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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第四章/異端管理局と神言桜花宗と人修羅

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第六夜(5)

 血塗れの虚空時貞が大絶叫した後、魔力が凄まじい爆発を巻き起こす。

 その場には竜巻じみた緑色の風が吹き荒れて、ドン、と地震のような縦揺れが起きると、血生臭い熱風が吹き抜けた。

 虚空時貞が立っていた位置は、タイルカーペットが捲れ上がって、床材がガリガリと嫌な音を立てていた。虚空時貞の周囲を緑色の竜巻が暴れ回っている。


「もう、許さん!! 果林の代わりにしてやろう、と考えていたが――鳳仙綾女、貴様は特別に、儂が手ずから調教してやる。精神を壊さず、自我を持ったままで、儂の肉壺として扱ってる!!」


 ひとしきり竜巻めいた暴風が吹き荒れると、それは唐突に、パッと吹き飛んだ。

 そこから現れたのは、半裸の肌に直接、漆黒のロングコートを纏った虚空時貞だった。

 漆黒のロングコートは魔力を具現化した魔術衣のようで、風もないのにパタパタとたなびいている。

 また不思議なことに、切り落としたはずの右腕は元通りに治っており、血の跡も綺麗に消えていた。

 床に落ちていた右腕が見当たらないことを思うと、蜥蜴の尻尾のように再生したのではなく、切断された右腕をくっ付けたのだろう。

 これが柊南天の言っていた特殊な治癒魔術だろう。一日に何度かしか使用できないが、破損した肉体を直す奥義だと聞いている。首を刎ねない限り、元通りに直せるらしい。


「儂が求めたら、いついかなる時だろうと、関係なく応じなければならないよう調教してやる!! 心がどれだけ拒絶しようと、身体は従順な雌として儂を迎え入れるよう作り変えてやる!!!」


 虚空時貞は絶叫しながら、わたしに燃えるような憎悪の視線を向けてきた。

 それを笑顔で受け止めて、わたしは首を傾げる。


「ふふふ――それは、それは、随分と、不可能な夢を見るのですね? 嗚呼、叶わないからこその、夢でしたか? まあ、もし万が一にでも、それが出来るのでしたら、どうぞお好きに?」

「――――侮るなよっ!!」


 虚空時貞が右手を頭上に伸ばした。すると、その腕に毒々しい風が巻き付き、鋭利な棘が突き出る。

 魔力の具現化――魔術師としては、かなり上位でなければ操れない技術だと、柊南天から聞いた。

 あの漆黒のロングコートもそうだが、魔術師としての虚空時貞はかなりの強敵なのだろう。

 しかしながら、この魔力の具現化が諸刃の剣であることも知っている。

 魔力の具現化は、とんでもなく燃費が悪いらしい。

 具現化するだけでも凄まじい魔力を消費するし、一分間維持するだけでも、わたしの魔力量と同程度を喰らうほどと聞いている。それを考えると、虚空時貞が驚異的な魔力を誇っていても、そう長い時間は維持できないだろう。

