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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第六章/八重越えて

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第五夜


「――――ハッ!?」


 わたしは覚醒と同時に跳ね起きた。

 身体中びっしょりと汗を掻いており、心臓はフルマラソンを終えた直後のように早鐘を叩いていた。体温は異常に熱く、全身の筋肉が引き攣っていた。

 身体を起こす。関節が悲鳴を上げて、無意識に冷や汗が流れた。


「……筋線維がズタズタ……疲労も、だいぶ蓄積されていますね……」


 この激痛の感覚はとても珍しい。

 三日間、不眠不休で過負荷鍛錬をこなした時に感じる疲労度であり、重度の筋肉痛である。けれど、外傷による痛みはなく、あくまでも筋肉を酷使した時の感覚だった。外道之太刀を限界を超えて連続使用した際にも、これと同じ状態になることがある。

 一方で、肉体疲労以外はすこぶる調子が良かった。

 わたしは拳を握ったり開いたりして、力の入り具合を確かめる。

 身体は重怠いのだが、以前よりも力強い感覚がある。いま無茶をすれば、超回復後は凄まじいパフォーマンスを発揮できそうだ。


「――これが、快癒秘霊丹、とやらの効果なのでしょうか。だとしたら、素晴らしい」


 わたしは身体を巡る魔力を意識した。すると集中するまでもなく、内側から溢れんばかりに魔力が沸き上がってくるのを自覚出来た。気力も万全で、信じ難いほど内功も増えていた。

 ここまで魔力、気力、内功が充実していれば、身体が重怠いのなど関係なく、至上最高のパフォーマンスで闘えるだろう。まるで神にでもなったかの如き、万能感で満たされていた。

 さてと、今度は意識を切り替えて、枯渇していた霊力がどれほど回復出来たのか、その状態を確かめた。途端、意識しただけなのに、全身から湯気のような勢いで霊力が噴き出した。

 慌てて霊力をコントロールするが、有り余る霊力に翻弄されて安定しない。

 

「霊体は、無事に元通り……いえ、少し大きくなった?」


 霊力量自体は、そこまで増加している感じではない。けれど、内側からは際限なく霊力が湧き出てきて、それが霊体を元通りにしていた。

 ちらっと周囲を見渡した。ここは武道場の隅であり、わたし以外に誰の気配もない。

 時計がないから、時間がわからない。

 わたしはどれだけ倒れていたのか、今が何日の何時なのか。

 寝起きの身体の調子からでは、全く判断ができない状態だった。寝過ぎている気もするし、一時間程度で起きた気さえする。


「それにしても――せめて毛布くらい掛けてくださっても良いでしょうに」


 倒れていたわたしは、完全にそのまま放置されていた。気温的には風邪をひくことはないだろうが、かと言ってそのまま放置は酷い。

 立ち上がり、グッと背伸びをすると、バキバキと骨が鳴った。長時間同じ姿勢を続けたような実感がある。これはもしや半日以上寝てしまっていたか。


「――ようやく起きたん? おそようございますやん、綾女っち」


 音もなく突然背後から気配がして、同時にそんな呑気な声が掛けられた。

 見るまでもなく相手は如月椿だ。わたしはゆっくりと振り返る。


「おはようございます――が、正しい挨拶かは分かりませんけれど……わたしは、どれくらい気絶していたのでしょうか?」


 如月椿の格好は眼鏡ジャージ姿ではなく、緋袴にコンタクト、黒髪のウィッグをして、パッと見て誰か分からない様相になっていた。思わず、眼を見開いてその全身を二度見した。


「なんや失礼な視線やな。今日はウチ、地鎮祭(ジチンサイ)であっちゃこっちゃ呼ばれとったんよ。せやから、正装しとるだけや。んで、ちょうどいま帰ってきたっちゅう訳や」

