第三夜/後編
武道場で待ち構えていたのは、臨戦態勢でいまにも吠え掛かりそうな殺気を放つ白虎丸だった。
そんな白虎丸を冷めた視線で一瞥して、冬帝は武道場の中央に陣取った。その後ろに隠れるように、白虎丸が回り込む。
わたしは思わずその様に、臆病な子犬か、とツッコミたくなる。
「……それでは、いまより儂が教えるのは、霊装と呼ばれる技術ぞえ。霊能力者の中でも、一握りの達人しか身に着けられぬ霊力の究極操作かえ。霊装技術を修得することで、己の身体能力を数倍以上に増加させることも可能になるぞえ」
仁王立ちして胸を反らす冬帝を正面に見据えながら、わたしは、なるほど、と頷いた。
身体能力を倍増させることができる技術であれば、先ほどの冬帝の反応は納得だ。
「まずは理論から説明するぞえ。霊装技術は、その文字の如く、霊力を具現化、霊波を纏って、あらゆるモノに装備させる技術のことぞえ」
「……霊力を、具現化? 霊波を纏う? いまのわたしがそうしているように、霊力で身体を纏っているのとは、違うのですか? 霊圧の膜が、身体を包んでいますよ?」
わたしは言いながら身体を見下ろした。
霊圧に厚みを持たせて、溢れ出る霊力の出力をコントロールすれば、かなり厚い霊圧の膜が出来る。
その霊力は漏らさず、更に強く霊圧に意識を集中させて、外部からの霊撃に対する硬度も高めてみた。必然、霊圧の表層からは、強力な霊波も放たれる。
これでだいぶ防御力は向上したと思うのだが、これが霊装技術なのだろうか。
「それは霊圧を高めておるだけぞえ。霊装技術とは似ても似つかぬかえ――じゃが、霊体を把握してすぐじゃと言うに、易々とそれが出来るのは異常ぞえ……」
「霊圧を、高めている、のですか? 高めると、どういう意味があるのでしょうか?」
「――綾女が推測しておる通り、耐霊性が高まり、霊撃による防御力が向上するぞえ。じゃから、いまの綾女は、非常に強力な耐霊性を持ち、霊的な防御力も強くなっておるかえ。視る限りそれほどの強度じゃと、恐らく儂の霊撃でさえ、貫けるか自信がないかえ? しかし、霊装技術はそんな領域を飛び越せるぞえ。雲泥の差と言えるほど明確に、霊装技術を身に着けた方が、強くなるかえ――生涯を通じて、霊圧を高めることしか出来ずに終わるか、霊装技術を修得することに成功するか、それが、一般的な霊能力者と一握りの達人の違いぞえ」
冬帝は無防備に瞳を閉じた。途端、空間に放たれていた冬帝の霊波が消え失せて、武道場は、シン、と静寂に包まれた。
そこに居るのに、何も居ないような錯覚がある。凄まじく緻密な霊力コントロールだ。
そして次の瞬間、突然、冬帝がカッと目を見開き、全身から霊力を噴出させた。思わずその霊力の圧力に押されて、一歩後ろにたじろいだ。爆音のように武道場に広がる霊波が、衝撃波となってわたしの身体を叩いてきた。
「これが、霊装技術、ぞえ――」
宣言と同時に、冬帝の身体が光に包まれた。光はすぐに収束して、虹色のメッキを塗ったようにその衣服が煌めている。
霊感で視認しなくとも、その光が高密度の霊力であることは察せた。
「――感想は、どうかえ?」
ドヤ顔で胸を張る冬帝を、よくよく注視する。高密度の霊力は、虹色をした霊波を放っていた。
虹色の衣服の表面を漂うメッキのような光は、注視すると細かい粒子状になった霊力粒だと判った。それが霊圧の膜のさらに外側で、霧のように浮いて漂っている。それらがまるで、光を反射させるカーテンのような薄い羽衣と化しているのだ。
