第七夜(4)
剣道場に闖入してきた特殊部隊八名のうち、リーダー格と思しき男性が一歩前に出て、苛立っている為我井清香を睨みつけた。
「――為我井警部。ここから先は、我々、特殊災害・異常対策課が引き継ぐ。ご協力感謝する」
「はい? 何をふざけたこと言ってるのよ? 後から入ってきて、何様? 特異課なんかお呼びじゃないのよ?」
「民間人からの苦情も入っている――八重巴さん、ご迷惑をお掛けしました」
リーダー格の男性の胸倉を掴んで、為我井清香は一歩も引かない態度をしていた。それを軽くあしらって、リーダー格の男性は八重巴に頭を下げていた。
この連中が何者かは分からないが、権力的には為我井清香より権限が強そうだ。
(――いまそこに居るのは、警察機関の中で、理外の存在専用に特設された部隊っス。通称、特異課――理外関連で何か通報があったら、まずはここが対応する仕組みっス。んで、対応しきれない場合に、八重家を通して、異端管理局に連絡が来るって流れス。だから、八重家とは関わりが深いス)
今更、テレパシーでそんな解説がされた。だから先ほど、八重巴は特異課の名称を口に出していたのか、と納得もした。
一方で、特異課が来て安心していたが、同じ警察機関であれば、事態が好転するのかどうかが分からない。この後の展開に少し不安になった。
(あ、綾女嬢、その点はご安心を。特異課が出張ったってことは、こっから先は、もう捜査一課じゃ手出し無用になるっス。だから、これ以上はないっス。どれだけ納得しなくても、清香嬢は引き下がるしかなくなるっス……ここですぐに引き下がるかどうかは、ちょい不安スけど……)
(……そもそも、どうしてここに、清香さんがやってきたのでしょうか? 五百蔵さんの件で、とのことでしたが、八重さんはそれと何が関係――)
(――久遠組って、二十五年前に解散届を出した『巴組』って暴力団の傘下組織、いわゆる二次団体だったんスよ。で、その巴組って、組長が巴女史だったス。その繋がりがあってか、久遠組って八重家――ってか、巴女史には逆らえず、代々の組長は、まず巴女史と親子の盃を結ぶらしいス)
そこまで聞いて、なるほど、とわたしは納得した。
久遠組と八重家は、組長と家長のトップ同士が暴力団流の親子関係で繋がっており、法的には堅気とヤクザだが、実質、同じ穴の狢という構図である。
そんな裏事情があれば、為我井清香がここに乗り込んできて大きな態度を取るのも理解出来る。
(……けれど、一つ疑問ですね……わたしは、清香さんと知り合いですから、かなり焦っていますけれども、八重さんは、何が怖くて、あれほど清香さんの来訪に怯えたのでしょうか?)