「――いま、帰宅なさったの、ですか?」

「せやで?」


 わたしは恐る恐ると問い掛けるが、如月椿はあっけらかんと返してきた。まさか、という可能性に表情が凍り付いた。


「……いま……何時、でしょうか?」

「そりゃ、八時やで? 全然起きてこぉへんから、覗きに来たっちゅう訳や」

「……八、時……」


 その言葉の意味するところは、もう夜である、ということだった。つまり少なくとも、半日以上眠っていたことが確定した。

 ツー、と冷や汗が流れた。しかも、如月椿の服装が違う、ということは、最悪、気絶した日の夜ですらない可能性がある。


「……念の為にお伺いいたしますけれど……今日は、何日――」

「――八月六日の金曜や。驚きやろ?」


 最後まで言わせず、わたしの疑問をピシャリと回答した。

 思わず、乾いた笑いしか出なくなった。一瞬だけ過ぎった可能性が、現実になったことを理解した。

 わたしの記憶では、黒霊と闘った日は八月五日木曜日の朝十時過ぎ、だった。それが気付けば、八月六日の夜八時、言い換えれば、二十時である。

 丸一日どころか、計算すると都合三十四時間も気絶していたことになる。如月椿の服装が明らかに変わっていたので、もしやとは思ったが――


「――いえ、後悔しても、時間は戻りません。もう仕方ありません」


 わたしはすかさず首を振り、気持ちを切り替える。悩んでいる時間が勿体ない。


「それで――本日の修行は?」

「ぶはっ!? ホンマに言いよった!? フユっちの睨んだ通りやん! こないな状況でも、綾女っちはブレへんね」


 腹を抱えて大笑いする如月椿を睨みつけて、軽く屈伸をしながら身体の具合を確かめる。今すぐでも、黒霊にもう一度挑むことは出来るだろう。

 けれど、そんなわたしの思惑を見透かしたように、爆笑している如月椿は首を横に振った。


「あ、あかん! あかんて!? ちょぉ、笑わせんといてや! そない睨んだって駄目やで……いまの綾女っちじゃ、黒霊っちと闘わせられへん」

「……如月さん。申し訳ありませんが、八重さんとの決闘は、八月八日、つまり明後日なんですよ? このままの状態で、八重さんと愉しい勝負ができるのですか? 勝ち目はあるのですか?」


 現時点で、熟達した霊能力者である八重巴と、まともな戦闘が出来る気がしなくなっていた。勝ち負け以前に、勝負の土俵に立てるのか、そんな不安が渦巻いている。

 如月椿との模擬戦の時のように、手応えも為す術もなく負けるのだけは嫌だ。

 いやそれより何よりも、黒霊との闘いで痛感したが、まだまだわたしは、霊力を用いた戦闘に対する対策と知識が不十分である。予期せぬ仕掛け一つで、足をすくわれる可能性は充分あるだろう。事実、黒霊が最後に放った『霊障』とやらには無抵抗でやられている。

 いままで慢心していた気持ちを引き締めて、無意識に自惚れていた自分を律する。今後の為にも、あらゆる可能性を想定して、限界を超える努力をすべきだろう。


「そない知らんよ――せやけど、確実なことが一つあんで? 今日、これから修行したとこで、何の意味もないっちゅうことや」


 如月椿が笑いを堪えながらそう断言した。冗談でも、方便でもなく、事実だと確信している様子だ。どういうことか、と首を傾げる。


「意味がない、というのは何故、でしょうか? いま、わたしの霊力は回復して――」

「――回復はしとるやろね。せやけど、綾女っちはいま、とても闘える状態やないで?」


 真剣な表情で言いながら、トン、とわたしの胸元を軽く押してきた。疾い動きでもなく、虚を突いた訳でもない。けれど、わたしはそれを避けることが出来なかった。

 ガクン、と膝が崩れ落ちた。同時に、身体中から力が抜け落ちる。


「……な、にを、したんですか……これ……」


 胸元を人差し指で押されただけである。だというのに、わたしの身体は一瞬で崩れ落ちた。のみならず思考さえグラグラと胡乱になり、全身の至るところから霊力が噴き出し始めた。

