第六夜(4)
まさに飢えた獣が餌に殺到する勢いで、人面獣たちが突撃してきた。その顔は真っ赤に紅潮しており、髭を蓄えた口は大きく開かれている。鋸のような犬歯が、獲物を喰い殺さんばかりで迫ってくる。正面から、側面から、跳び上がって真上から、まるで弾丸を思わせる突進だった。
そんな全方位突撃を前に、しかしわたしは静かに集中を高めた。こんな烏合の衆など気にしても仕方ない。
「鳳仙!! 何を呆けていやがる!! おおおぉ、りゃあぁ――爆破拳!!」
微動だにせず立ち竦むわたしを怒鳴り付けながら、神薙鶺鴒が背後から飛び込んでくる。同時に、正面の空に向かって正拳突きを繰り出していた。
パァン、と空気が叩かれたような乾いた音が鳴り、直後に強烈な爆風が発生した。指向性を持った粉塵爆発のようだ。
横目に観察すると、空気を撃ち抜いた神薙鶺鴒の拳が炎を纏っていた。魔術か、武術か――どちらにしろ、驚くべき破壊力を秘めた一撃だ。
「グウォ――ッ!?」
「鶺鴒、油断しない!! 二時、十時の方向!! 瑠璃お姉ちゃん、何秒!?」
蹴散らされる人面獣たちの断末魔を切り裂いて、神薙翡翠が鋭い指示を飛ばしていた。それに対して、通路入口まで退避した神薙瑠璃が小声で呟いた。
「――四秒。氷結領域、水竜巻」
単語だけの台詞を聞いて、神薙翡翠は、うんうん、と頷いている。そのまますかさず神薙鶺鴒の横に並んで、自身も両手の拳に炎を宿していた。
「翡翠姉さん、あたしは左を――」
炎に呑まれた人面獣を踏み台に、更に多くの人面獣が飛び掛かってきた。それを避けつつ、神薙鶺鴒は左手側の本棚を蹴飛ばして押し倒す。本棚に下敷きになり、三匹が潰れた。
「流転――演武」
神薙翡翠は舞を踊るような流麗な動きで、炎を宿した両拳をグルグルと回転させた。
それは火の粉を撒き散らしつつ、襲い掛かってきた人面獣の胴体を焼き切り、顎を吹き飛ばして、顔面を貫いていた。
けれど波のように襲い掛かる人面獣たちは、恐れることもなく次々と迫り来る。物量で押し切るつもりだろう。だがそれは浅はか過ぎる。
「――全てよ、凍れ」
神薙瑠璃の囁きと共に、背後から冷凍庫のような冷気が漂ってきた。わたしは咄嗟に回避行動を取った。それは直感だったが、正しい判断だったらしい。
果たして、目の前に広がる光景は、一瞬にして氷の世界に変わっていた。
わたしが避ける前に立っていた位置から、資料保管庫の奥までが、雪の舞い踊る氷雪世界と化したのだ。床は一面凍り付き、高い天井からは氷柱が垂れている。
目の前まで迫っていた人面獣たちは、その全てが例外なく氷漬けになっていた。
「――へぇ。これは、凄まじい」
わたしは幻想的なその光景を歓喜の表情で眺めて、更に続く攻撃に舌を巻いた。氷の世界に、水の竜巻が荒れ狂い、氷漬けになった人面獣が粉々に砕かれていく。
まさに映画のCGで見るような壮絶な展開――魔術合戦と呼ぶに相応しい光景だろう。
そんな絶景を眺めながらも、神薙三姉妹は誰一人として油断していなかった。
神薙鶺鴒は警戒を強めて、後方でどっしりと構えを取っている。神薙翡翠は端の方で蹲り、床に手を当てて何やら魔法陣を描いている。
「魔術師たちは、おまけか……あまり大したことないな。まあ、マンティコアモドキじゃ、相手にならないのは仕方ないが」
荒れ狂う水の竜巻の奥、猛吹雪と呼ぶに相応しい絶景の中で、黒ずくめの五百蔵鏡が、まるで何事もないかのように呟いた。どうしてか、その声はとてもよく響く。
恐怖から来る寒気が、わたしの背中を優しく撫でた。ここからが本番だ、とばかりの強烈な殺意が、わたしを貫いてくる。
「僕は『創造』する――フィールド構成は地獄。呼び寄せたるはケルベロス。数多の獣の王、地獄に巣食う三つ首の番犬、顕現せよ」
五百蔵鏡が滑らかに韻を踏んで、同時に、大きく手を鳴らした。その動作に、わたしを含めて、神薙三姉妹もいっそう強い警戒をした。次の瞬間、神薙瑠璃の放った水の竜巻は掻き消されて、猛吹雪は湯気に変わって蒸発する。辺り一面を凍らせていた氷も、天井から垂れている氷柱も、一斉にパリンと割れて、黴臭い土煙と化した。
「――瑠璃お姉ちゃん、術式完成よ!!」
