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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第二章/理外の存在

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第二夜

 

「……退屈ですね」


 わたしは日課のトレーニングを終えてから、ベッドに仰向けになりシミ一つない白い天井を見上げる。

 わたしが【護国鎮守府】と言う如何にも怪しい組織に所属する契約書を取り交わしてから、早三日。けれどまだ、この白い部屋に軟禁されたままである。

 この部屋で意識を取り戻したときから計算すると、都合五日ほどか――いい加減そろそろ、自宅に帰りたい思いが強くなっていた。


「確かに、ここでの生活に、何一つ不自由はありませんけれど――肉料理が振舞われないことが不満でなりませんし、外の空気を吸えないことも思ったよりも苦痛です」


 誰に言うでもなく呟き、わたしは上半身だけ起き上がると、右手を真っ直ぐに伸ばして具合を確かめる。


「……見事に、傷跡さえありませんね」


 強く拳を握り締めて、素早くパッと開く。腕を捻って、水平に手刀を放つ。

 いまや本気で身体を動かしても痛みは感じず、動作にも何ら違和感はない。先ほどのトレーニングでもそうだったが、もう完治していると言って過言ではないだろう。

 わたしはこの治療結果に満足気に頷きつつ、そろそろやってくるであろう龍ヶ崎十八を思った。


「この十八くんの治癒の異能――何としても、わたしのモノにいたします」


 部屋に唯一の入口である鉄扉に顔を向けて、わたしは力強くそう決意を口にする。

 龍ヶ崎十八という人物の持つ治癒能力がこれほど破格だと知ったいま、彼をいかに篭絡して己のモノとするか――それが、わたしにとって【最強】を目指すうえでの最短であろう。


 そんなことを考えていると、今日も正午の時間ピッタリで、鉄扉の向こう側、病院みたいな通路を歩いてくる足音が聞こえてきた。

 わたしはベッドから立ち上がり、上下グレーのスウェット姿とはいえ、身だしなみが乱れていないか確認してから、龍ヶ崎十八が扉を開けるのを待ち構える。

 

「――綾女さん。昼食だよっと、入って大丈夫かな?」


 コンコン、と二回、軽いノックをしてから、龍ヶ崎十八はわたしにそう問い掛けてくる。鍵は外側についているので、わたしが許可せずとも入ることは出来るのだが、そこは紳士的なつもりなのだろう。

 毎回いちいちわたしに声を掛けてから、許可を求めてくる。若干面倒ではあるが、わたしが着替えているかもしれないので、この気遣いに悪い気はしない。


「ええ、どうぞ」


 わたしは深呼吸してから返事して、出迎えるべく鉄扉の前に陣取る。龍ヶ崎十八はわたしの返事を聞いてから、ガチャガチャと鍵を外して鉄扉を開けた。


「失礼します。はい、これが今日の食事――あ、わざわざごめん」

「いえ、とんでもありません。いつもありがとうございます」


 わたしは、媚びを売っていると言われても仕方ないほどの笑顔で、龍ヶ崎十八から二人分の食事を優しく奪い、部屋の隅に置かれたテーブルに並べる。

 今日の食事は洋風のワンプレートで、生野菜のサラダ、コーンスープ、バターライス、スクランブルエッグ、トマトベースなのか全体的に赤い野菜の煮込み料理だった。

 わたしは部屋に置いてもらった小型の冷蔵庫から二人分のミネラルウォーターを持ってくると、笑顔のまま龍ヶ崎十八と向かい合う席に座る。


「ありがとう、綾女さん。えと――それじゃ、あったかいうちに食べよう?」


 龍ヶ崎十八はわたしが着席したのを見てから、パンと手を叩いて、いただきます、と早速食事に手を付けた。彼はわたしに見せるように、プレート内に彩られた料理の一品一品を満遍なく一口だけ食べてから、グッと親指を立てて見せる。

