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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第六夜(5)

 ケルベロスは撃退できたが、いかんせん状況は何一つ好転してはいない。このままでは、神薙三姉妹が死んでしまう。

 少しだけ空気を変えて、時間稼ぎをしなければならないだろう。

 わたしは不敵な笑みを浮かべて、玄武の甲羅に乗って状況を眺めている五百蔵鏡に問い掛けた。


「……五百蔵さん。お伺いしたいことがあります」

「なんだい?」

「先ほどから、わたしのことを『特Sクラス因子』と仰っていますが、どういう意味でしょうか?」


 わたしの質問に、五百蔵鏡はとぼけた調子で首を傾げる。


「君が知る必要はないでしょ。けど、どうしても知りたいのなら、この場から逃げることが出来たら、教えてあげてもいいかもね」

「逃げる? わたしがどうして、この状況で逃げると言うのでしょうか?」

「――感心するよ。この状況で、そこまで強気になれることが不思議だ。いや、だからこそ『特Sクラス因子』なんだろう。ところで逆に、この状況をどうやったら覆せるのかな?」


 五百蔵鏡は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。わたしの態度が虚勢だと思っているのだろう。

 それは間違いではない。事実として、逆転の望みは非常に薄い――けれど、可能性がない訳ではないのだ。諦めるには早すぎるだろう。

 現状、わたしは多少の出血とダメージはあるが、まだまだ五体満足である。魔力も気力も体力も充実しており、パフォーマンス的にも七割程度の出力が可能だ。ここ最近の窮地を鑑みるならば、これはまだ、序の口である。

 けれど、神薙三姉妹は壊滅的な状況だった。もはや戦闘続行は不可能だろう。

 特に神薙翡翠に至っては、数時間と持たずに出血多量で死ぬ。喰い破られた腹部が見た目以上に深手であり、傷口を抑えても一向に出血が止まっていない。

 次に重傷なのは神薙瑠璃である。出血している右脚が毒に冒されているようで、壊死寸前の紫色になっていた。しかも魔力が、十分の一以下まで希薄になっていた。


「……瑠璃姉さん! 翡翠姉さんが、ヤバい……何とか、なんない!?」

「はぁ、はぁ……くぅ、ぁ……瑠璃、お姉ちゃん……私……もう……」


 神薙三姉妹で一番軽傷なのは、最も顔面蒼白になって騒ぎ立てている神薙鶺鴒である。全身傷だらけで、あちこち裂傷と打ち身、額からは流血もしているが、どれもこれも軽傷で、命に別状はないだろう。


(……もうちょっと闘いに興じたかったですけれど、そろそろ潮時ですか……これ以上は、手遅れになりますね……)


 わたしは、ふぅ、と短く浅く諦観の息を吐いた。ここらで撤退すべきと決断する。


「……ねぇ、綾女、ちゃん……私たち……もうこれ以上……」

「――瑠璃さん。弱音、吐かないでもらえませんか? これから、瑠璃さんの必殺魔術とチームプレイで、五百蔵さんを追い詰めるところでしょう? 気持ちを萎えさせないでください」

「ッ!? おい、鳳仙!! テメェ、この状況――もが!?」


 神薙瑠璃の弱々しい懇願に、わたしは即答で叱責して、意識を巨大ゴーレムに向けた。当然ながら、怒り心頭で神薙鶺鴒が噛み付いてきたが、神薙翡翠がすかさずその口を押さえていた。

 神薙鶺鴒は、何すんだ、と口をモゴモゴさせている。その仲違いを眺めながら、五百蔵鏡が拍手する。


「泣き言は許さないか――この地獄で、そこまで高潔な意識を他者に求めるのは酷だろ? けどまあ、心を折る為にも、より深い絶望を見せてあげるよ」


 パチパチ、とひとしきり拍手した後、五百蔵鏡は大きく両手を広げた。


「僕は『創造』する――神格を持つ大いなる海蛇。竜さえも統べる王なる幻獣『バハムート』」


 宣言と同時に、羽織っていた漆黒のマントがいきなり跳び上がり、玄武の頭の上付近でクルクルと回り始める。それは手品でも見ているかのように、薄いマントが内側から膨らみだして、次の瞬間、ゴーレムと同じくらいの巨躯をした黒いドラゴンが現れた。

