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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
異端管理局と神言桜花宗と人修羅
37/86

第六夜(1)

 ガコン、とエレベーターが動き始めた。

 その震動で意識を取り戻して、わたしはスッと目を開ける。視界に映るのは、エレベーターシャフト内の無骨な鉄骨だ。


「……いま、何時でしょうかね?」


 わたしは独り言ちる。しかしそれに答えてくれる相手もいなければ、答えを知る術もなかった。

 辺りは暗闇だが、足元のエレベーター内から漏れ出る光と、シャフトの上層から降ってくる淡い光のおかげで、真っ暗闇ではない。ただその人工的な光は、現在時刻を推察する要素にはならなかった。

 体感では、睡眠に入ってから六時間ほどだろう。正確な時間は分からないが、だいたい朝五時か六時に思える。


「……さて、どの階から、誰が乗り込んでくるのか……」


 わたしはエレベーターの箱の中を窺うように、這いつくばって足元にピタリと耳を付けた。

 昨日、一之宮可南子を倒した後、結局わたしは、エレベーターを使わずに隠れて回復することに専念したのだ。

 エレベーターの上部からシャフトに出て、そこから動かず一夜を明かしたのである。鉄骨の上で寝たので、あまり心地好い眠りにはならなかったが、それでも十二分に体力を回復出来た。


「ねぇ、(ソラ)。あの一之宮様が負けるなんて、考えられる?」

「ううん、考えられないわ、(リク)。でも、事実として連絡が繋がらないし、定時になっても戻ってこない――明らかに異常よ」

「……でも、あの貧相なまな板女、完全に時貞様の催眠術に掛かってたよ?」


 エレベーターは三階で停まり、二人組の女性が乗り込んできた。

 乗り込んできた女性二人は、エレベーターシャフトに隠れるわたしの気配には気付かず、平然と世間話を喋っていた。異変が起きていることには気付いていないようだ。一之宮可南子が負けたことさえ、露見していない。


(……それにしても、貧相なまな板女とは、誰のことを言っているのでしょうかね……)


 わたしはいますぐエレベーター内に飛び込んで、油断し切っている二人を叩きのめしたい衝動に襲われた。だが、グッと堪えて、継続して聞き耳を立てる。


「ただでさえ時貞様の催眠術には抗えないのに、一度掛かった淫夢状態から回復なんて、そんなの不可能じゃないの?」

「陸。不可能だとしても、何かが起きたのよ。だから、少しだけ気を引き締めて――もし、一之宮様が戦闘不能になってたら、最悪、時貞様にお越し頂くしかなくなるんだからね?」

「――むぅ。けど、その()()があったら、陸たちだけじゃ対処できないよ? だって、一之宮様は、七人の中で一番強いんだよ? 陸と空の二人が相手でも、勝てないんだよ?」

「だとしても――様子を窺うしかないでしょう? 地下牢はあえて監視カメラを設置していないんだから、直接様子見ないと分からないもの」


 はぁ、と溜息を漏らす音と共に、エレベーターが地下に到達した。

 二人はそのまま廊下に出て行く――後を付いて行こうか迷ったが、とりあえず本命ではないので待機することにした。

 一応、修羅之位で聴覚を研ぎ澄まして、二人の気配を後追いする。


「あれ、空。普通に寝転がってる……って、あれ? あれれ?」

「――――ッ!? ちょ、陸。違うわ! 倒れてるの、一之宮様よ!?」

「あ、本当だ――って、どうして!? あれ? じゃあ、あの貧相なまな板女はどこに!?」


 慌てふためく二人の声が通路に響き、鍵の掛かった牢屋をガチャガチャと弄る音が聞こえる。

 わたしは一瞬、貧相なまな板女と言う単語に、思わず殺意が湧いてしまったが、慌てる二人はそれに気付くことはなかった。否、平静だったとしても、殺気に気付くほどの強者ではないのだろう。

