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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第五夜(1)

 猛烈な勢力を保ったままT県を直撃した台風五号は、今朝方未明、三幹市を抜けた辺りで温帯低気圧に変わったと報じられた。

 この台風五号により、一柱市を中心として、T県全域に甚大な被害がもたらされた。どうやら地域によっては、一時間雨量が100mmを超えていた場所もあったようだ。近年稀にみる大雨である。

 この被害は、T県だけに限っても相当だった。

 短期間に集中して降り続いた大雨により、あらゆる河川が氾濫して、主要幹線道路の半分が冠水により通行止めになった。強風と土砂崩れによる家屋の倒壊、浸水の影響などにより、緊急避難警報も一部では発報されていたという。特に大問題となったのが、九鬼市にあった火力発電所に落雷があったことだろう。この影響で数時間に亘って大規模な停電が発生、約三十万棟に被害が出たらしい。現時点でもこの停電は復旧に至っていない。

 T県における人的被害は、行方不明者七名、負傷者二百余名、家屋の被害は、停電した家屋も含めると約百六十万棟に上った。

 そんな中、わたしは魔獣キメラと闘ったのだ。

 闘っている瞬間は、あまり天候の凶悪さを意識していなかったが、我ながらいま思い返すとそれなりに無謀だろう。


「――昨日、あれほどズタボロになったというのに、もうそこまで体調が回復しておるのか」


 暇を持て余したわたしが、退屈しのぎに台風一過の被害状況を携帯で眺めていると、形だけのノックをしてから、見覚えのある軍服が入ってきた。

 昨日と何ら変わらぬ軍装をした八重巴である。

 待っていた、とばかりにわたしは視線を上げて、八重巴に向き直る。

 世界は平和のようで、台風一過以外に面白みのあるニュースは何もなかった。そんな退屈を持て余しているいまのわたしにとって、八重巴の登場はグッドタイミングだった。


「八重さん、ちょうど良いところにお越しくださいました。昨日、もう用事はない、と仰っていましたから、わたしてっきりもういらっしゃらないのかと――」

「――おや? 鳳仙殿は、まだ聞いていないのだろうか?」

「はい? 何を、でしょうか?」

「ふむ。そうか……そうなると事情が変わる――それではまず、謝罪させてもらおう」

「…………はい?」


 八重巴が唐突に脱帽してから90度のお辞儀をしてくる。謝罪とは何ぞや、と戸惑いながらも、首を傾げた。


「クリエイター殿が、龍ヶ崎家の倅に夢中になってしまったようじゃ。魔獣討伐が達成出来た時点で、もはや異端管理局の要請は完了しておったが、暴走が止まらんかった」


 八重巴が椅子に腰を下ろした。謝罪した割には、説明する態度には申し訳なさは感じられなかった。


「いま、クリエイター殿は自らの欲求に従って、龍ヶ崎家の倅を拘束、監禁しておる――これはクリエイター殿の独断じゃから、儂ら異端管理局で制御出来ぬ」

「……ふざけているのですか?」

「そんなはずはなかろう? ふざけておるなら、儂がわざわざ謝罪なぞするものか――さて、それで本題はここからじゃ」


 八重巴が声音を低く変えて、改まったように口を開ける。


「異端管理局の公式見解として、此度のクリエイター殿の暴走に対する詫びは、三つある。関係者筋に対して、相棒であり同伴者じゃった儂が謝罪して回ること。迷惑料も含めた賠償金二千万ドルを護国鎮守府に現金支払いすること。本件におけるあらゆる事象において異端管理局は不介入とすること。じゃ――昨日この条件で、護国鎮守府は快く了解してくれたぞ?」

