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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第二夜/後編

 わたしはしばしの沈黙の後、とりあえずこの話の流れに乗って、とぼけることに決めた。


「……なるほど。九鬼さんの推理では、わたしは、その(アカツキ)とやらに所属しており、十八くんの稀有な異能を欲している、と?」

「ああ。そうじゃなきゃ、申し訳ねぇけど、あんな平凡なお人好しの十八を、わざわざ惚れさせる理由が分からねぇ――市松人形ちゃんはわざと、十八に気があるフリをしてるだろ? それがまず、信じられねぇんだよ。市松人形ちゃんの性格と強さから考えれば、自分の命を問答無用で十八に晒すことになる治癒ってのは、便利な反面、そこまで重要性を感じねぇはずだ。だからこそ十八を惚れさせて、市松人形ちゃんの虜にさせることもねぇ。好意や恋慕って感情は、良くも悪くも想定外の行動を取らせるからなぁ――治癒中に手を出されたり、治癒してると思わせて何もしない、ってリスクだって考えられる。だってのに市松人形ちゃんは、十八を落とすつもりの態度で振舞ってる。そもそも基本、テメェは他人を信じないうえに、必要以上の干渉をされるのが嫌なタイプだろ? なのにどうして、十八のことを信頼するような態度を取るんだよ? 市松人形ちゃんなら、十八を緊急時の薬みたいに利用するだけだったら、もっと上手く転がせるだろうが――」


 九鬼連理はその推理を本気で言っていた。根拠もある、とばかりの言いきりだった。

 なるほど確かに、そのプロファイリングも、大きく外れていない。わたしは他人に弱みを見せるのは嫌だし、命を預けるなんて極力したくはない。勿論、干渉されるのも嫌だし、龍ヶ崎十八を惚れさせずとも手玉に取って利用することも出来るだろう。

 何よりも、九鬼連理の言う通り、恋慕の情は時に厄介なことを引き起こす可能性がある。感情を優先された時、思わぬ行動を取られる危険性もあるだろう。

 わたしが、龍ヶ崎十八の治癒能力だけが目的で、それを使い倒すだけに接触している前提ならば、九鬼連理の疑いはとうぜんだ。その前提であれば、わたしの行動は不可解に違いあるまい。

 けれど残念ながら、九鬼連理の推理には、一つだけ決定的な思い違いがあった。わたしという人間の根幹を理解していない。


(聡明な九鬼さんにしては、とても短絡的な思い込みですね……)


 九鬼連理のプロファイリングの大前提には恐らく、わたしという人間は、他人の強さにしか興味を持てない、という考えが根付いているのだろう。だからこそ、龍ヶ崎十八という人間には魅力を感じるはずがない、と決め付けているようだ。しかも九鬼連理にとっては、龍ヶ崎十八は平凡であり、治癒以外の特徴がないお人好しだとでも思っているらしい。