 そうなるとなおさら、ここで叩きのめす理由がない。ただ無駄に体力を浪費するだけになる。


(愉しめない戦闘に興味はありません……)


 わたしはジッと息を潜めて、一之宮可南子を助け出そうとする二人の気配を探っていた。

 しばらくドタバタと慌てふためき、結局、鍵が解除出来なかったのか、二人は荒い呼吸のままエレベーターに戻ってきた。


「クソ、あのまな板女、律儀に鍵を掛けやがって! 地下牢のスペアキーは、確か、二葉さんが持ってるよね、空?」

「――ええ、それか、時貞様にお借りするしかないわ。でもこんな失態、時貞様にはとても報告出来ないわよ。状況も不明で、無様に逃げられたなんて……この時間なら、二葉さんは調教部屋で、新しい獲物の様子を見ているはずよ。急いで四階に向かいましょう」

「あぁあ~、もう! 陸たち、まだ朝ご飯食べてないのにっ!! 一之宮様も全然起きないし、あのまな板女、見付けたら絶対にタコ殴りにする!」


 ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ二人の声を聞きながら、エレベーターがふたたび三階に上がっていくのを見届ける。四階に急ぐと言っている割に、三階で降りたことを考えると、目的地に直通するエレベーターではないようだ。

 三階でバタバタと通路を走り去っていく二人の背中を、エレベーターの上から顔を出して見送る。二人はフリフリのアイドル衣装を着たソックリな顔立ちの女性だった。チラと見た限り、三階通路の奥はスタッフルームに続くバックヤードのようだった。


「……四階にも、このエレベーターは停まるようですが、どこに出るのでしょうね?」


 わたしは薄暗いシャフトを見上げて、一階上の扉から漏れ出る光に首を傾げる。思いの外、内部構造は複雑なのかもしれない。


「施設が営業を始める前に移動したいのですが、果たして間に合うでしょうか?」


 わたしの真の目的は、eスポーツエリア六十五番の部屋に隠されたエレベーターを使用して、その先に居る金城神楽を誘拐することだ。その過程で、護衛である金城果林と闘うのが、本命であり、メインディッシュである。

 金城神楽を抑えて、金城果林を無力化すれば、破壊神はもう呼べないらしい。

 虚空時貞を殺すのは、その後、最後の(シメ)だろう。

 デザートとして、武装ハーレム七人衆の残り六人を血祭りに上げるのも魅力的だが、おそらく彼女らの相手は、遅れてくるはずの龍ヶ崎十八が対応する。

 柊南天が分析した推測によれば、嘘か本当か、金城神楽は人質なのだとか――金城菊次郎こと【破壊神】が、圧倒的弱者である虚空時貞に従っている理由は、大切な愛娘の命を握られているからだという。

 それがゆえに、虚空時貞としては金城神楽が生命線でもある。誰に奪われても、それは破壊神に殺されることを意味する。


「……今のところ、通路にも気配はない。少し探索しますか……」


 わたしはエレベーターシャフトのところで十五分ほど待機してから、物音ひとつしなくなった通路を覗いて、エレベーターに降りた。正面に見えるバックヤードの通路は一本道で隠れる場所などない。

 とはいえ、監視カメラもなさそうだし、周辺100メートル範囲に人の気配も感じないので、今なら見つからずに移動できるだろう。


「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか」


 軽やかな足取りで、ひと息に通路を駆ける。

 突き当たりの角を曲がると、昨日も通ったような構造の通路に出た。細長い通路に、ロッカールームと喫煙室、業務用トイレが並んでいる。

 わたしは誰もいないこと確認してから、真っ先に一番手前のロッカールームに入る。

 着替え、もしくは下着でも置いてないか、と淡い期待をしていたが、当然ながら期待は裏切られた。下着どころか、上に羽織る物さえ置いていない。


「まあ、当たり前と言えば当たり前ですけれど……唯一の収穫は、いまの時間が分かったこと、ですか」


 壁に掛かったデジタル時計が七時半と表示されているのを視認してから、わたしはロッカールームを後にする。ついでに業務用トイレに寄って、流しで顔を洗ってから身だしなみを整えた。