吹き荒れる土煙の中、神薙翡翠が叫んだ。
見れば、床に描いた魔法陣から爆裂する稲光が立ち昇り、それが空中で束になったかと思うと、槍状に姿を変えて五百蔵鏡に射出された。
雷の槍か。なかなか凄まじい魔術である。
「追撃をお願――」
神薙翡翠がチラと背後の神薙瑠璃に視線を向ける。それは一瞬の油断であり、致命的な隙である。
「――っ!? 翡翠ちゃん、すぐに回避を!!」
「――えっ!?」
雷の槍と交差して、ドリル状の土塊が神薙翡翠の顔面に飛んできた。それは音速を超えており、並の反射神経では視認さえ出来ない。油断していなくとも、神薙翡翠では避けられないかも知れない。
そんな魔術が、致命的な隙を突いて放たれた。アレは逆立ちしても避けれまい。当然ながら、もはや防御も間に合わない。
果たして、神薙翡翠は顔面を穿たれて即死だろう。
「……はぁ……やはり足手纏いですね……」
わたしは見殺しするのが心苦しくなり、咄嗟に腕を引いて回避させた。
「――ハァッ!? あ、あぶ、なっ!?」
ドガァン、と爆音を立てて、ドリル状の土塊が壁に大穴を開けていた。その威力を見て、神薙翡翠はペタリと尻餅をつく。どうやら腰を抜かしたようだ。
「反応速度はS級新顔ちゃんより疾いね」
「――鶺鴒ちゃん、下がりなさい!!」
床にへたりこんだ神薙翡翠には目も向けず、五百蔵鏡は手で銃を形作り、わたしに向けていた。その指先を見た途端、神薙瑠璃が恐怖に引き攣った顔で叫んだ。
「ふふふ……大げさな」
神薙瑠璃の絶叫に苦笑しながら、わたしは魔力剣の柄に魔力を注ぎ込んだ。音もなく、新緑色をした魔力刃が生成される。強く、硬くを意識して、魔力刃の硬度を高める。
「――外道之太刀、斬鉄」
バンバン、と馬鹿みたいに呟くと、それを合図にして、五百蔵鏡の背後から巨大な岩石が飛んできた。
その岩石を待ち構えて、当然のように魔力剣の斬鉄で切り裂いた。岩石と魔力剣が激突した瞬間、一瞬だけ刃が撓んだが、問題なく両断できた。
「……マジ、化物」
「鶺鴒ちゃん、翡翠ちゃん、下がるわよ!! 私たちじゃ援護しか出来ないわ! 綾女ちゃん、サポートに回ります!!」
体勢を整えようとしている神薙瑠璃たちに、五百蔵鏡は不敵に笑った。
「ケルベロスの魔術にも対応できない程度の魔術師たちが、誰を援護するというのか? 行け、ケルベロス。蹂躙せよ」
五百蔵鏡が一歩踏み出すと、その背後から、全長250センチある巨大な四足獣が飛び出してきた。
狂暴な犬の顔をした頭部を三つ持ち、太い尻尾は蛇になっている四足獣こそ、土塊と岩石を飛ばしてきた存在――五百蔵鏡の創造した畏形『ケルベロス』だった。
「――グガァァアッ!!」
ケルベロスは低く響く雄叫びを上げながら、飛ぶような勢いで突撃してくる。
「駄犬の世話などしたくありません――暁天ッ!!」
突撃してくるケルベロスに対して、わたしは半身になりながら前に踏み込んだ。そして、すれ違いざまにその胴体を超高速の斬鉄で一閃する。
「重――ッ!?」
両断するつもりで斬り払った一撃は、しかしケルベロスを吹っ飛ばすだけで終わった。魔力剣がケルベロスの皮膚に喰い込んだ瞬間、爆発じみた金属音が響いて、その内側の硬い何かに阻まれて弾かれたのだ。しかも一瞬、魔力刃が掻き消されてしまった。
「――なんですか、あの硬さ!?」
わたしは吹っ飛んだケルベロスを眺めながら、崩れてしまった体勢を立て直す。すれ違いざまに切り裂いて終わり、と思っていただけに、この結果には驚きを隠せなかった。
グルルルゥ、と唸りながら起き上がるケルベロスは、五体満足で血さえ滲んでいないが、憎悪の視線をわたしに向けていた。
舌打ち混じりに、グッと魔力剣を握り締めた。
「驚嘆に値するよ。君の矮躯と細腕で、質量1トンを超えるケルベロスを弾き飛ばすなんて――膂力は、オフィサーよりも段違いに上かな。けど残念だ。ケルベロス相手に苦戦する程度じゃ、このままあっけなく壊れちゃうだろ」
「その余裕、いつまで持つでしょうか? わたしまだ、全力は出していませんよ? 精神は天仙が如くに、肉体は人を超越する――【梵釈之位】」
