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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第六夜(2)

 ハッとした。まるでパチンとスイッチを入れられたかのように、唐突に覚醒する。

 いきなり視界が開けて、パァと光が入ってきた。しかしその目覚めは爽快だった。寝起きとは思えないくらいに思考は鮮明で、一瞬だけ意識を失ったような感覚に近かった。

 慌てて時計を見る。時刻は七時四十七分、気絶していたのは、ほんの五分程度だった。柊南天が言っていた通りだ。


「……信じ難い、ですね……身体に、力が漲っている気がします……」


 思わず呟いた。それほど、肉体の調子が近年稀に見るほど絶好調になっていた。

 気絶前まで感じていた全身の気怠さはどこにもなく、血行も良好で、風呂上りのように内側からポカポカと熱が感じられる。内功も気力も充実していて、魔力の循環は今までで一番良いだろう。何よりも、全身のどこにも痛みを感じない。

 わたしはふと服をめくって、魔獣キメラとの戦闘の傷を確認した。

 朝風呂のタイミングでは、まだ血が滲んでいたが、いまやカサブタになって傷は塞がっていた。これは龍ヶ崎十八の治癒と同じレベルの回復だろう。だが、龍ヶ崎十八の回復よりも、わたしの体力が失われていない。


「どうスか? うちの渾身の医療術は? これが、『現代のアスクレピオス』の異名を誇る円卓七席ドクターの真骨頂っスよ?」

「――ええ。驚いています……想像以上です。けれど、こんな治療が出来るでしたら、どうしてもっと以前に施して下さらなかったのか疑問です。入院している時にこれをお願いしたかったですよ?」


 わたしが充実した覇気で柊南天を睨み付ける。それを肩を竦めるだけで受け流して、茶化すように口笛を吹いた。


「そりゃ無理スよ。だって、入院してたじゃないスか。いちお、この医療術、非合法っスからね? 流石に、護国鎮守府の息が掛かってる病院で、外様のうちがそんな真似できないスよ」

「……魔王さんとの戦闘前でも、機会はあったでしょう? 副作用でもあるのでしょうか?」

「鋭いスね。けど、ご安心を。()()()綾女嬢の身体には、副作用はないっス」


 ふわぁ~、とあくびする柊南天に、わたしはいっそう強く殺気をぶつけた。苦笑を浮かべているが、嘘や誤魔化しをしている素振りはなかった。


()()()――とは?」

「簡単に説明すると、今回、綾女嬢に施した医療術は、魔力医療って呼ばれる技術でして……綾女嬢の魔力が一定量を超えてたから、副作用が起きなかったス。魔力が一定未満だったら、副作用として魔力回路が自壊したっス。あ、けど、その副作用を防ぐ為に、魔力量の確認はしてるスよ? 事前に処方した薬がそれっス。仮死状態になったんで、最低限の魔力量が確認出来たっス。これで、うちの医療術に耐えられる肉体って理解したス」

「……へぇ。なるほど……」


 思い返せば、以前も似たような薬を処方されていた。けれど、今回のように身体が重たくはならなかった――柊南天の言葉を信じるならば、以前のわたしは魔力量が少なかったということであり、この医療術を施されていた場合、副作用で魔力回路が自壊したのだろう。

 そして逆説的に、いまは以前よりも魔力が強くなっており、副作用なしに耐えられるからこそ医療術を施せたということだ。


「自信はありませんでしたが、少なくとも魔力は多くなっているのですね?」

「そっスね。信じ難いくらいの速度で、成長してるって証左スね。あ、けど、いまの状態は完治してる訳じゃないスから、注意が必要スよ? 特に魔力消費にはお気を付けてくださいス」

「…………どういうことです?」

「いま、綾女嬢の肉体は、一時的に魔力量が増えているっス。だから、通常よりもずっと魔力が漲ってて身体が強く軽く、絶好調状態ス。けどこれ、蛇口が壊れてるだけに近い状態なんス。出力が一時的に馬鹿になってるだけなんで、限界以上の出力が出てるス。なもんで、その魔力を枯渇させたら、反動で廃人になりかねんスよ」


