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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第六章/八重越えて

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第一夜(3)

 如月椿と合流してから、わたしたちはとりあえず、最寄りのカフェレストランに入った。

 個人経営らしいそのカフェレストランは、そこそこ混み合っており、わたしと同じような旅行鞄を持つ観光客が多くいた。

 店内には香ばしい匂いが充満しており、活気の良い声が飛び交っている。


「早速やけど、南天からどぉ聞いたか知らへんが、ウチの紹介するわ――この超絶美形のチャーミング美女のウチこそが、県立第三中学校に勤める物理教師にして、ブラスバンド部顧問――」

「――表向きの肩書に興味はありません。自己紹介頂けるのでしたら、過去の実績を踏まえてご紹介頂けないでしょうか?」


 ジャージ姿で踏ん反り返って、座るが否や珈琲を注文した如月椿に、わたしは冷たい視線をぶつけた。

 てっきり、どこにも寄らずに修行する場所に移動かと思いきや、これほど人が多い食事処に誘導されるとは思っていなかった。だからこそ、拍子抜けもしたし腹も立てていた。


「はぁん? なんや、ノリ悪いのぅ。ホンマ、そういうとこ、南天が言うとったまんまやね? ほなら、先に食事を頼もか?」


 わたしのお願いなど聞く気もないようで、ウチは巨大ハンバーグ定食やで、とマイペースに注文をしていた。

 そんなふざけた態度を前に、わたしは青筋を立てながらも、苛立ちを口にするのは諦めた。ため息ひとつで飲み込んで、仕方なく本日のオススメとなっているBLTサンドを注文する。