わたしは唸るケルベロスから視線を逸らして、全神経を五百蔵鏡に向けた。
宣言通り、ここから先はわたしの全力を披露してやろう。肉体性能を十全に発揮する境地に至り、更に肉体限界を超越させて、思考さえも加速させる。この状態で繰り出すあらゆる外道之太刀は、一段階上の威力と精度を発揮する。
零コンマ一秒にも満たない瞬息の挙動、瞬きするよりも疾い刹那でもって、わたしは【雨燕・比翼飛燕】、床に【土竜・轟然地裂】を放った。
「グルァアアア!!」
技を放ったわたしを目掛けて、ケルベロスが突撃するのが見えた。同時に、全方位から突如、魔術による石槍が生まれて突き出てくる。
けれど、それら全てを無視して、わたしは五百蔵鏡のみに集中した。
(――歩法朧からの、外道之太刀【天が紅】――)
時間が止まったような刹那、周りの映像がコマ送りになる中、わたしは陽炎のように身体を揺らして一歩踏み出した。ここから攻めるイメージが完全に出来上がっている。
「――おぉ?」
五百蔵鏡の驚きの声が聞こえる。それは、瞬間移動のように掻き消えたわたしの動きに対するものだろう。虚を突いたうえで、視認が困難な速度でもって、わたしは天井を駆け抜けていた。
ドドド、と遅れて石槍が互いにぶつかり合う音が響く。そして、何もない場所に突撃するケルベロスが見えた。
それらを横目に、五百蔵鏡の背後に回り込んで、無防備な背中に向けて【天が紅】を繰り出した。示し合わせたように、次の瞬間、先行して放った【雨燕・比翼飛燕】、【土竜・轟然地裂】が正面から炸裂する。
「僕の想定よりずっと疾く、しかも強い――けどこの程度じゃ『人形の王女』の防御は突破出来ない」
一秒より短い刹那で起きる即死の連撃。これで終わらせるつもりで、遊びを一切排した本気の技だった。むしろ、これを防がれたら自信を失いかねないほど、会心の連携である。
しかし五百蔵鏡は、正面から飛翔する斬撃、地を這う斬撃だけではなく、死角である背後からの一閃さえも、つまらなそうな表情のままで受け切っていた。
「――へぇ?」
五百蔵鏡の足元から、真っ白い腕が生えていた。その白い腕は、五百蔵鏡を庇うように手を広げており、わたしの攻撃に対して回転しながら防御していた。
手応えはあるが、巧くいなされているようで、白い腕も手も切断するには至れない。表面に切り傷が多少ついた程度で終わっていた。
そんな結果を前に、五百蔵鏡は酷く落胆したような表情で、溜息交じりに宣言した。
「愉しめるのはここまで、かな」
「まだ、ですよ――【穿ち月・千々乱風】」
わたしはめげずに追撃する。今度は白い腕に対して、五月雨のような連続突きを繰り出した。けれどそれらは今度、白く巨大な体躯に阻まれる。
「なる、ほど――」
わたしはすかさずバックステップして、資料保管庫の入り口付近まで飛び退いた。
五百蔵鏡の足元から現れたそれは、身の丈三メートル近くあり、黄金のドレスを纏った貌のない人形だった。白く長い腕を広げて、五百蔵鏡を護るように跪いていた。
人間と見紛うばかりの精巧なその人形には見覚えがある。マルチホール三階、人形の王国に展示されていた『人形の王女』である。
「――ァァァァ」
やたらと甲高い超音波じみた叫び声をしながら、人形の王女は身体を起こした。
「悔しい、です」
わたしの渾身の穿ち月を受けても、人形の王女は無傷だった。その黄金のドレスにも、破れはおろか汚れすら付いていない。どうやらアレは、衣服に見えるだけで、全く異なる素材のようだ。
(……硬いけれど、ケルベロスほどではない……ゴムとかシリコンに似た弾力……斬鉄であれば、両断出来そうですけれど……)
どうやって攻略すべきか、と思案しながら、視界の端で足踏みしているケルベロスを一瞥する。ケルベロスはわたしの動きを読み切れず、突撃するタイミングを見失っているようだった。
「……まだまだ余裕はありますけれど、状況は割とシビアですね……」
愉しそうに口元を歪めながら、わたしは脂汗を拭った。想像以上に厄介な窮地だった。先ほどの一撃で決め切れなかったとしても、せめて五百蔵鏡に多少のダメージを与えておきたかった。
「……これが、円卓三席の実力」