今回、久遠組が疑われる結果になっているのは柊南天のせいであり、実際は、五百蔵鏡暗殺に久遠組は関わっていない。
だから、八重家がどれだけ探られようとも、別に困ることはないはずだ。だというのに、八重巴が見せた怯えようは、警察に後ろめたいことを暴かれる恐怖だけでは説明できない態度だった。そんなに余罪がてんこ盛りなのだろうか、と不思議になるくらいである。
そんな疑問を思考した時、特異課のリーダー格が為我井清香に拳銃を向けた。
「おい、為我井警部。これ以上、我々の任務を妨害するつもりであれば、実力行使するぞ? 我々が『理外対策特権』を持っているのは知って――」
「――王様ルールがあるから、なんだって言うのさ。逆に聞くけど、それつまりさ、ワタシを怒らせるってことでしょ? いいわよ、上等。やって見なさいよ? ワタシ、撃たれたら当然だけど、正当防衛を成立させて、アンタたちをぶちのめすわよ?」
「クソ、話にならない。警告はしたぞ!? もう終わり――」
特異課のリーダー格は、銃口を為我井清香の腹部に向けて、パン、と躊躇なく発砲していた。しかしそれを、為我井清香は視てから紙一重で避けた。同時に踏み込んで、笑いながら握り締めた拳で正拳突きを繰り出していた。
ドガン、と爆音じみた打撃音を鳴って、リーダー格の男性の鳩尾に拳が沈んでいる。彼は身体をくの字に曲げて膝をつき、そのまま俯せに倒れ伏した。
防弾チョッキを身に着けていたそのリーダー格の男性は、たった一撃で行動不能になってしまった。
わたしはついつい、その正拳突きに魅入っていた。それほど、為我井清香が放った拳は疾く、美しく、重たい見事な一撃だった。
「おい!! 懲戒処分になるぞ!! 抵抗するな!!!」
リーダー格の男性が痙攣しながら気絶したのを見て、残りの七人が一斉に散らばり、為我井清香を逃がさないよう取り囲んでいた。
もはやその光景は、凶悪犯VS特殊部隊の構図だ。
その構図から離れて、八重巴が関わりたくない、と傍観していた。わたしもさりげなく距離を取る。
「抵抗すると、撃ち殺すぞ!!」
七人が為我井清香に向けて銃口を向ける。互いが射線に入っているのに、気にせず構えていた。
だいぶ状況が混沌とし始めている。わたしは、サッサとこの場から逃げ出したい気持ちになってきてしまっていた。
「抵抗するなも何も――アンタら如き下っ端が、ワタシを止められるとでも!? ここはワタシのヤマだって言ったでしょ? ワタシをどうにかしようとする暇があるなら、他の仕事を――」
為我井清香が堂々と胸を張って、周囲を一瞥した。途端、凄まじい闘気が溢れた。
思わず疼いてしまうほどの強烈な闘気、覇気である。感覚的に強いとは感じていたが、もしかしたら為我井清香は、わたしの想像以上の強者かも知れない。
『――おい、為我井警部。もう止めろ。これ以上は庇わんぞ』
「……チッ、厄介なのが来やがった」
そんな混沌とした状況で、スーツ姿をした眼鏡青年が現れる。
眼鏡青年は、テレビ通話に繋がっている携帯をかざしながら、剣道場に入ってきた。
『ここから先は――もう俺ら特異課の領分だ。ここで引き下がれば、減給もなしで許してやる。だが、引き下がらない、徹底的にやるぞ、と言うなら、本郷も道連れに、警察を首にするぞ?』
強い語気で喋っているのは、眼鏡青年ではなく、テレビ通話に映っているゴツイ男性だった。角刈りで、目元に傷がある五十代ほどの男性だ。
眼鏡青年はテレビ通話されている携帯の画面を見せながら、七人の囲みを掻き分けて、為我井清香の眼前に立った。
「お初にお目に掛かります、県警の『爆弾娘』で有名な、為我井清香警部。ボクは特異課、関西支部所属、真下警視です。土井警視正のメッセンジャーとして、こちらに同行しました」
「あっそ。インテリ眼鏡は現場に来るなっつうの――」
「――おい! ボクの方が役職が上だぞ、為我井警部!」
怒り出すインテリ眼鏡――真下警視を無視して、為我井清香は携帯をひったくる。テレビ通話の先では、土井警視正とやらが、呆れた顔を浮かべていた。
『為我井警部。今回、キミに応援要請したのは、俺だぞ? 俺の指揮下で動け、とあれほど言ったのに、どうしてこれほどの暴走を――』
「――暴走と仰りますけど、土井管理官。ワタシはちゃんと仕事をしています。いまは、久遠組と関わりのある八重家の家宅捜索中ですよ? それを妨害してるのは、特異課の連中です!」
『それが暴走以外の何だと言う? キミは特異課の応援でこっちに来ている。特異課がここから引き受けると言っているのだから、引くのが当然だろう』
「チッ――石頭め」
『おい、聴こえているぞ? とにかく、もう本部に戻ってこい――別の仕事がある』