『バハムート』と呼ばれたそれは、特撮映画の大怪獣を思わせる造形で、漆黒の羽が生えていた。バサリ、と雄々しく羽ばたいて、凄まじい爆風を吹き荒らしている。

 わたしは現れたバハムートを眼にして、武者震いが止まらなかった。

 バハムートは玄武よりも強大な魔力を放っている。それこそ、魔王の異名を持った虚空時貞の全力の時よりも重厚な圧力を感じる。


「――素晴らしい」


 思わず感嘆の言葉を漏らしたが、それ故に、悔しさで下唇を噛み締めた。ここまで素敵に煮詰まった状況で、まだまだ余力もあると言うのに、戦略的撤退を選択しなければならない歯痒さは筆舌に尽くしがたい。


「――瑠璃さん。気合を入れて、例の必殺魔術をサッサと準備しなさい」

「……三分、耐えて、欲しいわぁ……翡翠ちゃん、術式を――」

「――鶺鴒、ちょっと黙っててよ? 綾女さん……容赦なく……行くわよ?」

「もがもが……もが……」


 わたしは神薙瑠璃を一瞥してから、地を這う獣のような低姿勢で、壁のように整列している骸骨剣士に突撃した。

 緩慢な動作しか出来ない骸骨剣士たちでは、そんなわたしの動きに棒立ちである。全くもって手応えもなく、最前列の数体が、上半身と下半身を両断されて転がった。


「……これで――終わらせてよ! 逆巻く爆炎!!」


 前列を薙ぎ倒しながら、わたしは骸骨剣士の大群に斬り込んでいく。その後方から、神薙翡翠のなけなしの魔力による炎の竜巻が迸った。高威力の範囲攻撃だ。

 わたし自身も炎の竜巻に巻き込まれつつ、蠢く骸骨剣士たちを斬り伏せた。炎の魔術とわたしの剣術、この二種類の波状攻撃に、骸骨剣士たちはあっけなく壊れていった。


「ゴーレム、やれ!」


 愉しそうな声音で、五百蔵鏡がビシっとわたしを指差しながら命令した。途端、咆哮しながら威圧だけ放っていたゴーレムが、ダン、と轟音を立てて跳び上がっていた。

 ゴーレムは、その鈍重そうな外見からは想像できないほど素早く、わたしを目掛けて飛び掛かってきた。振り上げた拳はまるで隕石だ。


「合図は――十秒前から、カウントを!」

「綾女さん、足元、気を付け、ぅ!? ごほっ……ごほっ」


 わたしは咄嗟に跳び退いて、ゴーレムの下敷きにならないよう回避行動を取る。すると、神薙瑠璃ではなく、神薙翡翠が咳き込みながら返事をしていた。

 どうやら、神薙瑠璃は返事をする余裕さえなさそうだ。眼を閉じて集中しながら、必死に、テレポーテーションの準備を進めている。

 複数人を同時にテレポーテーションするには、かなりの集中と魔力が必要と聞いていた。毒に侵された今の状態では、だいぶ厳しいのだろう。思っているより時間が掛かるらしい。