 割と深刻な内容だが、柊南天の伝え方はとても軽い調子だった。それこそ、気を付けて、と口だけで言っている程度で、何の心配もしていない。


「……ご忠告感謝します。一応、頭の片隅に置いておきますね?」

「うっス。そうしてくださいス――あ、そだそだ。綾女嬢の魔力がそんな状況なんで、今回、この獲物を使って欲しいス」


 柊南天が、20センチ程度の筒状をした何かを放ってくる。


「何ですか、これは?」

「魔力の出力調整ができる魔力剣ス。その柄に魔力を注ぎ込めば、最大硬度ダマスカス鋼ほどの魔力刃が生成されまスよ」

「――なるほど」


 言われるがまま、魔力を筒状の柄に注ぎ込む。すると、鮮やかな緑色をした魔力が刀状に出力された。魔力の注入を止めると、刃は一瞬で霧散する。


「それなら、かさ張らないっス。隠し武器として、是非ご利用くださいっス。ちな、仕込刀の方は、杖だと目立つんで、うちが上手いこと日傘タイプの鞘を用意しときまスよ」


 柊南天は言いながらテレビを点けて、朝からやっている地方のバラエティ番組を鑑賞し始めた。

 せめて報道ニュースにしろ、と睨みつつ、わたしは出掛ける準備を整える。すると、思い出したように柊南天が声を上げた。


「そだ、そだ。使わないかもっスけど、これも渡しときまスわ。念のため二人分確保したっス」

「……このカードは?」

「ミュージアムパーク万美術館のスタッフ通用口をパス出来るカードっス。美術館のセキュリティを担っている警備会社、うち、ちょっと知ってるとこなんスよ。だから、偽造パス作ってみました。けど注意して欲しいのは、それ、スタッフ認証がないんで、入館ログを取られると不法侵入であることがバレるっス」

「なるほど……ちなみに、入館ログとはすぐに確認される類のものでしょうか?」

「や、そこまでリアルタイムに監視する熱心な警備員なんざ、絶対いないス……余程、ドデカイ問題を起こさない限りは、大丈夫じゃないスかね?」


 柊南天はどうでも良さげに首を傾げて、テレビに向き直っていた。とりあえず、わたしは渡されたネックストラップ付のカード二枚を手提げ鞄に入れて、仕込刀は持たずに部屋を出る。


「んじゃ、健闘を祈るっス。いってらっしゃいっス~。一応、ヤバそうになったら、フォローできるように、常に待機はしてるんで、ご安心を――ま、言うて、昨日の段取りで進んでくれれば、ほとんど、うちの出番はないはずスけどね? うち、あんま目立ちたくないんで、なるべく出勤させないようにお願いしまスよ~」


 間延びした柊南天の声を背中に受けながら、わたしは本館ロビーに向かった。


「お、ようやく鳳仙が来たか……瑠璃姉さん、翡翠姉さん!」


 本館ロビーに着くと、真っ先に声を上げたのは神薙鶺鴒だった。

 神薙鶺鴒はラフなロンTと黒いスキニーパンツ、野球帽を目深に被っており、その巨乳が目立たなければ、スポーツ青年みたいな印象をしていた。悔しいが、身長と体格に似合っている格好良い系の私服だ。