 少しだけ、龍ヶ崎十八が馬鹿にされていることに苛立ちを覚える。事実とはいえ、けなされていることに腹が立つ。

 九鬼連理が龍ヶ崎十八を人間的に過小評価するのは自由だ。わたしという人間を分析するのも、勝手だろう。

 しかし、わたしが龍ヶ崎十八を生涯のパートナーとして見ていることを、九鬼連理の尺度で否定されるのは許し難いし、不愉快極まる。

 わたしはこれでも、平凡で安心出来る男性の伴侶として添い遂げたい、幸せな家庭を築いてみたい、という俗っぽい夢も持っている。

 ただし同時に――『最強』に強烈な憧れを持っている。その地平に至るためならば、何もかもを捧げる覚悟があるだけだ。

 どちらが優先ということではなく、どちらもわたしの譲れない夢である。人修羅として『最強』の領域に到達して、その一方では、平凡で穏やかな幸せに満ちた生活を送る。

 そんな夢を叶えるのに、龍ヶ崎十八という存在はうってつけだと思っている。


「――どうだよなこの推理。市松人形ちゃんの目的が十八を手に入れるってことなら、全て解決する話だし、納得出来るんだよ」

「……アホらしい……誰の納得が必要なのでしょうか……」

「あん?」


 ドヤ顔をする九鬼連理に、わたしは聞こえない音量で囁いた。ここまで盛大な勘違いをしていると、もはや訂正する気が失せる。

 けれど勘違いをしている割には、龍ヶ崎十八を手に入れたいというわたしの思惑は間違っていない。それにわたしが暁に連なる者である点も、ある意味で的中している。


「――ちなみに、わたしが【人修羅】の後継者だと名乗った件は、どこに繋がるのでしょうか?」

「お、やっぱ、そこにも喰い付いたか――オレがこの推理を確信したのは、実はその点が根拠だ。蒼森玄の名前を出したのは失敗だったな? 伝説に語られる【人修羅】は、蒼森玄のはずがねぇぞ? さっき言っただろ? 白髪の死神は日本から追放されたって――追放された後の【人修羅】の痕跡は、海外にしかない。それも特に、中国での活動が大半だった。しかもこれは信頼性の高い情報だが、七、八年前からは、アカツキにも所属してたらしいぜ?」

「……蒼森玄のはずが、ない?」

「ああ、そうさ。護国鎮守府で『夜叉(ヤシャ)』として活動していた蒼森玄は、五年前まで現役だった。そして現役中は、日本国内でだけ活動していた。だから、同一人物のはずはねぇ」


 九鬼連理の自信満々の返答に、わたしは得心した。

 いまの説明にあった時系列を鑑みると、蒼森玄が現役を引退した年はちょうど、わたしが本格的に外道之太刀を習い始めた時期と合致する。教育係だった希愛(シーアイ)が、契約期間満了で黒龍幇(ヘイロンパン)に戻った年でもある。

 そうなると、人修羅の痕跡が海外にしかない、というのはどういうことか――思考した瞬間、電撃的に柊南天の顔が脳裏に浮かんだ。痕跡を操作することなど、わたしの戸籍を綺麗に消し去った情報処理の腕前があれば、きっと容易なことだろう。


「んで、そこまで調べた時、五十嵐葵を殺した市松人形ちゃんの実力に疑念を持った。そもそも、だ。本当に、魔術の加護なしに、天然の魔女である五十嵐葵を殺せたのか、ってな――別に、市松人形ちゃんが強いのは、疑いようがねぇ。けどいくら強かろうとも、魔力視も知らず、魔術回路(パス)も自覚せずで、魔女を倒せるとは思えねぇ」

「それは心外ですよ? わたしを甘く見ないでくださいませんか?」

「ハッ! 甘くなんか見ちゃいねぇよ。逆だ、逆。静ちゃんが施術する前に、既に魔術の加護を得ていたことや、魔力視を当然のように修得してたことを思えば――市松人形ちゃんよ。テメェは、オレらと逢った最初から、魔術の加護を持ってたんじゃねぇのか? つまり端から目的は護国鎮守府に潜り込むことだった。だから、護国鎮守府に所属していた蒼森玄のとこに赴いて、その際、偶然にもやってきた五十嵐葵と戦闘になった。結果は、辛勝ってとこだったみたいだが、予期せずオレらが来て、目的を果たすことに成功したってわけだろ?」


 否定する気など毛頭ないが、だいぶ真実とは異なる推理である。しかし、それでいて筋道は通っており、偶然にも事実と重なる部分もあった。


(……ふむ。否定も馬鹿らしいですから、このまま話を合わせるのは良いとして……わたしの素性と目的が分かったところで、九鬼さんに何かメリットでもあるのでしょうか……?)


