちょ、そこんとこ、事実を見ましょうよ!?」
「――まあ、それはそれとして、これで描いていた展開に繋がりましたよね? 『退魔師』のわたしが、なんとか悪霊を退治した、という流れになっていると思うのですけれど、大丈夫ですか?」
「…………はぁ、そっスねぇ。まぁ、なんとか、思考操作出来ましたっスけど――うん。いま、台本を脱線しない範囲で、悪霊に取り憑かれた清香嬢、って刷り込みも成功できたんで、予定調和、っスかね? 一応のとこ、清香嬢の認識じゃ、この出来事はもはや、荒唐無稽な与太話じゃなくなってるはずっス――ただ想定外で、困ったことが一つあったっス」
「……想定外? なんですか?」
「清香嬢が、リアリスト過ぎるってことスね。理外の存在を知ってて、多くの超常現象に遭遇してるし、魔女とも殺し合ってるのに、いまだに幽霊さえ信じてないっス。今回、意識を乗っ取られて、ここまでやらかしてるにも関わらず、何かのトリック、手品か催眠術の類だと思ってるっス。ちょっとこれ、思考が固すぎて、うちの精神感応も違う意味で効きが悪かったっスよ」
疲れたっス、とか言いながら肩をトントン叩いている。精神感応で肩が疲れることなどないだろうに、と強くイメージを飛ばす。
柊南天は苦笑してから、気絶している為我井清香に直接触れた。瞬間、バチっと紫電が走る。魔力と霊力の反発である。
「……さて、効きが悪い子には、直接触れて洗脳レベルの刷り込みを実施っスね。まず、戦闘前後の会話を真実だと思い込ませて、これらが現実の出来事だと強制認識させるっス。矛盾点を意識させなくさせて、嘘みたいな退魔師の世界を、真実だと信じさせるっス」
「その方針は、嫌と言うほど理解しています。ここからの台本も、諳んじれるほど頭に叩き込んでありますよ――この後、回復した清香さんの質問に答えつつ、朱川家の設定を話して、ここに至る経緯、八重さんの家に居た経緯を再度、ご理解いただくのですよね?」
「そっス。そっス。んで、綾女嬢は、巴女史の事情や、久遠組とは無関係だと説明するっス。まぁ、説明するまでもなく、興味なくなるでしょうけども」
「――そして、わたしの『退魔師』の活動に協力してくれ、と依頼する流れ、ですね?」
わたしは柊南天に最終確認をする。その着地点まで、わたしの演技は続くのだ。けれどこれが成功すれば、為我井優華に今回のことが露見することはなくなる。
為我井清香は、六姉妹の中でも最も妹想いであり、誰よりも秘密主義と聴いている。
妹を荒唐無稽な退魔師の世界に触れさせたくない、と思うだろうし、協力を取り付ければ吹聴することもないだろう。
「……うん、こんで良いっスかね? いま、思考の偏りを完全にうちが支配したっス。あとは、綾女嬢の演技次第っスかね? うち、また隠れておくんで、宜しくっス――」
「――んん? く、そ……何が……」
柊南天が慌てた様子で立ち上がり、為我井清香から逃げるように離れていく。ちょうど為我井清香も身じろぎしつつ、気絶から覚醒し始めた。
わたしはしゃがみ込んで、上半身を起こした為我井清香と目線を合わせた。表情は、悲しみ半分、心配半分、という複雑な感情を表現しつつ、大丈夫ですか、と問い掛ける。
為我井清香は何度か頭を横に振って、ボンヤリした意識を起こそうとしていた。わたしは背中を支えながら、そのまま立ち上がらせる。
「……何が、起きたのよ? さっき、ワタシの身体が、なんか自由にならなくて……幽霊? 金縛り? じゃないけど、意識が乗っ取られた、の?」
「――良かった。わたしの声、分かりますか?」
「……分かるけど……ねぇ、綾女ちゃん? これ、いったい何が起きたのよ、説明して欲しいわ」
ふらつく足取りで、為我井清香は周囲の崩壊具合を眺めた。自分の拳を眺めてから、左肩に空いた穿ち月の穴を抑える。激痛が走ったのか、一瞬だけ顔を顰めていた。
「はい……えと、どこまで意識がありましたか?」
「意識、自体はずっとあったわ……けど、何か……モヤッた視界で、目の前には極悪な殺人犯が居て……そいつを捕まえる為に、必死で闘った、って感じ? アレって、綾女ちゃんだったの?」