 つまりは短期決戦を挑んできているのだ――望むところである。


「喰らえ――疾風の竜巻、魔力の刃槍(ジンソウ)!!」

「受けて立ちましょう。その悉くを切り裂く――『斬鉄』」


 虚空時貞の右腕が、掛け声と共に振り下ろされる。すると、毒々しい風を纏った右腕から、竜のような形状をした魔力が顎を開けて迫ってきた。

 わたしはグッと腰を落として、神速の太刀でもって魔力を篭めた斬鉄でカウンターを繰り出す。


「――儂の異能を見くびったな!」


 果たして、わたしの斬鉄が竜の形状をした魔力を切り裂こうとした刹那、竜が形を変えて爆発した。爆発した時の形状は、棘の付いた球体だった。まさに爆弾である。

 無数に飛び散って、全方位から襲い掛かる棘の雨。

 予期していなかったその技に、わたしは嗤いながら刀を寝かせて、回転しながら凄まじい速度で連撃を放つ。


「千に散り、朱と染まれ――【(アマ)(ベニ)】」


 滑らかに空中を撫でまわす高速剣舞で、わたしはあらゆる方向からの攻撃を全て撃ち落とした。

 一本でも棘を漏らせば、近くで座っている金城神楽に被害が及んでしまう。


「――っ!?」


 咄嗟の判断にしては悪くなかっただろう。けれど、気付かぬうちに、わたしの左脚が鋭利な銛状の岩に貫かれていた。

 音もなく、気配もなく、どうしてかそこに銛状の岩があった。

 激痛よりも歓喜で、わたしはすかさず前に出る。

 岩が左脚に喰い込むが、肉を削げ落とせば、別段、激痛と出血しかない。


「ぅ――ぁ、がっ!?」


 しかし前に飛び出した矢先、やはりまた音もなく炎の砲丸が鳩尾に直撃した。

 その衝撃は軽く1トンを超えるだろうか。大型トラックと激突した時のような威力が、わたしの身体を貫く。

 ちなみに炎の砲丸はそのまま、わたしの身体を包み込んで燃え上がった。だが、それでめげるわたしではない。


「手に取るように分かるぞ――これが儂の本気じゃ! 伊達や酔狂で【魔王】とは呼ばれておらん!」


 歩法朧で距離を取ろうと身体を揺らした瞬間、踏み出した進行方向から、岩石の飛礫がぶつかってくる。

 それは一つ一つが頭部と同じくらいの大きさで、一部は金城神楽を射線上で捉えている。

 わたしは燃える身体のまま、金城神楽への攻撃だけ切り払った。おかげさまで、わたしの身体を狙った分は全て着弾して、肉をだいぶ抉っていく。


「…………ぐぅ、っ……ふふ……ふふふ」


 わたしは血反吐を吐きながらも、笑い顔のままで虚空時貞へと愚直に踏み出す。

 何の躊躇もなく、激痛など一切考慮せず、身体が壊れるのもお構いなく、ただ敵を殺す為に大きく踏み込んで――下腹部に不意打ちの掌底を喰らった。

 何故、と思わず驚愕の台詞を呟いて顔を上げる。

 確かに8メートルほど先には、虚空時貞が凄まじい魔力を放ちながら立っている。しかし、いまわたしの下腹部に掌底を当てている人間も、間違いなく虚空時貞である。


『従え。服従しろ。諦めろ。跪け。萎えろ。悶えろ』


 どちらかが幻影か――と思考した瞬間、脳内で不思議な音が響き始めた。

 これは直接触れたうえでの催眠術だろう。ということは、いまわたしに触れているのが、虚空時貞の本体なのだろうか。


「――斬、鉄」


 わたしは弾き飛ばされながらも、刀を振り下ろそうとする。けれどそれは、振り下ろしの始動前に肘を押さえられて、振り下ろすことも出来ずに防がれた。

 虚空時貞は勢いよく、前蹴りをわたしにお見舞いした。


「……がぁ、はぁ、っ……」


 無様に入口付近まで吹っ飛んで、タイルカーペットの上をゴロゴロと転がった。近くにいた信者が転がってきたわたしを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「炎の槍よ、氷の槍よ、貫き、射竦めよ」

