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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第六章/八重越えて

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第七夜(1)

 ガチャ、と個室の扉が開いて、柊南天が顔を出す。

 時計を見れば、時刻は九時半を回っていた。約束の時間よりも二時間遅刻である。

 柊南天は昨日と同じ金髪ウィッグで、へそ出しノースリーブ、ショートパンツとラフな格好をしている。ここまで遅刻しているのに、その表情に申し訳なさは一切ない。


「柊さん、いま何時だと思ってらっしゃるのでしょうか?」

「さーせん、さーせん。でも、言い訳させてもらうスけど、綾女嬢の身体があまりにも異常過ぎたから、こんなに時間掛かったんスよ? 検査入院をもう一日、って食い下がられるとは思わなかったスよ?」


 そんなのは知らない。そもそも、検査入院をさせたのは、柊南天ではないか。


「それ、昨日説明したじゃないスか――まあ、そんなこんなで、さあ、退院スよ」

「――ここから、八重さんのところまで、間に合いますか?」


 わたしは時計を見ながら首を傾げる。

 約束の時間は、十四時である。八重巴の自宅とやらがどこか分からないので、余裕があるのかないのかも不明だった。


「大丈夫スよ。腹黒嘘吐き妖怪婆の屋敷は、京道市内にありまスから、むしろ今から向かうと、一時間掛からず着いちゃいまス――なので、早めの昼食でもどぉスか?」

「いまの時間であれば、遅めの朝食、という表現では?」

「確かに!? ま、どっちでもいいスよ。うちのオススメの店があるっス、行きましょうス」


 コントでもしているような軽快さで言って、柊南天はわたしの荷物だけ持って病室から出て行った。

 わたしは溜息を漏らしてから、畳んでいた入院着の上の日傘状の仕込刀【魔女殺し】を持って部屋を出た。

 廊下には白衣姿の医師が何人か立っており、わたしの姿を見るなり、もう少しだけ検査させてくれ、と懇願してきた。意味が分からない。

 そんな医師たちを、先行して出た柊南天が大げさな仕草でガードしていた。


「Noっス! NGっス!! お触り厳禁っスよ!!」


 その様はまるで、アイドルの出待ちをしているファンと、アイドルを護るマネージャーのような構図だった。なんとも馬鹿らしい。


「――そう言えば、もうお会計は終わっているのでしょうか?」

「勿論ス、検査結果を聞くついでに、支払っておいたスよ。あ、こっちス」


 そこを何とか、と引き留めてくる医師を蹴散らして、わたしと柊南天は大学病院から外に出た。

 すると、病院の正面出口で往く手を阻むようにして、狐目をした若い女性が立っていた。

 その若い女性を前にして、柊南天はわたしの後ろに隠れていた。


「鳳仙綾女さん。もう一回だけ、精密検査をやり直しさせてください。貴女の数値、どれもこれも正常な範囲から逸脱してるのよ!? なのに、まるで平静な状態で、動けるのがあり得ない――いまも体温が三十八度を超えてるのよ!!」


 わたしに向かってそう叫ぶ女性は、柊南天の直弟子だという通称ピノコ――陽野麻美子である。

 陽野麻美子は昨日、かなりの塩対応をしてきたくせに、今日は随分と情熱的な態度を見せていた。

 どういうことか、と背中に隠れている柊南天に視線を向けた。

 柊南天は苦笑しつつ、さーせん、と呟いてテレパシーを飛ばしてきた。


(――ピノコの言う通りスよ。精密検査の結果、うちが懸念してたことは何一つなかったんスけど、ただ骨や筋肉繊維の状態だったり、血圧を始めとしたあらゆる数値が、大事故を起こした直後の患者と同じだったス。まあ、そりゃ当然ちゃ当然なんスけど)

(嗚呼、なるほど? わたしが魔力で補強している部分が、異常値として出てしまっている、と――それ以外には何も異常はないのですね?)