「……悪霊に、取り憑かれていたんです。意識までは奪われなかったようですけれど……身体を乗っ取られて、暴れまわったんです……」
「ふーん、そっか……んで、その結果が、これってこと? なんか、ちょっとやっちまった感?」
為我井清香は苦笑しながら、ジャケットを脱いで、シャツの左腕部分を破いていた。
血に染まった患部からは、まだドクドクと血が流れている。その露出した傷に、ジャケットの内側から取り出したネクタイを包帯代わりに巻き付けていた。
慌てた表情を浮かべて、わたしもそれを手伝う。片手で器用に巻き付けようとしていたが、流石に綺麗には巻けていなかった。
「あ、ありがと――それにしても、これ、どうやったのよ?」
為我井清香はネクタイを巻き終えると、穴の開いた肩口をポンポンと叩く。わたしは自分のことでもないのに痛そうな表情を浮かべて、申し訳ない、と顔を伏せた。
「……霊撃、と呼ばれる霊能力による技です。危険な目に遭わせない、と約束したのに……申し訳、ありません――」
「――あ、違う違う。別に、怪我は慣れっこだから、それはどうでもいいんだけどさ。この一撃だけ、まるで刀剣で貫かれたみたいな威力だから、純粋にどうやったのかな? って、思ってさ。ふーん? 霊撃、ってこういうの? 霊力って超能力だと、こういう傷痕になるの?」
為我井清香は何か腑に落ちないという顔で首を傾げている。何を知りたいのか分からないが、わたしはとりあえずスルーして、台本の流れに沿って演技を続ける。
「――今回、これでわたしの『退魔師』としての証明、出来たと思います。本当は、清香さんをこんな世界に巻き込みたくはなかったのですけれど……色々と隠し事をしておりました……すいません」
「ああ、そんなのはいいわよ――でも、そうね。退魔師の証明、か……ま、信じざるを得ない、かな? それで? 綾女ちゃんが退魔師なのは分かったわ。朱川家も、そういう家系ってのも理解した。この大井山の悪霊? ってのを退治に来たのも、いま見たし……八重巴さんが、霊能力者とか言う胡散臭い仕事してることも知ってたから、修行に来たってのも、辻褄は合うかな、と考えます――それで、どうして新幹線では、変装してたの?」
為我井清香はふらつく身体を鳥居にもたれ掛かって支えて、わたしが誤魔化そうとしていることをズバリ問うてくる。
やはりそこを突くか、と思考しつつ、伏せた顔のまま頷いた。
「この『退魔師』という仕事なのですけれど……素性がバレると、割と問題で……特に、退魔するところを一般の方に見られると、マズい、というか……余計な混乱をさせてしまう、と思ってまして……」
「ふーん、そ? それで変装って、なんか安易ね……」
「ええ、けれど、けっこう有効なんですよ? 明らかに見た目が違うと、いざ怨霊と街中で闘っても、目撃者を気にせずに済みますので――」
わたしはチラと為我井清香の顔色を窺う。
いまいち納得いかない様子だが、裏側で柊南天が思考を操作し始めたようで、一瞬だけボーっとしてから、まぁそっか、そうだよね、と小さく頷いていた。
「……ところで、清香さんを巻き込んでしまって、本当に申し訳ないのですが……事情をお話ししたからには、清香さんには関係者になってもらわないと……今後、わたしの退魔仕事を手伝ってくださいませんか? 清香さんの協力を得られるなら、わたしとっても助かるのですけれど――」
「――それって何? 関係者にならないと殺す、って脅し? 協力って、ワタシに何をさせる気? 何をする気なの?」
為我井清香は被せ気味に質問してきた。
その反応も想定通りだ。わたしはあえて一拍置いてから、恐る恐ると答える。
「……殺す、とかじゃないですけれど……退魔師の存在を知ったからには、吹聴しないよう誓約を掛けさせていただいております」
「誓約? 何よ、それ?」
「――破ったら呪いが発動する類の呪術、まあ、霊能力的な縛り、ですよ」
言葉を選んだ風を装いながらそう口にするが、そんなものは存在しない。誓約など、真っ赤な嘘である。しかし、ここで理解出来ない脅しを掛けておくことが重要なのだ。
為我井清香は、ふーん、と言いながら、一旦わたしの言葉を待つ。腑に落ちていないが、納得している様子だった。柊南天の思考操作の賜物である。