「…………ふざけているのですか?」


 わたしは先ほどより低く、殺意さえ篭めて、改めて問い掛ける。その反応に苦笑しながら、八重巴は肩を竦めた。


「当然ながら冗談ではないぞ? じゃが、ま、早合点はせぬことじゃ。ここまでが前置きじゃ――それで、どうじゃ? クリエイター殿に挑戦する気概はあるかの?」

「わたし、馬鹿にされるのは好きではありませんよ? 答えが分かり切っているのに、わざわざ質問するのは野暮すぎます――サッサと、本題とやらを話してくれませんか?」

「ふむ、その気概やよし――ここに、二つの選択肢を用意した」


 八重巴はもったいぶった口調で、懐から二つの封筒を取り出した。それは無地のハガキサイズで、表面に大字と呼ばれる数字が書かれていた。

 手前側の封筒には『(ハチ)』――漢数字だと『八』だろう。もう一つは『(サン)』だ。


「こちらの封筒には、招待状が入っておる。この招待状は、異端管理局の円卓八席に座ることが出来る資格証でもある。円卓一席イージス殿がわざわざ手ずから用意したものじゃ。これを受け取れば、その時点から鳳仙殿は、儂と肩を並べる異端管理局所属となる。円卓に座る者は、ただそれだけで超法規的な存在じゃ。あらゆる法律に縛られず、思うまま、望むままに振舞うことが出来る。多少の制約はあれど、一生涯、自由で安泰に過ごせるぞ? これは破格の待遇じゃ。円卓は、座りたいと願って座れるような代物ではないからの。今回のように、異端管理局が円卓をスカウトするなぞ、百年に一度レベルじゃ」

「へぇ? けれど興味ありませんね――それで? そちらの『参』は、どのような内容ですか?」

「……ふふふ。逡巡すらせぬか。まあ、そうじゃろ、とは思うていたがの――もう一つは、挑戦権じゃ。クリエイター殿の居所を記した地図と、その場所の出入口のカードキーが入っておる。当然ながら、そこに龍ヶ崎家の倅も居るぞ」


 八重巴の不敵な笑みにわたしは無表情で返して、迷わず『参』の封筒を奪う。やはりの、と小さく呟きながら、手元に残った『捌』の封筒はビリビリに破かれた。

 わたしは封筒を開けて、中に入っていた地図とやらを広げてみる。

 封筒には確かに、折り畳まれた地図と三枚のセキュリティカードが入っていた。セキュリティカードは赤白黒の色をしており、他には何も書かれていなかった。


「……これはどこの――ああ、隣県にある万市(ヨロズシ)ですか……それでここは、観光名所として有名なミュージアムパーク(ヨロズ)美術館……ですか?」


 わたしは地図を読みながら、三枚のセキュリティカードを広げた。


「鳳仙殿は、ミュージアムパーク万美術館に行ったことがあるのかの?」

「ありませんよ――この三枚のセキュリティカードが、入口の電子キーですか?」

「ふむ。それは、少しだけ勿体ないの――そのカードは、関係者以外立ち入り禁止になっているエリア内にある『資料保管庫』『作業場』『館長室』へ入るためのセキュリティカードじゃ」


 わたしは首を傾げた。いま八重巴が言ったエリアに、円卓三席クリエイターが居るということだろうか。


「クリエイター殿は、ミュージアムパーク万美術館の館長じゃ。ま、自宅は別にあるが、いまは『作業場』で生活しておる――ちなみに、本来ならば円卓に座る者同士で正体をバラすのはご法度じゃが、今回に関しては、関係者全員から許可されておるからの」

「……へぇ。館長、ということは……この方、ですか? 五百蔵(イオロイ)(ケイ)――新進気鋭の現代アーティストで、世界に影響を与えた百人にも選出されてますね」


 すかさず携帯で検索をすると、顔写真付きで人物紹介が見つかった。

 インターネットの検索上では、五百蔵鏡が制作した美術品に対しての賛否両論と、謎めいた人物像へのまとめサイトがいくつも見つかる。

 わたしはその人物紹介と顔写真を見ながら、なるほど、と頷いた。表舞台でこれだけ活躍していて、その実、裏では異端管理局の幹部とは――世の中だいぶ狂っている。


「この方……女性、ですか? それとも、男性……?」


 まとめサイトや人物紹介を見ても、そこには性別が書かれていなかった。顔写真を見ても、男女のどちらか判断が出来ない。美形で化粧をしているが、あくまでも中性的な印象なのだ。


「性別が気になるかの? ふむ。いまの時代にはそれは些細なことかの……とはいえ、それを説明するには、クリエイター殿が持つ異能を説明しなければならなくなるが――そこまでネタバレする義理はないかの」