パッと視て分かるほど、その薄い羽衣が超高密度に圧縮された霊力の塊であるとも理解出来た。内側から絶えず噴き出す霊力が、とんでもなく小さく圧縮されて粒子になっており、身体の外側で衣服状に形成されているようである。
「この状態で動くと、こうなるぞえ――攻撃力もここまで上がるぞえ」
「――ッ!? ぐっ!?」
冬帝の身体がブレた。そう感じた瞬間、直感で真横に飛び退く。しかし、それでは遅すぎたらしい。
認識できない速度で、わたしのふくらはぎを狙ったローキックが炸裂した。その一撃は爆発を伴った強烈過ぎる一撃で、霊圧を高めて防御力を上げていたにも関わらず、霊圧の膜を紙の如く破り去り、わたしを跪かせた。
激痛もさることながら、たった一撃で脚部の霊体が吹き飛ばされていた。保有していた霊力の十分の一程度が軽く消え失せて、あまりの衝撃に眩暈を起こしそうになる。
「霊装技術を持つ者と、霊装技術を持たぬ者では、この程度には差がある――どうかえ? 赤子と大人ほども格の違いがあるかえ? ほぉれ――」
「クソ、ッ――ッ!? この、っ!!」
傾いでいるわたしの腹部に、冬帝の前蹴りが放たれた。今度は随分とゆっくりで、完全にその軌道が視えていた。受けてみせろ、と挑発されているようなものだ。
当然、受けて立ってやる。挑発されて逃げていたら、女が廃る。
わたしは咄嗟で、両腕を十字に、霊力を一点集中で盾のように展開した。
極限まで霊圧を高めて、全身全霊で前蹴りを防ごうと試みた――にも関わらず、霊力の盾なぞ一秒も保てず破れて、十字受けした両腕の橈骨と尺骨が折れてしまった。
バックステップで衝撃を逃がしたというのに、もはや両腕は使い物にならなくなっていた。
「……霊力、では……肉体治癒、までは出来ないのですね……」
集中の世界に入り、修羅之位を発動させる。痛覚は遠ざかり、身体中に力が漲る。けれど、折れた腕を治すことは出来なかった。
霊体を充実させて、肉体と合致、共鳴させた。すると肉体の性能は向上したが、壊れた部位がすぐさま癒えるということはなかった。多少は治癒力が向上したのか、千切れて傷付いた筋繊維から疲労は取れたようだが、それだけだ。痛みの誤魔化しでしかない。
これが魔力であれば、折れた腕部に魔力を集中させることで、破損した骨まで補えただろうし、治癒力を向上させつつ強化も出来た――
「魔力の方が、万能なんですね……」
「確かに、そういう側面はあるかも知れぬかえ。儂は魔力を持たぬゆえに詳しくはないのじゃが、知識として聞く限りでは、魔力とは、世界に働き掛ける異能であり、三次元に干渉して影響を与える能力のことであり、奇跡を起こす類の能力らしい、かえ? じゃが一方で霊力とは、万物に宿る生命力が根源であり、自己を変革する能力ぞえ。霊界と呼ばれる異次元のチャンネルと交信することで、霊界のエネルギーを借りる能力ぞえ」
「……自己を変革する能力? 霊力が? 霊界のエネルギー? それを借りると、どのようなことができるのでしょうか?」
わたしは首を傾げつつ、折れた腕に体内の霊力を集中させる。けれど、筋肉や骨の強度が向上した気はするのだが、傷が治る気配は一切なかった。
霊力が充実して全身に力が漲るだけで、他の変化を感じない。
霊界のエネルギーとか大層なことを言うのであれば、例えば、天候を変えるとか、空を飛ぶとか、他人の心を読むとか、出来るようにならないのだろうか。
「――残念じゃが、綾女が思うているような、魔法じみた超常なことは引き起こせぬぞえ。天候を変えることも出来なければ、物理法則に干渉することも出来ぬし、エスパー能力も覚醒せぬかえ。じゃが霊体を極めて、霊装技術をも身に付ければ、綾女にとっては喜ばしいことが多いと思うぞえ」