 その毒見を見届けてから、わたしは笑顔のまま、龍ヶ崎十八が手を付けた食事と自分の前に置いた分とを交換して、いただきます、と手を合わせる。

 そして何の躊躇もなく、彼の食べ掛けの食事を口にした。


「――美味しいです。いつも思いますけれど、十八くんは本当にお料理が上手ですね」


 一口食べて、その美味を会心の笑みで絶賛した。毎度のことながら、龍ヶ崎十八はわたしの言葉に少しだけ照れながら、交換された手付かずの食事に箸をつける。


「ありがとう。そう言ってもらえると作った甲斐があるよ。連理なんか、自分じゃ料理しない癖に、こっちの料理は絶対褒めないで、いっつもイチャモン付けるからさ。作っても張り合いなくて……」

「そうなんですか? それは酷いですね……」


 わたしは、見た目も味もプロの料理人が作ったと言われて違和感のない龍ヶ崎十八の手作り料理を食べつつ、内心で酷く落胆していた。

 この料理は全て、間違いなく絶品である。

 好みに関係なく、十人が十人とも美味いと手放しで褒めるだけの美食と言えるだろう。しかし、どうしてか肉類は絶対に出てこない。

 今日こそ期待したのに、と心の中でため息を漏らしながら、それをおくびにも出さず、程よい塩味の利いたバターライスを口にする。


「あ、ところで綾女さん。身体の調子はどうかな? もうそろそろ神経節も治ると――」

「――ええ。十八くんのおかげで、もう完治いたしました。いまや傷痕一つも残っていませんし、痛みや違和感もありません。五十嵐さんと戦う前となんら遜色はないでしょう。むしろ、今のほうが調子が良いくらいですね……本当に、十八くんの治癒能力は素晴らしい能力と思います」

「…………完治、まではもうちょっと掛かると思うけど……」

「いいえ、完治しました」


 わたしはバッサリと断言して、有無を言わせずニッコリと微笑んだ。龍ヶ崎十八はそれ以上何も言えなくなり、うん、と小さく頷く。

 わたしはそのままよく分からない赤い料理に手をつけて、露骨に話題を変える。


「――ちなみに、十八くん。このトマトソースが掛かったような野菜料理は、いったい何ですか?」

「ん? ああ、それ? それはラタトゥイユって仏料理だよ……口に合わなかったかな?」

「いえ、そんなことないですよ。とても美味しいです――気にしないで下さい。ちょっとした興味です。よくこんな凝った料理が作れるなぁ、と……わたし、料理は得意ではありませんから」

「いやいや、これ、言うほど難しい料理じゃないよ。得意じゃないって言っても、レシピを教えたらすぐに作れると思うよ?」

「そうでしょうか? 十八くんが料理上手なだけだと思いますけれど……それにわたし、恥ずかしながら本当に料理は不得意なんですよ?」


 わたしは言いながら、照れ臭そうに顔を伏せる演技をした。実際、若干だけ謙遜は入っているが、不得意なのは嘘ではない。

 龍ヶ崎十八は少しだけ意外そうな表情を浮かべて、そうなんだ、と呟きながら、わたしの演技を本気で受け止めてくれていた。


「料理が不得意そうには見えないけどなぁ……じゃあ、普段はどんな食事を作ってるの?」


 龍ヶ崎十八と九鬼連理は、わたしが一人暮らしをしていることを知っている。だからこそ、そんな風にわたしの自炊が前提の質問になる。

 当然、自炊はしている。だが、わたしは素直にそう答えず、これを幸いと適当に出鱈目を口にする。


「どんな――そうですね。例えば、コンビニのお弁当が八割でしょうか?」

「え? あ……なるほど、コンビニか……そっか。自炊はあんまりしないんだね」


 わたしは龍ヶ崎十八の言葉に無言で頷いた。しかし実際のところ、それは全くの嘘である。

 正直、コンビニ弁当など、逆に月に一度程度しか利用することがない。つまり、龍ヶ崎十八の最初の見立ては間違っていない。

 ――とはいえ、自炊出来るイコール料理が得意な訳でもない。

 そもそもわたしは、食事に栄養補給以外の意味を求めていないのだ。味など二の次であり、素早く栄養価の高いモノが食べられれば、それで充分という人種である。必然、わたしが作る料理とはそういうモノになる。