わざと大きく舌打ちして、為我井清香は携帯を真下警視に突き返した。クソ、と悪態を吐きながら、八重巴とわたしを一瞥する。
「巴さん。ワタシは今回、これで引き下がるけど、次は容赦しないからね? 綾女ちゃん。とりあえずは優華には言わないで置くけど――後で、ちゃんと説明してもらうわよ?」
一方的に言って、為我井清香は苛立った様子で剣道場から出て行った。来た時と同じように、嵐のような存在だった。
『真下くん、後は任せた――いや、最後に一つ。そこのお嬢さんと代わってくれ』
真下警視がテレビ通話を切ろうとした時、土井警視正がそんなことを言っていた。分かりました、とすかさずわたしに携帯を渡してくる。
なんだなんだ、と疑問に思いながらも、わたしは電話を受け取った。
画面に映るゴツイ顔の土井警視正は、わたしを見ると何やら納得したような表情を浮かべた。
「……はい? 何でしょうか?」
『初めまして、鳳仙綾女――水神と互角にやり合ったと聞いていたので、どんな化物か、顔を見たいと思っていたところだったよ』
「――――水、神? 水天宮円さんのこと、ですか? まさか」
『ほぉ、察しが良いというのも本当か――今回、キミがやらかしたことは、俺が裏で何とかしてやる。為我井警部の件もな。貸し一つ、だ。それだけで分かるだろ?』
土井警視正はそれだけ言うと、プチン、と一方的に通話を切っていた。ツーツー、と切れた携帯の画面を眺めていると、横から真下警視が奪い取った。
「何の話かは存じませんが、この度は、為我井警部がだいぶ暴れてしまって申し訳ありません――八重さん、民間人のお嬢さん。ご迷惑をお掛けしましたね」
真下警視は丁寧に頭を下げて、特殊部隊の七人に顔を向ける。
七人は阿吽の呼吸で散らばって、二人が気絶しているリーダー格の男性を担いだ。残りの五人は、剣道場のあちこちを検分し始める。
「……八重さん。形だけですが、家宅捜索にご協力ください」
「ふむ――協力は惜しまぬ。爆弾娘さえ引き下げてくれれば、儂に文句などない。好きにするが良い。ああ、鳳仙殿、儂は少し休ませてもらう。好きに帰って良いぞ」
八重巴はわたしを一瞥だけして、先に剣道場を出て行った。
それを見送ってから、わたしも剣道場を出る。剣道場では、特殊部隊の連中だけが何やら探し物をしている様子だった。
(――あ、綾女嬢。気を付けてくださいっス。まだ清香嬢が、屋敷の外で張り込みしてるっス。気配を探ってから、逃げてくださいっス。うち、京道市中央駅で待ってるっス)
(――――ええ。承知いたしました)
屋敷を出ようとした時、柊南天のテレパシーが届いた。
すかさず気配を探ると、確かに警告通り、正門を出てすぐの塀にもたれ掛かって、わたしの出待ちをしている為我井清香の気配が感じ取れた。
わたしは足を止めて、裏手に回る。勝手口はないが、塀を飛び越えれば問題ない。
「……さて、サッサと駅まで向かいますか」
わたしは出来る限りの気配遮断を行って、音もなく塀を飛び越えた。
念の為、気配察知の感知範囲を拡大させて、真逆の正門に居る為我井清香を探っておく。彼女はまだ塀にもたれ掛かって、何やら携帯を弄っている様子が分かった。
気付かれる前に、逃げることにしよう。
「とはいえ……わたしはこの辺りの地理に明るくありません……」
駅に向かうのに、どうやって行けば良いか見当も付かなかった。地図が見れない訳ではないが、知らない街で迷わず目的地まで行けるほど旅慣れている訳ではない。
仕方なしに、わたしは大通りまで出てから、流れてくる空車のタクシーを捕まえた。
「京道市中央駅まで、お願いいたします」
タクシーの運転手に目的地を告げてすぐ、わたしは後部座席に深く腰掛けて大きく息を吐いた。
先ほどの八重巴との戦闘、なかなか愉しかったのに――あれほどの盛り上がりを見せて、いざクライマックスという場面で、唐突に終わってしまった。
これでは、まったくもって不完全燃焼である。このままじゃ悶々として眠れないではないか。
(……本当に、残念……せっかく、あそこまで盛り上がって……それが、強制終了とは……)
中途半端に終わった最後の場面を思い出す。
対峙して、お互いに切り札を見せ合おうとしていたあの瞬間――どちらが真に強者なのか、あのまま闘えていたら、勝敗がハッキリしたはずだった。けれど、それが見事にフイにされたのだ。
思い出すだけで、腹が立って仕方ない。
考えれば考えるほど湧き上がってくる怒りに、いっそ為我井清香を殺すべきだったのではないか、と短絡的な思考をしてしまう。
マズいマズイ、と首を横に振った。少しばかり冷静さが不足している。
(――嗚呼、そう言えば、柊さん? 八重さんが、清香さんを見て怯えていた理由、ご存じなんですよね? 何があるのでしょうか?)