「――――ッ!? ぐぅ!?」


 わたしは慌てて立ち上がるが、瞬間、炎と氷の槍がそれぞれ肩と腕、両脚を貫いた。

 見ればそれは、魔力を放っている虚空時貞から放たれたものだった。どちらの虚空時貞が本物か、まったく見切れない。

 わたしは思わず、激痛で正気を失いそうになる中で、これ以上ないほど破顔する。

 こういう展開を望んでいたのだ。

 こういう強者を愉しみにしていたのだ。

 こういう逆境をこそ、わたしは己の糧にしたかったのだ。


「何じゃ? 狂っているのか? この圧倒的不利な状況で――っ!?」

「ふふふふふ――ふははは!!」


 わたしは炎と氷の槍を引き抜いて、掌底を放った方の虚空時貞に刀を振るう。それは雨燕・比翼飛燕だが、この程度で倒せるとは思えない。

 ところで、二体になっている虚空時貞は、魔力視をしてもどちらが幻影か判断できなかった。

 理由は恐らく漆黒のロングコートのせいだろう。

 具現化した魔力が強過ぎて、どちらも人型の魔力塊にしか見えないのである。

 つまり二対一で闘わなければならないということだ。想像以上に歯応えがあって嬉しいことこの上ない。


「――その判断が、甘い、と言うのじゃ!!」


 わたしが雨燕・比翼飛燕を放った直後、それは巨大な鎌みたいな風の刃に打ち消された。

 風の刃は、魔力を放っている虚空時貞――判別しにくいので、魔王Aとしよう。その魔王Aから放たれたものだ。

 一方で、わたしに掌底を放った虚空時貞――魔王Bとしよう。魔王Bは、わたしの攻撃など最初からあり得ないと言わんばかりの無防備さで、気付けば懐に入り込んでいた。動きはそれほど疾くはないが、虚を突く動作が秀逸である。


「――――っ、ぐ!?」

「『興奮しろ』『欲情しろ』『乱れ、狂え』」


 魔王Bはわたしの脇腹に発勁のような掌底を放ちながら、そんな呪詛を吐いていた。

 途端に、身体の内側に響くような衝撃と激痛が走り、股間を疼かせるような淡い熱が発生する。

 催淫の効果でもあるのかも知れない。この熱に浮かされると、冷静さがなくなってしまう。

 わたしはそんな魔王Bから逃れるように、バックステップで距離を取ろうとする。しかし、それを許すほど甘くはなかった。

 魔王Bはわたしのバックステップと同じだけの踏み込みをして、キスでもするような距離間を維持しながら追撃してくる。


「一騎打ちこそ、敗因じゃと? 儂を本気で怒らせて――結果、この有様が現実じゃ。儂の対策をしてきたと言うが、結局は全てを看破でき――」

「精神は天仙が如くに、肉体は人を超越する――お見せしましょう。【梵釈之位(ボンシャクノクライ)】」


 魔王Bが撫ぜるようにわたしの胸元に手を添えて、ふたたび発勁じみた技を繰り出そうとした瞬間、流麗な呟きと共に反撃の狼煙を宣言する。

 わたしは流れる動作で刀を上段に構えて、単純に斬鉄を振り下ろす。けれどこの挙動は、当然ながら魔王Bには看破されており、先ほど同様に始動から止めようと肘を押さえられた。

 これは先読みを通り越して、完全にわたしの思考を読み切っているのだろう。

 見くびっていた訳ではないが、虚空時貞の精神読取(マインドリーディング)は深層心理まで把握出来るらしい。想定の範囲内ではあるが――


「――――なぁ……っ?!」

「解説はまた、後で。とりあえず魔王Bさんには、速やかに退場してもらいます――本体でないことを祈りますよ」


 わたしは肘を押さえられたまま、力尽くに振り下ろす。その過程で、押さえつけていた魔王Bの掌は手首から圧し折れた。大人と子供ほども腕力に違いがあれば、この程度の練度しかない技など強引に打ち破れる。

 そのまま振り下ろされる斬鉄は、わたしの身体に触れている魔王Bの身体を肩口から脚までバターのように両断した。

 防御なぞ出来ない。避ける暇もない。まったくもってあっけなく、魔王Bはその場で肉片を晒しながら散らかって絶命した。


「……馬、鹿な……思考を、凌駕した……?」

「この状態――【梵釈之位】は、肉体限界を超えた挙動を可能にする【修羅之位】と、肉体性能を100%完璧に操作出来る【天仙之位】を、同時に発動させる究極奥義です。昔のわたしならば、肉体強度の問題で三秒も保てませんでしたけれど――魔力を扱ういまとなっては、恐らく三分は保てるでしょう」