 神薙鶺鴒の呼び掛けに、神薙瑠璃と神薙翡翠がロビー脇の売店からやってくる。その手には、既にお土産がいくつか下げられていた。

 これから龍ヶ崎十八救出に向かうと言うのに、何を呆けたことをしているのか――わたしは思わず強い殺意をぶつける。


「――何をしているのですか? それは何ですか、瑠璃さん。翡翠さん?」

「ちょ、そんな怖い顔しないでよ……ほら、瑠璃お姉ちゃん。やっぱりおかしいでしょ、お土産買うなんて――」

「ええ? そんなことないわよぉ……だって、観光客に紛れる為には、こうやってお土産とか持ってた方が効果的なはずですわよぉ?」


 わたしの睨み付けに怯えた様子の神薙翡翠とは裏腹に、神薙瑠璃は本気でそんな世迷い事を呟いている。胸を張って、ふんす、と自信満々な態度が腹立つ。


「ねぇ? 綾女ちゃんも、そう思うわよね? 絶対に、お土産を持ってた方が、目立たないと思うのよ」

「目立つ、目立たないを気にするならば、その格好をまず辞めてください――確実に目立ちます」


 神薙瑠璃によく似合っている紅葉柄の和服を見ながら、わたしは強く断言する。

 次いで視線を神薙翡翠に向けて、目を細めながら舌打ちした。傍らに立つ神薙翡翠に至っては、長い手足を強調するミニスカート、肩出しファッションにサングラスを付けていた。周囲に対して、注目してください、と言わんばかりに存在を主張するコーディネートだった。

 目立ちたくないのであれば、せめて地味な服装にしろと強く思った。


「はぁ……まあ、言っても無駄ですから言いませんけれど……さあ、行きますよ」


 わたしは神薙三姉妹から視線を切って、入口で待っているタクシーの助手席に乗り込んだ。遅れて、神薙鶺鴒、神薙翡翠、神薙瑠璃の順番でタクシーの後部座席に乗り込む。


「本日は当観光タクシーをご用命いただき、ありがとうござい――」

「――ミュージアムパーク万美術館までお願いします」


 運転手の言葉を最後まで言わせず、わたしは行き先を告げて視線を窓の外に向ける。お喋りをするつもりはない。

 わたしの空気を察して、運転手はすぐさま無言になり、タクシーを走らせた。そのやり取りを後部座席で眺めながら、神薙三姉妹は呆れた顔を浮かべている。


「……なぁ、翡翠姉さん。今回、あたしたちは、サポートなんだよな?」

「ええ、そうなると思うわよぉ……ねぇ、綾女ちゃん? 今日の予定なんですけど――」

「――まずは、アートホールを見てみましょう。明日からコンサートですよね?」


 運転手が居るのに無遠慮に問い掛ける神薙瑠璃を横目に、わたしはピシャリと言い放つ。そんなわたしの剣幕に、神薙翡翠が空気を読んだ。


「……瑠璃お姉ちゃん。私さ、美術館の後は、万市記念公園に寄って、この猛禽類カフェに入りたいわ。どうこれ、可愛くない?」

「……あ、そっか、ごめん、翡翠姉さん――瑠璃姉さん。あたしも、行きたいとこがあるんだよな」

「えぇ? そんな観光に来た訳じゃ――あ、え、えと……そうねぇ。今日の予定、決めてないわねぇ」


 一番察しが悪いのは、神薙瑠璃だった。

 わたしが鋭い殺気を篭めた睨みをぶつけて、ようやくこの場で話す内容でないことに気付いた様子だ

 はぁ、とこれ見よがしに溜息を漏らしてから、わたしは充実する魔力を意識的に抑えて循環させる。

 ミュージアムパーク万美術館では、いついかなるタイミングで、五百蔵鏡と遭遇するか分からないのだ。

 まだ到着まで時間がある。精神を集中させて、最大のパフォーマンスを発揮できるようにしておくべきだろう。

 わたしは瞼を閉じて、脳内で外道之太刀の技を一つ一つを反芻した。

 ここまで身体の調子が良いと、事前にイメージトレーニングしておく必要がある。普段と同じ要領で剣技を繰り出して、威力に身体が流されてしまっては命に関わる。


「……ちょっと、瑠璃お姉ちゃん。綾女さん、寝てるわよ? やっぱり、体調悪いんじゃないの? 大丈夫なの?」

「……大丈夫かどうかまでは、分からないわよぉ。でも、たぶん……調子の悪いとしても、いまの綾女ちゃんでも、私たちと互角以上には戦えるかしらね」

「いやいや、つか、瑠璃姉さん、翡翠姉さん。悪いけど、あたしが見た限りじゃ、身体のキレは昨日より良くなってるように思うぞ? これ、勘だけど……鳳仙は、絶好調に思える……」