 その分、愉しめる時間が貰えるのは感謝だが――

 ドガンドガン、とゴーレムの振り下ろす拳を避けながら、わたしは神薙翡翠の合図を待った。タイミングを間違えると、撤退に失敗してしまう。


「……ふぅ……はぁ……綾女、さん……あと、十秒、よ……」


 神薙翡翠のか細い合図が聞こえた。これで終わりかと、少しだけ残念な気持ちになったが、仕方ないと気持ちを切り替えた。

 わたしは、五百蔵鏡を強烈な殺気で睨み付けた。


「何か秘策があるようだね? どんな技か楽しみだ。さあさあ、もっと気張ってくれ」

「言われずとも――とりあえず、ここらでゴーレムとのダンスは終わりにします。外道之太刀、雨燕・比翼飛燕」


 心の中で十秒からのカウントダウンを続けながら、飛翔する斬撃をゴーレムの能面に放った。

 斬撃の狙いは、顔面に刻まれている『EMETH』の『E』の文字である。

 聞きかじった知識だが、ゴーレムの倒し方の通説は、身体の何処かに刻まれた『真理』の一字を削り、その意味を『死』に変えることだと言う。眉唾だがそれだけで倒せるらしい。

 ゴォォオ――と苦痛にも思える咆哮が響く。

 わたしの斬撃は、ゴーレムの能面に刻まれた文字の綴りを書き換えることに成功した。途端、電源が切れたかのように、ゴーレムは攻撃の手を止めてグラリと傾いで床に崩れ落ちた。

 この転倒に巻き込まれて、生き残っている骸骨剣士はほぼ圧壊していた。


「3……2……1――それではまた、明日にでも逢いましょう、五百蔵さん?」


 わたしは倒れ込んだゴーレムを避けて、カウントダウンが零になる瞬間、床に這いつくばるよう伏せた。


「――瞬間移動(テレポーテーション)


 タイミングはドンピシャだった。床に五体を接触させた時、神薙瑠璃の呟きが届く。

 わたしの足元に突然、複雑な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、淡い光が放たれる。


「……っ!? まさかテレポーテーション――」

 

 計算外だ、と慌てた顔を見せる五百蔵鏡の声を遠くに聞きながら、わたしの景色はブラックアウトした。


「――ここは?」


 景色が明るくなった時、そこはミュージアムパーク万美術館の敷地内にあるアートホールのロビーに変わっていた。


「――きゃ!? な、なに!?」


 突然、ロビーに現れたわたしたちに、受付のお姉さんが悲鳴を上げていた。慌てて見渡すと、幸いにもロビーには受付のお姉さん以外の目撃者は居なかった。

 ひとまず安堵の吐息を漏らす。

 目撃者が多いと黙らせるのが面倒だったが、受付のお姉さんだけなら問題はない。


「戦略的撤退は、成功、ですね……無事、逃げ果せました……」


 わたしは、絨毯の上で尻餅をついて呆けている神薙瑠璃に声を掛けた。

 その傍らには、倒れ込んで血を流し続ける神薙翡翠、何が起きたかキョトンとしている神薙鶺鴒が居た。


「――はッ!? これ、瑠璃姉さんの、テレポーテーションか!?」

「え……どうして、ここに……? いえ、それよりも、鶺鴒ちゃん! 翡翠ちゃんを早く!!」


 神薙鶺鴒がハッとした瞬間、大声で騒ぎ出す。それを見て、顔面蒼白の神薙瑠璃が懇願していた。

 倒れている神薙翡翠は既に意識を失っている。このままでは失血死するだろう。そんな神薙翡翠の重態に気付いたようで、受付のお姉さんも恐怖の顔になって、慌てて駆け寄ってきた。