(全くないっス。だからこそ、ピノコがだいぶ興奮してるんスよ。こんな症例は過去にもないはずスからね――適当に逃げて欲しいス)


 柊南天は正体がバレるのを恐れてか、何も言わずにわたしの背中を押していた。


「陽野先生、申し訳ありませんが、既に退院の手続きはいたしましたよね? これ以上、わたしを拘束することは出来ませんよね? 検査結果も既に、わたしの連れが確認しているのでしょう? お世話になりました。これで失礼いたします」

「――あ、ちょっと!! 鳳仙綾女さん!!!」


 わたしはスパッと言って、陽野麻美子の横を抜けて駅に向かう。柊南天もサササッと駆け抜けた。

 取りつく島もない態度に、陽野麻美子はようやく諦めたようで、肩を落として恨めしそうな目線を向けてきた。当然無視する。

 わたしたちはそのまま、徒歩で駅まで向かった。

 駅に向かう途中、柊南天の提案で、朝五時から開店してる老舗中華料理店で食事を摂ることにした。ここがオススメらしい。

 香ばしい匂いの漂う店内は、コの字に配置されたカウンター席しかなかった。

 人気がないのか、遅い朝帯だからなのか、客入りは三名しか居らず活気もなかった。

 わたしたちは端に座る。無言のまま水が出された。


「……オススメとはいえ、朝から重たい食事ですね……しかも精密検査をした人間を連れてくる場所でもないのでは?」


 わたしは嫌味を篭めて柊南天に言ったが、無視されて、挙句にメニューを渡された。


「ここのオススメ――って言うか、この海鮮炒飯以外は頼まないほうがいいっスよ。スープ付きっス」

「……わたしとしては、こちらのエビチリと麻婆豆腐が気になるのですけれど?」

「あー、まぁ、無理強いはしないスよ? 好きな食べ物を注文するといいっス。けど、言っておくス。後悔するっスよ」


 柊南天は不敵に笑いながら、店員を呼んで注文を始める。わたしは柊南天の忠告を無視して、気になった好きな食べ物を注文した。


「――それで? そういえば昨日、今日の八重さんとの勝負に関して、重要なことを伝えたい、と仰っていましたよね?」


 わたしは小声で柊南天に問い掛けた。

 重要なこととは何だ、と昨夜のやり取りをイメージで飛ばす。

 柊南天は昨夜、検査入院中のわたしに何やら含みを持たせたことを口走っていた。

 今日の段取りは、既に話し合うまでもなくわたしの中で確定している。

 柊南天がどれほど苦言を呈そうと、正攻法で八重巴を攻略するつもりである。それを理解したうえで、重要なこと、と言っているのだから、相応に重要な情報があるのだろう。

 毎回のことだが、柊南天は本当に重要な情報は直前まで教えてくれないことが多い。


「言ったス、言ったス。ご安心を、しっかり説明しまスよ。あ、ちなみに、綾女嬢って霊力をどこまで隠せまス? 正直、いまの霊獣コミコミの霊力は、出来る限り隠したいんスけど……」