 わたしは心の中で首を傾げながら、九鬼連理に沈黙で返す。ついでに、もはや話をする気はないとばかりに瞳を閉じて、ゆっくりと溜息を吐くように深呼吸した。

 そんなわたしの態度を見てか、九鬼連理はおもむろに椅子から立ち上がり、気が済んだという空気を放ちながらドアに向かう。


「――さて、と。答え合わせが出来たから、オレはもう行くぜ。市松人形ちゃんは、しっかり安静にしてろよ? くれぐれも瑠璃先生を困らせるんじゃあないぜ」


 そんな捨て台詞を吐いたかと思うと、九鬼連理はピタリと立ち止まった。


「……あ、そうそう。市松人形ちゃんの目的が、十八だってことがハッキリしたから、一つだけ忠告しておいてやるよ。十八を手に入れる為には、蒼森家の許嫁をどうにかしないと無理だぜ?」


 わたしはその衝撃的な発言に、慌てて上半身を起こした。振り向けば、九鬼連理がしてやったりという不敵な笑みを浮かべていた。


「知らなかったろ? ま、オレは応援しねぇが、邪魔もしねぇ――だから、十八を悲しませる真似だけはすんじゃねえぞ?」

「…………」

「――じゃ、な」


 九鬼連理は言いたいことだけ言って、そのままサッサと病室を出て行った。わたしはしばしの間、閉じられたドアを眺めていたが、パタリとベッドに上半身を横たえる。


「……許嫁、ねぇ……」


 呟きながら、しみじみと溜息を漏らす。どこの家も似たような問題を抱えているようだ。

 龍ヶ崎十八の許嫁とはどんな女性なのだろうか、と夢想しながら、わたしは瞳を閉じて、全身を巡る魔力の流れに集中する。

 散歩が出来なくなってしまったので、代わりに魔力の循環訓練を実施することにしよう。まだ十五時半だ。目覚めてから、一時間と少しである。寝るには早すぎる。


 そうしてわたしは黙々と魔力を練り上げて、延々とそれを循環させることを続けた。

 魔力操作や魔力鍛錬は、肉体的な疲労を感じない代わりに、精神的な疲労が非常に強かった。気付けば、数分程度ではあるが、何度か無意識に気絶していたほどだ。けれどその分、魔力回路を酷使すればするほど、保有する魔力が増大するのは自覚出来た。

 魔力操作はだいぶ奥が深い。これをもっと鍛えて、極めることが出来ればきっと、わたしは誰にも負けることはないだろう。

 わたしの脳裏に、『巫道サラ』『虎尾秋姫』『水天宮円』『天桐・リース・ヘブンロード』の姿が浮かんだ。この四人を打倒するには、まだまだわたしは未熟である。


「……綾女、さん? 起きてるかな?」


 ふいに、コンコン、とドアが控えめにノックされる。聞こえてきたのは、龍ヶ崎十八の声だ。

 わたしはしばし逡巡した。起きていることを明かすか、否か――寝てるフリを続ければ、龍ヶ崎十八はどのようなリアクションをするだろうか。

 悩ましいので、とりあえず沈黙を貫いた。しかし、魔力の鍛錬は一時的に中止する。狸寝入りするつもりならば、このまま無反応でやり過ごせば良い。


「――失礼、します」


 しばしノックを続けていたが、反応がないことで諦めたか、静かにドアを開けて入って来る。集中して音を拾うと、廊下のソファに一人待機しているが、病室に入ってきたのは龍ヶ崎十八だけで間違いない。

 龍ヶ崎十八は足音を立てずに、わたしのベッドの横に腰を下ろす。ふわりとした優しい匂いが漂ってきて、どことなく安心する。

 果たして、龍ヶ崎十八の用事はいったい何なのだろうか。

 わたしは静かな寝息を立てながら、思考だけを巡らせる。警戒はしない。下手に警戒心を持つと、流石に鈍感な龍ヶ崎十八でも、わたしが起きていることに気付いてしまうだろう。


「寝てるとこ、申し訳ないけど……治療するから、身体に触れます。失礼します」


 龍ヶ崎十八はわたしの呼気を確認してから、申し訳なさそうな声で呟き、掛布団をめくる。一瞬だけ息を呑む気配がしたが、その反応は努めて無視する。

 龍ヶ崎十八は恐る恐るとわたしの病院着の上から胸元に触れて、心臓から脇腹、肩口、首筋と優しく触診していた。少しだけくすぐったいので、むずがる赤子のように身をよじった。