 寝てると勘違いした神薙三姉妹は、小声でボソボソとそんなことを呟いていた。

 ふむ、神薙鶺鴒は中々目の付け所が良いようだ。しかし、その姉たちの眼は節穴である。特に、神薙瑠璃の『互角以上には……』という発言には、思わず怒りさえ湧いた。


 さて、タクシーはそんなわたしたちを乗せて、真っ直ぐとミュージアムパーク万美術館まで向かう。

 夏休みシーズンとはいえ、朝も早い時間帯で、ましてや平日である。道路はそれほど混んでいなかった。旅館から目的地であるミュージアムパーク万美術館までは、およそ三十分程度。だが、予定よりも五分ほど早く到着した。


「お客さん……開館は九時ですが、此方で宜しいのでしょうか?」


 タクシーは、ミュージアムパーク万美術館のお客様専用駐車場の入口、ゲート式自動精算機の前で停まってくれた。

 開館は、タクシー運転手の言う通り九時からである。その為、ゲート式自動精算機に付けられた電光掲示板には『まだ入れません』とのメッセージが表示されている。時間を見れば、あと三十分は待たなければならない。

 一方で、別の入口、スタッフオンリーと表示されたゲート式駐車場には、既に何台か停まっており、いまもちょうど、スタッフカードをかざして入っていった車があった。

 そんな光景を横目に、わたしはタクシー運転手に頷いて、料金を支払う。


「――え? ちょ、綾女ちゃん? まだ開館してないわよ?」

「すぐ傍にコンビニがありますので、そちらで時間を潰しましょう」

「あ? すぐ傍のコンビニって、来る途中にあったアレか? って、なら、そこでタクシー降りりゃ良かったじゃないか、鳳仙」


 タクシーが走り去っていくのを見送ってから、神薙鶺鴒がギャアギャアと騒ぎ出す。それは無視した。

 わたしは別の入口からスタッフと思われる車が入っていくのを眺めながら、行くなら行こうぜ、と来た道を戻ろうとする神薙鶺鴒と逆方向に歩き出す。


「あ、ちょっと、待ちなさいよ、鶺鴒! 綾女さん、どこ行くの!?」


 慌てた様子でわたしの肩を掴む神薙翡翠に、失望したような溜息を漏らした。


「どこ? スタッフの振りをして、美術館に侵入するに決まっているでしょう?」

「そ、え、マ!? 何、馬鹿なこと――って、何これ?」

「――全員分は用意出来ませんでしたが、ここに美術館のスタッフカードがあります。これがあれば、少なくともスタッフオンリーの専用ドアは通れますよ」


 わたしは柊南天から受け取っていたスタッフカードを神薙翡翠の胸元に押し付ける。それを受け取り、驚愕の顔でわたしとカードを見比べて、スタッフ専用駐車場から繋がっている入場口脇のドアを眺めている。


「え、と……綾女ちゃん? その……スタッフ、として入るの? 私、こう見えて、演技力はないわよぉ?」

「――そんな服装をした瑠璃さんに、スタッフのフリを求める訳がないでしょう? 開館前に入っておけば、入園時の受付をせずに済みます。万が一、入園する際に顔バレすると、警戒される恐れがありますから」


 わたしは説明しながら、迷わずにスタッフ専用口に向かう。付近に警備員は居らず、いまのタイミングならば、他のスタッフは誰も来ていない。今のうちだろう。


「翡翠さんのように、堂々としていてください。行きますよ」


 ネックストラップを首から下げて、先ほど入っていったスタッフと同様に、当然の顔でセキュリティにカードをかざした。ピ、と軽い電子音が鳴り、ガチャ、と施錠が解除される。