 カップラーメンがちょうど作れますね、とおどけて見せて、わたしはゆらりと身体を揺らした。

 残るは魔王A――否、どうやら残った虚空時貞が本体のようだ。信じ難いことに、催眠術を操りながら体術を仕掛けていた魔王Bは、幻影か魔術人形の類らしい。

 見れば肉体が煙と化して消え去っていた。


「――――化物、め!!」

「心外ですよ――さて、これが本気の【天が紅】です」


 わたしはいくつも残像を残しながら、わずか数秒で距離の離れた虚空時貞に迫った。とはいえ、当然ながらその思考を読み切っている虚空時貞は、わたしが背後から現れるのを予見して、魔術防御を展開しながら振り返る。

 しかし――その行動が遅過ぎる。

 何より、わたしの攻撃力に対する認識が甘すぎる。


「炎熱と氷の飛礫よ、乱舞せよ――――っ!? ぁ……」


 虚空時貞は、わたしの周囲を埋め尽くす炎と氷の雨を降らせた。同時に自分の身体は毒々しい竜巻で包み込み、防御を固めている。

 なるほど、わたしの次の行動に対して、実に効率的で有効な手段の一つだろう。けれどそれは、残念ながら力押しで蹴散らせるだけの出力差がある場合には意味をなさない。

 わたしの身体に降り注ぐ炎と氷の飛礫は、振るわれた白刃の煌めき一閃で全て消し飛んだ。否、より正確にいえば、一閃にしか見えないほど超高速の連続した斬撃で、その全てを切り払ったのである。

 それと同時に、一閃された刃は回転を伴い、縦横無尽に雨燕・比翼飛燕を乱発した。

 こんな離れ業じみた合わせ技は、梵釈之位に至らなければ、不可能だったろう。


「…………馬鹿、な……」


 果たして、毒々しい竜巻に包まれた瞬間に、虚空時貞は内側に入り込んだ雨燕に切り裂かれた。ついでに、緩んだ竜巻を切り裂いて、天が紅の余波が炎と氷の飛礫ごと胴体を両断する。

 虚空時貞の身体が真っ二つになって、その場でゴロンと転がった。


「ふふふふふ――嗚呼、なんて素晴らしい」


 わたしは天を仰ぎつつ、トドメとばかりに胴体から首を刎ね飛ばして、死体から距離を取る。

 血振りすると剣速が早すぎて、意図せず鎌鼬じみた空気の刃がタイルカーペットを切り裂く。


「……それでは解説しましょうか」


 わたしは深呼吸してから、集中を研ぎ澄ませたままクルリと金城神楽に振り返る。

 金城神楽はわたしが虚空時貞をあっけなく殺したのを見て、信じられないとばかりに唖然としている。


「まず基礎的な話、どうやって催眠術を克服したのか――単純明快です。わたしは、深層心理に強烈な自己催眠を施しています。スイッチを切り替えると、戦闘全てに意識が向くような強力な催眠を、ね。催眠術は重ね掛けが出来ないと聞いていますから、わたしの催眠を解くか、破らないと、そう簡単には魔王さんの催眠には掛かりません」


 誰に言うでもなく、ホール全体に響くような声量で語りながら、ゆっくりと金城神楽に近付く。神経はこれ以上ないほど張り詰めている。


「また同時に、わたしはいま幸か不幸か、鼓膜が破れていて音が聞こえません。会話が成り立っていたのは、魔力で擬似鼓膜を生成していたからです。魔力で作った鼓膜だと、催眠術の効きはすこぶる悪いようです。ちなみに臭気も感覚を遮断しているので、いまは何も感じません。唯一の視覚ですが、これは眼球それ自体を魔力で覆うことで、映像を脳に直接映す……魔力視の応用で、観えるようにしています。コツを掴むまでが大変でしたが、慣れてしまえば造作もありません」

