第五夜(5)
時刻は十九時四十五分を過ぎた辺りで、わたしは『幽玄の間』に戻って来た。
客室を開けると、途端に香ばしい匂いが漂ってくる。見れば、中央のテーブルには一人分とは思えないほど色とりどりの郷土料理が並んでいた。刺身、天ぷら、いろり鍋にすき焼きもあり、おひつには筍の炊き込みご飯が用意されていた。
わたしと同じように風呂上りと思われる柊南天は、どうしてかジャージ姿で胡坐を掻いて、既に料理に手を付けていた。わたしが来ても気にせず、美味しそうに料理を食べている。
「ただいま戻りました――」
浴衣姿で戻って来たわたしを見て、お先ス、と返事だけする。視線すら向けないことに呆れる。
「――それ、凄い量ですね……一人分ですか?」
「そスよ、そスよ。あ、綾女嬢は未成年なんで、この日本酒は呑ませないスよ?」
「呑みませんよ――ところで、神薙さんたちは来ませんでしたか?」
わたしはとりあえず柊南天の前に座り、ミネラルウォーターのペットボトルを一口飲んだ。連絡は来ていないが、事前連絡を無視して部屋に来訪したかも知れない。それを確認したかったのだ。
柊南天は口にモノを入れたまま、はて、と首を傾げる。
「……来てないスよ? 真向かいの『万緑の間』スよね? いや、監視カメラで見た限り、さっき、大食堂に向かってましたよ?」
「…………監視カメラ?」
サラリと不思議なことを言う柊南天に、わたしは思わず眉根を寄せて難しい顔を浮かべる。すると、柊南天は右手で箸を持ったまま、左手で器用に携帯のアプリを起動させて、防犯映像を見せてきた。
それを覗き込むと、この部屋の前の廊下が映っている。そして、サッと指でスライドすると、大食堂の映像に切り替わる。
大食堂はまさに夕食時の為、だいぶ盛況のようで、当たり前だがほぼ全てのテーブルが宿泊客で埋まっている。
スッと画面がさらにスライドすると、大食堂の奥の個室スペースが映し出される。そこには四つの大テーブルがあるが、使われているのは一つだけで、座っているのは神薙三姉妹である。ちょうどその時、食事が運ばれてきたところが映る。
「うち、防犯の為に監視カメラハッキングしてるス。だから、綾女嬢以外が扉を叩いても反応しないから安心してくださいスよ。ちな、綾女嬢はいつ食事行くんでスか?」
もぐもぐと美味しそうに食事を続ける柊南天に白けた視線を向けつつ、わたしは溜息交じりに立ち上がる。柊南天の食べっぷりを見ていたら、お腹が減ってきた。
「いまから行ってきますよ。ついでに、神薙さんたちと明日の予定を確認いたします。食事が終わったらそのまま、彼女たちの部屋でミーティングするつもりですので、戻りが遅くなるかも知れません」
わたしは今後の予定を伝えて、柊南天の返事を待たずに客室を出た。
別館に向かう途中、早々に食事を終えた老夫婦と渡り廊下ですれ違った。老夫婦は数少ない本館の宿泊者のようで、二人とも浴衣姿で仲睦まじい雰囲気だ。軽く会釈して大食堂に向かう。
大食堂に着くと、受付で部屋番号を確認されたが、幽玄の間であることを告げた瞬間、慌てて謝罪された。念のために、と名前を確認されたので、しっかりと偽名である『蒼森望夜』を名乗った。
(……サインじゃなくて良かったです……漢字が分からないので)
そんな風に考えながら、神薙姉妹が食事している個室スペースに通された。
案内されたのは、当然ながら神薙姉妹が座っているテーブルとは別のテーブルである。一人で独占するには広いが、どちらにしろこの個室スペースを使用出来るのは、これで全員である。遠慮などする必要はない。
「あ、綾女ちゃん。先にお食事頂いていますわよぉ……って、え? まさか、温泉入ったの?」
「は? 瑠璃お姉ちゃん、何を馬鹿げたことを――って、マ!? 完全に湯上りじゃない!?」
わたしが着席したのを見て、神薙瑠璃と神薙翡翠が悲鳴じみた声を上げる。そう言えば、二人ともわたしが重傷であることを知っていたか。
「ええ。とても良い温泉でしたよ――そういう神薙さんたちも、浴衣姿から推測するに、お部屋の露天風呂をご堪能したのではないですか?」
