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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第四章/異端管理局と神言桜花宗と人修羅

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第六夜(2)

 向かい合うわたしと金城果林との距離は、テーブルを挟んでおよそ6メートルもない。部屋自体が狭いので、派手な大立ち回りは出来ないだろう。

 テーブルにはところどころ銃撃の影響で大穴が開いている。それは壁面も同じで、見事な大穴が通路まで貫通していた。

 周囲に気配はそれなりにあるが、幸いにも六十五番の部屋近辺には誰もいない。


「貴女の目的は『神楽を助ける為』と言っていましたが――異端管理局の回し者、ですか?」

「さあ、どうでしょう? 教えて欲しければ、全力で闘ってくれることを望みますよ」

「――――まぁ、どうでもいいですね。ここで死ぬ相手が何者であろうとも」


 冷めた表情で、金城果林はスッと両手を広げて無防備をアピールする。しかし、それが金城果林の構えであることを知っている。

 充実する覇気と殺気、凍えるような冷気を伴った威圧感は重厚で、漂ってくる魔力は虚空時貞と比較しても互角だろう。前情報で聞いていた通り、虚空時貞よりも強力というのは嘘ではなさそうだ。


「素手というハンデは想定外ですが、それでもわたしは、見事に果林さんを殺して見せましょう」


 わたしは腰を落として、低姿勢で前傾になる。右腕の出血は止まらないが、痺れはもう取れている。十全に技を使えるだろう。

 ゆっくりと深呼吸して、集中を一つ上の段階に引き上げた。修羅之位に魔力を乗せて、肉体強度と身体能力、あらゆるパフォーマンスを極限まで研ぎ澄まして向上させる。思考が加速して、身体は羽のように軽くなる。

 二人の間に緊迫した空気が流れる。

 まるで膨張する風船のように、高まる緊張感はやがて、唐突に爆発した。それは金城果林の溜息が合図だった。


「ふぅ――『取り寄せ』」


 金城果林が取り寄せたのは、樫で出来たトンファーである。広げていた両手を握り込んだ瞬間、その両手には高硬度のトンファーが握られていた。

 金城果林はそのまま、クルクルとトンファーを回転させながら、ダランと両手を下げた姿勢で一歩踏み出す。

 素手対トンファーで近接戦闘を演じるのは、少々分が悪いだろう。故に、先んじて奥義をお見舞いすることにした。


「歩法(オボロ)――」


 歩法飛天の速度で、歩法陽炎を使用する奥義である。初見殺しの超高速歩法術であり、不意打ち狙いの強襲策だ。

 わたしは金城果林の踏み込む一歩に合わせて、歩法朧で正面に残像を残しつつ、その背後に回り込んでいた。

 金城果林は、取り寄せを行う前後の一瞬、意識が散漫になる傾向がある。その刹那の隙を突けば、死角に回り込むことなぞ容易だった。


「姿が、消え――ッ!?」 

「無刀之型――」


 金城果林が一歩を踏み出した時、正面にはわたしの姿はなかった。驚愕に動きを止める。

 一方で、わたしは既に、金城果林が驚愕している時点で背後に立っており、外道之太刀の中で最速にして広範囲、最も不可避と言われる剣舞を繰り出していた。

 予備動作なし、初撃から最高速度で繰り出される縦横無尽の高速剣舞――これを防げたのは、いまのところ、たった二人しかいない。


「――【無形羅刹(ムギョウラセツ)】」


 完全にわたしを見失った金城果林の死角から、呟きと同時に絶え間ない連撃を放った。

 突いて、打ち下ろして、裂いて、切り払って、縦に横に斬って、撃って、突き上げて、叩きつける――それら一撃一撃は、魔力を纏った手刀により、素手とは思えない破壊力を宿している。トンファーで防ごうとも、それごと粉砕出来る威力だ。

 実際、一撃、二撃は咄嗟に防御出来たようだが、連撃を受け切ることなぞ出来ず、すぐにトンファーは砕けて、武器としての意味を為さなくなっていた。


「――っ、くぅ!? 柔円舞(ジュウエンブ)