「なぁなぁ、綾女っち――」

「――鳳仙、とお呼び頂けないでしょうか?」


 如月椿の言葉に被せて、わたしはピシャリと言い放つ。すると、ニコリと微笑まれた直後、凄まじい殺気がぶつけられた。

 それは、わたしが思わず身震いするほどの純粋な怒りである。

 感情が高ぶる。ついつい愉しくなって、口元が緩んだ。今すぐにこの場で殺し合いが始まるのではないか、と錯覚するくらいには、キナ臭い空気が漂い始める。


「……素敵な、殺気ですね。この場で闘ってくださるのでしょうか?」

「なぁ、綾女っち。ウチな、話しを遮られるん、凄く嫌いやねん。あと、すぐにそない物騒な考えするのも辞めた方がええんちゃう?」

「あら? それは失礼いたしました――あと、わたしのことは、鳳仙、とお呼びください」

「綾女っち。ウチ、指図されんのも嫌いやねん。ちなみに、鳳仙(ホーセン)って呼び難いわ」


 少しも譲らず、突き刺さる殺気と威圧も増す中で、如月椿はテーブルの上に四つの装飾品を置いた。仄かに魔力が漂うそれは、虎柄の派手なブレスレットだった。


「これは……何ですか?」

「南天から【霊性開花の数珠】を受け取っとるやん? それの補助装置やねん。霊性開花の数珠の効果が倍増すんねん」


 だから何だ、と睨み付けるが、サッサと付けや、と睨み返された。腹立たしい態度だ。


「四つとも付けろ、ということですか? ガチャガチャして、付けにくい――」

「――ちょ、おいおいおい、それ、ホンマ!? ホンマ、付け方も知らんの?」


 わたしがブレスレットの一つに腕を通すと、瞬間、ビックリ仰天、と大げさなジェスチャーをしながら絶叫していた。

 店内に響き渡る如月椿の声に、周囲のお客さんが視線を向けてくる。少し恥ずかしい。


「……だいぶ、声が大きいのでは?」

「いやいや、そんなんどーでもええやん。ってか、綾女っち、ホンマ、知らへんみたいやね? マジでか……ビックリやで」

「――説明を求めます」


 わたしは腕に通したブレスレットを外して、テーブルに戻した。如月椿が、しゃあない、と頷きながら、そのブレスレットを持ち上げる。


「ウチ、補助装置言うたやん? 補助装置なんやから、メイン装備の数珠を出さんと意味ないやん? ま、言うて、どっちにしろ使い方ちゃうけど――」


 一方的にそんなことを口走りながら、如月椿はブレスレットに魔力を篭めた。すると、篭められた魔力がスポンジに垂らした水のように、ブレスレットの中に吸収されていく。

 魔力を吸ったブレスレットは、青白く明滅を繰り返しながら、徐々に縮み始めた。


「――これ、指輪やねん」


 ほい、と小指サイズまで縮小したブレスレットを放り投げてきた。わたしはそれを受け取り、どういう構造だ、とマジマジ眺めた。

 試しに魔力を注いでみるが、それは吸収されずに霧散する。指に嵌めてみると、少し大きめだった。


「んん? なんやねん。綾女っちって、魔法具(アーティファクト)の起動の仕方知らへんの?」

「……ええ、存じません。コツが必要なのでしょうか?」

「ちゃうちゃう。コツなんて不要や――魔法具の起動方法は原則、使用者の魔力を認識させることが大前提やねん。魔力を注ぎ込むとか、纏わせるとか、そんなん要らんねん。これもそうやで? いまはウチの魔力を認識しとるけど、上書きで、綾女っちの魔力を再認識させればええねん」


 如月椿はそう簡単に言うが、意味が分からない。そんな曖昧な説明では理解できるはずがなかろう――とは、口には出さず、ブカブカの指輪をわたしの魔力で包み込んだ。

 いや、包む、というよりは、魔力の中に漬けるイメージである。これが正解かは分からないが、如月椿からは否定されなかったので続けてみる。

 しばらくそうすると、指輪はわたしの指のサイズにピッタリ嵌まるまで縮んだ。


「なるほど……綾女っちは確かに、南天の言うてた通り、ウチの大っ嫌いな天才って奴やね――ウチら凡人の苦労、ホンマ理解できんやろな」


 厭味ったらしく文句を口にする如月椿だが、間違いなくそれは己自身にも当てはまるだろう。

 こうして対峙しているだけでも、如月椿が超人の域に達していることが分かる。凡人では到達できない領域におり、決して努力だけでは越えられない壁を突破した実力を持っているのが分かる。

 わたしはあえて何も言わず、同じ要領で残り三つのブレスレットを指輪に変えて、右左の中指、人差し指に嵌めた。


「補助装置、でしたね――これだけ付けても、何の影響もない、と? それで、この数珠を身に着けると、効果が倍増するのでしたね?」

「そやねん、そやねん」

「ちなみに、この数珠はどのように付けるのが正しい方法なのでしょうか? また、どういった効果が出るモノなのでしょうか?」


 わたしは何の説明も受けていない【霊性開花の数珠】をテーブルに置いて、如月椿に質問する。手で持っただけでは何も感じなかった。

 ちなみに、ここに来る前に何度か身に着けてみたが、それでも何の変化もなかった。ブレスレットのこともあるので、もしかしたら装備するにも、手順か方法があるのやも知れない。


「効果? なんやねん。南天、そんな基礎的なことさえ、教えてへんの? はぁ、ま、しゃあない。説明したるけど、ちょい待ちや――食事をしてからや」


 運ばれてきた巨大ハンバーグ定食を前にすると、如月椿は腹の虫を盛大に鳴らしてから、猛然とした勢いで食事を始めた。

 食い散らかす、と言う表現がお似合いのその食事風景を白けた表情で眺めつつ、わたしも出来立てのBLTサンドを口にする。


「――やっぱ、ここのハンバーグ最高やで! 美味かったわぁ、ごちそうさまやん」


 如月椿は食事中一切喋らず、黙々と巨大ハンバーグ定食を平らげた。そして食べ切ってから、ようやく手を合わせて言葉を発した。一方で、わたしはとっくに食べ終えて、食後の紅茶を飲みながら待機していた。


「それで? この数珠の正しい付け方と、その効果を教えていただけませんか?」

「ふんふん? そやね、それを知らんと始まらんわな――付け方、ってか装備方法は、補助装置の時と一緒やで? 魔力を認識させれば、その数珠は身体に溶け込むねん」


 わたしは怪訝な表情を浮かべて、数珠と如月椿を見比べる。身体に溶け込む、とはあまり安心出来る台詞ではない。


「……効果は?」

「霊性開花、やで?」

「……わたしが柊さんから聞いたところでは『魔力を霊力に変換する道具で、霊能力を開花するサポート』と聞いています。解釈としては、霊力に慣れることで潜在的な霊能力が目覚めるサポート道具、ということなのでしょうか? そうすると、具体的な効果は、装備しているだけで魔力が全て霊力に変換される、だけ、と言うことで間違いないのでしょうか?」