わたしは言いながら、二人の姿を眺める。
神薙瑠璃は自身の青い髪と似合いの水色系浴衣を着ており、酒でも飲んでいるのか、少しだけ頬を上気させて色っぽい雰囲気をしていた。
神薙翡翠は薄緑色の髪をまとめ上げており、浅黄色の浴衣を見事に着こなしている。普段の人形じみたメイクは落として、いまはほとんどすっぴんのようで、だからか神薙瑠璃と並ぶと髪の色が違うだけの双子に見える。年の離れた姉妹とは思えないほど、顔の作りが似ていた。
「や、そりゃ私たちは入ったけど……綾女さん、おかしくない?」
「綾女ちゃん……傷に響くことは、極力しないで欲しいわぁ」
「――さて、わたしもお食事を頂きますね」
驚く二人を無視して、わたしは運ばれてきた先付に手を出す。料理はある程度用意されていた様子で、座ってからそう時間も掛からず、次々と現れた。
「綾女さん、貴女、本当にあり得ないでしょ……どれだけ頑強なのよ。ねぇ、瑠璃お姉ちゃん、綾女さんって軽傷じゃないでしょ?」
「え、う、うん。もちろん、そうですわよ――と言うか、普通は、二週間ほど安静にしてくれないと死ぬほどのダメージですし……いや、そもそも、このお料理だって、消化に良いとは言えないわよぉ……」
「ご心配なく――食べきれなければ、残しますので」
わたしは言いながら一つ一つをゆっくり噛み締めるように食する。どれもこれも素晴らしく美味で、栄養バランスも申し分なさそうだ。
平然と食べ始めたわたしを見て、いっそう驚愕する二人とは裏腹に、神薙鶺鴒はマイペースに食事を続けていた。
神薙鶺鴒は、姉である二人の浴衣美女とは異なり、明らかに寝間着にしか見えないオーバーオールを着ていた。ここは自室か、と思わずツッコミたくなるほどリラックスした様子だ。ちなみに、神薙鶺鴒の茶色の短髪は、水気が取り切れていないのかペタリと寝ている。
「……綾女さん、瑠璃お姉ちゃんの見立てが二週間の安静なら、間違いなく内臓にもダメージが蓄積してるでしょ? そんな状態で、流動食じゃない食事なんて――食べるだけで激痛でしょう?」
「あら? ご心配させてしまい、申し訳ないです……翡翠さん。けれど、ご安心を。内臓のダメージは内服薬と内功、魔力循環により回復しております」
「いやいやいや、あのさ。綾女さんがいくら魔力親和性が高かろうと、そんなにすぐ肉体が治るわけないでしょ――って、ん? 内功、って何?」
神薙翡翠の疑問は無視して、わたしは食事を続けた。わたしの反応が薄いからか、神薙瑠璃も神薙翡翠も一旦は食事に集中し始めた。
「――なあ、そいやさ。十八の救出は、どうするつもりなんだよ、鳳仙綾女。あたしたち……翡翠姉さんも瑠璃姉さんも、お前がどういう計画を立ててるのか、全く知らないんだよ」
ふいに、自分の食事が終わったからか、神薙鶺鴒が本題を切り出す。それはまさにこれから話そうと思っていた内容であり、わたしの食後にしようと後回しにしていた議題だ。
切り出されたならば仕方ない、とお吸い物で一息吐いてから、ええ、と頷いた。
「明日、正面から挑もうと思っております。計画、と言うほどのモノはありませんけれど、一応、皆さんの役割分担は考えてありますよ?」
「役割も何も、鳳仙綾女……あたしたちにまず、明日どこに向かうのか、説明しろよ。あたしたち、何も知らねぇよ? だいたい誘拐犯の目的も経緯も、意味わからんし……まずは、それを説明してくれよ。瑠璃姉さんの説明じゃ、意味がわからんかった」
烏龍茶を飲みながら鷹揚な態度の神薙鶺鴒に、わたしはいい加減カチンとくる。いちいちフルネームを呼ばれるのは不愉快だった。
「鶺鴒さん。わたしのことは鳳仙と呼んで頂けませんか? いちいちフルネームで呼ばれるのは不愉快なのですけれど?」
「おぉ? 悪い、悪い。つい癖でね……で、鳳仙よ。説明してくれよ」
神薙鶺鴒はさして気にした風もなく、マイペースに問い掛けてくる。周りに誰も居ないからと言えど、あまりにも無遠慮過ぎる声の大きさに、わたしはいっそう不快感を露わにする。
「――瑠璃さんは、どの程度までお話しなさったので?」
