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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第二夜/前編

 わたしは強い陽射しを感じて、フッと意識を取り戻した。だいぶ深く寝ていたようで、目は覚めたもののいまいち頭がスッキリとしない。

 身体は起こさず、視線だけ窓の外に向ければ、降り注ぐ陽光の強さと太陽の高さに思わず驚愕する。

 いまは何時だ――と、すぐさま柱に掛かっているデジタル時計を見れば、日付は七月十八日、時刻は午後二時十三分を表示していた。

 もう午後――これは、あまりにも寝すぎであろう。


「……ひどい、頭痛……」


 わたしは自嘲気味に吐息を漏らす。

 寝起きは良いと自負しているわたしにしては珍しく、いまだに頭が呆としており、恥ずかしいことに少しだけ夢うつつの状態である。

 混濁している意識を整理して、冷静に状況を思い返す。

 寝落ちたのが昨日の朝八時頃だから、丸一日以上の時間を寝続けたことになる。疲労具合からすれば当然かも知れないが、二十四時間で起きることを意識していたにも関わらず、体内時計が正しく動作してくれなかったことが深刻な問題だろう。

 それほど、柊南天の薬が強力だったのか。はたまた、わたしが龍ヶ崎十八の治療に安心して、気を緩めてしまったのか――どちらにしろ、こんな一般病棟で丸一日意識を失っていたことは大いに反省すべきだろう。


「まぁ、それはそれ、として――はてさて、起き上がって良いと言われていますが、果たして起き上がれるでしょうか――ッ、ぐ!?」


 わたしは身体を横たえた状態で独り呟き、ゆっくりと上体を起こした。

 起き上がった途端、腹筋も背筋もブチブチと断裂するような激痛が走り、ぐわん、と後頭部が殴られたような衝撃を受けて血の気が失せる。

 思わずわたしは、苦悶の表情で小さく呻いた。

 目が眩むほどの激痛だ。覚悟しなければ、到底我慢できる痛みではない。だが昨日のように、動いたとしても身体が壊れるほどではない。


「……無理をすれば、五割までは動けそうですね……数時間程度なら、起きていても保ちそうです」


 静かに深呼吸しながら、第三者が聞いたら卒倒しそうな台詞を吐いた。

 きっと傍に龍ヶ崎十八が居たとしたならば、馬鹿なこと言わないでくれ、とでも間髪入れずに怒鳴られるに決まっている。

 昨日よりも身体が動くとはいえ、それでも致命的に重態であることに違いはない。そもそも、命に別条がないと言えるほどに回復もしていない。


(……確かに。この重態で迷わず動くことを前提に考える思考回路は、他者からしたら死にたがりと言われても仕方ないかも知れませんね……)


 わたしは独りそんなことを考えて苦笑しながら、激痛そのままにベッドから躊躇なく起き上がる。

 点滴スタンドを支えに、スリッパを履いて病室を出た。


「――あらあらあら。本当に、Dr.ホーリーの仰る通りですねぇ? まさか、その身体で起き上がるなんて……連理ちゃんが『化物』って言う理由が理解出来ますねぇ? 駄目ですよぉ、綾女ちゃん。そんな身体で歩き回っちゃ――」


 廊下に出た瞬間、扉の前に設えられていたソファに座る女性が、呆れた声でわたしを呼び止める。

 ハッとして、わたしはすかさず戦闘態勢になった。

 身体に喝を入れると同時に、鋭く重い殺気をソファに座る女性にぶつけた。

 何の気配も感じなかった――呆けていたことを差し引いても、まさか声を掛けられるまで気付かないなんて、わたしはそこまで油断していたのか。


「――あらあら、怖いわぁ。そんな殺気は向けないでよぉ、綾女ちゃん」


 女性はわたしの殺気を前に、しかしどこ吹く風と爽やかな笑顔を浮かべながら、手元のハードカバーに栞を挟んで、パタリと閉じていた。

 いちいち仕草が優雅で、それが似合う妙齢の美女である。


「……どちら様、でしょうか? お互い、初対面だと思うのですけれど?」


 ニコリと目を細めて微笑む女性に、わたしはいっそう強烈な殺気混じりの威圧をする。それを正面から受け切って、女性はスッと両手を上げた。


「降参ですってば、綾女ちゃん。そんな恐ろしい気を放つのは止めて欲しいわ――私、護国鎮守府の第壱魔術部所属、鎮守格十二家が一つ『神薙(カンナギ)家』の現当主、神薙瑠璃(ルリ)と申します。綾女ちゃんの警護、兼、監視役として、こちらで待機しておりましたのよ?」


