第六夜(3)
わたしは一息吐いて気持ちを切り替えてから、倉庫フロアの奥にある警備室の中を覗き込む。入口には内側から鍵が掛かっており、扉の窓から見える範囲では、警備室の中には誰も居ないように見える。
「誰も居ませんね……先ほどの部屋を確認しましょう」
わたしはわざとそんな宣言をしてから、倉庫フロアを出て行き、手前にあった通用口の扉を開けて入った。そこに鍵は掛かっていなかった。
先に左の通用口を開けて中に入る。
その中は階段や通路ではなく、まるで1LDKのアパートのような間取りをした居住空間だった。
十畳ほどの広さをしたリビングキッチンに、シャワールーム兼トイレ、寝室がある。リビングにはテレビと家庭用ゲーム機、PCが置かれており、つい今しがたまで誰かが遊んでいたような空間だった。
なるほど、とわたしは頷き、部屋を後にする。ここはきっと、金城神楽が軟禁されている部屋だろう。
次に右の通用口を開けて中に入る。
そこは内階段と、巨大な搬入用エレベーターがあった。
内階段はセキュリティカード式の強化ガラス扉の奥にあり、手前は厳重な鉄格子による扉があった。どちらも複数のセキュリティが掛かっているのが見て取れる。開錠するには、電子カードキーと物理鍵が複数必要そうに見える。
入ってすぐ脇にある巨大な搬入用エレベーターを見る。
その扉には、昇降ボタンどころかセキュリティの類もなかった。つまり、この階からエレベーターを呼ぶ手立てがないことを意味している。
一方的に搬入するだけのエレベーターだ。移動手段としては使えない。
まあシャフト内を登れば問題などないが、移動中にエレベーターが稼働してしまったら厄介である。使用するのは止めておこう。
「……さて、この階段がいったいどこまで続いているのか……それが分からないと、迂闊に突破もできませんね」
わたしは改めて内階段に視線を向ける。
強化ガラスや鉄格子の類は何とでもなるだろう。しかし突破したところで、行く先が分からなければ何もできない。位置から察するに、六階まで繋がっていれば、eスポーツエリア受付の裏側辺りだろう。
けれど、記憶にある限り受付の周囲に、内階段がありそうなスペースはなかった。
「まあ、どこに繋がっていようとも、結局、これを使用することはありませんけれど……」
わたしは言いながら、一旦、金城果林と闘ったフロアまで戻ってくる。
フロアの壁面は爆発の衝撃であちこち塗装が剥げており、壁面の一部は内側の鉄骨が見えているところもあった。絨毯はそこかしこが焦げているが、炎はもう収まっていた。
こつん、と足元に何かが当たる。
見れば、脳漿が飛び出ている頭蓋骨の半分が転がっていた。金城果林の死体である。
どうやら、金城果林の血液が広がっているおかげで炎が鎮火出来たようだ。
「……何か重要な物は持っていないのでしょうか?」
わたしは、そう言えば、と気付いて、頭部が半分に割れた金城果林の身体を物色する。血で滑り、ポケットを弄ると手がべっとりと汚れるが、そんなのは気にならない。
しばし身体中を弄ると、血で汚れたスマホが出てくる。
防水が利いていれば、動くかも知れない。
わたしは一縷の望みをかけてスマホを操作するが、当然ながら壊れていて動かなかった。
「仕方ありませんね。さして期待もしていなかったですし……」
わたしは血塗れのスマホを足元に捨てると、念の為、踵で踏み抜いて、完全に破壊した。スマホとして使えなくとも、GPS機能などが動いていると厄介だ。使えないのであれば、破壊しておくに限るだろう。
さて、とわたしは、大口を開けている真っ暗なエレベーターシャフトを覗き込んだ。
「……最下層は、地下二階でしょうか? エレベーターがもう壊れていますね」