「あら? わたし、それほど分かり易い顔をしていましたか?」
「うむ。綾女にしては、とても分かり易い表情だったかえ――さて、それでは、この霊装技術じゃが、いかにして修得するか、それを教えようかえ」
冬帝は不敵に笑いながら、武道場の端に退避していた白虎丸を手招きする。
「霊装技術の修得には、生得式と呼ばれる修練をこなす必要があるぞえ――本来であれば生得式は、霊力コントロールを極めた末に、人域を超越する過程で行う荒行ぞえ。綾女のような化物であろうとも、この荒行、命の危険があるかえ」
「へぇ? だから、なんでしょうか? それは脅し、でしょうか?」
わたしは鼻で笑った。命を賭けもしない修練で、何を会得できるというのか。
「綾女には愚問だったかえ? ところで、この生得式は前準備がかなり面倒かえ」
「勿体ぶらずに、サッサと結論を仰っていただけませんか? これから、どのような修行を行うのでしょうか? わたしは、どうすれば宜しいのですか?」
今にも飛び掛かってきそうな白虎丸を睨み付ける。折れた両腕は役に立たないが、闘い方次第ではなんとかなるだろう。
「相変わらず好戦的ぞえ。話が進まぬから、そう食って掛かるでないかえ――生得式に必要なことは、三つあるぞえ。極限まで霊力を研ぎ澄ませて霊体の強度を高めること、霊獣をも拘束できるほどの重厚な霊力場を形成すること、霊装技術を備えた霊獣格の霊撃に耐えること、ぞえ」
「――つまり?」
「綾女は、霊力を研ぎ澄ませて、霊体の純度、霊力密度を高めるかえ。白虎丸は、本気の霊装技術を披露するかえ。儂がこの場を整えようかえ」
冬帝がフッと姿を消す。途端に、武道場全体の空気が重く息苦しくなった。重力が倍になったかのように身体が重く感じて、呼吸も知らずに乱れ始める。
「――綾女。霊体に集中するぞえ。霊力を研ぎ澄ませるぞえ」
天井付近からそんな言葉が降り注ぐ。
気付けば、肉体と共鳴させていた霊体がブレて、その形も炎のように揺れてしまっていた。
瞼を閉じて再度集中する。心技体の一致も図り、明鏡止水の境地で己を律する。
「白虎丸、綾女に隙があれば、襲い掛かるぞえ」
「グルルゥ――」
ナイフのような殺気にハッとして、わたしは閉じていた瞼を開けると同時に飛び退いた。
白い疾風が走り抜けて、空気が焼けるような異臭が鼻を突いた。
「綾女。避けるのは構わぬが、反撃はせぬように、かえ。あと極力、白虎丸の突進を受け止めるぞえ。霊装技術の修得には、強烈な霊撃に耐えることが必要ぞえ」
「――簡単に言うものですね」
冷や汗が流れた。反撃を封じられるのは別に良いが、受け止めろ、というのが無茶振りである。
いまかろうじて躱した攻撃の威力を見ると、控えめに言って、致命傷にならずとも、一撃で重傷になるだろう。
わたしは笑みを零しながら、全身が沸騰するような感覚に陥る。興奮と共に集中が高まり、意識もせずに梵釈之位を発動させていた。
霊力が流麗に身体を包み込み、霊圧の強度が高まるのを自覚した。乱れていた霊体がわたしの肉体を形作り、活力が充実する。
(……嗚呼、なるほど、ね)
霊体が安定した時、さっきまで感じていた重さが嘘のように感じなくなった。
重苦しかった空気が、自身の放つ霊圧に防がれて、普段と変わらないように感じた。これが霊力場を克服することなのだろう。これならば、完全なパフォーマンスが発揮出来るだろう。
「ワォン!!」
白虎丸が凄まじい速さで武道場の壁を蹴り、跳弾を思わせる縦横無尽な動きで、わたしの背中を狙って突撃してくる。速度も威力も大砲を錯覚させる。