 神薙瑠璃と名乗ったその女性は、敵意も戦意もないと手をヒラヒラ振りながら、柔和な微笑みを浮かべている。

 わたしの感覚が鈍っているのか――神薙瑠璃の気配は曖昧で、果たして強いのか弱いのか、その程度が図りかねていた。だからこそ、迂闊に動けない。

 わたしはジッと神薙瑠璃の全身を、つま先から頭まで睨み付ける。その探るような視線を、神薙瑠璃は甘んじて受け入れていた。


「……監視役は、十八くんではないのですね?」

「そうなのよ、それがねぇ……十八ちゃんは、だいぶ綾女ちゃんにお熱みたいだから、冷静な判断が出来ないかしら、って秋姫(アキヒメ)ちゃんに怒られてるのよ。だからいまは、監視役は交代制で、私を含めて神薙家が対応してますよ? 一昨日が鶺鴒(セキレイ)ちゃん、昨日は翡翠(ヒスイ)ちゃん。だから、今日は私なのよぉ」


 よく響く高い声で、おっとりとした口調で話す神薙瑠璃に、わたしは少しだけ苛立ちを覚えた。

 しかしここまでのやり取りだけで充分に、神薙瑠璃は、ただの天然だ、と理解出来た。強いか弱いかはさて置いて、わたしは神薙瑠璃に向けた敵意と殺気を引っ込める。

 ふぅ、と深呼吸してから、改めて正面から見詰めた。


「ん? 何かしら?」


 神薙瑠璃はパッと見て、誰もが目を見張るほど目立つ容姿をしている。それでいて奇抜な空気を纏っているのではなく、どこにでもいる主婦のようなゆるふわ系の印象だ。

 肩に掛かる長さの髪は、ウィッグとしか思えないほど鮮やかな青色をしており、財閥令嬢と言われて違和感ない上等な和服を纏っている。だがその雰囲気は、上品な一般人という表現がしっくりくる。ちなみに、和服に押さえられているが、その胸の存在感はうるさかった。

 垂れ目で細目、妖艶な魅力を放ち、明らかにわたしより五つ以上は年上である。左手の薬指にはかなり年季の入った指輪を嵌めているので、既婚者だろうと推測した。


「――神薙さん。わたしは少し散歩して、リハビリしたいのですけれど、宜しいでしょうか?」

「あ、私のことは、瑠璃姉さんとか、瑠璃お姉ちゃんとか呼んでくれると嬉しいなぁ――こほん。それはそれとして、綾女ちゃん。駄目よぉ、散歩なんて無茶は。重傷なのよ、綾女ちゃん」

「承知していますよ、()()()()。なので一応、監視役の方に、許可を求めているのですけれど?」


 わたしは苛立ちを孕ませた鋭い威圧を神薙瑠璃にぶつけた。その威圧を前に、神薙瑠璃は冷や汗をこめかみに浮かべながら、顔を引き攣らせる。


「……あの、ね。綾女ちゃん? そんな睨んでも、駄目よ? 動きたい気持ちは……うん。ちょっと分からないけど……せめて、流動食から卒業しないと、散歩は認められません、よ?」