 すかさずわたしは中に入り、静かにドアを閉める。背後から、あ、と呆けたような神薙瑠璃たちの声が聞こえてきた。


「――気配はない。この専用通路の奥が、ロッカールームですね。身を隠す場所はなく、監視カメラもない……と」


 わたしはドアの内側、狭く薄暗い通路で立ち止まり、通路奥の気配と、周辺の様子を探った。絶好調のいま、集中すれば数十メートル先の廊下の振動さえ拾えた。

 しばし索敵するが、待ち構えられている様子もなければ、罠の類も感じない。警戒は杞憂で終わりそうだった。

 ふむ、と納得した時、ガチャ、と背後のドアが開いた。見れば、慌てた様子の神薙翡翠がドアを開けて、焦った顔の神薙瑠璃と神薙鶺鴒が駆け込んでくる。足音に気を遣っているのは良いが、呼吸音が激しいので意味がない。


「もう綾女ちゃん! いきなり入るなんて、心の準備が……」

「おい、鳳仙! あたしたちを置いてくなよ……というか、事前に説明してくれよ!」


 神薙瑠璃と神薙鶺鴒は小声で文句を吐いていた。そんな二人に呆れた顔を向けてから、ゆっくりとドアを閉める神薙翡翠を見た。


「引率するのは、どなたでしょうか? わたしは足手纏いを連れてきたのではなく、神薙()()()と呼ばれている方たちのサポートをお願いしたのですけれど?」


 これ見よがしの挑発に、神薙翡翠は顔を引き攣らせていた。神薙鶺鴒も同様で、わたしの挑発を正しく受け取り、馬鹿にされていることに苛立っている。


「ねぇ、綾女さん。悪いけどさ……私たちを足手纏いとするか、神薙大女神として振舞わせるかは、綾女さんの作戦次第でもあるのよ? 今回、私たちが力不足であることは重々理解してるわ。だからこそ、万全の状態で綾女さんをサポートしたいのよ? 目的は、十八を助け出すこと――それだけは一致してるんだから」


 神薙翡翠は怒りを必死に抑えながら、なかなか大人な発言をする。確かに、ここでわたしと言い争うことに意味はない。

 ふむ、とわたしは反省と共に頷き、とりあえず移動しようとロッカールームを指差した。


「ところで、瑠璃さんがリーダーで間違いはありませんか? わたし、神薙大女神と呼ばれるお三方の闘い方を存じておりませんが、何ができるのでしょうか?」


 小声で神薙瑠璃に問い掛ける。すると、無視されたとでも思ったのか、神薙翡翠はいっそう顔を紅潮させて、頬を引き攣らせた。


「……翡翠ちゃん、落ち着いて、ね。綾女ちゃんも悪気はないわよね? ここで仲違いしても仕方ないわよ。えと……私たちは三位一体で、近距離の肉弾戦と、中遠距離の魔術戦を同時展開する戦術を採るわ。鶺鴒ちゃんが強化された肉体で近接戦闘を仕掛けて、中距離で翡翠ちゃんが補助魔術と牽制、遠距離から私が大魔術を放つ闘い方かしら」