 それゆえに、結論だけ言えば、わたしの作る料理は他人様に美味しいと言ってもらえるような代物ではない。


(……別段不味い訳ではありませんけれど、基本、味がしませんからね)


 わたしは恥ずかしそうな表情を浮かべて、上目遣いで龍ヶ崎十八を見詰める。料理が出来ないことはアピールポイントにはならないが、それを逆手に、さりげなくアプローチを掛けることを思いついたのである。


「十八くん。その……もし、宜しければ今度……わたしに料理を教えて頂けないでしょうか?」


 わたしのその提案に、龍ヶ崎十八は満更でもない様子で、照れ臭そうに頬を掻きながら頷いた。


「いいよ。こんな俺で良ければ、料理くらい幾らでも教えるよ」

「ありがとうございます――凄く楽しみです」


 わたしがそう言って会心の笑顔を向けると、龍ヶ崎十八はドキッとした表情を見せてから、恥ずかしそうに照れた顔を背けていた。

 その反応を見て、順調にわたしへの好感度が上がっていることを確信した。龍ヶ崎十八は見た目通りに初心で素直だ。こうしてアプローチを掛け続けていけば、いずれわたしに夢中になってくれるだろう。

 そうなれば――龍ヶ崎十八が保有する破格の治癒能力は、すなわちわたしのモノになる。


 さて、そんな自己中心極まる利己的な考えはおくびにも出さず、そのまま他愛無い談笑をしつつ、わたしたちは食事を続けた。


「――ところで、十八くん。わたしは一体、いつになれば、ここから解放して頂けるのでしょうか?」


 ひとしきり食事を堪能してから、わたしは食事の手を止めて、龍ヶ崎十八を真っ直ぐと見詰めた。直前までの柔らかい空気が一転して、途端、緊迫した空気が漂う。

 わたしは口調と表情こそ優しかったが、同時に、有無を言わさぬ威圧も放った。正直、これ以上この病室じみた部屋になど居たくはない、という気持ちを威圧に篭める。


「もうおかげさまで完治しています。ですので、速やかにわたしを家に帰して欲しいのですけれど?」

「……完治までは難しいと思うけど……そもそもさ、今日でまだ一週間だよ?」


 わたしの言葉に、既に食べ終わって茶を啜っていた龍ヶ崎十八が手元の腕時計を見ながら言う。わたしはその言葉にピクリと反応して、一週間ですか、と眉根を寄せながら首を傾げる。


「うん、一週間。それしか経ってないよ――綾女さんをここに運んだのが先週の日曜日だから、今日でちょうど七日目。ちなみに、綾女さんが意識を取り戻したのは、今週の火曜日……綾女さんからすると、今日は、五日目ってところでしょ?」

「……今日は、何月何日でしょうか?」


 龍ヶ崎十八に言われてから、わたしはハッとする。そういえば、目覚めてからカレンダーを確認していなかったことに今更ながら気付いた。


「今日は、七月二日の日曜日だよ。ほら――」


 龍ヶ崎十八は言いながら、スマホの画面を見せてくる。そこには確かに、七月二日の表示である。

 わたしが五十嵐葵と闘ったのは、六月二十五日の日曜日――なるほど、丸一週間ここに軟禁されていた計算になる。

 

「――綾女さんの傷は、医者に掛かってたなら間違いなく全治半年以上で、しかも後遺症も覚悟してもらうほどの大怪我だったんだよ。いくら今、身体に違和感がないって言っても、俺の治癒能力もそこまで万能じゃない。だから正直、念のためもう一週間くらいは、ここで安静にしてて欲しいんだけど……」


 龍ヶ崎十八のその遠慮がちな言い回しに、しかしわたしはフルフルと首を横に振る。

 確かに彼の言うことはもっともだろう。全治半年以上の大怪我、どころか恐らく九死に一生レベルの怪我だったのは疑いようがないし、もしこれが、かかりつけの闇医者だったならば、全治半年云々、後遺症云々の問題ではなく、十中八九わたしは死んでいた。

 助かったのは奇跡――いや、龍ヶ崎十八の治癒能力でなければ、無理だったのは間違いない。

 だから、龍ヶ崎十八の心配は理解できる。

 いかに破格の治癒能力とはいえ、それほどの大怪我を僅か一週間で癒せたとは思えないのだろう。

 