 恐る恐るという口調で、わたしにお伺いを立てる神薙瑠璃に、わたしは今日一番の威圧を向けた。ただの監視役が、いちいちわたしの行動に口を出すな、と睨み付ける。

 すると不意に、廊下の奥から強烈な怒気が飛んできた。

 その怒気は明らかにわたしに対して放たれており、遅れて引き絞るような殺意も感じた。


「――今度は、どなたでしょうか? その闘気、わたしと闘る気ですか? リハビリしたい、とは言いましたけれど、一足飛びに殺し合いをすることは考えていませんでした」


 わたしは怒気を放つ相手に顔だけ向けて、廊下に響くような大きな声で問い掛ける。

 息を吸った時、肺がズキンと痛んだ。内臓のダメージはまだまだ癒えていない。


「おい、鳳仙綾女! 瑠璃姉さんから離れろ! いやそもそも、勝手に起き上がってるんじゃない! 分かってるのか、お前。死にそうなほど重態なんだぞ!?」

「瑠璃お姉ちゃん。何が起きてるのよ? 綾女さんは、とても起き上がれる状態じゃなかったでしょ?」


 廊下の奥に居たのは、神薙瑠璃と目鼻立ちこそ似ているが、服装もメイクも独特で、まったく雰囲気の異なる二人の女性だった。

 わたしに怒気と殺気を向けてきたのは、その二人のうちの片割れだ。180センチはあろう長身で、ボディビルダーを思わせる筋骨隆々な女性――印象はまさに、筋肉ゴリラである。

 筋肉ゴリラは、体躯と比べるとかなりの小顔で、明るい茶髪を短くざんばらにして、タンクトップにハーフパンツ姿というラフな格好である。

 その一方、呆れた表情で神薙瑠璃を見ているもう一人の女性は、ギャル風モデルを思わせる美女だった。セミロングの薄緑色をした髪をして、ビスクドールみたいなメイクをしている。脚は長くスラっとしており、身長こそ170センチほどだろうが、腰の位置が高い為、並び立つ筋肉ゴリラと同じくらい背が高く見えた。

 ギャル風モデルの女性は、見事に均整の取れたスタイルをしており、派手な化粧の割に、飾り気のないTシャツとデニム姿をしていた。


「……筋肉ゴリラさんには、見覚えがありますね……」


 わたしはボソリと呟いた。

 そう言えば筋肉ゴリラは一昨日、柊南天と共にわたしの病室にやってきて、監視役を名乗っていた。護国鎮守府の関係者である。

 ふむ、とわたしは一瞬だけ状況を整理した。

 神薙瑠璃に対して『瑠璃姉さん』『瑠璃お姉ちゃん』と呼び掛けたことからも、二人とも『神薙家』に連なる何者かだろう。それを踏まえて、ここまでのやり取りから察すると、一昨日の監視役が『鶺鴒ちゃん』らしいので、筋肉ゴリラが『神薙鶺鴒』だと推測できる。

 そう考えると、もう一人は『神薙翡翠』だろう。

 せめて自己紹介くらいしろ――と、思わず怒鳴り散らしたくなったが、わたしはあえて黙って、二人の動向を見詰める。


「鳳仙綾女、もう一度言うぞ。瑠璃姉さんから離れろ! ついでに、病室に回れ右して、ちゃんと寝てろよ。死ぬぞ!?」


 恐らく神薙鶺鴒と思われる筋肉ゴリラが、ずんずんと足音を鳴らしながらやってきて、わたしと神薙瑠璃の間に割って入った。威圧はそれなりだが、その台詞は、わたしを気遣っての言葉である。

 わたしはその剣幕とのギャップに苦笑してしまう。


「――瑠璃お姉ちゃん。それで、この状況はどういう状況なの?」

「……あのね、翡翠ちゃん。別に私が何かした訳じゃなくてね? 綾女ちゃんが自分から起き上がって、散歩したい、なんて言うもんだから、いまちょうど止めてたのよ?」

「散歩? いや、あり得ないでしょ……」


 ギャル風モデルの女性に対して、神薙瑠璃は『翡翠ちゃん』と呼び掛けた。想像通りこの女が『神薙翡翠』である。

 ちなみに神薙翡翠は、わたしに対して、呆れ半分、恐ろしさ半分という表情を向けてきた。信じられない、と声に出さず口を動かしている。


「いや、おかしいだろ!? 散歩!? 全身バラバラになるくらいの重傷を負って、まだ一週間も経ってないんだぞ!? 鳳仙綾女、お前、人間じゃないだろ!? つか、死にたがりかよ!?」