暗いエレベーターシャフトの下では、破壊されたエレベーターの箱が轟々と燃えている。下階までの距離と間に見える扉を数えると、恐らく地下二階と思われた。
一方で上階を見上げると、依然として変わらず、大騒ぎで悲鳴が聞こえてきている。不思議なことに炎と煙が絶えず吹き出しているので、ガス管にでも引火でもしたのだろうか。
「ここを上るのは、現実的ではないでしょうね――と、そろそろ焦れてきたようですね」
わたしはクルリと振り返り、L字型の通路奥に視線を向けた。一瞬だけ、サッと素早く姿を隠す銀髪が見えた。警備室に隠れていた金城神楽で間違いないだろう。
足音を鳴らさぬ訓練をされているようで、金城神楽の動きは足音がしない。だが、気配を消す方法は知らないようで、一度把握してしまえば、もう見失うことはない。
金城神楽はまたも警備室に駆け込んだようだ。わたしは苦笑しながら、ゆっくりと警備室まで戻った。
ガチャガチャ、とドアノブを回すが、鍵が掛かっているので開かない。
「……かくれんぼはもう辞めましょう? 神楽さん」
「――――っ」
警備室の中を覗き込みながら、わたしは優しい口調で語りかけた。瞬間、ビクッと息を呑む反応が内側から感じられた。必死に声を殺している気配も感じる。
この扉を壊して開けるのは容易い。
しかしそれをすると、怯えている金城神楽がいっそう恐怖で動かなくなってしまう。それは避けたかった。
金城神楽は虚空時貞に洗脳されているのだ。
金城果林――否、本名南雲果林を、母親だと誤認識させられて、この軟禁状態を当たり前だと思わされている。そもそもこんなところが家だと思わされていることには心底同情する。
わたしは、その洗脳を解き放ち、ここから連れ出すことが最大の目的である。
「わたしは、敵ではありませんよ? 神楽さんを助けに来たのですよ?」
「――――」
「ねぇ、神楽さんは、外の世界に興味はありませんか?」
わたしの呼び掛けに、警備室の中に隠れた金城神楽は沈黙で答える。警戒が少しだけ強くなったのを感じる。
なるほど、外の世界に対する恐怖も植え付けられているのか。
「……わたしの名前は、鳳仙綾女と申します。神楽さんの、本当のお父さんに言われて、ここまで来たのですよ?」
「――――――っ、ぇ!?」
「神楽さん。本当のお父さんに逢いたくはないのですか?」
まったくもって嘘である。
金城神楽の父親、すなわち金城菊次郎こと【破壊神】には、むしろ今、絶対に逢いたくない相手である。
けれど、嘘だろうが何だろうが、金城神楽の信頼を得ることが最重要だ。金城神楽をここから連れ出せなければ、天桐・リース・ヘブンロードをギャフンと言わせることは出来ない。
わたしは焦らず警備室の扉に背中を合わせて座り込んだ。
その気配を察して、警備室の内側から外を覗き込む様子が感じられた。
苦笑を浮かべる。子守りは好きではないし、なんとも性に合わない。正直なところ、どうやって取り入れば良いのか分からない。
けれど、焦ってはいけないことだけは、柊南天から釘を刺されていた。
「……ママ、死んでた……」
しばしの沈黙後、ふいにボソッと小さな呟きが感じられた。部屋の中で、ガサゴソと動く気配も感じられる。
どうやらようやく、姿を現してくれたようだ。
「アレは、神楽さんのお母さんではありませんよ」
「お母さん、じゃないって何ですか……ママは、ママですよ? 何? どういうことですか?」
「ふふふ……疑問に感じている、ということは、何か心当たりでもあるのでしょうか?」
扉を挟んで、すぐそこに金城神楽の吐息が感じられる。
わたしを疑う気持ちと同時に、南雲果林の今までの言動を思い返して、疑念を生じさせたようだ。
生憎とわたしには、他者が掛かっている催眠術を解くような技術はない。催眠を自覚させて、自らの意志力で洗脳を解かせることも不可能だろう、と柊南天から聞いている。