「不要です――もう一度言いますけれど、わたしの体調は万全です。十八くんはもっと、ご自分の異能に自信をお持ちになって良いと思いますよ?」


 わたしの強い物言いに、龍ヶ崎十八は難しい顔をして眉根を寄せている。どう説得すべきか悩んでいる様子が感じられる。けれど、わたしは何を言われても譲らないという意思を瞳に篭めて、ジッと龍ヶ崎十八の瞳を見詰めた。

 しばしそうして見つめ合うと、根負けした龍ヶ崎十八が溜息交じりに顔を伏せる。


「…………じゃあ、今日の治癒で問題がなければ、退院ってことで――」

「――おいおい、馬鹿十八! 何を押し切られてんだよ。勝手に判断してんじゃねぇよ」


 その時、龍ヶ崎十八の言葉を途中で遮って、そんな怒鳴り声が響いてきた。

 ハッとして入口を見ると、そこにはわたしと同じようなスウェット姿の九鬼連理が立っていた。いつの間に入ってきたのか――わたしが気配を全く感じ取れなかった。

 わたしは、ギリ、と歯噛みしながら、椅子から立ち上がり九鬼連理と向かい合う。


「九鬼さん。わたしはアナタたちと手を組んだ仲間ではないのでしょうか? 仲間を正当な理由なく軟禁するのは、おかしいでしょう?」

「ハッ! 正当な理由なら、十八が説明したろ? テメェはまだ完治してねぇ。だから治るまで――」

「――完治したと言ったでしょう? 何なら今ここで、試してみますか?」


 腕を組んで仁王立ちする九鬼連理に、わたしは本気の殺意をぶつける。九鬼連理が喧嘩を売っているのならば、喜んで買おう。

 実戦こそ、戦闘勘を取り戻す為の最上のリハビリである。

 それでなくとも、仲間になった九鬼連理が、どれほどの強者か知ることは重要だろう。


「……おい、連理。落ち着けよ、挑発するなよ」


 わたしの睨みに、九鬼連理は口角を上げて嬉しそうにしつつ、ボキボキと拳の骨を鳴らしていた。その様子を見て、呆れた表情の龍ヶ崎十八がドスの利いた低音で要らぬ制止を掛けていた。

 普段の彼が醸す和やかな雰囲気とは違うその冷酷な威圧感に、不本意ながらも若干胸キュンしながらも、わたしは九鬼連理に集中した。


「試す、ねぇ――つくづく、この市松人形ちゃんは、怖いもの知らずだよなぁ、説明したよな? オレは【魔女の騎士】だぜ? いくらテメェが人間離れしててもよ。病み上がりで、しかもオレの戦い方を知らない状況で、相手になると思うのか?」

「やってみなければ分からないと思いますけれど? まぁ、少なくとも、苦戦は覚悟していますけれど――」

「――ほぅほぅ? 苦戦ってなぁアレか? オレに勝つ前提ってことか?」

「おい、連理!! それ以上は止めろ! 綾女さんのパートナーは、俺に決まったろ!? 喧嘩するつもりなら、俺が相手になるぞ!?」


 一触即発のキナ臭い空気が漂い始めた室内で、龍ヶ崎十八がテーブルを叩きつけながら怒鳴った。彼は九鬼連理とわたしの間に割り込み、わたしに勝るとも劣らぬ威圧を九鬼連理にぶつけていた。

 一方で九鬼連理は、そんな龍ヶ崎十八の威圧と、わたしからの威圧を真正面から受けて、それを呑み込むほどの凄まじい覇気を纏っている。

 なるほど――これが本気の九鬼連理、魔王と呼ばれるだけの雰囲気はあるだろう。

 わたしは無手であることを若干悔やみつつも、高揚してくる心のままに、全身に気合を入れて集中の世界に入った。もはや戦闘を避けることは出来ないし、避けるつもりもなかった。