 八重巴はスッと立ち上がり、病室のドアを開ける。途端、わぁ、と叫びながら前かがみになった神薙瑠璃が転がり込んできた。

 誰かが聞き耳を立てている気配には気付いていたが、正体は神薙瑠璃だったか。気配の消し方が素人ではなかったので、護国鎮守府の関係者とは思っていたが――


「これはこれは、神薙家の当主殿――聞き耳を立てておるとは、はしたないの」

「え、えと……オフィサーさん、だったわよね。一体、何を綾女ちゃんに吹き込んでいるのぉ? 綾女ちゃんは、まだまだ重態なのよぉ!」


 神薙瑠璃は憤慨した様子で八重巴に食って掛かる。けれどそれを涼し気な表情で受け流しながら、視線をわたしに向ける。


「挑戦権は既に渡した。後は、好きなタイミングで挑むがよかろ。儂は手助けなぞせぬし、むろん妨害もせぬ。しかし悠長にしておると龍ヶ崎家の倅が手遅れになるやも知れぬぞ?」

「ちょ、オフィサーさん!? それ、どういうことかしら!? 十八ちゃんの居場所、知って――」

「――八重さん。確認したいことがあるのですけれど、宜しいでしょうか?」


 喚き散らす神薙瑠璃の言葉に被せて、わたしはスッと手を挙げた。


「ほぉ? 何を確認したいのかの?」

「この挑戦権は、誰が用意した()()()でしょうか? 先ほど『今回の件に関しては、()()()()()から許可されている』と仰っていましたけれど、そもそも異端管理局は不介入を決めているのですよね?」


 わたしの探るような視線に、八重巴はニンマリと嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ふむ、流石に鋭いの。その問いに対する儂の回答はこうじゃ――()()()()()、本人は許可をしておる。じゃから、挑戦権を持った何者かが挑んでくることを承知しておる。そしてその何者かが戦闘に勝利した暁には、龍ヶ崎家の倅を解放することも宣言しておる」

「……なるほど」


 明らかに含みのある言い回しで、八重巴は微笑んだ。その態度に、龍ヶ崎十八の誘拐が何らかの計画であることを察する。目的も意図も不明だが、少なくとも円卓三席『クリエイター』五百蔵鏡は、それらの事情を承知している。この計画の共犯で間違いないだろう。

 挑戦権を用意した何者かの思惑通りかも知れないが、五百蔵鏡に挑む理由が増えた。


「……ちなみに、わたしがクリエイターさんを殺してしまっても問題ありませんか? 円卓三席とやらを殺すことで、わたしに何かの不都合はありますでしょうか?」


 問い掛けてはいるが、不都合があろうとなかろうと端から殺すつもりでいる。

 そもそも、先日チラリと聞いた話だと、確か五百蔵鏡も()()()らしい。であれば必然、戦闘の勝利とは、相手の死亡以外あり得まい。死ななければ、負けることなどないのだから――

 そんな思いでいると、八重巴が苦笑しながら肩を竦めた。


「殺せるのであれば、殺して構わぬ。じゃが果たして、殺せるかな? 舐めてはおらぬと思うが、クリエイター殿は円卓三席じゃぞ?」

「あら? 円卓の席次は、残念なことに強さの序列ではなく、異端管理局への貢献度で決まると聞いた覚えがありますが……違うのですか?」

「ほぉ? 選定基準を知っているとは、本当に驚きかの。ふむ――であれば、鳳仙殿。貢献度、とはどんなものを想像しておる?」


 含み笑いを向けてくる八重巴に、わたしは思いつくまま答える。


「一般的には、実績でしょう? 組織人であることを考えると、実績とは、任務遂行力や資金調達力、組織への影響力、などでしょうか?」

「おぉ、その通りじゃ。じゃが、重要な指標が抜けておるの。貢献度に影響する実績には、魔獣討伐数や危険度が最も考慮される。そのうえで、円卓五席から上位の席次に関しては、最低でも危険度S級を超える者でなければならぬのじゃ」