しかし、記憶を呼び起こして催眠術に亀裂を入れておくのは有効だと教わってもいる。
今の金城神楽は、過去の記憶を封じられた状況らしい。
実の父である金城菊次郎のことを、詳しく知らない可能性が高いと言う。だからこそ、虚空時貞の切り札足り得る。
「……ママが、ママじゃない? そんな……馬鹿な……」
「ねぇ、神楽さん? 本当のお父さんの顔、思い出せますか?」
「…………う、うるさいっ!! よくよく、考えたら、貴女、神楽の敵ですよね!? 神楽を狙ってる、ってどうしてですか!? 何が、目的なんですっ!?」
酷く興奮した口調で、金城神楽は矢継ぎ早に捲し立てた。
鼓膜が治りきっていない為、魔力の膜で音の振動を認識しているが、絶叫に近いその声は頭に響いて痛かった。
わたしはこれ見よがしに深呼吸して、スッと上を向いた。
警備室の扉についた窓から、銀髪の美少女の顔が少し見えていた。彼女――金城神楽は、グシャグシャの泣き顔だった。
「神楽さん、落ち着いてください。わたしがもし、本当に敵で、狙いが神楽さんであったならば、こんな無意味な問答をするとお思いでしょうか?」
「――知らない! そんなの、分からないです!! 神楽を、懐柔しようとしてるんでしょ!? どうして、神楽を――神楽はここで、ずっと…………ずっと……?」
「興奮しないでください、神楽さん。興奮すると、魔力の消耗が激しくなって、動悸や息切れがするのでしょう? 心臓にも負荷が掛かるとお聞きしていますし――わたしはそんな神楽さんを、この実験場から助け出しに来たんですよ?」
駄々っ子のように泣き叫んでいる金城神楽に、柔らかい微笑みを浮かべて見せる。金城神楽を肉体的にも精神的にも、これ以上消耗させるのは宜しくない。
わたしはふと、柊南天から事前に聞いていた話を思い返す。
金城神楽の現状や、虚空時貞と【破壊神】金城菊次郎の関係を――
柊南天の情報では、まず大前提として、ここでいま話している金城神楽は、実のところもうとっくに寿命が尽きているらしい。つまりは、ゾンビのような存在であり、魔力供給が断たれた瞬間に死んでしまう存在らしい。
嘘か本当か、そもそも金城神楽は重篤な心臓病を患っていたらしい。いつ死んでもおかしくない、と診断されたのが八歳の頃で、それから騙し騙し延命を続けて、何とか十歳を過ぎて生きることに成功したそうだ。
けれど、その時期から体調は急変して、いよいよ病気が末期になってしまった。
その症状は現代医学では治せず、世界中の医師を訊ねて回っても、誰もが口を揃えて死を待つだけと診断する状況だった。実際、柊南天も当時、金城神楽を診察しており、どうやっても治癒不可能であると診断したそうだ。
さて、それはそれとして――当然、そんな事実を知っても、金城菊次郎は愛娘を諦めきれなかった。
助ける為ならば、あらゆる非合法な手段にも手を付けて、やがて神言桜花宗の教祖である【四象の魔女】に辿り着いた。
四象の魔女は、金城菊次郎の類稀なる戦闘力を非常に高く評価して、協力すればその対価に、金城神楽の延命を手助けすると約束した。金城菊次郎は二つ返事で己の力を貸すことを約束する。
そうして、四象の魔女は金城神楽を生かす為に、自らの魔力を分け与え、希薄な生命力を補填した。
ところが、だ。
残念なことに、四象の魔女が施した延命は、結果として金城神楽の寿命を奪うことに繋がった。
金城神楽は不運にも、魔力を扱うに適した身体ではなかった。
魔力不適合者と呼ばれる体質であり、魔力回路も定着しなければ、外部からの魔力や魔術は毒にしかならない特異体質であった。だがそれに気付くことなく、強力な魔力を二年間絶えず浴び続けた結果、金城神楽の臓器は自力では動かなくなり、魔力を注ぎ続けなければ呼吸一つ出来ない身体になっていた。