「隠す――えと、そうですね。こう……でしょうか?」


 わたしは首を傾げながら、霊体から漏れ出る霊力を抑え付けるようコントロールしてみる。

 身体から漂う霊力量が少し減った気がするが、これが正解かどうかは分からない。

 柊南天はそんなわたしを見ながら、難しい表情を浮かべていた。どうやら違うようだ。


「……それは、霊力の出力を抑えただけスね。霊力を隠すのとは、ちょい、ってかだいぶ違うスよ? けどまぁ、知らないんだから、しょうがないスよね……」


 呆れたような吐息に、わたしは苛立ちを募らせる。しかし、文句は一旦呑み込んで、それではどうするのか、と睨みつけた。


「怖い怖い――だから、綾女嬢、その殺気は、やらないでくださいっスよ。周りが驚いちゃうじゃないスか……ま、誰もいないスけど」


 店内を眺めると、数少なかったお客さんたちはもう居なくなっていた。

 わたしは溜息を漏らしてから、殺気を放つのを止めた。するとちょうど、見計らったように注文した料理がカウンターに置かれた。


「さて、んじゃとりあえず食事しましょか? いただきまスっス――うん。相変わらず美味い!」

「――ええ、いただきます。ところで柊さん、霊力を隠す、とは………………何ですか、これ?」


 柊南天の注文は、自分でオススメと言っていた海鮮炒飯である。一人前にしては大盛だが、それを美味しそうにパクパク食べていた。

 わたしが注文したのは、海老のチリソースと麻婆豆腐、小盛ライスだったのだが、一口食べて固まってしまう。

 控えめに言って、味がない。もっと正確には、塩辛いという印象以外の味がない。端的に言い換えれば、不味いの一言で終わる味だった。

 わたしは店内に残っている洗い物を注視する。

 ものの見事に、海鮮炒飯以外の料理は、最後まで食べきられずに残っていた。

 なるほど、確かにこれは注文したことを後悔である。


「柊さん、はしたないのですけれど、一口だけ、宜しいでしょうか?」

「いっスよ? 美味しいスよ?」

「――――なるほど」


 海鮮炒飯を一口だけ貰うが、同じ店の料理か疑わしいほど美味だった。別の料理人が作ったとしか思えないほどに、海鮮炒飯は絶品である。

 けれど、どちらも作る過程は見ており、同じ料理人が調理したのは間違いない。

 使った調理器具も特殊なことなどなく、材料も同じ冷蔵庫から出していた。あえて腐った物を使ったこともなかろう。だというのに、何故これほどに不味いのか――と、わたしは手元の料理を見ながら、静かに箸を置いた。


「ここは持ち帰りに対応しておりますか? 対応しているのであれば、わたしも海鮮炒飯をもう一つ注文いたします。このエビチリと麻婆豆腐は持ち帰ります」

「はいよ――持ち帰り用のパックは、別料金だが、いいかい?」

「ええ。お願いいたします」


 店主はわたしの反応にも慣れた様子で、すかさず持ち帰り用パックを出してくれた。

 ちなみにその反応から察するに、店主自身も海鮮炒飯以外が致命的に不味いことに気付いている様子だ。さりげなく調理をしながらも、小声で、これもダメか、と呟いていた。

 とりあえず気を取り直して、わたしは美味しそうに食事を続ける柊南天を見た。


「柊さん。食事中に失礼ですが、霊力を隠す方法を教えて欲しいのですけれど? ちなみに、霊力を隠す意味も一緒に――」

「――まず、霊力を隠すメリット教えるス。どうぞ」


 突如、熱風を思わせる温かい霊波が柊南天から放出された。

 その霊力量は、如月椿にも決して劣らぬレベルであり、明らかにわたしよりも強大だった。思わずビクッと身体が反応して、椅子を鳴らして立ち上がってしまった。

 そんな焦ったわたしの表情を見て、柊南天はニヤリとドヤ顔を浮かべていた。


「どうスか? これがうちの本来の霊力ってヤツっスよ? これで分かる通り、霊力量とか、霊波って、要するに気配なんスよね? 椿ちゃんみたいに、あえて霊力制御していない場合もあるっスけど、基本的には、霊力制御して、気配を隠してた方が良いの分かりまスよね? 霊力解放状態で過ごすよりも、隠してた方が圧倒的に便利スよ。勿論、体力面でも霊力面でも、省エネ、でスよ?」

「……わたし、謝罪します。大変失礼いたしました……柊さんを、だいぶ侮っていたようです……なるほど、なるほど。気配をここまで希薄に出来る……しかも実力を隠すことで、相手の油断も誘える、ということですね?」