わたしは流れる景色を見ながら、脳内で柊南天に呼び掛ける。そう言えば、タクシーで動いていてもテレパシーは届くのか、と不安になったが、それは杞憂だった。
(はいはい、分かります、分かります。そりゃあ、疑問に思うでしょうね。実は、うちもそーなんスけども、為我井清香警部――清香嬢って、理外の存在関係者と、裏社会の主にヤクザ関係スけど、そういう一部の特殊な人間たちの間で、超恐れられてる有名人でして、超要注意人物に指定されてるんスよ?)
(……超恐れられてる……? それに、超要注意人物って……どういうことでしょうか?)
為我井清香が裏社会で有名などという話は、少なくともわたしは初耳だった。有名であれば、それなりに名前を聞くはずだが、一切、聞いた覚えがない。
わたしはこれでも、裏社会の中では顔も聞くし、情報通でもある。師父である蒼森玄に斡旋された仕事をこなすうえで、それなりに警察の裏側とも接触してきた。それでも、一度として『為我井清香』の話を聞いたことはない。
(清香さんが、爆弾娘として県警内で有名なのは存じていますよ? 傍若無人だけれど、腕が良い捜査一課のエースという噂も、聞いたことがあります。けれど、柊さんが言うような、恐れられる有名人とは思えないのですけれど?)
わたしは柊南天との会話に集中する為、腕を組んで瞼を閉じた。
タクシー運転手はそんなわたしをチラと一瞥して、うるさくしないようにと、ラジオの音量を下げてくれた。なかなか親切な運転手だ。当たりである。
(綾女嬢は知らなくて当然スけど――清香嬢が、恐れられるようになった原因って、彼女が捜査一課に配属された直後に起きた、特異課との大喧嘩が発端なんス。清香嬢が『爆弾娘』と呼ばれる所以の、大暴走事件スよ?)
(――捜査一課に配属された直後……それは、二年前、ということですか?)
記憶の限り、為我井清香が捜査一課に配属されたのは、わたしが中学卒業のタイミングだったはずである。為我井優華と高校入学の話をしていた時期に、姉である為我井清香が、念願の部署に配属されたとか喜んでいた。
柊南天は、そスよ、そスよ、と激しく同意していた。
(そう言えばその頃、ちょうど忙しくなったとかで……数か月、家に帰ってこなくて心配、とか優華さんがぼやいてましたね……)
(あ、まさに、それスね。その時期で、理外の存在――『呪いを振り撒く魔女』と遭遇したんス。んで、特異課と大揉めに揉めたんスよ)
(……何を揉めたのですか?)