 会話にならないことに辟易しながら、わたしはとりあえず冷静に自分流の解釈を口にする。

 如月椿はその解釈を聞くと、ふたたびビックリ仰天したジェスチャーをしていた。いちいち、大げさで鬱陶しいリアクションである。


「分かっとるやん。せやけどウチも、綾女っちが何を知りたいか、疑問に思てるかも分かったわ――つまりや。数珠の効果やねんけど、その解釈とはちょいちゃう。【霊性開花の数珠】は制限装備やねん。装備することで、魔力制限されるっちゅうデバフ装備やねん。実際の効果は確かに、魔力を霊力に変換するんやけど、変換した霊力は垂れ流しになんねん。せやから、いまの綾女っちが装備すると魔力が失われる、ってだけやねん」

「……垂れ流される霊力を自覚すれば、霊能力に目覚める?」

「まー、一応、そやねんな。理論的には、そやねんけど、霊性開花の数珠の使い方は、もっぱら『ドM装備』やで? 魔力制限することで、基礎体力、基礎戦闘力を向上させる、って足枷効果で使うことが多いんやで? あとは、まあ、垂れ流す霊力を餌にして霊獣を釣るって効果くらいやねん――そやそや、南天からは、霊獣を釣って、祓って、使役させや、ちゅうこと頼まれてたわ」


 如月椿の説明に、わたしはどんどん険しい表情になった。

 足枷をして修行するのは慣れたものなのだが、聞く限りそれが、わたしにとっては意味を成さないように思えた。わたしが魔力を手に入れたのは、本当につい最近であり、いま魔力を制限したところで、基礎体力も基礎戦闘力も向上する見込みなどないだろう。

 効果が期待できない修行なぞ、やるだけ無駄であり、そもそも修行ではない。


「――いくつか質問がありますけれど、何よりもまず、わたしは、魔力を自覚したのは最近であり、後天的に修得したのですよ? だから、この数珠で魔力を制限されたとて、基礎体力や基礎戦闘力は向上出来ない、と思うのですが?」


 むしろ今まで魔力を保有していなかった分、魔力を有意に運用できるよう訓練した方が強くなれるはずである。魔力を制限するメリットを全く感じない。


「それと、霊獣を釣る、とか仰っていますけれど、その霊獣とは、どういう存在でしょうか? 魔獣のような理外の存在ですか? それとも幽霊とか、そういう概念ですか?」


 わたしは声が荒くなるのを必死に抑えつつ、殺気だけ滲ませて詰問する。如月椿の説明が下手過ぎて、本当に教師なのか疑いたくなるほどである。


「あんなぁ、綾女っち。とりあえず一つずつや。ちゃんと説明するから、ちょ落ち着いてや」

「落ち着いていますよ? それでは一つずつ、ご説明頂けますでしょうか?」

「そん前にまず【霊性開花の数珠】を取り込んでもろてええ?」


 如月椿は数珠を指差しながら、わたしの胸元を眺める。

 仕方ない、とわたしは言葉を呑んでから、先ほどのブレスレットと同じ要領でもって、放出した魔力で包み込む。途端、液体状になったかと思うと、如月椿の言う通り、手のひらに溶けて消えた。


「……不思議な、感覚ですね……血液に異物が入ったような……ん?」


 ドクン、と強く心臓が脈打ったかと思うと、視える景色が一転した。

 突然に、世界が暗転したかのように薄暗くなり、あらゆる物体に何やら黒いもやが纏い付いているように視え出した。


「――へぇ? 確かに、魔力は何も感じなくなりました……そして、この黒いもやが、霊力? なのでしょうか?」


 わたしは自らの身体を見下ろす。すると全身のいたるところから、まるで湯気が出ているかのように、絶え間なく黒いもやが放出されている。

 魔力を霊力に変換する、という効果を鑑みると、この黒いもやこそが霊力なのだろう。

 そう考えて視れば、正面に座るジャージ姿の如月椿は、黒いもやが身体を覆っており、まるで鎧を纏っているようだった。しかも黒いもやに揺らぎはなく、パッと見ただけでは服と勘違いするほど安定している。