「ま、霊感で調べたときに、霊力があることは感知されちゃうスけど……隠蔽しとけば、少なくとも本当の霊力量は誤魔化せるでしょうね」


 柊南天の普段の素行を知っているからか、今まではそれほど闘いたい気持ちはなかった。しかし、この霊力量の差を視ていると、ついつい挑みたくなる。

 そういえば、柊南天も円卓七席に座っている実力者である。弱いはずはないのだ。


「綾女嬢、申し訳ないスけど、うち、サポート要員スから、マジで綾女嬢と比べたら自衛しか出来んレベルスよ。ちょっとそんなにヤル気にならんでくださいス」


 わたしの思考を読んで、柊南天が慌てた様子で謙遜している。まあ、闘うとしてもそれは、いまではないか、と、気持ちを切り替えた。

 ちょうど海鮮炒飯が出された。口直しとばかりに海鮮炒飯を食べ始める。


「――はい、はい、分かります、分かります、つまり端的に言えば、こうやるんスよ」


 霊力の制御方法を思考すると、柊南天はそれをテレパシーで返してきた。映像付きで、詳しい解説のイメージである。同時に、脳内に知識としても焼き付けられた。

 けれど、そのイメージを見て、技術の名称を知った瞬間に、驚愕して目を見開いた。


「――どうして、これを、外道之太刀空無之位(クウムノクライ)と呼ぶのですか?」


 わたしは震える声で言いながら柊南天を見た。

 すると、イタズラが成功した子供みたいな顔で、海鮮炒飯に付いていたスープを飲み干して見せた。

 柊南天は、ふぃー、とおやじ臭い声をして口元を拭ってから、さらに勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「これ、人修羅の相棒だけが知る【人修羅の業】の一つで、代々口伝でのみ引き継がれてきたって言う奥義っスね。ちな、当然ながら、一般的な霊力隠蔽技術も別にあるっスよ。それが『霊力制御法』って呼ばれてるヤツで、これっスよ?」


 柊南天はわたしの脳内にもう一つのイメージを飛ばしてきた。それが『霊力制御法』という技術であるらしい。これは、そこまで難しくはなさそうだ。

 霊力制御法――霊体をコントロールすることで、霊力の漏出を落ち着かせて、霊力量を少なく見せる。そのうえで、霊圧の内側にもう一つ霊圧の殻を創り、霊体を覆い隠すことで、霊体の大きさ自体を誤認させて、実力を判断し難くする技術だった。

 霊装技術を修得したわたしならば、この『霊力制御法』は、イメージだけで充分に修得出来るだろう。

 事実、試しにちょっとやってみたが、思いのほか簡単に再現出来た。

 けれど、そんなことよりも重要なのは、最初にテレパシーで飛んできた【空無之位】である。


「……外道之太刀、空無之位――クッ、ぐぅ……」

「うちは今日、腹黒嘘吐き妖怪婆と闘う前に、これを伝えておきたかったんスよ。いやぁ、なかなか難しいスよ? うちも、小さい頃から何度も何度も練習して、一か月くらいかけて修得しましたよ? ま、そっから五年くらいかけてようやく、素の状態でも維持し続けることが出来るようになったスけど」


 わたしは脳裏に刻まれた技術を再現しようと、空無之位を発動させた。

 しかし、外道之太刀はそう簡単に修得できる技術ではない。再現しようとした空無之位は失敗して、反動で胃の中身が逆流した。

 思わず吐きそうになったのを堪えた。

 慌てて口の中に水を流し込み、それを呑み込む。吐き気の波が収まるまで深呼吸してから、お手洗いで口を洗ってくる。


「ちな、蒼森氏も確か、これを修得するのには、一週間ほど掛かったと聞いてまスよ? 綾女嬢ほどの才能だったら、きっと数日あれば行けるっしょ?」


 席に戻ってきたわたしに、柊南天はドヤ顔を見せて、自然な切り替えで空無之位を発動させていた。

 途端に、強烈な霊波の迸りが収まり、霊感で調べない限り、霊力があるとは思えないほど霊体の気配が希薄になった。

 とりあえずわたしは深く静かに呼吸を繰り返して、失敗の反動で乱れた血流を整えた。内功を巡らせて、魔力の循環を強めれば、何とか体内の乱れは治まった。


「……ところで、重要なこと、とは、この【空無之位】を教えること、だけ、でしょうか?」

「おぉ、相変わらず察しが良くて本当に助かるっス――まだあるス。腹黒嘘吐き妖怪婆を攻略するうえで、必ず注意すべきことがあって、それを言っておかないとマズイかな、と……ってか、もうそこまで霊力制御法で霊力を隠せるんスか!? いやいや、おかしいス。それだって、かなり繊細な霊力コントロールが必要な技術なんスけども……」

「霊装技術ほど高度ではありません――それで? 言っておかないとマズイこと、とは、一体なんでしょうか?」


 わたしは一旦、食事を終わらせることに集中する。

 空無之位は修得出来ていないが、霊力制御法で霊力を隠蔽することには成功していた。この状態は確かに気配が希薄になっているし、霊力の出力が抑えられる分、省エネルギーであるのは間違いないだろう。