背筋がずっとゾワゾワしていた。間違いなくこの一撃を受け損なえば、痛みを感じる前に即死出来るだろう。
直感が、避けろ、と声高に叫んでいた。だが同時に、この危機感に歓喜もしている。
「――ふ、ふふ、ふふふ……ハ、ハハハ!! はぁああ――ぉおおお!!」
わたしは笑顔で恐怖を呑み込んで、真正面から受け止めることを選択する。
コントロール出来る限りの霊力を集中して、折れた両腕を交差させると、十字受けの構えを取った。霊圧を極限まで高めて、霊体と肉体の共鳴は一切乱さず、身体全体を包み込む鎧を意識した。
「――ギャン!?」
「覇ぁ――ッ!!」
激突の衝撃は凄まじい爆音を生み、武道場全体を大きく揺らす。
脚を踏ん張り、バレーのレシーブをする要領で、大砲の如き白虎丸を十字受けで押し戻した。とはいえ、両者共に勢いを殺し切ることは出来ず、情けなくも後方に吹っ飛んだ。
わたしは武道場を転がりながら衝撃を殺した。
一方で白虎丸は、スーパーボールが弾かれるように跳んで、壁を蹴り武道場の真ん中に着地する。
「ふぅ……はぁ……っ……く」
十字受けした両腕は、いまの一撃で更に使い物にならなくなっていた。
内側から爆発したかのように皮膚が破れて、開放骨折していた。挙句、肘部分で逆向きに曲がっているので、関節も壊れたようだ。激痛から察するに、靭帯も断裂しているのは間違いない。
「――――ヲォン!!」
少し眩暈がして、霊体が一瞬ブレた。瞬間、白虎丸がそれを見逃さずに飛び掛かってきた。
それは今度、体当たりではなく、牙を使った斬撃だった。大きく口を開けて、鋭利な犬歯がわたしの脇腹を目掛けて振るわれる。
先ほどの大砲を思わせる突撃よりも疾く、鎌鼬をイメージさせるような白い疾風だ。美しい白い斬撃が、空中に線を引いたように伸びてくる。
「……やはり……犬畜生相手では、この程度ですね……」
その驚異的な速度はしかし、何の捻りもない直線的な攻撃である。
放たれる殺気が、迫りくる牙の軌跡をこれでもか、と雄弁に語っているし、ただただ疾いだけで等速の動きだった。
冷静に構えれば、避けることは造作もない。けれど、避けることは修行にならない。
霊装技術を修得する為には、この斬撃も耐える必要がある――となれば、どうするか?
(――斬撃の正しい受け方は、角度を見て弾き、反らすこと。盾を作るように霊力を面状に集中するのではなく、棒状の……張った糸のような線でも、充分に逸らせる)
斬撃をどう受けるか思案した瞬間、そんな考えが閃いた。
最小限の防御で受けること、効率よく弾き返すことを思えば、霊力を集中させるべきは、糸のような細い線でも事足りる。
「ッ、キャン!?」
ギィイン、と刃物同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、白虎丸が勢いそのまま壁に叩きつけられていた。わたしは折れた右腕から霊力を糸状に垂らして、右脚の膝と繋いで、ピンと張り詰めさせた。
それは銀色に輝く髪の毛程度の細さをした糸であり、全霊力を集中させた結果、白虎丸の牙撃にも一瞬だけ耐え得る硬度を持つ糸になっていた。
そんな霊力の糸を絶妙に動かして、飛び掛かってきた白虎丸の牙を捌いたのだ。
神懸ったわたしの離れ業を見て、冬帝が驚愕の声を上げた。
「――これを言うのは何度目かえ? 綾女は本当に、化物、ぞえ」
プツン、と霊力の糸が切れた。
ドッと疲労が襲い掛かってきて、霊体が不安定に揺れる。すかさず深呼吸して霊力をコントロールする。
今の霊力の糸という閃きのおかげだろう。霊力を一か所に集中するコツは掴めた。