「……呆れる才能やん。なんでそない簡単に霊力を認識しとるん? え? ホンマ、人間か? マジもんの化物ちゃうん?」

「失礼な――やはりこれが、霊力、ですか?」


 わたしは自らの手を眺めながら、絶え間なく漏れ出る黒いもやを如月椿に見せつけた。それに力強く頷きながら、ジト目を向けられた。


「しかもやで? なんで、変換された霊力が、端からそない強力やねん! チートやん!!」

「……これは、強力、なのですか?」

「控えめに言って、ホンマ、ヤバいわ――けどま、ええわ。その分、鍛えがいあるし」


 如月椿はニヤリと笑い、いきなり視線と意識をわたしの背後に向けてくる。

 何だ、と視線の先を一瞥した。


「――――は?」

「説明の順番が逆んなって悪いんやけど、霊獣言うんはアレや。別の言い回しやったら、地縛霊とか悪霊、怨霊って存在やねん。ウチら、霊媒師界隈じゃ、こういう強力な霊力を持つ存在は、一緒くたにして霊獣(レイジュウ)て言うとんねん」


 ヒィィヤァァアア――という胸に響くような低音を叫びながら、巨大な黒い塊が飛んでくる。それはよく視れば、長い髪をたなびかせた人型のもやだった。

 ソレと視線が合った瞬間、全身を貫くような寒気が襲う。死の危険を感じたわけではないが、得体の知れない存在を前にした怖気である。


「な、なんですか、コイツ!?」

「――『憑依(ヒョウイ)』」

「ん――え? 何!?」


 思わず身構えるが、その瞬間、如月椿が腕を掴んできた。不意を突かれた、ということもあるが、あまりの早業に対応できなかった。

 なるほど、伊達に異端管理局の円卓四席に座ってはいないな――と、感心したところで、身体のコントロールが利かなくなっていることに気付いた。


「…………」


 わたしは目を見開いて、声を上げようとした。しかし、声帯を震わすことさえ出来ない。


(思考は出来る。けれど、身体の自由は一切利かない……これは、どういう?)


 冷静に状況を分析しながら、怖気を誘う叫びをあげる黒いもやが迫ってくるのを眺めていた。

 直前の話から推測するに、これが地縛霊や悪霊の類であることは明白である。このままでは取り憑かれることになるのではないか。


「安心せや。この霊獣はいまなら、取り憑かれても即死するほどやない。ちなみにやで? 今回の修行、この霊獣を使役することが目標なんやで?」


 わたしの声で、流暢なイントネーションの関西弁が発音された。そのうえで、ニヤリ、と下品な笑みを形作っていた。

 次の瞬間、ヒィィヤァァアア――という叫びが頭を突き抜けて、全身がいきなり重くなった。まるで重力が十倍か二十倍にでもなったかのようだ。続いて、冷凍庫に閉じ込められたような寒気が全身に襲い掛かってきた。


(――何で、動けないのでしょうか)


 身体の感覚は生きているのに、身動き一つ出来ない。思考は問題ないのに、指一本動かせない。


『――暖かい――憎い――寂しい――悲しい――』

「おぅおぅおぅ。前情報より悲惨な精神構造しとるやん。でも、ま、これぐらいの方が、綾女っちみたいな化物にはちょうどええかも知らん」


 またもや、わたしの声で気色悪い喋り方をされた。

 どうやら、いまこの身体は如月椿に支配されているらしい。それが魔術なのか、如月椿の特殊能力なのかは分からないが――


(この映像は、取り憑いた悪霊の、感情? 生前の記憶、でしょうか?)


 悪霊の叫びが頭を貫いた時、走馬灯を思わせる一瞬で、誰かの人生を追体験していた。

 それは夢を見たような曖昧なものだったが、ハッキリと人の一生だと判る物語だった。

 ある少女が生まれてから死ぬまでの二十五年間の出来事であり、死ぬ間際の強い後悔、憎悪、悲哀など激情の奔流である。

 恐らくこの人生こそが、わたしに取り憑いた黒い靄――霊獣と呼ばれる悪霊の生前なのだろう。


「ほい。もう充分やねん――」

「――チッ!」

「――ぅおぉ!? 危なっ!?」


 フッと、わたしの腕が如月椿から解放された。すると、身体が自由に動くようになった。

 わたしは当然、動けるようになったその瞬間、正面にいる如月椿の首筋目掛けて手刀を繰り出す。けれど、それは紙一重で避けられてしまった。


「……如月さん。いまのは、なんですか?」

「怖いわぁ……あ、南天から聞いてへん? さっきのアレが、ウチの異能やねん。詳細は省くねんけど、物理的に繋がった他者に、憑依――取り憑くことが出来んねん。んで、綾女っちをちょい支配したって話や」