「ちょ、どうしたんですか!? 大丈――これ、血!? な、何が!?」

「おい、アンタ! 急いで、救急車を呼んでくれよっ!! 翡翠姉さんが、死ぬ――」

「――おやおや? 騒がしいと思ったら、こりゃあ、重傷じゃないっスか?」


 その時、何食わぬ顔をした柊南天が、アートホールの入口を開けて入ってきた。

 私服に白衣、黒いビジネスバッグという怪し気ないでたちで、偶然ここに来ました、という顔をしていた。


「ふむふむ……この場に来たのも何かの縁。ちょうどいいっスね。うちが応急手当しましょ」


 柊南天は絨毯を血に染めている神薙翡翠を一瞥して笑顔を向けている。そんな柊南天を目にして、神薙瑠璃は驚愕の表情を浮かべていた。


「……Dr.ホーリーじゃないですか? 偶然、ですね?」


 わたしは一瞬悩んだが、わざとらしい演技をしている柊南天に合わせることにした。ここで逢ったのは偶然であり、思いがけない僥倖ということにする。


「……ド、Dr.ホーリー? は、はい……助けて……翡翠ちゃんを……助けて、ください!」


 神薙瑠璃は半狂乱になって、柊南天の白衣に縋りついている。


「な、んで、ここに、Dr.ホーリー!? いや、そんなことはどうでもいいや!! 頼むよ、Dr.ホーリー!! 翡翠姉さんを――」

「――あ、喧しいっス。治しまスから、ちょっと黙っててもらえまス?」


 柊南天は笑顔で釘を刺して、素手で神薙翡翠の抉られた腹部を擦っていた。

 神薙翡翠の状態は一刻を争うだろう。だが、ここで治療を続けるとなると、五百蔵鏡に見つかる危険性もある。わたしは正直言えば、すぐさま旅館まで戻りたかった。


(……周囲に、敵は居ない。演奏中でもあるし……バレても、そんなすぐ追撃が来ることはなさそうですが……)


 気合を入れ直して、周囲を警戒する。

 今はちょうど、アートホール内で演奏が佳境に差し掛かっているようで、ロビーにまで美しい旋律が響いてきた。おかげで誰もいないし、この騒ぎに気付かれることもなかった。


「え、え、え、と……あ、救急車を――きゅ、ぅ?」

「――失礼ながら、貴女は少し寝ていてください」


 わたしはすかさず、トン、と手刀の一撃をお見舞いして、思考が追い付いていない受付のお姉さんの意識を刈り取る。


「……それにしても、なんスか、この傷? ライオンにでも噛み付かれたんスか? だいぶ深いし、抉られ方が半端ないス。意識レベル下がってるし、ショック症状も出てる……割とヤバげスね。早々に輸血せんと……」

「そんな――翡翠、ちゃん……どうすれば……」

「輸血なら、あたしの血を使ってくれよ! 翡翠姉さんと同じAB型だから――」


 神薙鶺鴒が腕を差し出した瞬間、柊南天はわたしに非難がましい顔を向けた。


「綾女嬢ぉ? こうなるから、あんだけ釘刺したのに……これで懲りたスよね?」

「――あ? なんで、そこで鳳仙が――ぉ、ぁぅ?」

「……あれぇ? 私……意識が……」


 パタリ、と唐突に神薙鶺鴒が目を見開いて気絶した。次いで、神薙瑠璃も気絶する。

 わたしと柊南天以外、その場に起き上がっている者は居なくなった。


「懲りた、の意味が分かりません。想像以上に、五百蔵さんが強かっただけ、です。それに、痛感したのは、わたしは誰かを護りながら闘うことに向いていませんね」

「――ま、そうでしょうね。けど、そのおかげでこうして生きてるんスから、ある意味、うちは神薙大女神に感謝、感激、雨アラレっスよ。綾女嬢の暴走が、結果として止まったんスから――だから、この治療は特別サービスっス」


 柊南天はビジネスバッグから医療道具を取り出して、手際よく神薙翡翠の腹部を縫っている。さりげなく手元が魔力で包まれているところを見ると、これも魔力医療とやらのようだ。


「ところで、柊さん。よくこのタイミングで、来れましたね? どんな裏技を使ったのでしょうか?」

「ん? ああ、簡単スよ。うち、美術館内のレストランで待機してたス……んで、遠視の魔術で、資料保管庫に侵入した綾女嬢たちを覗いてたんスよ――しっかし、マジでいきなり、うちの忠告無視するなんて驚きス。慌てた、慌てた。急いで近くまで移動して、テレポーテーションを使った時、うちが定めた場所に着地するよう、誘導魔術陣を仕掛けたんスよ」