「それと、協力の内容、なのですけれど……単純です。清香さんが耳にした限りで、超常現象が絡んだ事件を、わたしに教えてくれませんか? 今後、情報提供をお願いしたい、のです」
「――情報提供、ってことはつまり、このワタシに、警察内部の捜査情報を漏らせ、って言ってる? ワタシに、スパイになれって?」
「別にスパイになってくれ、とは言いません。捜査情報を漏らす必要もないです……ただ、捜査線上で、超常現象が絡むような事件が起きたら、教えて欲しいんです。そうしてくだされば、逆にわたしで手伝えることがあれば、何でも協力いたしますよ?」
「ふーん……協力してくれるのね? ちなみにさ、協力って例えば、今回、ワタシは八重巴さんを調べたかったんだけど、そこを手伝ったりしてくれるってこと?」
わたしの要望には応えず、見返りだけ問い返す為我井清香に、内心ほくそ笑んだ。
想定外に、このギブアンドテイクに喰い付いてくれていた。思った以上に、スムーズな展開で話が終わるかも知れない。
(……なんか、警察を裏切ることに、何の嫌悪感も示してないっスね。ちょい、これは良い想定外っス)
脳内に柊南天のテレパシーが届いた。その呟きに、わたしは内心で少し驚きつつ、為我井清香に向かって強く頷いて見せた。
わたしたちが勝手に想像していた為我井清香は、その正義感から警察を裏切ることはしない、と思っていた。即答で、捜査情報を漏らすことを拒絶すると考えていた。しかし実際は、かなり実利を求める傾向が強いようだ。
交渉の余地があるのであれば、付け入る隙はいくらでもある。
「ええ、勿論。わたしで出来ることは協力します。一蓮托生、ですから――ちなみにわたしの目的は、信じられないかも知れませんけれど、世界平和、ですよ。朱川家を含めた全ての退魔師の悲願がそうであるように、常に世界のどこかでは、悪霊や怨霊が生まれています。それら悪意ある幽霊を退治して、平和を維持するのが『退魔師』の仕事なんです。どこか警察にも似ていると思っております」
「……何それ、治安維持、ってこと? 何かそれ、言ってることが、特異課っぽいんだけど? それは理外の存在とか言う輩から世界を護る、ってこと?」
中途半端な知識と見識で、わたしを試すような問い掛けをしてくる。
為我井清香にとっては、理外の存在と悪霊の違いなど全く分からないようだ。どちらも抽象的で曖昧な悪でしかないのだろう。かくいうわたしも、その違いを説明できるほどに理解しているわけではない。
だからこそ、ここからの説明は柊南天頼りになる。テレパシーで脳内に言葉が響く。
(違うっス。『退魔師』ってのは、人に害為す悪霊を退治して、人の平和を守る仕事っス。一方で、特異課の仕事は、理外の存在が人に害を及ぼさないように、理外の存在を牽制して、制御することっス)
「――違います。退魔師は、人に害を及ぼした悪霊を退治する仕事です。特異課の仕事は、理外の存在が人に害を及ぼす前に、それを牽制して制御する仕事です」
脳内で響く柊南天の声に従って、わたしは為我井清香に説明を行う。しかし、為我井清香は胡散臭い顔をしながら、納得していない様子で首を傾げた。
「あ、そ? 良く分かんないけど、ま、綾女ちゃんの目的は、一応、理解したわ、納得してないけどさ――それで? ワタシに協力してくれる、って話ならさ、早速だけど、知ってること全部教えて欲しいんだけど?」
「ええ、勿論、知っていることはお教えいたします。ただし、一つ、約束していただきたいのですけれど――今後は、わたしにも協力してくださる、ということで宜しいでしょうか?」
「――言質を取りに来るわねぇ。ええ、いいわよ。分かってる、分かってる」
為我井清香はおざなりに言って、はいはい、と流そうとする。そんな態度に眉を顰めて、少し強めの視線で見詰めた。
「……はいはい、そう疑わないでよ。綾女ちゃんの事情が、ワタシが追ってるヤマと無関係なのは理解したから、もう追求しないわよ。それでいいでしょ? これで交渉成立よね?」