 だぶついたシャツをストレートパンツにしっかりと仕舞うと、立ち姿だけ見れば、立派なビジネスウーマンになったようだった。

 鏡に映るその姿を見て、わたしは思わず自嘲する。

 馬子にも衣裳か、とても似合ってはいるのだろう。だが、あまりにもわたしという人間とは掛け離れた恰好過ぎて、コスプレにしか思えない。ちなみに、こういうキッチリした格好をして、あくせく働いている未来がまったく想像出来なかった。


「――さて、一之宮さんの仰っていた倉庫を探したいのですが、流石に位置は分かりませんね……」


 背筋を伸ばしてから、わたしは鏡に映る自らの双眸をジッと見詰める。心の中まで覗き込むように、真っ直ぐと自らの瞳を見ながら、集中の世界に入った。


「殺意を向けた者を殺す。敵意を向けた者を殺す。命が脅かされる状況は回避する。敵と認識した者は殺す。わたしの殺意は誰にも邪魔されない」


 ボソボソと呪詛の如く同じ台詞を四回ほど呟いてから、スッと瞼を閉じる。自らのその呟きを呑み込むように、ゆっくりと脳内に刻み込む。深層心理に言葉が溶け込み、心の中に染み込んでいくのが理解出来た。

 わたしは静かに瞳を開ける。そして、強い口調で自らに暗示を掛ける。


「――スイッチが入ったら、言葉の意味が分からなくなる」


 表層心理に対する強烈な自己暗示を施して、わたしは苦笑する。柊南天から聴いているこの対策を施したところで、結局、意味がないかも知れない。少なくとも、昨日は結局、この万が一の状況を考えた対策は意味がなかった。

 とはいえ、やらないよりやった方が良いのは確実だ。負けない為の努力を惜しむつもりはない。


「……倉庫の位置が分からない以上、先に本丸を攻略しますかね……」


 さて、と気を取り直して、業務用トイレから出る。突き当りを曲がってから、扉で仕切られたバックヤードを抜けると、周辺は見覚えのないフロアだった。

 ホテルのラウンジと思えるほど広い空間に、多数のソファ、リクライニングチェア、マッサージ機が並んでおり、大型テレビも三つほど置かれていた。様々な雑誌が置かれた本棚もあり、奥にはカフェカウンターがある。

 見渡す限り、居心地の良い空間を意識したスペースである。いわゆるリラクゼーションラウンジの類だろう。奥の方にあるエスカレーターと、すぐ脇にあるエレベーターには、三階のフロア表示がされていることから、十中八九、ここは温水プールと繋がるスパエリアだと認識できた。


「スパエリアの入場口は、確か四階でしたね。エレベーターの接続先は、エステサロン、マッサージ系のサービスエリアと、専用のレストランだけ……エスカレーターの先には、温水プールの入口と、ロッカールーム、シャワールームがあったはず……」


 わたしは周辺を警戒しながら、監視カメラの位置を特定する。

 思っていたよりもずっとその数は少なかった。

 ある程度の全体を俯瞰的に映せる位置に主要な監視カメラを置いて、防犯上で見た際の人流が激しくなる位置に複数台を設置している。


(一般的な商業施設と同程度の防犯レベルですね……これならば、三つほど破壊すれば、充分ですか)


 わたしは音もなく左手を三度振るう。すると、バン、と強い音が鳴り、監視カメラが凹んで、映す方向が変わった。無刀之型【雨燕】で、破壊しないよう注意して、カメラの向きだけ変えたのである。