 さも当然のように答えながら、よし、と神薙翡翠の治療を完了させていた。色々とツッコミたいことはあるが、ここであえてそんなことをする必要はない。

 とりあえずわたしは、顔面蒼白で冷や汗を掻き始めている神薙翡翠を一瞥して、気絶した二人に顔を向ける。


「……瑠璃さんと鶺鴒さんに、何をしたのでしょうか?」

「ああ、二人スか? ちょっと、黙って欲しかったのと、うちが綾女嬢と仲良くしてるのを見られたくなかったスよ」

「……それ、回答になっていませんけれど?」


 柊南天は薄笑いだけで、口元に指を当てていた。

 ここで秘密にする意味も、その行動も謎だが、どうせ精神感応で意識を乗っ取ったのだろう。わたしも散々、その異能で鍛えられた。


「――面白み、ないスね。ま、そんじゃ、遊んでないで、移動しましょ。マジで、そろそろ輸血しないと危険スからねぇ」


 医療道具を片付けて、柊南天は立ち上がり指を鳴らす。すると、意識を失っている神薙瑠璃が幽鬼のように起き上がり、全身から凄まじい魔力を放ち出す。


「――何を?」

「んんん……中々、こりゃあ、キツイスね。思ってた以上に、瑠璃嬢って天才の部類スわ。テレポーテーションって、こんな難しいんスね……」

「どういう――――っ!?」


 柊南天が独り言のように呟いた瞬間、神薙瑠璃の全身が光り輝き、わたしを含めた全員の足元に複雑な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がった。つい先ほど味わった浮遊感を味わいながら、視界がブラックアウトする。

 そして瞬きの一瞬で、景色はどこかの病室に移っていた。


「――――ここは?」

「ここは正真正銘、うちの息が掛かってる個人経営の医院スよ? ミュージアムパーク万美術館の裏手で、五百蔵氏の為に専用医院を用意してるんス」

「……へぇ?」


 様々な点に疑問を感じたのも束の間、ドタバタと部屋の外から駆け寄る足音が聞こえてきた。

 振り向くと、タイミングよく扉が開いて、女性看護師が二人飛び込んでくる。


「――Dr.ホーリー!? 緊急アラートがありましたが……どうかしましたかっ!?」

「救急ス。輸血の準備して欲しいス。応急処置は終わってまスけど、ちょっと危ないスね。ちな、そっちの煽情的な和服美女も、毒を喰らってるうえに魔力枯渇状況スから、濃度の高い回復液も用意くださいス」