 けれど、そんな反応は慣れたものとばかりに、龍ヶ崎十八は躊躇せず触診を続けている。

 他人に身体を触れられることには、基本的に嫌悪感しか湧かないが、不思議と龍ヶ崎十八の手だと安心を得られる。

 心地好いこの感触に甘んじて、わたしは狸寝入りすることに決めた。

 これで、龍ヶ崎十八が何かわたしにイタズラすることがあれば面白いのだが――と、内心で淡い期待をしつつも、寝ているフリで治癒を受け入れた。


 それから龍ヶ崎十八は二時間近く、黙々と治癒を続けてくれた。凄まじい集中力と魔力操作だった。


(……魔力操作を覚えてようやく、十八くんがどれだけ驚異的なことをしているか、理解できました……いまのわたしでは、十八くんほどの繊細な魔力操作も、魔力維持も出来る気がしません……)


 わたしがそんな感心をした直後、ゾワリとした気持ち悪い気配が窓の外から飛んできた。


「――誰だ!?」


 いち早く龍ヶ崎十八が気持ち悪い気配に気付き、すかさずわたしを庇うように窓側に回り込む。

 わたしも、この流れで目覚めるべきか、一瞬だけ躊躇した。理由は単純だ。気持ち悪い気配は、わたしではなく、龍ヶ崎十八を狙っていたのだ。


「おい! 誰だ!?」


 龍ヶ崎十八がもう一度、声を抑えつつも叫んだ。それと同時に、気持ち悪い気配の主に向かって、驚くほど冷たい殺気を放っていた。

 わたしはそのとびきり強烈な殺気に、思わず身体を起こして反応してしまった。身体が激痛を訴えているが、そんなのは気にならない。


「返事を――って、綾女さん!? 起きあがちゃ――ッ!?」


 龍ヶ崎十八が起き上がったわたしに意識を向けた瞬間、窓ガラスが大きな音を立てて割られた。外から病室内に何かが飛び込んできたようだ。それが何か、認識するより先に龍ヶ崎十八は、わたしを庇うように覆い被さってきた。

 いきなり迫られたので、驚いてそのままベッドに押し倒された。

 わたしは無防備な姿勢のまま、見た目より鍛えられている龍ヶ崎十八の胸板に顔を埋めることになる。


「ピュイィィィィッ――ッ!!」

「……使い魔の類、か?」


 わたしに覆いかぶさって、龍ヶ崎十八は耳元でそんなことを呟いた。

 やたらと男っぽい声音に、少しだけときめきそうになったが、それ以上に、直前に響いた鳥のような鳴き声が気になる。

 わたしは小さく、苦しいです、と悶えながら、龍ヶ崎十八の胸元を両手でそっと押した。はねのけるのは容易だが、この温もりと匂いは嫌いではない。視界が遮られているのを何とかしたいので、少しだけ身体を動かして欲しいというお願いだった。


「ごめん。ちょっと、我慢して」


 しかし、龍ヶ崎十八は、わたしのお願いに謝罪だけ返して、結果的に全く退いてくれなかった。いつもならば、恥ずかしがってすぐさま飛び退くと思ったのだが、思っていた反応とは違う。