「――へぇ? なるほど。そのうえで、いざとなればテレポーテーションで戦線を退避出来る、と? なかなか理にかなった闘い方ですね」


 わたしは言いながら、実際に殺し合う場面を想定した。負ける気は起きないが、かなり厄介な相手であることに違いはない。


「ええ、そうよぉ。でも今回、テレポーテーションは最後の手段、なのよね? 綾女ちゃんが合図を出したタイミング以外、使用厳禁で、温存しておくのよね?」

「はい。それでお願いいたします。瑠璃さんに『必殺魔術』とでも呼び掛けますので、攻撃魔術を仕掛けるフリをして、準備を進めてください」

「はい、はぁい。承知いたしましたかしら」


 神薙瑠璃の適当な相槌を聞いて、わたしは話題を変える。この段取りは昨日、しっかりと話し合っていたので認識齟齬はない。


「ちなみに、索敵の担当は――」

「――索敵含めて、補助系は私が担ってるわ。こんな感じでね」


 誰も居ないスタッフ専用ロッカールームで、神薙翡翠がパチンと指を鳴らす。途端、わたしの身体に緑色の魔力糸が絡みつき、信じ難いほど活力を漲らせた。


「……これは?」

「肉体強化魔術――私が専門としてるのは、こういう補助系よ。どう? 最大二倍まで、速度と強度を増加出来るわよ」

「…………なるほど」


 わたしの身体を包み込んだ魔力は、肉体の上限を大幅に向上させて、筋肉の出力を凄まじく強化していた。神薙翡翠の言う通り、本当に倍以上の動作を可能とするだろう。

 これは、わたしが『梵釈之位(ボンシャクノクライ)』を発動させた時と同じくらいの出力である。凄まじい、の一語に尽きる。


「こういうのを、チート、と言うのですね……」


 苦笑しながら、しみじみと呟いた。すると、パチン、ともう一度指が鳴らされて、身体を包んでいた魔力が霧散する。スッと身体が元に戻り、逆に重くなったような錯覚をする。


「けど、綾女さん。申し訳ないけど、生憎、同時で二人までしか強化出来ないから、基本的には鶺鴒と、瑠璃お姉ちゃんにだけ使用してるわ。あと、索敵は常時発動型の熱源探査魔術だから、半径20メートル程度しか出来ないわよ?」

「ええ、承知しました――思ったより優秀なのですね」


 わたしは神薙翡翠にニコリと微笑みを向ける。その笑顔を受けて、神薙翡翠は今にも殴り掛かりそうな剣幕で拳を振りかぶっていた。馬鹿にしたつもりではなく、心底感心からの言葉だったが、貶されているとでも思ったようだ。


「……このスタッフカードは、瑠璃さんにお渡します。さて、ここからは別行動いたしましょう」


 首に掛かったスタッフカードを神薙瑠璃に放り投げる。咄嗟に受け取り、神薙瑠璃はキョトンと首を傾げた。


「え? 別、行動……どうして、なのかしら?」

「単純です。お昼過ぎまでは、偵察に徹します――わたしは『資料保管庫』『作業場』『館長室』の三部屋を探します。神薙さんたちは、観光客を装って美術館内をくまなく徘徊してください。可能であれば、十八くんの居場所か、もしくはクリエイターさんを見付けて、監視をお願いします」


 わたしはロッカールームに置かれたデジタル時計を見る。

 時刻は八時五十分に差し掛かっている。ぼちぼち開館されて、美術館内に人が増えてくるだろう。開館されれば、神薙瑠璃たちも他のお客さんの中に身を隠せる。


「正午になったら、進捗の確認で集まりましょう。集まる場所は、アートホール近くにあるカフェテリアでお願いします」

「おいおいおい、ちょ、鳳仙?! いくら何でも、そりゃ横暴過ぎ――」

「――鶺鴒さん。いちいちうるさいです。隠密行動中なのですから、騒がないでください。あと、くれぐれも目立つようなことは起こさないように」


 わたしは有無を言わせずそれだけ告げて、持っていた手提げ鞄から、柊南天に渡された柄を取り出す。筒状をした柄をポケットに入れてから、用済みとばかりに手提げ鞄を神薙鶺鴒に投げた。


「うぉ!? なに、すんだよ、鳳仙!」

「財布も入っています。好きに使って構いません」


 わたしは荷物を押し付けて、そのままロッカールームを後にした。背後からは、なんだよそれ、と癇癪を起したような神薙鶺鴒の小声が聞こえている。

 大声で騒がないことは少しだけ好感度アップである。


 さて――と、わたしは気を取り直して、静まり返った美術館内の探索を開始した。

10/27迄、毎日1話ずつ0:00更新します

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