「危険度S級? わたしと同格程度、ですか?」

「ふむ。まあ、確かにそうじゃが……ここで儂が説明する必要はなかろ。異端管理局の序列は、神薙家当主殿に、後で聞くがいい。ただ一つだけ言うておくと、クリエイター殿は儂より手強い。鳳仙殿では決して殺せぬ」

「――へぇ? それはそれは、なんとも嬉しい情報ですね」


 わたしはその強気な台詞を聞いて思わずにやけた。八重巴とも闘いたかったが、とりあえず五百蔵鏡でも充分に愉しめることが分かった。


「さて、少し脱線したがの。()()()()()殺せたとしても、鳳仙殿には何らの不都合はないぞ? 例えば、異端管理局から命を狙われるとか、指名手配されるとか、そういうデメリットも当然ない。じゃから心置きなく挑めば良い――不可能じゃろうがの」

「随分と、挑発してくださいますね?」

「ちょ、ちょっと、ダメよ、綾女ちゃん!! というか、オフィサーさんも、何を物騒な話を綾女ちゃんに吹き込んでいますのよ!?」


 興奮して間に入って来る神薙瑠璃を横目に、ふむ、と今の話を真剣に考えた。

 やたらと挑発してくる八重巴の狙いが分からない。ここまで殺すことを推してくるからには、何か別の意図があるようにも思えた。裏があるのではないか、とつい勘ぐってしまう。

 それこそ例えば、クリエイターを殺してしまうと、わたし、もしくはわたしの周囲に、何らかの制約が為されるのではないか――と。

 まあ、たとえどんな裏があろうとも、クリエイターを殺すことは決定事項なのだが、少しだけ慎重に行動すべきではあろう。裏の思惑を理解せず、誰かの掌の上で踊るのは不愉快で癪だ。

 わたしは静かにそう決意して、傍らでギャーギャー騒ぐ神薙瑠璃を手で制した。小さく挙手して、八重巴に問い掛ける。


「……ねえ、八重さん? 確認なのですけれど、クリエイターさんに戦闘で勝利した場合には、十八くんは解放されると仰いましたが、クリエイターさんは()()()なのですよね? わたしも大概そう呼ばれるので、同じ気質なのだろうと勝手に思い込んでおりますけれど……ここで仰る勝利、つまり決着は当然、どちらかが死ぬこと、ですよね?」

「おお、期待を裏切らない思考だの。じゃが、その質問の答えはノーじゃ。クリエイター殿は鳳仙殿とは異なる思考をしておる。戦闘を愉しむ変態であることに違いはないが、己の命を賭けるほど戦闘にのめり込むタイプではない。戦闘時における精神的ストレスを重要視しておる変態での。結果が見えた瞬間に、戦闘から興味を失うタイプじゃよ。じゃから仮に、鳳仙殿が確実に勝つ状況を用意出来れば、闘わずの決着もあり得る。また、鳳仙殿が早々に降参しても、恐らく殺さずに決着が叶うじゃろ――ちなみに大前提、鳳仙殿ではクリエイター殿を殺せぬがの」


 殺せない、とやたら強調する八重巴に、わたしは苛立ちから顔を引き攣らせる。深呼吸してから、もう一つ質問をする。


「……戦闘を愉しむ変態なのに、結果が見えたら興味を失う? それは果たして戦闘狂と言えるのでしょうか? そもそも実力が拮抗している者同士であれば、勝敗など最後まで分からないでしょうに――それでも闘わずの決着があり得るのでしょうか?」

「ふむ。鳳仙殿がもし、クリエイター殿と実力が拮抗していると思うているのであれば、それは自惚れじゃよ? 儂でさえも、闘う前に条件を整えなければ、確実に負けるからの。じゃから、そういう意味では安心したら良い。鳳仙殿が真正面から挑めば、クリエイター殿は迎え撃つじゃろ」


 八重巴の不敵な笑みに、わたしは嗤いが抑えられなかった。何のことはない。自惚れているのはどちらなのか、闘って分からせてやれば良いだけの話である。

 戦闘狂とは名ばかりで、ただただ勝つ爽快感に酔い痴れている愚者――わたしはその人物像に落胆しつつも、八重巴にそこまで言わせる実力には大いに期待した。


「やる気にはなってくれたようで、何よりじゃ。ま、儂個人としては、期待を裏切り、クリエイター殿を見事に殺して見せてくれると嬉しいがの。否、むしろ殺してもらいたいかの? 儂は鳳仙殿を気に入っておるし、クリエイター殿と組むのはそろそろうんざりじゃしの」