わたしはちまちまと食事を続けている神薙瑠璃をジト目で睨む。すると、途端に視線を逸らして、てへへ、と恥ずかしそうに笑っていた。誤魔化している様子に、思わず殺意が芽生える。
しかしその感情を溜息一つで呑み込んで、仕方ない、と諦めて口を開いた。
「明日は、ミュージアムパーク万美術館に向かいます。可能であれば、開館より前に入りたいのですけれど、いかんせんわたしは館内の構造が分かりません。だから、一旦は一般客として美術館に入ってから――」
「――ちょ、ちょい、ちょいっと待ってよ、鳳仙!? ミュージアムパーク万美術館って、あの万美術館かよ!?」
「……あの?」
驚愕しながら、わたしの背後を指差す神薙鶺鴒にオウム返しで問い返す。その指の先に視線を向けると、廊下の壁に貼られたポスターが目に留まる。
神薙翡翠が、これよ、と同じ内容が書かれた案内チラシをテーブルに置いた。
「……いまちょうど、世界で活躍するピアニストのイスマイル・オール氏を招聘していて、明後日の水曜日から日曜日まで、美術館内で独奏コンサートを開くみたいよ?」
わたしは案内チラシを一読して、ふむ、と頷く。
確かにそこには、七月二十六日水曜日から、七月三十日の日曜日まで、ミュージアムパーク万美術館アートホールにてコンサートイベントを開催すると記載されていた。開催時間は、正午から十五時までの三時間、座席数は二百名先着で予約不可、当日受付のみらしい。
「綾女さんの言ってる『ミュージアムパーク万美術館』って、ここのことよね?」
「ええ、そうです。この美術館に、十八くんが監禁されていると聞いています」
わたしは声を少し抑えて、だからどうした、とばかりに告げる。
コンサートイベントが開かれるのは予想外で厄介だが、開催が明後日ならば、明日乗り込む分には何ら影響はない。いやむしろ、イベント前日であればこそ、開催されるアートホール以外は警備が手薄になるのではないだろうか。
これは好機とみるべきだ――わたしはデザートに手を付けながら、改めて明日のスケジュールを口にする。
「――明日は、開館と同時に一般客として美術館に行きましょう。そして、美術館内で『資料保管庫』『作業場』『館長室』のいずれかを――」
「あ、ちょい待てって、鳳仙。どうして、十八が美術館に監禁されてるんだ? そう聞いてるって言うけど、そもそもそれ、どこ情報だよ。確証はあるのかよ? ミュージアムパーク万美術館は、日本遺産にも登録されてる建造物だぞ?」
「…………は?」
わたしはいっそう眉間に皺を寄せて、神薙瑠璃にジト目を向ける。話が噛み合わない。
「あ、その……綾女ちゃん、綾女ちゃん……私、まだ翡翠ちゃんと鶺鴒ちゃんに……クリエイターさんのこと、何も言えてないの……だから、その……説明しないと、分からないと思うわよぉ」
「今の言葉から推察するに、そもそも鶺鴒さんは、十八くんが攫われたことをどう理解しているのですか?」
神薙鶺鴒は、はて、と首を傾げる。なんだか馬鹿にされている気分だ。
「あ? 任務に失敗して、行方不明になったんだろ? で、調べたら、行方不明ってより、何者かに誘拐されたって――」
「――あー、綾女さん。申し訳ないけど、鶺鴒には詳しく伝えてないのよ。こう見えて臆病だから、流石に異端管理局が絡んでるなんて言えなくてね。で? この美術館に、龍ケ崎君は捕らわれてる、と――美術館の関係者に、円卓三席クリエイターが居るってこと?」
話の通じない神薙鶺鴒を黙らせて、横から神薙翡翠が主導権を握る。けれど、どちらにしろクリエイターの正体が館長『五百蔵鏡』であることを知らないらしい。
そこから説明するのか、とわたしは露骨な溜息を吐く。
「あ、あはは……えと、その……ごめんなさいね、綾女ちゃん……」
「チッ――まあ、分かりました。それでは、ここから先は神薙さんたちの部屋で話しましょう。そろそろ食事は終わりです」
一番食事が遅い神薙瑠璃が、いまようやくデザートを食べ終えた。それを見て、わたしはスッと立ち上がり、部屋に戻ろうと歩き出す。