『悲しい――辛い――憎い――』


 如月椿の声と被せるように、すぐ真横からおどろおどろしい低音が聞こえてくる。その声が、わたしに取り憑いている黒いもや――悪霊の声であることは、理解できた。


「……それで? 先ほど仰っていたこの霊獣を使役する云々はどういう意味ですか?」


 取り憑いているらしい黒いもやに視線を向ける。ジッと目を凝らして見詰めていると、その姿が年若い女性の姿に視え始めた。

 年若く見える女性は、後頭部と顔面からダラダラと血を流しており、身に着けているワンピースはビリビリに破けていた。

 顔立ちは、汚れを落とせばきっと美人の部類だろう。しかし、眼が落ち窪んで光を失っており、半開きの口からは緑色の涎が垂れている。

 どう控えめに言っても、畏形の化物でしかない。明らかな悪霊である。けれどその容姿は、先ほどわたしの頭を貫いた記憶の中に視た女性の最後の瞬間と合致していた。


「どういうも何も、まんまやで? その霊獣――生前は『(サカイ)芽衣子(メイコ)』やったかな? 天叡山の霊溜まりに落ちて、周りの雑魚霊を吸収してからに、飛び級で怨霊に昇華したっちゅう経緯の霊獣や。怨霊になってからのソイツは、恨み相手をあっちゅうまに呪い殺しおってな。そっから見境なくなったんや――せやけど、怨霊にしては内気みたいで、強い霊力を持つ相手にしか取り憑かへんようになっとるんや。やから、ウチが定期的に、誰かに取り憑いてへんか見張っとったんや」

「……霊獣とか怨霊とか……よく分からない専門用語は控えて欲しいですね。わたしにはその違いが分かりませんし、幽霊に至った経緯などにも興味ありません」


 わたしは溜息を漏らす。とりあえず、理解出来たことを整理しよう。


「――仰っていた『霊獣を釣る』というのが、この堺芽衣子という幽霊を、わたしに取り憑かせること、だったのですね?」

『――恨めしい――憎い――怖い――』

「いちいちブツブツと……死んだのに、恨み節がやかましいですね……」


 耳元、というよりも頭の中に直接響くような低音が、絶え間なく続いていた。喧しいことこの上ない。死んでいるのだから黙っていろ、と強く念じるが、何も変わらない。

 これが殺せる存在なら、容赦なく殺すところだが――幽霊を殺す術は、いまだ修得していないのが悔しいところである。


「そやで? なかなか察し良いやん、綾女っち」

「ちなみに、どうしてこの怨霊を野放しにしていたのでしょうか? まさか、除霊出来なかった、とかなのでしょうか?」

「ちゃうちゃう。ウチの主義やねん。ウチに危害を加えない限り除霊はせえへんし、むやみやたらに人災を起こしとらん限り、見守るだけや。金にならんことに労力は割かん。もし暴走し始めたら、そんときは然るべき機関がウチに依頼するやろ? そういう意味じゃ、今回は特別やで? ウチが金も貰わんと誰かに協力するなんて、珍しいこっちゃで?」


 他ならぬ南天のお願いやからな、と笑いながら、如月椿は店員を呼び止めてお会計をする。呼び止められた店員は、一瞬だけわたしの方を見て首を傾げて、ブルリと身体を震わせていた。