気付いた時にはもう手遅れ、もはや他者の魔力なしには生きられない存在に成り下がる。
果たしてそれは、生きていると言えるのだろうか。
それを知った金城菊次郎は、当然ながら絶望する。そして逆恨みから四象の魔女に闘いを挑み、殺す寸前まで追い詰めたようだ。しかし、四象の魔女を殺すことは、すなわち金城神楽を殺すことに直結する。それゆえに、四象の魔女を殺すことは出来なかった。
こうして金城菊次郎は、神言桜花宗の切り札になった。
人質に愛娘の命を握られてしまっては、命令に逆らうことなぞ出来ない。
それからしばらく経ち、金城菊次郎の戦闘力を我が物としたい虚空時貞が、四象の魔女から金城神楽を奪うことに成功した。魔力の供給先が虚空時貞に変わり、挙句、金城神楽は軟禁されて人質と化す。
そうして虚空時貞は、破壊神を己の右腕とした――という顛末である。
まあ、そんなこんなで、金城神楽は神言桜花宗にとって最重要な人物である。
ついでに【破壊神】を操るうえで、何よりも丁重に扱わなければならないVIPでもある。更に補足すれば、異端管理局ではこの金城神楽に対して、十億ドルの懸賞金を懸けているほどだ。
これはつまり、異端管理局がそこまでの懸賞金を懸けなければならないほど誘拐が困難であることを意味する。それを無事に達成すれば、わたしを小馬鹿にした天桐・リース・ヘブンロードをギャフンと言わせられるだろう。少しは溜飲が下がるに違いない。
そんな夢想をしていると、金城神楽が混乱した声を上げる。
「ママ、ママ? あれ、ここ……なん、で?」
「――安心してください。わたしは味方ですよ?」
「……神楽、ここにずっと……なんで? あれ、あれ?」
はぁはぁ、と段々に呼吸が荒くなる金城神楽に、わたしは冷静に応えた。
「記憶が混濁しているのでしょう? 落ち着いて、深呼吸してください」
「ママ……ママ……ッ!? ママ、どこ……助けて、よぉ……」
「面倒な――」
わたしはボソリと小さく呟き、その場を立ち上がる。
金城神楽は、警備室の中央で胸元を抑えて、ひゅうひゅう、と過呼吸気味になっていた。
仕方ない、と溜息を漏らしてから、ドアノブを回す。
しかし鍵が掛かっているので、ガチャガチャと音が鳴るだけだった。
それを確認してから、素早く斬鉄を使って、鍵部分だけ切り裂いた。ドアノブがポトリと落ちて、鍵ごと壊れた。
「ぅ、ぁ、え、ええ!? なんで――ッ!? た、助けて――神楽、ヤダ、ヤダ!!」
「ほら、落ち着いて――ね? わたしは別に、危害を加えたりはしませんよ?」
「――――っ、ぁう?」
涙を流しながら首を横にブンブン振って、見事な銀髪を振り乱す金城神楽を、わたしは優しく抱き留める。幼いその身体は華奢で、抱き締めたら砕けてしまいそうなほど小さい。
わたしは耳元で優しく呟きながら、天仙之位を使用して、なけなしの魔力を金城神楽の身体に注ぎ込んだ。
この魔力の供給方法も、事前に柊南天から聞いてはいたが、実際に行うとなると非常に高難度だった。少しでも集中を切らすと、魔力が霧散してしまう。
「ぁぁ――っ、ぅ……ふ、ぅ……」
「神楽さん、大丈夫ですか? 落ち着きましたか?」
優しく抱き締めながら、わたしの魔力をしばし浴びていると、金城神楽はようやく泣き止んだ。
呼吸も安定してきて、思考も冷静になってきたようだ。
やがて静かな呼吸になり、顔を伏せたままで囁くような音量で問い掛けてきた。
「敵、じゃない……って、本当ですか?」
「ええ、本当ですよ。だって、敵だったら、いまこの瞬間に、神楽さんを幾らでも殺せますよ?」
「……ママを、殺したのは、どうして、ですか?」
「アレはママではありません――南雲果林という赤の他人です。金城神楽さんとは、何の血縁もありませんよ」
「…………赤の、他人? そんなはずない……だって、ママは、いつも神楽に優しかったし……好きなこと、やらせてくれた……」