正直、個室の外で食事の後片付けをしようと控えているスタッフの気配が鬱陶しくて、ここで詳しい話をする気が失せていた。
わたしの提案に、神薙翡翠も神薙鶺鴒も異論はなかった。お茶を一杯だけ飲んでから、神薙瑠璃もゆっくりと席を立ちあがる。
食堂から真っ直ぐに『万緑の間』に戻ってきた。
すかさず、神薙翡翠が部屋に備え付けのインスタントコーヒーを入れ始めた。
さて、とわたしはとりあえず、異端管理局、円卓六席八重巴とのやり取りと、今回に至った経緯を話した。説明のところどころで神薙翡翠は絶句して、あり得ない、と仰天していた。どうやら、護国鎮守府の方針決定に関しても、神薙瑠璃は説明をしていなかったようだ。
そもそも最初に神薙瑠璃が言っていた『龍ヶ崎十八救出チーム』についても、事件に巻き込まれた龍ヶ崎十八を見つけ出そう、というザックリした方針しか伝えず、強制的に協力を取り付けていたらしい。経緯などを詳しく説明した途端、神薙翡翠と神薙瑠璃の姉妹喧嘩が始まったのは面倒だった。
まあ、そんないざこざなど無視して、円卓三席クリエイターの正体も暴露する。
「――はぁ!? ちょ、え? 待ってよ、綾女さん!! あの五百蔵鏡が、異端管理局円卓三席? 嘘よ、信じられないわ」
「あたし、詳しく知らんけど、五百蔵って、次期人間国宝って言われてる新進気鋭のアーティストだろ? それがクリエイターなんか?」
神薙翡翠は呑んでいた珈琲を噴き出して驚き、神薙鶺鴒は胡散臭そうに眉根を寄せている。それほど五百蔵鏡という人物のイメージが、裏社会に合致しないのだろう。
まあ、信じても信じなくても、わたしには関係ない。ただし――
「無理に信じなくとも結構ですが、これは信頼出来る筋からの情報です。くれぐれも油断などはせぬように」
「油断、なんてしないけど……えぇぇ……五百蔵鏡が、クリエイターねぇ……いや、綾女さんを疑うわけじゃないけど……まあ、理解したわ。だから、彼女が館長の万美術館なのね」
神薙翡翠が不承不承と納得する。その台詞にわたしはふと反応する。
「彼女? やはり五百蔵鏡さんは、女性なのですか?」
「ん? あ、うん? えと……生物学上は、女性だったはず――けど、ジェンダーレスの先駆けとして有名だし、公式的には性別はないって発表してるわ。それが?」
「いえ。十八くんの貞操を気にしただけです」
わたしの茶化した台詞に、神薙翡翠は華麗なスルーをして、ふたたび神薙瑠璃へと噛み付き始める。
やれ無茶だ、やれ不可能だ、と至極当然の主張を繰り返している神薙翡翠を横目に、わたしはもう充分だろうと立ち上がった。
「――明日は、朝食の時間が七時からですけれど、朝八時には現地に向かいますよ? 食事をするかどうかはお任せしますが、くれぐれも出発に遅れないようにお願いします」
そんな捨て台詞をして、わたしは『幽玄の間』に戻る。神薙鶺鴒が、へいへい、と気の抜けた返事をしていたので、少し不安だ。
「おや、綾女嬢。おかえりス」
柊南天はポリポリとピーナッツを頬張りながら、視線すら向けずノートパソコンを弄っている。
豪華な夕食は既に下げられており、テーブルの上には、いつの間に買って来たのか、何本もの缶ビールと酒のつまみが並んでいた。
わたしは正面のソファに腰を下ろす。
「明日は朝八時には出発します。美術館の開館に合わせて、すぐに入場するつもりですので、その時間にタクシーを回しておいて貰えませんか?」
「うい~ス。かしこまりス」
「ちなみに、クリエイターさんの異能――『創造』とやらがどんな能力なのか、わたし、全く存じ上げないのですけれど、柊さんはご存じでしょうか? それと、彼女の戦闘スタイルについても、いったいどのようなものか、教えて頂けませんか?」
相手の闘い方を事前に知ることはだいぶネタバレになるが、格上相手に情報なしで挑むほど自惚れてはいない。準備にも余念なく最善を尽くすことも、戦闘を最大限愉しむコツである。
ところが、すぐに回答してくれると思った質問に、柊南天は珍しくも顔を曇らせて首を捻っていた。対虚空時貞戦の時などは、細かく饒舌に語っていたのに、どうしてか重苦しい口調になる。