「今更、痛感したか? けどもう遅い。さあ、地獄のカーニバルが始まるぞ? どこまで抗えるか、何秒持ち堪えるか。僕の期待を超えれるかな」
耳聡くわたしの呟きを拾って、五百蔵鏡は口角を上げてほくそ笑んだ。容赦なく、次の一手を放つ心算のようだ。
圧倒的優位でも油断せず、慢心もなく、詰将棋を解くように攻撃を続ける姿勢に、わたしは感謝と敬意を表したくなる。
それでこそ、爆発的な成長に繋がる窮地を体験できるというものだ。
「――瑠璃さん、翡翠さん、鶺鴒さん。申し訳ありませんが、ケルベロスはお任せします」
ほんの数秒、動きを止めていたわたしに、ケルベロスがまた飛び掛かってきた。そのタイミングで、わたしは神薙三姉妹を一瞥しながら、身体を思い切り捻った。ケルベロスに向かって、自ら腹を差し出すような格好である。
「――グァッ、ァア!?」
「【斬鉄・双月】!!」
わざと晒した腹部に噛み付こうとしたケルベロスに、わたしは斬鉄の二連撃を繰り出す。殺すつもりの斬撃だったが、急所を狙った攻撃ではなかった。決め切れないと分かっていて、硬い腹部に繰り出した連撃だった。
またもや皮膚に食い込んだ魔力刃が爆発したかのような音を鳴らして、凄まじい硬度の何かに弾かれる。
結果、ケルベロスは無様な姿勢のままで、神薙瑠璃たちの避難している方へと吹っ飛んだ。
一方で、そんな瑣末は気にも止めずに、五百蔵鏡は新たな戦力を呼び寄せた。
「僕は『創造』する――数多、有象無象の骸骨剣士よ。闇より這い出ろ」
宣言すると同時に、足元の影が沼のように大きく広がり、その闇から次々と、骨の剣を持った骸骨が這い出てくる。まさに地獄の亡者だ。
緩慢な動作で闇から這い出た骸骨剣士たちは、五百蔵鏡に向かって走り出したわたしを捕捉する。落ち窪んだ眼窩の奥で、怪しい青い光が灯っていた。
「――骸骨剣士だけでは味気ないから、彩りも添えよう。飛翔せよ、サラマンダー」
五百蔵鏡は言いながら、その両手から手品のように、次々と蜥蜴モドキを出現させた。体長50センチ弱、昆虫に似た羽を生やして、青白い炎を纏っている。
その蜥蜴モドキには見覚えがある。あれはつい先日、病室で龍ヶ崎十八に襲いかかってきた音響爆弾だろう。下手に接触すると爆発して、三半規管が狂わされる。
「――上等ッ!!」
蜥蜴モドキは、都合、十二匹飛び出した。ピーピー甲高い音を発しながら蜥蜴モドキは、以前に病室で見た時より疾く、しかも軌道の読み難い不規則な挙動で襲い掛かってきた。曲線と直線を織り交ぜた高速飛翔で、躱すのは困難だろう。
しかし躱すのが困難ならば、撃ち落とせばいい。
わたしは魔力視で、飛翔する十二匹の蜥蜴モドキを注視して、魔力の軌跡から着弾点を予測する。蜥蜴モドキの挙動は、一見すると不規則だが、実際は似たパターンが三つ組み合わさっただけだった。
「空を切り裂き、神を狩る斬撃――九天一閃」
挙動が分かれば、あとは簡単な迎撃作業だ。
わたしは身体をグッと傾けると、ギリギリまで蜥蜴モドキを引き付けてから、十二匹をまとめて一気に逆袈裟で薙ぎ払った。
「――――グッ!?」
けれど、わたしの放った九天一閃で撃ち落とせたのは、わずかに八匹だけだった。他の四匹は、薙ぎ払った瞬間、中空で急停止していきなり挙動を変えたのだ。
正面から飛んできた蜥蜴モドキは、左肩、左脇腹、右太腿に張り付いて、即座に爆発した。また、一瞬遅れて背中に張り付いた一匹は、爆発こそしなかったが、炎の塊と化して背中を焼き焦がした。
致命傷にはならないが、どの傷も決して浅くはなかった。これが常人であれば、気絶する程度には大きいダメージである。
「思ったより魔術防御力が高い――これで終わるのかと、心配したよ」
蜥蜴モドキが爆発した部位は、スプーンで抉られたような穴が空いていた。
非常に危なかった。咄嗟に、爆発した箇所を魔力で包んで防いでいなければ、恐らく即死か、運が良くても脚か腕が弾け飛んでいただろう。
「……紙一重、でした。少し、油断したようです――」
わたしは悦びに震える声音で呟き、思わず零れる笑みを噛み締めた。
以前見た蜥蜴モドキと同じモノだと、勝手に早合点してしまっていた。そのせいで結局、撃ち落とし切ることも叶わず、爆発を防ぎ切ることも出来なかった。