わたしは意識をして、すぐに霊体を安定させた。同時に、溢れ出る霊力を一つに束ねるように集中させた。この感覚は、先ほどとはだいぶ違う。
先ほどまでの感覚は、大量の霊力を集めて霊圧の膜を厚くするイメージだったが、いまは、霊力を圧縮させて糸状に紡ぐ感覚で、霊力で身体中を包み込むイメージである。
「……これで、全身を覆う鎧を意識……どうでしょうか?」
密度の違いか、それともこれこそが霊装技術なのか。
全身を霊力の糸で覆った瞬間、一気に身体が軽くなった。まるで羽が生えたような身軽さ、充実して爆発しそうなほど力が溢れてきた。素の状態なのに、梵釈之位を発動しているかの如き万能感に溢れている。
「――合格ぞえ。しかし、一足飛びに『霊糸領域』を修得するとは思わなんだかえ。相変わらずの化物ぶり、まったくもって信じ難いかえ」
「霊糸、領域? 嗚呼、これ、ですか?」
解放骨折している右腕部を、霊力の糸で引っ張って強制的に持ち上げる。ついでにその糸を包帯に見立てて、腕をぐるぐる巻きにした。
激痛は変わらずだが、霊力で誤魔化せているのか、拳を握る程度の動きは出来るようになった。
「霊装技術の中にも、修得段階、修得難易度があるかえ。初期段階が、全身を纏い、強化する霊装『霊衣』ぞえ――それを武器や他の物体に移す技術が『霊剣化』かえ。さらに発展させて、霊力コントロールを精緻に操ると辿り着くのが『霊糸領域』ぞえ」
「よく、分かりませんけれど……これは、霊装技術なのでしょうか?」
全身を霊糸とやらで包み込み、それを剣道着のイメージに練ってから、身体に纏わせた。服を着るイメージを強く持てば、赤紫色の光を放つ薄い霊圧の膜が完成する。
「左様ぞえ――いま綾女が纏っておるのが、霊装技術の基本『霊衣』で、儂のと同一ぞえ」
「同一? わたしの見立てでは、冬帝さんの技術の方が質が高いように思えますけれど、何かコツが異なるのでしょうか?」
見比べると、冬帝の纏う霊圧は鮮やかな虹色を放っているが、わたしの纏う霊圧は赤紫色をしていた。ちなみに、白虎丸の身体を包む霊圧も、薄いが綺麗な七色である。
色合いから推測すると、わたしの霊装技術の質は悪いように思えた。
「練度が違う、だけかえ。綾女は霊圧の層が全体的に一定ではないから、色合いが揺れて視えておるかえ。霊装技術の質が異なる訳でなし、効果も変わらぬぞえ。むしろ防御力は、綾女の方が高いのじゃなかろうかえ? 儂や白虎丸は、霊糸領域で霊衣を練っておらぬかえ。それゆえに、均一な霊圧の膜となっており、見栄えが整っておるぞえ」
冬帝は言いながら、纏った霊装をさらに厚くしてみせた。虹色が濃い赤褐色になり、燃えるような揺らめきで輝き始める。
「これが綾女がやっておる霊装かえ――さて、霊装技術を身に着けたとしても、性能が伴わなければ意味がないかえ? 性能を確かめる為に、これから儂が本気の霊撃を繰り出すぞえ」
「――っ!?」
冬帝の呟きを聴いた瞬間、その身体が炎の玉のように真っ直ぐとわたしに向かってきた。
その突撃は、疾い、と思った瞬間にわたしを貫いた。脳裏に言葉が浮かぶのと同時に、全身を稲妻が通り抜けたような衝撃で貫かれたのだ。
受け身を取る、とかの次元ではない。反応が出来なかった。
感電したような強烈な痺れが全身を襲い、音の壁が遅れてやってきた。
爆風を思わせる衝撃がわたしの身体を吹き飛ばし、ついでに武道場の床を捲り上げて壁の一部をも爆発させていた。
わたしは無様な格好で吹っ飛ばされて、床に這いつくばるように転がった。
「…………っ、く、な、何、ですか……今の……」