「十八、テメェはいいから下がってろよ――オレの気持ちはどうあれ、市松人形ちゃんにゃあ、もう退く気がないようだぜ?」


 なぁ、と楽しげに上から目線で見てくる九鬼連理に、わたしは、もちろん、とほくそ笑みながら頷いた。生憎、ここまで高まった気持ちを静める術などありはしない。


「だとしてもだ、連理――手を出したら、俺が相手になる」


 いまにも爆発しそうな緊張感の中、しかし頑として龍ヶ崎十八は譲らず、わたしを背後に九鬼連理と対峙して、強くそんなことを告げていた。

 それは傍目から見ると、まるで弱者であるわたしを庇っているようだった。九鬼連理が絶対の強者であり、そんな彼女からわたしを必死に庇う構図である。非常に不愉快であり、且つ侮辱だ。


「……十八くん。退いて下さい。九鬼さんはご厚意で、わたしのリハビリに付き合ってくれると仰っているんですよ? 結果、わたしが完治していることも証明できるのですから、十八くんの心配は、要らぬお節介――」

「――綾女さんも、手を引いてくれ。こんな……結果の見えてる勝負なんて勝負じゃないし、せっかくそこまで回復したのに、万が一、傷が開いたりしたら……」


 グッと重心を低くして、今にも九鬼連理に飛び掛かろうとした瞬間、わたしにそんな冷水じみた挑発が浴びせられた。

 龍ヶ崎十八のその発言は、わたしの体調を心配しての言葉であり、同時に、取りも直さずわたしが負けることを確信している台詞だった。

 舐められている――刹那、わたしの堪忍袋の緒はプツリと切れて、全速の歩法飛天で踏み込んでいた。


「チッ――まったく、この暴走市松人形ちゃんが――って、おい!」

「――ッ、な、に」


 九鬼連理の舌打ちと悪態を耳にしながら、わたしは次の瞬間、受け身も取れず無様に床に転がっていた。何が起きたのか、一瞬だけ理解できなかったが、すぐさま状況を察する。

 信じられないことだが、わたしが飛天で踏み込んだ瞬間、それよりも疾い動きで龍ヶ崎十八に腕を取られて、挙句、飛天の勢いそのまま転がされたらしい。

 龍ヶ崎十八のそれは、頭に血が上っていて視野が狭くなっていたことを差し引いても、手放しに称賛できるほど見事な技だった。あまりにも洗練された動きだったので、何をされたか、床に転がされるまで気付けないほどだ。

 言い訳にしかならないが、龍ヶ崎十八に殺気がなかったことも相俟って、わたしはあっけなく床にうつ伏せで組み伏せられた。


「動かないで、綾女さん。動かれると、利き腕を圧し折るしかなくなるからさ」


 わたしの右腕を捻り上げつつ、背中と首に足を掛けて、龍ヶ崎十八は冷酷な声でそんな警告をする。そこに嘘偽りは感じなかった。いまの彼なら、何の躊躇もなく本当に折るだろう。


(仮に腕が折られようと、結局、それを治すのも十八くんでしょうけど……とりあえずいまは、十八くんと戦うつもりはありません……)


 わたしは軽々と倒されたことで少しだけ冷静になる。大人しく引き下がりたくはないが、ここは龍ヶ崎十八に免じて矛を収めるべきだろう。

 とはいえ、戦うこともなく退く悔しさで、はらわたは煮えくり返っているし、九鬼連理という強者との闘いを愉しみたい欲求は強い。それをグッと我慢して、一旦、落ち着くべきだ。

 ふぅ、と深く長く呼吸を繰り返して、集中を解いた。同時に、纏っていた殺気も散らして、観念した風に頭を垂れる。途端、組み伏せている龍ヶ崎十八の重みが背中に感じられた。


「十八くん……見た目の割りに、筋肉質なんですね」


 わたしは降参とばかりに脱力して、関節技を容赦なく決めている龍ヶ崎十八にボソリと呟いた。けれど彼は技を解かずに、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、九鬼連理を睨み付けた。


「おい、連理。いまお前、炎系魔術で綾女さんを射抜こうとしただろ? 片腕が吹っ飛ぶくらいなら、俺の能力でも何とかなるだろうけど、万が一、頭が被弾したら即死だぞ? 分かってるのか!?」