「……まぁ、気になっちゃいまスよねぇ? 異能『創造』もそうスけど……戦闘スタイル、かぁ……綾女嬢には、どっちも、あんま言いたくないんスけどね……」
「もったいぶらずに、サッサと答えてくれませんか?」
「はいはい。あー、とりま異能の話は一旦、置いといて。五百蔵氏の戦闘スタイルは三つ。本人は戦闘モードって自称してんスけど。一つ目が近距離戦闘特化スタイル、異能を使用しない『拳闘士モード』――個体性能を駆使して、魔術強化した体術で闘うボクシングスタイルっス。初めての相手には、基本的にこのモードっスかね? 攻撃力、防御力、敏捷性、バランスが整ったスタイルで、土系の魔術を用いた拳と肉体の強化が特徴ス。んで、二つ目が、中遠距離戦闘特化スタイル、異能を使用しない『魔術師モード』――防御力、敏捷性は著しく落ちまスけど、極大な攻撃力で、中遠距離からの魔術による飽和攻撃を特徴とするスナイパースタイルっス。ちな、うちとしては、この『拳闘士モード』か、『魔術師モード』どちらかの五百蔵氏を狙って、仕留めて欲しいんスけど……」
「そのモードが、クリエイターさんの全力であれば、もちろん挑みましょう。けれど、それらのモードは全力ではないのですよね? 果たして、手抜きのクリエイターさんを倒すことに何の意味があるのでしょうか?」
「……言うと思ったス、だから、言いたくなかったんスよねぇ……」
「先ほどの口振ですと、異能を使用したモードが最後の一つで、それこそ本気のモードでしょうか?」
口をへの字に曲げて、いっそう重々しい空気を放つ柊南天に、わたしはニコリと笑みを向ける。深く長い溜息を吐かれた。
「……ま、そスね。三つ目のモードが『召喚士モード』っスね。これが、異能『創造』を解禁させた五百蔵氏の全力――個で闘うんじゃなくて、『創造』した軍団を率いて、圧倒的な戦力差で相手を圧し潰す蹂躙スタイルっス。綾女嬢に言っても無駄でしょうけど、絶対に『召喚士モード』の五百蔵氏とは闘っちゃ駄目ス。ネタフリじゃなくて、五百蔵氏のホームタウンである美術館内で『召喚士モード』になられたら、ヘブンロード嬢でも殺し切れないほどスよ?」
「――へぇ? それはそれは、なんて素晴らしい」
「はいはい、それも言うと思ったス。だから、マジで言いたくなかったんスよぉ……」
ニンマリと悦びの笑みが零れるわたしに、柊南天が首を横に振りながら呆れている。
そんな心踊る話を聞いて、気持ちを滾らせない理由がないだろう。
龍ヶ崎十八を救出するという目的はあるが、それは神薙姉妹たちに任せて、わたしは是非とも五百蔵鏡の全力を叩き潰さなければ――
「――『召喚士モード』を引き出す方法は?」
「……はぁ〜、もう、これだ……なんでそんな死に急ぐような真似ばっか……」
「それが【人修羅】でしょう?」
「はいはい、はいはい……えと、引き出す方法、スね……んー、例えば、綾女嬢が五百蔵氏をブチギレさせれば、すぐにでも『召喚士モード』になると思いまスよ? 五百蔵氏って、あれでかなり短気スから」
「へぇ? 怒らせれば良いのですか?」
「ま、そっスねぇ――言うて、よほどじゃないとキレたりしませんけどね」
「は? それはどういうことです? 短気だから沸点が低いのではないのですか?」
柊南天の矛盾に、わたしは首を傾げた。
「怒りの琴線が独特なんスよ――五百蔵氏本人を馬鹿にしてもキレないスけど、作品を貶すとガチギレする感じ? 五百蔵氏が、相手を侮るのはデフォルトでスけど、逆に侮られるとキレたり、とか。ま、五百蔵氏が戦闘モードを確定する前に、マジで怒らせれば、本気の『召喚士モード』になるっしょ。あ、そうそう。ちな、この戦闘モード、基本的に、どれだけ追い詰められても、切り替えたりしないス。拳闘士モードから魔術師モード、召喚士モードは、戦闘中一度確定させたら、決着付くまで切り替え不可になりまス。そう言う特性なんスよ」
「へぇ? 特性、ね。だいぶ理解できませんけれど――それでは仮に、拳闘士モードを引き出してしまったら、死ぬまで拳闘士モードと言うことですか?」