けれどこの軽くないダメージのおかげで、集中力が研ぎ澄まされていくのを感じる。命の危険を痛感して、気力、体力がいっそう充実していく。
そんなわたしに、骸骨剣士たちが雪崩のように殺到した。
「――邪魔ですよ!!」
有象無象の骸骨剣士たちは、無防備に突撃してきた。そこには戦略はない。ただ圧倒的な物量があるだけだ。
わたしは瞬時に身を屈めて、殺到する骸骨剣士たちの脚を目掛けた薙ぎ払いを放つ。
どうやったら骸骨剣士たちを倒せるのか謎だったので、とりあえずその行動力を奪うべく、脚部破壊を試みたのだ。
それは功を奏した。骸骨剣士の強度は思ったよりも硬くなく、乾いた薪のような脆さであっけなく吹っ飛ばせた。
カラカラ、と乾いた音を立てて骨が床に散らばった。骸骨剣士たちは受け身も取らず床に転がり、上半身だけになって無様に骨の剣を振るっている。あまりにも拍子抜けだ。
わたしは骸骨剣士たちを撫で斬りしながら、五百蔵鏡に向かって駆けた。だが、想像以上に前に進めなかった。
骸骨剣士は雑魚であっけなく吹っ飛ぶのだが、斬り伏せた先から津波のような勢いで、次々と追加が押し寄せてくる。斬り伏せるたびに、どんどん行動不能の骸骨剣士が壁のように積み上がっていくのだ。
(……埒が明かない……この持久戦は、いまのわたしには、だいぶ不利……ですね)
蜥蜴モドキから受けたダメージがジクジクと痛んだ。ダラダラと流れる血のせいで、少しずつ体力が奪われていくのを自覚する。
わたしと骸骨剣士の大群は相性が悪い。この雑魚には、広範囲魔術をぶつけるのが正解だろう。
わたしは神薙瑠璃たちに意識を向けた。ケルベロスを押し付けた手前、こちらは独りで何とかしたかったが、役割交代した方が良いかも知れない。
「余所見してる余裕ないだろ? 僕は『創造』する――空を駆り、地を焼き払う幻想の獣。出でて、立ちはだかる敵を灰燼に帰せ、ワイバーン」
視線を切った瞬間、五百蔵鏡の宣言が響き渡った。慌てて視線を戻すと、懸念していた展開になりつつある。
骸骨剣士の大群はいまも増加を続けているし、更にその頭上には、雄々しく羽ばたく2メートル強の巨大なドラゴンの姿が現れていた。それが『ワイバーン』だろう。
「僕は『創造』する――北を守護する聖獣、水神の格を擁する生きる盾、玄武」
骸骨剣士の津波に埋もれて、五百蔵鏡の姿は見えないが、その高らかな宣言はよく響いていた。資料保管庫全体が凄まじい魔力の威圧で震える。
「――瑠璃お姉ちゃん!? この――ッ!? ぐ、ぁ!?」
「うぉおお――翡翠姉さんを、離せ、この、化物――あぐぅ!?」
一方で、押し付けたケルベロスと闘っている神薙翡翠と神薙鶺鴒の大絶叫が響いてきた。どうやら神薙翡翠がケルベロスに噛み付かれたようだ。
「綾女ちゃん!! これ、もう無理よぉ!! 翡翠ちゃん、鶺鴒ちゃんが――あぅ!?」
「…………瑠璃お姉ちゃん、私たちは無視して……早く、アレを……」
「――おい、鳳仙!? 頼む――がぁ!? こっちを――ッ!!」
三者三様で、好き勝手に助けを求めてくる。ケルベロスを押し付けたのは悪いと思うが、わたしも余裕がある訳ではない。
足手纏いを引き連れた戦闘が、ここまで難しいとは思わなかった。これはわたしのミスである。大きな誤算だった。
「全軍、待機――さて、舞台は整った。これが地獄のフルコースだ。それじゃ『特Sクラス因子』よ。踊り狂う準備は出来たかな? 僕の用意したこの地獄、どこまで耐えられるのか見せてくれ」
床から現れた巨大な黒亀の甲羅に乗った五百蔵鏡が、仁王立ちしながらわたしを見下ろしていた。その傍らには、巨大な『人形の王女』も控えている。
巨大な黒亀――『玄武』と呼ばれた化物は、大木のような太さと長さをした六つの足で床を踏みしめていた。甲羅の厚みだけでも3メートルを優に超えており、首を伸ばせば、飛翔するワイバーンに届きそうなほどの巨躯だった。
玄武はギョロついた四つの朱眼をわたしに向けて、凄まじい威圧を放っている。視線を一瞬でも逸らしたら、何が起きるか分からない恐怖さえ感じる。