 八重巴は嬉しそうに言いながら、じゃあの、と振り向きもせず病室を後にする。

 出て行く八重巴をポカンと見送ってから、神薙瑠璃が慌てた剣幕でわたしに向き直る。


「ねぇ、綾女ちゃん。何があったのかしら!? オフィサーさんから、何を吹き込まれたのかしら!? 十八ちゃんがどこに居るか、聞いたのかしら!?」

「……神薙さん、少しお静かに……」


 耳元でギャンギャン騒ぎ出す神薙瑠璃に、わたしは冷めた視線を向けた。

 とりあえず受け取った地図とIDカードを封筒に戻して、さりげなく枕元に隠した。


「綾女ちゃん! オフィサーさんと何を話したのか、私に教えてくれませんかしら! それに、いま隠した封筒は何なのよ?」

「説明する必要ありますか? 先ほどの八重さんとの会話は、わたしとの個人的なものです。神薙さんに説明する理由はありませんし、護国鎮守府に報告する義務もありません」


 にべもなく突っぱねるわたしに、神薙瑠璃は一瞬だけ言葉に詰まるも、すぐに首を振って言葉を続ける。わたしの主張など聞く耳持たないらしい。


「オフィサーさん、十八ちゃんの居所を知ってたみたいよ! 綾女ちゃん、いま十八ちゃんがどうなっているのか、綾女ちゃんは聞いてるのかしら!? それに『挑戦権』とか何の話だったのかしら? いえ、それよりも綾女ちゃん、これから何をするつもりなのよ!?」

「――答える気はありませんでしたが、ここまで人の話を聴いてくれないとは……」

「ちょっと、綾女ちゃん! 説明して欲しいですわよ! いったい、どういう状況なのかしら!?」

「はぁ……もう、分かりました……説明しますから、代わりに一つ教えてください」


 わたしは諦観の溜息を漏らしてから、仕方ない、と八重巴とのやり取りを最初から話した。


「ちょっと、それどういうことよぉ!! 綾女ちゃん、いまの話は事実――」

「――少し、五月蠅いですよ。神薙さん、ここは病室です」


 説明を聞き終えた神薙瑠璃が甲高い声で騒ぎ出したので、問答無用に口を抑えて黙らせた。

 どうやら八重巴は、わたしとのやり取りを聞かれないよう、病室内の音声を遮断する魔術結界を張っていたらしい。その為、聞き耳を立てていた神薙瑠璃は、転がり込んできた以降の話しか聞こえていなかったようだ。

 円卓三席クリエイターが『五百蔵鏡』という人物だと知った瞬間、神薙瑠璃が、信じられない、と大騒ぎし始めたのが、今である。

 わたしは口を塞ぎながら、強い殺気を篭めて視線を合わせた。


「神薙さん。騒がないでくださいますか?」

「もが、もが――――あ、ぅ、はい。ええ、失礼いたしましたわ」

「質問、宜しいでしょうか?」

「……ええ、良いけど……その後、ちゃんと説明してくださいね?」

「はいはい、分かりました」


 少し落ち着いてくれたか、神妙な顔をした神薙瑠璃に、わたしは質問する。


「とりあえず、八重さんが仰っていた異端管理局の序列について、詳しくお伺いしたいのですけれど?」

「え? あ、ああ……オフィサーさんが言ってたこと? 異端管理局の、序列? あ、ええ、ええ。私が知ってる範囲で、良ければ」


 それで充分だ、と頷いた。神薙瑠璃が呆れた様子で応じる。


「――そうですわね。まず前提、かしら? 以前、危険度の指標は説明したのを覚えてる? 危険度の階層別ピラミッド図のことだけれど……」

「覚えています。わたしは危険度S級ですよね? そして今回のクリエイターさんも同格。だとすれば、わたしと同程度の実力を持つ、との認識で間違いないのですよね?」


 勿論、それはあくまでも指標でしかないので、実際に闘ってみて本当の格付けが決まるだろう。だが、そこまでの実力差がある訳ではないはず――

 そんなわたしの考えを否定するように、神薙瑠璃は残念そうな顔で首を振った。


「違いますわよ。綾女ちゃんが思ってる強さと、危険度の概念は異なるかしら。確かに、脅威度、危険度が高いほど手強いってイメージは間違いじゃない。でもね、綾女ちゃんの考える『強さ』――戦闘力とか武力ってイメージだと、必ずしも危険度が高い、イコール、強いではないわよ?」