「あ、えと……大丈夫、ですか?」


 金城神楽が心配そうな瞳で訪ねてくる。わたしが正気を失ったとでも思っているのだろう。まあ当然の反応か。

 虚空時貞を殺し終えて、いきなり一人でベラベラと喋りだしたのだから、恐怖でしかない。けれど、わたしはまだ解説を続ける。


「後は、そうですね……魔王さんよりも、ずっと強力な精神感応能力を持っている方に手伝ってもらい、精神操作の耐性を付けたことが決定的ですね。だからわたしは、恐らく素でも催眠術に掛かりにくいと思いますよ?」


 ふと見れば、ホール内の信者たちはみな、怯えた表情でへたり込んで、誰もが頭を抱えていた。

 逃げることもできないのは、指示がないからか、それを考えるだけの頭がないからか。

 どちらにしろ、金城神楽に危害を加える危険性がある信者はいなさそうだ。 


「ところで、魔王さんの底力――マインド・リーディングは非常に強力でしたね? 想像通りの苦戦だったので、心底嬉しくなってしまいました。わたしの思考を全て先読みして、常に最善手を選択する。伊達に長生きしている訳ではない、見事な戦闘経験でした……しかしながら残念なところは、思考よりも速く動く敵に対する警戒心の甘さ、でしょうか? 達人になればなるほど、思考より速く身体が動くものです。考えてから動いたのでは、遅過ぎますよ」


 わたしは怯える信者を見渡して、とある老人に目を止める。

 その白髪の老人は、わたしとバッチリ目が合ったが、少しも動じた視線を見せず、自然な様子で目線を逸らしていた。

 その態度に一つの確信を持つ。


「そしてもう一つは、最善手が常に最良の結果を生むとは限らないということ……拮抗している実力があれば、瞬間瞬間の最善手こそ最良でしょうけれど、覆せないだけの実力差があれば、それは次善の策に劣ります」


 わたしは白髪の老人にニコリと微笑んで、刹那、眼前に踏み込むと同時に首を刎ね飛ばす勢いで刀を振るう。

 視線を逸らした瞬間だったので、白髪の老人は隙を突かれたとばかりに、驚愕を浮かべながら振り向く。同時に、反射的に手を突き出して防御魔術を展開しようとしていた。しかしそれは、致命的に遅かった。