「ああ、はいはい。まずは魔法具を見極めること、ス。最低でも、今回の舞台に用意されてる魔法具は、即死を防ぐ結界魔法具と、魔力を制限する魔法具――それ以外にも、何らかの仕掛けがあると見た方が無難っスよ? けど、一方的に綾女嬢だけを制するような魔法具は思いつかないスから、あったとしても常時展開型じゃなくて、発動型の魔法具スかね」

「どうやって見極めると? それに、あるかどうかも、どんな効果かも分からないモノを、どうやって注意するのでしょうか?」

「――注意しないとマズイのは、その考え、スよ? 綾女嬢、すぐにそうやって、出たとこ勝負しようとする癖あるじゃないスか? 今回は、それを控えて、違和感あったら、魔法具の解析を優先して欲しいって忠告ス。闘い方を変えて、負けないように振舞うのが肝要スからね?」


 わたしは露骨に嫌な表情を浮かべた。負けない闘い方など、最も恥ずべき行動である。

 とはいえ、今回の勝負に関して、何が大切かは充分に理解している。

 別段反論はしないし、柊南天の忠告も甘んじて受け入れる。忠告通りに振舞うかどうかは別だが。


「はぁ……魔法具の解析を優先、ね――それで?」

「続いては、霊装技術の使用制限、ス。綾女嬢が霊装技術を使えることは、本当のマジでギリギリまでバレないようにして欲しいス。バレたらきっと、腹黒嘘吐き妖怪婆は最終手段を発動するっス」

「何ですか、その最終手段、とは?」


 柊南天に突っ込む。あえて聞き返して欲しいような興味深い言葉を選んでいたので、わたしは当然ながらそれに乗ってみた。

 柊南天は嬉しそうに頷いて、よくぞ聞いてくれた、と続けた。


「うちもこれ、噂でしか聞いたことないんスけど――なんでも、霊力を拡散させて、一時的にあらゆる生物の霊体を麻痺させる魔法陣があるらしいんスよ。霊体スタン、とか言うらしいスけど」

「――――へぇ?」


 わたしは興味深げに頷きながら、御馳走様、と席を立った。

 柊南天も続いて立ち上がり、お会計を済ませてくれる。ちなみに、持ち帰り分も合わせて、合計金額が三千円だったのは衝撃的な安さだった。


「霊体を麻痺、というのは? 具体的にはどういう状況になるのでしょうか?」

「霊力が運用出来なくなるっス。事実かどうかは分からんスけど、これを発動された場合、運用していた霊力は凍り付き、身体の感覚が狂うらしいス。しかし霊力場に漂う霊波や霊力には影響を及ぼさないらしいんで、魔法陣内の生物だけがいきなり動きを止めることになる、と思われまス」

「……八重さんも、同様の影響を受けるのでしょう?」

「そスけど、発動した瞬間だけ霊力運用を一切しなければ、影響を受けない可能性があるス。うちもこの魔法陣がどんな効果か詳しく知らないスけども、霊装技術を使った瞬間に発動されたら、確実に動けなくなるとは思いまスよ?」


 なるほど、と納得する。発動は八重巴の任意である。と言うことは、発動する瞬間に霊力運用を断ち、わたしだけを狙って使えば、形勢逆転するだろう。

 この奥の手を知らずにいた場合、確かに、咄嗟には対応できない。


「ちなみに、霊力運用を一切しない、というのは、先ほどの霊力制御法を用いれば、問題ないという認識ですよね?」

「霊力運用を断つ、レベルまで完璧に制御出来てれば、スけどね? 椿ちゃんや、腹黒嘘吐き妖怪婆ほどの実力なら、問題ないどころか影響ないだろうスけど、綾女嬢の今の練度だと、多少の影響は受けると推測されるっス――あとの策としては、霊力を空っぽにしたり、スか? ああ、勿論、【空無之位】を修得出来れば、話は別でしょうけども」