「……空手や剣道、武術一般における段位、のような概念ではないのですか?」


 戦闘力が段位には直結しないが、段位が高ければ高いだけ、当然相応に技の理解が高い。技の理解が高ければ、最低限の強さは保証されている。それが脅威度、危険度ではないのだろうか。

 ところが、神薙瑠璃は馬鹿にしているような態度で、苦笑しながら首を横に振った。


「そこ、思い違いですよぉ。危険度は、人間社会に危険を及ぼす度合い、を指す言葉ですわ。例えば、毒ガスを生成、散布出来る異能を持っていて、且つ、無差別に人を襲うような狂人だと、とっても危険度が高くなるわよ?」

「…………ああ、なるほど」


 その例えだけで、わたしは充分に納得した。

 危険度――社会、とりわけ不特定多数の人間にとって、どれほどの危険をもたらすのか。それを示す指標ということか。

 そう考えると、わたしが危険度S級であるのは妥当だろう。

 誰彼構わず噛み付いて、挙句、殺そうとする性格である。そんな狂人を鑑みれば、危険度はS級に該当するのだろう。

 また一方で、【人修羅】という肩書の場合、危険度SS級に格上げされる理由も辻褄が合う。

 人修羅という存在は、依頼を失敗しない最凶の暗殺者の代名詞であり、暗殺対象の事情を一切考慮することなく、請けた仕事を必ずこなして人を殺す。

 狙った対象は、いかなる人物だろうと確実に殺す化物――それはもはや、不可避の天災に等しい。

 わたしは腹落ちして、うんうん、と小さく頷いた。その反応は無視して、話はまだ終わっていない、と神薙瑠璃が続ける。


「さて、その前提のうえで、異端管理局の序列――つまり『円卓』に座ることだけど、そこには資格が必要だったはずよ? 確か……資格を得る条件が三つ、だったかしら?」


 んー、と口元に指を当てて首を捻りながら、神薙瑠璃は自信なさげに続けた。


「脅威度、危険度がS級より上位の存在を討伐、ないしは制圧した事実? 円卓首席が候補者の戦闘力を認めること? 魔術の素養を持ち理外の存在を認識出来る、もしくは席次を保有する者を殺害する――だったかしら?」

「はぁ? わたしが知りたいのは、強さの序列です。円卓に座りたい訳ではありません」

「あ、うん。ええ、分かってるわよ……えと、その資格を満たしたうえで、序列なんだけど……円卓六席から大きい席次の場合は……脅威度S級か、危険度S級の存在を、とにかく多く討伐した順番、だったはずよ? そして五席から小さい席次の場合は、円卓首席を殺し得る実力があると認められて、且つ、首席の主観で決める手強さ順、だったわね……確か」

「――それはそれは、素晴らしい」


 つまり円卓三席を冠する『クリエイター』五百蔵鏡は、異端管理局で上から数えて三番目の手強さを持っているということだ。

 わたしは思わず唸ってしまう。なんとも心躍る。八重巴が、わたしでは殺せない、と連呼していたのが納得出来た。

 円卓首席――あの天桐・リース・ヘブンロードほどの絶対強者が、主観とはいえ、手強さ順で選んだ二番目の強者、それが五百蔵鏡というわけである。


(……なるほど。だからこそ『果たして殺せるか』ですね……同格ではなく、明らかな格上……そう考えると、自惚れがどちらか、分からなくなってきました……)