 この手の防犯設備は、破壊してしまうとブザーが鳴ることもある。それを危惧して、破壊しないようにしていた。

 わたしは音をたてずに、動いていないエスカレーターを上った。

 しかし四階に辿り着く直前、エスカレーターの終わる位置を映す監視カメラを見つけたので、それには手を出さず、撮影範囲外に逃れるよう飛んだ。

 四階のフロアは思ったよりも広いスペースだった。

 通路には、寛げるよう配慮されたソファがいくつも置かれており、フリードリンクバーも設置されている。

 わたしはとりあえず、女性の記号が書かれた柱の通路を進んで、奥の扉を開ける。室内は想像通りに、ロッカールームである。


「……温泉の脱衣場みたいですね」


 感想をぼやいてから、わたしはそのまま逆側の扉からロッカールームを後にする。

 反対側と同じような通路を通り抜けると、検問みたいな受付があり、その先には見慣れた大ホールがあった。そこが三階の西エリアである。

 公式ホームページに記載されていた営業時間は、朝九時から二十二時――時間的には八時に差し掛かっている。そろそろ移動を急がなければならないだろう。


(……ここからであれば、監視カメラは意識しなくても良いでしょう……この時間帯ならば、出勤者が居てもおかしくはない……)


 そうは考えていても、出勤者に見付かったら怪訝な顔をされるに決まっている。

 わたしは周囲の気配を探りつつ、早歩きで中央エリアに向かう。

 危惧していた通り、出勤し始めている勤勉な従業員はチラホラと居た。だが幸いにして、それらは信者ではなく一般人であり、且つ、わたしとすれ違うこともなく、就業エリアに向かってくれた。

 わたしは難なく中央エリアに辿り着き、六階のeスポーツエリアに移動した。

 eスポーツエリアはまだ稼働していない。当然、受付も無人だった。

 平然と通り抜けて、シアタールームに向かう。


「やはり、と言うか、当然と言うか……暗証番号が分かりませんね」


 早速向かった先は、六十五番のシアタールームである。一昨日、金城神楽と金城果林が現れた部屋だ。

 ダメ元で隠しエレベーターを操作しようとしたが、当たり前だが動かない。一之宮可南子が持っていたカードキーは問題なく使えそうだったが、残念ながら暗証番号が分からない。


「……この番号ではないようですし……」


 心当たりのある番号として、虚空時貞と対面する際に案内されたエレベーターの暗証番号――二葉晶が押した八桁を入力してみたが、それでは動かなかった。


「ま、予定通りにしましょうか。その方がずっと愉しいですし」


 わたしは気持ちを切り替える。

 むしろ、エレベーターが稼働しないのは想定内だった。予定通り、隣の部屋で時間を潰そう。

 シアタールームは仮眠出来るソファもあるし、PC端末とテレビ機能があるディスプレイも完備されている。()()()が来るまで、快適に過ごせるだろう。

 とはいえ、勝手に入ってテレビやPCを操作していると、流石に監視室でセキュリティに引っ掛かるかも知れない。わたしはその手のPC知識には疎いので、下手に弄らず休養しておくのが吉だ。

 そうして、しばらくソファで寛いでいると、ゴソゴソと各部屋を回ってくる何者かの気配がした。隠す気もない気配と、堂々たる足音から、清掃スタッフであると判断出来た。


「さて、隠れますか――」


 営業開始前に清掃して回っているようで、順番にシアタールームの扉を開けて、中でなにやらゴソゴソと確認してから、すぐ次の部屋に移っていた。


「……忘れ物なし、ゴミ箱よし、電源よし、空調よし、ディスプレイ設定よし……PCも、よし」


 清掃スタッフは指差し確認と声出し確認を同時に行って、部屋のすぐ脇に掛かっている清掃メモの項目を全てチェックした。達筆ではなく、ただの崩し字でサインをして、流れ作業の一環でサッサと出て行く。