 霊圧が壊されたのか、と確認するが、そういう訳ではない。ただ霊体が揺らされただけだった。

 集中が出来ない。霊体が激しく揺れているのを認識していても、それを安定させることが出来ず、暴れている霊力を抑えることが出来ない。

 先ほどまでの状態が嘘のように、万能感など微塵も感じなくなり、両手足を失った木偶になった気持ちで座り込んでしまう。


「何もしてへん。それが、いまの綾女っちやねん」

「…………まだ……回復……出来て、いない?」

「いやぁ、ちゃうちゃう。回復は九割がた出来とるで? せやけど、霊体が安定しとらんのよ。綾女っちは、正真正銘の化物やけど、霊力操作に関してはまだまだ素人やねん。なまじっか才能あり過ぎて、一度視たこと、一度体験したことなら、すぐさま再現出来るようやけど――霊力酔いは初めての経験やろ?」

「……霊力、酔い?」


 ペタンとその場で女の子座りするわたしに、如月椿が手を差し伸べる。掴もうとして腕を伸ばしたが、あり得ないことに空を切った。


「…………なん、で……クッ――ふぅ、すぅ――」


 わたしはブレる視界に歯噛みしながら、乱れる思考を落ち着かせようと深呼吸した。心が千々に乱れており、思考が取り留めなく流れる。

 しばらく深呼吸を繰り返していると、次第に、思考が落ち着いてきて、心の乱れも収まってくる。噴き出る霊力も何とか抑えて、揺れていた霊体を肉体と共鳴させることが出来た。

 その様を見た如月椿は、不敵な笑みで拍手をしていた。


「流石、綾女っちやねん。せやけど、これで分かったやろ? そない状態で、黒霊っちと闘ったとこで、今度は戦闘になんかならへんで?」

「――ええ、そうでしょうね。理解、しましたが、この状態はなんなんですか? 霊力酔い、とは、どういうモノなのですか?」


 わたしはスッと立ち上がる。

 今の今まで感じていた乱れが嘘のように、ふたたび全身は万能感に溢れている。霊力量は確実に増えており、霊体も安定している。


「説明はええけど、それよりも夕飯やねん。ウチはもう食ったけども、綾女っち、まだやん。明日には万全にせんとあかんから、しっかり食った方がええで」


 ほなウチ着替えるわ、と如月椿は武道場を後にした。

 武道場で一人になると、わたしは今一度身体の調子を確かめようと深呼吸した。集中の世界に入り、天仙之位を発動させる。

 思い通りに霊力がコントロールできるか試してみる。

 全身に溢れる霊力が、まるで第三の手のように意識通りに動き回った。同時に霊体をズラしたり、肉体と共鳴させたり、大きさを変えたりも可能だった。霊力を糸のように細めて、霊装技術も問題なく使えた。霊力の操作になんら問題はない。

 しかし、不意に不思議な感覚に陥る。万能感だけではなく、どこか浮足立ったような高揚感、性欲にも似た興奮が沸き上がってきた。

 その途端に、霊体が揺れ出して、思考が胡乱になり始める。


「……なん、でしょうか、この感覚……霊力が……満ち足りて……」


 思わず声が出ていた。脳内で考えただけのはずだったが、無意識に音を発していた。

 次の瞬間、冷静な判断をしなければ、という思考が浮かぶが、冷静とは何か、という疑問も浮かぶ。そして、必然のような流れで、突如として霊力が爆発した。

 全身から霊力が溢れ出して、霊体が小刻みに揺れ始める。

 グラグラグラ、と視界が揺れている気がして、気付けばまたペタンと座り込んでいた。指先一つ動かなくなり、否、どうやったら動かすのか分からなくなり、ただ呆けたように目の前を視ていた。