「……ちょ、鶺鴒ちゃん。ボリューム落として……ここ、一応、一般病棟ですよ?」

「いや、だってさ、瑠璃姉さん。異常だよ、鳳仙綾女は――」


 ギャンギャンと大音量で騒ぎ出すはた迷惑な神薙鶺鴒に、わたしは眉根を寄せた。神薙瑠璃もそんな神薙鶺鴒を懸命に諭そうとするが、一向に言うことを聞いてくれない様子だ。


「――申し訳ありません。わたしは散歩に行こうと思いますので、もう失礼いたしますね」


 そんな姦しい三人から視線を外して、もう用はないと廊下を歩き出す。

 すると、慌てた様子の神薙翡翠が往く手を阻んだ。


「ちょっと待ちなさいよ、綾女さん! 散歩とか、そんな勝手なことが許されると思ってるの!?」

「退いてくださいませんか? わたし、下らない問答に付き合えるほど、いま余裕がないのですけれど?」

「――――ヒッ!?」


 神薙翡翠が両手を広げて必死に止めようとしたところを、わたしは半ば本気の殺意で応じた。瞬間、その殺意に中てられて、神薙翡翠は無様に壁まで後退る。

 わたしの往く手を阻む者は誰もいない――と思ったのも束の間、今度は神薙鶺鴒が、全身からそこそこの闘気を放ちながら、ファイティングポーズを取っていた。


「鳳仙綾女!! 散歩するつもりなら、あたしを倒してからにしろ!! 翡翠姉さんは下がって――」

「――それは、本気で言っていますか? 口だけではなく、本当に本気なら、わたしも殺し合うのは吝かではありませんよ?」

「――――ッく、ぅ!?」


 立ちはだかる神薙鶺鴒に、わたしは言葉通り本気で殺意と闘気をぶつける。同時に、首筋、胴体、脳天を目掛けて、剣気で斬り付けた。

 斬り付けた剣気は、イメージの叩き付けでしかない。けれど、実際に斬り付けられた錯覚をする程度には強烈である。相手が素人であれば、これだけで気絶しただろう。

 神薙鶺鴒は気絶こそしなかったが、ガクン、と脚が崩れて、女の子座りでへたり込んでいた。勢い込んだわりに、まったくあっけない。


「あ、ぅ――あ、あれ!? いま、あたし……死んだ?」


 スッとわたしが視線を逸らすと、神薙鶺鴒はハッとした様子で、慌てて首筋とお腹を擦っている。傷口がないか確認していた。

 神薙鶺鴒は傷を負っていないことに驚き、いまのが錯覚だったと理解して、わたしとの実力差に青ざめた。


「ま、待ってくれないかしら、綾女ちゃん……その、ね……私たち、別に綾女ちゃんを軟禁しようとか、そういうことじゃなくて……傷口が開いちゃうから……散歩は、よしてって、お願いしてるだけ、なのよぉ……だから、その……病室に――」

「――神薙さん。わたしは、散歩するだけ、ですよ? それほどまでに、わたしを病室に閉じ込めたいのであれば、力尽くで抑えつけたらいかがですか?」


 わたしが歩き出した矢先に、神薙瑠璃が制止の声を投げてきた。それを背中に受けて、振り返らずに吐き捨てた。これ以上、彼女たちと問答したところで無駄である。


「……もぉ……そんなことは、したくないし……傷が開くから、安静にして欲しいのにぃ……仕方ないなぁ……」


 神薙瑠璃は、その気になれば止められる、とでも言いたげな呟きを漏らしている。

 けれどわたしは不愉快なその台詞には喰い付かず、そのまま廊下を進んで、階段の手前にあるエレベーターのボタンを押す。止められるものならば止めてみろ、という意思表示だ。