「……これが、五百蔵さんの召喚士モード……」
わたしはしみじみと呟いた。
正面に立ちはだかる夥しい数の骸骨剣士と、飛翔して睨みを利かせているワイバーン、その奥で鎮座している玄武、五百蔵鏡の横で控えている人形の王女、そして神薙三姉妹と闘っているケルベロス――どこを見ても絶望的な戦力差を前にして、思わずクスリと笑ってしまった。
地獄のフルコースとは言い得て妙である。この光景を見て、ようやく忠告された意味が理解出来た。脳内で柊南天の台詞がリフレインされる。
ふふふ、と自虐気味に苦笑した。
この状況は、窮地や逆境、死地などの言葉では生温い。まさに死刑執行を待つ囚人の気分だろう。
「本当に、素晴らしい……これほどの絶望を前に……わたしは命を賭けることが出来るなんて――」
虚勢でもハッタリでもなく、わたしは心底嬉しくて、愉しくて、この状況に歓喜した。いまこそまさに、わたしが更なる進化をする好機であり、これ以上ないほどの成長機会である。
それでは――冷静に状況を鑑みよう。
体制が整う前に五百蔵鏡を狙うことは失敗した。もはやこの戦力差は覆せない。わたしたちを鏖殺するのに、必要十分以上の過剰戦力が整っており、しかもまだ底は見せていない。
各個撃破は可能だろうが、多対一で闘うには分が悪すぎる。ましてや、わたしには神薙三姉妹という足枷が嵌められている。
(……何よりも……ここに、十八くんは居ません)
つまり端的に言って、いまのわたしたちには勝利条件がない。
確かに逆転の一手として、この五百蔵鏡を殺すことが出来れば、状況は一変するだろう。しかし、その代償は恐らく、わたし以外の全滅という結果になり得る。神薙三姉妹を捨て駒にするのは別に悪いことではないが、勝利出来ないのに、見捨てるのは気が引けた。
「全軍、進撃準備」
五百蔵鏡の号令が響き渡る。途端、骸骨剣士たちは、ウゥ――ッ、と風が抜けるような低音を奏でて、虚ろな眼窩をわたしに向けてきた。陣形を整えているのか、下半身の砕かれた仲間の骨を退かして整列を始めていた。
「僕は『創造』する――鉄腕の巨人、侵略を防ぐ大いなる化身。ゴーレム」
五百蔵鏡が右手を水平に突き出した。すると、左右の本棚がひとりでに倒れて、床で崩れたかと思うと巨人の姿に再構築された。
本棚の材料で出来た巨人は、立ち上がると全長4メートルほどになり、横にも縦にも大きかった。顔はのっぺらとした能面で、中央に『EMETH』という綴りが彫られていた。
(……ヘブライ語の、『真理』ですか……)
五百蔵鏡は、空気を震わせる咆哮を放つゴーレムに満足気な頷きを返してから、指揮者が指揮棒を振るうように右手を動かす。刹那、待ってましたとばかりに、整列していた骸骨剣士たちが足並み揃えて突撃してきた。飛翔するワイバーンもゆっくりと旋回しながら、わたしの頭上までやって来る。
「――順番が大事、ですね」
わたしは一瞬だけ瞳を閉じて、これからの展開を想像する。現状、わたしが取るべき選択肢はたった一つだけである。その唯一を選択するからには、化物を蹴散らす手順は間違えられない。
「――翡翠ちゃん、鶺鴒ちゃん!! 衝撃に備えてっ!!」
その時、神薙瑠璃の叫び声が響いた。同時に、凄まじい魔力が爆発した。
わたしはそれを合図に、先陣を切ろうとした骸骨剣士に、歩法【飛天】で踏み込んだ。飛ぶような勢いの踏み込みに、当然、正面の骸骨剣士たちは反応できない。
壁のように並んだ骸骨剣士が、わたしのドロップキックを真正面から受け止めて、バキボキと身体を粉砕させていた。脆過ぎるが足場としては充分だ。
「まずは――」
骸骨剣士たちを足場に着地したわたしは、跳ね返ったボールのように、ケルベロス目掛けて飛び掛かる。わたしの疾走は、まるで脱兎の如くだった。
「逃げるつもりか?」
五百蔵鏡がそんな疑問を口にした。その呟きを耳にして、わたしは会心の笑みを浮かべた。思惑通り、わたしの実際の動きを追えていない。
五百蔵鏡を筆頭に、骸骨剣士も、飛翔するワイバーンも、踏み出そうとしていたゴーレムも、誰一人としてわたしの狙いが分かっていない。まさに絶好機である。
わたしは、あえて声を出した。