 しばらくそうして、ふと深呼吸しなければならないことに気付いた。


「……深く、呼吸を……」


 呟いて自分を取り戻す。すると、また思考が落ち着いて元通りになった。


「――しみじみと思うたが、適応性が化物過ぎるかえ? 誰も教えておらぬのに、霊力酔いの治し方を、自然と覚え始めておるぞえ」

「……あら、冬帝さんですか。失礼、いま夕食をいただきに参ります」


 気付けば、武道場の入口には冬帝が呆れた表情で立って待っていた。わたしは軽く会釈してから、その脇を通り本殿に向かう。

 霊力のコントロールは自然に任せて、垂れ流す量だけ意識的に抑えた。下手に霊体を刺激すると、また先ほどのように正体を失ってしまうだろう。


「あ……大丈夫、でしたか、綾女さん……お食事、用意、しますね……」

「綾女姫! 心配してたんですよ――けど良かった。視たとこ、無事に霊丹の吸収、成功したみたいすね。霊力過多だけど、霊力酔い、大丈夫すか?」

「あ、こんばんは、鳳仙さん……えと、良く分かんないんやけど、あたし、ご迷惑おかけしたらしい、んだよね? ごめんなさい」


 朱火、蒼矢、黒霊の三者三様の反応を無視して、わたしは座敷で正座する。食事が出るのを静かに待つことにした。

 しばらくすると、朱火が夕飯を用意してくれた。それに無言で手を付けて、とりあえず空腹を満たすことにした。

 わたしが話しかけないと、蒼矢も黒霊も特に何も言ってこない。

 二人は何やら見つめ合って、聴こえない霊波で会話をしている様子だった。時折、黒霊から甲高い笑い声が聞こえてくる。

 朱火は食事の配膳を終えると、わたしの傍でずっと待機しており、食べ終わったお皿から順次片付けていた。


「――ご馳走様です」


 食事を終えて手を合わせ、腕を組んで憮然としている冬帝に顔を向けた。

 どうやら如月椿の代わりに、冬帝が説明をしてくれるようだ。わたしの食事が終わるのを待っていた様子である。


「冬帝さん。そういえば、昨日は失礼いたしました。わたしの至らぬ点をご教示いただく途中で、気絶などしてしまい……宜しければ、続きを教えていただけないでしょうか?」

「ふむ、勿論ぞえ――どこから、説明するかえ?」

「わたしの敗因が持久戦を選択した、ということは理解しました。それの対策は、短期決戦が望ましい、とのことをご教示いただきましたが、その点をより詳しくご説明いただけないでしょうか?」


 意識を失う直前のやり取りを思い出しつつ、わたしは首を傾げる。冬帝は頷きつつ、向かい合う位置で胡坐を掻いた。


「ふむ。短期決戦を選択する理由――霊装技術の消耗が激しい、ということまで話したかえ?」

「ええ。霊装技術はとっておきで、普通はどなたも使用制限を設定している、という話でしたね」

「左様ぞえ。綾女はまだ、霊装技術がどうして切札たるのか、その所以を知らぬぞえ。つまり、霊装技術の使用限界を知らぬかえ」

「使用、限界?」

「霊装技術じゃが、消耗が激しく、霊力の燃費がとても悪いかえ」


 冬帝の言葉にわたしは首を傾げた。信じられない、と眉を顰める。

 感覚的には霊装技術を使用しても、それほど霊力を消耗しているようには思えなかった。実際に、黒霊との戦闘で持久戦を選択したのは、霊装技術を使い続けても問題ないと判断したからである。

 わたしはあの時、霊装技術に回す霊力を調整して、出力を抑えていた。内側から溢れる霊力はコントロール出来ていたし、幾らでも連続使用できる感覚と自信があった。


「……燃費が悪いようには、思えなかったのですけれど?」

「それは、誰しもが陥る錯覚ぞえ――霊装技術で消耗しておるのは、内在霊力(ナイザイレイリョク)産霊力(ムスヒリョク)ではなく、霊体自体ぞえ。霊体を削って、高純度の霊力に変換して消費しておるかえ」

「……どういう、意味ですか?」


 理解が追い付かない。霊体が霊力を産み出していると思っていたが、何か違うのだろうか。内在霊力や産霊力とは何のことだろうか。


「朱火の講義が追い付いておらぬかえ? 仕方ないかえ。端的に説明するぞえ。霊体は魂と同義であり、霊力を産み出す大元なのは知っとるかえ? その霊体が産み出した霊力は、基本的には、霊圧の内側、肉体の中で留まり、血流に溶けて身体中を巡っておるぞえ。才能によってそれが薄いか濃いかの違いはあれど――これを、内在霊力と定義しておるかえ。霊力コントロールする場合、ほぼ例外なく血液に溶けておるこの内在霊力を出力しておるぞえ。一方で、霊体から産み出された直後の霊力を、産霊力と定義しておるぞえ。この産霊力は、血液を流れず薄まることなく出力される高純度の霊力ぞえ」