「……煽りますね」


 柊南天はニヤリと笑いながら、ずんずんと街中を歩いて行く。どこに向かうのか知らないが、とりあえずその後を付いて行った。


「さて、んじゃ、約束の時間まで、ちょいとドライブしましょか?」


 しばらく歩くと、コインパーキングについた。

 柊南天はそこに停まっていた軽自動車に乗って、わたしを助手席に促す。その車は、前に乗っていた車とは違う車種だった。


「ドライブはどうぞご勝手に――わたしは、少し集中させてもらいます」


 助手席に乗り込んで、すかさずわたしは外道之太刀【空無之位】の発動を試みる。けれど、そう簡単には出来ず、また失敗して胃液が逆流してきた。

 失敗するたびに、内功と血流、魔力の循環まで乱れて、内臓がのたうち回ったような鈍痛を訴えた。落ち着かせるのに、かなりの集中を要する。けれどめげずに、コツさえ掴めば何とかなるはず、と繰り返し繰り返し実践する。


「激痛でしょうに、マジでドM……いや、熱心スよねぇ――あ、と。んじゃ、ちょい観光させてもらうスよ? せっかくレンタカー借りたんで、ご当地のお土産買い漁らないと」

「グッ……お好きに、どうぞ」


 わたしは瞑想しながら、何度も何度も空無之位を試みた。

 外道之太刀【空無之位】――これは究極の隠形術である。

 柊南天から受け取った情報を読む限り、完璧に修得出来れば、存在感はおろか生体反応さえも断つことができる。これは、霊力、魔力、気力、呼吸などのあらゆる気配、人体が無意識に発している生体反応をも任意に掻き消す技術だった。この隠形技術を修得すれば、外道之太刀の強襲系の剣技は全て、回避不可能な暗殺術にまで昇華出来るだろう。


「――――グッ、ぁ!?」


 しかし、理論も手段も理解しているが、その通りに身体コントロールが出来ない。

 空無之位は想像以上に繊細で、且つ、複雑な操作を行わなければならなかった。しかも並行思考が必須であり、内臓一つ一つの動きも制御する必要がある。

 コツがあるのかも分からないが、全神経を集中させても現状出来る気がしなかった。


「あ、そういや、綾女嬢に共有しとくことがあったス。ここ数日、綾女嬢が全く携帯見てなかったみたいなんで、うちが成りすましてお友達に返答しときましたスよ?」

「……為我井さんの、件ですか? 別に問題ありませんよ。むしろ、ご返答いただきありがとうございます。逆に何か問題でも?」

「んー、問題というか、大丈夫かな、って疑問が……うち、ちょっと実家に戻ってる、って返答しちゃいまして――」

「――嗚呼、そう返事されてましたね。向こうはシンガポールとか」


 わたしは興味なさげに相槌を打って、いまはそれどころじゃない、と集中の世界に没入する。


「そんで、どこまで優華嬢が把握してるか分からんちんだったんで、ガチの実家、綾女嬢の養親が住んでるG県に一時的に戻った、って説明しちゃったス。そしたら、なんか『実家ってG県だったんだぁ』『実家に戻るってどしたのぉ?』『え、綾女ちゃんって養子だったのぉ!?』とか、驚かれちゃっ――」

「――ちょ、ちょっとお待ちください!? え? え?? 柊さん、わたしのこと、どこまで――」


 集中が一瞬で解けて、わたしは混乱した表情で柊南天を見た。為我井優華にわたしの生い立ちを話したのか――と、強く思考する。


「あ、そスよ? どこまで、って言うとアレっスけど……中学までの、生い立ち?」

「わたしの、生い立ちをどうして――」

「――あれれ? 他ならぬ、うちが知らないはずないじゃないスか? 前に言いましたスよね? うちが蒼森玄氏のオーダー通りに、綾女嬢の戸籍を操作してるって。あ、けど、そこは心配しないでくださいっス。鳳仙家のことまでは話してないス。勿論、暁天会に属してたことも、適当にはぐらかしたんで」


 柊南天はわたしの懸念を読んで即答してくるが、そういう問題ではない。


「あ、朱川家の養子になってること、伝えちゃマズかったスか? や、でも、優華嬢とは中学からの付き合いじゃないスか。知ってて当然と――ああ、はいはい、すいません、すいません、そう殺気を飛ばさないでくださいスよ」