 見付かったらどうしようか、と少しだけ心配していたが、それは杞憂に終わった。清掃スタッフは、天井隅に張り付いていたわたしに全く気付かなかった。

 清掃スタッフがそのまま六十五番の部屋を素通りして、更に隣の部屋を清掃し始めたのを確認してから、わたしは音もなく着地した。

 後は、利用客が一人でも入ってくれば、自由にeスポーツエリアを移動出来るようになる。


「そろそろ喉が渇きましたからね……」


 営業開始が待ち遠しい、とわたしは余裕の態度で待機する。


 しばしそうして、我が物顔でソファに腰掛けていると、ピンポンパンポン、と甲高い音で全館アナウンスが鳴り響いた。

 開店を告げるそれは、機械音声ではなく、美しい声音をしたウグイス嬢のアナウンスだった。


『――本日も一日、存分にお楽しみくださいませ』


 そんな結びの言葉が流れて、店内にBGMが流れ始める。同時に、遠く受付の辺りから、本日も一日宜しくお願いいたします、と言う元気の良い掛け声が聞こえてくる。

 どうやら従業員たちも受付で挨拶をしているようだった。

 わたしは薄く笑いながら、かくれんぼ中の子供の気分で待機を続けた。

 その後、思ったよりも早く一組目の利用客がやってきて、二組目、三組目と、加速度的に人が増えていった。朝九時から営業開始で、十時を過ぎる頃には、もう八割の部屋が埋まっていた。

 おかげで、フリードリンクを飲んで喉も潤すことが出来た。若干の空腹ではあったが、糖分の高い飲み物を摂取しておけば、当面の活動に問題は起きない。一昼夜程度の食事を抜いたところで、わたしの身体能力にそこまでの影響は出ない。


 そうして、ただひたすら待つ時間で、精神と肉体を研ぎ澄ます。暇を持て余すことはない。学校の授業を聴いている間も、同じような鍛錬をしているので、さして普段と変わらなかった。ちなみに、今日はとても運が良いようで、どれだけ利用客が増えてきても、わたしの居る部屋が使われることはなかった。

 少し出来過ぎかな、と首を捻りたくなるほど、わたしは見付かることなく待機し続けることが出来た。


「――――ようやく、ですね」


 状況が動き出したのは、十五時に差し掛かった頃合いだ。もう半日が過ぎてしまった、と嘆こうかと思った瞬間、隣の部屋の隠しエレベーターの駆動音が聞こえた。

 わたしは慌てて隣の部屋に移動して、完全に気配を絶った。呼吸すら止めて、エレベーターの扉の前に陣取る。駆動音をジックリと聴くと、少なくとも三階以上の下層から昇ってきていた。

 六十五番の部屋の中で、堂々と待ち構える。ほどなく、チン、とエレベーターの扉が開かれた。

 エレベーターの中から現れるのは、予想を裏切らぬ二人組だ。

 一人目は、可愛らしい顔立ちに、鮮やかな銀髪をした美少女――本丸である金城(カナグスク)神楽(カグラ)である。金城神楽は一昨日と似たような色をしたワンピースを着ており、ウキウキした表情でエレベーターから出てきた。

 二人目は、怜悧で凛とした顔立ちをして、少し茶髪が混じった黒髪を一本縛りしている妙齢の美女――金城果林(カリン)だ。金城果林は、一昨日とは違い、夏らしいカジュアルファッションだった。白いパンツに明るい色のブラウス、青いカーディガンをジャケット代わりに羽織っている。そして、周囲を圧倒するほどの魔力を放っていた。


「初めまして――わたしは、鳳仙綾女と申します」


 わたしはこの瞬間を待ちに待ったとばかりに、開口一番、自己紹介をしながら、歩法飛天を使って鋭く素早く踏み込んだ。


「神楽――部屋の隅に」


 ウキウキしていた金城神楽が、わたしの存在を認めて表情を驚愕に変える。それと同じタイミングで、金城果林は冷静な口調のまま金城神楽の腕を引いて、その立ち位置を入れ替えた。

 見事な体捌きだ、と感心ながら、わたしの手刀は金城果林の左腕に直撃する。

 斬鉄ではない。魔力を篭めてもいない。ただし、修羅之位で限界以上の腕力を引き出して振るった手刀だ。破壊力としては、コンクリートブロックを一撃で粉微塵にする程度はあるだろう。