 龍ヶ崎十八にしては珍しく語気を荒らげて、上から目線で腕を組んでいる九鬼連理に怒鳴っていた。その台詞を鼻で笑って、九鬼連理はわたしに視線を向ける。


「十八、市松人形ちゃんを侮辱し過ぎだぜ……あの動き見たろ? この市松人形ちゃんは、初見だろうと、オレの炎の矢くらい避けれるっつの――まぁ、その後は、肉弾戦でボコボコにしたとは思うけどよ」

「綾女さんは病み上がりなうえに、魔術に対する知識がないに等しいんだぞ? それなのに、連理のその楽観的な予想なんて、当てにならないだろう? だいたい、仮に避けたとしても、結局、綾女さんが無傷で終わることはない。だからこそ闘うな、って言ってんだよ。分かるだろ?」

「へぇへぇ――まったく、過保護だぜ、十八は」


 わたしを拘束したまま、龍ヶ崎十八と九鬼連理はそんなやり取りをする。それを反論せずに聞き流しながら、仏の気持ちで龍ヶ崎十八が退いてくれるのを待った。

 甚だ心外ではあるが、どうやら二人とも、わたしをだいぶ格下と思っているようだ。実際、出鼻を挫かれてこうして組み伏せられたいま、弱いと言われても仕方ないかも知れない。だが、戦う気になれば、別段、腕がもげようと続けることはできる。

 これは言い訳にしかならないが、龍ヶ崎十八は見事な関節技でわたしを押し倒したが、この程度では戦闘力を奪うことはできない。完全に背中でマウントを取られているが、腕を犠牲にするだけで、彼の首を一足で刎ね飛ばすことが可能だ――相手が九鬼連理だったら、迷わずやっていた。


「…………頭は冷えましたよ。十八くん。そろそろ、わたしを放してくれませんでしょうか?」

「あ――ごめん、ごめん。咄嗟に、止めなきゃって思って……」

「見た目と違って、お強いんですね、十八くん。いまのは、合気道か何かでしょうか?」


 わたしの脱力を確認してから、龍ヶ崎十八は慌てた口調ながらも、油断なく構えを解いて離れた。しかも離れた後でも、わたしが瞬間的に九鬼連理へと飛び掛らないよう、さりげなく彼女との射線を塞ぎつつ一挙手一投足を注視してくる。