 一度言葉を区切り、わたしの理解度を確認している。とりあえず、新しい単語の意味は理解したので頷いた。けれど、肝心の部分が分からない。


「それで、霊体自体を削って、とは――」

「――焦るでないぞえ。さて、霊力を産み出す霊体を、仮に心臓に喩えるならば、内在霊力と産霊力は、静脈血と動脈血に似とるかえ? 霊力に含まれておる成分、要素が異なるだけで、霊体と言う器官から産み出されたモノに違いはないぞえ。ところが霊体は霊力の塊ではあるのじゃが、同時に、霊力を加工する器官でもあるかえ。霊力を取り込み、製造し、出力する機能を担っておるぞえ。じゃから、霊体自体の霊力は、内在霊力、産霊力とは似て非なる霊力の質をしておるぞえ。霊装技術は、この霊体の霊力を直接使用しておるかえ」

「……つまり、喩え話を引用するのであれば、心臓を切り刻んで利用している、とでも言いたいのでしょうか?」

「左様ぞえ。ちなみに、この霊体を回復させる為には、外部から霊力を取り込む以外に術はないぞえ。時間経過で、自然治癒などはしない性質があるぞえ。それ故に、いち早く回復を手助けするモノとして、霊草や霊丹などを摂取することが肝要ぞえ」


 わたしはその言葉に懐疑的な視線を向けた。

 霊力の性質の違いは理解したが、時間経過では霊体が回復しないのは納得できない。わたしの感覚では、霊体はいまも微弱ながらも回復し続けている。

 すると、そんな考えを見透かしたように、冬帝が続けた。


「その感覚も、よくある錯覚ぞえ。霊体が時間と共に回復した、と思うたならば、それは空気中に漂う霊力を取り込んだ結果ぞえ。特にこの幽世には、霊力が溢れておるゆえに、呼吸と共に吸収した霊力を自らの回復だと勘違いしておるかえ」

「――――」


 指摘されてから、わたしは改めて自らの内側を見詰めた。集中する意識を切り替えて、霊体の回復具合を見定める。

 ほんの少しずつ霊体が充足していくのは感じているが、確かにより集中して感じると、わたし自身の治癒力ではなかった。

 わたしの霊圧が空気中の霊力に触れて、その霊力を取り込んでいる感覚に気付いた。


「理解出来たかえ? じゃから昨日は、もし続けていたとしても、勝ち目はなかったぞえ。さて、これらの要因がすなわち、持久戦の選択を敗因と断じる理由ぞえ」

「…………なるほど。言い換えればそれが、使用限界、なのですね? 霊装技術が、とっておき、である意味も理解しました」


 悔し気に歯噛みしつつも頷いた。改めて、昨日の戦闘は反省である。

 知識不足の要素はあれど、判断も良くなかったことがハッキリ分かった。初めて手にした霊力を用いた戦闘で、だいぶ浮足立っていた面もあるのだろう。

 わたしは深呼吸して、ふむ、と意識を切り替えた。

 八重巴との決戦が明後日に迫っていることに、焦る気持ちはある。けれど、知識不足や経験不足が要因の敗北ほど、恥ずかしく苦いことはない。


「冬帝さん。わたし、今日はもう修行はせずに、霊力に関して教えていただきたいのですけれど、このまま色々と教えてもらっても宜しいでしょうか?」

「……良いぞえ。というよりも、椿も驚いておったが、本気で今日この時間から、修行するつもりじゃったのかえ? 一番おかしいのは、綾女の精神性ぞえ」


 呆れた顔で呟いて、朱火に何やら霊薬を溶かした飲み物を用意させていた。わたしはただの水が良かったのだが、とりあえず文句は言わず用意された飲み物を口にする。

 青汁に似た苦みが口いっぱいに広がって、意識が飛びそうになったのを何とか保った。


「――そういえば、霊力酔い、でしたか? それはどういう状態を指すのでしょうか? わたしはいま、その霊力酔い、なのでしょうか?」


 武道場で体感した霊力の爆発、グラついて胡乱な思考になった状態を思い出しつつ、わたしは冬帝に問い掛けた。すると冬帝が何やら両手を突き出して、呪文めいた歌を口ずさむ。