「あ――はい、かしこまりました!!」


 女性看護師二人はまるで軍隊のように、柊南天の指示に敬礼をしてから、神薙翡翠を担架に乗せて運んでいく。

 入れ違いに男性看護師が一人だけ入ってきて、崩れ落ちていた神薙瑠璃の身体をお姫様抱っこした。そのまま何も聞かずに、機敏な動きで運んでいく。


「……鶺鴒さんは、軽傷ではないのですか?」

「軽傷スね。けど、このまま放置すると、脚が壊死しまスよ? ケルベロスの歯には、遅効性の猛毒がありまスから」


 気絶している神薙鶺鴒をベッドに寝かせて、柊南天はサッとその右脚を診察し始める。わたしは壁際に背を預けて、腕を組みながらその治療を眺めた。

 噛み跡が付いた脚の表面を小型メスで切り裂き、何やら消毒液のような透明な水をかけて、包帯を巻いていた。


「よし――ひとまず、これで全員、何とかなりそスね。じゃあ、次は綾女嬢ス」

「あら? わたしはまだまだ問題ありませんよ?」

「はぁ……言うと思ったス。けど、ダメスよ。そもそも、今日はもう再戦しないスよね? なら、しっかり治療して、明日に備えるス」


 わたしは首を傾げながらおどけて見せるが、柊南天は呆れ顔で溜息を漏らす。お見通しとばかりの言い分に、思わず苦笑した。


「綾女嬢は別室に移動スね――ここは任せたス」

「承知しました、Dr.ホーリー」


 柊南天が部屋から出ると、新しい女性看護師が現れる。女性看護師は軍隊張りにビシっと敬礼してから、眠っている神薙鶺鴒を看護する。

 わたしも続いて部屋を出た。

 廊下は一面が清潔な白い壁をしていた。

 等間隔に並ぶ窓からは、快晴の空が見える。高さは二階のようだった。窓から見渡す限り、周囲が崖になっている。


「あれが、ミュージアムパーク万美術館ですか?」

「そスよ? 言ったじゃないスか。ここ、うちの拠点の一つで、五百蔵氏の為に建てた医院ス。だから美術館の裏手、森の中にポツンと建ってるんス。ちな、働いてる看護師は、全員が裏社会の人間ス。一応、うちも裏社会で活躍する闇医者なんで」

「……それは、異端管理局の人間、ということですか?」


 廊下の角を曲がり、階段を下りて一階に向かう。

 一階の奥には、広い待ち受けロビーがあり、白髭を蓄えた白衣の医者が一人座っていた。


「おっス、師匠。特別治療室、お借りしまスけど、いま空いてまス?」

「ふむ? ああ、良いぞ……」


 柊南天に『師匠』と呼ばれた老医者は、胸元のネームプレートに『真砂(マサゴ)(トオル)』と書かれていた。

 真砂徹は呆けたような視線をわたしに向けたが、すぐに目を細めて、険しい顔で頷く。診る眼は柊南天譲りなのだろう。少なくとも魔力視が出来る程度の腕はありそうだ。


「……おい、ホーリー。そこのお嬢さん、お前が魔改造でもしたのか?」

「いやいや、師匠。魔改造て? 相変わらず、笑いのセンスないスね? ちゃうス――相棒ス」

「ほぉ? それが(ゲン)の後継か? なるほど……凄まじいな」


 ニヤリと我が事のように笑みを浮かべて、柊南天は外に出る。

 わたしは冷めた視線で真砂徹を一瞥してから、スッと頭を下げた。

『玄』と、わたしの師父を呼び捨てにするということは、顔見知りの間柄なのだろう。どういう関係かは知らないし興味ないが、会釈するくらいは礼儀である。


「こっちス」


 医院の外を少し歩いた先には、離れのような小さな建物があった。

 1LKの間取りになっている手狭な建物は、ところ狭しと最新の医療機器が置かれて、清潔なベッドが中央に置かれていた。

 わたしは促されるまま、ベッドに腰を下ろす。言われる前に、右手を差し出した。


「……相変わらず、痛覚、バグってまスよね、綾女嬢」

「失礼な――痛覚を意識していないだけで、しっかり痛いですよ?」


 小刻みに震える右手を触診される。実のところ、右手の付け根、手首付近の骨が、皮膚の内側で粉砕骨折している。

 わたしが放った【奈落墜】の反動である。

 柊南天は魔力で患部を温めてから、次っス、と右肩も睨んでくる。反論はせず、促されるまま右肩をはだけさせた。右肩は酷い打撲により亜脱臼しており、赤黒く腫れ上がっている。

 患部をマジマジと診察してから、はぁ、と長く深い溜息を吐かれた。


「信じられんスよ、まったく……綾女嬢、これ、ワイバーンの首飛ばした時の反動っスよね? 自分の技で、ここまでなるなんて、一体どんな威力スか?」

「……受け身が取れなかったので、致し方ありません。それにしても、想像以上に硬くて驚きましたよ。特にケルベロスとか言う駄犬は、胴体を両断すらできませんでした」

「いやいや、むしろうちが渡した調整用の魔力剣ごときで、あそこまで追い詰めたのが尋常じゃないス。ケルベロスの内皮は、秘蹟金剛(ヒセキコンゴウ)――通称、ルーンダイヤモンドって素材スよ? 物理的にもダマスカス鋼に匹敵する硬さだし、何より一定レベル以下の魔力攻撃を全て弾く特性を持ってるんスよ? だから本来、綾女嬢の魔力剣じゃ、何をしようと傷すらつかないはずなんスよ? 攻略するなら、より強力な魔術攻撃で貫く以外に方法ないんスから」