何らかの制約があるのか。戦闘モードの切り替えが出来ないという意味が理解出来なかった。
「……そっス。死ぬまで変わらんス。それは五百蔵氏の異能『創造』が関係してまスけども……五百蔵氏の戦闘モードって、確定した瞬間に、身体の構造が作り変わるんスよ。だから、クールダウンしてデフォルトスタイルに戻すまで、戦闘モードを切り替えられんス」
「だとしたら普通は、戦闘モードを選択するのは慎重になるのではありませんか?」
「いやぁ、それはないっス。五百蔵氏にとって戦闘は娯楽。戦闘結果も重要視してないっス。仮に、戦闘モードでミスって、絶対勝てないってなったとしても、しゃあないや、って諦めるだけっスもん。あらゆる結果を受け入れて、次の『創造』に活かす――それが五百蔵氏のポリシーっス」
「諦め、る? 次に、活かす? 死んだら、終わりでしょう?」
わたしは柊南天の台詞に首を傾げた。どういう意味なのか、よく理解出来なかった。
「そこが『創造』って異能ス――綾女嬢じゃ五百蔵氏を殺せない、最大の理由ス」
「どういう、ことでしょうか?」
「五百蔵氏の肉体はそもそも、アレ自体が『創造』で制作した肉の器なんスよ。だからこそ、戦闘モードを確定させると、臨機応変に切り替えられなくなるんス」
それは、以前に闘った【魔王】虚空時貞のような、身代わりを用意しているということだろうか。偽物を幾ら殺しても、本物を殺さない限りは殺せない、ということだろうか。
「そういう訳じゃないス。五百蔵氏は常に本物ス――」
口には出していないが、わたしの疑問を柊南天は読んだらしい。苦笑しながら言葉を続ける。
「――ただし、その肉の器は『創造』されたモノであり、複数のストックが用意されてるんス。ゲームで言えば、残機の概念スね。だから五百蔵氏を殺すには、残機を全て潰さないと不可能っス。もしくは魂を捕らえて消滅させないと殺し切れないっス」
「……なるほど。猫は九つ命を持つ、ということですね?」
「猫じゃぁ、ないスけど、その通りス。ま、そんな訳で、五百蔵氏にとっちゃあ、肉体の死は些細なことで、いつでも気分はこの次があるさ、って感じっスね」
五百蔵鏡の話を聞いて、かなり手強い存在であることを再認識する。同時に、五百蔵鏡との戦闘は、きっと想像以上に愉しめることだろう。わたしは胸が高鳴るのを自覚した。
「ちな、これ、素直に聴いてくれると思えないスけど、忠告しときまスよ。五百蔵氏の召喚士モードとは絶対に闘わないでくださいス。本当の本当に、それだけは止して欲しいス」
「善処します――さて、それじゃあとりあえず、最低限のことは聞けたので、わたし、寝る前に客室露天風呂を頂きますね?」
まだ聞きたいことは多くあったが、もうだいぶ夜も更けてきた。明日のこともあるので、少し早いがそろそろ寝る準備に入ろう。
「――嗚呼、そうだ柊さん。就寝前に身体を整えるお薬とか、回復を促す施術とか、専属医としての治療はして頂けるのでしょうか?」
着替えの準備をして、庭に出たところで振り返る。柊南天はテーブルに怪しい小瓶を置いていた。
「はいはい、承知、承知です。ちゃんと用意してまスよ――柊南天特製、魔力気力体力回復の滋養強壮剤『役満生薬』を処方しまス。乱れた内功の調息と、魔力回路の修復、強化を行う劇薬ス。プラス、内出血してる部位には霊験あらたかな塗り薬を塗布するっス。ちな、隠してるようでスけど、一部の傷口が開いて、出血してる部位があるみたいスね? そこは、ちゃっちゃと縫合し直しまスよ……そこまですれば、明日はもう少し、無茶ができる身体に治るでしょ」
ひゃっくりしながら、柊南天は缶ビールを飲んでいた。ニヤリとほくそ笑んで、わたしはそのまま客室露天風呂に向かった。
涼やかな夜風が頬を撫でる。
ふと見上げれば、黒々とした深い森を従える山並みに、美しい三日月が浮かんでいた。これなら明日も天気は良さそうである。
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