 白髪の老人が腕を上げた瞬間には、わたしの刀が首を斬り払っていた。

 白髪の老人の首が血潮を上げて吹っ飛んでいく。


「ぁ、ぅ――っ!?」


 バタン、と白髪の老人が首なし死体に変わった瞬間、金城神楽が胸を押さえてうずくまっていた。

 やはりわたしの見立てに間違いはなかったようだ。見事に当たりを引けた。


「神楽さん、気を強く持ってください。いま魔力を供給します」


 わたしは苦痛の声を上げる金城神楽に近寄り、そっと背中を摩りながら、残りの魔力を全て注ぎ込んだ。

 魔力を注ぐうちに荒い呼吸は落ち着き、少し経てば先ほどまでと変わらぬ体調まで回復する。わたしの魔力で、安定してくれたらしい。


「……時貞の爺が、死んだ、のですか……?」

「ええ。いま首を刎ねた老人が、正真正銘の本体だったようです」


 わたしの説明に、金城神楽は首なし死体を一瞥する。

 魔力視すれば分かるが、死んだことにより肉体に宿っていた強大な魔力が漏出していた。

 とはいえ、それもすぐに霧散するだろう。魔力は死者からは生成されない。死んだら、空気中に溶けてなくなるだけと聞いている。


「……アレが……時貞の爺、だったんですか?」

「ええ。その証拠に、殺した瞬間、魔力の供給が絶たれたでしょう?」


 わたしの言葉に、金城神楽は、コクン、と頷いた。


「いまは応急処置として、わたしの魔力で代用しています。けれど、急いでしっかりとした供給源を確保しないと、神楽さんの命が危険です」


 言いながら、肩を掴んでその場に立たせる。すると、本物の虚空時貞を見ながら、首を傾げてきた。


「……どうして、アレが、時貞の爺だと……分かったんですか?」

「嗚呼、簡単です。あの戦闘を見て、わたしの説明を聞いて、恐怖以外の感情を抱いている信者を殺した()()ですよ。もしこれが違っていたら、説明を続けて、信者たちの反応を見ました」


 あっけらかんと言ってから、さあ行きましょう、と足元に落ちていた仕込刀の鞘を拾って、ホールの奥に視線を向ける。

 金城神楽はわたしの説明に一瞬だけキョトンとしてから、あはは、と年相応の笑顔を浮かべた。


「……()()()()()()って、パパに選ばれるだけ、ありますね……発想が、パパとそっくりです。強引なところも、含めて」

「あら? それは光栄ですね。ところで、ここから先は、神楽さんが道案内してくださいませんか? わたし、どこがどこに繋がっているのか把握しておりませんので――」


 金城神楽は初めて、わたしを名前で呼んでくれた。

 名前呼びされるほどの信頼関係になれたことが嬉しくて、思わずわたしにしては珍しく、はにかんだ笑みを浮かべた。


「こっち、です……綾女お姉さん。ペントハウスの奥に、地下への直通エレベーターがあります……セキュリティは、それほど高くありませんから、神楽でも使用できます」


 わたしの腕を引いて、金城神楽は軽やかに足を進めた。

 遠巻きに眺めていた信者たちは、もはや動く気配もなかった。安心はできないが、とりあえず問題なし、と血振りした刀を鞘に収める。

 ホールの奥にある扉を抜けると、そこは二重扉になっており、扉奥には透明なガラスで覆われた小型エレベーターが備え付いていた。

 金城神楽は手慣れた様子で扉横の暗証番号を操作して、手持ちのセキュリティーカードで扉を開ける。一応、周囲を警戒しながら、わたしもエレベーターに乗り込んだ。


「これは、地下以外には行けないのですね?」

「ええ、そうです……地下駐車場に隠してある緊急避難経路……に繋がっています」


 エレベーターには何の罠もなく、ものの一分で地下駐車場に到着する。

 扉の外にも、そこから続く狭い通路のどこにも、待ち伏せや罠はなかった。拍子抜けするほどあっけなく、わたしたちは無事に、地下駐車場の広いフロアに辿り着く。

 地下の階数表示は1F、フロア表示はAとなっていることから、土井MCB西口付近から入った地下駐車場だと理解した。このまままっすぐ進んで地上に出れば、駅まで向かう道路に出るはずだ。