 頼みの綱のトンファーが砕かれて、しかし金城果林は、すぐさま何やら不思議な体術を駆使して、わたしの連撃を捌いてみせた。そのせいで、致命傷を与えるには至らなかった。


「本当に、素晴らしい――」


 無形羅刹の連撃を、金城果林は避けるのではなく、受けながらも流していた。

 金城果林の身体がまるで蛸のようにぐねって、軟体動物を思わせるほどの柔軟な脱力で、衝撃を霧散させている。実体はそこにあるのに、けれど手応えが全くなかった。

 まるで柳に腕押し状態の手応えのなさに、わたしは思わず絶賛の声を上げる。


「――――砕!」

「――ガッ!?」


 瞬間、今度はわたしの隙を突かれて、トンファーで脇腹を貫かれた。


「ふふ……ふふふ……今度は、わたしが油断してしまいました……」

「ぅ――ぐっ――ば、化物ですか、貴女?」

「……あら? ふふふ……化物、化物と……皆さん、揃いも揃って人のことを化物呼ばわりしてくれますけれど……失礼だと、思わないのでしょうか?」


 わたしは大砲を喰らったみたいに抉られた腹部を押さえながら、不敵な笑みで金城果林を眺める。

 咄嗟にバックステップして距離を取ったが、間合いとしてはまだまだ近距離だ。

 わずか二歩でも踏み込んだら、もはやそこは素手の間合いである。


「ぐっ、ぅ……」


 金城果林が苦し気な声を上げている。表情は悲痛で、疲労の色も濃い。

 無形羅刹を受け流したとはいえ、捌き切ったわけでも、躱したわけでもないのだ。致命傷を避けるので精いっぱいだった金城果林は、紛れもなく満身創痍だった。

 パッと見る限りで、右肩の骨にはヒビ、僧帽筋も断裂、左脚は太腿に穴が開いており、左腕は尺骨が見えている。取り寄せたトンファーも、左右共に長い柄の部分が粉々に砕けており、もはや用を為さない。

 とはいえそれでも、完璧に決まった無形羅刹を喰らって、即死しなかったのは素直に認めるべきだろう。

 心の底から嬉しくなるほどの強さである。()()()()()、想像以上の強者だ。


「――天仙之位」


 わたしは集中を切り替えて、自然治癒力を高めることを優先する。平然と振舞ってはいるものの、実のところ、抉られた脇腹の出血は思ったより酷かった。


剛円舞(ゴウエンブ)――」


 わたしが一拍置いたのを見て、金城果林は意を決したように叫び、全身に凄まじい覇気を纏わせて膨大な魔力を解き放った。


「――炎天よ、爆ぜろっ!!」


 膨れ上がる魔力と同時に、鼓膜を破かんばかりの大音量の怒号が響き渡る。

 金城果林は叫びながら、自らの顔を庇うように両腕を交差させて、身体をグッと丸める。すると、膨れ上がった魔力が唐突に弾けた。


「――へぇ?」


 金城果林が顔を庇った瞬間、わたしは何の迷いも躊躇もなく、何が起こるのかも考えずに、反射的にその場から全力で逃避することを決断していた。

 閉じているエレベーターの扉に向かって、歩法飛天を用いて最速に飛び掛かる。当然、扉は開いていないので、勢いよく激突する結果となるが、すかさず斬鉄で切り裂いて、頭から飛び込むようにエレベーターシャフトに落下した。