「なんとも見事ぞえ。初見では反応出来ずとも仕方あるまいかえ? それでも、これを受けて死なぬのは素晴らしいぞえ。綾女の霊装技術は、かなり強力な防御性能ぞえ」
「……いまのは……何ですか? いまの……霊撃も……霊装技術、なのでしょうか?」
「睨むでないぞえ。その通りかえ――いまの技術を『神器化』と呼ぶぞえ。霊装技術を極めた者が到達出来る領域、究極奥義の一つぞえ。ちなみに、綾女の霊装技術がもっと弱ければ、この霊撃で昏睡するか、瀕死の重傷、もしくは最悪、即死だったかえ?」
「――へぇ? それは、怖いですね」
神器化ね、と小さく呟きながら、わたしは起き上がった。
ふらつく身体に力を篭めるが、全身が痺れているようで小刻みに震えていた。先の一撃は、せっかく編み込んだ霊装を跡形もなく消し飛ばしており、肉体ではなく霊体を大きく傷つけていた。
霊体が半分以上削られたからだろう。直接的な激痛というよりも、幻肢痛のような痛みが感じられた。
「――これで修了ぞえ。もはや綾女の霊装技術を試す意味はないかえ……それにしても、霊装技術の修得速度もさることながら、練度もまさに化物と呼ぶに相応しいぞえ」
冬帝は霊装を解くと、部屋の隅で警戒しながら唸っている白虎丸を一瞥した。
白虎丸は唸るのを止めて、ワン、と一声返事をすると、武道場からその姿を消した。
「冬帝さん。まだまだわたしは問題ありません。せっかくここまでコツを掴んだのですから、もっと修行にお付き合い――」
「――無駄ぞえ。だいたい、綾女もここらが限界ぞえ」
「人の限界を、勝手に決め付けないでいただきたいですけれど?」
「綾女、一つだけ覚えておくと良いかえ。霊体を鍛えるのは、肉体を鍛えることとは、だいぶ異なるぞえ。霊力が枯渇するまで追い込む必要なぞないし、限界を超えた先に、次の段階が待っていることもないぞえ。なにより、霊体を酷使することは無意味極まる愚行ぞえ――ほれ、これでもまだ、強気の発言が出来るかえ?」
トン、と冬帝がわたしの身体に触れた。瞬間、霊圧の壁が壊れて、霊体が身体から大きくずれた。
「――――え?」
素っ頓狂な声が上がってしまう。ハッキリした意識とは裏腹に、脚から力が抜けて、膝が折れた。
ペタンと、腰が抜けたように、わたしは思わず床に座り込んでしまった。痛みはなく、下半身の感覚もなくなっていた。
「もはや、踏ん張ることさえ出来ぬかえ? じゃから、強がらなくとも良いぞえ。そもそも神器化による霊撃は、霊体を消滅させる効果があるかえ。ちなみに、消滅した霊体部分は、自然治癒では回復せぬぞえ。回復させたいのであれば、特殊な霊丹を服用するか、使役霊獣を増やすか、他者から霊力を譲り受けるか――まあ、ともかく、いまは朱火が用意する夕飯で回復するのが吉かえ?」
「……霊力は、自然回復するのに、霊体は回復しないのですか? 霊力も霊体も、同じ特性を持っているのではないのでしょうか?」
「その知識は間違っておらぬが、少し異なるかえ。確かに霊体とは、純粋な霊力が集まって構成されている生命エネルギーの集合体ぞえ。じゃから本来、破壊しても、霧散させても、一時的に霊力が減少するだけで、霊力総量に影響はないぞえ。霊力総量に影響がなければ、霊力の回復と共に、霊体も元通りに戻る性質があるぞえ。ところが今回は、霊体の一部を消滅させたかえ。これは、破壊や霧散と違って、霊力総量に影響するかえ。綾女が保有しておる霊力の器を削り、霊力総量を減らしたぞえ。じゃから、消滅した霊体部分は自然治癒では回復せぬぞえ」