「……ほかに、余計なことは言っていないでしょうね?」

「余計、って――優華嬢とのやり取りは、いま共有した通りスよ? 優華嬢には、養子だから定期的に養親に呼ばれて実家に戻ってくる、ってだけ伝えたス。だから戻りがいつになるかも正直不明で、実家がそこそこ名家だから色々面倒だ、って感じを話しただけスね」


 わたしの脳内に、ボイスチェンジャーを使用して喋っている柊南天と、相変わらず素っ頓狂な受け答えをしている為我井優華の会話が流れてくる。

 確かに、そのやり取りは柊南天がいま要約した内容と合致している。

 会話の半分以上がくだらない近状報告であり、互いにお土産を用意しておくね、と、当たり障りのない話で締め括られていた。

 ひとまず腹は立ったが、誤魔化せる範囲の会話だったので安堵した。

 深刻過ぎる生い立ちは話さず、いままでの生活と整合性の取れる言い訳をして、更には矛盾のない設定まで語ってくれたのは、素直に感謝でもある。けれど、だからと言って、わたしの許可なく不必要なことを喋るな、とは言いたい。


「あー、すいませんっス。反省してまスよ――」

「――優華さん以外にも、誰かと話したりはしましたか?」


 優華嬢には、と強調されたように感じたので、わたしは念のために確認した。途端、露骨に顔を背けて下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしてくる。

 わたしはジト目で殺気をぶつける。分かっている癖に、わざと挑発的な態度を取っているようだ。


「……はいはい、降参スよ。あとは、水神――水天宮円嬢と、スかね。円嬢からお誘いがあったので、丁重に断っておきましたよ?」

「――――は?」


 柊南天の台詞に、わたしは今日一番、強烈な殺気をぶつけた。

 殺気に中てられて、柊南天は、うぉ、とビクついた。ハンドルが揺れて、一瞬だけ蛇行運転となり、背後の車からクラクションを盛大に鳴らされる。


「ちょ、ちょ、ちょ、マジ怖い怖い……だから、綾女嬢、ホントにそれ止めてくださいっスよ? いま説明しまスけども……そもそも、綾女嬢も悪いっスよ?」

「何が、でしょうか? 論点をすり替えるのは止めてください」

「すり替えてなんかいないスよ? 綾女嬢、うちは人修羅の相棒っスよ? なのに、どうして、神言桜花宗の円嬢とメル友になってることを教えてくれなかったんスか?」


 チラっと非難するような流し目をされたが、それがどうした、という気持ちで睨み返す。


「別に、教える必要はないでしょう? 教えたところで、何か起きるでもあるまいし――」

「――神言桜花宗が今、どんだけヤバい状況になってるかご存じないっスよね? 円嬢とメル友だったんなら、先に言ってくださいっスよ」


 質問をはぐらかすような言い回しに、わたしはいっそう強い殺気をぶつけた。

 手を出さないのが不思議なほど、完全に本気の殺気である。見れば、柊南天は冷や汗を流しながら引き攣った顔をしていた。


「神言桜花宗は今、どうヤバい状況なのですか? 水天宮さんは、いったいどんなお誘いをしてくださっていたのですか?」

「戦争スよ、戦争――かなり大規模な内部闘争が起きてるっス。綾女嬢が金城神楽嬢を助けたじゃないスか? んで、その後、神楽嬢は異端管理局がしっかりと保護してるんスけど、そのせいで【破壊神】金城菊次郎がブチ切れてるんスよ。そんな破壊神が内部分裂を起こしてて、魔術師派閥VS破壊神って構図になってるんス。形勢は破壊神が優勢で――恐らく近日中には決着するでしょうね」


 脳裏に、金城神楽の顔が浮かんだ。同時に、天桐・リース・ヘブンロードに一撃も与えることなく、無様にやられた記憶も蘇る。

 そういえば、金城神楽は金城菊次郎の愛娘である。

 現代の()()を冠する【破壊神】金城菊次郎が、神言桜花宗に従っていたのは、ひとえに【魔王】虚空時貞が金城神楽を人質にしていたからだ。人質のせいで、ただ逆らえなかっただけに他ならない。