「…………なんですか、この魔法陣は?」


 わたしを中心に、半径2メートル程度の光り輝く円が現れた。それは高密度の霊力で編み込まれた方陣だが、どんな影響を齎すのか全く分からない。

 梵字のような見慣れぬ文字が方陣に浮かび上がり、わたしの霊力を包み込んだ。押し付けられるような圧迫感があるが、霊圧に触れても何も起きず、むしろ霊体が安定した。


「霊力酔いを解消する術式ぞえ――霊力酔い、とは、霊体が保有出来る許容量を超えた霊力が体内に流れ込んだ場合に起こる現象かえ。主に、今回の綾女のような、霊体が小さくなりすぎた後、回復させる為に強力な霊丹を呑ませた場合などに起きるぞえ。霊体は筋肉の超回復と同じような治癒特性を持っており、霊体が大きく削れた後などは、回復する為に外部から限界を超えた霊力を吸収する性質があるぞえ。じゃが、霊体は筋肉と違い、超回復はせぬかえ。限界を超えて霊力を取り込むくせに、回復に余分な超過霊力は全て外に排出するのぞえ。ちなみに、その超過霊力のせいで霊体はバランスが悪くなり、身体の調子まで狂うぞえ。その様がまるでアルコールに酔ったようで、精神も不安定で躁鬱症状が発生することから、霊力酔いと言うておるかえ」


 酔っ払うという感覚は知らないが、なるほど、と納得は出来た。それでは、この霊力酔いを解消する術も教えて欲しい。


「霊力酔いを治すには、どうすることが最善でしょうか? また、霊力酔いを起こさないには、どうなるのが良いのでしょうか?」

「ふむ……治す為の最善、となると、霊力を発散させつつ安定を図ることかえ? 儂がいま施した方陣で霧散させる――」

「――ちゃう、ちゃうで、フユっち。綾女っち、最善は単純やねん。霊体を元通りに戻すこと、やで。霊力の吸収を促進して、霊圧を安定させるのが最善やねん。あと、霊力酔いを防ぐ方法も単純や。霊体の容積を増やすことやで」


 音もなく如月椿が現れた。風呂上りなのか、タンクトップのTシャツと短パンというラフな格好にタオルを肩掛けしていた。


「霊体の容積を増やす――」

「――方法は幾つかあるで? 一つ、霊獣を使役する。二つ、霊力酔いを立て続けに起こして限界値を引き上げる。三つ、霊体を破壊して再生成する。四つ、圧倒的才能、ってなとこやで」

「……なるほど……」


 わたしの言葉をみなまで言わせず、如月椿はピシャリと断じた。

 知りたいことを端的に言ってくれているのは理解出来るが、それらの詳しい説明をするつもりは一切ないようだ。


(霊体は壊せる……けれど、心臓のように主要器官でもあり、筋肉と同じように鍛えることも出来る……霊獣を使役すると、霊体を共有する、のでしょうか? まだまだ、わたしは理解が足りないようですね……)


 自問自答しながら、わたしは如月椿の指摘を信じて、周囲の霊力を吸収するよう意識する。すると、ほんの少しだが、霊体に外部から霊力が絡みつき、霊体の一部に変換されるのを自覚出来た。

 深呼吸と同時に無我の境地に至り、傷付いた霊体を想像して、その破損部分を補うイメージで霊力を取り込む。

 この対応が正解かどうかは分からないが、冬帝と如月椿が驚愕していた。


「有り得ぬぞえ。椿よ、綾女のような化物が、どうして存在しておるのかえ?」

「知らん知らん――ウチも、教えた手前アレやけど、ちょぉっと信じられへんよ。霊体が霊力を取り込む、って理解したとこで、簡単に実践出来るはずないやん?」


 どうやらわたしがいま実行していることは、一般的にはだいぶ異常なことらしい。そう簡単にできることではないようだが、事実として出来てしまっているのだから、わたしにとっては常識である。