 治癒能力もあり、戦闘力も高い。挙句、実家が大病院で、優しく初心な性格。それでいて、割と好みな顔立ち――わたしの中で、龍ヶ崎十八への好感度が爆上がりした。


「合気道じゃなくて、うち独自の古武術――龍ヶ崎流古武術って言って、一応、俺、免許皆伝は貰ってて、道場じゃ師範代とかやってるんだ」


 照れ臭そうに言いながらも、その鋭い視線はわたしから逸れることはなかった。言葉とは裏腹に、微塵の油断もせず、わたしを警戒している。

 わたしはこれ見よがしに諦めの溜息を吐いてから、降参ですよ、と口にしながら両手を挙げる。完全に脱力しているし、無抵抗をアピールするために瞼さえ閉じた。

 そこまでのアピールでようやく、龍ヶ崎十八は、ふぅ、と安堵の溜息を吐いて緊張を解いた。


「……だから、甘いんだよ。十八は」


 そんな油断した龍ヶ崎十八の様子を見て、九鬼連理は呆れ声の苦言を口にする。

 それについては同感である。わたしもクスリと苦笑しながら、ええ本当に、と賛同した。


「けれど、その甘さ、わたしは嫌いではありません。まぁ今回は、十八くんの甘さに免じて、大人しくします。それで宜しいでしょうか?」

「ハッ! そもそもの原因は市松人形ちゃんだろうに、どんだけ自己中なんだっての――と、まぁオレも少しだけ大人げなかったのは認めてやるよ」


 九鬼連理はわたしに不敵な笑みを浮かべながら、いちいち挑発的な言い回しをしてくる。しかしもはや闘うのを諦めたいま、その程度の挑発で熱くなるほど脳筋ではない。

 わたしは改めて、闖入してきた九鬼連理など居ないかのように、龍ヶ崎十八に喧嘩の発端となった質問を蒸し返す。


「十八くん。先ほど、今日の治療で、わたしに問題がなければ退院と仰って頂きましたが、嘘ではないでしょうね?」

「……ああ、嘘じゃないよ。異常がないようなら、もう退院して大丈夫――駄目とは言わせないぞ、連理」


 龍ヶ崎十八はチラッと九鬼連理に視線を向ける。九鬼連理は舌打ち交じりに、はいはいはい、と渋々ながらも頷いていた。


「そこまで言うなら、もうオレは口出ししねぇ――そもそもオレはテメェのためを思って、親切心で言ってやってるんだぜ? 十八も分かってるだろ? 五十嵐葵が所属してたと思われる組織は、間違いなく市松人形ちゃんを狙ってくるぞ?」

「それは、分かってるよ。けど、永遠にここで生活する訳にもいかないだろ?」

「だから相談の結果、あと一週間ほど匿って、虎姫(トラヒメ)に逢わせるって段取りだったろうに――まぁ。本人が外に出たいって言ってんなら、引き留めても仕方ねぇ。とりあえずオレは、市松人形ちゃんの状態を虎姫に報告しておくぜ」


 九鬼連理は龍ヶ崎十八とそんなやり取りをしてから、何をしに来たのか、そのまま入口から出て行った。それを見送ってから、龍ヶ崎十八は疲れたように溜息を漏らした。


「……あー、ごめんね、綾女さん。じゃあ気を取り直して、診察していいかな?」

「ええ、是非――ちなみに、『五十嵐葵が所属していたと思われる組織』の話に関して、説明をお願いしても宜しいでしょうか?」

「そりゃもちろん――けど、それは退院が決まってから、だよ。これを教えたら、まず間違いなく綾女さんは、今すぐ外に出せって言うに決まってるからさ」


 龍ヶ崎十八は苦笑しながらそんな決め付けを口にする。わたしは若干だけ不愉快そうに眉根を寄せて、しかし文句は言わずに、迷わずスウェットの上を脱ぐ。

 スウェットの下は白地のスポーツブラだけなので、龍ヶ崎十八は一瞬だけ赤面する。当然ながら、わたしも同年代の異性に肌を晒すのは恥ずかしいが、診察するには必要な行為である。


「それじゃ……失礼、します」

「ええ、お願いします」


 龍ヶ崎十八の前でわたしは身体の前面を曝け出して、無抵抗に触診を受け入れる。彼は恐る恐ると心臓付近の胸部に触れて、ゆっくりとへその部分まで指先でなぞる。くすぐったいが努めて声は出さず、瞳を閉じて集中している龍ヶ崎十八を眺めていた。

 龍ヶ崎十八の触診は、緑色に光っている指先を損傷部位に這わせることで、肉体の再生具合を確認できるらしい。そのうえで、細胞に強制的な自己再生を促して、細胞が不足している部位には、自らの生命力を分け与えることで回復させるという。

 理論はなるほど最もらしいが、わたしにとっては別段どうでも良い。重要なのは、結果論として、龍ヶ崎十八のその能力が破損している細胞を活性化させて、回復させることである。


(……超回復を通り越して、筋繊維が元に戻ってしまうのが、残念な効果ですけれど)


 そんなことを思いながら、龍ヶ崎十八の治癒を受け入れる。

 果たして、治癒の結果は非常に良好であり、わたしの主張通りに完治まではいかずとも、普通に生活するうえでの異常は見付からなかった。

 おかげで晴れて退院である。


 ところで、異常ではないが、内臓に蓄積されたダメージは抜け切っていないらしく、無茶な長時間の連続運動や、暴飲暴食は控えるように言われた。特に、肉料理などは消化に悪いので、厳禁と釘を刺されたので不愉快だった。


 ちなみに、九鬼連理と龍ヶ崎十八の決め付けは、見事に正しかった。


 五十嵐葵が所属していたと思われる組織の話を聞いた瞬間、わたしは居ても立っても居られなくなり、すぐにでも外に出て行きたくなったからである。

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