 それだけ危険ということだろうか――ふいに口元が緩んでしまった。 

 一方で、龍ヶ崎十八は感情を殺しているのかと錯覚するほど冷静に、真剣な表情のままで、病室内に飛び込んできた何かに鋭い視線を向けている。


「ピュイ、ピュイィ、ピュイイイィ!!」


 甲高いピーピー音と、バタバタとやかましい羽音が病室内で反響していた。けれど今は正直、そのけたたましい音の主よりも、気持ち悪い気配の主の方をこそ警戒すべきだ。

 わたしも龍ヶ崎十八もそれを理解しているが故に、病室内で騒ぐ何かを注意しつつも、意識は完全に気持ち悪い気配の主を向いていた。


「ああ、なるほどね。それは良い反応だ――うん、合格だ。これなら愉しめそうだね。それじゃ、そろそろお暇しようかな……失礼するよ」


 ブォン、と突風が吹いた。その風に乗って、ボイスチェンジャーを使ったみたいな子供の声が聞こえてくる。気持ち悪い気配の主の声で間違いないだろう。


「おい、何がしたいんだ、お前!?」

「――また逢おう、S級の新顔(ルーキー)ちゃん」


 気持ち悪い気配の主は、捨て台詞だけ残して煙のように気配を消した。

 その捨て台詞の通り、この場から撤退したようだった。地上を走る気配のない足音が一人分、かろうじてわたしの耳に届いていた。

 何がしたいのか分からないが、とにかく姿も見せずに逃げたらしい。となると、残るは病室内にいるやかましい何かだけである。

 わたしは内心で若干残念がりながらも、とりあえず龍ヶ崎十八の反応を眺めた。


「チッ! 綾女さん。俺に任せて」

「……ええ。お手並み拝見いたします」


 龍ヶ崎十八はもはや逃げた相手など気にせず、すぐさま病室内の何かに意識を切り替えていた。とても頼りになる口調と自信、何より好感度が急上昇するほどの強烈な闘気が、病み上がりのわたしの細胞を活性化させてくれる。

 この闘気がわたしに向けられていたならば、どれだけ愉しめるのだろうか――思わず夢想して、先ほどよりも緩んだ笑みがこぼれた。


「ピュイイイイイイ!!」


 パリン――と、電球が破壊される音が鳴り、病室内が暗転する。とはいえ、幸いにも月明かりが眩しいおかげで、病室内はそれほど暗くはない。

 電球の破片がパラパラとベッドに落ちてくるが、龍ヶ崎十八はそれをサッと手で払い除けつつ、わたしの上から音もなく跳び退いた。


「魔獣……じゃ、なさそうだな」


 龍ヶ崎十八は呟きながら、自然な動きで床に伏せる。瞬間、そのちょうど頭上を青白い炎が通り過ぎるのが見えた。チリ、と髪が焦げる匂いがして、炎は壁で霧散した。

 そんな一瞬の攻防を見てから、わたしはようやく病室を飛び回る何かを見付ける。その可愛らしい姿に、つい気の抜けた声を出してしまった。


「……蜥蜴?」


 それは病室の天井付近で、クルクルと旋回しながら飛んでいた。

 体長は50センチほど、昆虫みたいな羽を生やしたゴツく見える蜥蜴モドキだ。あまり爬虫類に詳しくはないが、第一印象だけだと、アルマジロトカゲに似ているだろうか。

 身体の周囲に青白い炎を纏っており、その炎を飛び道具のように龍ヶ崎十八に放ってきていた。


(……魔術? 弾速はそこまで疾くはありませんね……)


 放たれた青白い炎を魔力視すると、なかなかの密度を持っていることが認識出来た。それが高速の飛礫となって落下してくる。青白い炎は小石程度の大きさだが、当たったら痛いでは済まないし、炎に巻かれたら危険だろう。

 ただでさえここは、VIPルームとはいえ個室である。そんなに広い訳ではない。青白い炎を避けるのに苦労はないだろうが、部屋中を燃やし尽くす勢いで攻撃されたら、瞬く間に火の海になる。

 実際、わたしの心配事は、このベッドまで火が燃え移らないかどうかだ。床材は不燃のようだが、シーツや毛布が燃えると厄介だ。


「――神薙さん!! 襲撃された!! 警戒してくれ!!」


 降り注ぐ青白い炎の飛礫を、龍ヶ崎十八は低い姿勢のまま躱しながら、廊下に向かって叫んでいた。わたしは助けを呼んだのか、と幻滅したが、次の瞬間、眼を見開いて驚嘆した。