 次の瞬間――膨れ上がった魔力が、炎熱を伴った大爆発を巻き起こしていた。


 暗闇に落下しながら、わたしはクルリと姿勢を変えて上を見上げる。

 飛び込んだエレベーターの位置、六階からは、轟々と炎が噴き出しているのが見える。熱波が吹き付けてきて、連鎖爆発も発生していた。


「これは、大ごとになってしまいますね――――グッ!?」


 わたしは身体を反転させて、着地の姿勢を取る。けれど、思ったよりもエレベーターの停まっていた位置が近かったので、受け身を取るのが遅れてしまった。

 背中を強打して、狭いシャフト内で転がってしまう。恥ずかしい限りだ。


「……自爆技、ではなさそうですが……このまま逃げられると厄介です」


 出血する腹部を押さえながら、わたしは上階を見上げる。

 炎が噴き出した六階からは、けたたましい火災報知器が鳴り響いていた。その奥からは大合唱で悲鳴も聞こえてくる。かなりの大惨事になったようだ。

 けれどわたしが危惧すべきことは、大ごとになってしまうことなどではない。

 この状況で、金城果林がわたしを追うのを諦めることだ。

 このまま虚空時貞と合流して、破壊神を呼ばれてしまったら、もう今回の大暴れは打ち切って逃げるしかない。その時点で、わたしの愉しみは終わってしまう。


「あ――――ふふふ」


 しかしそれは杞憂だった。

 炎と煙を切り裂いて、金城果林が飛び降りてきてくれた。

 金城果林は、わたしという強者を確実に殺すことよりも、金城神楽を護ることを優先したらしい。

 それが悪手とも気付かずに――


「爆炎よ、轟けっ!!」


 炎と煙を纏って落下しながら、金城果林は拳を突き出した。すると、拳の大きさをした炎の弾丸が凄まじい速さで飛んでくる。

 わたしはすぐさま視線を切って、エレベーター内に下りた。

 直後、ドガン、と凄まじい爆音が鳴り、エレベーターの箱が大きく揺れた。そして、続く一撃で容易く天井は貫かれて、炎の弾丸がエレベーター内で暴れまわる。


「斬鉄――っく、疾い!?」


 エレベーターの扉を切り裂いて、停まっていたフロアに飛び出した。

 背中から、凄まじい熱気と爆発の衝撃が巻き起こり、わたしはゴロゴロと床を転がってしまった。


「……ここは、二階か……なるほど、あの空白地帯……」


 わたしは爆発炎上しているエレベーターからだいぶ離れて、すぐに起き上がる。

 ここに飛び込んだ際、チラっと確認した階数は二階だった。シアタールームの位置から考えると、土井MCBの総合受付から、それほど遠くない場所である。もしかしたら、隠し通路で総合受付と繋がっているかも知れない。

 そんなことを考えながら、グルリと周囲を見渡した。


「――思ったよりも広い」


 床には絨毯が敷かれているものの、辺り一面、資材一つ置かれていない。

 広さは目算で30メートル四方の正方形スペースで、何らかのテナントが入る予定のフロア、と言われて違和感はない。

 奥にはスタッフオンリーと書かれた扉と、すぐ横にトイレの記号がついた狭い通路がある。

 他に通路はない。となると、金城神楽はスタッフオンリーの扉を通った先にいるだろう。


「……逃がしませんよ」


 わたしが周囲を警戒していると、ドォオン、と轟音が鳴り、エレベーターのところから超高温の熱風と炎、無数の鉄片が弾け飛んできた。

 その轟音の響きから、破壊されたエレベーターが階下に落下したと思われる。


「……果林さん。要らぬお節介かも知れませんけれど……こんな大ごとにしてしまって、大丈夫なのでしょうか?」


 もうもうとする煙と共に現れたのは、炎の翼をはためかせて、両脚に氷の脛当てを装備した金城果林である。

 その肩口や上腕部からは血が滴っているが、不思議なことにそれは火の粉に変わっている。見た目だけ言えば、まるで炎の天使である。


「要らぬお節介です。そもそも大ごとにさせたのは貴女のせいでしょう? どの口がそんなことを――」

「――それは失礼いたしました。それでは存分に愉しみましょうか?」

「…………はぁ」


 金城果林が満身創痍であることに間違いはない。だが、それをおくびにも出さず、痛みを感じさせない立ち居振る舞いをしている。しかも万全を装う為に、傷だらけの肉体も魔術で補っているのが見て取れた。

 魔術とは、こういう使い方もできるのか。わたしは、心底から感心した。このような魔術の使い方は、想像だにしていなかった。非常に勉強になる。


「修羅之位――無刀之型【土竜(モグラ)】」


 とはいえ、敵に感心していても仕方ないだろう。

 わたしは気持ちを切り替えて、右の手刀を足元の絨毯に突き刺す。同時に、魔力を解き放つ。すると絨毯が波打ち、蛇でも隠れているかのようにうねりながら、金城果林の足元に迫った。