 わたしは、聞き慣れない『秘蹟金剛』と言う名称に首を傾げた。しかし、その素材が何であれ、あの異常な手応えの正体が理解出来たのは有難い。

 納得すると同時に、口を突いて出そうになる文句を呑み込んだ。傷すらつかないような調整用の魔力剣を渡すな、だからあそこまで苦戦したのではないか――と。

 しかしそれは言い訳だろう。どんな獲物であろうと、苦戦した事実はすなわち、わたしの実力不足である。

 まあ、次はあんな無様にはなるまい。魔力攻撃が有効と分かっていれば、その対策は容易である。


「てか、よくあの状況で絶望しないスね? 勝ち目がある戦力差じゃなかったスよ?」

「勝てないから諦めるのですか? 死ぬ瞬間まで、幾らでも挽回の機会はあるでしょう? ま、今回は目的が異なっておりましたので、致し方なく撤退しましたが――」


 わたし一人で五百蔵鏡を殺す、と言う目的であれば、迷わず戦闘を続行しただろう。けれど、今回の目的は違う。見失ってはいけない。

 本来はそもそも、捕らわれている龍ヶ崎十八を助け出すことであり、次点に、五百蔵鏡を()()()()()()である。

 この二つが絶対目標であり、優先度も覆ることはない。


「――いやいやいや……五百蔵氏の召喚士モードを相手にして、しかもあそこまで地獄を整えられて、善戦が出来るなんざ想定外ス。目的が暗殺だったら、もっと粘れたでしょうけどね」


 柊南天が含んだ言い回しで茶化してくる。それは前提として、わたしでは絶対に勝てないと確信している風でもあった。

 まったく不愉快である。ギラリと強く睨み返す。


「おぉ、怖っ!? なんスか、なんスか……事実っスよね? 流石の綾女嬢でも、格の違い、分かったでしょ? いまの綾女嬢じゃ、何も知らずに、召喚士モードを攻略するのは無謀スよ」

「悔しいですけれど、まあ、格の違いは理解しましたよ? ですけれども、刺し違える気概で挑めば或いは――」

「――無理、無理、無理スよ。だって、人形の王女を攻略できてなかったじゃないスか? それに玄武だけじゃなくて、バハムートも健在だったスよね? ワイバーン、ケルベロス、ゴーレムを攻略したのは、マジで驚異スけど、五百蔵氏の真骨頂にして、最大の切り札(エース)は、まだ切られてもないっスよ?」


 次、脚っス、と左の足首を捻じられる。体重移動も歩行も普段通りだったはずだが、捻挫をしていることを見抜かれていた。


「……切り札、とは?」

「召喚士モードの五百蔵氏が、最終兵器として、最後まで絶対に隠す戦力が二体居るっス。対魔女特化『七欲(シチヨク)の堕天使ルシファー』と、対人特化『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』ス。どっちも創造するには、格ゲーで言うところの超必殺技ゲージを溜めないと使えないらしいスよ。だから、マジで追い詰められた時しか出さないっス。逆に言えば、この二体のどっちかが出ない限り、五百蔵氏は追い詰められてないって話スね――あ、五百蔵氏のサラマンダーで焼かれた背中とかも治すんで、上脱いで寝てくださいス」

「――今の話、要は、切り札まで引き出せなかったわたしでは、召喚士モード攻略は不可能、だと?」


 柊南天は捻挫した足を魔力で包み込んで、素早く痛みを取り除いてくれる。やはり腕が良い。

 わたしは非難がましい視線を向けながらも、言われるがままベッドに横になった。上着を脱いで、肌を露出させる。

 蜥蜴モドキの爆発で抉られた傷は、ズキズキと鋭痛が続いている。気力で傷口の出血は抑えていたものの、上着で隠れていた肌には、べったりと血が付着していた。一見すると筋肉繊維が見えるほどの深手だが、わたしにとってはただの裂傷に他ならない。