「ええ、そうですね……本当は、知り合いをこんな危険な世界に巻き込みたくはなかったのですけれど……くれぐれも、優華さんにこのことは内緒にしてくださいね?」
「そんなん、あったりまえでしょ!? 優華を心配させるだけだから、絶対に言わないわ。それだけは安心してよ」
為我井優華の名前を出した途端、本気のトーンで前のめりに断言された。その気勢に押されつつ、わたしは、ええ、と満足気に頷いた。
これで、わたしが懸念していた部分は解決した。とりあえず、為我井清香を殺す選択肢は選ばずに済みそうである。
「あ、それでさ、八重巴さんのことなんだけど――」
一拍置いてから、為我井清香は自分が知りたいことを問い掛けてきた。その質問を聞きながら、わたしは同時に、柊南天とテレパシーを交わす。
ここの台本は用意してない。誤魔化し終わった後の質問攻め展開は、柊南天のアドリブに依る。
「――ええ、わたしが知っている限り、巴さんは――」
柊南天から届くテレパシーの内容を身振り手振りで説明しながら、わたしは為我井清香の質問に全て答えていった。
わたしにはその内容が真実なのか、嘘なのかの判断はできない。だが、それら全ては、真実であると強く思い込んで、嘘偽りなく語る渾身の演技を披露した。
そんな為我井清香の質問の中で、八重巴の剣術――八重示現流に関して、それがどんな剣術なのか、詳しく問い掛けられた場面があった。どうやら、五百蔵鏡の死体に刻まれた剣技、外傷が、あまりにも特徴的だったので、為我井清香は八重示現流を疑っていたようだ。
だから先ほど、わたしの霊撃に対して、首を傾げていたのだろう。傷痕が似ていたからこその疑問だったらしい。その勘違いは、わたしとしてはとても助かる。
(……それにしても、凄い推理力と、行動力……それに、証拠収集能力です……)
わたしは為我井清香の質問に答えて、同時に、そこから導き出される推理を聴きながら、彼女の捜査能力の高さに舌を巻いていた。僅かな手掛かりを元にして、短期間でかなり調べ上げていた。恐怖を覚えるくらいに感心した。
為我井清香の推理では、八重巴こそが五百蔵鏡を殺した張本人であるらしい。根拠は複数あるのだが、その中で最も大きな根拠としては、殺しの動機、だと言う。
為我井清香が調べたところ、八重巴と五百蔵鏡はプライベートで何度も会食している間柄であり、同時に金銭の授受が頻繁に行われている形跡が確認出来ているそうだ。その金銭の授受は、一度で、三桁万円から四桁万円という巨額であり、常習的なやり取りであることまで確認している。
ところがその取引は、五百蔵鏡暗殺事件が起きるひと月前からパタリと断絶しており、ちょうどその頃、八重巴が株式投資に失敗して数億円の損失を起こしていることが分かっている。
このことから、八重巴の金銭トラブルが起因となり、五百蔵鏡と揉めたのではないか、という動機を推理していた。八重巴が誤って、五百蔵鏡の金を損失させたのか、はたまた、損失した金を補填しようと五百蔵鏡に打診したが断られたのか――どちらにしろ、そのタイミングを見るに、この株式投資失敗の金銭トラブルが原因だと結論付けていた。
(――株式投資の件って、実際は全然違うんスけどね……だって、これうちが裏工作したんスもん……だからこの推理、メッチャ的外れなんスけど……ま、それは置いといても、ここまでの裏取り、自力で調べたって、マジで執念が半端ないっスよ……)
柊南天の呟きを聴きながら、わたしは為我井清香の推理を最後まで聞いた。
その推理は要約すれば、八重巴の金銭トラブルに端を発しており、その際に五百蔵鏡と揉めたのが動機で、久遠組を使って殺すことにした、という内容だ。
ちなみに、実際の殺しは八重巴が実行した、と推理しており、目晦ましのつもりで久遠組に依頼した、という推理である。この裏付けとして、偶然か必然か、当日の八重巴はI県まで移動していることが確認出来ており、該当の時間帯にアリバイはない。
アリバイに関しては、柊南天の仕込なのだが、為我井清香はそれを信じ込んでいた。
そうして結果、状況証拠のまとめ方だけ考えると、為我井清香の推理は成り立ってしまっていた。
大前提を履き違えているので、事実とは全く異なる推理なのだが――そこは、裏事情を知らなければ、致し方ない部分だろう。