 しかし、金城果林の腕には、傷どころか打ち身すら出来なかった。


「鳳仙、綾女? 昨日、捕らえられたのが、確かそんな名前だったはず……貴女が?」

「――へぇ? わたし、いま本気で撃ち込んだんですけれど?」

「まぁ、どうでもいいですが、一旦、離れてください」


 わたしの手刀をまともに受けて、金城果林は平然と押し返してきた。


「――――くっ!?」


 押し返す力は、その細腕からは想像も出来ないほど強く、一瞬で部屋の入口まで吹っ飛ばされる。

 この強烈な圧力は、九鬼連理を思い出させるほどに凄まじかった。これは期待以上に愉しめそうな予感がする。


「え、え、え? ちょっと――なに、なに、なに!? ママ!? なにが――って、あ、貴女、誰なんですか!?」


 吹っ飛んだわたしを見て、ようやく遅れて状況を理解したらしい金城神楽は、驚愕を通り越して混乱の極致に至っている。挙動不審に、わたしと金城果林を交互に見比べていた。

 一方で、そんな金城神楽を背中で庇いつつ、金城果林はスッと胸を張ってわたしと向かい合っている。


「神楽。彼女は敵のようです。危険ですから、下がっていてください」


 金城果林は言いながら、スッと無造作に両手を下げる。覇気が湯気のように立ち昇っている。

 その姿勢は一見、脱力した自然体であり、構えと呼べるものではなかった。けれどわたしの攻撃を誘っている受け身ではなく、攻め入る隙が一切ない鋼の構えだった。

 わたしは感動するほど嬉しくなって、思わず口角が吊り上がった。血沸き肉躍るほどの強者であることを肌で感じて、心の中で狂喜乱舞していた。

 つい先ほどの一瞬のやり取りだけで、この相手がわたしの全力を受け止められる器であり、恐らくは実力的にも互角だろうことも理解した。

 金城果林は、一之宮可南子のような魔力頼りの力押し馬鹿ではない。

 武術の心得があるとか、魔力の操作が精密だとか、殺気や覇気が洗練されているとか、そういう単純な話でもない。圧倒的な数の死線をくぐり抜けてきた経験値が感じられた。


「ねぇ、金城さ――いえ、そう呼ぶと、後ろで怯えている神楽さんも同じ、金城さん、でしたね」

「――神楽が狙いですか? どういうことです? 昨日は、お仲間の『剣持静』を救出に来たと聞いていましたが?」

「ふふふ……果林さん。申し訳ありませんが、目的としては、神楽さんを助ける為に来たんですよ。だから、果林さんを倒さなければなりません」


 わたしは腰を落として、左半身を前にした半身で、左拳を下段、右拳を胸元の位置に構えた。無手というハンデは大きいが、だからこそ愉しい。


「ママ!? どうして、神楽が狙われてるの!? どうして、神楽の名前を知ってるの!?」


 わたしと向かい合う金城果林の背中で、金城神楽はぎゃあぎゃあと騒いでいる。それを完全に無視して、金城果林は油断なくわたしの全身をジロジロと眺める。


「――闘う理由がよく分かりませんが、敵対する以上、殺されても仕方ないと思ってくださるのですよね? 正当防衛、が成立するのですよね?」

「もちろん、わたしも殺す気で行きますから、是非、存分に殺し合いましょう?」

「ふぅ――神楽を避難させる時間はありますか?」


 わたしの殺る気満々の台詞と空気に、金城果林は溜息交じりに首を傾げる。

 質問しているものの、それは半ば答えの分かっている問い掛けのようなので、期待通りに応えないと失礼だろう。


「わたしを前にして、そんな余裕があるなら――どうぞ?」

「――神楽、ここは危険です。いますぐ自室にお戻りください」


 何やら騒ぎ立てている金城神楽を後ろ手に圧し飛ばして、金城果林は両手を広げながらわたしに向かって突撃してくる。それに先んじて、わたしは一瞬疾く、右手を突き出しながら踏み込んだ。