「――神楽さんは自覚がないようですが、いま神楽さんは誘拐されているんですよ?」
たどたどしく弱々しく喋る金城神楽に、わたしは淡々と返す。少し冷たいかも知れないが、子供のあやし方なぞ知らない。
それでもわたしなりに、努めて優しい口調で語りかける。
「神楽さん、お父さんの名前、憶えていますか?」
「……パパは……虚空、時貞……」
「違いますよ? 本当のお父さんは、金城、菊次郎。それが神楽さんのお父さんの名前です。思い出してください」
「…………菊、次郎? 知、らない……そんな名前……知らない……」
虚ろな瞳でフルフルと首を横に振る金城神楽の目を覗き込み、わたしはジッと魔力視する。すると、表情が薄く透けて、脳みそを包み込む毒々しい色の魔力が靄のように視えた。
「――神楽さん。わたしの瞳を視てください」
わたしは自らの双眸を指差して、何もかも見透かすように強く金城神楽の瞳を見詰める。
「…………」
「――ッ、フッ!」
「ぇ…………ぁ」
互いに見つめ合い、五秒ほど経った時、わたしはフッと瞼を閉じた。それと同時に、気合の呼気を吐きつつ金城神楽の後頭部を撫でた。撫でた掌からは微弱な魔力を放ち、脳みそを包んでいる毒々しい魔力の靄を吹き飛ばした。
ビクン、と金城神楽は身体を痙攣させる。
「…………ぁ、そっか」
すると、まるで長い夢でも見ていたかのように、金城神楽はハッとした表情になり、視線を床に落とした。わたしの身体をいっそう強く抱き締めるように、グッと引っ付いてきた。
わたしは心の底から安堵の吐息を漏らす。何とか成功した。これで肩の荷が下りる。
流石に天仙之位で魔力の操作性を向上していたとはいえ、最近手にしたばかりの力で、これほど精密なことをやるのは緊張するものだ。
「――どう、ですか? 気分、少しは晴れましたか?」
わたしは強く引っ付いてくる金城神楽の背中を撫でながら、優しく問い掛けた。
「うん――ありがとう、ございます。思い出し、ました……神楽は……ずっと、パパのお荷物で……ここ半年は……時貞の爺に捕まって、人質にされてた……みたいです」
金城神楽は鼻を啜りながら、しかし苛立ちを滲ませた口調で呟く。思っているよりも、ずっと気が強いのかも知れない。そして何より、虚空時貞のことを『時貞の爺』と表現するあたり、これから実行するわたしの計画に協力してくれそうな予感がする。
「神楽さん――わたし、これからその虚空時貞――通称、魔王さんを殺しに行くのですけれど、協力してくださいませんか?」
「……うん、それは構いません……けど……貴女に、殺せるんですか?」
殺す、という単語に何の躊躇もない金城神楽に、わたしは一瞬だけ驚いた。けれどそれよりも、殺せるか、と問われたことに、少々ムカついた。
「――侮らないでくださいませんか? わたし、先ほど果林さんを真正面から打ち破っていますよ?」
「ママ……じゃなくて、南雲果林は……確かに、時貞の爺が飼ってる下僕の中では、一番強いですけど……時貞の爺の方が、ずっと卑怯で、厭らしい戦い方をして……厄介、ですよ?」
「――へぇ? 神楽さんは、魔王さんのこと、お詳しいのでしょうか?」
わたしにギュッと甘えてくる金城神楽を見詰めながら首を傾げた。金城神楽は、コクリ、と強く頷いて、わたしの胸元に顔を埋める。少しだけこそばゆい。
「時貞の爺は……他人の思考を、読み取れます……それが、異能『精神読取』です。その異能と強力な催眠術があるから……相対してしまうと、もはや何もできません……ことごとく思考が読まれて……気付けば、催眠術を掛けられてしまいます。そうなれば、貴女もすぐに、時貞の爺の言うことを聞くだけの……奴隷にされちゃいます……」
金城神楽の告白に、わたしは面食らってから、ついつい失笑していた。