 ちなみに地下駐車場内には、信者と思しき人間がチラホラと倒れていた。龍ヶ崎十八がやったのだろうか。何が起きたか分からないが、お陰でわたしたちを阻む者はいなかった。


「……綾女お姉さん……神楽、ここからは……どう行ったら良いか、分かりません……」

「ご安心ください、神楽さん。ここまで来たら、わたしでご案内できますよ」


 わたしは少し戸惑った様子の金城神楽に優しく微笑んで、先行して歩き出す――瞬間、一歩踏み出す前に、全身を強烈な寒気に襲われて、意図せず足が止まった。

 背中から死を覚悟させるほど強烈な気配がしている。その気配の強さは、先ほどまでの虚空時貞など比ではない。

 わたしは武者震いではなく、恐怖で震え出す手を必死に隠して、ゆっくりと背後を振り返った。

 そんなわたしの様子に怪訝な顔を浮かべながら、金城神楽も背後を振り返る。


「――まずは、感謝の意を示そう。金城神楽を助け出してくれて、ありがとう。とても嬉しい」


 流麗な響き、流暢な発音で、背後に立っていたのは、淡い乳白色をした貫頭衣を身に纏う、北欧系モデルにしか見えない美女――天桐・リース・ヘブンロードである。

 澄ました美貌を見せながら、天桐・リース・ヘブンロードは、貴族が王族にそうするように、大仰な仕草で頭を下げていた。

 突如として現れた天桐・リース・ヘブンロードに、わたしは動揺を隠せなかった。

 思わず震え出す声音を恥ずかしく思いながらも、ひりつく声を絞り出して問い掛けた。


「……なぜ、ここに?」

「――次に、お嬢さんを馬鹿にしたことを詫びよう。申し訳なかった。出来ないと断じた私の眼が節穴だった。まさか虚空時貞を殺して、しかも金城神楽も奪取出来るとは――【人修羅】は有言実行。どれほど困難だろうと、引き受けたからには達成する、か……噂を信じていれば良かった」


 天桐・リース・ヘブンロードは音も立てず自然体のまま、それでいて一切の隙を見せずに、わたしたちに一歩近づく。

 わたしは舌打ち混じりに唾を呑み込んだ。

 身構えたいが、あまりの覇気と威圧に、身体が強張ってしまっていた。一方で、そこには殺意も敵意もないからか、金城神楽はキョトンとしている。


「――さて、いま私は人修羅に依頼をすべきだったと後悔している。そこでお願いだが、金城神楽を私に引き渡してくれないか? もちろん依頼した場合と、同じだけの報酬を支払おう」

「……綾女お姉さん……あの人は、何者……ですか……?」

「天桐・リース・ヘブンロードさん。それは断れる類のお願い、でしょうか?」

「長ったらしいから、ヘブンロードと呼んでくれて構わない。いまのお嬢さんにならば、呼ばれても不愉快ではない」


 意識の隙を突くように歩き、気付けば、あと数歩という位置まで近寄っていた天桐・リース・ヘブンロードが、サラリとそんなことを言う。

 わたしは精一杯の威嚇をしたつもりだったが、けれど涼しい顔で受け流されていた。


「それでは、お言葉に甘えて。ヘブンロードさん、それは断れる――」

「――断られた場合には、強引な手段に移らざるを得ない。だが、断る選択肢はないと思う。私がいまここにいる理由は、人修羅の相棒に言われたからだぞ」

「…………人修羅の、相棒に?」

「ああ。面白いものが観れると聞いた……そうそう、そうだった。そう言えば一つお願いされた。『人修羅は納得しないだろうから、少しだけ手合わせしてくれ』だったな」


 軽い口調で首を傾げる天桐・リース・ヘブンロードに、わたしは苦笑を浮かべた。どうやらこの展開は、柊南天の手引きらしい。

 有難迷惑と言おうか、なんとも言えない気分である。

 確かに、わたしは天桐・リース・ヘブンロードを殺したいと思っている。今この瞬間でもその気持ちに変わりはない。たとえ満身創痍だろうと、勝てる見込みがなかろうとも、状況に関係なく心行くまで闘いたいと思っている。

 しかしそれは、こんなついでのような状況で、柊南天に手引きされて御膳立てされた状況ではない。

 とはいえ、だから闘わないという選択肢もない。

 とても不本意だが、みすみすこんな機会を逃すほど、わたしは臆病者ではない。


「――それでは、お手合わせ頂けるのでしょうか?」


 わたしは天桐・リース・ヘブンロードの回答を聞かず、金城神楽に離れるよう言ってから、仕込刀を抜き放った。同時に、集中の世界に入り、一瞬だけでも最高のパフォーマンスが出来るよう、気力を充実させた。