 どうやらあの店員は、霊感が強いのだろう。何かがいるのを直感したらしい。幽霊が視えるほどではないようだが、わたしに憑いている怨霊の負のオーラを察知したようだ。


「ほな、そろそろ行こか? ここでの目的は終わりやから――」

「――わたしは、いくつか質問がある、とお伝えしたかと思うのですけれど、この場では答えてくださらないのでしょうか?」

「はぁん? なんや、綾女っち、だいぶ欲しがりさんやなぁ。答えへんわけやないで? 場所を移そう、って言うてんねん」

「……まあ、わたしの疑問が解消出来るのであれば、後でも結構ですけれど」

「そやで。質問はちゃんと整理といてな?」


 カチン、と来る言い回しだ。いちいち鼻につく態度だが、これ以上は言うだけ無駄、と判断して言葉を呑み込む。

 半眼で睨み付けたが、如月椿はとぼけた顔で首を傾げるのみである。

 非常に不愉快だが、とりあえず当面は師匠役としてわたしを鍛えてくれる存在だ。ここは引き下がっておこう。


「ところで、場所を移すのは良いのですけれど、どちらに向かうのでしょうか?」

「ん? 決まっとるやん? ウチの実家、つまりは綾女っちを鍛える修行場所にやで?」

「――それがどこなのか、と聞いているのですけれど?」

「なんやねん、綾女っちはノリ悪いなぁ。ま、ええわ。ウチの実家は、ここからちょいと歩いた先、天叡山の頂上付近に隠しとる霊地やで」


 ちょいと歩いた先、と言いながらも、指差す先は標高1500メートルを誇る天叡山の峰である。

 そして足が向いていたのは、ロープウェイ駅から続くロープウェイ乗り場ではなく、完全装備の登山客で賑わっている登山道だった。


「ここを、登るのですか?」


 ボケなのか、それともガチなのか。わたしは小さく呟いた。

 わたしは軽装で、且つ、旅行鞄を持っている。こんな明らかな登山装備もない観光客状態で、徒歩のまま標高千メートル越えの山を登れ、というのか。

 立ち止まったわたしを置いて、如月椿は軽い調子で登山道を登り始めていた。

 別に登るのは嫌ではない。文句も特にありはしない。そもそもよく考えれば、修行と銘打っているくらいなのだから、基礎体力を鍛える意味でも徒歩による登山なのだろう。

 わたしは如月椿を追って登山道を歩き出した。道中、登山装備をした本格派の登山者たちからだいぶ痛い視線を向けられたが、無視して平然と進んだ。

 そうして黙々と歩き始めて、およそ十五分程度経ったとき、ふと如月椿が立ち止まる。


「――って、ツッコまんのかい!? ウチ、ジャージやぞ!? もうだいぶ来とるし!!」


 登山道に傾斜が入り始めて、後ろを振り返ればロープウェイ駅がだいぶ小さくなった頃合いで、唐突に如月椿が叫んだ。


「何を騒いでるのでしょうか? これは修行でしょう?」


 わたしは冷めた表情で、当たり前でしょう、と切り返す。

 しかし、如月椿はしきりに、ちゃうねんちゃうねん、と地団駄を踏んでいた。いい歳した大人の駄々は見苦しい。


「何が、どこが、修行やねん!? ウチは昭和初期の熱血ド根性教師かっちゅうねん!? こない地味な修行せえへんし!! ウチ、誰よりも効率主義やねん!! ってか、そもそもや。山登りなんて、綾女っちには不要やろ!? いまも汗一つ掻いてないやん!」


 如月椿は怒鳴り散らしながら、わたしに苛立ちをぶつけてきた。

 どうしてわたしが怒られているのか理解出来なかったが、どうやら登山道を進んでいたのは、如月椿の冗談だったらしい。

 けれど冗談ならば、もっと手前で止まるべきではないか。


「……確かに、わたしには物足りないですけれど、このうるさい怨霊の声に慣れる為と思えば、ちょうどいいですかね? ただし、もし山頂までこのスローペースを維持すると考えると、いったい何時間かかるのでしょう……」

「こんなペースじゃ軽く五時間超えやで!! アホか、っちゅうねん! ウチの時間は貴重やで!? そもそも、こないチンタラ歩いて登るん、基礎体力がなってへん中坊か、ちゅうの!!」


 周囲の登山客が遠巻きに怪訝な視線を向けている。そんな視線などお構いなしに、如月椿は怒鳴り散らしながら、来た道をノシノシと戻り始めた。

 わたしは呆れた溜息を漏らす。ここまで歩いた意味はなんだったのか。


「まさか、ロープウェイに乗るのですか?」

「当然やで? ここまで歩いた時間があったら、とっくに山頂付近まで行けとるわ」


 こんにちわ、と元気よく挨拶をしてくれる登山家たちに会釈だけ返して、わたしと如月椿は結局、天叡山ロープウェイ駅に戻った。

 ロープウェイの切符を購入してから時刻表を見れば、あと数本で今日の運行が終わるところだ。

 わたしは殺気を篭めた睨みを向けたが、如月椿は知らんぷりしながら口笛を吹いて誤魔化していた。相性が合わない、と痛烈に感じた。

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