「――んでさ、今回の事件で死んだ久遠組の幹部に、一千万円の振込も確認出来てて、その振込元が八重家の名義をした法人口座だったのよ。けど、肝心のやり取りしたメールとか、振込元の口座の通帳が見つかってなくてさ。それさえあれば、八重巴を引っ張れるはずでさ。令状取ったのに、特異課に奪われちゃったから――綾女ちゃんで、何とか出来ない?」
為我井清香はそう言って、わたしに首を傾げる。ふむ、と少し思案顔を浮かべた。
それはつまり、八重家にもう一度乗り込み、八重巴の携帯を奪うか、証拠となる通帳を見つけ出してこい、という依頼である。それ自体は別に問題ない。
ただし、問題なのは、そんな証拠が存在していない、という点だった。
「ええ、それくらいの協力は、是非、やらせてくださいませ。ただ……巴さんがいるところで、バレないように、見つけ出せるかどうか……」
「それなんだけどさ、ワタシに、一つだけとっても良い案があるからさ――協力してくれない?」
突然、神妙な顔になって、ズズイ、と顔を近付けてきた。わたしはあえて尻込みして見せて、恐る恐ると頷いた。
ここから先は、柊南天の思考操作が発動しているはずだ。思惑通りの言葉が出てくるだろう。
「ワタシがさ。なんとか巴さんを呼び出すからさ、その間に、屋敷に忍び込んで、証拠を探して欲しいのよね。この不法侵入には、目をつぶるからさ」
「……忍び込む、のですか?」
「ええ。綾女ちゃんなら、何とかなりそうだと思うのよ。退魔師だからか知らないけどさ、さっきも凄い身のこなしだったし――気配を断つのもお手の物でしょ? 巴さんさえ居なければ、容易に屋敷内を調べられると思うのよ」
わたしはその言葉に不安げな表情を見せつつ、しばし考え込んだフリをしてから、分かりました、と覚悟したように強く頷いた。
「ありがと……んじゃ、そろそろ帰りましょうか? そろそろ陽が沈んじゃうからさ」
「ええ。そうですね――ちなみに、清香さんが仰った作戦の決行日は、いつになるでしょうか?」
「うん? そうねぇ――」
ふと為我井清香の背後から柊南天が現れて、ポン、とその肩を軽く叩いていた。あまりの唐突な出現に、わたしはビクついてしまった。
「――綾女嬢。決行日は明日、早速で実行予定ス。んで、清香嬢の記憶は良い感じで改ざんしておくんで、その話題はこの後、絶対に出さないでくださいっス。ちな、さっき、この近くのホテルを予約できましたんで、ロープウェイから降りたら、ちょっと待っててくださいっス」
柊南天が為我井清香の肩に手を触れた瞬間から、その瞳には光がなくなっており、意識のない人形状態になっていた。柊南天の精神感応力で、五感を全て乗っ取られている様子である。為我井清香の気持ちが緩んだ隙間を狙って、意識を支配したようだ。
アレをやられると、わたしでさえ解くのは至難の技である。慣れていない為我井清香では、何をされているかすら分からないだろう。
「……それは構いませんけれど、清香さんはどうするのですか? このまま放置で良いのですか?」
「まさか、まさか、っスよ。うちが手を放したら、キッカリ五秒後に意識が戻るはずなんで、そのままロープウェイ向かってくださいっス。うちは先にロープウェイで待ってまスんで」
柊南天はそう言うと、パッと手を放してから、じゃ、と駆け足でロープウェイ乗り場に走って行った。
そのキッカリ五秒後、ハッとした様子で為我井清香は意識を取り戻して、何事もなかったように歩き始める。わたしも一緒に、ロープウェイ乗り場へと向かった。
ロープウェイで下山してから、為我井清香と解散するまでの間は、特に何事もなく、他愛無い世間話をしただけで終わった。
「――じゃ、またね、綾女ちゃん。ワタシはちょっと署に寄らないといけないから、もう行くわ」
そう言って、為我井清香は慌ただしくタクシーに乗り込んで去って行った。それを見送ってから、わたしは柊南天と合流してホテルに向かった。
第六章は、次の「第九夜」で終了となります。
更新が予定より遅れてしまったのですが、年内にはアップしますので、今しばらくお待ちください。