 外道之太刀土竜――地面や壁面などの地続きの平面部に剣気を通して、数メートルから数十メートル先の目標を切り裂く中距離斬撃である。

 今まで素手だと巧く使いこなせなかったが、魔力を併用することでその問題点は解決している。


「――炎熱の羽よ、敵を貫け」


 一方で金城果林は、わたしの斬撃がどのようなものかも意に介さず、炎の翼をはためかせて数十の羽を飛ばしてくる。それはまるでレーザービームのようで、空中に赤い軌跡を残しながら、一直線にわたしに迫った。

 ちなみに、入れ違いで絨毯を伝って到達した土竜だが、それは容易く阻まれる。金城果林は視線さえ向けずに、足踏み一つで氷の壁を発生させて、それを盾に土竜を防いでいた。


「チッ……それなら、これです。無刀之型、雨燕――比翼飛燕(ヒヨクヒエン)


 飛んでくる数十の炎の羽は、凄まじい速度ではあったが、一直線ゆえに見切り易かった。

 わたしは舌打ち混じりにその羽全てを躱し切り、右手を素早く袈裟に振り下ろす。途端、空気が刃を形成して、燕の如く飛んでいった。

 けれどそれは従来の雨燕と違い、山なりに歪曲した軌跡を描いて、まさに生物を思わせる動きで目標を切り裂く双撃だ。これは、単純に真っ直ぐ飛び掛かる斬撃ではない。ましてや、一撃ではなく時間差の双撃である為、躱し難く、対応し難い技である。


「――『取り寄せ』」


 ところがその双撃を、金城果林は新たに取り寄せられた拳銃の連射で掻き消した。初見でこの技を見切って、対処し切る判断力と反射神経が凄まじい。


(けれど……右腕は上がらないようですね……)


 金城果林は器用に、左手だけで照準を合わせていた。片手の早撃ちで、見事に初見の雨燕・比翼飛燕を撃ち落とすとは、かなりの凄腕である。

 そうして感心したのも束の間、流れるように照準を変えて、今度はわたしの全身を狙い撃つ。


「銃撃なぞ、先ほどの魔術と比べれば、まるで怖くありませんよ」


 わたしは余裕げに呟きながら、けれど踏み込まず、連射された銃弾を躱した。

 左手の動きだけ意識すれば、銃弾の軌道など見切るのは容易い。仮に超至近距離だろうと、百発撃たれても当たらない自信がある。だがそれでも、迂闊に接近するのは危険と判断していた。

 金城果林も戦闘スタイルは接近戦である。だと言うのに、接近してこないことを考えると、誘っている可能性がある――どちらにしろ、どうせ遠距離では勝負はつかない。

 いずれ相手は焦れて、何らか奥の手を使ってくるだろう。わたしはそれまで、我慢して待てば良い。


「雨燕!」

「炎熱の羽よ――」


 そうして互いに、遠距離攻撃の応酬を繰り広げる。けれどそこに奇手は一つもなく、予定調和でもあるかのように、躱して、躱されて、ただただ膠着した状況が続いた。


「ぐっ……こ、の……炎天よ――」


 そんなやり取りを何度か繰り返した後、やはり先に焦れたのは金城果林だった。思いのほか、堪え性はなかったようだ――いや、それとも、わたしが思ったよりも手強かったのだろうか。


「どちらにしろ、この場を覆す妙手であると良いですね?」

「――――爆ぜろぉっ!!」


 不敵な笑みと共に呟いたわたしの声は、直後の大絶叫と爆音に呑み込まれる。

 それは魔力の大爆発である。つい先ほど、六階のシアタールームで見た時と同様に、一瞬にして凄まじい量の魔力が膨れ上がった。

 このフロアごと、何もかもまとめて吹き飛ばすつもりだろうか――破壊力と爆発力だけならば、この威力は軽くダイナマイト級だろう。


「今度は、受けて立ちますよ」


 先ほどは直感に従って回避を選んだ。それほどまでに危険な威力、破壊力を持った攻撃である。けれど、そこまで分かっていて、今度は逃げたりしない。今度はこれを真正面から受け切って、完膚なきまでの完勝を目指すつもりだ。当然、勝利の算段はある。