 龍ヶ崎十八は叫んだ直後、瞬間移動と見紛うほどの速さで姿を消したのだ。その動きは、わたしが虚を突かれるほど純粋に疾かった。


「ピギィ!?」

「捕まえた――」


 移動距離は5メートル程度、けれど、わたしが居るベッドを間に挟んでいる。そんな立ち位置で、わたしに気付かせずにベッドを無音で飛び越えていた。

 龍ヶ崎十八は壁を足場にして三角飛びしながら、飛翔している蜥蜴モドキの首を握っていた。


「ピ、ィイイイ――」

「――う、お!?」


 首を握られた痛みからの悲鳴ではないだろう。蜥蜴モドキは突然、腹を風船みたいに膨らませて、絶叫と共に閃光と爆音を炸裂させた。自爆である。

 いきなりの不意打ちに、しかし龍ヶ崎十八もわたしも身構えていたのでさしてダメージはなかった。ただしその威力が音響兵器並だったので、全くのノーダメージとはいかない。


「……っ、綾女さん、大丈夫?」

「…………ええ。十八くんも、平気かしら?」

「……ああ……ちょっと……耳が痛いけど……」


 わたしも龍ヶ崎十八も爆音で鼓膜を痺れさせており、音が非常に聞き取りにくくなっていた。そんな中でも、とりあえずお互いの安否を確認した。


「――大丈夫ですかぁ!? 十八ちゃん!?」


 少し遅れて、ドアが勢いよく開かれた。入ってきたのは、神薙瑠璃である。どうやらずっと廊下のソファで待機していたようだ。

 神薙瑠璃はその全身を青緑色の魔力膜で包んでいた。魔力膜は柔らかく揺らめいており、どことなくシャボン玉に似た印象を受ける。だが、それが凄まじい密度を誇る魔力の盾であることは見て取れた。維持するのも、それを展開するのも並大抵の腕ではないことも理解出来た。