「……これが霊力酔いを治す手順で、間違いではない、というのは理解しました」


 瞳を閉じたまま、確信めいた呟きを漏らす。自らの技術に自信を持たせることで、いっそうイメージを強く、霊力吸収の速度を加速させた。

 霊体が白い閃光を放ち始める。瓦礫を積み上げるイメージで、欠損した霊体部分が徐々に治っていき、強く硬く肉体と共鳴する。


「霊体修復法を自ら見付け出すなんて、やっぱり綾女っちは化物やで――あ、ウチが来たんは、明日の予定を伝える為やった」


 霊体修復法、というのが、いまわたしが行っている霊力吸収による霊力酔い解消法らしい。

 霊体が強固になっていくにつれて、霊力が安定して精神が落ち着いてくる。比べれば、先ほどまでは無意識だったが、だいぶ浮足立っていたようだ。


「綾女っち。明日の予定やけど、急遽、南天が迎えに来ることになったわ。せやから、午後には強制的にウチの修行は終わりやで。そない訳やから、明日は通常の調伏式で――」

「――午前中に十五分だけで結構です。もう一度だけ、黒霊さんに挑む機会を、わたしにいただけませんでしょうか?」


 恐らく、通常の調伏式とやらは、闘わずに霊力量の差で調伏させる術だろう。昨日、蒼矢が黒霊を封じた時のやり取りを思い出すと、霊力量に差があれば、調伏が簡単に出来るのだろう。

 わたしの霊力量は、霊性開花の数珠を付けて魔力を霊力に変換すれば、黒霊を上回ることは分かっている。如月椿も言っていたが、それで使役すれば時短である。

 けれど、負けたままで終わるのは納得いかない。何より、得た知識を試したくて仕方ない。


「今度は、最初から全力で、一瞬のうちに終わらせると誓います」


 カッと目を見開いて、わたしは冬帝が展開していた方陣を圧倒的な霊力で吹き飛ばした。

 もはや霊体は完全に治っている。身体中に霊力が充実しており、全身の挙動が軽い。

 ちなみに、魔力を活性させることで、霊体の限界値が引き上げされていた。おかげで、霊力酔いの解消もしているが、更にいまは少し霊体が大きくなっていた。


「……椿よ。儂はもう休むぞえ。これ以上、綾女のような化物とは、関りとうないかえ」

「…………ウチも、南天からの頼みってことで引き受けたけど、ちょい後悔しとるわ。覚えが早い天才を、乾いたスポンジに喩えるやん? せやけど、綾女っち、スポンジどころちゃうで。一を教えたら、勝手に十も二十も修得するやん。ウチ、ここまで恐ろしいと思ったん、初めてや」


 二人は好き勝手言いながら、サッサと戻って行った。まだ少し聞きたいことがあったが、もう今日は充分だろう。

 わたしは霊力コントロールを意識しつつ、筋肉痛の箇所に魔力を流す。内功を高めて、治癒力を向上しながら武道場に戻る。


「……明日が楽しみです。けれど、そう言えば、どうして柊さんは、迎えにきてくれることになったのでしょうか?」


 そんな疑問を浮かべながら、ここ数日は携帯を一切見てなかったことに思い至る。

 もしかして何か連絡があったか、とも考えたが、すぐに意識を切り替える。今更連絡を見たところで後の祭りでしかない。

 考えても仕方ないことは、考えるだけ無駄だ。それよりも身体を動かした方が建設的だろう。

 屈伸や柔軟をしながら呼吸を整えたところで、わたしは坐禅を組んだ。魔力を全身に循環させ、霊力を整えて、気力と内功を充実させた。

 瞼を閉じて集中を高めると、脳内に黒霊の姿を思い描く。そうして、明日の黒霊戦を夢想しながら、わたしはイメージトレーニングを行った。


 疲れを感じて眠りにつくまで繰り返し、最終勝率は三割ほど――満足いく結果だった。

 明日は、十五分だけの戦闘とはいえ、短いながらもギリギリの勝負が楽しめるだろう。

本日のアップはこれのみとなります。次はまた明日

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