 わたしはグッと腰を落として、直後に巻き起こるだろう衝撃に身構えた。

 修羅之位で限界以上に肉体を強化して、魔力を全身に漲らせれば、恐らくは耐えられるはずだ。


「剛円舞――」


 果たして、フロア内を満たし尽くした魔力が、一瞬にして爆炎に変わる。それは凄まじい高温の炎熱と爆風を産み出して、金城果林を中心に大爆発を巻き起こした。


「『取り寄せ』」


 大爆発の轟音に紛れて、金城果林が何かを取り寄せる。それは、三種類の手榴弾だった。取り寄せた手榴弾は形状から察するに、閃光手榴弾、音響爆弾、破片手榴弾のようである。


「――ふふふ、ふふふ」


 眼前に迫ってくる魔力の炎と、魔術による大爆風。そして、足元を転がってくる閃光手榴弾と音響爆弾、山なりに放り投げられた破片手榴弾。

 わたしはそれらを目の当たりにして、笑う以外の感情が沸き上がらなかった。

 すかさず修羅之位による肉体強化から、天仙之位に意識を切り替えた。限界以上に強化した鋭敏な五感のままで、閃光手榴弾と音響爆弾を喰らったらショック死しかねない。


「正念場、です――」


 わたしは自嘲しながらも、全身の魔力を練り直して、皮膚下に薄い魔力膜を張り巡らせた。

 それは、爆発の衝撃と熱に耐える為ではなく、内臓器官に致命傷を受けないようにして、身体の内側の防御に集中する意図だ。また、閃光と音響にやられないように、自らの五感を極限まで鈍くする。

 幼い頃、修行の一環で閃光手榴弾と音響爆弾のコンボを味わったことがある。

 あの時は、軽く五秒間は身動きが取れなくなってしまった。もしいまあの時のように、五秒間も身動きが取れなくなってしまったら、間違いなく死が確定してしまう。その隙を見逃すほど、金城果林という敵は甘くもなければ、弱くもない。

 そんなことを思考しながら、金城果林の様子を窺う。

 金城果林は、身体を炎の翼でガードしており、プラス分厚い氷の壁を目の前に創り上げていた。きっと身体も硬化させているに違いない。そこまでしなければ、この大爆発を耐えられないのだろう。