 金城果林の心臓目掛けて、無刀之型穿ち月を放った。


「『取り寄せ』」


 小さい呟きと同時、わたしの突きを目掛けて金城果林が特殊警棒を振るってくる。何もない空間から突如として出現した特殊警棒は、薄い魔力を纏っていた。

 五指を手刀の形にして突き出した右手と、特殊警棒が激突して火花と爆音が鳴る。

 特殊警棒は素材が超合金製のようで、その硬さは異常だった。魔力を纏って威力と強度を上げた穿ち月でなければ、五指がぶつかった衝撃に耐え切れず爆砕してしまったに違いない。

 わたしは何とかその衝撃を逸らして、突き指程度の軽傷で済ませる。一方で、特殊警棒は傷一つ付かなかったが、凄まじい衝撃の影響で、金城果林の手から吹っ飛んで床に転がった。


「ちっ――くぉ!?」

「――(サイ)


 すかさず右手が弾かれた衝撃を流用して、身体を捻りながら左の掌底を繰り出す。しかしそれが金城果林に届く前に、わたしの身体はダンプカーに跳ね飛ばされたような衝撃に貫かれた。

 右の縦拳が、わたしの腹部を撃ち抜いたのである。


「――ふふ、ふふふ……素敵、な技……」


 ずっしりと身体の内側に響くその打撃に、ついつい笑みが零れる。発勁にも似た衝撃だ。胃が痙攣しており、口の中に血の味が広がっている。


「『取り寄せ』」


 わたしが態勢を立て直して、顔を上げた瞬間、金城果林は両手でサイレンサー付きの拳銃を構えていた。それは堂に入った見事な射撃姿勢で、気付けば、パンパンパン、と躊躇なく撃ってきた。


「――――ッ!?」


 咄嗟に頭部を庇いながら、歩法陽炎で身体を揺らした。数発が肩口を掠る。

 弾速は通常の拳銃と同じ、だがその威力は別次元だ。魔力を篭めているからか、部屋の壁に当たった弾丸は、直径20センチの大穴を穿ち、爆発している。当然、廊下にまで貫通している。その威力に弾丸が耐え切れず、砕け散っていた。

 ちなみに肩口を掠った弾丸は、わたしの肉を毟り取ったように抉っていた。衝撃で右腕が痺れる。


「神楽、今のうちです。自室に戻っていてください」

「は、はい! ママ、気を付けて」


 金城果林は射撃を続けながら、そんな台詞を吐いて金城神楽をエレベーターに誘導する。それを横目にわたしは銃弾を躱しつつ、エレベーターの扉に駆け寄る。


「――剛脚(ゴウキャク)


 しかし、あと一歩で金城神楽を掴めるという寸前で、絶妙な蹴りが放たれた。それは内廻し蹴りのような上段蹴りで、わたしの喉元を正確に狙ってくる。

 一方で、銃口は正確にわたしの心臓を捉えたままだ。この蹴りを下手に受けると、続く射撃に殺される。


「――――フハハハハ!!」


 わたしは壊れたように笑いながら、歩法飛天で一気にバックステップする。同時に、空を切った金城果林の上段蹴りが、爆音を鳴らして空気を震わせた。

 逃げたわたしに、拳銃が乱射される。けれど、それは全て見切って見せる。


 チン、と音が鳴り、エレベーターに乗り込んだ金城神楽の姿が閉まる扉で見えなくなった。


「さて――これでもう、神楽に遠慮せず、貴女を殺せます」


 金城果林は冷めた表情で言うと、拳銃の引き金を何度か引いて、もう銃弾がないことをアピールしてから投げ捨てる。


「本当に、素晴らしい――存分に愉しませていただきますよ」


 わたしは金城果林を前にして、壊れたように嗤いながらそう宣言した。

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