まさか本当に、柊南天の言っていた通りだとは思わなかった。
だとすれば確かに、柊南天が予測していた展開になるに違いない。
「ふふふ――それは、なんとも重畳、ですね。なるほど、なるほど、マインド・リーディング、ねぇ?」
「……甘く見ない方がいいですよ? パパだって、鬱陶しいってぼやいてました。対策を練らないと、本当に何もできずに……手も足も出ず……負けてしまいます……」
「あらあら、それは怖いです――ところで、対策とは何か案があるのでしょうか?」
「……分からないです……でも、パパは……明鏡止水を極めるか、無我の境地に至れば、さして怖くない……とか、言っていました……」
わたしは思わず、ふふふ、と笑いを堪え切れずに吹き出す。昨日、初めて虚空時貞と対峙した際の光景を思い出した。金城神楽の言っていることが、十二分に理解出来た。
「……甘くは見ていませんよ? そして恐らく、神楽さんがいま危惧しているような展開には、決してならないと誓いましょう」
わたしは自信満々にそう言って、ところで、と金城神楽の抱擁を軽く外した。
「ほかに、魔王さんの闘い方で――そうですね、魔術の点で何か気を付けるべきことはありますか?」
「……魔術? 魔術……は、南雲果林の方が威力が強いです……南雲果林の十八番『炎熱の羽』と『大爆発』を防御出来るなら……きっと、時貞の爺の魔術は、多彩ではあれど、それほど怖くない、はずです……」
「…………へぇ? それはそれは、少しだけ拍子抜けです」
さて、とわたしは立ち上がり、へたり込んでいる金城神楽に手を差し出して起こした。
金城神楽は、わたしが絞り出した魔力を全て吸収したおかげか、少し肌の艶が良くなっている。プラス先ほどよりも元気に思える。
一方で、わたしはもう微かしか魔力が残っていない。これではきっと、南雲果林とのような消耗戦のような戦闘は出来ないだろう。
「ふふふ――ハンデとしては、ちょうどいいでしょうね」
「ハンデ……? あの……本当に、油断しない方が良いですよ? それにここから逃げるんですよね? パパと合流するのですよね?」
わたしの笑いに、金城神楽が縋るような視線を向けてきた。心配そうなその顔は、一刻も早くここから逃げ出したいと訴えている。
けれどもその要望に応えることは出来ない。わたしはこれから、最後の締めに、虚空時貞を殺しに行かなけれならないのだから――まあ、馬鹿正直にそれを言うことはないが。
「そう言えば、神楽さん。神楽さんは、倉庫、というのがどこにあるのか、御存じでしょうか?」
とりあえずわたしは警備室から出て、内階段と搬入用エレベーターがある通用口に入る。
上からも下からもまだ誰も来ていない。
金城神楽は鉄格子に駆け寄り、何やらガチャガチャと弄って、扉を開錠させていた。ありがたいことに鍵を持っていたようだ。
「……倉庫、は……屋上、ペントハウスの脇にある、物置です……スタッフ専用で……雑多な資材が置かれていますが……神言桜花宗の息が掛かっていないので……警備会社の防犯が入っています……」
「――なるほど。つまり、勝手に開けて、勝手に盗ると、警察の御厄介になってしまう、と?」
「はい……でも、逆に、だからこの時間なら、誰も見張っていない、はずです。この階段を一番上まで行けば、屋上の貯水槽の隣にあるスタッフ待機室に出ます……」
金城神楽は言いながら、慣れた仕草でセキュリティを全て開錠した。強化ガラスの扉も開けると、真っ先に下階に下りようとする。
それを引き留めて、わたしは上階を指差す。
「申し訳ありませんが、神楽さん。わたしは倉庫に大切な祖父の形見があるんです――お付き合い、いただけないでしょうか?」