「――ッ!?」


 エレベーターが動き出した瞬間、ふいに、ゾッと寒気がするほどの殺気がわたしの全身を射貫いた。


「おうおうおう――相変わらず狂ってるなぁ、市松人形ちゃんよ」


 激痛を無視して、わたしは勢いよく振り返る。いつの間にか神薙瑠璃のすぐ隣、ソファに九鬼連理が座っていた。


「……あら、九鬼さん。お疲れ様です。お見舞いにでも来てくれたのですか?」

「いや? お見舞いじゃなくて、お灸を据えにきた、って言ったらどうする? 言うことを聞かない市松人形ちゃんを、病室に縛り付ける為にきたかもよ?」

「……あらあら。それは御苦労さまです。その脅し、とっても魅力的なお誘いですね」

「脅し、って理解してて、それが魅力的ねぇ――相変わらずのイカレっぷりに、オレはもう嗤うしかねぇぜ? ま、言うて、市松人形ちゃんの趣味に付き合うつもりはねぇがよ」


 九鬼連理はソファから立ち上がり、静かに底冷えする殺気と覇気で廊下を満たした。

 目算で20メートルはあるだろう。だが、本気の九鬼連理には一秒も要らない距離だ。そもそも魔術を放たれたら、いまのわたしに防げる自信はない。

 はぁ、とわたしは溜息を漏らす。致し方ない――ここは素直に引き下がろう。


「……分かりましたよ。ここで暴れるのは愉しそうですけれど、いまは回復に専念したいと思っておりますし……今日は本当に、気軽な気持ちで、散歩したかっただけですから……」

「おぉ? そりゃ聞き分け良いねぇ――って、そりゃそうか。昨日の話、狸寝入りで聞いてたんだもんなぁ? 脅威度S級の魔獣、討伐に参加したいんだろ? それじゃあ、無理は出来ないもんなぁ」

「…………本当に、九鬼さんは嫌味な人ですね」


 わたしの心中を察して、九鬼連理はケラケラと笑いながら殺気と覇気を解いた。廊下を満たしていた重苦しい重圧がなくなり、わたしはホッと安堵の吐息を漏らす。


「それにしても――九鬼さんはいつの間に、こちらに?」


 わたしは観念した風に両手を上げて、ゆっくりと病室の前まで戻ってくる。それを見て、九鬼連理はニヤリと笑いながら、神薙瑠璃に視線を向ける。


「瑠璃先生はよ。こう見えても、第壱魔術部でエース級の実力を持つ天才魔術師なんだぜ? ちょうどロビーに居たオレを、テレポーテーションさせてくれたんだよ」

「――へぇ? テレポーテーション、ですか?」

「ああ、そうだぜ。瑠璃先生は魔女に匹敵する魔力量の持ち主で、空間系魔術を扱える天才魔術師だからよ。一部の魔女しか扱えない瞬間移動(テレポーテーション)が使えるんだよ」


 ドヤ顔で胸を張る九鬼連理に、恥ずかしそうに顔を伏せる神薙瑠璃、その二人を見て、わたしは好奇心から質問を投げた。


「九鬼さん。そのテレポーテーションは、具体的に、どのような効果なのですか?」

「興味あるか? 調べりゃすぐに分かるから教えてやるよ。捕捉した魔力対象を、任意の場所に移動させるって万能な効果だ。ちなみに、術者の魔力量が移動距離に直結する。瑠璃先生の場合なら、移動限界はおよそ半径1キロ圏内ってところかな? 分かるか? つまりその気になれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――へぇ? そういうこと、でしたか」


 九鬼連理のしたり顔に若干苛立ちながら、神薙瑠璃がどうしてわたしの監視役になっているのか理解した。わたしを取り逃がしても、病室に戻せるからだろう。


(……なるほど。だから『そんなことしたくないし……』ですか……攻略が難しい、ですね)


 先ほどの神薙瑠璃の呟きを反芻して、わたしは納得する。それにしても、最大1キロ圏内を任意に瞬間移動出来る魔術なぞ、チートに等しいではないか。


「あらあら、連理ちゃん。それ、ちょっとだけ違うわよ? 瞬間移動の魔術は、捕捉した魔力対象――いわゆるマーキングした対象が地に足を付けてないと発動しないわよぉ。それに、任意の場所にも、条件があるわ。私が歩いたことのある平地じゃないと無理なのよ?」

「――ハッ。瑠璃先生も相変わらず天然だなぁ。わざわざ弱点まで晒す必要ねぇじゃねぇか」

「えぇ? だって綾女ちゃんは、そもそも味方じゃないの? 別に教えてあげても良いじゃない。減るものじゃないしぃ……」


 九鬼連理があえて詳しく説明しなかった部分を、神薙瑠璃は意図を察せず、馬鹿正直に告白してくれた。それを聞いて、わたしは内心で安堵した。

 それは致命的な弱点だろう。非常に重要なことである。おかげで今後、もし神薙瑠璃と戦闘になっても、瞬間移動の餌食にはならない。


(とはいえ……テレポーテーション、ですか……魔術とは、奥が深いのですね……)