 なるほど、それだけの高威力という訳か――上等である。

 わたしは狂気じみた笑みを浮かべた。


 刹那――爆音と閃光、細かい金属片、空気の振動が巻き起こり、この時点で、わたしの鼓膜は破れた。


 瞼を閉じていても視界は真っ白になり、視覚は使い物にならなくなる。

 キーン、と耳鳴りが絶えず脳内に響き、音はもう感じることが出来ない。

 身体の前面は至るところが火傷を負い、皮膚は爛れてジクジクと痛みを訴えている。ついでに肋骨が何本か折れているようで、息をするたびに骨が軋んで激痛だった。

 覚悟していたが、想定通りにわたしは身体機能の七割を失っていた。


「あ、っ……くぅ、ぐぅ……ふ、ふふ……」


 わたしは狭い通路の壁に手を当てて、歪な笑みを浮かべながら顔を上げた。

 爆発が最高潮になった一瞬にトイレの通路に飛び込んで、衝撃を減じつつ、肉体の被害を最小限に抑えたものの、このありさまだ。

 しかしそんな満身創痍の状態で、わたしは嬉しくてたまらなかった。それこそ、これ以上ないほどに狂喜乱舞していた。

 これぞ真の意味でギリギリの攻防だ。

 こういう殺し合いこそ、ここまでの逆境でこそ、わたしの素質を引き上げてくれる。


「――――これで死なない人間を、化物と言わずに何と言い表せば宜しいのですか?」


 煤けた煙と熱風が吹き飛んで、清涼な風がわたしの顔を刺激した。顔を上げた先、フロア中央付近に人の気配する。恐らくは金城果林だろう。

 視界は真っ白で、音も聞こえない。けれど、気配が分かればそれで充分だ。


「……ふふ、ふふふ……ふふふふ」


 わたしはただただ笑った。そんなわたしに、正面のフロア中央から感じる気配は、動かず沈黙している。

 すぐさま攻撃に転じないことから考えて、金城果林も軽傷ではなかったと推測出来た。

 それとも、いまが千載一遇のチャンスだと思っていないのか。だとすると、随分と甘く見られたものである。

 あと数秒もすれば、もうわたしを殺す機会は回ってこないと言うのに――


「何がおかしいのですか? まぁ、どうでもいいことですか――化物に、人間の言葉など通じません」


 金城果林が何やら構えを取ったようだ。けれど、それは遠距離攻撃の構えだ。

 わたしは微かな空気の振動を肌に受けて、いっそう愉しそうな笑みを浮かべる。こと事に至って、自らの手で直接殺しに来ないとは、危機感が無さすぎる。


「――爆炎よ、轟け!!」


 わたしはグラリと身体をよろけさせた。瞬間、金城果林は炎の弾丸を放った。

 現時点で、視界はまだ真っ白だ。瞼を閉じているのか開けているのか、それさえ分からない状況である。しかし不思議なことに、魔力視は全く問題なかった。


「ふふふふ――」


 思考を切り替えて、魔力視をする。

 途端、魔力の軌跡が鮮烈な映像となり、瞳に浮かんできた。迫り来るそれは、馬鹿の一つ覚えか、と言いたくなるほど素直な炎の弾丸だった。


「――斬、鉄」


 魔力視で視えているので、避けることも容易だ。それでなくとも殺意が伴っている時点で、躱すことは造作もない。けれどわたしはあえて、斬り捨てる選択をする。

 レーザービームを思わせる速度で飛んできた炎の弾丸を、斬、と手刀で切り捨てた。魔力を篭めた斬鉄は、炎の弾丸なぞ豆腐を斬るより容易に両断出来た。


「――馬鹿なっ!? 視えて、る――のですか?」

「……ふふふふふ」

「このっ!? 化、物――『取り寄せ』」


 わたしの笑みを合図にしたか、今度は金城果林自らが飛んできた。

 魔力視に映るのは、金城果林の身体を纏う魔力と、やたらと鋭く尖った魔力である。

 尖った魔力は、その形状から察するに、刀剣の類に思える。上段に振りかぶった姿勢で、空中を滑るような軌道でわたしに迫ってきている。


 さて、ここらへんで、金城果林との闘いは終幕としよう。


 わたしは誘うようにわざと、狭い通路から身を乗り出した。迫り来る金城果林に向かって、ふらつきながらフロア中央に踏み出す。

 そんなわたしを目掛けて、金城果林が刀剣を大振りで振り下ろす。


「死――っ、ぐぅ!?」

「無刀之型、穿ち月」


 惜しむらくは、金城果林に剣術の才能がなかったことか。幕切れはあっけない。

 ただただ腕力任せに振るわれた唐竹割は、確かに肉眼では捉えきれないほどの高速ではあったが、軌道が読み易すぎて、躱してくれと言っているのと同義だった。

 わたしは当然のようにそれを左手でいなして、カウンターで右の手刀を突き出した。