 天桐・リース・ヘブンロードは、そんなわたしの所作を見ながら首を傾げる。


「先日もそうだったが、魔力なしで私に挑むことに何か意味があるのか? そうでなくとも、万全とはほぼ遠い体調だろう? 既に結果が見えているのに、それでも私に挑む理由は何だ?」

「ヘブンロードさんは、結果の見えた闘いはしない主義、ですか?」

「……私はお嬢さんを評価している。人修羅を継いだだけあり、相応の実力があると思っている。だからこそ、いまの私との力量差が分からぬほど盲目ではないだろう?」

「――――穿ち月・千々乱風(チヂランプウ)!」


 わたしは全速で踏み込み、渾身の奥義を放つ。

 それは一撃一撃が穿ち月の威力を持つ、超高速の連続突きである。しかし単純な連続突きではなく、十数か所を同時に貫く神速の穿ち月である。一か所でも直撃すれば、その箇所が爆散する威力だ。

 これを避けきるのは容易ではない。少なくとも初見で捌けるような技ではない。


暴虎馮河(ボウコヒョウガ)と言う奴だな、お嬢さんは――受けて立とう」


 果たして、天桐・リース・ヘブンロードはそれを捌くのではなく、宣言通りに受け切った。

 スッと腕を上げたかと思った瞬間、超高速の掌底を繰り出して、穿ち月の全てを同時に受けていた。悔しいが、それは見惚れるほど凄まじい技量だった。

 千手観音を思わせるような所作で、打撃も斬撃も関係なく、柔らかく包み込むような超高速の掌底による連打だった。

 わたしはそのあまりに遠い力量差に感動して、口角が吊り上がった――刹那、鳩尾の少し上辺りに掌底が添えられて、グッと握り込まれる。


「……螺旋、魔功(マコウ)


 次の瞬間、わたしの身体は内側から爆発した――否、爆発したような衝撃が起きて、思わず死んだと錯覚するほどの激痛が走り抜けた。

 信じ難いことに、わたしはそのたったの一撃で、全身から力が抜けて崩れ落ちていた。

 意識はハッキリしている。けれど、肺が痙攣しており、満足に呼吸が出来なくなっていた。


「お嬢さん。体調を整えて、後日、顔を出しに来たら良い。私の居場所は、報酬として、人修羅の相棒に伝えておこう。さて金城神楽――ここからは私と共に来てもらおう。安心するが良い。私が魔力の供給を担ってやる」

「――――」

「え……? え、え……? あ、綾女、お姉さん? ど、どういう……状況? え、あ――ぅ」


 わたしは必死に顔を上げる。けれど、喉がひくつき声が出ない。

 如何なる術なのか、衝撃は身体中で暴れまわっており、全身が痺れたように痙攣を繰り返している。

 力はまったく入らず、気力が霧散していく。

 意識はかろうじて保てているが、それも集中しなければすぐに気絶しそうだった。

 そんなわたしを一瞥すらせず、天桐・リース・ヘブンロードは、混乱して泣き叫び出す金城神楽に近付いて、トン、と一撃で失神させていた。


「――――っ」

「お嬢さんの仲間が、そろそろ降りてくる。助けは来るから、安心して寝ていたら良い」

「――ぁ」


 天桐・リース・ヘブンロードは優しい口調で言いながら、必死の形相で立ち上がろうとしていたわたしの顎を、掌底で撃ち抜いた。続けて背中に拳を振り下ろされて、身体中の感覚がなくなった。

 痛みはなく、ただただ静かな怒りだけが、わたしの胸の内に渦巻いていた。

 しかしそれをぶつけることも出来ず、わたしはあっけなく意識を失ったのだった。

これで第四章は完です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々あったけど無事時貞撃破! とはいえ今回も酷いズタボロ具合だったりわざととはいえ術中にハメられて絶頂失禁させられる痴態晒したり章が進むごとに敵の凶悪さとそれに比例して綾女ちゃんのやられ具…
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