(連続猟奇殺人犯の『呪いを振り撒く魔女』を、討伐をする、しない、って話でっスよ。詳細は端折るスけど、特異課は、呪いを振り撒く魔女に『理外対策特権』を与えて、法で裁かず、警察の協力者に仕立てようとしたんス。で、実際に手を結んだ。けど、それを許せなかった清香嬢が、単独で挑んで――殺すことに成功したんス)
脳内に、その時の二人のイメージが焼き付けられた。
為我井清香は当時二十四歳で、空手、柔術、合気をメイン戦術とする格闘タイプである。一方で『呪いを振り撒く魔女』と呼ばれていたのは、四十代くらいの男性だ。呪術を専門として、遠隔で強力な攻撃魔術を操るインド系外国人である。東南アジアの短剣クリスを常備しており、中高生ほどの女児を狙って殺しを働く猟奇殺人者だったようだ。
わたしが殺した【風神】五十嵐葵のように、戦闘素人の小娘などではない。相応に経験を積んだかなりの強者だったろう。
そんな魔女を、単独で殺した、というのか――それほどに素敵な実力者だったのか、とわたしは驚きを隠せなかった。
(ちな、清香嬢スけど、綾女嬢とは別次元の天才――無自覚な天才、スね。霊力は無意識に操ってまスし、魔力回路が覚醒してるから魔力もあって意識せず操ってまスけど、実際の操作技術は持ってないス。だから、意図的に魔力や霊力は運用出来ないっス。また、中国拳法的に言う『内功』とか『気力』とかも、意識せずに使ってるス。そして何よりあの肉体が『神の肉体』と呼ばれるほど、回復速度、免疫能力、筋肉性能が高い完璧な身体っス。サラちゃんや破壊神みたいな超人体質じゃないスけど、それでも充分過ぎる性能を持ってるっスね)
(……無自覚な天才、ね。嗚呼、それは嬉しくありません……闘うとしたら、だいぶ厄介ですね)
続けて届いた柊南天からのテレパシーのイメージだと、為我井清香は、無自覚の強者――つまり火事場の馬鹿力を発揮しなければ、己の全力を出せない性質のようだ。
霊力も魔力も気力も、無意識で操作している為に、思い通りに引き出せない。むろんそれらの出力調整さえ出来ないので、ある意味、常に半分程度の実力しか発揮できないらしい。
(全力で本気の清香さんを味わい尽くそうと思ったら、ご家族の命を人質に取るくらいしないと、やる気にならないということですか……残念です……)
イメージを見る限り、為我井清香は魅力的な強者だったが、自力でその能力を引き出せないのであれば興味などない。
(ま、そんな経緯があって、うちみたいな事情を知ってる輩……特に、異端管理局のメンバーで、当時から在籍してた人間は、清香嬢を敵に回すのを恐れるんス。清香嬢、メッチャ粘着スから、敵になったらマジで厄介ス。正義の為なら、命懸けにもなるっスからねぇ)
(それは、とても良く理解出来ます……)
(あ、あと、闘うのを恐れる理由の補足スけど、殺された『呪いを振り撒く魔女』って、当時の円卓五席を殺してるんスよねぇ……だから、誰がどうする、って協議してた折に、全く知らん一般人が殺したってんで、業界は震撼したのを覚えてるっスよ)
なるほど、とわたしは状況を理解する。八重巴があんなに悪態を吐いていたのも納得だった。
そんな厄介極まる強者が、実は、親友の姉であったことに、どこか運命めいた繋がりを感じた。しかもこのタイミングで、まるで関係ない地域で巡り合うなど、本当に悪縁には恵まれているらしい。
「――お嬢さん? そろそろ目的地ですよ?」
ふと、タクシー運転手がそんな声掛けをしてきた。
わたしはパチっと目を開けて、外の景色を見た。見覚えのある風景だった。
しばらくして、タクシーは京道市中央駅のロータリーに止まった。
わたしは寝起きのフリをして頭を左右に振り、感謝の言葉を言って料金を支払った。
(――柊さん? どちらに?)