 手刀は金城果林の肋骨を突き破り、心臓を貫いて、背中から顔を出している。直後、ビチャビチャと、わたしの頭に生暖かい液体が降り注いできた。

 どうやら血反吐を吐きかけられたようだ。胃液混じりのそれは、鼻にツンと来る刺激臭がある。


「『取り寄――」

「残念ながら、確実に殺しますよ」


 金城果林が死力を振り絞って身動ぎした。

 その瞬間、わたしは何もさせないと、右手を動かして肋骨を圧し折りながら喉元をバターのように切り裂く。生暖かい肉と骨を砕く感触が伝わり、少しだけ不快だった。


「――っ!! ぁ、っ、ぅ――!?」


 ジタバタと足掻く感触が右手に伝わってくる。

 ビチャビチャと降り注ぐ血反吐を浴びながら、わたしは金城果林の身体から急速に熱と魔力が抜けていくのを実感した。もう間違いなく死の寸前である。

 けれど、ここで油断なぞしない。

 わたしはそのまま左手を大きく振りかぶり、斬鉄で金城果林の脳天を両断した。


「ふふふふ――あははは!!」


 頭蓋骨を割る感触が左手に伝わり、遅れて、頭部と思しき肉片が絨毯に転がった。

 わたしは心の底から愉しくて楽しくて、馬鹿みたいに笑い声をあげた。


 しばらくそうして、視界が回復するまでずっと笑っていた。


「ふふ――嗚呼、愉しかった。さて、それでは急いで、神楽さんを助けないと、でしょうね」


 ひとしきり笑い終えてから、わたしはグラつく四肢に力を込める。見下ろせば、わりと本気で死に体だった。

 全身は見るも無残な格好で、スーツの一部は溶けて皮膚に張り付いていた。露出している皮膚は漏れなく火傷を負っている。

 その一方で、抉れた腹部は火傷のおかげで止血出来ていたが、そもそもかなりの深手だ。

 身体をひねるたびに激痛が走る。肋骨は何本も折れていて、折れていない骨にはヒビが入っている。ただ立っているだけで痺れる痛みがあった。

 この状況で、まだこの後には虚空時貞が待っている――そう考えた瞬間、ゾワリと肌が粟立つのを感じた。


「最高、ですね……」


 口元が悦びに歪む。この後に控えるボスとの戦闘がいっそう愉しくなる。


「……まあ、舞台は整いましたが……問題が、ありますね」


 わたしは独り言ちながら、眠気を訴え始めている脳みそに喝を入れて、脳内麻薬を分泌させる。

 そろそろ二十四時間絶食状態だ。ここまでの消耗ぶりから、かなり栄養不足になっている。これではきっと本来の五割程度しかパフォーマンスを発揮できないだろう。

 けれど――実は、そんなことが問題なのではない。


「先ほどの大爆発で、虚空時貞が逃げないか……警察が介入してこないか……懸念はそれですね。横槍が入るのは、わたしにとって死活問題ですからね」


 誰に説明するでもなくただ呟きながら、スタッフオンリーの扉を開いた。

 扉の先に広がるのは、L字型になっている狭い通路だった。

 わたしは目を細めて魔力視する。通路の先にも、壁面の奥にも、特段、魔力を持つ何かや何者かが隠れているということはなかった。

 いまのわたしは音がほとんど聞こえない。

 破れた鼓膜の代わりに、魔力の薄い膜を耳の奥に張って代用しているのだが、思いのほか役に立っていない。


「魔力操作の、練習には、ちょうどいいですけど」


 わざと声を上げながら、足音を立てて通路を歩いた。

 慎重に気配を探りながら、突き当りを曲がる。すると、左右に通用口のような扉が現れて、正面には倉庫のようなフロアがあった。そのフロアには扉はない。

 わたしは迷わず倉庫のフロアに足を踏み入れる。

 広さは二十畳ほど、3メートルほどの天井に届くほど背の高い棚が並んでおり、奥には警備室のような小部屋がある。

 棚には食料と水、家具、衣類、玩具、書籍など多種多様な品物が並んでおり、どれもこれも新品を取り揃えていた。

 何の部屋なのかはよく分からないが、しかしこれ幸いと、わたしは栄養補助食品と飲料を選んで、ありがたく食べた。ついでにスポーツ用アンダーウェアを身に着けて、長袖のトレーニングウェアの上下セットに着替えた。

 これでだいぶまともな格好になった。

 わたしは自らの服装を見下ろして満足気に頷きながら、よし急ぐか、と気持ちを切り替える。


 第三者に介入される前に、虚空時貞を逃がす前に、全てを終わらせよう。

 ここからの展開は、時間との勝負にもなるのだから。

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