 わたしは神薙瑠璃の素直さに感謝しつつ、病室のベッドに身体を横たえた。


「素直だねぇ、市松人形ちゃんよ。何か裏でもあるのか?」

「病み上がりのリハビリで、九鬼さんのような大物とは闘うつもりがないだけですよ。それと、わたしは市松人形ちゃんではありません」

「ハッ、相変わらずだな――――ところで、市松人形ちゃんよ。市松人形ちゃんは【人修羅】の後継者、だったよな?」


 わたしがベッドで目を瞑った時、さも当然のように、九鬼連理が病室に入ってきた。九鬼連理は後ろ手にドアを閉めて寄り掛かり、腕を組みながらわたしを見ている。


「だとしたら、何なのでしょうか?」

「【人修羅】か――オレが生まれる前に活躍してた伝説の暗殺者で、一昔前の『最強』の代名詞。魔女を殺す呪詛(ジュソ)が刻まれた刀を振るう無敵の剣客で、殺人狂の人斬り。十二年ほど前に、虎姫の兄貴を殺そうとして、あっけなく【太陽の騎士】巫道サラに敗北を喫して、日本から追放された白髪の死神――」

「――それが?」


 わたしは目を瞑ったまま、九鬼連理の一人語りのような台詞に質問を返す。何が訊きたいのか、その真意が察せない。


「――テメェはその白髪の死神が、蒼森家前当主の『蒼森(アオモリ)(ゲン)』だったって言うんだよな?」

「ええ、そうですよ。そして、いまはわたしが後継として、その称号を引き継ぎいたしました」

「はぁん? それは、妄想じゃなくてか?」

「妄想? 九鬼さんは、いったい何が言いたいのですか?」


 わたしは質問の意図が理解出来ず、不快感を滲ませた声で問い返す。対して九鬼連理は、ふーん、と興味なさげな相槌を打ちながら、唐突に話題を変えた。


「なぁ、市松人形ちゃん。テメェは、アカツキって集団を知ってるか?」

「――話が飛びましたね? それを知っていると、何なのでしょうか?」

「とぼけるのはなしだぜ。一応、この話は虎姫にしか共有してねぇ――お人好しで馬鹿な十八に言うと、ちと面倒なことになりそうだしな」


 九鬼連理はそう言いながら、ドアの鍵をロックして、わたしのベッドの脇に腰を下ろしていた。息遣いが聞こえるほど近くに座っている。


「オレは、鳳仙綾女って人間の過去を、徹底的に調べ上げた――だが不思議なことに、護国鎮守府の調査力を以てしても、鳳仙(ホウセン)って家柄の特定さえ出来やしなかった。より正確に言えば、当たり障りのねぇ一般人の記録しか見付からねぇ」

「それならば、それが事実でしょう? そもそもわたしは、どこにでもあるような一般的な家の生まれですよ?」

「堂々と嘘吐くねぇ。流石だよ、市松人形ちゃん。あのなぁ、護国鎮守府はこれでも、全国の戸籍データにアクセスできる立場でもあるんだ。そんな護国鎮守府が、総力を挙げて調べても、鳳仙(ホウセン)綾女(アヤメ)って人間の、出生届が見つけられなかった――これは、どういうことなんだ、市松人形ちゃんよ?」


 九鬼連理が探るような口調で問い掛けてくる。

 どうやら、わたしの出自を調べていくうちに、戸籍が存在しないことに気付けたらしい。それから辿って、(アカツキ)の噂にも辿り着いたのだろう。護国鎮守府とは、想像以上に優秀な組織のようだ。


(……いえ、優秀なのは組織ではなく、純粋に九鬼さんの慧眼ですかね?)