 わたしは改めて、第壱魔術部でエース級と呼ばれる神薙瑠璃の実力を認識した。


「あらあら、大丈夫そう、ですねぇ? 被害はないですか? 十八ちゃん? 綾女ちゃん?」

「……ああ、こっちは……大丈夫だよ。廊下に襲撃は?」


 龍ヶ崎十八は耳に手を当てながら、スッとその場に立ち上がる。わたしもベッドから上半身を起こして、しかめっ面になりながらも神薙瑠璃に顔を向けた。

 神薙瑠璃は素早く病室内を一瞥してから、静かにシャボン玉のような魔力膜を弾けさせる。途端、弾けた魔力膜は水のように広がり、病室内に優しい風を吹かせた。

 わたしの身体を突き抜けたその魔力は、爽やかで温かく、眠気すら誘う香しい風だった。


「――病室内には、もう何もないですねぇ。安全ですよぉ」


 一瞬の風が消えると、神薙瑠璃がそう断言する。どうやら探知系の魔術も出来るようだ。


「あ、廊下は、翡翠ちゃんが見てくれてますよぉ――大丈夫よね?」

「ええ、問題ない、というか誰も来る気配はないわ。けど、何が起きたの? いきなり十八くんが『襲撃された』とか叫ぶからビックリしたわよ?」

「…………いきなり?」


 神薙瑠璃の呼び掛けに、廊下からひょっこりと神薙翡翠が顔を出した。だが、その発言に違和感を覚えて、わたしはつい問い返していた。

 神薙翡翠は律儀に、嫌な顔一つせず即答する。


「ええ、いきなり――人が居るのかってくらい静かだったのに、突然、襲撃されたって怒号よ? 思わずビクッてしちゃったわ」

「翡翠ちゃんも鶺鴒ちゃんもすっごく驚いてたもんねぇ?」

「そりゃそうでしょ? 十八くんがあれだけ慌ててたんだから、驚くわよ」


 二人のやり取りを聞き流しながら、視線を龍ヶ崎十八に向ける。視線がぶつかり、無言のまま頷かれてしまった。わたしの言わんとしていることが通じたようだ。


「……窓ガラスが割られた音って、聞こえなかった?」

「んん? 窓ガラス――って、ええ!? 窓ガラスが割れてるわぁ」


 龍ヶ崎十八の質問に、一テンポ遅れて神薙瑠璃が仰天していた。その反応から察するに、やはりわたしの違和感は間違っていないことを確信する。

 その確信を補強するように、龍ヶ崎十八が言葉を補足しつつ、説明をしてくれた。


「神薙さん。窓ガラスが割れる前に、俺が叫んだ声も聞こえなかったんだよね? どうやらこの病室に、外界を隔てる結界でも張られてたみたいだ。音も気配も遮断されてたようだ……あの気持ち悪い気配をした奴、かなり凄腕の魔術師だな」

「え? え? ええ? どういうことかしらぁ?」

「――いえ。とりあえず、もう大丈夫です。お騒がせしました……けど、ちょっと警戒を強化しましょう。綾女さん。念のためだけど、別の部屋に移ってもらうけど、大丈夫?」


 神薙瑠璃の困惑する様子を無視して、龍ヶ崎十八は独り納得して話を進めていた。

 わたしは龍ヶ崎十八に強く頷き、ゆっくりとベッドから起き上がる。薄い病院着がはだけそうになったので、慌てて胸元を抑えた。その所作を目にした神薙翡翠が、白けた視線をわたしの胸元に向けてきたので、思わず殺意の篭った目で睨み返した。


「……何か、文句でもありますか?」

「や、別に、何でもないわ……瑠璃お姉ちゃん、私、鶺鴒に警戒するよう伝えてくるわ」


 わたしの視線から逃げるように顔を引っ込めて、神薙翡翠はそのまま廊下に戻っていった。チラと横を見ると、龍ヶ崎十八が少し顔を赤らめていた。少々はしたなかったようだ。


「それで、十八くん? わたしは、どちらの部屋に移りましょうか?」

「――あ、えと、通路を向かって右手側の個室が、両隣に誰も居ない病室だったはず……案内するよ」

「ええ。ありがとうございます。よろしくお願いしますね?」


 龍ヶ崎十八は右上の視線を向けてから、すぐさま間違いないと頷いた。わたしはそれを信じて、当然のように補助なしに一人で歩きだす。


「ちょ――綾女さん、気を付けてよ!」


 平然と点滴スタンドを引きずりながら歩き出したわたしを見て、慌てた様子の龍ヶ崎十八がすかさず肩を貸してくれる。

 わたしは、あら、と望外の喜びを口にしながら、甘んじて肩を借りた。

 そこまで弱ってはいない、と一瞬突っ張ろうかとも考えたが、そもそも悪い気はしないし、よくよく考えれば一般的には重傷である。強がる必要もなかろう。


「――荷物とかは、後で移動させておくから……神薙さん? 申し訳ありませんが、この病室の調査とか報告とか諸々、護国鎮守府への対応、宜しくお願いします」

「…………あらぁ? 十八ちゃん、人使い荒いわねぇ?」

「すいません。もう夜も遅いので、俺は綾女さんを部屋に案内して、中途半端な治癒を最後までやってから戻ることにします……神薙さんも、交代要員が来たらしっかり休んでくださいね」

「――はぁ~い」 


 少し非難がましく口を尖らせた神薙瑠璃を無視して、龍ヶ崎十八は一方的な指示だけ出した。


「確かに、もう二十二時ですか……」


 わたしは時計を一瞥してから、龍ヶ崎十八の案内で別のVIPルームに移った。

 新しい部屋は窓からの景色が違う以外に、間取りも全て同じ部屋だったので何の違和感もない。そこでベッドに横になって、そのまま今一度身体全体の治癒を施される。

 治癒自体は、途中だったとは言っても、実際はほとんど終わっており、五分もしないうちに今日は切り上げるという話になった。

 内臓に負担が残らない治癒を心がけると、一日の治癒範囲は限られるそうだ。


 そうして、治癒後に少しだけ下らない世間話をしてから、二十三時になる前に龍ヶ崎十八は帰って行った。わたしはそれを見送ってから、とりあえず眠りについた。

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