納得は出来ないが、説明に理解はできた。とはいえ、そんな霊体の概念を知ったところで、あまり意味はない。
わたしが覚えるべきは、つまり神器化さえ修得すれば、霊体を消滅させるような破壊的な霊撃をも修得出来ると言うことだ。
要するに、攻撃力が桁違いに向上するのである。
これほどの威力を持つのであれば、八重巴はおろか、如月椿も――ひいては、巫道サラや天桐・リース・ヘブンロードでさえも、一撃で倒せる必殺になるはずだ。
「……つかぬ事をお伺いしますけれど、この神器化、とやらは、如月さんや、八重さんも、使える技術なのでしょうか?」
ふと気付いた。わたしが修得出来る可能性があるのであれば、逆説的に相手が既に修得している可能性もある。そもそも、実際に冬帝が使える霊装技術を、如月椿が使えない道理もない。そしてそれは、霊能力者として実力がある八重巴も同様だろう。
半ば答えが分かっている問いに、やはり思った通りの返答がくる。
「当然かえ。椿はもとより、年季の入った巴なぞは、霊剣化した武器を、更に神器化して振るう技術を修得しておるぞえ。昔聞いた椿からの話では、巴の振るう霊剣は、儂でさえも一刀のもとに消滅させられるほど、らしいかえ?」
「それは――霊剣、天羽々斬、とやらですか?」
「知っておるのかえ? 左様ぞえ。ちなみに、巴はどうやら、四種類の神器化を操るらしいぞえ」
「へぇ? それは、どういう――っ!?」
冬帝の興味深い台詞に質問を続けようとした瞬間、大きく空間が揺れた気がした。同時に、凄まじい霊力が武道場の中に現れる。
すかさず視線を向けると、そこには堺芽衣子が全身を虹色に輝かせながら絶叫している姿がある。
「おぉ、見事ぞえ。取り憑いた相手――宿主の綾女が、霊装技術を修得したことで、霊獣としての格が上がったらしいぞえ。これは、自我が芽生えるやも知れぬかえ」
「……何が、起きたのですか? これは、いったいどういうこと、ですか?」
絶叫を続ける堺芽衣子の姿が、徐々に安定し始めた。溢れ出ていた霊力が霊糸状になり、霊装技術を修得したかの如く身体を包んでいく。
その変容の様は一見すると、魔法少女系のアニメなどで、ヒロインが変身するようなシーンを思わせた。
そんな変身はすぐさま終わり、変身後の堺芽衣子は、死ぬ直前まで着ていた黒いワンピース姿になっていた。
男性受けするだろうクラシカルなお嬢様風ロングワンピースで、綺麗な曲線美をした肢体を強調して見せている。
その端正な顔立ちは、変身前に付いていた血はおろか、シミそばかすもなく、アイドルを思わせるほどの美貌をしていた。また、表情には生気が戻ってきており、瞳には知性が宿っていた。
「綾女が霊装技術を修得したことで、堺芽衣子も霊装技術を身に着けたかえ。結果として、霊獣の格が上昇したかえ。この感覚じゃと、いまの堺芽衣子は、蒼矢に匹敵するぞえ」
「……霊獣の格が上昇すると、何か変わるのですか?」
「劇的に変わるぞえ。メリットから言えば、宿主の基礎能力が、あらゆる面で向上して、強くなることかえ。逆にデメリットとしては、霊獣自体も強くなっておるから、使役するのが困難になることぞえ」
本当か、と首を傾げた。今時点で、わたしの身体に何ら変化は見られない。
「なに? え、どうして……それに、ここは……どこなの?」
ふと、疑問符に溢れた声が上がった。
それは宙に浮いて自らの身体を見下ろしている堺芽衣子の声だった。
堺芽衣子は驚きを隠せない、という表情で、辺りを見渡している。
恨み節でも、悲哀の声でもない。純粋な疑問の声である。今の状況もそうだが、自分がどうなっているのかさえ分かっていないようだ。