駅構内に入り、改札口付近でキョロキョロと辺りを見渡す。視認できる限りの範囲には、それらしき人物は居なさそうだった。
集中を高めて、霊感での感知も発動させるが、半径100メートル以内には、柊南天の気配は感じ取れなかった。どこか近くの店に入っているのだろうか、と首を傾げる。
「綾女嬢、お疲れっス。ここっスよ」
その時、背後の改札の中から声が聞こえた。
振り返ってみれば、茶髪にピンクメッシュを入れた柊南天が居た。服装は朝から変わっていないが、髪型と色が違うだけで、だいぶ印象が変わっていた。
どうやら、空無之位で気配を完全遮断していたらしい。いま目の前で霊感を使用しても、気配が微塵も感じなかった。
「……どこか、別のところに移動するのですか?」
わたしは改札口を挟んで、柊南天に首を傾げる。待ち合わせで駅には来たが、このまま自宅に帰るつもりは毛頭なかった。
そんな思考を読んだか、柊南天が苦笑しながら手招きをして見せる。
分かってます、分かってます、と声に出さずテレパシーで伝えてきた。仕方ない、と改札を通る。
「――それで? 今日は諦めますけれど、八重さんとの再戦はどのようになりますか?」
「綾女嬢は、やっぱそう言うっスよね? うちとしては正直、清香嬢に目を付けられたんで、ほとぼりが冷めるまでは家に帰ってた方が良い気がしてまスけどね……」
「ほとぼりなど冷めないでしょう。清香さんは、決して諦めませんよ? 結局、遅かれ早かれ、問い詰められて、彼女を納得させるまで、逃げられません」
「んー、そこっスけど……特異課の土井毅が、何とかする、とか、ほざいてたじゃないスか。一応、警視正で清香嬢より役職上だから、国家権力で黙らせてくれるんじゃないスか?」
とりあえず改札口付近で話しているのは迷惑になるので、駅構内にある珈琲カフェに入った。珈琲は二人分注文した。
柊南天としては、このままわたしが自宅に戻ることを勧めている。しかし、わたしとしては京道市付近で一泊して、明日にでも八重巴ともう一度闘いたい気持ちだった。
一日時間を置けば、為我井清香への良い言い訳も出来るだろう――当然、考えるのは柊南天の仕事になるのだが。
「嗚呼、そう言えば、質問ですけれど、特殊災害・異常対策課、でしたか? 土井警視正とやらは、神言桜花宗のメンバーなのでしょうか?」
「そスよ。土神って呼ばれる幹部の一人っス。神言桜花宗のスパイで、同時に、特異課のスパイ、って意味不明な立ち回りしてるっス。これ公然の秘密スね。異端管理局の中で、知らないヤツは居ないっス。ちな、いま神言桜花宗って破壊神と揉めてるから、あえて特異課の立場で、民間に被害が出ないように振舞ってるらしいっス――こんな立ち振る舞いしてる蝙蝠野郎っスから、神言桜花宗内じゃだいぶ嫌われてるみたいスよ?」
「――へぇ? なるほど、ね」
予想通りではあった。そして、あの『貸し一つ』という言葉で、土井毅が水天宮円たち魔術師派の側であることも分かった。わたしを仲間にすることを諦めていないがゆえの台詞である。
それが分かれば、もう土井毅に興味はなくなった。
いま考えるべきは、これからのことだ。
「あー、んで、綾女嬢。うちは、このまま帰宅を――」
「――柊さん。わたしは、八重巴さんと決着をつけたいです。ここまで盛り上がったのに、お預けを喰らうなんて、堪えられません」
柊南天の言葉を遮って、わたしは有無を言わせぬ口調で、嬉々とした殺気をぶつけた。うっ、と気圧されながらも、柊南天は反論してくる。
「決着、つけさせてあげたいのは山々っスけど、ちょっとだけ我慢して欲しいっス。今回はマジで、清香嬢を何とかするのが優先、って思うっス。一旦、帰って、また今度、巴女史とは段取りするっスよ?」