「……え? で、でも……屋上は、時貞の爺たちが、よく会合をしているペントハウスがあるんですよ? 見付かったら、捕まってしまいますよ? まずはパパと合流して、それから向かえば……」
「――もう一つ、申し訳ありません。菊次郎さんは、まだこの街に到着していないんです。わたしは先行して、神楽さんと合流するよう言われていますけれど、ここに来るまでに、周囲は信者たちで溢れていました……きっとこのまま外に出ようものなら、結局、囲まれてしまいます」
「あ――ぅ、ん――そ、うですか……」
ええ、とわたしは残念そうな顔で頷き、金城神楽の腕を引いて階段を上り始める。
上階下階と気配を探るが、いまのところ、内階段には誰も居ない様子だ。
ところで、わたしの説明は勿論、全くの嘘八百である。
金城神楽を納得させる為の、それっぽい言い訳でしかない。そもそものところ、金城菊次郎の動向など何一つ把握していない。
「ねぇ、神楽さん。この内階段は、各フロアのどこに繋がっているのですか?」
「……受付、あるの分かりますか? あの受付のカウンター下に、一人分が隠れるスペースがあって、そこに隠し通路があるんです……この内階段は、各階より半階分低い位置にあります……あの巨大なエレベーターは、屋上ペントハウスと、地下二階の、通称ゴミ捨て場ってところに繋がってます」
「ゴミ捨て場?」
「はい……その……もう、使えなくなった……信者の方たちを、捨てる場所……です」
言い難そうに顔を伏せながら、金城神楽は説明してくれた。それに頷きながら、ゆっくりと階段を上がり続けて、ようやく内階段が終わりを告げた。
その最上階は、先ほどの二階と変わらぬ強化ガラスの扉と、鉄格子による二重構造で閉ざされている。金城神楽がそれをすかさず開錠してくれる。
「ちなみに、神楽さん? このセキュリティとか、他に誰が開錠出来るのでしょうか?」
「……時貞の爺、だけ……です。南雲果林も……この鍵は持っていないです。神楽は、基本的に、どこにでも行けるけど、どこにも行かず……あの部屋でずっとゲームをやって……警備室で、みんなの動きを眺めて……そんな一日を、ずっと続けてました――開きました」
手際よく開錠してくれた金城神楽に感謝を述べて、わたしは通用口の扉に耳を付ける。外の気配を探ると、ほとんど人の気配がない。
「神楽さん。神楽さんは、屋上で少しの間、お待ち頂けないでしょうか? わたし、すぐに倉庫から形見を盗ってきてしまいますので――そうしたら、合流して脱出しましょう?」
「…………はい」
酷く心配そうな金城神楽に微笑んで、わたしはスッと通用口の扉を開けた。
周囲には見渡す限り誰もいない。
お客さんと思しき人影一つ見当たらないのは不気味だった。とはいえ、とりあえずわたしと金城神楽は外に出た。
屋上は既に日が暮れ始めており、ナイター仕様のライトが眩く輝いている。
通用口を出てすぐ隣には貯水槽があり、正面にはゴルフの打ちっぱなしの受付があった。だが、受付にはお客さんどころか、スタッフさえいない。
「――誰もいない?」
六階の爆発騒ぎの影響か、それともそれ以外の要因か、兎も角、屋上はもぬけの殻と言えるほど閑散としており、逆に居ることが目立つ状況だった。
わたしも金城神楽も、倉庫に向かわず、少しだけ周囲の散策を優先してしまう。すると、人が居ない原因が理解出来た。
「……消防車、来てますね……」
「なるほど――これは逆に、いま外に出ても捕まってしまいますね」
屋上から地上を見下ろすと、ウーウー、とサイレンを鳴らしている消防車と、警察車両がいくつも到着している。
けれどそれらを敷地内には入らせずに、駐車場の辺りで何やら揉めている様子が窺えた。
警察関係者が建物に入ってこないのは、わたしにとっても幸運である。これで好き放題暴れられる。
わたしはニヤリとほくそ笑んでから、金城神楽と共に倉庫に向かった。