「堺芽衣子――いや、貴様はいま、自分の名前を、思い出せるかえ?」
「サカイ、メイコ? は? あたし? 名前、って――そんなの、当たり前……ん? え? てか、貴女こそ、誰?」
「――儂は、冬帝ぞえ。冬帝様、と呼ぶことを許可するかえ」
「…………冬帝、様? はぁ? どういうことなの? 分からへん、分からへん……あたし、確か、マサくんに誘われて……」
「――もう一度問うぞえ。貴様、名前を思い出せるかえ?」
混乱の極致とばかりに自問自答を繰り返す堺芽衣子に、冬帝が冷ややかな詰問をした。そこには殺気だけではなく、強烈な霊力も籠めていた。
わたしはとりあえず、事の成り行きを口出しせず見守っていた。
正直、一度戦闘の空気が緩んでしまったことから、気を抜いてしまうと気絶しそうになっていた。
「は? だから名前、って――――え? あれ? あたし、名前……あれ、れ?」
「やはり思い出せぬかえ? じゃが、それも仕方ないぞえ――綾女。この霊獣に、新しい名前を付けてやるが良いかえ。霊獣を使役する為にも、使役する側が、事前に名前を授けておくのは常識ぞえ。ちなみにじゃが、生前の名前を流用することはオススメせぬぞえ。自我が強化されてしまい、使役するのが非常に困難になるかえ」
「……は? え? ちょ、何なん? あたしの名前を、付けるって、何なん? 貴女も、どこの誰?」
いきなり名前を付けろと無茶振りをされて、わたしは怪訝な顔を浮かべた。犬猫じゃあるまいし、そんなことを言われても困ってしまう。
「――どんな名前が望ましい、とか、名前によって制約、不利益が生じるとか、ありますか?」
「気にせず命名するかえ。しかし呼び易く、恥ずかしくない名前が良いと思うぞえ」
「なるほど? ちなみに、お聞きしますが――冬帝さんも含めて、如月さんの使役する霊獣たちの名前は、如月さんのセンスで名付けたのでしょうか?」
「儂以外は、その通りぞえ――儂は椿の先祖が名付け親ぞえ」
「へぇ? さて、名前ですか……そうですね」
わたしはしばし思案して、混乱している様子の堺芽衣子に目を向けた。
いままでペットを飼ったこともないのに、いきなり人型の霊獣の名付け親になるとは思わなかった。悩ましい問題だ。
「……全身黒い格好なので、黒霊とでもしておきましょうか」
それほど真剣に考えても仕方ない、と途中で思考を断念した。
ネーミングセンスがないのは自覚しているので、どれだけ考えても妙案が浮かぶとは思わなかった。だから、我ながら安直すぎるとは思いつつも、シンプルに『黒霊』と名付けてみたのである。
「――――あれ?」
わたしが名前を告げた途端、堺芽衣子――黒霊の身体が眩い光に包まれて、わたしの身体に霊力が充実するのを感じた。また同時に、微かだが、黒霊との間に霊力の繋がりが出来た気がした。
「『黒霊』――それが、あたしの名前……ええやん。なんか、シックリ来る」
「随分と簡素じゃが、悪くない名前かえ」
冬帝も黒霊も、わたしの名付けに納得している。
センスがないと罵られるよりは良い。我ながら及第点か、と安堵した。
「……さて、綾女よ。そろそろ夕飯の時間ぞえ。先ほど言うたが、今日はもう修行せぬぞえ。これ以上をしたいならば、夕食を終えてから、蒼矢の使役術講座でも受講するかえ」
「――――嗚呼、なるほど。それは良い案ですね」
確かに、これ以上の鍛錬に意味がないというのであれば、後は勉強するに限るだろう。
わたしは気持ちを切り替えて、とりあえず言われた通り、食事をするため本殿に向かった。
次の話のアップは、11/19の18時過ぎです。