「初めてお披露目いたします。わたしが編み出した外道之太刀――」
わたしの宣言は、飛翔するワイバーンの更に頭上、天井から降り注いだ。ハッとして、誰もが慌てて天井を見上げた。
ケルベロスに向かって駆けていたわたしは、歩法朧による残像だ。見事にその場の全員、残像に釣られて意識を外していた。
注目を浴びた瞬間、わたしは渾身の踏み込みで天井を蹴り、真っ逆さまにワイバーンの首に斬り掛かる。
「――【奈落墜】」
外道之太刀【奈落墜】――歩法飛天を推進力に、自乗と重力を加味して落下、インパクトの瞬間に斬鉄で斬り伏せる捨て身の剣技。着地のことなぞ一切考慮せず、渾身の力で突撃して、対象を斬ることだけ考える剣技であり、斬った後は地面に激突するだろう自爆技だ。
だがこの技の威力は、間違いなく外道之太刀の中で最強と言える。これで断ち切れない存在が居たとしたら、その存在はいまのわたしでは勝てる要素がない敵でしかない。ちなみにこの技であれば、ケルベロスの胴体さえ切断出来る自信がある。
果たして、ワイバーンはケルベロスほどは硬くなかった。
斬――と、硬い物体を切断する音が響き、ワイバーンの首が凄まじい勢いで撥ね飛んだ。
わたしはそのまま、落雷を思わせる勢いで床に叩きつけられた。あまりの衝撃に、床が波打つような振動を起こして、少しだけ凹んだ。
「――ぐぅ、ッ!?」
激突の衝撃は、痛覚を遮断していてさえも苦悶の声が漏れるほどである。内臓が大きく震えて、脳が振り回されたかのような衝撃で、身体機能が一時的に麻痺した。
けれど幸いにして、壁の如く積み上がった骸骨剣士たちが下敷きになってくれたおかげで、衝撃が若干だが緩和されて、行動不能になることは免れた。
「……良い具合に、骸骨がクッションに……おかげで……助かり、ました……」
わたしは弱々しい声音で言いながら、フラフラと立ち上がり、ワイバーンの頭部が床に転がるのを見届けた。やや遅れて、その巨体も力を失い落下してくる。
巻き込まれないよう、何が起きたか分からず呆けている骸骨剣士たちを横目に、すかさずその場から駆け出す。片足を引きずりながら、無様な逃走である。
直後、轟音を響かせて、ワイバーンの巨体が床に落下した。
首のない巨体は、わたしが圧し潰した骸骨剣士たちの破片や埃を舞い上げて、ついでに突っ立っていた骸骨剣士も巻き込んで圧殺する。
辺りは一面、砕け散った骨だらけになり、骸骨剣士たちの半数が行動不能になった。
「次は――ケルベロス、です」
わたしは宣言して、神薙三姉妹のところまで這う這うの体で駆け抜けた。
「ッ!? こ、の!!」
「瑠璃姉さ――ッ、ぐぁ!?」
そこでは、想像以上に逼迫した戦闘が繰り広げられていた。いや、戦闘とは呼べないかも知れない惨状だった。
それは一方的で圧倒的な蹂躙だった。神薙三姉妹は三人とも為す術もなく、ケルベロスに喰い殺される寸前で抵抗していた。
わたしの想定よりもずっと、ケルベロスは強かったようだ。少なくとも、神薙三姉妹では手に負えない程度に強力だった。押し付けたことに罪悪感を覚える。
「――鳳、仙ッ!! うぉ、ぁ!? 助、け――」
駆け寄ってきたわたしを見て、ケルベロスの右の口に噛まれていた神薙鶺鴒が、安堵の表情を見せた。瞬間、ケルベロスは神薙鶺鴒の脚を持ち上げて、逆さ吊りの状態でブンブンと振り回し始める。
わたしは一瞬だけ警戒する。どこに斬り込むべきか、軽々に踏み込めば返り討ちに遭う。
ケルベロスの三つの首のうち、二つは神薙翡翠に噛み付いていた。左の口が右肩を噛んで宙づりにしており、真ん中の口でその腹部を食い破らんばかりに噛み付いている。服は食い散らかされてほとんど半裸の状態で、だからいっそう破かれた脇腹が重傷であることが分かる。いまにも内臓が飛び出しそうで、白い肌が真っ赤に染まっていた。
ケルベロスの背後では、神薙瑠璃が尻尾の蛇に全身を巻き付かれていた。右脚は食い破られて、床を濡らす出血量は神薙翡翠に劣らないほどだ。致命傷ではないが、決して軽い怪我ではないだろう。
それでも戦意を失わず、歯を食いしばって詠唱を続けているのが見事だ。
(――わたしに、気付いていない?)