 わたしは口元だけ微笑みを浮かべて、当然ながらはぐらかすことにする。


「あら? 出生届が見付からないなんて――じゃあ、わたしは存在しない人間ということですか? 面白い冗談ですね? わたし、ちゃんと住民票もありますし、パスポートもありますけれど? お見せしましょうか?」

「――ああ、見たぜ、それ。けどそれさ、精巧な偽造パスポートだろ? 住民票も改ざんされてたしよ。だってのにテメェは、中学校以降、ちゃんと正規の手続きを踏んで、学校に通ってる。その一方で、小学校時代の記録は一切ない。いきなり中学校から姿を現してるんだ。どういうことだよ?」

「……それを聞いて、いったい何がしたいのでしょうか? わたしは病み上がりですよ?」

「おいおいおい。さっきまで、勝手に散歩に行こうとしてた奴が、今度は病人アピールか? さて、何がしたいか、って聞かれると困るが、端的に言えば、市松人形ちゃんを信用したいから、ってのはどうだ? テメェの素性が知れねえから、オレは独りで調べてるんだよ」


 寝ているわたしの耳元に息を吹き掛けながら、囁くような小声でそんな台詞を吐いてくる。

 ここまでの返答を鑑みると、九鬼連理はある程度、わたしがどういう人間か分かっているようだ。そのうえで、真実を結びつけるために確認している印象である。


(……わたしの素性は、別段、隠してはいませんけれど……少なくとも、九鬼さんに、説明する必要はありませんね……)


 わたしは少し逡巡してから、そのまま沈黙を返す。九鬼連理は不愉快そうな舌打ちをした。


「オレの推理としては――市松人形ちゃんは、アカツキに属する凄腕の殺し屋で、とある任務を請け負った。任務ってのは、護国鎮守府に潜入する必要がある任務だ。けどそれは、護国鎮守府の内部を探る類じゃなく、何かの情報を得る目的でもなさそうだ――となると、誰かの暗殺か?」


 九鬼連理が語り出した推理は、正直まったくの的外れだが、反応することがヒントとなるので、わたしはあえて何も言わなかった。


「暗殺だとすると、真っ先に思い付くのは、虎姫の暗殺だ。けど、だとしたら、虎姫について情報を知らなすぎる。ってことは、暗殺でもない……そこで思い付いたのが、少しぶっ飛んだ推理だけど……市松人形ちゃんは、十八を手に入れたいんじゃないか、ってな?」

「……どういう、ことです?」

「ハッ――やっぱりかよ。ってことは、アカツキの噂ってのも、マジなんかよ。本当にイカレタ集団だな」


 ふいに龍ヶ崎十八の名前を出されてしまい、ついつい反応してしまった。しかしそんなわたしの反応が、何やら九鬼連理に確信を持たせたようだ。


「十八は、マジモンの【覚醒者(カクセイシャ)】で、しかも百年ぶりに現れた『治癒』の異能持ちだ。だから、なんとしても手に入れたい――あわよくば、伴侶にして子供をアカツキに捧げたい、ってところなんだろ?」


 九鬼連理の台詞に、わたしは目を見開いた。横を見れば、九鬼連理がニヤリとドヤ顔をしている。

 あまりにも素っ頓狂な推理過ぎて、驚愕を通り越してあきれ果てるほかない。けれど、わたしのそんな反応こそが証拠だとばかりに、九鬼連理は強く頷いていた。


「噂じゃあ、アカツキってのは、究極の強者を育成する組織なんだろ? 魔女さえ超える存在――人の領域を超えた【鳳凰(ホウオウ)】って呼ばれる究極の存在を産み出すことが目的で、全世界から選りすぐった優秀な強者、異能者たちを交配させて、産まれた子供にあらゆる殺人技術と英才教育を施す、とんでもなく狂った組織なんだろ。ちなみに、その育成した子供も適齢期になったら、また別の強者と交配させる……そんな馬鹿みたいなことを気が遠くなるくらい繰り返してるって聞いてるぜ? マジで狂ってるぜ」


 どうだ、と言わんばかりに語る九鬼連理に、わたしは無言になってしまった。それは正しくもなく、かなりの的外れな推理だった。

 どう答えるべきか――それこそ、九鬼連理をこのまま勘違いさせても良いのだが、そんな目で見られ続けるのは少し不快でもあった。

 わたしは困り顔になりながら、しばらく沈黙したのだった。

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