「……麻酔なしで縫うんで、ちょい覚悟を――可能不可能の問題の前に、召喚士モードを攻略するつもりだとしたら、あんな闘い方じゃ無理スよ。ってか、攻略しようとせずマジで諦めて欲しいんスけど? そりゃ、綾女嬢がマジの全力を出せば……きっと『人形の王女』までは、余裕で破壊出来るやも知れんスけど……その後に、ルシファーか模造人形が出てきたら、もう勝負にならないス」


 手際よくわたしの傷口を縫合しながら、患部に魔力を篭めることで自然治癒力をも向上させてくれる。鋭痛は次第にむず痒い程度の痛みに落ち着き、身体中の違和感が消えていく。


「柊さん。わたし、その切札とやらがどれほど強いか、いまいち分からないのですけれど? 堕天使ルシファーという名称は、悪魔の王サタンと同義ですよね? 随分と大層な存在なんだなと理解出来ますけれど、その――『聖騎士リィザ・ファミル』さん? そちらの方は、全く存じ上げず。有名な英雄なのでしょうか?」


 瞼を閉じて、治療に身を委ねる。ベッドの寝心地は想像以上に快適で、疲れから軽い睡魔が襲い掛かってくる。


「あ、そかそか、綾女嬢は知らないんスねぇ――『リィザ・ファミル』ってのは、五百年前に『黄金の魔女』って呼ばれてた理外の存在ス。当時は史上最強最悪の魔女と恐れられてたんス。けどある時、そのあまりの悪逆非道さに憤慨した理外の抑止力『白銀の魔女』が、世界の為にって直接討伐、配下の騎士にしたんスよ。だからいまは、理外の抑止力を代表する最高戦力の一つ【最高の騎士――」

「――申し訳ありません。訊ね方が誤っていました。わたし、オタクじみた知識披露や、その方の歴史になど興味ありません。知りたいのは単純に、その『七欲の堕天使ルシファー』と『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』とやらが、どれくらい強いのか、です」

「――はいはい。そスね、そスね。んー、分かり易く言えば、この二体の切札、未完成だってのに、どっちだろうとも単体で、サラちゃんと互角に闘えると思いまスよ? これの実力だけなら、円卓二席を凌駕して、ヘブンロード嬢とタメを張る強さスもん」


 未完成、という単語が引っ掛かったが、続く台詞に思わずニンマリと笑みを漏らした。


「……巫道、サラと互角……しかも、ヘブンロードさんとも、同格……ですか? それは素晴らしい」

「あー、はいはい。言うと思ったス」


 呆れた声で返しつつ、柊南天は立ち上がる。どうやら応急手当が終わったようだ。


「さて、んじゃ、うちは神薙大女神の容態を診てきまスわ――ちな、とりあえず、今日はこれで挑戦はもう終わりにしてくださいっス。んで、今日一日、この医院で養生っス」

「ええ。しっかり休んで、明日また挑みますよ。だから柊さん――」


 わたしは言葉を区切って、叩き付けるような殺気と共に脳内で強く思う。


(――何としても、瑠璃さんを治してくださいね。明日、完全な状態で連れて行けるように)


 柊南天はその思考を読み取って、はいはい、とおざなりな返事をしていた。けれど、そんな軽い調子とは裏腹に、ちゃんと要望通り、期待通りに働くことを疑っていない。


 わたしは柊南天が出て行ったのを音で把握してから、フッと完全に脱力した。

 先ほどの言葉通り、今日はもうこれで終了だ。まだ日は落ちていない時間帯だが、サッサと休んで、明日に備えることにしよう。


 思わぬ前哨戦となってしまったが、振り返れば、これ以上ないほど愉しい一日だった。現場の下調べも完了しているし、敵戦力の確認も出来た。


 明日はもっと愉しい戦闘が起きるだろう期待を抱きながら、わたしは睡魔に抗わずに眠りについた。

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