夢中になって神薙三姉妹を蹂躙するケルベロスを前に、わたしはつい苦笑してしまった。余裕がないのか、集中しているのか――どちらにしろ、意識されていないなら好都合だ。
グッと姿勢を低く、右脚に力を篭めてから、わたしは胴体を狙って斬り込んだ。
「斬鉄・双月――」
ケルベロスの巨躯を渾身の力で薙ぎ払う。今度はその皮膚が硬いのを前提に、切り裂くつもりの膂力を篭めた斬鉄を繰り出す。
「――砕けたっ!?」
しかしケルベロスの皮膚と激突した瞬間、魔力刃が砕け散った。わたしの膂力に、魔力刃の方が耐えられなかった。甲高い金属音と爆発するような衝撃だけが手に残った。
結果として、両断するつもりが失敗、体毛が散っただけで終わる。
「グォオオ!!!」
けれどダメージはあったらしい。ケルベロスは慌てて神薙鶺鴒を放り投げて、怒りからか大絶叫を響かせていた。神薙鶺鴒に噛み付いていた首が憤怒の表情を浮かべて、涎を垂らしながら威嚇してくる。
「ガ、ァッ!? うぅ……た、助かった、鳳仙――」
「――退いてください、鶺鴒さん。この駄犬、わたしが終わらせます……顔面も硬いかどうか、試してみましょう」
魔術で岩石を浮かべて、今にも攻撃しようとしているケルベロスに向かって、わたしは踏み込みながら魔力剣を振るう。
「外道之太刀【無形羅刹】」
斬斬斬、とケルベロスの顔面が切り刻まれた。
グガァオオ――と地響きじみた苦悶の絶叫を上げて、ケルベロスは首を振り回しながら、神薙翡翠も放り投げた。
「――ぅ、あぁ!?」
「お、っと! 翡翠姉さん、大丈夫か!?」
やはり顔面はそれほど硬くはなかった。無形羅刹で切り裂かれた右の首は、襤褸雑巾のように惨めな状態になり、死んだように頭を垂れた。
「首一つは死んだ、と」
神薙翡翠を抱き抱えた神薙鶺鴒が、慌ててケルベロスから距離を取っていた。それを横目に、わたしは怒り心頭になった残り二つの首を狙い、さらに無形羅刹を繰り出す。
断末魔じみた絶叫を響かせながら、ケルベロスの巨躯が地団駄を踏んだ。
「瑠璃さん――トドメは、譲ります」
わたしは地団駄を踏むケルベロスの腹部に潜り、尻尾を根本から断ち切る。次いで、四つの脚を出鱈目に切り裂いた。
悶絶しながら、ケルベロスがグラリと傾いで床に倒れ込んできた。
「――美しく果てよ、絶対氷花」
わたしは神薙瑠璃のその言葉に合わせて、ケルベロスの胴体を斬り上げる。爆発じみた音が鳴り、その巨躯が一瞬、宙に浮かぶ。そこに神薙瑠璃の魔術が炸裂した。
それは輝くような氷雪であり、煌めく星を思わせる氷の飛礫だった。
「へぇ――」
思わずその幻想的な光景に、感心の吐息が漏れた。
氷雪はケルベロスを包み込み、一瞬で巨躯を凍らせたかと思うと、内側から皮膚を喰い破って氷柱を産み出した。バリバリ、と肉が裂ける音が鳴り、赤黒い血が飛び散った。それらの血は、瞬時に凍り付き、宙に浮かぶ氷の花となった。
「……なるほど、ね。『特Sクラス因子』と言うオフィサーの評価は、妥当かもしれないね。まさか、この状況で冷静に、ワイバーンとケルベロスを各個撃破出来るとは思わなかった」
五百蔵鏡の台詞を耳にしながら、わたしはゆっくりと振り返った。
まだまだこれは前哨戦だ。愉しい絶望の時間はこれから、である。
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