 神薙瑠璃の話を聞いてから、身体が疼いて仕方なかった。一刻も早く五百蔵鏡と闘いたくて、居ても立っても居られない心境だ。だいぶ興奮していた。

 魔獣キメラとの闘いも愉しいイベントだったが、この話を聞いてしまうと、もはや前菜でしかない。


「――急いで、十八くんを助け出さないと、ですね」


 わたしは意気揚々と嬉しそうな声で言いながら、がばっとベッドから起き上がった。

 動かすたびに身体が軋んで激痛を訴えるが、そんなの無視して着替え始める。


「綾女ちゃん!? ダメよ、勝手に動いちゃ!?」

「申し訳ありませんが、用事が出来ました。本日で退院いたします」

「ちょ!? ダメですわよ――もう!! 少しだけ落ち着いてくれないかしら!? 私に、説明をしてくださいよぉ!!」


 素早く入院着を脱ぎ捨てて、私服に着替えた。もはや何を言われても無視するつもりだった。

 そんなわたしを正攻法では止められないと悟ったか、慌てた様子の神薙瑠璃は、傍らに置かれた仕込刀を奪い盗る。

 仕込刀を胸の間に挟むように掻き抱いて、非難がましい視線をわたしに向けた。


「綾女ちゃんが十八ちゃんを助け出したい気持ちは分かるわ。けど、焦らないでよぉ! 今回、護国鎮守府の決定には、私も納得してないわよ!? 異端管理局の要求を呑まざるを得ないのは理解出来るけど、だからって許せないわ!! だからいま、神薙家としても有志を募って、十八ちゃんを救出する計画を立てようとしてるわよ」

「……ん? ()()()()()()()? ()()()()()()()()?」

「ええ、そうですわ。今回、十八ちゃんの件、護国鎮守府は関与しない、って方針が決まったわ。だから十八ちゃんの救出は、護国鎮守府として活動するのは禁止――そもそも龍ヶ崎家の問題だから、龍ヶ崎家と蒼森家の二家で解決する、って決定してるわ。当然、納得なんてできないから、神薙家も独自に救出チームを用意しようとして――」

「――へぇ? 救出チーム、ねぇ……邪魔臭い……いや、厄介ですね……」


 わたしは舌打ち混じりに呟いて、ピタリと動きを止めた。


「――あ、落ち着いてくれた? じゃあ、さっきのオフィサーさんとの話を説明――」

「それよりも、その話を、少し詳しく聞かせて頂けませんか?」

「――して……え? ええ? うん、はい……」


 わたしがこの挑戦権で五百蔵鏡を殺して、龍ヶ崎十八を救出するという過程で、部外者の横槍が入るのは面倒だった。部外者の存在は、お邪魔虫でしかない。

 とりあえず話を聞いておくべきだろう。ベッドに腰を下ろした。

 神薙瑠璃は少しホッとしたように胸を撫で下ろして、質問に答えてくれる。


「じゃ、経緯から説明するわ……昨日夜、鎮守格十二家を招集して、緊急会議が開かれましたわ。十二家のうち、神鳴家と白華(ハッカ)家、黒丘(クロオカ)家を除く、九家の代表が集まって……十八ちゃんが、異端管理局の人間に誘拐されたって聞かされたのよ。異端管理局の公式声明としては、今回の件は想定外だった、謝罪するので許してくれ、って感じで、護国鎮守府はどうする、って議論になったわ。異端管理局は謝罪として、賠償金二千万ドルと、十八ちゃんの件に関する不干渉を提案してきたのよ。だけど、何それふざけるな、って話でしょ? でもこの謝罪は、賛成七家で『受け入れる』って方針に決まってしまったわ。それをすぐさま返答して、異端管理局とのやり取りは終了。それから十八ちゃんをどうするか、って議論が始まって――」


 神薙瑠璃の説明は、八重巴から聞いた内容とほぼ同じだった。ということは、この説明に嘘はないのだろう。

 わたしは口を挟まずに、グッと我慢して最後まで耳を傾けた。

 神薙瑠璃は感情のまま身振り手振りを交えて、会議の紛糾具合をこと細かく説明していく。けれど、いかんせん冗長で、余分な脱線もあり、徐々に苛立ちが募っていった。

10/27迄、毎日1話ずつ0:00更新します

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