 そんな愛娘が違う組織に誘拐されたのであれば、そりゃあ激昂して荒れるだろう。

 しかし、そうなると違う疑問が湧く。金城神楽は異端管理局で保護しているのに、どうして金城菊次郎は神言桜花宗で内部分裂を引き起こしているのだろうか。そしてそれが、水天宮円のお誘いとどう繋がると言うのか。


「……あー、単純スよ? 破壊神は、綾女嬢と似たような思考回路をしてるだけス。愛娘を護り切れなかった組織に対して腹を立てて、それまで従ってた分の復讐をしてるだけス。もはや人質も居ないから、まずは愛娘を利用して自分を従わせていた神言桜花宗をぶっ壊す、って考えスよ」


 嗚呼、なるほど――と、わたしは納得した。金城菊次郎の気持ちは、とても良く理解出来る。

 自分に付いていた重い足枷がなくなったのだから、そりゃあ足枷を付けた相手に復讐するに決まっている。今までさんざ利用されてきたのだから、やり返すのは当然と言えば当然だ。

 それでなくとも、また人質を取られるかも知れない。後顧の憂いを断つ為にも、この機会に組織は完全に潰すべきである。


「ちな、円嬢のお誘いスけど――『鳳仙さん好みの混沌とした戦闘が起きています。仲間になってくれなくとも良いので、助っ人を頼みたいです』って内容だったんで、うちが丁重に『生憎と、いまとても忙しいのでご遠慮します』と返しておきましたスよ?」


 柊南天はそんなことを言いながら、京道市の『道の駅』に辿り着いて、駐車場に車を乗り入れた。お土産を買いたい、という意思表示だろう。

 わたしは、そんな柊南天の首に抜刀した仕込刀を突き付けて、温度のない声で静かに問い掛けた。


「――わたしが断るはずがないのを理解したうえで、どうしてそんな勝手を?」


 返答によっては首を斬る、と本気で思考する。ここで下手な誤魔化しや、嘘は許さない。


「ガチで言いまスよ? まず、金にならんス。次に、綾女嬢――いや【人修羅】の経験にもならんス。これ、ただの負け戦でスし、恐らく【破壊神】とも闘えないス。雑魚連中を蹴散らす為だけのバイト、みたいな扱いになるっス。何よりも、どうせ近いうちに【破壊神】とやり合うことになると思うんで、今じゃないって感じスね」


 柊南天はサングラスを外して、しっかりとわたしの目を見ながら言い返してきた。その声には震えもなければ、動揺や嘘と思う響きもなかった。真摯に答えてくれていると感じられた。

 わたしは仕込刀を収めて、どういう意味ですか、と首を傾げた。


「――まんまの意味スよ? 神楽嬢を保護してるの、異端管理局スよ? ってことは、遅かれ早かれ破壊神は、神楽嬢を助ける為に、異端管理局に喧嘩売るに決まってるじゃないスか――そしたら、すぐにうちが連絡しまスよ?」

「…………なるほど、ね」


 わたしは、確かに、と頷いた。そこまで解説されれば、柊南天の言う通り、今じゃない、とわたしも強く思う。この機会を逃しても、次があるのであれば、別に惜しくはないと感じる。

 それに何より、最強を冠する金城菊次郎と闘う前に、わたしは打倒しなければならない目標がある。愉しみは、後にとっておくのも一興だ。


「さて、御納得頂けて、うちからの共有も一旦終わったところで、ちょいとお土産買いに行きまスけど――綾女嬢はどうしまス?」


 一区切りついたとばかりに、柊南天は車から出てわたしに聞いてくる。だが生憎、わたしにはお土産を買う習慣がないので、緩く首を横に振った。


「わたしは、こちらでお待ちしております。どうぞ行ってらっしゃい」

「――承知ス。んじゃ、車のキー渡しとくっス。ササっと買ってきまスわ」


 柊南天はそう言って、ウキウキと道の駅に歩いて行った。それを見送ってから、わたしは改めて精神集中して、空無之位を修得すべく鍛錬を始めた。

急遽仕事が入って、三連休でアップが出来なかった…

ちなみに、第七夜は1~4まであります。一話づつアップします。

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