「柊さんとしては、何が一番の問題なのでしょうか? 八重さんと闘う為には、逆に、何をすれば宜しいでしょうか?」
「……問題視してるのは、ズバリ、清香嬢のことだけっスね。うちは、綾女嬢を探られて【人修羅】であることがバレるのを危惧してるっス。それだけは、絶対に避けたいっス」
柊南天はジッとわたしの目を見て言ってきた。
それは逆説的に、わたしが【人修羅】であることを知られなければ良い、ということだろう。そう考えた思考を読んで、柊南天が諦めたように頷いていた。
「――はい、そスよ。【人修羅】だと知られず、敵にも回さなければ、別に大丈夫っス」
「そのためにはまず、どんな言い訳が適切だと思いますか?」
「はぁ……まぁ、そうなるっスよね……そっスね――――綾女嬢と清香嬢の関係性を考えると、一つだけ有効そうな案はあるっスよ? けど、どっちにしろ、今後はそこもケアしないとあかん、ってのがシンドイっスけどね……」
「あら? そういう面倒なことや、シンドイことをやってくれるのが、人修羅の相棒、ではないのでしょうか?」
わたしは笑顔で首を傾げる。その笑顔に、柊南天は肩を落として深く吐息を吐いていた。
「――さて、そうなると、アレっスね。色々と準備せんと、っスね。明日以降の段取りもするんで、とりあえず今日はこの後、異端管理局で部屋枠確保してるホテルに予約入れときまスわ」
「宜しくお願いいたします――ん? それは、ここから移動する感じですか?」
「そーっス。二駅移動して、そっからタクシーで五分ってとこスかね? その前にちょっと、小腹空いたんで、ここでおやつ食べさせてくださいっス」
柊南天は言いながら自分の腹を撫でて、店員にケーキセットを頼んでいた。
わたしは珈琲を飲み干してから、今度はハーブティーを注文する。昂っている気持ちを、少しでも落ち着けなければならない。
こうして今日は、この後の行動として、ホテルでゆっくりと休むことに決めた。柊南天もそれには賛同してくれている。
ここの滞在がどれくらいになるのか分からないが、八重巴との勝負が決着するまで、わたしは自宅には帰らないつもりだ。
「――それで、柊さん? 有効そうな案とは、どのような言い訳なのでしょうか?」
ケーキセットがやってきてから、柊南天に問い掛けた。
八重巴と闘うのが本来のメインではあるが、それよりも先に、為我井清香を説得するというイベントが待っている。
勝負は明日だろう。
早いうちにサッサと、こちらから為我井清香に説明しに行くのがベストである。ここに時間を掛ければ掛けただけ、裏取りされて言い訳の効果が薄れてしまう。
「言い訳の内容は――――」
注文したハーブティーを飲みながら、わたしはその柊南天の提案に驚き、思わず吹き出しそうになってしまった。
まさか、本気でそんな言い訳が通じるとでも思っているのか――と、痛烈に思ったが、続く柊南天の説明に、納得せざるを得なくなった。
確かにそのロジックであれば、誤魔化せる可能性はある。納得は出来そうだ。
そうして、わたしたちは、小一時間ほどカフェで過ごしてから、電車で二駅移動した。そこからタクシーで、柊南天の予約したホテルへと着いた。
ちなみに、異端管理局で部屋を確保しているだけあって、一泊十何万もする豪華なホテルだった。
そこでは、わたしと柊南天、別々の二部屋が予約されていた。同部屋も覚悟していたので、一人部屋を用意してくれたことは、純粋に感謝だ。嬉しかった。
さて――明日、為我井清香を説き伏せる段取りを、改めてシミュレーションしてみる。
どのタイミングであの荒唐無稽な言い回しをするのか、しっかりと考えておかないと――そんなことを考えながら、時間は過ぎ去っていった。
第六章はあとちょっと続く…今月中にアップしきる予定。




